介護離職からのおひとり様快適生活

定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。

友人O

一人で生きるための健康管理



夏頃に書いた記事で、

ジムとスイミングスクールに行き始めた言いましたが、

その後の記事でも一度言及したように、

マシントレーニングで左足の付け根を痛め、

その後、

行かなくなりました。


いちばんひどい時の症状は、

左足を上にして足を組むことができない状況でした。


なので、

街歩きをしたときも、

ベンチに腰掛ける際、

右足を上にして足を組むことはできても、

その反対はできなかったのです。


まあ、これも、

加齢からくる現象の一つとして、

受け入れてはいたのですが、

その後、

毎朝、

自己流の体操をするようになり、

薄紙を剥がすように、

左足の状態も良くはなってきました。


まだ違和感はあるものの、

少しずつ、

回復しているのを感じています。


先日は、

高麗峠に行ってきたのですが、

以前、友人Oと行ったときとは、

逆のほうから登りました。


登山靴をはく必要のないほどの低山で、

飯能のマミーマートの駐車場に車を停めて、

歩いても30分ほどの距離。

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スローライフを標榜している僕は、

歩くペースもゆっくりで、

40分ほどかけて高麗峠へ。


そして、

そこでUターンして戻る、と。


ジムで体を痛めた原因は、

張り切り過ぎたから。


これを戒めとして、

足元をしっかり見据えて生きることを、

誓い直しています。



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自分に合った靴を履こう



このブログに、

ときどき登場する友人Oなども、

とても良い靴を履いています。


彼は、都内に住んでいたころから、

休日には山歩きをしていたので、

靴の重要性を知っていたのだと思います。


僕も今年、

登山靴と、

登山用の靴下を買ったのですが、 

靴下が4000円弱、

登山靴が2万円台で、

合わせて3万円ほどの支出になりましたが、

これは、

買ってよかったと思いました。


ネットで買えば、

もう少し安く買えたのでしょうが、

飯能市のひだまり山荘という店で購入。


お店の人が、

靴の履き方や、

採寸までしてくれて、

それで、

ネットで別のところから買うというのは、

違うのではないかな、

と思ったのですね。

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ホテル勤務時代、

靴にこだわりのある同僚がいて、

彼は既製品は履かないと言っていました。


つまり、

オーダーメイドの靴を履いていたのです。

靴の値段を聞いたら、

27万円とのこと。


そうした靴を何足か持っていて、

オーダーメイドに慣れたら、

他の靴は履けないと言っていました。


そんなもんか、

と思ったのですが、

僕が靴を買う場合は、

幅広のものでないと、

すぐに足が痛くなります。


なので、

靴は実際に履いてからでないと、

買えません。


靴は、

アーシングと言って、

大地につながるもの。


靴選びも、

自分軸が大切だよね、

という話でした。


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ローコスト生活でも暮らしを楽しめる理由



世間の常識からすれば、

きわめて少ないお金(月5万円弱の年金)でも、

生活を楽しめているのは、

お金のかからない趣味のせいかもしれません。


僕の趣味は、

図書館巡りと街歩き。


これって、

お金がほとんどかかりません。


昨日は、友人Oと、

高坂で待ち合わせて、

3時間ほどの散策。


太陽を浴びながら散歩するだけで、

ビタミンDも生成されるし、

会話しながら歩くことで、

脳も活性化。


散歩ほど、

お手軽にできる娯楽は、

そうそうありません。


千年谷公園、松風公園、などの公園のほか、

クロスカントリー場などを散策。

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互いに握り飯を家で作って、

昼食は公園のベンチで食べる、と。

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お金はまったく使わずに、

マミーマートで無料のアルカリ水を給水して帰宅。


図書館にしても、

僕は、レインボー制度を利用して、

7つの図書館のカードを所有。

4つの市と3つの町の図書館ね。

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図書館も、少しずつ違いがあり、

比べてみると、面白いもの。


エンタメが無料だと、

必要なのは食費と光熱費など、

必要不可欠なものだけの出費で賄えます。


話は変わりますが、

僕が高校時代から聴いていたギタリスト、

ジェフ・ベックが亡くなりました。


彼を偲び、

彼の名曲を、



貼り付けました。





FIREという言葉はなかったけど、昔も自由人はいた



 昨日は、友人Oと隣町の図書館で待ち合わせして、

川沿いの道を散策。


友人Oとは、韓国、タイ、香港など、

一緒に外国旅行にも行きましたが、

それらはいずれも、1990年代。


バブルは弾けていましたが、

まだ、日本の国力はあり、

アジアの国に行くときは、

大いにアドバンテージを、

感じたものです。


友人Oと、タイに行ったときのこと。

バス停にいるときに、

とある人が声をかけてきました。

日本人だと名乗り、

タイで暮らしているとのこと。


こうした場合、

まず最初は警戒するのが常ですが、

すぐに、そうした人でないことがわかりました。


50代くらいに見えたのですが、

こちらは、30代。

やや年上の兄貴と言う感じで、

ちょっと、松田優作に似た長身。

バス待ちの間のわずかな会話でしたが、

家は兵庫県にあり、

家賃収入で暮らしているとのこと。

そして、年に数か月は、

滞在費の安い東南アジアで過ごす、と。


まさにその人からは、

自由の風が吹いてくる感じで、

少なからず感銘を受けました。


ロスアンゼルスに行ったときも、

この時は一人で行ったのですが、

10日間ほどの滞在中、

やはり自由に生きている人と会話するのが、

僕にとっては一番の娯楽でした。


海外に行ったのは、いずれも20世紀。

それも、すべて1990年代で、

21世紀になってからは、

パスポートの出番はなし。

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60を過ぎると、

よほどの例外を除き、

海外に行くのは億劫になりますから、

若い人には、

どんどん海外に行って欲しいです。


ただ、今行くのは、円安で損。

強かった円の時代は、

もう、戻ってこないかもしれませんが、

若いからこそできることがたくさんあるということを、

頭の片隅にでも置いておいてもらえたらと、



思っています。




お金を使わない生活の楽しみ



昨日は、友人Oと巾着田へ。

曼珠沙華祭りは、

10月2日に終わっているので、入園は無料。

駐車場代も節約するため、

高麗神社の駐車場で待ち合わせ。


行く途中も楽しもうと、

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川沿いの道を歩く。


友人Oも、やりくり上手なので、

いろいろと、参考になります。

たとえば彼は、

サンプル百貨店などを賢く利用。

まあ、若い頃から経済観念がしっかりしていて、

ゆるゆるで生きてきた僕とは大違い。


最近は僕も、

多少はマネーリテラシーが身についてきたので、

お金を使わずに楽しむ暮らしを満喫中。


盛りは過ぎたとはいえ、

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まだ、彼岸花は咲いています。


川を渡った先のベンチで、弁当を食べ、

僕は自分で作ったおにぎりなので、支出はゼロ。

お茶も、自宅で作ったものを持参。


歩きながら、友人Oと、

これからのことなどを話し合いました。


これからのこと、

つまり、今後の老後生活ね。

年金をどういうふうにもらうか、とか。


まあ、いくつまで生きるかわからないので、

繰り下げ受給が必ずしも得になるとは限らず。


木漏れ日も気持ちよく、

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良い天気の中、

楽しく会話しながら歩くだけでも、

この上ないレジャー。


これも、

お金を使わない楽しみの、

一つです。 




成長のための人材配置(スピリチュアル的な)



いかに自分が学ばない、独りよがりな人間であったかは、

過去記事でも散々書いているので繰り返しませんが、

たとえば、このブログにもたびたび登場する友人Oなどは、

若い頃からかなり優れた見識を持っていたと思います。

それは、彼の生い立ちに起因することも多いかと思いますが、

やはり、資質なのだともいます。


一方僕はと言うと、愚か者の極みだったので、

感情の起伏が激しく、人を信じやすく、また、バカにもしやすく、

まあ、そこそこの人間からすれば、

簡単に操れるタイプの人間でしたね。


で、そんなレベルの低い自分でしたから、

当然、痛い目にも合うし、悲惨な目にも合うわけで、

そうした体験を通して、学んでいくしかなかったわけです。


これは一つには、僕が一人っ子で、

家庭内で社会性を身に付けるのが難しかったせいも、

多少はあるかもしれません。 


兄弟がいれば、その中で上下関係や、

親からの愛情の分け前を意識するなど、

家庭内で、ある程度の自分の立ち位置という、

社会性、客観性を身に付けられるのでしょうが、

一人っ子は、家庭内では王子様になりやすく、

愛情を受けるばかりで、学べません。


さて、フルボッコにされたり、ハーフボッコにされたりで、

痛い目に遭いながら少しずつ学んでいった僕は、

おそらく、

そのようにプログラミングしてきたのではないかと、

思えるのですよ。


今、内省の時期に入っていて、

古代インドでは、林住期にあたります。


で、何が言いたいのかというと、

自分の成長に合わせて、いろいろな人物が現れ、

僕を導いてくれているように思えます。


最近では、風のハリマオさんから、

大きな気づきを得ました。

風のハリマオさんは、

その人柄ゆえか友人も多く、

人生の楽しみ方を知っている人、です。


また、ピクスタというサイトで、

自分の撮った写真を多数、

展示販売しています。


さらに言うと彼は、

名立たる写真の賞を、

数多く受賞している写真家でもあります。


愛犬の写真が多いので、

興味のある方は覗いてみてください。


で、話を戻すと、

人生の適材適所で、

お互いに学び合うような人間が登場し、

織物のように展開しながら、

心の成長をしていくのではないか、と。


友人Oとは、

今でも付き合いがありますが、

かつての友人の中には、

時の経過とともに疎遠になっていった人もいます。

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人間関係というのは、

不思議な流れの中で形成されていくものだなあと、

実感する日々。


まあ僕は未熟な分、

人間関係には恵まれていて、

それで何とか、

これまで生きてこれたのだと思います。


これからの人生も、
,
ただこの流れのままに、

生きていく所存です。




忙し過ぎて心が迷子になっていない?



忙し過ぎて心が迷子になっていない?

と、ターシャは訊きます。


幸せは自分で創りだすもの、

と、ターシャは言います。


昨日は、散歩の達人、友人Oと、川べりの道を散策。

午前の遅い時間から午後の早い時間にかけて、

ちょうど午後から曇ってくる前の数時間。


橋の下には、自由に生きる老人。

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家がないからと言って、

不幸とは限らないし、

橋の下とは言え、

彼にとっては家と言えば家。


人の数だけ幸せもあれば、

人の数だけ不幸もある。


幸不幸を分けるのは、

当人の気持ち一つ。


ターシャに見習って、

僕も好きなように、

幸福を、



創り出しています。





 

吊るし雛と峠道



昨日は、散歩の達人の友人Oと、

川沿い歩き。


そののち、

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古民家に立ち寄り、

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吊るし雛を見て、

さらに歩き、

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峠道へ。

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さらに歩けば、

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天覧山ですが、

そこで引き返して、

早春の道を歩く。


友人Oも僕も、

ともに3月生まれ。

春の男、

なのですよ。



 

置かれた場所で咲かずに逃げてきた人生



置かれた場所で咲きなさい、ですか、

シスターが書いた本。

かなり前に読みましたが、

言わんとしていることはわかります。


僕の場合はどうだろうと考えると、

置かれた場所で咲かずに逃げ回ってきた人生、

だったのではないか、と。


まあ、それは、35歳までの話、

ですけど、ね。


僕の十代、あるいは二十代は、

根拠なき自信に支えられていました。

簡単に言うと、以下のような感じ。

ダニング=クルーガー効果

能力の低い人は自分の能力を過大評価する、という認知バイアスについての仮説

  • 自身の能力が不足していることを認識できない
  • 自身の能力の不十分さの程度を認識できない
  • 他者の能力の高さを正確に推定できない

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という感じで、周囲からは思われていて、

つまり、かなりやばい状況でした。

その自己認識と周囲の認識との乖離から、

自己を見失いかけたことも、一再ならず。

どん底、でしたね。


35歳のとき、

友人Oの紹介で入ったビル管理会社からは、

置かれた場所で咲く人生に、なりました。


それでも、ずっと置かれたままでいると飽きてくるので、

また、移動したり(転職)はしましたけどね。 


で、置かれた場所で咲かずに逃げるには、

逃げるなりの理由が、あるのですよ。

腐ったような場所で、

無理に咲く必要もなくね、と、





思っていましたから。



働いては鬱になり、を繰り返し



若い頃の僕は、

働いては鬱になるということを、

繰り返していました。

だから、転職が、多かったのです。


仕事が安定したのは、

友人Oの紹介で面接を受け、

ビル管理会社に入社してからで、

それが、35歳のとき。 


大学には行かず、

早生まれで、

高校卒業後に18歳になった僕は、

つまり、18歳から35歳までの17年間、

不安定な経済、

不安定な精神状態の、

中にいたのです。


で、何が言いたいのかというと、

その17年間もの放浪期間中、

義母は多少意見はしたものの、

父は何も言わずに放任してくれていたことが、

大変助かりました。


ガミガミいう親だったら、

家庭内暴力を起こしていたかもしれず、

それほど、僕の精神は、

不安定でしたから、ね。


実母は、父と違い性格のきつい人でしたから、

生きていたら、間違いなく、

仕事の続かない僕を許さなかったと思います。

その点、義母は、多少遠慮もあり、

よほどでないと、僕に意見することは、

ありませんでした。


そんな義母でしたが、

僕が、ある会社に正社員で入り、

半日で仕事がいやになり、

そのまま無断で家に帰ってしまったことがあり、

心配して電話してきた会社の人から、

親の顔が見たいと言われたわよ、と、

僕に愚痴ったことがあります。


そのときも半分、笑い話のように話し、

呆れ果てていたとは思いますが、

僕に手を焼いていたには違いありません。

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転職、放浪、放縦、

いくつもの仕事、アルバイトをし、

流れ流れしながら、

まともに、継続的に、

年金を払ったのは35から。

二十代、三十代前半に、

飛び飛びの正社員時代に払っていた年金は、

わずかなもの。


そんな自分も、

もうすぐ年金がもらえるという年まで、

よくぞ生きてきたと、



思っています。




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