介護離職からのおひとり様快適生活

定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。

日々の雑感

日々の暮らしに追われるうちに年を取り



田舎の両親がなくなり、

兄夫婦だけが残れば、

もう故郷はない、と、

彼は言いました。


彼、とは、

僕が介護離職するまで、

働いていたホテルに勤務していた後輩です。


僕はバックヤード、

彼はフロント業務だったのですが、

地方出身者が、

大学なり専門学校なりを出て、

そのまま、

都内で暮らすうちに、

年を取り、

気づけば、

田舎の両親も他界して、

ということは、

よくあるケース。


単身のまま、

アパートなり、

マンションなりで、

暮らすうちに、

40を過ぎ、

50を過ぎ、

となるわけですが、

東京暮らしは、

家賃こそ高いものの、

気楽さという点においては、

田舎にはない魅力があるのも事実。


ただ、

気が付けば、

すぐそこに老後が見える、

ということは、

ありがちなこと。


11年間のホテル勤務で、

わずかながらですが、

華やかなことがあったのは、

女子社員との会話があったこと。


飲み会なども、

年に数回はあったので、

そんなときには、

本音なども、

聞くことができました。


35を過ぎたら、

婚活市場での女の価値が、

ダダ下がりになるので、

35までには結婚したい、

と言っていた女子社員も、

地方出身者でした。


彼女は福岡県久留米市の出身で、

チェッカーズの話をすると、

盛り上がりましたね。


いろんな女子社員の子がいたのですが、

恋愛対象ではない僕は、

安心できる相手というポジションでした。


だからこそ、

いろんな話が、

聞けたのかもしれません。


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で、最初の話に戻ると、

30代、40代でも、

独身者が多く、

帰る故郷もなくなり、

根無し草のように、

都会をさすらい、

日々の暮らしに、

追われるうちに、

いつしか、

シニア世代になっていく。


そうした人たちの、

多いことに、

気づかされた、

僕でもありました。


そんな僕も、

来年の春が来れば、

そのホテルを介護離職して、

10年になります。


暑すぎた夏の余韻が、

まだありますが、

今頃になって、

夏の終わりを感じる、

僕なのでした。






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一緒におると、なんかイライラするったい



映画「国宝」が、

大人気らしいのですが、

吉田修一の作家的体力は、

人間の闇を、

見つめることができる力に、

根差しているのかもしれません。


「あそこに安売りの靴屋の看板があるやろ? あそこを右に曲がってまっすぐ田んぼの中を進んだところが高校やったと。それでこの道をもうちょっと駅のほうに戻ったところに小学校と中学校があって・・。それよりももっとちょっと鳥栖のほうへ行ったところに前の職場。…考えてみれば私って、この国道からぜんぜん離れんかったとねえ。この国道を行ったり来たりしとっただけやったとよねえ」

上記は、

吉田修一の小説に登場する、

地方都市で暮らす、

もう若いとは、

言えなくなりつつある女性の、

セリフです。


女性にとって、

30歳前後というのは、

どんな意味を持つのでしょうか。


まあそれは、

個人差があるでしょうから、

一概には言えないのだと思いますが、

自分のことで言うと、

仕事が安定せぬままに、

先の見通しなど、

一切立たぬうちに、

過ぎていったのが30歳でした。


いや、

たとえ安定した職を得ていたとしても、

この小説の女性のように、

狭い世界で職を得て、

暮らさざるを得ない閉塞感は、

それもまた、

苦しいものなのかもしれません。


決まり切った人間関係、

決まりきったルーティンワーク、

その狭い世界で息をするうちに、

どんどん年だけを重ねていく焦燥感。


僕のことで言うと、

20代は、

割とゆっくり過ぎたというか、

悩みが多すぎて時間が長く感じました。


30代は、

前半がゆっくりで、

後半は速く過ぎ去った感じ。


そして40代、50代と、

さらに時間が過ぎゆくのが、

速くなっていきました。


60代の今は、

さらに時間が、

速く過ぎ去っていきます。


「一緒におると、なんかイライラするったい」

上記も、

吉田修一の同じ小説に出てくる、

別の女性のセリフ。


この女性が、

自分に会いに来てくれた男との会話が以下のもの。

「天神、来たことないと?」
「車で何度か行ったことはあるけど、街ば歩いたことはなか」

長崎からわざわざ福岡まで、

会いに来てくれる男を、

完全に下に見ているのですが、

好きな男と、

そうではない男とでは、

露骨に態度を変えるという、

わかりやすい設定。


実は僕も、

介護離職するまで働いていたホテルで、

8つほど年下の同僚にとっては、

イラつく存在でした。


彼が僕を呆れた目で見るときは、

大きくため息をつき、

「やれやれ」とつぶやくのが常でした。


「やれやれ、また残業かよ」

みたいに、

ざけんなよ、

とイラついたときに使う、

あの「やれやれ」です。


彼は手先が器用で、

確かに仕事は良くできたし、

もっさりした僕の仕事ぶりに、

イラつくことも多かったのでしょう。


僕は転職が多いので、

ダメな社員だったこともあれば、

有能だと思われた職場もあったので、

他人からどう評価されようと、

自分は自分だと思う気持ちが、

ホテル時代には確立されていたのです。


で、吉田修一の小説に戻ると、

国宝も、

おそらく深みのある内容なのだと、

推測できます。


映画のほうは、

3時間にも及ぶ長さだと、

聞いているので、

トイレのことを考えると、

二の足を踏みます。


と言うより、

今年は旅行でかなりお金を使ったので、

今は緊縮財政。


小説も、

おそらく、

図書館の待ち人数が、

かなりあると思われるので、

ほとぼりが冷めたころに、

借りるといたしましょう。


話は変わりますが、

先日見つけた燕の巣。

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命、がんばれ。






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取り繕うことができない世界になりつつある



奇跡の9連休と言われた年末年始の休みも終わり、

仕事始めの6日には、

退職代行会社に依頼が殺到しているとのニュースを見て、

さもありなんと思った僕。


以下はキャリネコニュースからの一部抜粋。

多くの企業で賃上げが進んでいるが、投稿を寄せた40代男性(素材・化学・食品・医薬品技術職/年収350万円)は、「うちの会社は昇給がありません。正確にはうちの部署ですが、入社から定年まで全く同じ金額になります。所謂ブラックでやつですね。今時ありえません」と、うんざりしている。昨今、就職や転職は応募者に有利である売り手市場と言われるが、男性は「何とか必要最低限に生活できてるため妥協して生きています」と、今のところ転職する気はないようだ。その一方で「あと15年同じ給料でとなると何となく虚しくなるような」とこぼす。東京都の50代女性(サービス・販売・外食/年収300万円)は、「勤怠管理がいい加減で社員にはタイムカードもありません。月末に出勤時間欄と退勤時間欄にハンコを押し、休みの日は手書きで休みと書くだけの出勤簿を提出するだけです」と不満を漏らす。


本心に逆らって生きるのは、

もう無理な時代になっています。


もう、気づいている人は多いかと思いますが、

風の時代になってからは、

取り繕うことができない世界になりつつあります。


スマップの中居君のことは、

僕はよく知りませんが、

9000万円の示談金というのは、

よっぽどのことでしょう。


比較するのもどうかと思いますが、

9000万円と言えば、

東電が帰宅困難者の4人世帯に支払った賠償金の平均額。


中居君は特殊な世界に生きてきたのでしょうが、

彼の同年代は就職氷河期世代。

たとえば、手取り20万円の人が、

昇給もなく40年働いて得るお金が9600万円です。

そう考えると、

9000万円という示談金が、

いかに高額かがわかります。


そこから類推するに、

かなり重度の肉体的精神的被害を、

その女性は負ったものと推測できます。


今までは、こうしたことももみ消され、

公にはされなかったのでしょうが、

今は風の時代。

もはや隠し事はできません。

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前記事で取り上げた幸福の科学も、

公式コメントで、以下のように宣言していますが、

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であるならば、遺体はどこかにあるわけで、

僕は熱心な会員だった時のことを思い出しました。


支部で桜の植樹で、1000万円の植福(献金)を達成し、

皆で喜び合い、いずれ総裁が帰天された後は、

あの大ストゥーパに、遺骨は安置され、

世界中から会員がやってくる姿を思い描いていました。


もう13年も前に退会した団体のことですから、

僕の心配することではないのですが、

このままではいつになっても総裁の遺骨は、

大ストゥーパには安置されないのかもしれません。


今年は昨年末からの継続で内省を重ね、

初詣に行ったのは5日のこと。


その地元の由緒ある神社で、

数年前になりますが、

幸福の科学時代にお世話になったFさんと会いました。


今はロヂャースに変わりましたが、

当時はライフがあった場所に車を停め、

歩いて神社まで行ったのですが、

急斜面を登りきったところで、

お孫さんを抱いているFさんと会い、

少し話をしたのを覚えています。


Fさんは早稲田大学を出ており、

頭がいいだけでなく武闘派でもあり、

極真空手の全日本大会を三連覇した三瓶啓二とも、

一緒に空手の鍛錬をしたこともある強者(つわもの)で、

その風貌は河合継之助に似ています。


そんな数年前のFさんとの再会を思い出しながら、

今年も地元の神社を参拝し、

2025年の成り行きに思いを馳せ、

風の時代の特質が、

さらに鮮明化していくことを感じ取りました。


時代は、動いています。


ふと気がつくと、

僕の高校時代のクラスメイトも、

すでに4人死んでいて、

しかもそのうちの3人は体格も良く、

当時ひ弱だった僕が、

肉体的にコンプレックスを持っていた奴ばかり。


なんか頭の毛が抜けるように、

同年代の友人や知り合いが、

この世から消えていく儚さは、

何と言っていいのやら。


大半の友人が高卒後の進路として、

大学や会社へと旅立ったのに対し、

僕だけはプータローのまま卒業。


作家になるという根拠のない自信だけが、

唯一の支えでした。


村上龍が「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を取った1976年当時、

僕は高校生で、大学に行く気も就職する気もなく、

ぼんやりと卒業する前の、ちょうど今頃の時期、

八高線に乗って東福生で降り、

横田基地沿いの道をぶらぶら歩いて、

国道16号沿いのドライブインの屋上に行き、

これまたぼんやりと飛行機を見たり、

広大な基地を見たりしていました。


自分がこれからどうなっていくのか、

作家になりたいとは思っているものの、

本当になれるのか、

そうした不安はあるものの、

ただただこの目の前に広がる荒涼たる風景のようなものを、

作品にできはしないかと、考えていました。


それまでに読んでいた本と言えば、

ヘルマン・ヘッセとエミリー・ブロンテくらいのもので、

読書家でもありませんでした。


もう50年近く前のことになりますが、

この時期になると、

無性にあのドライブインに行ってみたくもなりますが、

今やドライブインという言葉さえ死語に近いのかもしれず、

当然そのドライブインも、今は跡形もありません。


ピンク・フロイドのアルバムを聴くと、

当時の不安と焦燥と孤独がよみがえってきて、

今の僕にはそれも、一つの心象風景になっています。





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安い国になってしまった日本でどう生きていくか



国内旅行ですら、

遠くに行くには覚悟がいります。


飛行機に乗るにしても、

羽田まで行くのが億劫だったりします。


さらに言えば、

新幹線に乗るのに東京駅まで行くのさえ、

億劫に感じる今日この頃。


その点、大宮であれば、同じ県内だし、

まあ、そこまで大変ではない、と。


となるとどうしても行先は、

北陸上越東北の各新幹線で行けるところになりがち。


去年今年と富山に行ったのも、

行きやすさが要因。


今年の夏に行った新潟も上越新幹線だし、

次の旅行は3月に、

盛岡あたりに行こうと考えていますが、

東北新幹線利用となりますね。


国内でさえいろいろと、

億劫に感じるようになった今、

海外などは頭の隅にも上りません。


仮に行ったとして、

僕が海外に頻繁に行っていた30年前とは、

あまりにも状況が違います。

以下は、トリップエディターからの一部抜粋。


大谷翔平選手の大活躍で湧くドジャー・スタジアムに今シーズンから『築地銀だこ』がオープンしました。6個入りのたこ焼きが税抜き13.99ドル(約2,238円)たこ焼き1個が370円以上するんですよ!牛丼大盛(Beef Bowl Large)は税抜き10.99ドル(約1,758円)でした。日本での店内価格は596円ということですので、その約3倍になります。

ううーん、アメリカでこうですから、

北欧なんか行った日には、

目も当てられません。


一方、日本の安さは、

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こんなところにも表れています。


生ビールの中ジョッキが、

時間帯にもよりますが、

190円で飲めてしまう日本は、

外国人から見たら夢の国。


その夢の国も、

今後はさらなる増税が、

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水面下で動き始めています。


僕のような低年金生活者には、



更なる創意工夫が必要になります。


そこでおすすめなのが、

ゆっくりと近場を歩くこと。

大袈裟な鉄道旅でなくても、

小さな旅みたいな。


僕であれば、

秩父鉄道や上信電鉄、

上毛電気鉄道やわたらせ渓谷鉄道、

真岡鉄道や関東鉄道などの、

県内もしくは近県の、

地域鉄道に乗る小さな旅などが楽しい、と。


先月行った茨城県は車だったので、

ひたちなか海浜鉄道は写真を撮っただけでしたが、

それもまた楽しい、と。


流鉄流山線などは、

全長6キロにも満たない路線ですが、

それが味わい深かったりします。


また、地域鉄道だと、

自転車を乗せることも出来たりします。


確か上毛電気鉄道なんかは、

自転車オッケーだったと記憶しています。

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結婚式もできるようです。


いずれにせよ、

それぞれの人が、

自分の住んでいる場所を基点にして、

小さな旅を楽しむことはできるよね、

という話でした。




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「できないこと」が増えていく老後生活だけど



4月に富山に行き、

6月に新潟に行って、

気づいたこと。


旅行も、しんどい。


ありえねーって、

50代の僕なら、

思ったでしょうね。


海外に行きまくった30代。

国内の温泉旅行に嵌まった40代。

まだまだ旅行熱が盛んだった50代。


温泉は、

親を連れて行くのがメインでしたから、

トータルで150回くらいは、

泊りがけの旅行に行っていると思います。


親の年金が使えたのが、アドバンテージ。


趣味が一致していたので、

親も、

旅行には惜しみなくお金を、

使ってくれましたからね。


勿論、

僕が親にプレゼントした旅行もあります、

沖縄に連れて行ったりとか。

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で、

僕自身、

思うのは、

一人旅も、

体力が要る、と。


妻も子も、

家族もいない僕にとって、

旅行は、

人生の喜びの最上位ですが、

その最上位の喜びも、

体力に依拠することが多い、と。


旅行と同じく、

食べることも、

僕の喜びの、

ツートップ。


だけどそれも、

加齢ともに、

食べる量は減っています。


できないことが、

増えていくのが、

老後生活。


その点をしっかりと腹に落として、

これからの時間を、

有意義に過ごしていきたいと、

思っています。



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加齢とともに人生模様が顔に出る



若い頃にイケメンでも、

年を取るにつれて、

卑しい顔になっていく人がいます。


これは、

美女も、

同じ。


造形美が、

本質を糊塗できるのは、

若いうちだけ。

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加齢とともに、

内面が、

外に現れてきます。


つまり、

その人の人生模様が、

顔に出る、

ということ。 



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傷つくのが嫌だから愛する人を作りません



7月7日の日曜日、

20時になったとたんに、

小池百合子の当選表示が。


そうなりましたか、

ということで、

都民ではない僕は、

チャンネルを変えた、と。


シュールレアリスムの画家たちを、

特集していた番組を、

お隣でやっていたので見ていると、

ダリではなくて、

誰だったか、

画家の名は忘れましたが、

今日のタイトルのようなことを、

中野信子さんが口にして、

絵を評していました。

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シュールレアリスムの画家たちの絵は、

その多くが、

不穏というか、

不安と言うか、

そのあたりの流れからの、

彼女の発言だったようにも、

思うのですが、

選挙報道のつまらなさを、

補って余りあるものでは、

ありましたね。



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カルトは遠くなりにけり



僕の父が世界救世教の信者だったため、

僕も自然に教祖の岡田茂吉さんを、

メシアとして崇めていました。


その後、

二十代で、

統一教会に。


 ここの教祖は、

勿論、

悪名高き文鮮明。


その後、

三十代の時に、

幸福の科学へ。


教祖は、

地球神であり、

宇宙創造の根本仏とされる大川隆法氏。


幸福の科学をやめて、

12年になりますが、

今の心境はと言えば、

今日のタイトルに、

なりますね。


ただ、

幸福の科学を退会するときは、

3年間の検証と逡巡の、

日々でした。


その頃は、

僕はまだ、

新宿のホテルに勤めていたのですが、

いつだったか、

新宿御苑近くのジョナサンで、

数人が集まり、

食事をしながら、

話し合ったことがあります。


その中の一人に、

藤倉さんがいました。


それ以外には、

関西からわざわざ来てくれて、

前日、

僕の勤めるホテルに泊まってくれた人、

そして、

元職員で教団の内情を知っている人、

あと、

元リーダー会員だった越谷支部の人、

あと、

藤倉さんとは別のジャーナリストの人、

僕の記憶だと、

そんなメンツだったと思います。


僕は、

24時間の勤務明けということもあり、

自分の分の飲食代だけをテーブルにおいて、

先に失礼したのを、

覚えています。


なんでそんなことを、

想いだしたかというと、

陰謀論からみんなをまもるウオッチャー運動 大決起集会(6月23日)




のポスターを、

ネットで、

目にしたから。


高円寺の、

パンディットで、

やるみたい。


藤倉さん、

健在のようですし、

エイトさんも、

くるみたい。

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あ、

僕は、

今日は、

コンサートに行くので、

そのイベントには、

行きませんけどね。



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1993年8月15日立川場外馬券売り場



新潟への旅行で、

新潟日報社のビルを眺めていた時に、

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競馬の新潟日報賞を取ったときのことを、

思い出しました。


帰宅後、

家でネットで調べたら、

1993年8月15日のことでした。


馬券を買ったのは、

立川です。


1着ウェディングケーキ、2着エアリアル、

これを一点買いで、

馬連で買って、

払い戻しは760円。


だいたい、

記憶通りでした。


一点買いで5000円でしたので、

38000円の払い戻し。


当時、

500円か、

せいぜい1000円で、

買うことが多かったのですが、

この時は、

妙な確信があって、

5000円という、

無職の僕にしては、

無謀とも思える大きな金額でした。


思惑通りに馬が走ってくれて、

勝ち馬ウェディングケーキは、

その年の府中牝馬ステークスにも出たと思います。


で、

新潟日報賞の1993年の動画がないか、

探したのですが、

見つけられず。


代わりと言っては何ですが、

僕が、

初めて買った馬券で、

ビギナーズラックで勝てたレースがあったので、

貼り付けてみました。





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ろくでもない旦那には三行半を



女性の書いているブログの中には、

ろくでもない旦那に苦労させられているものが、

散見できます。


身勝手な夫、

あるいは元夫に、

振り回され、

心をかき乱され、

場合によっては暴力も。


まあ、

罵詈雑言も、

立派な暴力だし、

手を挙げるなど、

もってのほか。


そうした悩める妻たちがいる一方で、

妻から虐待を受けたという話は、

あまりというか、

ほとんど見かけません。


あ、女房に気を使って、

という話は、

よくブログでも見ますけどね。


で、何が言いたいかと言うと、

僕が、

そうした夫から、

精神的、

肉体的被害を受けている、

妻たちに言いたいのは、

一秒でも早く逃げたほうが良くね、ということ。

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ろくでもない旦那には、

それなりの報復をして、

さっさと逃げましょう。






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