昭和の時代、
国鉄に勤めていた人などは、
55歳で定年後、

悠々自適の生活。
今で言えば、
ぎりぎりアーリーリタイアに、
分類されるかもしれない年齢で、
年金を受け取る生活になった場合、
その先の人生が長い、と。
死ぬまでの膨大な時間の捉え方は、
人それぞれ。
FIRE志向の人なら、
自由な時間は恵みですが、
労働に価値を置く人からすれば、
もう用済みかという敗北感があるかも。
で、何が言いたいかというと、
大半の人にとって、
ようやく自分の時間を持てるようになるのは、
60を過ぎてから。
60で経済的自立と、
時間的自由を手にできる人は、
恵まれた部類でしょう。
多くの人が、
65歳までは働く時代。
その理由は、
年金支給のスライド。
ゴールポストを後ろにずらされた分、
5年間の労働が加算されたのですが、
65を過ぎても働く人が多いのは、
労働による収入を得なければ、
生活が困難だからでしょう。
お金に困ってはいないが、
暇だから働くという人もいますが、
それはご自由にどうぞ、という話。
で、くどくなりますが、
再び何が言いたいかというと、
ようやく自分の時間を持てるようになった頃には、
大半の人は老いさらばえているよね、
ということ。

同じ自由時間でも、
若いころのそれとは違う、
ということ。
旅行一つを例にとっても、
動ける勢いが違います。
で、僕もご多分に漏れず、

60代も後半になって、
経済的自立と自由な時間とを、
得られるようになったのですが、
これとても、
そんな少ない年金ではやっていけないと思う人には、
労働という選択もあるのでしょう。
僕は創意工夫をすることにより、
少ない年金で暮らせるため、
自由な時間という対価を得ている、と。
で、この時間こそが、
尊いのは、
もう残りの人生も、
あらかた見えているし、
そうなってくると、
最大のリソースは時間、
ということになります。
古代中国史の研究は一段落し、
今はシュメール文明に向き合っていますが、
これができるのも、
時間があるから。
そうした研究に没頭すると、
どうしても、
こうした生活ブログの更新は、
滞ってしまいますが、
ブログは仕事ではないので、
マイペースで十分。
広島旅行の記事も、
まだ終わっていませんが、
日々の暮らしの中で、
いろいろなことが起きており、
そうしたことも記さねば、
と思い直し、
もっと自由に、
書きたいことを、
自分のペースで書いていこうと思った次第。

