これは変な話であり、
人気のない話だと思うのですが、
10人に一人くらいの人には、
とても役立つかもしれません。
僕は宗教遍歴が多く、
宗教ジプシーのように、
一部の人からは思われていたりします。
他人からは、
節操がないように見えても、
本人の中では、
一貫して求めるものがあり、
それに従って生きてきました。

「パワーかフォースか」という本があるのですが、
人間の意識レベルを、
かなり明確にしているという点が、
画期的です。


ただ、言葉には限界があり、
その単語の持つイメージは、
人によって異なったり、
誤解されて取られたりする場合があるし、
文化や言語の壁もあります。
まあ、その辺の限界は横において、
ざっくりとでも、
自分の意識が今どこにあるのかを探る、
参考にはなるかもしれません。
感覚的な話をすると、
意固地になって凝り固まっている状態が、
下層領域で、
ゆったりと穏やかに広がっている状態が、
上層領域。
僕は統一教会を二十代半ばで逃げ出した後、
8年ほどの迷いと苦しみの末、
35歳の時に幸福の科学に入信し、
18年後の53歳の時に退会、
そして今に至っています。
統一教会では、
全人類が堕落人間であるという、
堕落論が教義の根本。
つまり罪悪感を、
徹底的に植え付けられます。
罪悪感が、
いかに低い意識レベルであるかは、
図を見れば一目瞭然。
これは、
原罪を説く、
キリスト教にも言えます。
で、幸福の科学の教えは、
人間はみな仏の子だよ、
という教えなので、
一気に自己認識が上がるわけです。
まあ、実生活では、
そう簡単ではなく、
僕自身、
8年間もの闇の時代を経なければ、
そのような段階には、
たどり着けませんでした。
幸福の科学と出合ったことで、
真っ黒だった自己認識が洗い流され、
内側から強い意欲が沸き上がってきたのです。
このあたりが、僕の35歳当時の意識。
この調子で話していると、
べらぼうに長くなるので、
まとめに入ります。
まず言いますと、

この図が必ずしも絶対的な尺度ではないのですが、
今現時点の、
自分の意識を探すツールには、
なるかもしれません。
風の時代の話をするときに、
僕はよく波動の話をしますが、
波動を上げるということは、
こうした図の、
上のほうの意識状態に、
持っていくということ。
今年からの3年間は、
土の時代の残り火が消え、
風の時代の上昇と安定化が強くなる流れ。
自己を見つめる人には、
宇宙的意識とつながる道が開かれ、
外側の事象に振り回される人には、
ますます行き詰まるような困難が、
襲い掛かってくることでしょう。
このことを、
主イエスは、
以下のように語っています。
「持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。 だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである」
人工的なキリスト教解釈に毒された重い頭で、
どれほど思索しても、
神父も牧師も、
これの本当の意味を理解できません。
むしろ異邦人、
あるいは良きサマリア人である、
門外漢のほうが、
素直な感覚で理解できたりします。
このあたりの皮肉な現象は、
いくつか前の記事、
キングダムのその先の無常、
でも語ったのですが、
神様というのは芸術家だと思いますね。
さて、話を戻すと、
外側の事象に振り回される人というのは、
一喜一憂する人と、
言い換えることもできます。
そのような人には、
大変な出来事が、
次々に襲い掛かってくるのが、
風の時代。
幕末の侍のように、
時代に逆行しているのですから、
時間とともに苦しくなっていくのは必定。
僕が新選組よりも、
坂本龍馬や高杉晋作のほうを、
はるかに高く評価するのも、
彼らは時代が見えていたから。
当時は、
日本一国の一大事でしたが、
今は地球規模どころか、
宇宙規模の時代の転換点。
なので、
外側にのみ目が向き、
一喜一憂している人は、
ますます苦しくなるのですね。
そうした困難など、
どこ吹く風で生きるには、
波動を上げて、
タイムラインを変えてしまうことです。
例えば、
デパートの上の階に行くには、
エレベーターなり、
エスカレーターなりを使うか、
階段を自分の足で歩いて上がるように、
各人がそれぞれの方法で、
上の階に行きますね。

4階に僕がいるとしたら、
5階に上がれば、
見える世界も変わるということ。
上のフロアに行けば行くほど、
意識は軽くなり、
悩みは消えていきます。
軽やかに、
滑らかに、
楽しく生きる方法を、
過去記事でも、
たくさん書いていますので、
興味のある方は、
覗いてみることをお勧めします。
今年からの3年間は、
特に重要な日々なので、
悔いなく生き切ることを、
僕自身、
すでに決めています。

