キングダムという漫画を、
知っている人は多いと思いますが、
中華を初めて統一した始皇帝の話です。
主役はその下で働く、
大将軍を目指す青年ですが、
英雄豪傑があまた現れ、
戦場を血に染めたのち、
やっと統一された帝国も、
始皇帝一代で費える、と。
息子の一人が、
形ばかりの皇帝になりますが、
宦官の趙高の操り人形に過ぎず、
陳勝・呉広が反乱を起こし、
各地で反秦勢力が拡大。
これに呼応する形で、
項羽や劉邦などが蜂起し、
秦はわずか15年で滅亡。
キングダムは熱いマンガですが、
その先の無常を思うと、
なんとも…。
日本人が一番知っている中国の歴史は、
三国志で描かれる世界だと思うのですが、
諸葛孔明や関羽や曹操などの、
英雄たちの過ぎ去ったあと、
統一を果たすのは、
魏でも蜀でもなく、司馬一族。
西晋を建国し、
三国時代の混乱を終息させ、
中華を統一した司馬炎も、
贅沢な生活に耽溺し、
後継者選びを誤ったことで、
西晋の混乱を引き起こしました。
司馬炎の後継者(司馬衷)は政治能力が低く、
結果的に「八王の乱」を引き起こし、
西晋滅亡の原因となりました。
唐の玄宗は、
「開元の治」と呼ばれる時代を築き、
文化・経済・軍事すべての面で、
唐を繁栄させましたが、
晩年になると楊貴妃を寵愛し、
宦官や側近政治が増え、
政治への関心を失い、
治世末期は安史の乱が発生し、
唐の衰退が始まりました。
栄華とはなんと短く、
移ろいやすいものなのか、と。
僕個人としては、
始皇帝が統一を果たす前の550年ほど、
つまり春秋戦国時代が最も好きなのですが、
三国志に登場する英雄豪傑の数を、
はるかに上回る個性豊かな人材が、
綺羅星のごとく現れた時代。
この時代を現代に引き寄せて実感するには、
2025年の今年、
始皇帝が中華を統一したと仮定すると、
今から550年前と言いうと、
室町時代で、
加賀で一向一揆があり、
有名な宗教家としては、
蓮如が活躍した時代で、
そのあたりから今年までが、
春秋戦国時代の長さ。

この時代の話をすると、
止まらなくなるので控えますが、
抜きんでた人材としては、
孔子、墨子、荘子、孫武の名を、
あげることができるでしょう。
土の時代の重い波動の中にも、
このような巨人がいたことが、
うれしくてなりません。
イエス・キリストの生まれる何百年も前に、
このアジアの広大な大地を、
神の如く走り抜けた人たちがいることを、
風の時代に生きる僕は、
臨場感を持って俯瞰しつつ、
時代精神というものを、
改めて感じています。
強く惹かれる時代には、
かつて自分が、
肉体を持って生きていた可能性が高く、
そこで得た学びを、
幾転生を経て、
今地上にある自分が、
宇宙的意識次元で振り返り、
総括することも可能なほど、
地球全体の波動が、
軽くなっているのを感じています。
あれほどの苦労の末に、
中華統一を果たした始皇帝死後の、
呆気なく瓦解していく秦の末期と、
その後劉邦が、
紆余曲折を経て、
中華を統一したのちは、
功績のある側近を次々に粛清していく様相は、
権力が人を飲み込んでいく恐ろしさを、
感じずにはいられません。
そんな中、
最大の功労者である張良は、
天寿を全うします。

「困難な事を容易なうちに対処し、大きな問題は小さなうちに処理した」
という張良には、
先を読む力と成し遂げる胆力が、
あったからでしょうね。
張良は、
国士無双(他に比類ない人物)と呼ばれた韓信、
自らの評判をわざと落として粛清を免れた蕭何とともに、
漢の三傑の一人。
祖国・韓を滅ぼした秦に、
強い恨みを抱いた張良は、
始皇帝暗殺を試みますが失敗し、
逃亡生活の中で劉邦に出会います。
そして軍師として仕え、
鴻門の会では、
項羽による劉邦暗殺計画を察知し、
機転で回避させます。
楚漢戦争では、
劉邦に戦略を授け、
項羽との戦いを勝利に導きます。
張良が類まれなる軍師であれば、
蕭何は劉邦の陣営で糧食や兵站を管理し、
軍を支えた実務分野の重鎮。
咸陽入城の際、
他の者が財宝に群がる中、
蕭何は秦の律令や制度の文書を押収し、
漢王朝の基盤を築いた点が特筆すべきところ。
楚漢戦争では兵站を途絶させず、
劉邦軍を支え続けたのみならず、
韓信の才能を見抜き登用した眼力も非凡。
蕭何は「戦う力」よりも「支える力」で、
劉邦を皇帝に導いた人物でした。
支えるという点では、
張良も同じでしょう。
張良が劉邦に的確な方向を指し示し、
蕭何がそれを実務面で支えた、と。
それに対し、
韓信は、
「戦う力」で大いに貢献しました。
若い頃は貧しく、
放浪生活を送り、
周囲から見下されていました。
最初は項羽に仕えますが、
才能を認められず、
劉邦の陣営へ行きます。
蕭何の強い推薦で、
大将軍に抜擢されてからは、
魏・趙・代などを次々と平定。
趙との戦いでは、
「背水の陣」を敷き、
大軍を破ります。
そして燕や斉を降伏させ、
劉邦の天下統一を決定づけました。
連戦連勝で負け知らずだった項羽は、
まさに自分の部下に、
自分以上の軍事の天才がいることを、
見抜けなかったのです。
人は誰でも、
自分を受け入れてくれる人のところに、
行きたがります。
智慧も武力も凡庸で、
金を払わずツケで酒を飲み、
年の瀬にはそのたまった飲み代も踏み倒すという、
一介のチンピラに過ぎなかった劉邦が、
次々と才ある人を惹きつけて、
紆余曲折はありながらも、
始皇帝が成しえなかった、
中華統一後の帝国の繁栄の、
まさにその礎を築くことになるとは、
当の劉邦自身が、
思ってもみなかったことでしょう。
そもそも彼には高邁な理想などなく、
酒好き女好きのただの無頼漢、
アウトローだったのですからね。
ただ、妙に顔が広く、
オープンマインドであったところが、
彼の最大の特徴でしょう。
高邁な理想がないということは、
こだわりがないことにもつながります。
一方の項羽はというと、
アレキサンダー大王に似ていて、
20代で秦を滅ぼす決定的な戦い(鉅鹿の戦い)を指揮し、
中国全土を震撼させました。
また彼は「羽之神勇、万古無二」と称され、
敵味方から覇王と呼ばれるほどの存在感を持ちました。
しかし項羽の西楚覇王政権は、
わずか4年で崩壊しました。
また、項羽は、
功臣の論功行賞を恣意的に行い、
諸侯の離反を招きました。
アレキサンダー大王も20代前半で東方遠征を開始し、
ギリシャからインドに至る大帝国を築きました。
また、自ら最前線に立ち、
兵士と共に戦う姿勢で絶大な忠誠を得たように、
戦場での個人的勇猛さとカリスマ性が共通しています。
アレキサンダーの帝国も、
彼の死後すぐに分裂し、
持続的な統治には至りませんでした。
結論付けると、
この二人の共通点は、
戦場での個人的勇猛さとカリスマ性はあるものの、
人材運用や制度設計の不備が致命的な弱点でした。
項羽は、
個人的能力の高さがアダとなって、
自惚れと自尊心が強く、
人を見る目を養うことができなかったのです。
その点劉邦は、
項羽のような名門の出自ではなく、
名前すらないような身分の出で、
自分が優れているなどとは微塵も思っておらず、
生き抜くために他者とのかかわりが避けられず、
人を見る目を養うことができたのでしょうね。
僕はここに、
人生の機微と、
人間の面白さ、
奥深さを感じるのです。
だから中国史からは、
目が離せないのですね。
韓信の話に戻ると、
劉邦の中華統一後は、
その功績により、
斉王・楚王に封じられますが、
後に淮陰侯へ格下げされ、
さらに謀反の疑いで捕らえられ、
紀元前196年に処刑されました。
国士無双と呼ばれた韓信も、
戦なき世においては、
無用とされたのみならず、
漢帝国の中央集権化の途上においては、
邪魔者とされたのです。
諸々の事象は、
常に変化の中にあり、
時の流れを、
止めることはできません。
経済をはじめとした、
様々な力学の中にあり、



大切な場所も、

失われていくこともあったりします。
この世の無常を、

強く感じている僕ではありますが、
同時に、
変化の中にあっても、
不変なるものがあるのも事実。
そんな、
この世の、
無常のむさしさを、
超えていく道の在り処を、
いずれ機が熟したならば、
書き記してみたいと、
思っています。


また素晴らしいブログ読ませてくださいませ