李克強が死にましたが、
その死は、
胡耀邦が死去したときを、
彷彿とさせます。
今後の中国から、
ますます目が離せないと思うのは、
僕だけではないでしょう。

今日のタイトルは、諸葛亮の言葉。
諸葛亮は司馬懿との戦いの最中に、五丈原で病没。
稀代の軍師も、
病と老いには勝てず。
それはまた、
司馬懿にとっても同じことで、
諸葛亮に勝った後も、
憂いは消えず、
むしろ増すばかり。
力を持てば持つほど、
その上の人間から疎ましく思われるのは、
今も昔も同じかもしれません。
司馬懿の本当の敵は、
むしろ魏の中にこそいた、と。
魑魅魍魎の巣喰う宮廷よりも、
戦場にいた時のほうが、
安らげたのかもしれません。
歴史に記されている通り、
諸葛亮の奮闘も空しく、
蜀は滅亡。
いかなる天才をもってしても、
時の趨勢には、
抗えません。
日本で言えば、
卑弥呼の時代にあたる古の戦いが、
今も語り継がれるように、
いかなる王国も帝国も、
滅亡していきますが、
精神性は語り継がれていきます。
孔子、老子、孟子、荘子、墨子、韓非子、
などの思想家のみならず、
諸葛孔明の言葉もまた、
噛み締める価値があります。
寧静致遠、「心安らかであれば遠くに至る」。
蜀滅亡後、
呉も、
内紛から弱体化し、
あえなく滅亡。
諸葛孔明と戦った司馬仲達の孫、
司馬炎によって、
三国時代は終わり、
晋となりますが、
その晋の世も、
長くは続かず。
今も、ロシアとウクライナ、
そしてまた、
イスラエルとパレスチナで。
人類の歴史を俯瞰すると、
平和な時代のほうが短く、
争いに次ぐ争い。
世の無常を、感じるばかりです。
15で従軍し、戦に明け暮れて80歳で帰郷しても、知る人はなく、我が家は雑穀がはびこり、汁をつくって煮ても、食べてくれる人もなし」


とても良い内容でございました
感動いたしました
またブログにて読ませていただきます