お金のある無しにかかわらず、人生における幸福の種はそこかしこにあります。

たとえば、季節の移ろい。

僕が、今のアルバイトを始めたのは、昨年の7月。

暑い盛りでした。

母が死んだのが5月。

そして、母の四十九日法要を終えたのが7月初め。

その区切りがついて、すぐに仕事につけたのは、天の恵みとしか言いようがありません。

介護生活ののち、ミッシングワーカーになってしまう人もいると聞きますからね。

で、仕事は、午前勤務と午後勤務を月替わりでやるのですが、たとえば午前勤務であれば、冬などは、暗いうちに家を出ます。

そして、3月の今は、もう、出勤時間には空が明るくなっています。

こうした季節の移ろいを身をもって感じられるのも、早朝に家を出るからこそです。

午後勤務の場合は、午前をゆったりと過ごせますし、それはまたそれで良いものです。

わずか25分ほどの通勤時間でも、季節の移ろいを感じたり、今の時期であれば、菜の花の咲く風景を見たりするのも心が和みます。

昨日、勤務先の工場の片隅に、黄色い花が咲いているのを見て、写真にとりました。

IMG_1982

この黄色い花を見たときに僕が自然につぶやいたのが、マタイによる福音書の一節。

「栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」

ソロモンというのは、イスラエルの王で、巨万の富を持っていた人です。そのソロモンでさえ、この一輪の花ほどには着飾ってはいなかった、ということ。

豊かさというのは、すぐ足元にあったりします。ただ、それに気づくか気づかないかは、人それぞれ。

この一節の前後の記述は、深い内容です。マタイによる福音書だと第6章に当たる部分。ルカによる福音書だと12章に当たる部分ですね。

うーん、深い言葉だと思いませんか。

アルバイト先の工場の敷地の片隅に咲く黄色い花に癒された時間でした。