お金のある無しにかかわらず、人生における幸福の種はそこかしこにあります。
たとえば、季節の移ろい。
僕が、今のアルバイトを始めたのは、昨年の7月。
暑い盛りでした。
母が死んだのが5月。
そして、母の四十九日法要を終えたのが7月初め。
その区切りがついて、すぐに仕事につけたのは、天の恵みとしか言いようがありません。
介護生活ののち、ミッシングワーカーになってしまう人もいると聞きますからね。
で、仕事は、午前勤務と午後勤務を月替わりでやるのですが、たとえば午前勤務であれば、冬などは、暗いうちに家を出ます。
そして、3月の今は、もう、出勤時間には空が明るくなっています。
こうした季節の移ろいを身をもって感じられるのも、早朝に家を出るからこそです。
午後勤務の場合は、午前をゆったりと過ごせますし、それはまたそれで良いものです。
わずか25分ほどの通勤時間でも、季節の移ろいを感じたり、今の時期であれば、菜の花の咲く風景を見たりするのも心が和みます。
昨日、勤務先の工場の片隅に、黄色い花が咲いているのを見て、写真にとりました。

この黄色い花を見たときに僕が自然につぶやいたのが、マタイによる福音書の一節。
「栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」
ソロモンというのは、イスラエルの王で、巨万の富を持っていた人です。そのソロモンでさえ、この一輪の花ほどには着飾ってはいなかった、ということ。
豊かさというのは、すぐ足元にあったりします。ただ、それに気づくか気づかないかは、人それぞれ。
この一節の前後の記述は、深い内容です。マタイによる福音書だと第6章に当たる部分。ルカによる福音書だと12章に当たる部分ですね。
うーん、深い言葉だと思いませんか。
アルバイト先の工場の敷地の片隅に咲く黄色い花に癒された時間でした。
たとえば、季節の移ろい。
僕が、今のアルバイトを始めたのは、昨年の7月。
暑い盛りでした。
母が死んだのが5月。
そして、母の四十九日法要を終えたのが7月初め。
その区切りがついて、すぐに仕事につけたのは、天の恵みとしか言いようがありません。
介護生活ののち、ミッシングワーカーになってしまう人もいると聞きますからね。
で、仕事は、午前勤務と午後勤務を月替わりでやるのですが、たとえば午前勤務であれば、冬などは、暗いうちに家を出ます。
そして、3月の今は、もう、出勤時間には空が明るくなっています。
こうした季節の移ろいを身をもって感じられるのも、早朝に家を出るからこそです。
午後勤務の場合は、午前をゆったりと過ごせますし、それはまたそれで良いものです。
わずか25分ほどの通勤時間でも、季節の移ろいを感じたり、今の時期であれば、菜の花の咲く風景を見たりするのも心が和みます。
昨日、勤務先の工場の片隅に、黄色い花が咲いているのを見て、写真にとりました。

この黄色い花を見たときに僕が自然につぶやいたのが、マタイによる福音書の一節。
「栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」
ソロモンというのは、イスラエルの王で、巨万の富を持っていた人です。そのソロモンでさえ、この一輪の花ほどには着飾ってはいなかった、ということ。
豊かさというのは、すぐ足元にあったりします。ただ、それに気づくか気づかないかは、人それぞれ。
この一節の前後の記述は、深い内容です。マタイによる福音書だと第6章に当たる部分。ルカによる福音書だと12章に当たる部分ですね。
うーん、深い言葉だと思いませんか。
アルバイト先の工場の敷地の片隅に咲く黄色い花に癒された時間でした。


水仙は匂いがいいですね。
ソロモン王は古代のイスラエルの王で父親はダビデ王ですよね。
ソロモンとダビデが建てたユダヤ教の神殿二つともローマ軍などに破壊されて今に至るまでないまま・・・
やがて第3神殿が建つ時、その神殿を反キリストと呼ばれるキリストを救世主と認めない者が神殿に偶像を供えて、私こそキリストだと言って、統一教会や幸福の科学の創始者達のように神に対して汚しごとを言いはじめる。
そういった前兆の一つがキリストの再臨の目安になるのだと聖書には預言されています。
やがて北の王と呼ばれるロシア同盟軍がイスラエルに攻め入る時も前兆です。
聖書は宗教だと思われて一般人には敬遠されますが、信じる者に与えられているタラントを隠していてはいけないと主イエスは言われていますからね。
たまには聖書の一節を書くのも神は望んでいるのではないでしょうか。