「どうする家康」も、
いよいよ佳境を迎えていますね。
好きな武将は?
と訊かれて、
信長や秀吉を挙げる人は多いのですが、
僕は、
二十代の頃から家康びいき。
司馬懿が好きになったのは、
ずっと後ですが、
家康と似ているなあ、
と思っています。
どちらも、
次の時代の礎を築いた人。
そしてどちらも、
耐え忍びの人。

結果だけを見ると、
安易な思考をする人は、
二人とも、
ただの簒奪者に見えるでしょうね。
家康は豊臣政権を簒奪し、
司馬懿は魏王朝を簒奪した、と。
まあ、微妙な違いとしては、
家康は自身が目の黒いうちに後世に道筋を付けましたが、
司馬懿の場合はそこまでには至らず。
僕が注目するのは両者の最晩年。
「どうする家康」では、
まさにこれからがその最晩年。
今日の放送から最終回までが、
まさにそれにあたります。
家康も司馬懿も、
慎重の上にも慎重を期す用心深い性格。
僕は自分自身が50歳になるまで、
軽佻浮薄な人間だっただけに、
この二人の生き方に惹かれるのでしょうね。
二人の共通点は、
忍耐強さの他に、
時を待つ力があるということ。
多くの才ある者が、
時を待てずに自滅していく中、
この二人には、
時流を読み切る力がありました。
これは、
少才には及ばぬことで、
この点においては、
信長も秀吉も、
小物のそしりは免れますまい。
そしてまた、
二人に共通するのは、
機を見るに敏、であること。
司馬懿は、
動かないときは岩のように動かず、
ここぞというときは電光石火で事を成しました。
とりわけ最晩年の、
ボケ老人を装って相手を欺き、
曹爽一派の一瞬のスキを突いて都を制圧した時は、
まさに鬼神の働き。
徳川家康と司馬懿。
二人から学ぶことは、
今まさに晩年を生きる僕にとっても、
計り知れません。