介護離職からのおひとり様快適生活

定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。

2022年01月

所有物が増えるほど不安になる



これはもう2500年も前に、

お釈迦様が看破していることなので、

今更、僕のような凡夫が、

言うことでもないのですが、

モノを持てば持つほど、

不安になります。

あるいは、

心配事が、

増えます。


これは、断捨離をすれば、

より、実感するかと思いますが、

人間にとって必要なものは、

そう、おおくはありません。


そういう僕も

まだまだ多くのものに囲まれて生きています。


京都・両足院の伊藤東凌さんは
「昔から仏教では『持てば不安になる』ということは徹底的に言われています。
物だけでなく、あらゆる概念や関係性を含めて、とにかく持つことは不安につながるので、
手放す生き方を推奨しています」
と、仰っています。

うーん、 確かに、モノだけでなく、

概念や、関係性も、

不安を呼び込むことがあります。

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自分本来の道を求め、

シンプルに生きていれば、

死ぬ時が来たら死ねばいいし、

命がある限りは素朴に生きればいい、と。


人生は、

たったこれだけのこと、

だと、

思っています。



妻を亡なくした男性の多くは3年以内に死んでいる



高齢のおひとり様の記事なども、

最近はよく見かけるようになりました。

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以下は、最近見た幻冬舎オンラインからの抜粋。

「おひとり様」というキーワードをよく耳にしますが、この「おひとり様」とは、これらのしがらみに対し、違う価値観で対抗することで、一人の気楽さを楽しむことだと私は理解しています。しかし、私は、初めから一人の人とは違って、家族を形成し、家族とともに暮らしながら、途中で失う経験の実践者として高齢期を迎えた人は、おひとり様になったとしても、一人で強く生きていくことはできないのではないかと考えます。 ただし、女性は強いと思います。ある調査によると、妻を亡なくした男性の多くは3年以内に死んでいるそうです。逆に、夫を亡くした女性は、長生きをしているそうです。


うーん、 確かに、僕も、旦那が死んでから生き生きとし始めた

高齢女性を知っていますが、

旦那が生きているうちには、

抑圧されていたのかもしれません。

そのため、旦那が死んでから、

生き返るように元気になる、と。

これからは、旦那に遠慮せず、好きに生きられる、と。


一方、妻に死なれた旦那のなんと弱いことか。

3年以内に死ぬ、とは、穏やかではありません。


また、最初からおひとり様だった人よりも、

途中からおひとり様になった人のほうが弱い、と。

まあ、これは、頷けますね。

はじめからおひとり様だった人の中には、

僕のように、

そもそも、一人が好き、な人も、

いますからね。


そういう人は別に、

一人でも寂しくはないし、

気楽がいいから一人でいるわけで、

むしろ他人と一緒に暮らすほうが、



ストレスになったりしますからね。




スマホでブログを書いている人がいるらしい



僕は、ブログというのは、

皆、パソコンで書いているものだと思っていました。

ところが最近、

スマホでブログを書いている人がいることを知り、

びっくりしています。


どんだけ時代遅れなんだよ、と、

思われるかもしれませんが、

スマホって、小さいですよね。

あれで文字を打つということは、

親指で打っているんですかね。

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僕は、ラインにせよ、smsにせよ、

親指で文字を打つのは苦手。

というか、ぶっちゃけ、

ラインメールは、嫌いです。


メールは、簡潔であればあるほど良く、

用件だけのやり取りが良い、と、

思っています。

なので、最低限の文字しか打ちません。

親指だと、時間がかかるかかる。 


ところが世の中には、

親指でブログを書いている人がいると、

いうことでしょうか。

それって、すごく時間と労力が要るよね、と、

思うのですが、

利点があるとしたら、

隙間時間に書けること、でしょうか。


パソコンならば両手で、

ゆっくり話すぐらいのスピードで文字が打てるので、

15分もあれば、そこそこの記事が書けるのですが、

スマホだと、エライ時間がかかるんじゃね、と、

思ってしまう、

僕なのでした。




60代後半も5割が働いている



自分に合った仕事であれば、

僕は、60代どころか、

70代であっても、

働いていたほうがいいと思います。


そして、現実に目を向ければ、

自分に合う合わないというよりも、

生活のために、

生きるために働いている人の、

なんと多いことか。

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以下は、あるじゃんの記事からの抜粋。


労働力調査(2020年平均)によれば、65~69歳の就業率は男性では60.0%。10人のうち6人は働いています。2010年は46.8%ですから増加しています。一方、女性は39.9%。10人のうち約4人。2010年は26.9%ですから、やはり増加しています。

男女合わせた全体では60代後半の人の約5割が働いています。この数字を多いと思うか少ないと思うか、60歳以降も働くことをどう考えるかは人によりかなり違うのではないでしょうか。

・働ける間は働きたい
働きたくないけど、お金がないから働くしかない
・仕事にやりがいを感じる
60歳過ぎたら働かずにノンビリしたい
・現役時代にできなかった趣味を楽しみたい……

元会社員で、真面目に定年まで働いてきた人なら、65歳以降はそこそこの公的年金を受け取ることができるはずですが、現役時代には住宅を買ったり、子どもの教育費を出したりで、けっこう出費もあったはず。老後資金を十分に蓄えられなかった人にとっては、60歳以降も収入があることは大きいでしょう。また、長生きになりセカンドライフが長いことを思うと、毎月何がしかの収入があるのはやはりプラスですね。


うーん、 実は僕も、

先月から始めた請負アルバイトの仕事がある限りは、

働きたいと、思っています。


自分に合っている仕事なので、

せめて70歳くらいまでは、

雇用が継続することを、



願っています。



残された人生を自分の才覚で遊び倒す



人間50年、と言ったのは昔の話。

今は、なかなかに長生きな人が多い。

僕は、父の寿命を、参考にしています。

父は、89歳で他界。

なので、僕も、90歳くらいを考えています。


勿論、平均寿命の80歳くらいで死ぬかもしれず、

未来は、わかりません。

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で、残された人生。

楽しんで楽しんで、

遊び倒して生きていきます。


荘子の遊ですよ。


人生は、

いたるところに、

遊びの要素がある。


なので、

毎朝、

起きるたびに、

ワクワクしています。


忍び寄る死を、



ものともせずに、ね。


 

うお座は12年に1度の幸運期



先日テレビで、前回落選した、辻元清美さんが、

占いの番組に出ていて、見ていたのですが、

いろいろな占い師がいるものだなあ、と。

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で、ネット検索していたら、

今年は、うお座の人は良いようです。

以下は、その記事からの抜粋。


2022年の上半期で12星座のラッキーな人

ベスト3を教えて頂けませんか?

1位がうお座、2位がおひつじ座、3位がさそり座です。

うお座は12年に1度の幸運期です。新しくスタートさせたり、何かを始めるならここがチャンス。何もしないで幸運期をただなんとなく過ごさないよう注意しましょう。仕掛けたり、何かを始めないと幸運期を逃してしまいます。チャレンジ精神を大切に。

おひつじ座は新しい流れが入ってきていますので、新しい縁を求めていって下さい。今までの人間関係も大切ですが、現状に満たされるのではなく新たな縁を求めたり、今までとは違う、つながりを求めて行動していくと運を引き寄せられます。そして、5月11日に幸運の星、木星がおひつじ座に入ります。この辺で運勢の変化を大きく感じるかもしれません。早い人だと4月から運勢の劇的変化を感じる人もいそうです。

さそり座は周りから尊敬されたり、高い評価を得られたりと自分の実力が認められるときです。自分でも自信がつくことがあり、自分のやっていることに本気になれるでしょう。びびったら負けだと思って下さい。何か作品を作って発信をしていくのにも良い時期です。好きなことで自己表現すると、成功につながるでしょう。

――うお座の人は楽しみな1年になりそうですね。恋愛運や金運がいいとかありますか?

12年に1度の幸運期ですから、結婚したり、転職したり、起業したり、勝負するなら今年だと思います。うお座のみなさんが幸運をつかみ幸せになることを祈っています。もちろん他の星座のみなさんの幸せも祈っています。


うーん、 12年と言えば、

干支が一回りする長さ。

うお座の人は、

楽しみな年に、



なりそうですね。




働いては鬱になり、を繰り返し



若い頃の僕は、

働いては鬱になるということを、

繰り返していました。

だから、転職が、多かったのです。


仕事が安定したのは、

友人Oの紹介で面接を受け、

ビル管理会社に入社してからで、

それが、35歳のとき。 


大学には行かず、

早生まれで、

高校卒業後に18歳になった僕は、

つまり、18歳から35歳までの17年間、

不安定な経済、

不安定な精神状態の、

中にいたのです。


で、何が言いたいのかというと、

その17年間もの放浪期間中、

義母は多少意見はしたものの、

父は何も言わずに放任してくれていたことが、

大変助かりました。


ガミガミいう親だったら、

家庭内暴力を起こしていたかもしれず、

それほど、僕の精神は、

不安定でしたから、ね。


実母は、父と違い性格のきつい人でしたから、

生きていたら、間違いなく、

仕事の続かない僕を許さなかったと思います。

その点、義母は、多少遠慮もあり、

よほどでないと、僕に意見することは、

ありませんでした。


そんな義母でしたが、

僕が、ある会社に正社員で入り、

半日で仕事がいやになり、

そのまま無断で家に帰ってしまったことがあり、

心配して電話してきた会社の人から、

親の顔が見たいと言われたわよ、と、

僕に愚痴ったことがあります。


そのときも半分、笑い話のように話し、

呆れ果てていたとは思いますが、

僕に手を焼いていたには違いありません。

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転職、放浪、放縦、

いくつもの仕事、アルバイトをし、

流れ流れしながら、

まともに、継続的に、

年金を払ったのは35から。

二十代、三十代前半に、

飛び飛びの正社員時代に払っていた年金は、

わずかなもの。


そんな自分も、

もうすぐ年金がもらえるという年まで、

よくぞ生きてきたと、



思っています。




自分の労働力は最後にして最大の砦



いくつか前の記事で、

ちょっと働くのが快感だよね、

という話をしたのですが、

これには、

もう一つの意味合いがあり、

それは、

自分という最終資本の能力の劣化を、

緩やかなものにしたい、


という思惑。


どういうことかというと、

フルリタイアも快適だけど、

まったく働かない生活だと、

労働適応能力が、

ますます弱くなってしまうから。


潤沢な資金があり、

旅行三昧、趣味三昧で生きられるならば、

別ですが、

経済的に低空飛行のリタイア生活だと、

最後にして最大の砦でもある自己労働力を、

最低限のレベルでは、

維持をしておく必要が、

あるのですよ。


そのような理由で、

楽しく働く、

ゆるく働く、

社会の片隅に

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縋り付いて働く、と、

こうなって、

おります。



 

〝ゴミ〟を捨てる処分場が老人ホーム



僕は、老人ホームに入れるお金もないし、

また、その意思もないので、

この種の話題には反応が薄いのですが、

ネットで見た老人ホームの記事が、

何やら切なかったので紹介します。

いかは、その一部抜粋。

特に介護付きの老人ホームというのは、世話に困った親を子供の判断で強制的に入居させるところです。みなさんからの批判を恐れずに、あえて起きている現象だけで判断をすれば、「いらなくなった〝ゴミ〟を捨てる処分場が老人ホーム」です。

だから、一度入居したら、途中で出てきてもらっては困るし、最後まで、そこにいてくれなくては困ります。したがって、入居者の家族(主に子供)、老人ホームの運営会社は、ともに、この考え方に基づいてホームを運営しています。

老人ホーム側に求められていることは、一部の富裕層向けの老人ホーム(入居金が2000万円超のホームが目安)を除き、超効率的に入居者を管理し、最終的には、家族や病院に迷惑をかけずに、入居者の生涯を終わらせることを目的として運営することです。

正確に言うと、介護保険法という法律がそのことを望んでいるので、介護保険法を忠実に厳守している老人ホームは、自動的にそうなっていきます。


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うーん、 なんか今の時代、

やたらと老後不安を煽る記事が多いんですが、

ポツンと一軒家とか、なぜそこ日本人、なんかで、

山奥で暮らしている高齢者などを見ると、

別に、普通に暮らしているんですよねえ。


僕も普通に年を取り、

普通に死にたいと、

思っています。


人生の晩年は、

季節に例えると、冬。


そのせいでしょうか、

冬になると、

シューベルトの冬の旅が、



聴きたくなります。




往復4時間の通勤とW介護



今、人生の内省期に入り、

介護離職する前のことを、

振り返ってみました。


50代後半の当時、

父を在宅で介護し、

母を在宅で介助。


料理や家事は僕がやり、

裁縫だけは、

和裁の経験のある母が担当。


ヘルパーの助けも受け、

ケアマネージャーも良い人で、

介護は何とかなりましたが、

往復4時間の通勤は、

だんだん負担になってはいました。


そしていよいよ、父が要介護5となって、

24時間の介護が必要になってからは、

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仕事との両立は不可能となり、

介護離職。


当時、56歳だった僕。

そして今は、62歳の僕。


今は、父も、母も他界し、

天涯孤独者となった僕。


バリアフリー化のために自宅を建て替えた時に住んだ借家は、

エアコンが古すぎて効きが悪く、

埃ばかり吐き出して、

ちっとも暖かくならず、 

電気代ばかりを食い、

その冬は、

効きのわるいエアコンと高い電気代の思い出。


その冬、

50代で新たな住宅ローンを背負い、

先の憂いよりも今を生きることでいっぱいだった日々。


エアコンの効きが悪くて寒かった部屋ですが、

それ以上に、

人生の寒さを感じていた、

日々でした。




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