介護離職からのおひとり様快適生活

定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。

2019年01月

新潟県湯沢町での日々、冬に夏を想う逆説的な喜び

僕は二十代の真ん中あたりで、新潟県の湯沢町というところで暮らしていたのですが、動機はスキー。

国道17号線沿いには、スキー場がたくさんあって、スキーには事欠きませんでしたね。

で、良く、仲間とドライブして、聴いていたのが、山下達郎。

冬に聴く、山下達郎も、また最高。

当時の新潟の仲間も最高。

なので、新潟県が大好きになったのですよ。僕の敬愛してやまない良寛さんも、新潟県出雲崎の出身だし。

アルバムは、「FOR YOU」「MELODIES」がでたあとだったかな。冬に聴くLOVELAND,ISLANDや高気圧ガールの場違い感が最高。LOVELAND,ISLANDは何でシングルカットされないのかと思っていたら、その20年後にシングルカット。

山下達郎と言えば、この時期よく耳にするのが、「クリスマス・イブ」ですが、朝ドラの主題歌になったこの曲もいいんじゃね。





うーん、この曲を聴くと、なぜか松嶋菜々子が脳裏にちらつきますね。

都会の狭くて寒い部屋、家賃49000円

僕の後輩で、高円寺に住んでいる奴がいて、今はあまり行きませんが、新宿に勤めている頃は、たまにではありますが、そいつと高円寺で飲んだ帰りに、そいつの安アパートに泊まったことがあります。

で、高円寺という、東京でもそこそこ人気エリアで、家賃49000円。

部屋は6畳とキッチン。バスは、シャワーのみ。

古いので、寒いのですよ。

先輩、泊ってってください、と言って泊まったときもありましたが、冬は勘弁。

寒いのでその後輩、プチプチを窓ガラスに貼り付けていました。

まあねえ、断熱材とか入ってない感じの古さではありましたが、そこは高円寺。

吉田拓郎の歌にも出てくるくらいで、昔からの人気エリア。

良い店もいっぱいあって、外飲みも充実。

ただし、ローコスト生活には不向きの街だと思いましたね。

だって、街がおもしろすぎて、外に行くじゃないですか。すると、寄りたくなる店がいっぱいあるんですよ。

これは、下北沢にしろ、吉祥寺にしろ、麻布十番にしろ、人気のある街の宿命。


で、高円寺の商店街って、大山ハッピーロードとか、戸越銀座商店街とか、砂町銀座とか、赤羽のスズラン通りとか、まあ他にも山ほど、都内には素敵な商店街がありますが、高円寺は、間違いなく、10本の指には入ると思われ、そんなとこに住んでたら、金が飛んでいきまっせ。

やっぱ、ローコスト生活には、僕が住む、田舎なのにスーパーマーケットの選択肢が複数ある、中途半端な田舎町が最高です。

人は必ず死ぬし、死んだらお金は使えない

人は必ず死ぬものだということを知らない人はいないでしょう。

ところが、いざ自分のこととなってみると、永遠に生きるつもりでいるかのような人をときどき見かけます。

そういう人はどういう人かというと、端的に言えば、お金をたっぷり持っていながらそれを使うのができない人です。

このような人は、死ぬときに相当なお金を残すことは間違いありません。

家族がいるのならば、それもいいと思います。

問題は、僕のようなおひとり様です。

おひとり様の場合は、可能な限りお金は使い切って死んだほうが良いと僕は思います。

まあ、葬式代諸々の残務整理用に、200万円くらい残しておくのは良いでしょう。そのくらいは、むしろ残しておくべきかもしれません、できれば一筆添えて。


僕があまりお金に執着せずに済んでいるのは、家族がいないからです。

天涯孤独のおひとり様は、自分の口さえ養えれば、あとはのんびり生きればよろしいかと。

西行法師や良寛さん、あるいは鴨長明のような生き方を好む僕は、ローコスト生活向きだと思っています。

土曜日は15時間睡眠、日曜日の夕方から買い物というサイクル

多くのサラリーマンが週休二日だとは思うのですが、残業が半端ない人も多いか、と思います。

そうしたサラリーマンの場合、「
土曜日は15時間睡眠、日曜日の夕方から買い物というサイクル」になりがちなのではないか、と思うのですね。


一か月の残業が、100時間を超えると、普通の休日すら過ごせなくなる、という説があります。

うーん、何となく、わかりますね。

僕の場合は半日勤務の、土日休みですが、金曜の夜からの睡眠は、半端なく長い。

それだけ、疲れているのだとは思いますが、半日勤務でもそれですから、フルタイムで、しかも残業100時間越えとなれば、週末は寝るだけで終わるでしょうね。

いったい何のための人生なのか、と思わずにはいられませんが、そうした人生から、降りられないサラリーマンも多いのではないでしょうか。

今日は僕自身も疲れ気味なので、短い記事で失礼しました。



強風の中の一日仕事

今日は、北風が強い日でした。

そして、今日は、一日勤務でした。

今月は、午前勤務なのですが、午後勤務の人が有休をとったため、その人の分の仕事をせねばならず、もちろん、お金にはなるのですが、通し勤務となると、実働10時間。

拘束時間は、11時間を超え、通勤を入れると、およそ12時間。

6時過ぎに家を出て、帰ってきたのが18時半。

そのあと軽い夕食を食べて、歯医者へ。

歯医者の予約が20時で、歯科医から戻ると21時近く。

それから風呂に入り、歯を磨き、などして、この時間です。

明日はまた5時起きですが、通常通りの午前勤務のみなので、そのあとはマックで無料コーヒーを飲んで、しゃぶしゃぶどん亭でランチを食べて、両親の眠る墓に行く予定です。

半日勤務に慣れているので、丸一日働くと長く感じますが、世のサラリーマン諸君は、残業などもあり、12時間勤務などざらでしょう。それに長い通勤時間が加わるのですから、疲れて当然。

僕の住む町の駅も、5時台の始発で、もうほぼ満員状態だったりします。

会社員時代、往復4時間の通勤、思いだすなあ。

まあ今は、半日勤務だし、通勤も片道30分以内なので、楽なものです。

死は、前方から徐々に近づいてくるのではなく、背後からぽんと肩をたたかれ、不意に訪れるもの

今日のタイトルは、吉田兼好の言葉、「死は前よりもきたらず」「かねてうしろに迫れり」からの引用ですが、去年母を亡くしたときが、まさにこの言葉の通り。

だって、死の2か月前には、一緒に湯河原温泉に行っていたのですよ。

大好物のケンタッキーフライドチキンもバクバク食べていたし、体重も、70キロはあって、僕よりも重かったくらい。元気そのものでしたからね。

その母の母は、103歳まで生きていましたから、僕も楽勝で、94くらいまでは生きると思い込んでいました。

ところが、死は、突然やってきたわけです。

諸行は無常です。

煎じ詰めれば、人は、ただ生きて死ぬだけ、ただそれだけ、です。

そう考えると、ガクンと執着は小さくなります、僕の場合はね、人様はどうか知りませんが。

で、ただ生きて死ぬだけなのがわかっているのだから、この命なにをあくせく、と思うのですよ。

この淋しさは何だろう

この淋しさは何だろう、と歌うこのおっさん、声がいいのですよ。

声が良くて、センスがいいのは、山崎まさよしであることを、以前話しましたが、声と言えば、ロッド・スチュアートやトム・ウェイツ、オーティス・レディングも、良いですね。

でも日本には、柳ジョージや、もんたよしのりがいまっせ。

と、言うことで、めっちゃイケてる曲を。






うーん、柳ジョージ、生きていれば、またコンサートに行きたかったなあ。

89歳の女性がやっとたどり着いた終の棲家

もう2年くらい前でしょうか、NHKのクローズアップ現代だったように思うのですが、80代の高齢女性がアパートの立ち退きを迫られ、都内をよろよろと、住処を探してさまよう姿を見ました。

気の毒で見ていられないほどでしたが、ずっと気になっていたその女性、一昨日、朝日デジタルの記事で、その後の情報を得ました。


<住人> 女性・89歳
 <物件> 駅から徒歩25分の2階建てアパート
 <広さ> 約29平方メートル
 <家賃> 5万3700円

 ■87歳で退去迫られ家探し、長生き悔いた時も

 アパート2階の自宅に帰るとき、東京都葛飾区の飯田さいさん(89)は、手すりを両手でつかんでゆっくりと急な階段を上がる。暮らしたことのなかった街に、ようやく見つけたこの部屋で、昨年6月から一人で暮らす。

 つましい和室にある目立った家財は、こたつと座椅子ぐらい。壁には両親の写真と、わずかな額だけが飾られている。

 額を見上げ、飯田さんは言う。……



この先は、有料会員になって読んでね、みたいな流れになり、ちなみに、スマホで見たら、もう少し長い記事になっていましたが、いずれにせよ、有料会員になれとのお達しが。

ローコスト生活の僕には、有料会員になる気持ちはありませんが、何とか、終の棲家を見つけられたようで、良かったな、と思いました。

生活保護も受けられているようなので、生活はできるかと思います。このような人には、生活保護は、必要です。

ただ、気になったのは、やっと見つかったアパートの部屋が、2階だとのこと。

何とか、一階に住まわせてあげることはできなかったのでしょうか。

去年、母が亡くなった僕は、年寄りが階段を上る難儀さを知っています。いずれは、自分もそうなると覚悟はしています。

そうしたことを考えながら、断捨離も実行したわけですが、健康寿命を視野に入れながら、生きていく必要がありますね。

僕が広島県と福岡県をリスペクトする理由

人口密度で言えば、東京がいちばんなわけですから、東京から、優れたミュージシャンがいちばん多く出るのが道理です。

勿論、東京からは、山下達郎を筆頭に数多くのミュージシャンが出てはいます。

しかしですね、もし、広島県と福岡県がなかったら、日本のミュージックシーンは、かなりお寒い状況になるのではないかと思うのですよ。

広島は、野球も強いが、音楽も、めっちゃ強いと思います。


広島出身のミュージシャンは数知れず。

矢沢永吉を筆頭に、世良公則、吉川晃司、もんたよしのり、奥田民生、奥井香(プリンセスプリンセス)、で、僕の大好きなPerfumeもいますしね。原田真二もそうですが。

これ、本当に、まだまだ一部なのですよ。広島県て、凄くね、ということなのですよ。







で、次は福岡県ですが、これまた、やばいくらい凄い。

井上陽水、草野マサムネ(スピッツ)、KAN、椎名林檎、徳永英明、浜崎あゆみ、松田聖子、で、僕の歌姫でもあるMISIA、死んでしまいましたけど、坂井泉水ことZARD、甲斐バンドもそうですし、シーナ&ロケッツもそう。

で、まだまだいるので、書ききれません。恐るべしは、福岡県。

もし仮にですよ、広島県と福岡県がなかったら、日本の音楽シーンは、かなりお寒い状況になっていたかもしれません。






日本に、広島県と福岡県があることに、感謝しなければいけませんね。

もしも毒親だったら、野垂れ死にしていた可能性がある

今日は親の話。

父は、3年前に自宅でなくなり、母は、去年病院で亡くなりました。

そして僕の実母は、僕が16のときに、亡くなりました。

で、これは結果論ですが、失敗の多かった僕の人生で、親に恵まれたことだけは、ラッキーだったと思っています。世の中には毒親も多いと聞きますからね。

父は放任主義、母は、再婚でしたから、義理の息子に多少は遠慮していて、そのうち、実の親子のように何でも言い合えるようになったのですが、それでも、僕に対しては寛容だったと思います。

この、寛容、というのが、僕には、合っていたわけです。

無職の時期も長かったのですが、親が寛容であったから、野垂れ死にすることなく、気楽に生きてこれました。

で、そのような良い親であったから、介護も抵抗なくできましたし、最後まで幸せな親子関係でした。

これはひたすら、自分が親に恵まれていたから、こうなった話で、毒親だったら、僕のような根性なしは、野垂れ死にしていた可能性があると、今でも思っています。

そのくらい、若い頃、35歳までの僕は、職を転々としていましたからね。

飢え死にすることがなかったのは、親のおかげ以外の何物でもありません。

この人生で、もっとも魂修行しやすい親を選んで産まれてくるという話もありますが、僕の場合は、それをすんなり受け入れられますが、毒親に苦しんでいる人に、そんなことを言ったら、張り倒される可能性もあるし、お前に何がわかる、とか言われるでしょうね。

ぼくは、そうしたスピリチュアルな考えはある程度容認できますが、世の中には実にいろいろな人がいて、いろいろな人生を生きているので、あまりワンパターンな世界観と言うか、人生観を持つべきではない、というのが今の僕の立場です。

一つの世界観の中で安住するのは楽は楽なのですが、それだと、多様性というダイナミズムは失われますね。

たとえばクリスチャンの人には申し訳ないのですが、彼らを見ていると、世界観が狭いなあ、息苦しくないのかなあ、と思ってしまいます。特に聖書に固執しているバブテスト派などは、そう思います。

話が横にそれましたが、良い親に恵まれた僕はひたすらラッキーで、あとは、ゆるやかに僕自身が衰え、西行法師のように、桜の咲く時期にでも死ねたら、本望です。

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