介護離職からのおひとり様快適生活

定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。

2018年11月

住まいに満足すれば、無駄なお金を使わなくなる

これはまことに不思議なことでもあるのですが、住環境の満足度が高いと、お金を使わなくなるような気がしてなりません。

これは、僕自身がまずそうですし、最近読んだ本にも、そのようなことが書いてありました。

若いときは、毎日が忙しいのです。それこそ家など、寝に帰るくらいではないでしょうか。

家よりも、他に興味のあることがわんさかあって、24時間ではとても足りないくらい、好奇心に満ち満ちているのですよ。

だから僕も、ずいぶんいろいろなところを渡り歩きました。居候もしましたね。

住まいについて言えば、固定的なところなどないほうが良いとさえ思っていました。

ところが、今は違います。

何が、どう違うのか?

まず、若い頃とエネルギーが違います。

僕は、どちらかと言うと、すぐに疲れる性質です。

で、疲れたら、寝るしかない。だから、ぐっすり寝られる環境は、何物にも代えがたいのです。

さらに言えば、寝るだけでなく、くつろげる環境ですね。


旅行に行っても、家に帰ってくると、やっぱり自分の家がいちばんだと思えるのは、これは、幸せなことなのですよ。

今は、アルバイトとは言え、仕事をしていますから、疲れて帰ってきてくつろげる環境は何物にも代えがたい。

休みの日でも、どっかに行くよりも家にいたほうがいいと思える今日この頃なのですね。

これはもう、年を取ってきた証拠なのですが、今後この傾向はますます拍車がかかるものと想像できます。

で、話を元に戻すと、断捨離後は、ますます家にいる満足度が上がっているので、それ以上に何かで幸福を満たそうという気も起らないのですよ。

今は、しばらく聞いていなかったCDを引っ張り出して、主にジャズを聴いています。くつろいで、音楽を聴いているときは、とにかく心地よい。

そのときに、コーヒーを飲んだりしますが、スタバで飲めば結構なお値段のするコーヒーも、家で飲めば、自分でドリップして、一杯15円くらいかなあ。とにかく安く楽しめます。

お金は、本当に食費に使うくらいですね。CDも本も買う予定はありません。せっかく断捨離したあとなので、もう物は増やしません、断じて、です。

今あるものを、大切にします。それで、十分です。

今度、一か月の生活費を公開しますが、老後の不安がなくなるほどのローコスト生活です。

商売道具を破壊するのはいただけませんが

リッチー・ブラックモアがディープパープルを離れて、最初のアルバム、銀嶺の覇者、はパープルファンだけでなく注目していたと思います。

ジミヘンの影響を強く受けていたようですが、商売道具のギターを破壊するのだけはいただけませんでした。

これは、yoshikiにも言えることですが。まあ、彼はドラムのほうですけど。


で、 Man On The Silver Mountain



うーん、歴史上もっとも偉大な100人のギタリストの一人に選ばれているだけのことはありますね。

韓国の高齢貧困者に会ったときのこと

これまで、韓国には3回行っていますが、一度だけ、冬に行ったことがあります。

そのときは、ずっとソウル滞在だったのですが、昼間はインチョンに行ったりしました。ここは、マッカーサーが上陸したところで有名です。

まあそれはさておき、夜はずっとソウル滞在で、同じホテルに泊まっていたのですが、夜、ぶらついていて、歩道橋の上で、ある老婆に出会いました。

ソウルの冬の夜の寒さは、やっぱ僕の住む埼玉よりも寒く、底冷えのする夜でした。

そんな夜に、一人の老婆が物売りをしていたのです。見ると、それはピカチュー。

別に欲しくはなかったのですが、老婆と少し話をして、それを買うことにしました。ちなみに、僕は、韓国語は少しは話せます。日本語と語順が同じなので、覚えるのは楽な言語ではないでしょうか。

で、そのときに買ったピカチュー、今でも持っています。

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これは、断捨離実行時も、捨てませんでした。

ちなみに、韓国の高齢者の経済状況は、かなり悲惨です。

以下は、その状況。


日本より社会保障制度の歴史が短い韓国は、少子高齢化に対する対策や将来の財政運営を準備する期間が十分ではない状態で急速な少子高齢化という波に直面している。2013年における韓国の65歳以上高齢者の相対的貧困率(所得が中央値の半分を下回っている人の割合)は49.6%とOECD平均12.6%を大きく上回り、OECD加盟国の中で最も高い水準を記録した。高齢者の貧困状態を認識した韓国政府は2014年に65 歳以上の高齢者で所得下位 70%の者を対象とした基礎年金制度を導入し、給付額を最大10万ウォンから20万ウォンに引き上げるなど高齢者の所得改善のための政策を行っているものの、いまだに韓国における高齢者貧困率は改善されていない。

うーん、韓国は、若者の就職も大変ですが、お年寄りも大変です。

僕が介護離職するまで働いていたホテルにも、韓国人の若者が2名同僚として働いていましたが、二人とも優秀でした。

他にも、中国人、ミヤンマー人など、皆、優秀でしたね。自国以外で働く彼らを、僕はリスペクトしていました。

今後、韓国に行く予定は今のところありませんが、行くなら、また、あえて寒い冬に行きたいと思っています。


身軽でストレスの少ない生活

断捨離後は、生活が軽くなった感じがします。

ただ、また断捨離は継続中です。今取り組んでいる場所は、脱衣所。それと、物入れのスペース。

キッチンや居室というメインスペースは、ほぼ断捨離は完了したのですが、もちろんこちらも、常にイノベーションを心がけています。

さて、今日の話のテーマですが、要らないものをはぎ取っていくことで、どんどん身軽になっていく心地よさ、についてです。これはダイエットにも似ているかもしれません。

身軽になると、いいことばかり。

まず、片付けや、モノを処分する大変さを痛感したので、おいそれと下手なものは買わなくなります。モノを買うにしても、きちんと出口戦略を考えるようになります。

その買ったものが、将来どのような居場所を持ち、どのように使われていくかを、考えるのですね。

すると、大半のものは、要らないものであることが判明して、買わなくなります。

買わなければ、お金はその分だけ、減りません。家計にも優しいのです。

しかし、必要なものは買います。

僕の例ですと、最近は、3万円以上する電気釜と2万円ほどの包丁セットを買いました。

これは、他人から見れば贅沢な買い物に見えるかもしれませんが、僕にとっては、必要だと判断したものでした。

その電気釜のおかげで、自宅で、実に美味しいご飯を食べています。


「所有」というのは、実は重要なキーワードなわけです。

自分にとって良いものを、所有する。他人や世間の価値判断ではなく、どこまでも自分にとってよいか悪いか、です。

なぜなら、自分の人生を生きているのは、自分自身に他ならないからです。

断捨離後は、自宅にいることが快適なので、ますます出不精になっています。

秋風が吹くと、独り身の寂しさを感じやすくなります

まあ、独り身の寂しさと言えばそれまでですが、秋も深まってくると、それはそれは切ないのですよ。

とは言っても、慰めてくれる人がいるでもなし。

で、せめて音楽で気持ちを同化します。






で、森高千里さんと歌っている、この 秦基博さん、けっこう声がいいのですよ。

なかなかの才能です。

足利市、めっちゃ好きです。

何度行っても飽きないのが、足利市なのですね。


飯能祭りと同窓会

昨日、11月4日は、同窓会があったのですが、ちょうど飯能祭りの日でもあり、少し早めに家を出て祭りを見学。

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あいにくの小雨で、あまり長く見られませんでした。傘を持って行かなかったので。

前回は、西武球場近くの中華料理店が会場で、つまり、たいていは所沢市でやっていたのですが、今回は趣向を変えて飯能市での開催でした。

会場は崖の上に建つ、ブルワリー&レストランで、地中海料理、アラビア料理の店のようでした。


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集まったのは、20人くらいだったでしょうか。今年還暦を迎えるものも多く、孫のいる人もちらほら。

集まった人たちの中で、おひとり様は僕だけのようでした。

子供や孫のいる生活も良いと思いましたが、近頃は、しみじみとおひとり様の喜びを感じています。


断捨離後の12畳の快適空間

本当は、母の49日法要後に始めたかった断捨離でしたが、アルバイトを始めたことと、この夏の暑すぎる気温で疲労困憊し、手を付けられずにいました。

10月になって、涼しくなってきてから、断捨離を始めました。

父の介護が必要になってマンションを売却したときや、実家の建て直しと仮住まい、などで、これまでにもかなり断捨離はしてきたつもりです。

しかし父の死後、母と二人の生活の中で、思い切った断捨離はできずにいました。

完全に一人きりの生活になったときに、まずやりたかったのが断捨離でした。特に一階の台所と、二階の居間は、喫緊の課題でした。

それと言うのも、13年間のマンション生活では、一度しか見なかったゴキブリを一戸建てに住むようになってからは、毎年見かけるようになったからでもあります。

マンションに住んでいるときは居住空間が6階だったため、さらに言えば、マンション特有の気密性のために、ゴキブリも容易には侵入できなかったのだと思います。

しかし、一戸建ては、相当清潔に暮らしていても、初夏から夏にかけては、ゴキブリも侵入してきます。相手もいきものですから、動き回ることは制限できませんが、せめて、住処を与えない工夫はしなければいけません。

そこで、まず初めに着手したのが台所用品の断捨離でした。これは、後日、改めて記事にする予定です。

今回は、秋から冬、そして初夏のころまで、もっとも僕が長い時間を過ごす2階の居間の断捨離が、先日ほぼ完了したので、その写真を公開します。


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2階の12畳の居間をソファに腰かけて撮った写真です。すでに衣類はかなり断捨離していましたが、さらに数を厳選しました。

すでに3回の引っ越しのときに、800冊は処分していた本も、今回さらに250冊ほどをブックオフに売却。今現在は、この本棚にあるものだけが全てです。


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この椅子に座って、好きな音楽を聴きながら本を読んだり、考え事をしたりしています。

この2階の12畳の居間は、3方向に窓があるため、陽ざしがよく入るだけでなく、冬でもとても暖かいですね。暖房費は、昼間はまったくかかりません。

ただ、その反動として、夏は暑すぎていられません。よほどエアコンを強くかけねばなりません。家を建て替えたときに、エアコン代を節約して、12畳の部屋なのに、6畳用のものを付けたので、効きが悪く、むしろ不経済であることにあとで気づきました。安物買いの銭失いであったことを、ことエアコンに関しては反省しています。

その分、一階の14畳のリビングには、18畳用のエアコンをつけてあります。こちらは、効きが良すぎるくらいです。これは、一階で、父と母が暮らしていたために、ここのエアコンはお金に糸目をつけずに購入したためです。

断捨離後の居住空間は、快適で、家で過ごす時間が至福の時間になっています。

断捨離をすると、モノの良し悪しの見極めもできるようになり(自分にとって必要かどうかという意味でブランドとかこの世的価値の品質ではありません)、無駄なものは買わなくなるという利点もありますね。

そしてその必然の結果として、ローコスト生活がさらに容易にできるようになりました。


自分を幸せにできるのは自分だけ

僕は長らく、他者依存の人生を歩んできました。

その端的な例が、宗教団体です。

生まれたときに、父が世界救世教という宗教の、そこそこ熱心な信者だったために、自然に神様を信じるようになりました。

しかし自我の芽生えとともに、自分なりの考えで真理というものを追求するようになり、複数の宗教団体を渡り歩きました。

そのへんの経緯はこのブログでも散々書いているのでここでは省略しますが、何が言いたいのかというと、人であれ、思想であれ、何らかの団体であれ、自分以外の他者が自分を幸せにすることはできない、ということなのです。

よく聴かれるつぶやきに、お金があれば幸せになれる、というのがありますが、まあ確かに瞬間風速的な救済や喜びはあるでしょうが、それは移ろうものです。

良い会社に入っていれば、良い大学を出ていれば、良い伴侶に出会っていれば、などなど、切りがないのですが、これらもすべて他者依存です。

他者依存の最大の悲劇のひとつが、カルト宗教で、これは、カルト教祖とその信者が、互いに依存しあっている関係ですね。

で、何が言いたいのかというと、自分以外に、自分自身を幸せにすることはできないということなのです。

こんな簡単な事実に気づくまでに、僕は50数年かかりました。

ただ、この気づきというのは、たんに本を読んで知識として知っている、というものとは違い、実体験から滲み出たものなので強いのです。

で、その気づきを得てからというもの、悩みは一切なくなりました。偉そうに聞こえるかもしれませんが、本当にそうなのです。

でも、課題は、あります。悩みではなくて、課題です。

僕にとっての悩みの定義は、生木を割かれるような精神状態のこと、です。これを直近で経験したのは、50歳から53歳までの3年間で、長年信仰をしていた幸福の科学という団体をやめるかどうか悶え苦しんでいたときですね。

それは、自分のアイデンティティを依拠している、謂わばレゾンデートルに関わる問題だったからです。

話は変わりますが、僕は、オウム信者の気持ちもある程度は理解できます。

で、また話を戻すと、解決の糸口さえ見えないほど混乱しているのが悩みなのですよ。

そう考えると、20代は悩みの連続でしたし、30から35までは、地獄の日々でした。

35あたりから、いくぶん楽に生きられるようにはなりましたが、その後、50にして壮絶な悩みを経験し、53歳までの3年間で、頭と心をフル回転させて苦しみ抜きました。

その経験のあと、父の介護が始まり、介護離職を経験し、経済的な問題も克服し(これは現在進行形で克服中)、今年は母を亡くし、今に至っています。

つまり、課題はいくつかあるのですが、それは悩みではありません。なぜならば、何をどう対処すればいいかがわかっているからです。

たとえば、お金がないなら働けばいい、のです。仕事がなかなか見つからないならば、自分の要求するハードルを下げればいい、つまり、仕事を選ばずに働く、ことが解決策になります。

メタボならば、運動すればいいし食事を工夫すればいいわけです。

部屋が散らかっているならば、断捨離してスッキリすればいい、のです。

つまり、解決する方法がわかっているものは、悩みではありません。それは課題であり、やるかやらないか、の話です。

その課題に対して、やるのも自分なら、やらないのも自分です。悩みではなく、課題であるとわかれば、それにどう取り組むかは自分次第、ということになります。

僕は自分の課題を知り、それに対し前向きに取り組んでいるので、毎日幸せに生きています。それは、自分次第で幸せに生きられることを皮膚感覚で知っているからでもあります。

だから職場で先輩に怒鳴り飛ばされたときも、それで自分が不幸になることもありません。それは、課題に対する対処法を知っているからです。

アルバイトを始めて3か月、老害先輩社員に怒りをぶつけられたときの対応法

幸不幸のキャスティングボートを、他人に握らせてはいけません。

自分自身の人生のハンドルは、自分が握っていなければいけません。

僕が今日も幸せなのは、自分の人生のハンドルを自分自身が握っているからです。

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