介護離職からのおひとり様快適生活

定年まで数年を残して介護離職したのち、父を自宅で看取り、その二年後に母も天国へ。風の時代の上昇気流に乗りながら、日々の暮らしでの気づきと心象風景を綴っています。

2016年04月

訪問入浴サービス初日とエアーマット交換

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 今日から、訪問入浴がスタートしました。
 それに合わせ、介護用品のレンタル業者に来てもらい、不具合の生じたエアーマットの交換も、同時進行で、行いました。

 訪問入浴介護の料金は、一回あたり、13,027円になります。時間は、40分です。要介護度が、1であっても、僕の父のように、最も重い5であっても、料金は一律です。
 実際の支出は、1割負担なので、1,303円になります。
 久しぶりの入浴で、あまり喋れない父も、言葉にこそ出しませんでしたが、終始笑顔でした。

 エアーマットのレンタル料は、ひと月、1000円ほどです。レンタルしているものは、電動ベッド、車椅子、四点杖、などで、ひと月3000円ほどかかります。

 介護には、それ以外にも、口腔ケアの備品を始め、ガーゼや絆創膏、痰取りのためのチューブ、オムツ、尿取りパッド、など、さまざまにかかります。

 月ごとに、器具なども増えていくため、正確にはわかりませんが、ひと月の介護費用は、5万円弱、といったところでしょうか。

 何とか、失業保険が切れる前に、仕事、もしくは、それに代わる収入源を確保せねばなりません。前途は多難ですが、道を切り開いていきたいと思っています。

職業相談に行ってきました

 ハローワークでは、認定日から次の認定日までの間に、最低2回以上の職業相談というのを受けなければならないという決まりがあります。

 前回は、セミナーに参加し、それを1回とカウントしてもらいましたが、今回は、通常であれば次回の認定日になるはずの日が、ゴールデンウイークに重なるため、一週間繰り上げての認定日となり、期間が短いため、2回とも、ハローワークのパソコンで検索し、印刷した会社を、相談員に見せるという形になりました。

 50代の再就職は、ただでさえ困難を伴いますが、両親の介護があるため、エリア設定は、プライオリティのトップとなります。さらに条件を重ねていくと、はじき出された会社は、見事なまでに少なく、それですら面接に行きたいとは思えない会社となります。

 とりあえず、二つの求人票をもらって、帰ってきました。

 帰ると、数日前導入したエアーマットが不具合ということで、レンタル業者に来てもらい、早ければ、明日、交換ということになりそうです。

 僕の前職は、ビジネスホテルの設備管理で、24時間勤務でした。さらにその前は、本社は神田にあるのですが、、新大久保、小平、浜松町、と3つの現場を経験しています。新大久保は、複合施設、小平は、都の福祉施設、浜松町は、テナントビルでした。
 いずれもすべて、設備管理が、主たる仕事です。
 所有している資格は、ボイラー二級、第三種冷凍機、第二種電気工事士、建築物環境衛生管理技術者などです。
 そうした情報も、ハローワークには申請してあります。

 僕が働いていた現場は、いずれも都内ですが、僕が希望する埼玉西部では、なかなか求人自体がありません。

 職種にこだわらず、全く別の分野に飛び込むことも考え始めています。すべては、介護優先です。

しのび寄る老後破産、の、違和感

 昨夜、NHKの「しのび寄る老後破産」という番組を見たのですが、違和感を覚えたので、記すことにします。

 一つのケースでは、母親を介護施設に入れ、本人と息子はそれぞれ一人暮らしをしていましたが、何故一緒に住まないのだろうと思いました。
 バラバラに暮らすことは、不経済です。
 見ればこの母親は、自分で飲み物も飲めます。十分、自宅での介護が可能であると思いました。30代だという息子と介護をシェアし、母親と本人の年金を合わせれば、生活はかなり楽になると思います。

 また、別のケースでは、貯金2000万円と一戸建てを所有し、高齢の母親を介護していましたが、生活が苦しいと言いながら、スーパーで買った総菜を食べていました。時間はたっぷりあるのですから、自分で作ろうとしないのは怠慢だと思います。
 自炊すれば、食費は大幅にカットできます。僕自身、一人暮らしが長かったので、それは自信をもって言うことができます。

 団塊世代は、相対的に見て、恵まれている、と思います。
 
 今の若い人たちのほうが、はるかに厳しい現実と戦っている、と僕は思っています。

 高給取りのNHKから見たら、「しのび寄る老後破産」に登場した家族たちは、厳しい状況になるのかもしれませんが、どれも工夫すれば乗り切れるケースである、と思うのは、僕だけでしょうか。

青空と強風とベランダ

 1階に一間、2階に二間というのが、大雑把な我が家のレイアウトなのですが、ベッドでほぼ寝たきり状態の父は言うまでもなく、足腰の弱ってきた母も、めったに2階に上がってくることはありません。

 それでも父がまだ杖を突いて、手すりにもつかまりながらゆっくりと、2階に上がってくることができたときは、あれは、もう、一昨年の秋のことだと思いますが、2階の広いほうの部屋で、月見をしたことを覚えています。

 今年の6月で、築3年になりますが、ローンがかなり残っているとは言え、やはり建て替えてよかったと思っています。

 2階には、そこそこ広いベランダがあり、洗濯物をラックにかけて少し置いておいたのですが、強風で、たちまち衣類やタオルが、捲り上がり、すぐに室内に戻しました。窓を2か所開けておいたら、風の通り抜けが強すぎて、すぐに閉めました。

 今は、少し風が収まっていますが、ベランダには、どこから吹き飛ばされてきたのか、枯れ葉が何枚か落ちています。

早期リタイア後の時間

 管理職は65歳、一般社員は60歳、というのが、僕が働いていた会社の、定年年齢でした。僕は平社員だったので、当然、60歳定年ということになります。

 介護離職による早期リタイアで、定年まで数年を残してはいましたが、やめる前の1年間は、だいぶ仕事のモチベーションも落ち、小さなミスを引き起こすようになっていました。介護離職前の半年間は、いや正確に言うと、一度転院しての7か月弱ということになるのですが、その間は、父は入院していたので、介護の負担はありませんでした。だから純粋に、僕自身の気力と体力の低下による、仕事能力の減退でした。

 やる気があるように見せてはいましたが、本心では、早く仕事を辞め、のんびりしたいという気持ちは強かったと思います。また、往復4時間の通勤時間も、苦痛に感じていたのもあります。

 介護で離職したのは事実ですが、その事実に乗っかって早期リタイアできたことを、どこかでほっとしている自分がいました。そうです。仕事を辞められて、ほっとしたのです。長い通勤時間から解放されて、ほっとしたのです。

 介護は、それなりに大変なこともありますが、24時間を、両親と自分のために使えることの喜びを、しみじみと味わっています。今日は、午前中、父が眠っている間に、図書館に行ってきました。帰宅後、ソファに寝そべって本を読んでいるときに、ゆったりとした時間の流れの中にいる自分を感じました。

 早期リタイア後の時間の流れは、会社員だったころとは、明らかに違います。

エアーマットに変える

 父の寝ている電動ベッドのマットレスを、エアーマットに変えました。
 これは、ケアマネの助言によるもので、床ずれ防止に役立つようです。定期的に、寝返りを促すようにもなっています。

 在宅で父の世話をするようになって、様々な器具のお世話になり、また、そうしたものに対する知識も増しました。例えば、痰を吸引する機械、酸素を送り出す機械、そして床ずれを防止するマット。さらに言えば、電動ベッドも、上下に移動するだけでなく、膝や上半身の角度をつけたり、椅子に近い形に変形したりもします。

 またオムツや尿取りパットは、町からの助成を受け、10分の1の負担で、購入できています。

 そして何よりも大きいのは、人的支援です。ケアマネや訪問診療の医師やスタッフ、訪問看護師、訪問介護士、さらには、器具をレンタルしてくれる業者の存在。そうした手厚い人的支援を得ながら、50男の不器用な僕でも、何とか、父や母の世話をすることができています。

 人は、やはり一人では生きられません。
 僕は独り者ですが、多くの人に助けられて生きています。そのことを、痛感する毎日です。

血管が探しにくいようです

 酸素飽和度の低下を機に、訪問診療を受け、そこからの流れで、今週は、毎日、訪問看護をしてもらっていますが、どの看護師さんが来ても、点滴のための血管探しが難しいと言います。

 今日は、クラビット点滴が終了しないうちに、父の左腕から針が抜けてしまい、出血したと母が大騒ぎし、僕は抜けた針を処理して、止血しました。4分の3ほどの点滴は終わっていたので、それで良しとしました。すでに訪問看護師は帰り、針を抜くのは毎回僕に任されています。

 酸素吸引のほうも、鼻からの方法に変えてからは、父のほうも、違和感はないようです。
 吸引中は、常に、酸素飽和度は、95以上をおおむねキープしています。ところが、寝返りを打つなどして、何かの拍子に、鼻の穴に差し込んでいるチューブがずれたりすると、たちまち80台に低下します。

 酸素吸引の機械は、24時間休みなく稼働しています。累積の使用時間が蓄積されていきます。停電に備え、携帯用のボンベも2本、置いてあります。

 順調に行けば、点滴は明日で終わる予定です。父の血管が探しにくいと嘆く、看護師の顔を見るのもつらいので、良いほうに導かれるのを祈るばかりです。

酸素吸引とクラビット点滴

 昨日、我が家で開かれたミーティングには、医師や看護師、ケアマネなど、計6名が、来て、そこに、母と僕が加わり、総勢8名でした。

 一昨日の月曜日から、酸素吸引とクラビット点滴が始まり、胃瘻からの栄養注入は、しばらく中断していましたが、昨夜から再開しました。

 酸素吸引も、マスク型から、鼻の穴に差し入れるやり方に変わりました。

 このブログも、これまでは、2階の自室で書いていたのですが、今は、1階の、父のベッドの横で書いています。

 母は午前中、医大病院に行き、今は疲れて眠っています。

 父のほうは、目を開けてはいますが、静かです。

 訪問看護は、今週は、金曜日まで毎日来てもらうことになっています。点滴があるためです。点滴後の針の抜き取りは、僕がしています。

 今週の経過を見て、今後の介護の方向性が決まるようです。

かなり緊張した状態に

 昨日は訪問看護の日でしたが、看護師さんから、父の酸素飽和度の値が低すぎるので、緊急の対応が必要だと言われました。

 その指摘を受けたのが、夕方の4時近く。

 そこから慌ただしい展開となりました。

 在宅医療専門の医師、他2名が、我が家に到着。
 肺炎の疑いがあるということで、そこからさらに、レントゲンの機材と、それを扱う医師が2名、その後、我が家に駆け付けました。
 父の寝ているベッドの上に、フレームをセッティングし、レントゲンの機械を取り付けて、撮影し、血液も採取し、など、あり、その後医師から、今後の家族の意思などを訊かれました。

 さらに急遽、酸素吸引機を使用することとなり、夜、業者が、小型冷蔵庫ほどもある大きさの、酸素吸引用の機械を置き、取り扱い方を教わりました。酸素マスクをして使用したところ、父の酸素飽和度が、たちまち98にまで、なり、その後、95前後に落ち着きました。

 今日は、14時に、ケアマネや、昨日来た医師、また看護師などのスタッフを含めた、メンバーでの、今後のケアについての話し合いがあります。
 父は今、89歳。
 生死のことは、天に任せています。

ブロッコリースプラウト

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 会社勤めの頃、定期検診で必ず指摘されたのが、脂肪肝でした。

 仕事は、そこそこの肉体労働をしていたので、運動不足ではないと、思っていました。通勤も片道2時間で、一日の歩行距離も、優に1万歩は超えていたと思います。

 それなのに、いつも、脂肪肝の指摘。

 介護離職し、両親の面倒を見ているので、自分が倒れるわけにはいきません。そこで、すぐにできることと言えば、食生活の改善。

 もう一か月以上、ほぼ毎朝、ブロッコリースプラウトを使ったサラダを食べています。

 まずはスライサーで、キャベツと玉ねぎを刻み、そこにポン酢かりんご酢を掛けます。その上に、トマトとバナナのスライスを乗せ、その上にブロッコリースプラウトをあっさりと乗せ、アマニ油を振りかけて出来上がりです。
 そのサラダと、一杯の豆乳もしくはミルクで、簡単朝食の出来上がりです。
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