父の死から、一年が経ちました。

昨日は、父の弟である叔父の家で、ささやかな法要を行いました。叔父夫婦が信仰している立正佼成会による法要でした。

檀家の坊さんに頼むと、また法外な読経料を要求されます。

介護離職して一年数か月。大袈裟な法要は、経済的にできません。

また、本来法要というものは、気持ちが一番大切だと思っています。通夜式と葬儀のときの読経は、決められた坊さんでないと、墓に入れないという制約がありました。つまり、選択の余地がなかったのです。

しかし一周忌法要は、縛りはありません。

そこで、叔父夫婦の好意を受け入れ、立正佼成会方式でお願いすることにしました。

そうは言っても、僕が立正佼成会に入信することはありません。そのことは、昨日、はっきりと、集まった人たちに言いました。昨日集まったのは、僕と母を除く全員が、立正佼成会の会員さんです。生前の父とは、面識のない人たちです。

それでも、無事、法要を終え、父についての話などをし、良い時間を過ごすことができたことは良かったと思っています。

在宅介護生活は、それなりに大変ですが、僕の場合は、父が手がかからなかったこともあり、こう言っては語弊がありますが、楽でした。

父も、最後までボケることもなく、話が通じたことが大きかったと思います。口がきけなくなったのは、いよいよ最後となったときでした。

在宅で看取ることができた、と言っても、死ぬ瞬間は見られませんでしたが、在宅で、老衰で亡くなるまで、介護できたことは、良かったと思っています。