介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

Iさん

漫然と生きるには残りの人生は長すぎる



人生100年時代といっても、

みんながみんな、

100年も生きるわけでもなし。 


そうは言っても、

寿命は延びつつあり、

そうなると、

リタイア後の時間も長くなることに。


昨日は東松山のIさんの家を訪問。

その後、スーパービバのフードコートで、

15時くらいまで話をしました。

ますます盤石になりつつある、

Iさんの経済状況。

健康管理にも気を使っているせいか、

顔色も良く、出ている波動が明るい。


まだまだ話したりなかったのですが、

夕方5時には、

今介護の手伝いをしている親戚から、

電話が来ることになっているので、

早めに帰宅。


Iさんとの会話では、

元気をもらえる僕も、

親戚とのやり取りでは、

それなりにエネルギーを奪われます。

というのも、

大半が、

愚痴の聞き役だから。


僕は、カウンセラーでもなんでもないので、

そうそう的確なアドバイスも出来かねますが、

介護の先輩としてのアドバイスや、

気持ちの持ち方の助言程度のことは、

しています。


親戚の子供部屋おじさんは、

ちょうどIさんと同じくらいの年齢ですが、

その中身は段違い平行棒。


まあこんな話を続けていくと、

本題に入れなくなるので、

この辺にして、

人生の残り時間を、

いよいよ僕も意識せざるを得なくなりました。


そして思うのは、

可能な限り、

良い気分で暮らしたいな、と。


そのためには、

Iさんのような、

前向きな人と共に過ごす時間を、

増やすことがキモかな、と。


いい年をしてネガティブな人というのは、

それまでの人生で、

自分を見つめることのなかった人だと、

思っています。

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別の言い方をすると、

何でも他人の所為や環境のせいにして、

自分の在り方を、

反省することができなかった人たち。

こういう人が年を取ってきて拗れると、

始末に負えません。

切れる老人や、

クレーマーの発生原因となります。


ときどき、スーパーマーケットのレジなどで、

店員さんに対して横柄な態度を取ったり、

怒りをぶつけたりする人を見かけますが、

そのようないい年をしながら、

自分を治めることのできない人は、

自分より弱い立場の人、

絶対に逆らってこない立場の人にだけ、

当たり散らします。

これほど、みっともないことはありません。


漫然と生きていると、

ややもすれば感情に流されるままとなり、

やがて体の衰えとともに、

自分自身にイラつき、

その苛立ちを、

他者にまで向けるようになります。


漫然と生きていると、この世は退屈極まりない、と。


僕が退屈とは無縁なのは、

自覚して、

生きているから。


自覚的に生きていると、

他者に流されることも、

なくなります。


そしてまた、

危ない人とは、

自然に距離を置くようにもなれます。


それは、

自覚的に生きることで、

感性が研ぎ澄まされてくるから、です。


Iさんも、

非常に感性が研ぎ澄まされている人なので、

何時間話していても、

飽きません。


健康と経済的安定があり、

日々、自覚的に生きていれば、

何をしていても楽しいので、

どんなに老後が長くなったとしても、

退屈することはないのでは、



ないでしょうか。




60代の住宅ローン残高の平均と老後計画に狂いが生じた知人



13日は、台風の西側だったせいか、

思ったよりも雨風が強くなかったです。

しかし用心して検針業務はやめにしました。


その分、昨日14日は、

炎天下の中、

汗をかきながらの検針。


車で回る地域と、

車を、いなげややヤオコーの駐車場に停めて、

歩いて回る地域があり、

歩いて回るほうは、

水分補給が欠かせません。


今年は、

軽い熱中症を経験しているので、

用心に越したことはありません。


さて、今日は、住宅ローンの話。

60代になっても住宅ローンが残っている人、

僕みたいにね、が、

どのくらいいるのか、調べてみました。


60代になってもまだ、

多額の借金を背負っているのって、

何気にきついよね、とは、

誰しもが思うこと。


以下は、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和2年)」の「各種分類別データ(令和2年)金融負債の状況等」からの抜粋。


世帯主が60歳代の住宅ローン残高を確認してみます。 【平均:619万円(中央値:500万円)】  ・50~100万円未満:1.8%  ・100~200万円未満:0.9%  ・200~300万円未満:1.8%  ・300~500万円未満:8.8%  ・500~700万円未満:6.2%  ・700~1000万円未満:12.4%  ・1000~1500万円未満:14.2%  ・1500~2000万円未満:4.4%  ・2000万円以上:3.5%
多くの人が属すると思われる中央値は500万円です。


うーん、 住宅ローン残高の平均額を見て、

まるで自分のことを、

言い当てられているかのように、

感じました。


中には、

1000万円以上のローンを残す世帯もいて、

僕などはまだましか、

とも思ったのですが、

60歳時点で、

住宅ローン残高と金融資産を、

同額にまで持って行く計画で生きている、

僕の友人のIさんなどは、

実に堅実に生きていると言えます。


僕の場合は、

介護の必要があっての建て替えのため、

後悔は微塵もありません。


僕の知人の中には、

高額な施設に親が入ったため、

親の年金だけでは足りず、

持ち出しとなり、

自分の老後計画に狂いが生じた者もいます。

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ケア型の老人ホームの中には、

びっくりするほど高額なものが、

ありますからね。


僕と同世代でも、

親がまだ生きている友人、知人は、

それなりにいますから、

自分の老後のお金も、

そうした親の介護次第、

なのかもしれません。



「スローライフ」は運勢を向上させる



まあこれは、

すべての人に当てはまる話ではないのですが、

スローライフは運勢を向上させると、

思っています。


スローライフが常態化すると、

ものごとを深く考える習慣が身につきやすくなります。


また、その副次的恩恵として、

ケガや病気や事故、

詐欺などの犯罪からも、

遠ざかることができます。


ただ、現役世代で、

多動的に行動したい人、

妻子を養うために、

ガンガン稼がないといけない人などは、

この限りではありません。 


上司から、

動きが鈍い、などど、

叱責されてしまいますからね。


なので、

スローライフが運勢を向上させることに該当するのは、

僕のようなシニア世代で、

しかも、内省的な人に限られるかもしれません。


ただ、若い人であっても、

世捨て人というか、

早期リタイアしてのんびり暮らしている人などは、

あてはまるかもしれません。

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スローライフの功徳は、

健康に良い、事故に遭わない、犯罪から距離を置ける、

などの防御の他に、

実は、株式投資にも、有効です。


僕は年金も少なく、

預貯金も限りがあるなかで、

住宅ローンを支払いながら質素に暮らしていますが、

株式投資で少しずつ資産を増やしながら、

同時にお金の工面も、

株式口座を上手に活用して、

バランスを取って暮らしています。


ただ、先日、友人のIさんとも話したのですが、

年齢を考えると、

リスク資産の割合を減らしていくべきなのは、

わかっています。


Iさんのマネーリテラシーと、

僕のそれは、

ほぼ一致しているので、

とても話が合うのですが、

彼からも、

そうした指摘は受けました。


リスク資産8割、現金2割のバランスは、

シニア世代のあるべき姿からは程遠い。


それを承知の上で、

リスクを取りながらも株式投資をする理由は、

一にも二にも、住宅ローンがあるから。


なので、僕の生き方などは、

堅実な人から見たら、

経済的には危ない生活そのもの。


だからこそ、スローライフが大切なのです。


この話題は、今度また、

じっくり言及したいと、



思っています。



国葬の前に統一教会との関係を総括せよ



昨日は、友人のIさんと、13時から19時ごろまで、

外食をしながら、語り合いました。

今の世の中の流れ、カルト問題、経済、健康についてなどなど、

時間は瞬く間に過ぎていきました。


また、Iさんから学び、

生活の中に取り入れたいと思ったのは、食生活について。

早速帰りは、イオンで、ナッツ類を買い込み帰宅。


さて、話は、このところの定番の統一教会について。


安倍元総理の実績からすれば、

僕は国葬に異議を唱える者ではありませんが、

その前に統一教会と関係のあった政治家はすべて懺悔し、

野党も政局にするのではなく、超党派で、

総括してもらいたいのです。


そうでなければ被害者も、

そして多くのまともな感性を持つ国民も、

納得できません。


この期に及んで、

何が問題なのかわからない、

とまで言い出す議員がいる始末。


クズ議員が多い中、世耕さんなどはまともで、

 自民党の安倍派で参院幹事長の要職にある世耕弘成参議院議員が、統一教会の学生組織である「原理研究会」の出身であるような書き込みをツイッターにされたことを、名誉毀損として3年前に訴えている。訴状には「原理研や統一教会に対して、反社会的な団体であるとの印象を抱く者が少なくない」ことから、社会的評価を低下させるものである

と、明言しています。

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自民党には、

このようなまともな議員もいるのですから、

国葬の前に、

是非、国会で、

統一教会問題の総括をしていただきたい。


以下は、黒塗りにされた決裁文書。

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真っ黒な腹の中を、象徴しているような黒塗り加減。


この追及はぜひ、

超党派で、

お願いします。


どの党にも、

心ある政治家は、

いるはずですからね。





 

貯蓄ゼロと3000万円以上・老後生活も金次第



昨日は、友人のIさんが僕の家に来て、

その後、近所の川原を散策。

5月の風に吹かれながら、外で弁当を食べ、語り合い。


散策後、僕の家に戻り、19時ごろまで語り合い。


お互いに、今後の経済的見通しなどを語り合いました。


69歳まで住宅ローンが続く僕としては、

多少の株式保有と預貯金では、心許ないため、

アルバイトもしているのですが、

世の中を見渡してみると、

老後の二極化が止まらないようです。 


70歳を過ぎて、3000万円以上の金融資産がある人が2割、

一方、金融資産ゼロの人も同じく2割。


そんな記事を見つけたので、紹介します。


70歳以上・二人以上世帯「金融資産保有額」(金融資産を保有していない世帯を含む)  ・平均:2209万円  ・中央値:1000万円 中央値は貯蓄額が少ない順、または多い順に並べたときに全体の真ん中にくる金額です。一方、平均値は、超富裕層など一部の極端に貯蓄がある人によって、数値が大きくなりやすい性質があります。

70歳以上・二人以上世帯「金融資産保有額」の分布(金融資産を保有していない世帯を含む)  ・金融資産非保有:18.3%  ・100万円未満:4.5%  ・100~200万円未満:3.8%  ・200~300万円未満:3.1%  ・300~400万円未満:4.5%  ・400~500万円未満:2.0%  ・500~700万円未満:5.4%  ・700~1000万円未満:5.6%  ・1000~1500万円未満:10.3%  ・1500~2000万円未満:6.0%  ・2000~3000万円未満:11.9%  ・3000万円以上:22.1%  ・無回答:2.6%
70歳以上・二人以上世帯のほぼ半分が、貯蓄1000万円以上を達成しています。 一方、約2割が「金融資産非保有」、つまり貯蓄ゼロであることが気になるところです。同じく約2割で、3000万円以上の金融資産をもつ世帯もあるのです。 70代の貯蓄については、大きく二極化しているというのが実態でしょう。



うーん、二人以上世帯ということは、

まだご夫婦で生活しているのでしょうか。

単身者の調査ではない点が気になりますが、

おそらく単身者であれば、男であれ女であれ、

金額は、さらに低くなるように思います。

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老後の沙汰は金次第、とも言いますが、

それでは身も蓋もないので、

お金に頼らない幸福の在り方を探求している僕としては、

創意工夫が大切。


その創意工夫を、

手を変え品を変え、

折に触れて発信しているのが、

このブログなのですよ。



年金生活になっても住宅ローンがある人の残高はどのくらいなのか



僕自身、いよいよこの夏から、

年金の一部がもらえるようになるのですが、

世の中には、年金生活になってもなお、

住宅ローンを支払っている人がかなりいることを知りました。


以下は、独立行政法人労働政策研究・研修機構が60~69歳5000人に行った「調査シリーズNo.199『60代の雇用・生活調査』(2020年3月公表)」からの抜粋。


同調査によれば、借入金がある中で住宅ローン返済が「ある」人は 52.3%、「ない」人が 44.6%でした。 65~69歳では48.3%が住宅ローンが残っています。 一般的に年金の受給開始は65歳からですが、年金生活になっても住宅ローンが残っている方も少なくないのですね。 返済金額も確認します。  ・30万円以下:7.7%  ・31万円以上50万円以下:0.2%  ・51万円以上100万円以下:4.6%  ・101万円以上300万円以下:14.9%  ・301万円以上500万円以下:11.3%  ・501万円以上1000万円以下:24.5%  ・1001万円以上2000万円以下:17.0%  ・2001万円以上:7.4%  ・無回答:12.4% 全体の返済金額を見ると、多いのは「501万円以上1000万円以下(24.5%)」「1001万円以上2000万円以下(17.0%)」「101万円以上300万円以下(14.9%)」の順でした。 60代で住宅ローンが残っている人の約半数が500万円以上残高がある結果となっています。


うーん、何か、自分のことを言われているみたいです。

60代で、500万円以上の住宅ローン残高って、まさに僕のこと。

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先日会った、Iさんなどは、

マネーリテラシーがしっかりしていて、

60歳時点で、

預貯金と住宅ローン残高が同じになるように、

シミュレーションしています。


まさに、60歳で住宅ローンが終われば、

大きな荷物を下ろしたようなもの。

あとは、必要な金額を貯めて、

年金支給を待てばよい、と。


僕はと言えば、住宅ローンが終わるのは69歳の予定。

生活にアルバイトを取り入れつつ、

ローコスト生活で乗り切る予定です。




深夜の救急搬送と老いの自覚



5月1日の夜に意識を失い、救急搬送されました。

63年も生きてきて、初めてのことです。

そもそも、今まで、病院に入院したことさえ、ありません。


倒れた場所はスナックで、行ったのは、1年半ぶり。

20時に入店し、倒れたのは、たぶん23時過ぎあたりか、と。

そのときにあった記憶は、

カウンターに突っ伏す僕の背中を、

別の客が叩いて呼び掛けていたことくらい。


その後、ストレッチャーにのせられ、服を脱がされ、

上から、複数の人に呼び掛けられている自分。

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建物内に搬送され、長椅子に座らされ、

注射を打たれ、点滴をされ。

点滴も、人生初体験。

寝ようとする僕を、

寝ないでくださいと言って起こす看護婦。


どのくらい椅子に座らされていたのか、

かなり点滴をしたから、

トイレに行ったほうがいいと言われトイレに行き、

明け方の4時にタクシー会社に電話をさせられました。


あいにく空いている車はないとの返事 で、

朝まで寝るようにと病室に連れていかれ、

起きたのは6時過ぎ。


自分でナースコールをし、大丈夫そうだと判断され、

天気も良かったので、受付で仮払いをして、歩いて帰宅。


昨日、2日は、前々から、Iさんとの約束があり、

7時半に帰宅した僕は、8時半にうちに来たIさんとともにサイボクへ。


その後、緑化公園に行き、いろいろ話したのですが、

その中で、Iさんから貴重な意見を聴くことに。


多くの人は、アルコールを軽く見過ぎている、と。


これには、聞き耳を立てるしかありませんでした。



愛のみ実在、光のみ実在



一昨日の記事に対する、なすびさんのコメントを契機に、

また改めて、内省の時間を持ちました。


20代の2年間、統一教会の暗黒思想に染め上げられた自分は、

退会後も苦しみの日々、でした。

出口が見出せぬまま、自己卑下と自己憐憫の日々。


そうした中、幸福の科学と出会います。

もう宗教はこりごりと思っていただけに、

簡単に入会、とはなりませんでした。


ただ、講演会で、光体験をし、

その後入会に至ったのですが、

びっくりするほどの次元上昇を体験しました。

まさに、自分を取り巻く環境が一変したのです。


その後、とんとん拍子に、ものごとが良いほうに進みました。

仕事も安定し、経済も潤い、自己評価も高くなりました。

暗黒思想が打ち砕かれたのです。

そのときに威力を発揮したのが、言霊の力。


愛のみ実在、光のみ実在、という言葉の力が、

長年僕を苦しめてきた暗黒思想を打ち砕き、

明るい世界へと導いてくれました。


キリスト教的に言うところの、聖霊体験もし、

恍惚的な高揚感に打たれたこともあります。


多少霊体質だったのでしょうか、

いろいろと感じることは、多かったですね。


そうした、内的な感覚が強まれば強まるほど、

ますます、教団への帰依心は強くなっていきます。

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結論から言うと、10年ほどはそれなりに熱心な信者でしたが、

その後、疑問を持ってのちの3年間は検証作業を行い、

そして、退会へと至りました。


退会はしましたが、

いずれの教団にも属していない今のほうが、

神、を、身近に感じます。


通常、退会すると、その団体を全否定しがちですが、

僕の場合は、そこで得た恵みも覚えていますし、

AさんやIさんという、尊敬できる友人も、

まだ教団に在籍しており、

彼らの信仰は、見習うべきものがあると、思っています。


愛のみ実在、光のみ実在

この言葉が、暗黒思想を打ち砕いたように、

また、圧倒的他力により、次元上昇をさせてもらったように、

人生は導きの中にある、と、

思っています。


この話を突き詰めていくと、

運命論について論じる必要があり、

それをすると、途方もなく長くなるので、

それは、数年後に始める予定の別ブログで、

真正面から、

論じることと、いたします。



 

人を裁くと自分が損をする理由



他者との意見交換が必要な理由は、

過去記事でも何度も触れていますが、

たとえば、僕は友人のIさんからは、

寛容さの効用、を学びました。


Iさんは結婚経験があり、

僕から見れば、たくさんのことを相手にしてあげたのに、

離婚後は、実にあっさりとしています。

こういうあっさりとした、さっぱりとした性格の人には、

悪霊なども憑き難いのですよ。


そうは言っても、

人間はやはり感情の動物。

世の大半の悲劇は、 

感情の暴走から、

起こったりしています。


なので、視点を変えて、

損得で考える、という方法があります。

一見打算的なようですが、

理性を呼び覚ますのには効果的。


他人も、社会も、世界情勢も、

自分の望むようには動きません。

ならば、そのことを考えるのは良いとしても、

悩むのは、損でしかない、と。


昨日は、わずかな時間ですが、

ウクライナへの支援を呼びかけるデモに行ってきました。

世界情勢のことも、

考えることはするけれど、

悩むことはしない、と。

僕が悩んでも、一ミリも良くなることはないし、

自分の波動が、下がるだけ。

だから、考えることはしても、悩むことはしない、と。

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他人を裁き、世の中を裁き、していると、

たとえば、政治家の誰それはけしからん、

などと言ったところで、

それで血圧が上がり、心臓にも悪いのは自分のほう。

批判されているほうの政治家は面の皮が厚く、

こちらが悩んでいるときに高鼾で寝ている、なんてことも。


つまり、ばかばかしいことはやめようよ、ということ。

これは、どこかの他人に言っているのではなく、

僕自身に、言っていること、言い聞かせていること、です。


かつてはすごく、感情的な人間、でしたからね。




意見交換が大切な理由



昨日は、年末恒例の、AさんとIさんと僕、との忘年会。

去年と同じ、坂戸市にある中華レストランで。

去年は、コース料理にしましたが、

今年は、各自が好きなものを頼むことに。


今年は、僕は予定よりも15分早く、

17時45分に到着したのですが、

二人はすでに駐車場におり、

今年も僕が一番最後でした。


で、18時スタートの忘年会が終了したのは、23時過ぎ。

店の人がオーダーストップを告げに来た後も話し続け、

閉店の知らせを受けてから立ち上がりました。

5時間以上が、あっという間に過ぎたことになります。


話の内容も多岐にわたり、

その詳細をここで話すことは不可能ですが、

意見交換することの重要性を、

改めて認識しました。


最後のほうで、

先日、Aさんと行った映画の話になり、

Iさんも、その映画の主役の永野芽郁を高く評価しているとのことで、

ちょうど、Iさんからその日いただいた書籍の栞としても、 

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彼女が映っており、

Aさんなどは、僕を誘って見たのが2回目で、

その後、3回見て、5回も見た映画だそうで、

同じ映画を5回も見るのは、凄いと思い、

まだ、ロングランでやっているので、

是非、Iさんにも見てほしい、とのすすめ。


で、話を戻すと、意見交換の重要性


一人で、自由に思索するのは良いとして、

どうしても、自分色のフィルターが濃くなってしまいます。

だからこそ他者の、

それも、すぐれた他者の見解が必要。

AさんとIさんは、まさにそのような他者の典型例。

だからこそ5時間が一瞬で過ぎ去るほどの、

濃密な語らいができるのだと思います。


ロングランになるのは、相当いい映画なのだと、



思います。




老後計画の見取り図



僕は、今現在は、住宅ローンの支払い中で、

なおかつ無職の身。

偉そうなことを言える立場ではありませんが、

明るい老後を計画しています。


それは、僕の二人の親友、AさんとIさんの3人で、

将来、バスツアーに行けたらなあ、と考えているため。

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Aさんは、坂戸市駅前の住宅街に、

そしてIさんは、東松山駅前の住宅地に、

それぞれ一戸建てを購入し、住んでいます。


で、この3人は、毎年、深く語り合う仲。

で、将来、この3人で、バスツアーに行けたら楽しいだろうなあ、と。


たとえば、Aさんの住む坂戸市駅前からは、

各種バスツアーが出ています。

いずれ年を取ると、

バスツアーは、楽。


特に、泊りがけのバスツアーの場合、

複数人数での参加のほうがお得。

夜は宿で、たっぷりと、話ができます。


で、将来僕が、今よりも豊かになり、

川越駅前あたりに住むようになれば、

さらに、利便性は向上します。


老後生活の見取り図は、楽しいことの連続。



 

質素な夕食7連発



友人のIさんの影響で、玄米食を取り入れています。

Iさんから、玄米の炊き方のアドバイスも受け、

それを忠実に実行。


ただ、毎食玄米というわけではなく、

白米の時もあり、

また、白米と玄米を混ぜ合わせて食べたり、

というのが、今のライフスタイル。


また、ときどき買う食パンも、

白い食パンだけでなく、

全粒粉パンなども買うようにしています。


基本、朝食は食べませんが、

絶対に食べないというわけではなく、

あ、今日は食べたいなというときなどは、

ときどきは食べています。


ということで、今日は、

ローコスト生活の質素な夕食のご紹介。


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うーん、ここまでは麺類ばかりなので、

ご飯ものもアップしておきます。

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おかずだけの時もアリ。

まあ、いろいろ、です。


昼はもっとしっかりしたものを食べていますので、

ご心配には及びません。


質素な夕食ではありますが、

ポテト

  1. ジャガイモ
  2. キャノーラオイル
  3. 水素添加大豆油
  4. ベニバナ油
  5. 自然調味料(植物由来)
  6. ブドウ糖
  7. 酸性ピロリン酸ナトリウム(色の保持)
  8. クエン酸(保存料)
  9. ポリジメチルシロキサン(消泡剤)

揚げ油

  1. キャノーラオイル
  2. コーン油
  3. 大豆油
  4. 水素添加された大豆油
  5. 抗酸化作用のあるTBHQ(tert-ブチルヒドロキノン)
  6. クエン酸
  7. 消泡剤のジメチルポリシロキサン

調味料

  1. ケイアルミン酸ナトリウム
  2. ブドウ糖
  3. ヨウ化カリウム
上記19種類の添加物漬けのマックポテト、

などのジャンクフードとは違い、

健康には良いですよ。


ちなみに、何でマックはこんなにも添加物を使うのか。

その理由はシンプルで、

原料に人工的なものを使ってコストを下げ、

商品原価を極限まで安くするため、


だから、です。


今日も、情報弱者が、

マックフライポテト330円が、

スマホクーポンで190円で食べられる、と、

喜んでいますが、

愚か者の極みです。


ちなみに、マックフライポテトLの原価は20円。

それに330円の値を付け、

クーポン利用で、190円はお得だよと、

言っているわけ。

行動経済学で言うところの、

アンカリングの罠。


僕に子供がいたら、

絶対にマックポテトは食べさせません。


プリズムのクリスタルナイト。



オリジナルで聴きたかったなあ。

学生さんの演奏ですが、もうこの人たちも、60代でしょうね。


 

スマホをなくして頭が真っ白に



僕は必ずしも、スマホ依存度は高くありません。

このブログもパソコンで書いていますし、

ネットサーフィンもパソコン。

在宅時間が長いので、パソコンの使用頻度が高く、

スマホはサブ的な使用。

そんな僕でも、

いざスマホがなくなってみると、慌てました。 

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昨日も、一昨日に続き農村公園へ。

ただ、昨日は、Iさんと、待ち合わせ。

木陰を選び、ベンチに座って対話。

時が過ぎ、そこが木陰でなくなると、別のベンチに。

つまり、僕が腰を下ろしたベンチは二カ所。

公園内で歩いた距離も、わずかなもの。


夕方、Iさんと別れ、帰宅した時に、

スマホがないことに気づき、気が動転。

家を出るとき、ボディバッグに財布を入れ、

外側にあるポケットにスマホを入れた記憶があるのに、

肝心のスマホがない。


急いで車に戻り、車内を探すも無し。

ベンチに置きっぱなしにしてきたのか、

それとも、歩いているときに芝生の上に落としたのか、

考えが巡るなか、急いで車を走らせました。

落ち着けと自分に言いつつも、

いつもよりも車を飛ばしている自分がいました。


薄く闇が広がりつつある農村公園に到着。

急ぎ足でベンチへ。

少し前までそこに腰掛けていた二つのベンチの上には、

スマホは見当たらず。

その場所でスマホを見つけた人がいたとしたら、

管理事務所に届けているかも、と思い、

行くも、事務所は閉まっていて誰もおらず。


再びベンチに戻り、ベンチ周りの芝生、

自分が歩いたあたりを探すも、見つからず。

芝生の上に落としたとしたら、音もしないよな、と思い、

なおもしつこく芝生の上を探し回る。

されど、ないものはなし。

諦めて、車に戻りました。


帰るしかない、と思い、

しかしなおも、立ち去りがたく、

隣に停まっていたワゴン車の男性に声をかけました。

スマホをなくしたことを話し、

こういう場合、どうしたらいいんでしょうねえ、と。

するとその年配の男性が車から降りてきて、

一緒に芝生に行って、電話してみましょうか、と。

なるほど、そうすれば着信音がなって、在処がわかるかも、

と思った僕に、一筋の希望。

そして二人して、芝生のほうに歩き始めた時に、

軽トラックがやってきて、ちょうど僕たちの前に停まりました。


結論から言うと、そのときにスマホと再会。

軽トラックを乗っていた人が、ここの管理人で、

今交番に行ったのだが、誰もいなかった、とのこと。

つまり、見つけたスマホを交番に届けに行ったそうなのです。

でも、誰もおらず、家に戻り息子と話し、

もしかしたらスマホを落とした人が探しに来ているかもと思って、

来てみた、とのことでした。


僕は、二人に何度もお礼の言葉を述べて、帰宅。

スマホの取り扱いには注意が必要だと肝に銘じるとともに、

自分の生活を見直す契機ともなりました。



貯金もなく、もらえる年金も少ない



一昨日、友人Oと会ったときに、話した内容の中で、

車の話がありました。

それと言うのも、どうも、僕が3年前に購入した、

軽自動車のメンテナンスをしてもらっている自動車やが、

高いのではないか、との疑念を持ち始めていたからです。


そしてまた、昨夜も、電話でIさんと話し、

車の維持費についての見直しが必要だと実感。


普段月6万円生活で質素に暮らしてはいますが、

車検や定期点検の度に、自動車やにぼったくられていたら、

意味がありませんからね。


貯金も少なく、もらえる年金も少ないことが確定している僕が、

生き残る道は、家計管理をしっかりすること。


そういうわけで、

ちょっと今、自動車関連費用の見直し中です。


さて、そんな中、今朝見た記事が以下のもの。


Q:貯金もなく、もらえる年金も少ないと思います、今からどうしたら?

「そろそろ老後を考えなくてはいけないと思いますが、夫婦で今まで必死に生きてきて、ローンや学費など、いろんな支出があり、貯金は少なく、年金も大してもらえないと思います。どうやって老後、生きていけばいいのでしょうか」(50代・自営業)

A:あきらめず、今すぐ行動してみましょう

50代で年金も貯金も少ないとなると、不安だけが膨らんでいってしまいますよね。そのような場合、どのように行動していけばよいのかを考えてみましょう。

将来の年金についてですが、以前は、加入期間が25年以上なければ年金を受給することができませんでしたが、改正され、現在は10年になっています。その部分は、少し安心ですよね。

年金が少なければ、単純に増やすようにすることです。その中で今からできることは、年金の未納期間がある場合には、納めること。国民年金に加入している場合は、付加年金といって、定額の年金保険料に付加保険料の400円を上乗せして支払うというものです。年金を2年以上受け取れば、支払った付加保険料以上の年金が受け取れますよ。

厚生年金に加入できるのなら、加入することで将来、受け取る年金を増やすことができます。

もし、年金保険料の支払いが厳しくなってしまったときには、決して未納のままにしないでください。年金事務所へ出向いて、支払いの相談をしてみましょう。将来受け取る年金は減りますが、保険料そのものを減額してもらえる可能性もあります。


うーん、回答としてはありきたりですが、

こうしたことすら知らない情報弱者もいるのが実態。


僕自身、車の部分は情弱なので、

その弱い部分を補強しなくてはいけません。

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自分の身は自分で守る。


それが、天涯孤独のおひとり様の、

生きる道です。




豊かさに気づいた人から豊かになっていく



僕は今、働いてはいませんが、毎日十分食べています。

そしてしっかり睡眠をとり、たっぷりの余暇時間を、

自分の好きなことをして過ごしています。

実は僕たちは、すでに十分豊かな世界に住んでいます。


先週の日曜日、隣の市のマクドナルドで、

Iさんと会い、4時間ほど話しました。

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Iさんは、現役正社員ですが、一人暮らしで、僕同様内省的な人。

内省的な人間同士がたまに会い、会話をすると、これがとても良い。

僕は、マクドナルドは、アプリのクーポンを使い、値引きされたコーヒーを、

楽天ポイントで支払うのが常。

で、ポイントで支払った120円で、ゲットしたアイスコーヒーを飲み、

4時間の会話で、お互い大変充実した時間を過ごせたわけです。



豊かさとは、内的な充実感のこと。

たとえば、ロレックスの時計を買ったときも喜びはあるでしょうが、

その喜びは長続きしないばかりか、もっと上級のロレックスをしているおやじが

隣の席にいたりしたら、比較して幸福度は下がったりするんじゃね、と。

そんな簡単に、上がったり下がったりする幸福感は脆弱過ぎ。

株価じゃないんですから、上げ下げで一喜一憂していたら疲れまっせ。


変わらない幸福は内面にしかない、ということ。

だからこそ、自分と向き合うことこそが、

人生で何よりも優先すべきことなのです。

そして、Iさんや僕のような、

内省的な人間同士が会って、

会話をすると、

時間があっという間に過ぎ、

充実感が、実在として、残ります。


豊かになるのはとても簡単で、

エアコンの設定ボタンを押すくらいの簡単さ。

ちょっと寒いなあ、設定を2度くらい上げるか、みたいな。


自分の内面の豊かさに目を向けて、

その豊かさに気づいた人から、

どんどん豊かになっていきます。

そしてその豊かさは、盗人に取られない豊かさ、です。


富は、天に積みなさい。

そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、

また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。

あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。


と、聖書の中でも語られていますね。

自分が、すでに豊かなのだと気づくだけです。

自分の豊かさに気づいた人から豊かになっていくよ、という、




シンプルな話でした。




人の心配をするほど自分は偉いのか



ちょっと今日は懺悔というか、

自分の傲慢さを反省しようと、これを書いています。

日曜日に、Aさんと映画を見に行った後の夕食のとき、

会話をしたのですが、その中で、Fさん家族の話題が出ました。

このFさんのことは、

ゴールデンウイークにIさんが我が家に来た時も話題に。

実は、このFさん夫婦の長男が、

大学の認可をされていないHSUというところを卒業後、

幸福の科学の職員になったことを、僕は危惧していたのです。

社会経験を積まないまま、宗教団体の職員になるのは、

本人のキャリア上、良くないのではないか、と。

まあ、本当に、Fさん家族からすれば、大きなお世話の話ですが。

でも、Iさんが我が家に来た時に聞いた話では、

Fさんはビジネスで成功しており、

将来息子さんが、還俗しても、大丈夫であることを知り、

経済的には、問題ないことがわかり、

僕のお節介な心配も、杞憂であったことがわかりました。

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そしてさらに、日曜日の夜の、Aさんとの会話で、

子供たちが、3人とも父親が大好きであることも知りました。

子供3人のうち、すでに二人は成人しており、

長男は宗教団体の職員、長女は女優で、

その大人になった二人を含む3人の子供が、

お父さんが大好きで尊敬しているという話を聞き、

僕は、余計な心配をしたことがわかっただけでなく、

自分が恥ずかしくなりました。

僕は、と言えば、職を転々とし、

結婚も、子育てもせず、

ただ、流れるままに生きていたわけで、

そんな立場で、よその家族のことを心配するなど、

傲慢にもほどがあると、痛感しました。

自分はどこかで、悟ったような気になって、他人を、

批判的に見ていたのだなあ、と、反省。


まさに、Fさん家族は、家庭ユートピアを実践しており、

心配するどころか、見習わねばならない存在。

まったく自分は、どこまで慢心していたのかと、

Iさんと、Aさんから、 また、気づかされました。

だからこそ、法友というのは、尊いのですね。

まあ、僕はすでに、退会した身ではありますが、

そうしたラベルに関係なく、

求道心のある友人たちとの語らいの中で、

気づかされることは多いと、思っています。



今日は少し景気のいい話をします



ローコスト生活だとか、節約だとか、マネーリテラシー的な話の多いこのブログですが、

人生は一度きりなので(この人生はという意味で)、悔いなく生きるためにも、

可能な限りチャレンジングに生きたほうが良い、と。


今の僕の現状は、60を過ぎてなお、住宅ローンの支払い中で、

預貯金は少なく、所有する株式も絶賛低迷中。

多少調子がいいのはアメリカ株くらい。


実は先日も記事にした、Iさんが我が家にやってきた時に、

僕は、自分の経済状況を、フルオープンしました。

パソコンを開き、今の所有株の状況だけでなく、

ねんきんネットにログインし、将来貰える年金額まで見せました。

何で、そんなことをしたかというと、

いろいろと深い話をするときには、

まずは自分のことを全部開示することが大切だと思っているからです。

そのIさんとは、その日、お酒も飲まずに11時間ほど話をしたのですが、 

その中で少しだけ、将来ビジョンについての話もしました。

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今は、一戸建てに住んでいるのですが、

将来は、また、マンションに住みたいという気持ちがあります。

住む場所も、熊谷市と決めています。

なんでそんな、日本でいちばん暑いところに住みたいのかというと、

交通のアクセスがとても良いから、です。

去年、高崎経由で長野方面に旅行に行ったときに思ったのですよ。

ああ、もし熊谷市に住んでいれば、新幹線でサクッと帰れるなあ、と。

僕は、埼玉県南西部の町に住んでいるので、高崎から八高線に乗り換えて帰ったのですがね。

それはそれで、味があるのですが、

もっと、ガンガン旅行したいのですよ。

今日は出雲大社、来週は芦原温泉、再来週は桂浜、みたいな。

そのためにも、交通のアクセスは大事で、その点、熊谷駅は新幹線の停車駅。

車も、走りの良い車種に切り替えて、高速道路料金など気にせずに日本中を旅する、と。

つまり、新幹線と車を最大限活用するだけでなく、当然、飛行機に乗っていくにしても、

熊谷であれば、新幹線で東京に行けるので、何にせよ都合がいい。

じゃあ、大宮ならもっといいじゃん、と思うかもしれませんが、大宮は僕にとっては都会過ぎます。

ということで、適度な田舎具合が混じっている熊谷が最高、となりました。

話が長くなったので、今日は、ここまでとします。




大卒40代前半男性の平均的な基本給



昨日は、10時に、友人のIさんが我が家に愛車で到着。

音楽と車関係に造詣が深いIさんですが、お互いに共通するところもあり、

シンクロニシティを感じながら語り合い、気がつけば夜の21時。

ときには、こうして、時間というリミッターを外して語りまくるのも良いなあ、と。


僕は高卒で、しかも追試を受けて卒業したくらいですから、

お察しの通り、大学には行っていません。

なので、アカデミックな教養などはありません。

企業エリートから見たら、社会の底辺を這いずり回っていた人生。 

でも、それゆえにこそ培われた雑草のような哲学はあります。

昨日のIさんとの語り合いの中でも、

ブルーワーカーの現場についての話もありました。

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さて、厚生労働省『令和2年賃金構造基本統計調査』が出ましたねえ。

それによりますと、


大卒40代前半男性の

平均的な基本給は41万6400円で、

平均年収は687万6100円。



うーん、昨日の、Iさんとの会話の中で、年収の話題も出ました。

僕のMaxの年収が、498万円だったかなあ。

500万円には、わずかに届かず。

その年は、残業なども多少はやった年でした。

Iさんも、残業のあるなしで、月給にもだいぶ差が出るとのこと。

働き方改革で仕事量が減るのは良いとしても、

その分収入も減るのならば、

生活に影響が出るのでは? と、思った次第。

それでも、このコロナ禍の中、

自分の勤める会社が存続しているだけでも、

感謝すべきなのでしょうね。



コロナで変わった世の中。

まだ、今後、どんな変化があるのだろうか、と思う今日この頃。





ワンルームでの在宅勤務はつらい


僕は、エッセンシャルワーカーなので、在宅勤務にはなりません。

この3連休も、一日は、仕事に行ってきました。

あ、アルバイト、ですけどね。

時給は、930円です。

で、生活費はとても少なくて、それでやりくりしているのですが、それができるのは、おそらく、介護のために、54歳のときに建て替えた家が快適だからではないか、と。

これは、僕の友人の、AさんやIさんにも共通するのですが、この二人も、住環境の良い一戸建てに、一人で住んでいます。

僕の家は駅からも多少遠く、住環境的には、駅近に住む二人よりも劣りますが、その分、田舎なので静か、です。 

で、Aさんも、Iさんもやりくり上手で、マネーリテラシーもしっかりしていて、質素ながらも堅実な暮らしぶり。

どうやらこの3人は、そんなところも似ているように思います。

つまり何が言いたいのかというと、住環境が快適だと、お金を使わなくなるよ、ということ。

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そんな中、気になる記事を見つけたので、紹介します。


うーん、僕も、ワンルーム暮らしの経験があるのでよく理解できます。

テレワークは、良いことばかりではないですよね。

やっぱり人間には、スイッチの切り替えが必要だと思います。

僕も、アルバイトがなかったら、おそらく、この3連休はごろごろしながら、焼酎のお湯割りでも飲んで、ぐうたらしていたでしょうね。

ぐうたら自体は好きですが、だんだん深みにはまると、体力が落ちて、やる気もなくなっていきますから、今のアルバイト暮らしが最適解なのかもしれません。



やっぱ、ワンルームと言えば、若者の暮らしの象徴、って感じでしょうか。





人を許さないと苦しくなるのは自分


昨日は、コロナ禍での、3人での忘年会に触れたのですが、その中で、3人の奇妙なシンクロニシティについても書きました。

シンクロニシティとは、共時性とか、同時性、ということ。

で、僕も、Aさんも、Iさんも、多少の時期こそ違え、同時発生的に、体験したことが、得も言われぬ幸福感と、人を許すということ。 

得も言われぬ幸福感のほうは説明が難しく、これに言及すると、相当スピリチュアルな領域に踏み込むことになるので、今日は割愛します。
 
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で、今日、触れるのは、人を許す、ということについて。

これについては、AさんとIさんの話してくれた体験から、僕も深い気づきを与えられました。

人間は不完全であり、その未熟な人がこの世を生きるとき、どうしても、行き違いや葛藤、誤解、いわれのない非難、などが生じます。

そうした、理不尽とも言える現象に対する姿勢、についての話、でした。

その話を、AさんとIさんの実体験を踏まえた見解を聴くことができ、僕も、大いに気持ちが楽になりました。

誰しもが、裁き心、というものを持ってしまうことがあります。

主イエスも、裁くなかれ、みたいなことを言っていますね。

  1:「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。2:あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。3:あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。   4:兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。5:偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。6:神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。」聖書:マタイ福音書7章◆人を裁くな


僕はクリスチャンではないのですが(それには僕なりの理由があるから)、主イエスは敬愛しています。

クリスチャンではありませんが、聖書は複数持っていて、ときどき、いろいろなところから、生きる糧、と言いますか、指針を与えられています。

思えば、この世は裁きの念であふれている、のかもしれません。

とりわけ、コロナ禍の今年は、そうした空間が至る所にあったのではないでしょうか。

「あの人は最低だ、何もわかっていない」こんな言葉が、職場や家庭内、あるいは、長年の友人関係の中でも囁かれ、つぶやかれたことでしょう。

たとえ口には出さなくても、心の中で裁き合っているなら、それも、同じことです。

そうしたことを見つめていると、人間の持つ罪深さ、と言いますか、原罪、の考え方も、理解できなくはありません。



この年末は、深く、内省する時間を過ごしていきたいと、思っています。



それぞれの仕方で、究極を目指す


昨日は、AさんとIさんと僕の3人で、忘年会。

コロナ禍であることを、鑑み、個別中華のコースでの食事会。

そこで、改めて、3人の共通点と修行課題を確認。

シンクロニシティという言葉がありますが、まさに、それを、感じた次第。

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3人とも、確実に、それぞれの修行の階段を上っています。




うーん、僕たち3人は、それぞれの仕方で、それぞれの究極を、目指しているのかもしれません。


 

今も友人でいる人たちの共通点


昨日は、友人Oと、町内の湖のほとりで、3時間ほど語り合いました。

僕の人生において、この友人Oは、エポックメイキングな存在です。

どういうことかというと、人生の大事な局面で、僕は助けてもらっているから、です。

いちばん大きかったのは、彼の紹介で入った会社から、事実上の僕の会社員としての安定した日々が始まったし、その前には、僕が、20代で、統一教会から逃げ出して、最初に駆け込んだところが、当時彼が住んでいた武蔵境の公団住宅でした。 

また、彼は新し物好きなので、パソコンにもいち早く着目していたため、事実上のパソコンの師匠は、友人Oということになります。

事程左様に、いろいろなところで助けてもらっているのですが、つい最近では、アイフォンから中華スマホに換えた際に、ウィルスバスターというセキュリティソフトを入れたのですが、それも、彼のアドバイスで、無料のカスペルスキーセキュリティに換えました。

まあ、そうした細かいことまで挙げればきりがないほど、彼には助けられています。


さて、僕は先日、改めて、今も付き合いが続いている友人たちに共通するのは何だろうと、考えてみました。

そして得た結論は、彼らは一様に、精神的に独立している、ということ。

たとえば、このブログでもよく登場する、AさんやIさんなどは、宗教的なバックボーンがあるとはいえ、精神的な自立と同時に、人格的にも優れています。

また、ときどきこのブログにも同じく登場する、花火師で投資家のSさんや、そのSさんの師匠でもあるTさんなども、長年投資で培った精神性からか、自己責任の意識が強く、独立した気概を持っています。

それ以外にも、今も付き合いのある人に共通するのは、自分の人生に責任を持ち、他人を恨むことがない、あるいは、自分の責任を他人のせいにしない、という点が挙げられます。

これに反し、僕が、もう付き合うことは難しい、僕の許容範囲ではない、と思った人は、自分を反省することなく、他人のせいにする人、あるいは、依存心が強く、自分の思うように相手が行動しないと、子供のようにへそを曲げる人、です。

勿論そういう人であっても、僕が付き合ってきた人というのは、それ以上に良い部分があったからでもあるのですが、しかし、その良い部分を加味したとしても、その依存心や自分の非を認めない姿勢は、もはや僕の許容できる範囲を超えてしまったのかもしれません。

つまり、僕もそれだけ、年を取るにつれて精神的にタフではなくなった、ということなのだと思います。

 
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るように生きるのではなく、気楽に生きていきたいと思っています、猫のようにね。




お互いの自由を尊重する在り方が、軽やかで心の負担もなくて、いいですよね。

それは、友だち同士だけでなく、すべての人間関係において言えることなのかもしれません。




35歳のときに見えてきた光


35歳までは、暗闇の中を歩いてきた、という話を昨日したのですが、それは、この世的に言えば、まったく仕事の見通しが立たなかったことが、原因です。

当時は、今ほど、多用性が容認されておらず、いい年をして働いていない人間は、プータローと呼ばれて、蔑まれていました。

まさに僕が、そのプータローだったわけで、もう、どん詰まりの状態の35歳でした。 

ただ、突然、歌舞伎の回り舞台のように、35歳のときに、状況が変わったのです。

当時、統一教会の洗脳からはまだ抜け切っておらず、逃げ出して8年たってもまだ悶々とした状態だったのです。

その状態で、職を見つけても長く続かず、という、八方ふさがりの僕でしたが、35歳のときに入会した幸福の科学で、光体験をしたのちは、人生が急展開。

良いほうにね。

サタンの子から仏の子へ、と脱皮した僕は、友人Oの紹介で、ビル管理会社に入社することができ、そこから生活は一気に安定しました。
 
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生活の安定と心の安定が両立した、幸福な日々の始まりでした。

そして結局、そのビル管理業界で、一度転職はするものの、足掛け20年にわたる職業生活を送ることになったわけで、まさに、あの35歳こそが、人生の転換点であったと、今でも思っています。

その友人Oとは今も付き合いがありますし、幸福の科学に入会したおかげで、AさんやIさん、という有徳の得難き友人とも知り合いになれました。

実はそのAさんには、昨日もお世話になりました。

いずれ、記事にすることがあるかと思いますが、僕の生活がこのところ急展開して、昨日は、さいたま市まで、今度就くアルバイトの研修に行っていたのです。

で、そのアルバイトの話は、改めてするとして、仕事をするにあたり、身元保証してくれる人が必要になり、それを、昨日、その研修の帰りに、急遽、Aさんにお願いしたのですね。

これまた偶然というか、大概は、帰りの遅いAさんですが、昨日は、19時には在宅していたので、お邪魔して、身元保証人になってもらった次第。

天涯孤独のおひとり様の保証人問題については、過去記事でも何度も書いていますが、これもまた、アルバイト生活が落ち着いてきたら、改めて書いてみたいと思っています。

で、何でしたっけ。

ああ、そうそう、僕の人生は、35歳から急行天使、ならぬ、急好転し、仕事と精神の安定を得られただけでなく、AさんやIさんのような、高徳の人たちとの出会いもあり、今に至っています。

まあ、今は、その、僕を光の世界へと導いてくれた幸福の科学も退会していますが、今も、AさんやIさんには、お世話になっています。

 

人はそのようにして、流れ、流されながらも、様々な出会いや別れを、繰り返していくのかもしれません。



体調がわるいと気が弱くなる


体力自体の衰えは、56歳ごろから顕著に感じていました。

それが仕事にも影響し、ミスなども出始めた頃に、父の介護が必要になるというタイミングが重なり、介護離職したわけですが、あのまま仕事をしていたら、場合によっては大きな事故を起こした可能性もあります。

それなりに、ガテン系の、仕事だったのですが、何にせよ、24時間勤務というのは、長いのですよ。

で、もうろうとした状態で働いていた時期もあり、これは、危ない、と、思っていました。

ある意味、介護離職は、天の助けでもあったのかもしれません。

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で、この5月にアルバイトを辞めたのも、この暑い夏を見越して、冷房もない、40度にもなる倉庫での作業は、もはや無理であると判断。

この判断も、正解でした。

で、今は、低空飛行ながらも、何とか体調を維持している感じです。

そうは言っても、基本的に体力や活力はないほうなので、それに体調の悪さが重なると、もう動きたくなくなってきます。

まあ、こういうときは、ひたすら眠るしかなく、寝るか、横になるかして、やり過ごします。

そうするとまた、体が、徐々に回復してきて、何とかなる、と言う感じですね。

いろいろなことが億劫に感じる、ということ自体、生命力の衰えだと思うのです。

先日、友人のIさんと浦山ダムに行ったときも、車に乗せてもらい、連れて行ってもらったから行けた、みたいなところがあります。

以前は、親を温泉に連れて行くという目的があったから、平気で長距離運転もできたのでしょうねえ。

また、当時は、マーチという小型車とは言え、一応は、普通車に乗っていたのもあるかもしれません。

今乗っている、アルトでは、遠出する気にはなりません。

同じ軽自動車でも、Iさんのハスラーは、まったく乗り心地が違いました。 

あの日は、昼食も、Iさんに作ってもらい、これまたIさんが持って来てくれた500ミリリットルの缶ビールを、運転しない僕だけが飲んだのですが、それを昼過ぎまでの4時間くらいで、2本飲むくらいのペースが、ちょうどよく、まさに何もかもがフィットした一日でした。

で、何が言いたいのかというと、体力の衰えに伴って、もともと弱かったアルコールもさらに弱くなったなあ、という実感。

つまり、これから先何年生きるかはともかくとして、体力はこれからも少しずつ落ちていくし、いろいろなものが衰えていくだろうということ。

自分に付随する様々なものが衰え、失われていく中で、その当然の帰結のように、内省的にならざるを得なくなっています。

で、そういう流れならば、その流れに沿って生きるしかない、と。

体調が悪いと、確かに気が弱くなるし、ペシミスティックになりますが、同時にそれは、内省への契機ともなり得ると。

まあ、僕は、アクティブな年寄りには、なれそうもありません。

体力がない人間はないなりに、お金がない人間はないなりに、何とか人生を生きていき、さらさらと流れていきたいものだと、思っています。


浦山ダムと出会いの丘


昨日は、朝7時半に、友人のIさんが来て、Iさんの車で、秩父市にある浦山ダムへ行きました。

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浦山ダムの駐車場に車を止めて、車を日陰にして椅子を置き、ダムを眺めながらの、対話。

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そのうちに太陽が移動して、車の日陰がなくなったのちは、隣接する建物の日陰に移動。

そして、また、対話。 

昼過ぎまで浦山ダムにいて、その後は、滝沢ダム方面へ。

山梨県へと抜けていく雁坂トンネルの手前にある出会いの丘の駐車場の片隅に車を止め、また、対話を継続。

帰りは、秩父市内を抜けて飯能方面へと向かう途中で渋滞もありましたが、19時半ごろに帰宅。

Iさんは、さらに僕の家から、東松山市にある自宅まで帰るのです。

僕は、今、フルリタイア状態で時間を気にすることなく日々を過ごしていますが、今も現役ビジネスマンであるIさんは、仕事の時間が占める割合が多いため、なかなか自分の時間はないようです。

そうした中での貴重な時間を、緑深い澄んだ空気の中で、過ごせたことを、お互い大変に喜んだ次第。



帰りの車の中で聴いた曲の一つです。


いつ死んでもいい覚悟


昨日は雨の中、友人のIさんが東松山市から来てくれて、そのまま僕の町にある湖に行きました。

その湖のほとりの小高い山の中に東屋があって、そこで雨をしのぎながら対話しようと思ったのですが、思いのほか雨が降っていて、東屋へと向かう坂道の階段に沿って水が流れ落ちているので、急遽場所を変更。

湖に来る道の途中にある、総合運動公園へ。

広い敷地の芝生の中にある藤棚へ行ってみたのですが、藤棚というのは日よけにはいいが雨除けには今一つで、ベンチが濡れている状態。

では、体育館の中の椅子へ、と思ったのですが、玄関へと向かう途中、Iさんが、あそこは、と指し示した場所が、ちょうど凹んだ空間。

屋根もあり、空間的な広さもあり、ということで、そこに決定。

Iさんが車に積み込んであるミニ椅子とミニテーブルをそこにセッティングして、対話をしました。

Iさんは、自身がベーシストでもあり、ロックに造詣が深く、音楽の話をしばらくしていたのですが、このまま行くと音楽の話だけで何時間も、というのも、と思い、話題を変更。

その後、実に様々な話をしたのですが、僕は、改めて、今の自由な時間を生きている暮らしが正解だなあと思うと同時に、いつ死んでもいい覚悟を持っていたほうがいいという気持ちを、さらに強くしました。

今、61歳で、もう、シニアと呼んでも良い年齢ですし、先のことはわかりません。

なので、今だけを見つめていようと、思った次第。

Iさんのほうは、僕より10歳若い51歳で、まだ現役のビジネスマンでもあるので、まずは仕事に集中し、お互い、マネーリテラシーの話や、共に抱えている住宅ローンの話、そして、共に信じる対象は違えど、お互いの宗教観なども、話し合いました。

ときどき、前を若者のグループや家族連れが歩く中、対話は流れるに任せて、ときどき、雨にけぶる風景などにも目をやったりしていました。

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14時ごろに始めた対話も、気がつくと18時になっていて、腰を上げた次第。

空は、ずっと曇っていて、雨も降ったりやんだりでしたが、実りのある4時間でした。

 帰りは、Iさんがピンク・フロイドのファーストアルバム、夜明けの口笛吹き、をかけながら、この時には、ギルモアは、いなかったんですよね、などと発言。

ピンク・フロイドのファーストアルバムを聴いたのは、僕はこの時が初めてでした。


感性と理性とのせめぎあいの果てに導かれた平安


霊的な光の感覚が、その頃の僕の、最後の拠り所でした。

この拠り所とは、幸福の科学で言うところの、信仰の命綱、でもありました。

精舎で感じる光、あるいは、東京ドームの講演会での光体験、これらが、実に強力な動機となって、僕の幸福の科学での信仰を支えていました。

それは、僕にとっての、エルカンターレ信仰の根拠でもあり、原動力でもありました。

しかし、その一方で、僕の理性が、度重なる矛盾の数々を、どうしても受け入れられずにいたのです。

よっぽど、矛盾になど気づかずに、無邪気に、信じ切っていた頃のほうが幸せだったとも思いましたが、いや違う、という自分がいて、苦しくても、不都合な真実と向き合う今の自分のほうが尊い、という思いもありました。

この、ぎりぎりのところの攻防は、到底短い文章で語ることはできません。

感情が揺れ動き、自分を制御することが難しいときも、ありました。

光体験を重視する感性と、矛盾に承服できない理性との、戦いでもありました。

この苦しみは、他人に話しても到底理解される類いのものではないことを、僕自身、わかっていました。

わかってくれる人がいるとしたら、同じ様な体験を通過した人だけだろうと思いましたが、そのような人は周りにはいませんでした。

そのように悶え苦しんだ日々ではありましたが、退会すると決めた頃だったでしょうか、僕の親友でもあり、法友でもあり、年下ではありますが、何かと頼りにしていたAさんに、苦しい心情を打ち明けた記憶があります。

Aさんは、自分の仕事が忙しいにもかかわらず、辛抱強く、僕の話を聞いてくれました。

当時、僕は、マンションで独り暮らしをしており、Aさんの住居も、僕のところから歩いてすぐのところにありました。

Aさんは、僕の気持ちを尊重してくれ、それで僕が本当に幸せになるのであれば退会するのは構わない、という趣旨のことを言ってくれました。

また、Aさん以外にも、僕よりもだいぶ年上の会員のSさんも、僕のマンションを訪ねてきて、話を聞いてくれました。まあ、このSさんには、僕の気持ちや考えは全く理解はしてもらえませんでしたが。それでも、わざわざ訪ねてきてくれたことは、ありがたく思いました。

それ以外には、当時の支部長とも話しましたが、こちらは短い時間でした。僕の、退会の決意が固いことを知るとあきらめたようでしたが、別れ際に、せめて6月まで保留しないか、と言われました。その間に、富士山の大爆発が起こるから、と、言っていました。

僕は、富士山も活火山だから、いずれ、そういうこともあるでしょうが、6月までに噴火するということはないと思います、と、答えたのを覚えています。

僕自身、当時、そうした、教団の天変地異の予言に、本当に嫌気がさしていたので、それは、即座に答えました。

寄る辺なき子さんは、おそらく、僕より信仰歴が長いと思われるので、法友を失う苦しみ、自分が根拠として立っていた足下の大地が消えていく苦しみを、体験されたことでしょう。

そしてその苦しみは、今も継続中かもしれませんが、その葛藤があってこそ、真実を見つけることが可能となるのだと、思います。

話を、元に戻しましょう。

光体験を重視する感性と、矛盾に承服できない理性、とのせめぎ合いに、どのように決着をつけたのか、あるいは、どのように、運命が僕を導いたのか、の続きです。

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結論から言うと、僕の、過去の宗教体験が、役に立ちました。

僕は、父が世界救世教の信者であったために、自然に父と同じ信仰を持つようになりました。学生部、青年部と、順調に、信仰生活を続けていたのですが、善悪の問題で悩み、教団職員に相談しても、そこでは答えが得られないことを知り、やがて、真理を求めて、さすらうようになります。

その後、統一教会の堕落論を知ることとなり、長年心を去らなかった善悪の起源の問題が解決しました。そして、統一教会に入信し、全財産を献金し、専従生活に入りました。

で、実は、世界救世教時代にも、統一教会時代にも、僕は、タイプの違う、神体験、をしていたことを、思いだしたのです。

世界救世教のときは、熱海にある救世会館という、建物内で、突然、霊感に打たれて号泣したことがありました。一緒にいた人が、びっくりした顔で、僕を見たことを、今でも、覚えています。当時は、十代で未成年でもあり、多感でもありましたが、霊体質でもあったのだと思います。

統一教会では、ツーデイという合宿で、神が現れて、長い間探し求めていた我が子よ、と言って、僕を泣きながら後ろから抱きしめる、という体験をしました。ああ、これが、生きた神なのか、と、思いました。それだけではなく、専従生活で、日々、伝道に明け暮れている中で、奇跡とも思える体験を、いくつかしています。

そうした、過去の宗教団体における神体験、光体験を思いだすに及び、この、幸福の科学での光体験も、それに類するものではないのか、と、冷静に分析できるようになりました。

少し余談になりますが、今年1月に、上祐史浩氏に会いに行った話は以前しましたが、彼の友人で、広瀬という人だったと思いますが、やはりオウム信者で、大変な秀才だったそうですが、その人も、最後は理屈ではなく、神秘体験によって、麻原に心酔し、サリン事件を起こしたとのことでした。

つまり、結論を言うと、個人の神秘体験や個人の霊的能力には、普遍性はない、と、いうことなのです。

ただし、普遍性はないが、その人にとっては、強力な体験であり、信仰を継続する上での大きな動機付けになる、ということ。

ここが、神秘体験や霊的能力の、功罪相半ばするところではないか、と、思います。

そして、そのことに気づいた僕は、さらなる検証と内省の日々を重ねていきました。


僕が今でも、貴重な体験だったと思う研修を、一つ紹介します。

それは、日光精舎での、八正道研修でした。

礼拝堂のピンと張りつめた空気の中、出された公案に対して思慧していく、というものでした。

このとき、僕の守護霊がすぐ背後に立ち、この機会を逃すまじ、という強い気迫で、僕にメッセージを送ってきたのです。僕は、自動書記のような感じで、送られてくる言葉をノートに殴り書きしていきました。

そして、その公案が終わったときには、その与えられた言葉の数々に、自分でもびっくりしたのを覚えています。そこには、自分でもうすうす気づいていた自分の欠点や課題、これからの方向性などが、書かれていたのです。

こうした体験から、僕は、精舎での研修などにも、かなりのめり込んでいきました。

こうした体験を積み重ねていくと、信仰の確信が深まるばかりで、その結果として、活動にも、熱心になっていきます。

その後、幸福の科学を退会した僕ですが、たとえば、今例に挙げた日光精舎での研修における体験は、今でも、守護霊からのメッセージであったと、思っています。

事実、その研修の後、僕は、そのメッセージを、日々の生活の中に生かすようにしましたからね。

シルバーバーチが説くように、守護霊なり、指導霊なり、導きの霊存在は、ラベルを選びません。

つまり、その機会、そのときで言えば、日光精舎での八正道研修が、メッセージを伝えるのに最適の機会であれば、それを活用するのですね。

たとえそのことによって、僕がさらにその信仰にのめり込むことになったとしても、それ以上に、その時僕に必要なメッセージを伝えることのほうが有益であれば、そうするわけです。

事実僕は、その後、そのメッセージを日々の生活の中に生かし、日常生活を改善していきました。

だから、僕にとって、幸福の科学での日々は、決して無益なものではありませんでした。

今でも付き合いのある、Aさんや、Iさんなど、有徳の人との出会いも、ありましたからね。

さて、僕の、こうした体験が、どれほど、寄る辺なき子さんのお役に立てるかわかりませんが、僕が退会するときのこと、そしてその退会は、決して安易な気持ちからのものではなかったことをお伝えできれば、多少なりとも参考になるのではないかと思い、記してみました。

もし、また、何か、書き込みたいことや、あるいは、僕の記述が飛んだ見当違いであれば、そうした指摘でもかまいませんので、コメントしていただければ、と、思います。

長い信仰から離れるときの不安は、それまで立っていた大地が失われるに等しいと、思います。

しかし、真実に向き合う勇気は、その不安に比例して、あるいは、その不安以上に、尊いものです。

それはまさに、真摯に人生を生きていることの証、でもあるからです。

そして、そうした、真実に向き合う勇気は、誰もが持てるものではありません。

大半の人は、それまでの自分の信念、あり方、費やしてきた時間や金銭や心情、その他もろもろの自我に付随する総体を捨てきれず、自覚するとしないにかかわらずそこに縋り付き、自己を客観視することなく正当化し、臭いモノには蓋をして見ないようにし、自分の見たいものだけを見て、自分の在り方を合理化するからです。

また、いかに優れた人であっても、その時期が来なければ、向き合う気にもなれないでしょう。

ただ、すべての人に言えることかと思いますが、それぞれの人のその人生こそが、その人の導き手なのだと思います。

そういう意味では、すべての人が、尊い修行者であり、永遠の旅人なのだと、思っています。




年末年始は格差が身に染みる時期かもしれないが


大手企業の冬のボーナスの平均は95万円で、二年連続過去最高を更新。

こうしたニュースが流れると、大半の労働者は、自分と比較して、様々な思いを持つでしょうね。

僕も、現役時代は、そうでした。

また、この時期、海外に繰り出す親子連れなどを見ると、金のない独身者などは、みじめな思いになるかもしれません。

事程左様に、年末年始のこの時期は、世の中が浮かれる分、不遇を託つ人にとっては、つらい季節。

さて、昨日は、和食よへいで、ここ数年、恒例になっているしゃぶしゃぶ食べ放題忘年会を、AさんとIさん、の、3人でやりました。

ここで思ったのも、考え方や感じ方は、三人三様であるということ。

それ故に、違う見解を持った人たちとの、語らいは、世の中を複眼的に眺めるのに役立ちます。


ただ、この3人は、基本的に、精神的なことを優位に置いているという共通項はあります。

それゆえ、それぞれの事象に対する見解の相違を認め合いながらも、より高次の視点を模索するという発展的な関係が築けているのだと思います。

Aさんからは、グレタさんやローマ教皇についての、また別の視点を、提示してもらいました。

また、Iさんは霊的感性が優れていて、たとえば、霊臭、と言って、霊のにおい、あるいは、霊界のにおい、などが、わかるようです。

Iさんは、日蓮系の宗教家庭で育ち、まあ、日蓮系と言っても、日蓮宗、日蓮正宗、あるいは、日蓮正宗からたもとを分かった創価学会、さらには、顕正会、など、あるのですが、千葉の、あるお寺の名前を出して、そこの霊的雰囲気の話などをしていました。

僕は、こうした話はとても好きで、Iさんは、ほかにも、トラックドライバーで全国を回っていた時なども、熊本県から鹿児島県に入ると、雰囲気が全然違う、とも言っていました。

雰囲気は、霊域ともつながるので、幕末維新で活躍した鹿児島の地の独特の霊域というのがあるのだと思います。もちろん、幕末維新前から、島津家の家風というか、一本筋の通ったところがあるのだと思います。

熊本も、加藤清正が治めていた地ですから、こちらもそれなりの気風があるのだと思いますが、それぞれの地にはその地独特の霊域があるのかもしれません。

Iさんは、特に、伊勢神宮の霊域の荘厳さというか、そうした話もしてくれました。

まあそのように、人は、この世に生きながらも、実は、その本質は、霊、なのだと思います。

シルバーバーチは、あなたとは何か、という章の中で、次のように言っています。

いったいあなたとは何なのでしょう。ご存知ですか。自分だと思っておられるのは、その身体を通して表現されている一面だけです。それは奥に控えるより大きな自分に比べればピンの先ほどのものでしかありません。

あなた方は本来が霊的存在であり、それが肉体という器官を通して自己を表現しているのだということです。霊的部分が本来のあなたなのです

それはこの全大宇宙を創造し計画し運用してきた大いなる霊と本質的には全く同じ霊なのです。つまりあなたの奥にはいわゆる〝神〟の属性である莫大なエネルギーの全てを未熟な形、あるいはミニチュアの形、つまり小宇宙の形で秘めているのです。


シルバーバーチの話をすると長くなるのでこの辺にしますが、霊臭を感じる能力のあるIさんは、それをギフトとして活用し、物事を判断する基準にしたり、あるいは、自分が間違った方向に行かないような歯止め、にもしています。

すべての人には、個性があり、特質があり、強みがあると思います。

それをどう活用し、生かしていくかは、当の本人に委ねられているのでしょう。

そう考えると、格差や、他人との比較ではなく、
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自己を掘り下げることこそが、まずはやるべきことだと思うのは、僕だけではないでしょう。

貧乏暮らしも、慣れれば天国

世間一般のカテゴリーで言えば、僕は、貧困世帯ということになるのでしょうねえ。

まあ、僕の場合、前提として、世間一般などを物差しにして生きてはいませんが。

まあそんなのんきなことを言えるのも、一人暮らしだからでしょうね。

つまり、しがらみが、少ないからではないか、と。

父の介護をしていたときの4分の1、その後、母の介助生活をしていたときの3分の1の、今は経済規模で、暮らしています。

というか、その規模で、暮らさざるを得ない、ということ。

地球の、生命進化の歴史を俯瞰すると、押しなべてすべての生物は、環境に適応して姿を変えたりしています。

人間も環境、特に経済的な環境の影響下にあり、それに対応して生活を変えるのは当たり前のこと。

僕の場合は、年金という島が、まあ、あまり大きな島ではありませんが、おぼろげながらも見えているので、そこに向かいながら、アップアップしながら浮かんだり沈んだりして、何とか非正規アルバイトという泳法で泳いでいるありさま。

泳ぎを止めれば、海の底に、沈んでいきます。


さて、昨日は、Aさんと映画を見たあと、Aさんの新居でしばし会話。

思えば、Aさんが新居を購入したのは、一年前。

だいぶ片付いたとはいえ、フルタイムの仕事をしながらの片づけなので、まだ整理整頓の途中という感じ。

新居で、AさんとIさんと僕の3人で、飲み会をやるのは、来年になるかなあ。

今年は、また、華屋与兵衛での、しゃぶしゃぶになりそうな感じです。

Aさんは、株式投資などの投資、つまり、攻めの経済はやっていませんが、守りの経済が強いのが特徴。

家計管理能力は抜群で、守りの経済の大切さは、Aさんから学ぶこと大です。


で、僕の強みは、お金を使わずに生活を楽しめること。

ただ、そのための前提は、ゆったりとした生活時間があること。

ゆったりとした生活時間があり、食うに困らないだけの経済があれば、僕にとってはそこは天国。

天国は、まさにあなた方のただ中にある、と、イエス様も言っていますが、ほんとうにその通りだと思いますよ。

60年生きてきた中で一番美味かったかき氷と人生の味わい

夏と言えばかき氷で、かき氷と言えば、埼玉県では長瀞にある阿佐美冷蔵が有名。

この時期は、かなり長蛇の列になることもあり、並んでまで食べたい味。僕は、まだこの夏は、かき氷自体を食べていませんが、その代わり、丸ごとスイカを4つ食べました。特に4つ目に食べた尾花沢産のスイカはおいしかったですね。

僕が、この60年の人生で、一番美味しいと思ったかき氷は、これ。


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凍らせたマンゴーをそのままかき氷にしたもの。

つまり、水は一滴も入っていません。

これは、那覇市のやちむん通りを抜けた商店街で、偶然入った店で食べたもの。

この偶然性がいいのですよ。

で、今日はかき氷ではなく、人生の味わいについての話。

ちょうど9連休の中日の昨日は、友人のIさんの家に、昼の12時半ごろ行きました。

Iさんの家は、駅から歩いて3分という好立地。

近くには有名な神社もあり、住環境は良いところです。

これは、Aさんの新居にも共通するところですが、住環境というのは不動産選びで一番大事なところ。

さて、気がついたら、Iさんの家に6時間以上も長居して、帰る頃には夕方に。

Iさんとは、互いの宗教観、さらに言えば、信仰観、人生観、などを話し合い、また、今後の投資戦略や、老後への見通しなど、多岐にわたって話をしました。

Iさんのアドバンテージは、僕より10歳若いことと、現役の正社員として働いているため、インカムゲインが僕の3倍以上あること。

Iさんの堅実な生活ぶりを聞くにつれ、マネーリテラシーなどについては、僕からアドバイスすることは何もないなと思えるほど、経済についても明るいことがわかりました。

それで、お互いに共通していることは、堅実な生活は大切だけど、旅行など、今だからできることも大事だよね、と考えている点。

たとえば、Iさんは去年の大晦日に、伊勢志摩方面に旅行中に 撮った写真をラインで送ってくれたのですが、やっぱ、行きたいと思ったときに、行ける状況であれば、行っておいたほうがいい、という点も同じ。

つまり、お金以上に大切なものが、機会、というモノ。

お金が大切なのはもちろんで、その前提の上での話ですが、機会、は大切。

それは、言葉を換えれば、タイムリーということ。

野球でも、ここで一本ヒットが欲しいというときのヒットと、大量得点差が付いていてもう勝ちが決まっている中でのヒットでは、そのヒットの重みと言うか、喜びが違うように、旅行や、食事でも、このタイムリー感は、大事。

先日僕は、大穀でAさんと会って鰻重を食べたときも、高かろうが鰻重が食べたいときは、鰻重がいちばん価値があるのですよ。松屋の牛丼が食べたいときには、牛丼並盛が無上の価値を持つようにね。

つまり、行きたいときにその行きたい場所に旅をすることの価値は、その金額以上のものがあるし、その機会は、逃すべきではない、ということ。

そうした、人生の楽しみも味わったうえでの節約であり、ローコスト生活がいいよね、というのも、Iさんとの共通点。

まあ、実のある話をしていると、アルコール抜きのお茶を飲みながらの話でも、あっという間に6時間が過ぎていきました。

と言うか、アルコールなしのほうが、人生の話をするときには良いようです。

また、飲食店などだと、そうそう長居はできませんが、今回は、Iさん宅での語らいだったので、時間も気にせず話し合えたのはよかったですね。

今年初めての鰻重で、エネルギーをチャージ

昨日、日曜日は、隣の市に昨年居を構えたAさんと会い、大穀で、食事をしながら会話をしました。

今年に入ってから、土用の丑の日にも鰻を食べなかったので、昨日は、鰻重の松を注文。

鰻重と言えば、昨年、母の死後、花火師で投資家のSさんに、鰻の名店で御馳走になって以来。

ほぼ一年ぶりの鰻は、さすがにおいしかったですね。

あれは、待ち時間も、味を良くしているのかもしれません。焼きに40分ほどかかりますが、と、店員さんが念を押していましたからね。


さて、Aさんと言えば、毎年、年末には、華屋与兵衛で、しゃぶしゃぶの忘年会をするのですが、この時に一緒に会うのが、ロック通のIさん。

Iさんは、Aさんや僕の年代とは、10歳ほど下になりますが、結婚歴もあるなかなかの苦労人。

ちなみに、Aさんも僕も、独り者。

僕は、今はすでに辞めている宗教団体に、このIさんも、Aさんも、属していて、未だに、交流が続いているというのは、珍しいケースのようです。

だいたい、宗教団体などのような、思想的な集団は、辞めたりするとそのまま縁が切れるのが普通ですからね。

僕が、この二人と今も交際を続けているのは、二人とも人柄がいいからに他なりません。

それと、Iさんとは、音楽的な趣味が合い、あるお宅で、数人で忘年会をしたときに、ロック談議で盛り上がりました。

そのときに、Aさんが、ベイシティローラーズが好きだったと言ったようなのですね。

で、そのときに、僕とIさんとが、それをディスったらしく、その話をAさんが持ち出したときに、僕のほうはほぼ忘れていて、そう言えば、僕やIさんの音楽の趣味から言ったら、ベイシティローラーズはちょっと、下に見るかな、と、思い、そんなことを言ったのかもしれないと、思いました。

Aさんも、特に音楽にこだわりがあるわけではなく、ただ、単に、意見を述べたまでで、さして傷ついているようでもなかったのですが、そうは言っても、安易にディスるのはよろしくない、と、思い直しました。

で、今日は、Aさんに謝罪も込めて、次の一曲を。




そのAさんですが、今回は、長めの休暇を取って、鹿児島に帰省するそうです。

帰省後は、那須のペンションに旅行にも、行く予定だそうで、なかなかの充実ぶり。

で、Aさんは隣の市の駅近の一戸建てに住んでいるのですが、その駅前から、羽田空港行きをはじめ、日帰りバスツアーなど、さまざまなバスが、発着します。

長い老後を見据え、将来は、一緒に日帰りバスツアーに行く話などでも、盛り上がりました。

まあ、それはだいぶ先の話になるので、直近では、恒例の年末のしゃぶしゃぶ忘年会。

また、Iさんと、Aさんと、僕の3人で、盛り上がりたいと、思っています。

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