介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

Aさん

愛のみ実在、光のみ実在



一昨日の記事に対する、なすびさんのコメントを契機に、

また改めて、内省の時間を持ちました。


20代の2年間、統一教会の暗黒思想に染め上げられた自分は、

退会後も苦しみの日々、でした。

出口が見出せぬまま、自己卑下と自己憐憫の日々。


そうした中、幸福の科学と出会います。

もう宗教はこりごりと思っていただけに、

簡単に入会、とはなりませんでした。


ただ、講演会で、光体験をし、

その後入会に至ったのですが、

びっくりするほどの次元上昇を体験しました。

まさに、自分を取り巻く環境が一変したのです。


その後、とんとん拍子に、ものごとが良いほうに進みました。

仕事も安定し、経済も潤い、自己評価も高くなりました。

暗黒思想が打ち砕かれたのです。

そのときに威力を発揮したのが、言霊の力。


愛のみ実在、光のみ実在、という言葉の力が、

長年僕を苦しめてきた暗黒思想を打ち砕き、

明るい世界へと導いてくれました。


キリスト教的に言うところの、聖霊体験もし、

恍惚的な高揚感に打たれたこともあります。


多少霊体質だったのでしょうか、

いろいろと感じることは、多かったですね。


そうした、内的な感覚が強まれば強まるほど、

ますます、教団への帰依心は強くなっていきます。

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結論から言うと、10年ほどはそれなりに熱心な信者でしたが、

その後、疑問を持ってのちの3年間は検証作業を行い、

そして、退会へと至りました。


退会はしましたが、

いずれの教団にも属していない今のほうが、

神、を、身近に感じます。


通常、退会すると、その団体を全否定しがちですが、

僕の場合は、そこで得た恵みも覚えていますし、

AさんやIさんという、尊敬できる友人も、

まだ教団に在籍しており、

彼らの信仰は、見習うべきものがあると、思っています。


愛のみ実在、光のみ実在

この言葉が、暗黒思想を打ち砕いたように、

また、圧倒的他力により、次元上昇をさせてもらったように、

人生は導きの中にある、と、

思っています。


この話を突き詰めていくと、

運命論について論じる必要があり、

それをすると、途方もなく長くなるので、

それは、数年後に始める予定の別ブログで、

真正面から、

論じることと、いたします。



 

意見交換が大切な理由



昨日は、年末恒例の、AさんとIさんと僕、との忘年会。

去年と同じ、坂戸市にある中華レストランで。

去年は、コース料理にしましたが、

今年は、各自が好きなものを頼むことに。


今年は、僕は予定よりも15分早く、

17時45分に到着したのですが、

二人はすでに駐車場におり、

今年も僕が一番最後でした。


で、18時スタートの忘年会が終了したのは、23時過ぎ。

店の人がオーダーストップを告げに来た後も話し続け、

閉店の知らせを受けてから立ち上がりました。

5時間以上が、あっという間に過ぎたことになります。


話の内容も多岐にわたり、

その詳細をここで話すことは不可能ですが、

意見交換することの重要性を、

改めて認識しました。


最後のほうで、

先日、Aさんと行った映画の話になり、

Iさんも、その映画の主役の永野芽郁を高く評価しているとのことで、

ちょうど、Iさんからその日いただいた書籍の栞としても、 

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彼女が映っており、

Aさんなどは、僕を誘って見たのが2回目で、

その後、3回見て、5回も見た映画だそうで、

同じ映画を5回も見るのは、凄いと思い、

まだ、ロングランでやっているので、

是非、Iさんにも見てほしい、とのすすめ。


で、話を戻すと、意見交換の重要性


一人で、自由に思索するのは良いとして、

どうしても、自分色のフィルターが濃くなってしまいます。

だからこそ他者の、

それも、すぐれた他者の見解が必要。

AさんとIさんは、まさにそのような他者の典型例。

だからこそ5時間が一瞬で過ぎ去るほどの、

濃密な語らいができるのだと思います。


ロングランになるのは、相当いい映画なのだと、



思います。




50代になっても透明感のある女性



50代になっても美人、

という女性は、そこそこいます。

でも、透明感のある美人となると、

数はガクンと減るでしょうね。


昨日、床屋に行ったのですよ。

これまで行っていた、飯能市の床屋を、

鞍替えして、今は東松山市へ。

ビバホームの中に入っている1000円カットへ。

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ビバホームに行ったときは、

必ず、ペットショップにより、

ワンコやニャンコを見たり、

ウサギや魚を見たりして、

隣接する生鮮トップは、寄ったり寄らなかったり。


僕が行く生鮮トップは、入西なので、

東松山の生鮮トップに寄るのは、イレギュラーというか、

他の用事のついでの時だけ。


で、昨日、その生鮮トップで買い物をして、

歩いているときに、Sヨンさんと会いました。

このSヨンさんと、前回会ったのは、

Aさんと、熊谷のイオンシネマに行ったときのこと。


前回、Aさんに誘われて見た映画が「そして、バトンは渡された」で、

これは、ユナイテッドシネマわかば、で見たもの。


その前が、ユナイテッドシネマ新座に行っていると思うので、

熊谷のイオンシネマは、前前前世ならぬ、

前前前回だったような気がします。


で、そのイオンシネマに、

Sヨンさんの娘さん主演の映画を、

見に行ったのですね。


そのときに、会っているので、

まだ記憶に新しかったこともあり、 

昨日また会って、

改めて、その透明感に感銘を受けた次第。


このSヨンさん、僕が35の時に、

幸福の科学に入信したときに会ったのが最初ですが、

当時彼女は20代の独身で、

まあ、当時もかわいらしい女性ではあったのですが、

その後、結婚して、Fさんとなったのですが、

在日韓国人か、在日朝鮮人か、わかりませんが、

あちらの苗字だったので、

Sヨン、というのは、名前のほう。


いつも、名字ではなく、

その、名前のほうで呼んでいたので、

今も、Sヨンさんと呼んでいるのですが、

その彼女も、3人の子供を育て、

いちばん上の長男は、大学を出て社会人だし、

長女は、やはり社会人で女優をしているし、

3番目の子供は、まだ学生でしょうが、

僕が幸福の科学を退会した後に、生まれたようで、

いずれにせよ、彼女は50代には違いなく、

50代であの可憐さと、透明感はすごい、

と、思いました。


まあ、はっきり言って、

女優の娘さんより美人です。

それで、透明感がある。

旦那さんは幸せです。

勿論、旦那さんのFさんも、

彼女に釣り合うような立派な人です。

まさに、絵にかいたようなユートピア家庭。


透明感は、豊かさでもあり、人の心を癒します。


生鮮トップで会って、

僕もびっくりしましたが、

あちらもびっくりしたようで、

だって、彼女は、東松山市民なので、

そのスーパーは日常でしょうが、

何で僕がいるんだ、と、思ったかもしれません。


まあ、挨拶だけして話はしなかったので、

お互いに、ただびっくりして、すれ違い、

会釈したという話でした。




久しぶりに、泣きました



このところ良い天気が続いていて、

家にいるのはもったいない感じ。


そうした中、親友のAさんから、お誘いが。

一緒に見たい映画があるとのこと。


正直、その時点では、

映画よりも、

映画の後、

Aさんと話ができると思い、

快諾。

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そして昨日の朝、Aさん宅へ。

そこから、ユナイテッドシネマわかばへ。


見た映画は、以下のもの。

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先入観も予備知識もなく見たのですが、

久しぶりに、泣きました。


しかも、3回、波のように押し寄せてくる泣き場。

これには、参りました。


泣くと、鼻水も一緒に、出てくるのですよ。

遠慮がちに鼻を咬みましたけど、

涙は、流れるままにしておきました。


その後、Aさんと、とんでんで食事をし、

3時間くらい話しました。


映画も食事も、Aさんにおごってもらい、

また、良い話もできた、大満足の一日でした。


そして、気づいたこと。


涙は、心を浄化する。


浄化されただけでなく、

とても、豊かな気持ちになりました。


これもまた、



大いなる豊かさへの道ですね。




 

老後計画の見取り図



僕は、今現在は、住宅ローンの支払い中で、

なおかつ無職の身。

偉そうなことを言える立場ではありませんが、

明るい老後を計画しています。


それは、僕の二人の親友、AさんとIさんの3人で、

将来、バスツアーに行けたらなあ、と考えているため。

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Aさんは、坂戸市駅前の住宅街に、

そしてIさんは、東松山駅前の住宅地に、

それぞれ一戸建てを購入し、住んでいます。


で、この3人は、毎年、深く語り合う仲。

で、将来、この3人で、バスツアーに行けたら楽しいだろうなあ、と。


たとえば、Aさんの住む坂戸市駅前からは、

各種バスツアーが出ています。

いずれ年を取ると、

バスツアーは、楽。


特に、泊りがけのバスツアーの場合、

複数人数での参加のほうがお得。

夜は宿で、たっぷりと、話ができます。


で、将来僕が、今よりも豊かになり、

川越駅前あたりに住むようになれば、

さらに、利便性は向上します。


老後生活の見取り図は、楽しいことの連続。



 

高市氏が日本の保険



まず初めに言っておきますが、僕は極めて政治には疎い人間。

そしてまた、支持政党は、ありません。

それ故にこそ、僕は、新聞は幅広く目を通します。

と言っても、ローコスト生活なので、新聞は図書館で読みます。


それ以外にも、僕の友人で、

沖縄問題の第一人者であるNさんのFacebookなどは、 

定期的に覗くようにしています。


あるいはまた、親友のAさんとも、政治の話はしますが、

まあ、そのときは、もっぱら僕が訊くことが多いです。


で、そうした、リアルに会って話せる人以外にも、

僕が、定期的に覗く優れたブログがあり、

そのブログ主であるブナガヤさんの意見は、

一聴に値するので紹介します。

少し長いですが、興味がある人は読んでみてください。

今回の衆院選の結果を中国はどう見ているでしょうか。
中国が興味津々で見ていたことは確かですが、結論から言えば短期的にはナイス、中長期的にはバッドといったところでしょうか。

まず中長期的のお話しですが、中国にとって野党第1党の立憲と日本共産党の野党共闘にはお手並み拝見といった気分だったことでしょう。
あれは同じ共産党ならすぐにピンっと来るはずの、典型的な「統一戦線戦略」だったからです。

共産党がまだ弱い勢力の場合、政権を獲得するためにはふたとおりの方法があります。
ひとつめは、じっくりと長い時間をかけて浸透してしまうウィルス感染型戦略です。
COVID-19は体内に浸透するとどんどんと増殖を繰り返し、遺伝子情報を書き換えて乗っ取ってしまい宿主を死に至らしめますが、似たようなことを共産党はします。

この「静かな侵略」にやられたのが、中国国民党でした。
気がつけば党の要職は皆共産党員で占められていたんですから、しょーもない。
たとえば毛沢東は国民党中央宣伝部長代行(ナニ宣伝すんだろ)で、周恩来は党の士官学校の政治部副主任でした。
日本の場合、共産党に特に狙われたのは教育界、メディア、官界、法曹界などです。

もうひとつの方法は、最大野党と統一戦線を組むという方法です。
中国では2回に渡って国共合作をやっていますが、それによって共産党は自らの党派色を消し去って「オール中国」に偽装することができました。
特に第2次国共合作は、今回の野党共闘によく似ていて、共産党は日本を巨悪の敵に見立てて、それに向けて団結しようと訴えました。
それにまんまと国民党は乗ってしまい、共産党軍は国民党軍の包囲せん滅から逃れられました。
もし、国民党が日本軍と共同作戦を組んで共産党軍討伐に向かっていたら、戦後の歴史はまったく別のものになったはずでした。

それはともかくとして、今回日本共産党が野党共闘を言い出した時に、中国共産党はおおっと思ったはずです。
なぜなら野党共闘とは、かつて自分らが中国をブン盗った方法そのものですからね。
日本軍を自民党に、国民党を立憲民主に見立てればわかるでしょう、まんまですよね。
中国は、とうとう日本革命の第1段階に日本共産党が乗り出したのか、するとこの衆院選の次あたりで「民主革命政権」が見られるかもしれない、と多少は楽しみにしていたかもしれません。

しかし、ご承知のように共産党が絵図面を描いた「民主革命」の夢は頓挫しました。
理由はいろいろありますが、何といっても野党共闘の笛に国民が躍らなかったことは大誤算でした。
共同の調査では、実に61%が野党共闘に反対しています。

東京新聞が悔しそうに書いているとおり共産党と組んだことで、いくつかの選挙区では接戦を演じることができましたが、それすら自民の根強い地盤を壊すに至らずに、統一候補で戦った6割の選挙区で負けています。
共産党が統一候補になった選挙区では、票を入れるところがなく自民に入れた立憲支持者も多かったようです。

このような選挙区での競り負けと比例の敗北によって、開票中盤から自民はみるみる盛り返していくことになります。
太田光という薄らバカ芸人が、猿のように甘利氏を「あんた戦犯じゃん。うひゃうひゃ」とあざ笑えたのも開票初めだけだったのです。

ちなみに、この共産党主導の野党共闘のオリジナルモデルこそ「オール沖縄」だったことはなんどとなく書いてきています。
しかし今回は、この沖縄ですら2選挙区で破れました。

これは選挙前段で行われた総裁レースで、いかに自民党が多種多様の考えを持つ政治家がいて、外交・安全保障政策以外全部違うという実態があけすけに伝わった戦略の成功だったことは疑う余地がありません。
ただ多くの時間を報道されただけではなく、自民党とはこんなに幅の広い議論をしている政党なのだと判ったことが最大の収穫でした。
河野氏と高市氏など、別の党でも不思議がないくらい主張が違いましたもんね。
もうほとんど立憲とそっくりの人から、真正保守までズラリと揃っているのが、自民党の強みでもあるのです。
ですから、どんな考えを持つ人でも迷ったら「自民党」に入れておけば、どこかに当たるので間違いありません(笑)。
熱狂的な自民党ファンが少ないために消極的選択となると自民を選ぶしかない、というところがいかにも自民党です。
まことに日本の現実そのものです。

かくして野党共闘から民主革命へと駆け上るという共産党の戦略は失敗に終わりました。
中国は、まぁそうなるだろうな、あのヘナチョコならそうなるわ、と思って舌打ちしたことでしょう。

さて次に、中国にとって短期的にはどうでしょうか。
これは選挙の余波として思わぬ「収穫」が二つ出ました。
なんと岸田氏が甘利氏の辞任を受けて、幹事長にあの茂木外相を据えたことです。
これは中国の意図せざることだったでしょうが、思わず膝を叩いたことでしょう。

え、立憲や共産党はどうなんだとおもわれるでしょうが、中国は野党のようなヘナチョコになにかできるとはまったく期待していません。
今回の野党共闘もうまくいったらご喝采ていどで、ほんとうの彼らの工作対象は戦後一貫して自民党でした。
それがばかばかしいほどうまく行ったのが20世紀最後の時期で、執行部が全員親中派リベラルで占められていた時期すらあります。
橋本、野中、古賀、加藤、山崎・・・、まだまだうじゃうじゃいますが、その最後の大物が二階氏でした。

中国は二階氏が幹事長から去った後の自民党対策をどうしようかと首をひねっていたことでしょうが、あの誰が見ても中国に弱腰の茂木氏なら与しやすいと思われても致し方ありません。
甘利氏の対中経済安保政策は、確実に米国の包囲網とかぶって中国を苦しめることが間違いなかっただけに、ここで甘利氏が退くことは、祝砲の一発くらいは鳴らしたい気分だったことでしょう。

そのうえに、中国にとっての朗報はまだまだ続きます。
茂木外相の後釜に指名されたのが、願ってもない日中友好議連会長の林芳正氏だったことです。

林氏は来年に向けて再度の習近平の訪日を狙ってくる可能性があります。

そのうえまだまだ中国にとっての朗報はあります。
中国のチベット、ウイグル問題に厳しい長尾敬氏が落選してしまいました。
長尾氏は、国会でのウィグル非難決議の原動力のひとりで、二階氏に掛け合いに行ったひとりです。
ああ、残念!

こういう人事をするようだと、岸田氏が対中原則外交と言っていたのも、にわかに怪しくなります。
すると、元来自民党に根強くあった親中体質が、そのまま温存されることになります。
そう思うと、いかに高市氏が自民中枢にデンっと座っていることが、日本の保険になっているかわかります。


うーん、左寄り新聞の代表格、東京新聞が、悔しがるのもわかります。

中国がいかにしたたかであるかをわからないと、

大局を見ることはできません。

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まあ、今回の選挙でわかったことは、

日本国民は、そう愚かでもなかったな、ということ。


枝野さんなどは、同じ埼玉県人でもあり、

人間としては悪い人でもないと思いますが、

あまりにも視野が狭く、大局がわからなすぎ。


最後に、このあいだの衆議院選挙でどこに入れたか、

そして、その理由を言います。

僕は、埼玉9区という場所に住んでいるのですが、

自民党と立憲民主党、共産党が立候補していました。

支持政党なしの僕としては、どの人に入れても良いわけです。

結論を言うと、小選挙区では、誰にも入れず、

比例区のみ、日本維新の会に入れました。

理由は、松井代表も言っていましたが、

まず、自らの報酬をカットして、

つまり、自分が率先して、

痛みを引き受けて頑張っているところが評価できる、と。

それと、大阪府知事である吉村さんの、

国がコロナでもたもたしているときも、

リーダーシップを発揮して対応していたところ。


幸い、埼玉県は、比例区で2名、

維新が当選したので、死に票にならずに済みました。


まだまだ言いたいことはたくさんありますが、

政治的な発言は戒めているので、

ここまでとします。



小さな喜びを見つけていく



月6万円のローコスト生活を送る僕の楽しみは、

日帰り入浴施設めぐりと、小旅行。

久々に県外にと思い、群馬県に行ってきましたよ。


下の道でのんびりと走り、本庄市あたりで昼食。

伊勢崎を経由して、前橋、渋川へ。

いせさき市民のもり公園は、日曜日のためか子供がいっぱい。

テントを張っている人が多かったですね。

人に向けてシャッターを切るわけにもいかず、

散歩だけして、

華蔵寺公園へ。

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遊園地はコロナで閉鎖していましたが、

水場の周りを散歩。

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敷島公園横のバラ園にも寄りました。

前橋と言えば、萩原朔太郎と僕の親友のAさん。

Aさんが鹿児島から上京後、最初に住んだ関東の場所が前橋。

その後は、埼玉県に移住し、以後ずっと埼玉県に住んでいます。

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前橋は県庁所在地ですが、高崎のほうが都会ですね。

まあ、それはいいとして、宿へ。

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窓から見えるのは、榛名山かな、と。

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逆光で見にくいですが、ホテル横にある、5階の高さにある風呂。

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うーん、昼はしっかり食べたので、夕食は軽め。


 帰りは、ほぼほぼ同じ道で帰ったのですが、

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ここの風呂には入らずに帰りました。

運転がつらくなると思って。


敷島公園の池のほとりでのんびりしたりなどして、

おそらくAさんも、鹿児島の日置市から関東に来て、

慣れない地での青春時代、

おそらく、敷島公園を散策したであろうと思い、

萩原朔太郎もAさんも、

共に繊細な人であることに気づき、

ゆっくりと、帰ってきました。


往復の距離を測ったら、180キロ。

今の僕には、このくらいの距離の一泊旅行が最適解。


宿は楽天ポイントを使ったので、

出費は、食事代の、2000円ほどでした。

ちなみに、朝食はバイキングだったので、

二日目は昼食は必要なかったです。



古代と聖域



昨日は、ちょっとした相談があり、親友のAさん宅へ。

還暦を過ぎても、まだ現役社会人のAさんは、やることが多く、

まだ、自分のことだけに集中する環境にはないようでしたが、

新築の2階3部屋は、その用途に合わせて、

だいぶ空間整理が進んでいました。

その話は、またあとでするとして、

そのさらに前日の金曜日、

古代蓮の里に行ってきました。

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この時期は駐車場料金が発生することもあって、

僕は、さきたま古墳群の駐車場に車を停めて、

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まずは古墳内の道を歩き、

そこを抜けてからは、

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およそ2キロほどの道のりを歩きました。


用水路沿いの誰もいない夏の道は、

歩いていて気持ちいいからでもあります。

ウシガエルだと思いますが、鳴き声が聞こえました。


古代蓮の里を散策。

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咲いている花びらもあれば、

落ちている花びらもあり、

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まるで、人生のよう。

小一時間ほど散策し、また用水路沿いの道を、

さきたま古墳群へと戻って、帰路につきました。


で、先ほどの、話に戻ると、

Aさんの2階の空間は、聖域でした。

一階は、まだ片付けの途中でしたが、

忙しい時間の合間にできる範囲で片付けと整理整頓を、

している様子がわかりました。


仏教では、泥中の蓮のたとえがあります。

蓮は汚れた泥の中で綺麗な花を咲かせます。

「泥中の蓮」の意味は「汚れた環境でも染まらず清く生きること」


僕は、Aさん宅の2階の空間にいるときに、

その泥中の蓮のたとえを、感じたのです。

Aさんの置かれていた環境も、

決して容易いものではなかったはず。

しかしその中で、Aさんは、

見事に蓮の花を咲かせて生きてきました。

それは、見る人が見れば、わかること。


僕も、古代蓮とAさん宅の2階の聖域を見るにつけ、

そのようにありたいものだと、思いました。




 

人生をさすらうだけの人



ブリュッセルには行けなかったものの、帝都には行けましたよ。

6月10日、またもや、Aさん宅に車を停めさせてもらい、都内へ。

豊洲でゆりかもめの一日乗車券を買い、新橋へ。

新橋では、お目当ての、店が長蛇の列。

並ぶのが何よりも嫌いなので、別の店で昼ご飯を食べて、

再びゆりかもめに乗り込む。

無人運転なので、一番前の席に。

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パレットタウンのある青海駅へ。

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ゴンドラに乗り、

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ビーナスコート内も見て回りなどして、

早めにホテルへ。

あ、今回も、ホテル代は楽天ポイントで。

屋上の露天風呂で汗を流し、日光浴をした後、再び外へ。

ゆりかもめを乗り倒して、夕方は、かつて働いていた竹芝界隈に。 

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内省の夕方。

僕の旅は、遠出であろうと近くであろうと、

自分との対話のため。

だから、旅をしている間は、ずっと無口です。


翌朝、つまり昨日の朝ですが、BSで、

シチリア島山間部の小さな村、スペルリンガ、を見て、

洞窟の中に住んでいる人もいるのだなあ、と感心。

僕の家には、BSアンテナはないので、

ホテルに泊まるときくらいしか、見ることはありません。


ホテルを出て、日比谷公園へ。

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ユリがたくさん咲いているのにはびっくりしました。

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お昼になるとたくさんの会社員が、

コンクリートの箱の中から、

集まってきました。


あるいはその一方で、

行く当てもないから公園にいるように見える人もいたりして、

そうした人々を、眺める僕も、

人生をさすらうだけの人。




人の心配をするほど自分は偉いのか



ちょっと今日は懺悔というか、

自分の傲慢さを反省しようと、これを書いています。

日曜日に、Aさんと映画を見に行った後の夕食のとき、

会話をしたのですが、その中で、Fさん家族の話題が出ました。

このFさんのことは、

ゴールデンウイークにIさんが我が家に来た時も話題に。

実は、このFさん夫婦の長男が、

大学の認可をされていないHSUというところを卒業後、

幸福の科学の職員になったことを、僕は危惧していたのです。

社会経験を積まないまま、宗教団体の職員になるのは、

本人のキャリア上、良くないのではないか、と。

まあ、本当に、Fさん家族からすれば、大きなお世話の話ですが。

でも、Iさんが我が家に来た時に聞いた話では、

Fさんはビジネスで成功しており、

将来息子さんが、還俗しても、大丈夫であることを知り、

経済的には、問題ないことがわかり、

僕のお節介な心配も、杞憂であったことがわかりました。

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そしてさらに、日曜日の夜の、Aさんとの会話で、

子供たちが、3人とも父親が大好きであることも知りました。

子供3人のうち、すでに二人は成人しており、

長男は宗教団体の職員、長女は女優で、

その大人になった二人を含む3人の子供が、

お父さんが大好きで尊敬しているという話を聞き、

僕は、余計な心配をしたことがわかっただけでなく、

自分が恥ずかしくなりました。

僕は、と言えば、職を転々とし、

結婚も、子育てもせず、

ただ、流れるままに生きていたわけで、

そんな立場で、よその家族のことを心配するなど、

傲慢にもほどがあると、痛感しました。

自分はどこかで、悟ったような気になって、他人を、

批判的に見ていたのだなあ、と、反省。


まさに、Fさん家族は、家庭ユートピアを実践しており、

心配するどころか、見習わねばならない存在。

まったく自分は、どこまで慢心していたのかと、

Iさんと、Aさんから、 また、気づかされました。

だからこそ、法友というのは、尊いのですね。

まあ、僕はすでに、退会した身ではありますが、

そうしたラベルに関係なく、

求道心のある友人たちとの語らいの中で、

気づかされることは多いと、思っています。



たまにはスーツを着て、宝石をつけて



昨日は、友人のAさんと、映画を見たのですが、久しぶりにスーツを着ていきました。

本当にもう、リタイア生活が板につき、すっかりラフな格好で日常を送っているので、

たまには、スーツでも着てみようと思った次第。

指には、宝石も、して行きました。

誕生石のアクアマリンを左手の中指に、
 
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2カラットのダイヤモンドを右の人差し指に。

で、見た映画は、以下のもの。

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実は、この主演の長谷川奈央さんは、僕はあまり評価していなかったのですが、

今回は、とても良かったです。

妖艶さが前面に出て、妖魔の面目躍如。

主役の市原君も、スッと芯の通ったイケメンでしたが、

僕が感心したのは、永島敏行さん。

60代で、あれだけのカッコ良さを保てるのは、見習わねば、と思った次第。

で、その後、Aさんと夕食を食べながら、話をしたのですが、

忙しいAさんと話せるのは、年に数えるほどなので、貴重です。

映画代を出してもらったので、食事代は、本来ならば僕が出したいのですが、

今は無職の身なので、割り勘にしてもらいました。

まあ、Aさんはリッチですから、僕が経済的に苦しいようなら奢る気だったようですが、

僕も、何とか、来年の年金受給までの経済の見通しは立ったので、そこは割り勘でお願いしました。


Aさんは、まだすぐにはリタイアできる状況ではないようで、

でも、自由な時間が持てるようになったら、やりたいことが目白押しのようで、

僕も、Aさんがリタイアした暁には、10時間でも20時間でも話をしたいので、

その日を、待ち望んでいます。

とにかく、心の友がいるということは、ありがたいこと。

そして、この上なく、幸福なことです。


また、映画の話に戻りますが、

女心について、いつになく、考えてしまいました。



女心がわかるには、僕には修行が足らな過ぎます。




 

お金持ちになる3つの方法



お金持ちになるのは、理論的には、そう難しい話ではありません。

これから書くことも、特別な秘密でもなんでもなくて、

おそらく、誰もが知っていること。

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では、サクサクと話を進めましょう。


1番目は、もともとお金持ちの家に生まれること。

まあ、身も蓋もない話ですが、ピケティの著作を持ち出すまでもなく、

お金持ちは、だいたいずっとお金持ちであることが多いです。


 2番目は、自分の才能を生かして仕事で稼ぐこと。

自分の才能を生かし切ることができれば、

ほぼ確実にお金持ちになります。

ただ、これは、裏を返せば、

仕事をやらされている社畜では、無理だということ。

社畜は、毎日がつまらないうえに、

やっと生きていける程度のお金しか稼げません。


3番目は、お金に働いてもらうこと。

これはつまり、資産がお金を生み出すということで、

FIREした人などに見られます。

たとえば、株の配当収入や賃貸業で暮らしている人たち。

このカテゴリーは、1番目と違って、最初は会社員をしたりしながら、

一定の収入を投資に回してリタイアした人、などが多い印象。


1番目の、もとから金持ちの家に生まれるのは、

経済的には、最初から上がりの人生ですが、

別の見方をすると、成り上がってく快感は、最初からない状態。

あまり、エキサイティングな感じは、しませんよねえ。

ただ、斎藤一人さんのように、金持ちの家に生まれながら、

さらに、エキサイティングな道を歩める人もいます。

こういう人は、特別な使命を持った人。

ここに深入りすると話が長くなるので、先に行きます。


で、結局、大半の人に当てはまるのは、

働いて、仕事を通してお金持ちになる、という道。


僕の親友のAさんなどは、

キャッシュで一戸建てを買える経済力がありながら、

敢えて、住宅ローンを組んで、数年前に一戸建てを購入しました。

で、彼のすぐれているところは、

収入が上がっても生活レベルを上げなかったところ。

だから、どんどん預貯金は増えていくわけです。


さて、話を進めると、大半の人は、ゼロからの出発です。

そして、自分のキャッシュポイントを見つけて、

成功し、お金持ちになっていく
、と。

この道が、やはり王道なのだと思います。





長くなったので、今日は、ここまで。




孤独を見つめながら歩く



内省への思いがやみがたく、

期限付きの楽天ポイントを使って、

お台場へ。

車は、いつものように、

親友のAさんのところに停めさせてもらいました。 


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 花と孤独。

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花や緑を感じながら歩き、

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さらに、歩き、

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そろそろと、ソロ活的に、歩いて、

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パレットタウンへ。

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ゆりかもめ内もすいていて、

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月と孤独。

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泊まった部屋の11階から、人の暮らしを眺め

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海抜2メートルの孤独。

また今日も、海沿いを歩き、


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人の暮らし、というものを、眺めます。


歩いていると、自分、というものが、拡散していきます。

咳をしても、ひとり。


凛とした風となって、

吹き抜けていくように、歩きます。





天涯孤独者の老後のアルバイトと保証人



このブログも、今年の3月で5年になります。

そして、いろいろなことを言ってきました。

基本的には、あまり働きたくないと言い続けてきた僕ですが、少しばかり、考えが変わってきました。

ローコスト生活で生き抜くスタンスは変わりませんが、やはり、多少でもアルバイトをしたほうが、断然、暮らしが楽になることを痛感。

もし、去年の11月にアルバイトを始めていなければ、洗濯機を買い替えることもできなかったはず。

本当に思いがけず働きだしたアルバイトですが、前職に引き続き、保証人が必要となり、今回は、僕の親友のAさんにお願いした経緯は、すでに過去記事で書いた通り。

で、一年ごとの契約で3月までは雇用期間でしたが、現場の喪失により、退職の流れが濃厚となってきました。

そんな状況の中で、改めて思ったのは、せっかく慣れてきたアルバイトなので、何とかこのまま続けたいということ。

何よりも、また転職で、保証人を要求されるのもつらいのですよ。

こういう時の、天涯孤独者は、弱者そのもの。

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幸い僕は、良い友人に恵まれ、保証人の問題をクリアーできましたが、

また転職で、あれこれ書類を揃えるのも大変ですしね。

さりとて、現場にそのままいられる場合でも、会社を移らねばならず、

また、それはそれで面倒な手続きがあるのですが。


 

何とか、アルバイトの雇用が継続して、

いい気持ちの老後生活を送りたいものです。




怖れていたことが起こってしまいました



怖れていたことが起こってしまいました。

より正確に言うと、懸念していたこと、です。

雇われている会社での、ダメ上司のことは、過去にも話しています。

まあ、僕のような従業員というか、下の者にいい加減な対応をしているのは、百歩譲って仕方ない、とあきらめるにしても、あのような態度で、顧客に接していたら、契約関係を切られるのではないかと、怖れていたのですよ。

僕は、今のアルバイトは、去年の11月からなので、雇用契約は3月末まで。

で、その後は、よほどのことがない限り、自動契約というか、そうなるのですが。

ただ、僕は、その上司のダメっぷりに遭遇してから怖れていたのは、現場を失うのではないか、ということ。

いくら、僕たち、下っ端のパート従業員がまじめに仕事をしていても、その現場の担当者、つまり、僕の上司、が、あのいい加減さでは、相手が怒ってしまうのではないかと、思ったのですよ。

で、案の定というか、担当から電話があり、他の会社に現場を取られたので、3月末で、雇用は終わりです、と。

あんまりあっさり言うので、しばし、呆然。

僕が、怖れていたこと、というのは、まさにそのこと。


僕も、3か月が経ち、やっと仕事にも、また、職場の人間関係にも慣れてきた矢先の、この通達。

ただ、僕は、

人生には抵抗しない

ということをモットーとしているので、

即座に受け入れました。

わかりました、そういうことなら、仕方ありませんね、と。


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ただ、このアルバイトに就くときに書いた18枚もの書類や証明書の数々。

あるいは、保証人を依頼したAさんを、はじめ、

いろいろな人のおかげで、せっかく就いた仕事なので、

その点だけは、もったいない気がしています。




変化する環境を楽しむ好奇心は、

まだまだ健在なのですがね。



僕が寂しさを感じた時のこと


僕自身は、孤独耐性があり、孤独には強いほうだと自負しています。

若い頃は、真逆でした。

ペシミストでしたから。

で、基本的には、一人で内省的な生活をすることに深い喜びを覚えているのですが、最近感じた孤独、寂しさについて、話そうと思います。

最近と言っても、それは、去年のことになりますが、長野県の渋温泉に行ったときのこと。

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このブログでも、その旅行のことは少し書きましたが、11月のことです。

で、渋温泉の温泉旅館で、外湯めぐりを終えて、くつろいでいた時だから、17時半ごろでした。

急に、孤独を感じたのです。

温泉旅館は、一人暮らしになってからは、滅多に行かなくなっていました。

その理由は、一人で行くには不経済だし、ビジネスホテルのほうが楽だし。

でも、そのときは、例のgo-to-キャンペーンもあって、ちょっとお高い宿に泊まったのです。

で、18時から、夕食で、その前の時間だったのですが、急に襲ってきた孤独感。

広い部屋に一人。

そして、これから、個室での夕食も、一人。

これまで、温泉と言えば、親を連れてのもので、いつも、語らいながら楽しく食事をしていたころのことを思い出し、ああ、もう今は一人なのだと、実感。

すると急に、何もかもが、味気なく感じだしたのです。

そして、そこに一人いる、一人在る自分というものが、持ちきれなくなっていました。

ちょうどそうしたときに、iPhoneが鳴り、見ると、Aさんからの着信でした。

なんだか、救われたような気持になり、しばし、会話。

その電話は、珍しく、Aさんからの頼みごとの電話でした。

僕は、すぐに快諾。

だいたい、Aさんからしてもらったことと、僕がAさんに何かしたことを比べたら、9対1くらいの割合で、僕が、してもらうばかり。

なので、快諾したのですが、そのときに、今、渋温泉にいることを伝えはしましたが、そのときの心境については、特に触れませんでした。

急激な落ち込みのような孤独から、Aさんとの会話によって救い上げられた僕は、そのまま、時間になって、一人、夕食の用意された個室へと行ったのでした。

あの時、Aさんからの電話がある前のあの孤独感、を思い出すとき、そこには、向かい合うべき孤独、というものがあるように感じます。

孤独は、善でも悪でもありません。

そこに一人在り、ふと、それを寂しいと感じる、気持ち、です。
 
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また、このことは、後日、書く機会があれば、と、思います。



 孤独、と言えば、浅川マキ。

名曲、裏窓を、味わいながら。



ワンルームでの在宅勤務はつらい


僕は、エッセンシャルワーカーなので、在宅勤務にはなりません。

この3連休も、一日は、仕事に行ってきました。

あ、アルバイト、ですけどね。

時給は、930円です。

で、生活費はとても少なくて、それでやりくりしているのですが、それができるのは、おそらく、介護のために、54歳のときに建て替えた家が快適だからではないか、と。

これは、僕の友人の、AさんやIさんにも共通するのですが、この二人も、住環境の良い一戸建てに、一人で住んでいます。

僕の家は駅からも多少遠く、住環境的には、駅近に住む二人よりも劣りますが、その分、田舎なので静か、です。 

で、Aさんも、Iさんもやりくり上手で、マネーリテラシーもしっかりしていて、質素ながらも堅実な暮らしぶり。

どうやらこの3人は、そんなところも似ているように思います。

つまり何が言いたいのかというと、住環境が快適だと、お金を使わなくなるよ、ということ。

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そんな中、気になる記事を見つけたので、紹介します。


うーん、僕も、ワンルーム暮らしの経験があるのでよく理解できます。

テレワークは、良いことばかりではないですよね。

やっぱり人間には、スイッチの切り替えが必要だと思います。

僕も、アルバイトがなかったら、おそらく、この3連休はごろごろしながら、焼酎のお湯割りでも飲んで、ぐうたらしていたでしょうね。

ぐうたら自体は好きですが、だんだん深みにはまると、体力が落ちて、やる気もなくなっていきますから、今のアルバイト暮らしが最適解なのかもしれません。



やっぱ、ワンルームと言えば、若者の暮らしの象徴、って感じでしょうか。





人を許さないと苦しくなるのは自分


昨日は、コロナ禍での、3人での忘年会に触れたのですが、その中で、3人の奇妙なシンクロニシティについても書きました。

シンクロニシティとは、共時性とか、同時性、ということ。

で、僕も、Aさんも、Iさんも、多少の時期こそ違え、同時発生的に、体験したことが、得も言われぬ幸福感と、人を許すということ。 

得も言われぬ幸福感のほうは説明が難しく、これに言及すると、相当スピリチュアルな領域に踏み込むことになるので、今日は割愛します。
 
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で、今日、触れるのは、人を許す、ということについて。

これについては、AさんとIさんの話してくれた体験から、僕も深い気づきを与えられました。

人間は不完全であり、その未熟な人がこの世を生きるとき、どうしても、行き違いや葛藤、誤解、いわれのない非難、などが生じます。

そうした、理不尽とも言える現象に対する姿勢、についての話、でした。

その話を、AさんとIさんの実体験を踏まえた見解を聴くことができ、僕も、大いに気持ちが楽になりました。

誰しもが、裁き心、というものを持ってしまうことがあります。

主イエスも、裁くなかれ、みたいなことを言っていますね。

  1:「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。2:あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。3:あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。   4:兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。5:偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。6:神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。」聖書:マタイ福音書7章◆人を裁くな


僕はクリスチャンではないのですが(それには僕なりの理由があるから)、主イエスは敬愛しています。

クリスチャンではありませんが、聖書は複数持っていて、ときどき、いろいろなところから、生きる糧、と言いますか、指針を与えられています。

思えば、この世は裁きの念であふれている、のかもしれません。

とりわけ、コロナ禍の今年は、そうした空間が至る所にあったのではないでしょうか。

「あの人は最低だ、何もわかっていない」こんな言葉が、職場や家庭内、あるいは、長年の友人関係の中でも囁かれ、つぶやかれたことでしょう。

たとえ口には出さなくても、心の中で裁き合っているなら、それも、同じことです。

そうしたことを見つめていると、人間の持つ罪深さ、と言いますか、原罪、の考え方も、理解できなくはありません。



この年末は、深く、内省する時間を過ごしていきたいと、思っています。



それぞれの仕方で、究極を目指す


昨日は、AさんとIさんと僕の3人で、忘年会。

コロナ禍であることを、鑑み、個別中華のコースでの食事会。

そこで、改めて、3人の共通点と修行課題を確認。

シンクロニシティという言葉がありますが、まさに、それを、感じた次第。

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3人とも、確実に、それぞれの修行の階段を上っています。




うーん、僕たち3人は、それぞれの仕方で、それぞれの究極を、目指しているのかもしれません。


 

未完成な世界に生きる悲しみ


この世を生きることは苦しみも多く、また、悲しみも多いです。

だからこそ人は、ときどきでも、旅をしたくなるのかもしれません。


今回もまた、近場の旅。

武蔵一宮氷川神社に、行ってきました。

長い参道を歩くだけでも、レジャー。

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さいたま新都心駅で降りて、歩けば、その長い参道を歩けます。

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僕は、3月生まれなので、自分の月のものをパチリ。

すべての月の一転語が、参道沿いに貼り出してありますよ。


そして翌日は、宿を出ると、西大宮駅まで歩きました。

そして、川越経由で帰宅。

マイカーは、僕の友人のAさん宅の駐車場に停めさせてもらいました。



悲しいことが多い人生ですが、その中で、喜びを見つけるセンサーだけは大切にしたいと思っています。



 

今も友人でいる人たちの共通点


昨日は、友人Oと、町内の湖のほとりで、3時間ほど語り合いました。

僕の人生において、この友人Oは、エポックメイキングな存在です。

どういうことかというと、人生の大事な局面で、僕は助けてもらっているから、です。

いちばん大きかったのは、彼の紹介で入った会社から、事実上の僕の会社員としての安定した日々が始まったし、その前には、僕が、20代で、統一教会から逃げ出して、最初に駆け込んだところが、当時彼が住んでいた武蔵境の公団住宅でした。 

また、彼は新し物好きなので、パソコンにもいち早く着目していたため、事実上のパソコンの師匠は、友人Oということになります。

事程左様に、いろいろなところで助けてもらっているのですが、つい最近では、アイフォンから中華スマホに換えた際に、ウィルスバスターというセキュリティソフトを入れたのですが、それも、彼のアドバイスで、無料のカスペルスキーセキュリティに換えました。

まあ、そうした細かいことまで挙げればきりがないほど、彼には助けられています。


さて、僕は先日、改めて、今も付き合いが続いている友人たちに共通するのは何だろうと、考えてみました。

そして得た結論は、彼らは一様に、精神的に独立している、ということ。

たとえば、このブログでもよく登場する、AさんやIさんなどは、宗教的なバックボーンがあるとはいえ、精神的な自立と同時に、人格的にも優れています。

また、ときどきこのブログにも同じく登場する、花火師で投資家のSさんや、そのSさんの師匠でもあるTさんなども、長年投資で培った精神性からか、自己責任の意識が強く、独立した気概を持っています。

それ以外にも、今も付き合いのある人に共通するのは、自分の人生に責任を持ち、他人を恨むことがない、あるいは、自分の責任を他人のせいにしない、という点が挙げられます。

これに反し、僕が、もう付き合うことは難しい、僕の許容範囲ではない、と思った人は、自分を反省することなく、他人のせいにする人、あるいは、依存心が強く、自分の思うように相手が行動しないと、子供のようにへそを曲げる人、です。

勿論そういう人であっても、僕が付き合ってきた人というのは、それ以上に良い部分があったからでもあるのですが、しかし、その良い部分を加味したとしても、その依存心や自分の非を認めない姿勢は、もはや僕の許容できる範囲を超えてしまったのかもしれません。

つまり、僕もそれだけ、年を取るにつれて精神的にタフではなくなった、ということなのだと思います。

 
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るように生きるのではなく、気楽に生きていきたいと思っています、猫のようにね。




お互いの自由を尊重する在り方が、軽やかで心の負担もなくて、いいですよね。

それは、友だち同士だけでなく、すべての人間関係において言えることなのかもしれません。




アルバイトでも採用時には保証人が必要だった


僕が今年の5月で辞めたアルバイトですが、しっかりした会社だったためか、提出する書類が多かったのですよ。

アルバイトによっては、そんな書類関係など一切要らないところもありますが、そこは一応、一部上場会社の系列だったので、そうだったのかもしれません。

で、僕が一番苦労したのは、保証人。

天涯孤独のおひとり様にとって、保証人を出せ、と、言われるのはつらいこと。

バイト仲間は、皆、シニアで、妻あり子あり孫ありで、保証人などいくらでもいるようでした。

まあ、独り者でも、弟とか妹とか、現役世代で働いている者がいれば、そうした兄弟に頼むこともできますが、 なにせこちとらは一人っ子と来たもんだ。

つまり、正真正銘のおひとり様なのですよ。

で、今後、働くことがあるとしても、もう、保証人を要求してくるようなところは、こっちから願い下げだい、などと思ってたのですが、今回も保証人が必要でした。

前回は、親戚など、親族の保証人が必要で、いとこにお願いしたのですが、今回は、友人でも可、ということで、Aさんに、お願いした次第。

今週は、月曜日から金曜日まで働き詰めで、そのうち2日は、さいたま市まで行っての一日研修。

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圏央道の開通で、そのインター付近は混雑。

川島町を抜けるのが、なかなか時間がかかりました。

さりとて、川越市内を通過するコースは、市街が混みますから回避。

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こんな土手の上の道も、通勤時は混雑。

視界前方右手に見えるのは橋で、その上の車の渋滞も見えるかと思いますが、こちらの土手上の道の合流地点まではノロノロ運転。

まあそんな感じで、さいたま市まで行きましたが、距離を測ったら片道32キロでした。

距離自体は、大したことはないのですがねえ。

朝の通勤時間帯は、行くだけでも大変。

とまあ、そんな感じで、5日間は何とかこなし、来週、再来週と、だんだんと仕事にも慣れて行けたらな、と、思っています。



たかがアルバイトですが、されどアルバイト。

プライドを持って仕事をしたいと、思っています。





35歳のときに見えてきた光


35歳までは、暗闇の中を歩いてきた、という話を昨日したのですが、それは、この世的に言えば、まったく仕事の見通しが立たなかったことが、原因です。

当時は、今ほど、多用性が容認されておらず、いい年をして働いていない人間は、プータローと呼ばれて、蔑まれていました。

まさに僕が、そのプータローだったわけで、もう、どん詰まりの状態の35歳でした。 

ただ、突然、歌舞伎の回り舞台のように、35歳のときに、状況が変わったのです。

当時、統一教会の洗脳からはまだ抜け切っておらず、逃げ出して8年たってもまだ悶々とした状態だったのです。

その状態で、職を見つけても長く続かず、という、八方ふさがりの僕でしたが、35歳のときに入会した幸福の科学で、光体験をしたのちは、人生が急展開。

良いほうにね。

サタンの子から仏の子へ、と脱皮した僕は、友人Oの紹介で、ビル管理会社に入社することができ、そこから生活は一気に安定しました。
 
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生活の安定と心の安定が両立した、幸福な日々の始まりでした。

そして結局、そのビル管理業界で、一度転職はするものの、足掛け20年にわたる職業生活を送ることになったわけで、まさに、あの35歳こそが、人生の転換点であったと、今でも思っています。

その友人Oとは今も付き合いがありますし、幸福の科学に入会したおかげで、AさんやIさん、という有徳の得難き友人とも知り合いになれました。

実はそのAさんには、昨日もお世話になりました。

いずれ、記事にすることがあるかと思いますが、僕の生活がこのところ急展開して、昨日は、さいたま市まで、今度就くアルバイトの研修に行っていたのです。

で、そのアルバイトの話は、改めてするとして、仕事をするにあたり、身元保証してくれる人が必要になり、それを、昨日、その研修の帰りに、急遽、Aさんにお願いしたのですね。

これまた偶然というか、大概は、帰りの遅いAさんですが、昨日は、19時には在宅していたので、お邪魔して、身元保証人になってもらった次第。

天涯孤独のおひとり様の保証人問題については、過去記事でも何度も書いていますが、これもまた、アルバイト生活が落ち着いてきたら、改めて書いてみたいと思っています。

で、何でしたっけ。

ああ、そうそう、僕の人生は、35歳から急行天使、ならぬ、急好転し、仕事と精神の安定を得られただけでなく、AさんやIさんのような、高徳の人たちとの出会いもあり、今に至っています。

まあ、今は、その、僕を光の世界へと導いてくれた幸福の科学も退会していますが、今も、AさんやIさんには、お世話になっています。

 

人はそのようにして、流れ、流されながらも、様々な出会いや別れを、繰り返していくのかもしれません。



自分に正直に生きる勇気


お人好しほど貧乏になる、という記事を読み、考えさせられました。

お人好しは衝突を避けたがるし、協調性も高いが、それこそが、低収入につながる、という内容でした。


のっけからなんでこんな話を、と、思われるかもしれませんが、僕は、付き合う人間は選ぶべきである、ということを最近学んだからでもあります。

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昨日のことになりますが、僕が最も信頼を寄せている親友のAさんと会い、いろいろな話をしました。

まあ、話というよりも、Aさんに僕が相談した、と言ったほうがいいかもしれません。

だいたい、僕が困ったとき、行き詰ったときに相談する相手は、Aさんになります。

Aさんは、僕よりも年下ですが、はっきり言って僕よりも大人であり、成熟しています。

そして、ものごとの捉え方も単眼ではなく、複眼で見ることのできる人でもあります。

このような人は極めて少なく、おそらく、僕がリアルに出会った人の中でも、他にはいません。

大半の人は、自分の主観で生きているし、もっとありていに言ってしまえば、自分の都合で相手を判断し、自分の感情を優先します。

これは年齢に関係なく、僕よりも年上であっても、未成熟で、自分の主観、自分の感情、自分の都合でしか、ものごとを見られない人がいます。

その点、Aさんは、相手の立場になって考えることができる人で、自分の感情は感情として認識しながらも、それに拘泥することなく、相手の事情を推し量る見識を持っているのですね。

僕は、自分の感情をぶつけてくるだけの未成熟な人は苦手です。

それが、まだ若い人であるならば、それも大目に見ることはできますが、いい年をした人が、自分の感情のままに発言したり、他人を断罪したりするのは、辟易するしかありません。

そうした子供のような人の対極にいるのが、Aさんなのです。

だからこそ、僕は、安心して相談できるのですね。

そういう人が身近にいるだけでも、僕としては、大いに助かります。


ちなみに、Aさんも僕も独身ですが、昨日は、Aさんが今も独身でいる理由を聴き、大いに感銘を受けました。

実は僕も、概ねAさんと同じ理由で独身である、ということに、気づかされました。


さて、僕が最初に取り上げたその記事の中に、興味深い部分があったので、引用します。

オーストラリアで看護師をしていたブロニー・ウェアによると、死を迎える人たちが、人生を振り返って感じるもっとも大きな後悔の1つが「人の期待に応える人生ではなく、自分に正直に生きる勇気が欲しかった」なのだとか。

うーん、そして彼女は、こうも言います。

他人のために自分を犠牲にし過ぎてはいけません、と。

なるほど、と、思いました。 



僕も、これからは付き合う人間を吟味し、もっと自分を大切にしよう、と、決意しました。



予定のない生活の幸福度の高さ


今日は、朝は、何時ごろ起きたんでしょうかねえ。

目が覚めた時が起きるときなので、目覚まし時計で叩き起こされていた会社員時代とは大違い。

眠り足りない目をこすりながら、長い一日を想う憂鬱。

そんな憂鬱のないお気楽な日々こそが、天国。

よく、定年退職した人などで、予定がないことが不安だとかつらいとか、のたまう人がいますが、何をおっしゃるウサギさんで、予定がないことほど素晴らしいことはないではないですか、と、僕なんかは思いますよ。

だって、予定がないということは、その日、何をしようといいわけですから、ね。

こんな自由を与えられていながら不満を言うなんて、僕からしたら社畜病を患っているとしか思えません。

命令されて動いていたり、会社に飼いならされていたり、会社への帰属意識が強い人などは、定年後に鬱になったり、奥さんからは邪魔にされたり、と、大変ですよねえ。

まあ、その点、暇耐性の高い、リタイア向きの人は、会社から解放されてからこそが本領発揮。

まあ、基本は予定のない僕なのですが、昨日は、親友のAさんと映画を見に行きましたよ。

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幸福の科学は、もうこれで、何作目になるのか、わかりませんが、フミカス、こと、清水富美加が主役をするようになってから、クオリティが上がってはいますね。

幸福の科学系の映画においては、という限定で言えば、彼女だけは別格な感じがします。

で、映画の感想は、というと、ここでは触れず、後日、Aさんに話すといたしましょう。

実は昨日も、映画の後、Aさん宅に行き、2時間ほど話をしたのですが、他にしたい話がいろいろとあったので、特段映画の感想などは話さなかったのですよ。

それと言うのも、Aさんは、今年は本当にいろいろあり、ほぼ、毎週のように、鹿児島の実家に、帰省したりしていて、それ以外にも、仕事が忙しく、自分が職場を去った後の段取りもあり、体が二つ三つほしいところだと思うのです。

で、そのAさんと、このところ雲行きの怪しい世界情勢の話などをし、話をし、と言っても、知識量が桁違いなので、おもに、僕が、Aさんに質問したり、見解を聴くという感じなのですよ。

まあ、2時間があっという間に過ぎ、いくらでも話していたいのですが、僕は無職で時間はいくらでもありますが、Aさんは忙しいビジネスパーソンであり、翌日も早いと思うので、夕方にはお暇し、僕のほうは、家でありあわせのもので料理を作ったりしながら、リラックス。

で、今日の話は、そうそう、昨日は本当に久しぶりの予定がある日だったのですが、その前は、金曜日土曜日と丸二日間、家にいました。

でも、家にいることが、全く苦にはならないのは、それなりの居住空間があることも一つの理由。

まさしく、Aさんも、隣の市の駅近の区画整理地内に一戸建てを所有しているので、昨日は、そうした居住空間の快適さの話もしました。

今月の僕の予定は、今のところあと三つくらいで、三峯神社に行くこと、スズキ自動車でリコールの点検をしてもらうこと、あとはハローワークの認定日に顔を出すこと、くらい。 

なので、そうした日以外は、山歩きをしたり、サイクリングをしたり、川に行ったり、街歩きをしたりしています。

僕の町の図書館も、やっと明日から限定付きの開館利用ができるそうで、図書館にも、短い時間なら、滞在してもいいようです。

で、何でしたっけ、そう、予定のない生活は自由度が高くて、とてもいいよね、と、いうことでした。



生きてる限り問題は起こり続ける


人生には問題がつきもの。

人生は一冊の問題集である、と、言った人がいます。 

昨日、ジョイフル200店舗閉店というニュースを知り、どの店が閉まるのだろうと、気になったので、ネットで検索するも、何度トライしても、公式ホームページが表示されず。

で、ジョイフルに関するほかのサイトは表示されるので、これはパソコンの問題ではないと思い、今朝も検索したのですが、表示されず。

なんでジョイフルが気になるかというと、昨年末と今年初め、タクシードライバーのMさんと、Aさんと僕の3人で、ミニ忘年会と新年会をしたのが、ジョイフルだったのですよ。

お酒なしでの昼食の忘年会で、リーズナブルな費用で非常に盛り上がったので、また、今年定年を迎えるであろうAさんのお祝いをやろうと、先日も、タクシードライバーのMさんと、話していたところだったのです。

このジョイフルは、Mさんのお気に入りで、Mさんの提案で決めた場所だったので、場が盛り上がったことを、Mさんは、とても喜んでいました。

場所も、Aさんの住む隣の市と、Mさんと僕の住む町から、ちょうど中間の位置にあり、行きやすい、というのもありました。

その店が閉まってしまうと、Mさんも悲しむのではないかと思い、検索したのですが、公式ホームページが表示されないのは、どういうことなのか、不明です。

まあ、いずれ、表示されるようになるのかなあ、とは思いますが。

まあ、直接店に電話すれば、わかることなので、それは良いとして、今回のコロナ騒動で影響を受けている飲食店は多いかと、思います。

営業しても、ソーシャルディスタンスですか、距離を取らねばならないので、収益率は悪くなるでしょうねえ。

僕は、飲食店銘柄を6つ所有していますが、ブロンコビリーやガスト、ステーキ宮やレストラン天狗、鳥良商店などが、実際に株主優待を使う先なので、これらの店が閉店すると、深刻度は増しますねえ。

株主優待を細く長く使って、老後の外食生活の支えにしようと思っているのですよ。

まあ、ジョイフルの株は持っていないので、株主優待を使用したことはありませんが、タクシードライバーのMさんお気に入りの店は、ロケーションがいいので、閉店しないでもらったほうが、いいのですが。

今回のコロナ騒動は、本当にいろいろな分野に波及していますが、生きている限り問題は起こり続けるので、60を過ぎた一人暮らしの僕は、慎重さと注意深さを、さらに深めていきたいと、自戒しています。

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猫のような用心深さを持たないと、長い老後は乗り切れませんよ。

実は、アルバイトを辞めた理由の一つが、夏の労働から逃げるため、だったのですよ。

これについては、後日、改めて、書いてみたいと思います。






上総一ノ宮での思い出


千葉県に、上総一ノ宮という駅があります。

実はこの駅、何度か乗り降りしているのですが、理由は、この駅から送迎バスで、千葉正心館というところに行っていたのです。

千葉正心館は、幸福の科学の精舎と呼ばれる施設の一つ。

まあ、おもに、泊りがけの研修で行っていたのですが、いろいろと楽しい思い出があります。

送迎バスは、上総一ノ宮駅に行くのですが、千葉正心館があるのは、長生村。

なので、上総一ノ宮というのは、あくまで駅の名前であって、だから、長生村での思い出、なのかもしれませんが、新宿に勤めていたので、そこから電車を乗り継いで上総一ノ宮に行っていたので、どうしても僕の中では、上総一ノ宮として記憶されているというわけ。

で、だいたいは電車で行くことが多かったのですが、一度、ワゴン車で数人で行ったことがありました。

運転は、ワゴン車の所有者のKさん、それとほかに数人。

その中には、僕のブログにたびたび登場するAさんとAさんの友人の中国からの留学生の劉さんも一緒でした。

そのとき、偶然ですが、千葉正心館で、かつて僕たちの支部で支部長をしていたSさんとも会いました。この支部長は、なかなか人徳のある人でした。

いろいろ、館内の説明もしてくれたのですが、劉さんが何よりも喜んだのは、自転車を貸してもらって、皆で、海に繰り出した時。

やっぱり、海なし県に住んでいるので、海が見たいのですよ。

その時の、劉さんの嬉しそうな顔は、今でも、忘れません。

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自転車で、海に繰り出す前の劉さん。

僕の記憶では、海に行ったのは、劉さんとAさんと地区長をしていたHさん、と僕の4人だったような。

ワゴン車を運転してくれたKさんと、もう一人のKさんは、精舎内で研修か、あるいはビデオを見ていたか、海には、いなかったように、思います。

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  房総の海。

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僕も、当時は世界伝道を、と思っていましたから、いずれ、劉さんが中国に帰って、主の教えを広めてくれたらいいなあ、と、思っていました。

で、その日は、海にも行ったし、食堂で、皆で食事もして、一日ゆったりとして過ごして、日帰りで帰りました。

まあ、幸福の科学時代は、そうした楽しい思い出も、実はたくさんあって、ときどき思い出しては、ほっこりとした気持ちになることもあります。

それと、これは、Aさんとも話したことがあるのですが、精舎などに行くと、時折、素晴らしく美しい女性職員がいたりします。

ここでいう美しいというのは、外見も確かに美しいのですが、もう少し違う、霊的な美しさなのですよ。

これは、説明が難しいのですが、清らか過ぎて、この世で働くにはきつすぎるというか、とてもではないが、荒い波動の濁世では生きられないような女性がいたりするのですよ。

竜宮界の人かな、と思うような、あるいは、日本神道系で、巫女さんなんかが似合うタイプ。

こういう人の生きる場所もないと、つらいのではないか、と思うのですね。

その点、精舎などで働くことができれば、そういう人の場所、ができると、思うのです。

まあ、本当にときどきですが、とても清らかな波動の女性を見たことも、良い思い出の一つです。





 

生活を切り詰めてお布施したお金をゴミだと言われて


寄る辺なき子さんのコメントを契機に、思いがけず過去のある時期のことを振り返る機会を与えられた僕なのですが、また、これも良いタイミングでアルバイトも辞めているので、寝て起きた後の、頭がいちばん冴えている状態で、記事が書けることをありがたく思っています。

自分の頭の悪さは、かなり前から自覚しているので、これは意識して、少しでも視野を広くしようとは心がけています。

さて、今日は、僕が幸福の科学に疑問を持つようになった原因の一つである、幸福実現党の話。

当時、小林早賢という幹部職員がとんでもない発言をしたことも、僕に気づきを与えてくれた要因となりました。彼の発言は、以下の通り。

「最後に一点、申し上げたい点がございます(ニヤリと笑う)
天上界の予定によりますと、与謝野馨氏は、今回の総選挙後、概ね半年後に御帰天をされる予定ですので(一同拍手) 、本日、この場で与謝野馨氏に対しては、はっきりと辞任を、あるいは引退を勧告をいたします。晩節を汚さないように、その素晴らしい晩節を汚さないように、是非、引退を勧告いたします」

あり得ない発言だと、思いませんか。

宗教指導者が(彼は教団の幹部なのでそうした位置づけになる)、他人の生き死にを、しかもその時期まで予告するとは、これは、不幸の予言と言って、厳に慎まねばならないこと、です。

お里が知れる、という言葉がありますが、まさにこの発言に対しては、小林氏を疑ったし、嬉々として拍手している会員にも疑問符を持ちました。

で、今日は、ここで時間を割いていると次にいけないので、僕が上記の出来事と同じか、それ以上にびっくりしたのが、大川さんの文芸春秋のインタビューに答えての発言でした。

びっくりした部分は、太字にしてあります。

大川 ハハハ。それが聞きたいんでしょうね(笑)。

我々は「勝敗ラインが下がって、ラクな戦いになった」なんて喜んでますがね。

今の民主優勢の状況が投票日まで続いて、鳩山民主党が大勝利するとも私は思っていません。

民主党にもアキレス腱がきっと出てくる。

そうなった時に、自民も民主もダメだとなって、天の利が注いで

「お待ちしておりました」「まさかの時の幸福実現党」という躍進があるでしょう。

ただ、総選挙で終わりではなく、自民党や民主党で当選した議員から幸福実現党に移る人が必ず出てきます。

 

――つまり、選挙後の政界再編も視野に入れている、と。

 

大川 そう。一定の議席が確保できれば発言力も増してくるので、再編の形に関してもイニシアティブがとれるかどうか。数でいえば、派閥一つ分が最低ラインかな。

 

――ということは、20~30議席が目標ですか。かなり強気ですね。

 

大川 派閥一つって、そんなに少ないですか?そんな数じゃ、泡派閥ですよ(笑)。最悪の場合でも自民党の大きめの派閥くらい。

 

――最大派閥は清和会の衆参併せて約90人ですから相当数。公明党をも上回るのですか。

 

大川 負けるとは思いません。向こうは小選挙区には8選挙区しか立てないんだから、そもそも第一党になる気さえないでしょう。


――300小選挙区全てに候補者を立てるには莫大な供託金が必要です。1人300万円で300選挙区だと合計9億円にも及びますが?

 

大川 小さい、小さい。そんなゴミみたいな(笑)。その質問は、トヨタ自動車に「株価が何円下がったら潰れますか」と質問するのと一緒ですよ。

トヨタだって、単年度では赤字決算が出たとしても、会社本体はビクともしないでしょ。

ウチも仮に9億円没収されたとしても、それで潰れるような教団ではありません。

財務体質からみても、「宗教界のトヨタ」ですから、ウチは(笑)。


――政党党首にきょう子夫人を選んだ理由は?

 

大川 やはり能力と知名度です。

立党後に党首交代したので家内は2代目党首といわれていますが、ほんとうは3人目の党首なんです。

当初は教団内で実力のある別の人間を立てていましたが、選挙を考えるとポスターが大事でね。

で、周囲の意見を聞いたら、一般の人にも人気がでるような選挙ポスターの顔に誰がふさわしいかという議論の末に、饗庭(あえば)(直道)君を2番目の党首にしたんです。

ただ、並んだ政党幹部の顔ぶれを見渡すと、彼が教団内の役職で最も格下だった。

他は元理事長とか元専務理事と、かつての上司ばかりで、「浮動票狙いの外向けの顔にはいいけれども、内部的にはきついだろう」と。

彼の教団内の知名度も1割にも満たないくらい低かった。

その点、家内は教団内の知名度も100%だし、記者会見の対応や質疑応答の能力も高かった。

ならば大川きょう子を党首にして戦うのが良かろう、と3番目の党首になった。

このとき4番目の候補は実は私でした。

さすがに弟子たちに「勘弁してください」と引き止められましたがね(笑)。

目標議席を獲得するのだって、党首の勇気次第です。

饗庭君から家内に交代しただけで、当選者はたぶん3倍以上になりますよ。

 

――本気ですか?

 

大川 もちろんです。

 

他教団の中には「選挙に出るのは、どうせ宣伝でしょ」と言う人もいますが、家内まで引っ張り出して、それも党首にしたのは、

教団が赤っ恥をかく覚悟があることの証です。

本気度の現れですよ。

 

――その夫人の能力は、政治家として活かされますか。

 

大川 少なくとも麻生太郎や鳩山由紀夫より、ウチの家内は優秀です。

手腕を実際に見てください。

いざ戦えば、麻生太郎や鳩山由紀夫の首は落ちますよ。

考え方はアングロサクソン的ですね(笑)。

日本の女性には珍しいくらいに、物事の白黒をはっきりつけるし、指揮命令も明確。

大軍を動かす将に向いています。

サッチャーやヒラリーなど、女性の政治家もいるけれど、家内はヒラリーみたいに軟弱じゃない。

とても怖い存在ですよ。

家内は、私とも考え方が違います。

家内がアングロサクソン的だとすれば、私は和洋折衷型。

同じことを聞かれても、私と家内から同じ答えが返ることはまずありません。

その意味では、考え方や判断のレベルでも、政教分離は最初から成立しています。

そうなると、まぁ私は松下幸之助みたいなものです。

幸之助の思想を基にPHP運動(Peace and Happinessthrough Prosperity=繁栄による平和と幸福)が起きましたが、死後までその運動は残りましたね。

ウチの政党も、私が関わらなくても、あとは組織自身の意志で動いていきますよ。




うーん、かなり前の話なのですが、当時の自分に戻ったつもりで、その驚きを書いてみます。

まず、あれほどすごい説法のできる総裁が、なぜ、こんな現状把握なのだろう、ということに驚きました。

選挙というものをまるで分っていないし、選挙前にこんな傲慢な発言をしたら、それだけで、大変な不利になるではないか、と、一信者として心配したくらいです。

そして案の定、選挙では惨敗するわけですが、文芸春秋のこのインタビュー記事は、僕が気づきを得る大きな契機となったので、ある意味、ありがたいものでした。

これは、僕の想像にすぎませんが、天下の文芸春秋に単独インタビューされて、舞い上がっての盛りもあるのかなあ、と。

当時は、そこまで明確にわかっていたわけではありませんが、大川さんは自分を大きく見せるのが何よりも好きなので、このインタビューの時点で舞い上がって自己拡大して見せたのではないか、と。

ちなみに、初版の太陽の法では、大言壮語する自分が厭になり、などの、自己反省の記述も見られたのですが、その後、この部分は削除されました。

で、話を進めましょう。

僕が愕然としたのは、30議席を泡派閥と言い放ち、最悪の場合でも自民党の大きめの派閥ぐらいの当選者を出すと豪語した点。

何という状況分析のなさ、何という傲慢さ、だろうと、これは当時の僕でさえ、感じた正直な意見でした。

六大神通力があるとされる仏陀の御本体である総裁は、仏陀以上の霊能力があるはずなのに、地球の裏側で葉っぱ一枚落ちるのさえもわかる能力がおありなのに、何という見通しの甘さなのだろう、と、愕然としたわけです。

勿論、まだ会員でしたから、すぐさま反省して、これは総裁が会員である僕たちに勇気を与えようとして言っていることなのだ、と、修正しました。

びっくり発言は、まだ続きます。

そうです、9億円を、ゴミのように小さな額だと発言した点。

当時の僕は日々の暮らしを倹しくして、可能な限りのお布施をしていました。

お布施が喜びだったのは、本佛下生というこの稀有な時に、その活動を支えることの尊さを強く自覚していたから、です。

大半の信者さんが身を削ってお布施のお金をねん出しています。

中には、もうこれ以上絞れないような乾き切った雑巾のような状態の中で、お布施している人も知っています。

そうした中でのゴミ発言に、さすがにこれはないのではないか、と、僕も思わず、法友のAさんに言いました。Aさんも、その点は同意してくれたように、記憶しています。

そして当時は、大川さんは、妻のきょう子さんを、高く評価していました。

饗庭さんから、きょう子さんに党首が変わったことで、選挙用のポスターも張り替えることになったときのことは、過去記事でも触れたとおりです。

その後、きょう子さんは教団から追放され、罵詈雑言を浴びせかけられ、その法話を連日支部で見せられるうちに、僕の体調までが不調となり、仕事にも影響が出て、支部からも足が遠のきました。

悪口、というものは、仏陀釈尊が、不悪口と言って、戒めています。

しかし、教団幹部にしろ、普通の会員にしろ、その戒めを守っていないし、そして何よりも、主として仰いでいる大川さんからも、数多くの悪口を聴かされるに及び、僕の精神はもうついていけなくなっていました。

そして今、教団は、大川氏の長男であるヒロシ君を、総がかりで叩いています。

僕はヒロシ君の肩も持ちませんが、この教団の在り方を素朴な第三者の立場で眺めれば眺めるほど、仏陀の生まれ変わりでありイエスの父であると言い放つ大川隆法という人をなぜ師と仰ぎ、18年にわたって信仰し続けたのかということを、改めて、不思議に思うと同時に、そうしたことも含めた自分自身の来し方というものも、見つめ直す時期に来ているのかもしれません。

選挙の話に戻ると、文芸春秋のインタビューで大言壮語した時とは打って変わって、

その後弱気になった総裁は、

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選挙の撤退を指示。

さらにその後、やっぱり続けようと、また気が変わり、選挙戦へ。

そして、惨敗。

その後も、選挙のたびに負け続け、今も解党せずに、戦い続けているのは、ある意味立派、とも言えます。

実は僕は、幸福実現党の政策は、かなりの部分で支持できる内容だと思っています。

饗庭さんを党首にしたままで、地道な選挙活動を展開していたならば、今頃は国会議員も3名前後は誕生していたような気もしますが、失われた年月は、実に大きいように思います。







たとえ今日は果てしもなく冷たい雨が降っていても


4年前の今日、父が亡くなったので、今日は父の命日になります。

そしてその2年後の、5月11日に母が亡くなりました。

僕の実母は僕が10代の時に亡くなっていますが、2年前に亡くなった母のほうは、父の再婚相手です。

ありがたいことに相性が良く、共に温泉と旅行と食べることが好きだったので、仲良く暮らすことができました。

さて、2012年3月に、僕は幸福の科学を退会したので、今から8年と2か月も前のことになりますね。 

僕は、けじめをつけたい性格なので、きっちりとした退会届を出して退会したのですが、両親の場合は、そうしたものは出しませんでした。この辺のいきさつは割愛しますが、当時の支部長から、両親の会員としての登録だけは残しておいてくれ、と、懇願されたことも、その理由の一つです。


当時、理事長に、まだ二十代の大門未来という人が就任していたように記憶していますが、教祖の大川隆法氏から、凄い過去世を与えられていました。曹操、大久保利通、などの偉人にとどまらず、どこの星かよくわかりませんが、蟹座のミスターXとかいう、とにかく偉いらしい宇宙人の過去世まで与えられていました。

当時、僕は退会する前後だったので、3年間の検証を終えており、まだ若い女性を理事長にすることは年配の男性幹部職員からの反発も強いだろうから、大川氏は、そうした男共が怯むような過去世を与えたのかな、と、この点はむしろ好意的に見ていました。

まあ、組織運営上の方便と言いますか、大門未来さんが理事長として仕事がしやすいようにとの配慮なのではないか、と、思ったのですね。

そういう風に推測できたことは、すでに僕の洗脳はほぼ解けていたことを意味します。霊言や、主の発言を真に受けている信者であれば、そのようなことは思いません。

僕は、3年間の検証で、多少なりとも、大川隆法という人の傾向性はわかっていました。

つまり、こういうときにはこういう反応をする、というある種のパターンがあることも、見えていました。まあ、この話をしだすと長くなるので割愛しますが、僕が3年の検証期間にしたことの一つが、大川隆法という人の初期からの発言を、時系列に並べて眺める、ということでした。

これを詳しく話すと、膨大な量になるのでごく一部にとどめますが、たとえば、初期のころの書籍や講演会での発言では、自分を九次元霊の一人として位置づけ、その上に、聖アントニウスなる存在がいることを、真説八正道、という書籍の中で、述べています。

さらに言うと、当初は、高橋信次さんを高く評価していました。陸上のリレーにたとえて、天上界は、二人のアンカーを立て続けに地上に送ってきた、みたいなことを言っていました。

高橋信次(エルランティー)と、大川隆法(エルカンターレ)という二人のアンカーを立て続けに地上に送るという必勝態勢なので、今回の天上界の計画は失敗しようがないのだ、とも、力説していました。

つまり、当初は、高橋信次さんをリレーのアンカーにたとえるほど、高く評価していたのです。

やがてその評価は、方便の時代は終わった、と評して、変貌していきますが、その頃に、僕は入会したのだと、記憶しています。

僕は、そうか、今までは方便だったのか、確かに草創期にはそうしたこともあり得るし、それもまた致し方ないことだと、すんなりと納得していました。

なので、初版本の太陽の法の書き換えにも、当時は全く抵抗がありませんでした。方便の時代は終わった、のだから、今こそ、遠慮なく真実を書くべきだ、と、思っていたのです。

そして、その新たに書き改められた太陽の法で、妻のきょう子さんが、実は文殊菩薩で、当時から主を支えていたことが、明らかになりました。

一般的に、文殊菩薩は男性だと思われていますが、男装した女性だったのだ、ということも明らかにされ、事実、映画太陽の法、の中でもそのように描かれていました。霊鷲山で、その文殊が立ち上がり、語るシーンは、今思い出しても感動的です。

さて、この調子で書いていると膨大な長さになってしまうので、結論に行きます。

そのようにして、大川隆法という人の書籍だけでなく映画やテープ、CD、DVDなどを、3年間にわたって検証し、彼の直説金口に焦点を当てただけでも、数えきれないほどの矛盾があることがわかりました。

さらに、その霊言に至っては、矛盾のオンパレード状態。

ちょうど、全国各地に支部精舎が建立されていたころ、改めて書き替えられた霊言全集を、高級仕様にして、一冊5000円か、10000円か、どちらかの金額だったように思いますが、それの購入を支部で強く推進していた時期がありました。

当初の霊言においては、各霊人に好きなように語らせていたが、改めて主の観点から、それらを正すために刊行された、というような説明を支部長から受けたように思います。

当時は、それで納得していたのですが、そうした霊言全集は、改めて検証してみると、都合の悪い部分は削除され、整合性が取れるように書き直したものであることもわかりました。

そうした霊言も、霊言の時代は終わったとされて、されなくなっていたのですが、幸福実現党を立党した後あたりからか、また、頻繁に、霊言が出されるようになりましたね。

これは、一つには、レムリアルネッサンスという、幸福の科学の分派が、アマーリア、とかいう人だったでしょうか、霊言を始めて、それに対抗する意味も、あったのかもしれません。

そしてその後は、芸能人や各界の有名人の霊言まで出され、しかも、まだ生きている人の守護霊霊言も頻繁に出されるようになりましたね。

そして特筆すべきは、守護霊霊言を取られた人で、誰一人として、感動して会員になったという人がいない点です。

それどころか、手塚治虫さんの娘さんは憤慨しているし、池上彰さんなどの知識層も、冷笑している状況。

そして、月刊「WiLL」の花田紀凱編集長からは、やめなさい、と、戒められる始末。




花田さんなどは、まだ、好意的に見ていてくれる部分もあるのが、救いです。

ただ、僕は、こうした事例をここで取り上げること自体に、かなりの抵抗感があります。

それと言うのも、寄る辺なき子さんの長い信仰生活を想うと、こうした例を出されること自体に、あなたが嫌悪感を感じたり、傷ついたりする恐れがあるからです。

あるいは、侮辱を受けているように、感じる可能性もあるから、です。

なぜなら、つい最近まで信仰していた主を軽々しく扱っているように感じるかもしれないから、です。

まだ、完全には退会していないわけですから、揺れ戻しもあるでしょうし、デリケートに扱わねばならない問題だと、思うからです。

僕は、必ずしも、寄る辺なき子さんの退会を促しているわけではなくて、今、理性が苦しんでいるその状態から、目を背けずに、ありのままの大川隆法という人を、見て、そして感じて、自分で方向性を決めてほしいと、思っています。

なので、いたずらに摩擦を起こすのではなく、休眠会員という立場をとるのが、得策ではないでしょうか。


そして、親しい法友がいれば、その人には、主を批判するのではなく、自分の理性が苦しんでいることを正直に話すのも、一つの方法かもしれません。

僕には幸い、Aさんという、人格的にも優れた法友がいたのが、救いでしたが、おそらく、信仰歴の長い寄る辺なき子さんであれば、そうした法友もおられるかと、推測します。

まずは距離を置き、ゆっくりすることが、肝要かと、思います。

音楽も慰めになるかもしれないと思い、中島みゆきの、時代、を、アップしてみました。




苦しい時に、僕のブログに声を発してくれただけでも、凄いことだと、思います。

たとえ今日は果てしもなく冷たい雨が降っていても、という歌詞のような、心境かもしれませんが、止まない雨はありません。

必ず、やがては薄日が差し、より良き方向へと、導かれていきます。

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僕も、寄る辺なき子さんのおかげで、思いがけず、8年前の退会時のことを振り返ることができました。

もうずいぶん前のことのように思っていましたが、こうして思い返してみると、昨日のことのようにも感じます。









感性と理性とのせめぎあいの果てに導かれた平安


霊的な光の感覚が、その頃の僕の、最後の拠り所でした。

この拠り所とは、幸福の科学で言うところの、信仰の命綱、でもありました。

精舎で感じる光、あるいは、東京ドームの講演会での光体験、これらが、実に強力な動機となって、僕の幸福の科学での信仰を支えていました。

それは、僕にとっての、エルカンターレ信仰の根拠でもあり、原動力でもありました。

しかし、その一方で、僕の理性が、度重なる矛盾の数々を、どうしても受け入れられずにいたのです。

よっぽど、矛盾になど気づかずに、無邪気に、信じ切っていた頃のほうが幸せだったとも思いましたが、いや違う、という自分がいて、苦しくても、不都合な真実と向き合う今の自分のほうが尊い、という思いもありました。

この、ぎりぎりのところの攻防は、到底短い文章で語ることはできません。

感情が揺れ動き、自分を制御することが難しいときも、ありました。

光体験を重視する感性と、矛盾に承服できない理性との、戦いでもありました。

この苦しみは、他人に話しても到底理解される類いのものではないことを、僕自身、わかっていました。

わかってくれる人がいるとしたら、同じ様な体験を通過した人だけだろうと思いましたが、そのような人は周りにはいませんでした。

そのように悶え苦しんだ日々ではありましたが、退会すると決めた頃だったでしょうか、僕の親友でもあり、法友でもあり、年下ではありますが、何かと頼りにしていたAさんに、苦しい心情を打ち明けた記憶があります。

Aさんは、自分の仕事が忙しいにもかかわらず、辛抱強く、僕の話を聞いてくれました。

当時、僕は、マンションで独り暮らしをしており、Aさんの住居も、僕のところから歩いてすぐのところにありました。

Aさんは、僕の気持ちを尊重してくれ、それで僕が本当に幸せになるのであれば退会するのは構わない、という趣旨のことを言ってくれました。

また、Aさん以外にも、僕よりもだいぶ年上の会員のSさんも、僕のマンションを訪ねてきて、話を聞いてくれました。まあ、このSさんには、僕の気持ちや考えは全く理解はしてもらえませんでしたが。それでも、わざわざ訪ねてきてくれたことは、ありがたく思いました。

それ以外には、当時の支部長とも話しましたが、こちらは短い時間でした。僕の、退会の決意が固いことを知るとあきらめたようでしたが、別れ際に、せめて6月まで保留しないか、と言われました。その間に、富士山の大爆発が起こるから、と、言っていました。

僕は、富士山も活火山だから、いずれ、そういうこともあるでしょうが、6月までに噴火するということはないと思います、と、答えたのを覚えています。

僕自身、当時、そうした、教団の天変地異の予言に、本当に嫌気がさしていたので、それは、即座に答えました。

寄る辺なき子さんは、おそらく、僕より信仰歴が長いと思われるので、法友を失う苦しみ、自分が根拠として立っていた足下の大地が消えていく苦しみを、体験されたことでしょう。

そしてその苦しみは、今も継続中かもしれませんが、その葛藤があってこそ、真実を見つけることが可能となるのだと、思います。

話を、元に戻しましょう。

光体験を重視する感性と、矛盾に承服できない理性、とのせめぎ合いに、どのように決着をつけたのか、あるいは、どのように、運命が僕を導いたのか、の続きです。

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結論から言うと、僕の、過去の宗教体験が、役に立ちました。

僕は、父が世界救世教の信者であったために、自然に父と同じ信仰を持つようになりました。学生部、青年部と、順調に、信仰生活を続けていたのですが、善悪の問題で悩み、教団職員に相談しても、そこでは答えが得られないことを知り、やがて、真理を求めて、さすらうようになります。

その後、統一教会の堕落論を知ることとなり、長年心を去らなかった善悪の起源の問題が解決しました。そして、統一教会に入信し、全財産を献金し、専従生活に入りました。

で、実は、世界救世教時代にも、統一教会時代にも、僕は、タイプの違う、神体験、をしていたことを、思いだしたのです。

世界救世教のときは、熱海にある救世会館という、建物内で、突然、霊感に打たれて号泣したことがありました。一緒にいた人が、びっくりした顔で、僕を見たことを、今でも、覚えています。当時は、十代で未成年でもあり、多感でもありましたが、霊体質でもあったのだと思います。

統一教会では、ツーデイという合宿で、神が現れて、長い間探し求めていた我が子よ、と言って、僕を泣きながら後ろから抱きしめる、という体験をしました。ああ、これが、生きた神なのか、と、思いました。それだけではなく、専従生活で、日々、伝道に明け暮れている中で、奇跡とも思える体験を、いくつかしています。

そうした、過去の宗教団体における神体験、光体験を思いだすに及び、この、幸福の科学での光体験も、それに類するものではないのか、と、冷静に分析できるようになりました。

少し余談になりますが、今年1月に、上祐史浩氏に会いに行った話は以前しましたが、彼の友人で、広瀬という人だったと思いますが、やはりオウム信者で、大変な秀才だったそうですが、その人も、最後は理屈ではなく、神秘体験によって、麻原に心酔し、サリン事件を起こしたとのことでした。

つまり、結論を言うと、個人の神秘体験や個人の霊的能力には、普遍性はない、と、いうことなのです。

ただし、普遍性はないが、その人にとっては、強力な体験であり、信仰を継続する上での大きな動機付けになる、ということ。

ここが、神秘体験や霊的能力の、功罪相半ばするところではないか、と、思います。

そして、そのことに気づいた僕は、さらなる検証と内省の日々を重ねていきました。


僕が今でも、貴重な体験だったと思う研修を、一つ紹介します。

それは、日光精舎での、八正道研修でした。

礼拝堂のピンと張りつめた空気の中、出された公案に対して思慧していく、というものでした。

このとき、僕の守護霊がすぐ背後に立ち、この機会を逃すまじ、という強い気迫で、僕にメッセージを送ってきたのです。僕は、自動書記のような感じで、送られてくる言葉をノートに殴り書きしていきました。

そして、その公案が終わったときには、その与えられた言葉の数々に、自分でもびっくりしたのを覚えています。そこには、自分でもうすうす気づいていた自分の欠点や課題、これからの方向性などが、書かれていたのです。

こうした体験から、僕は、精舎での研修などにも、かなりのめり込んでいきました。

こうした体験を積み重ねていくと、信仰の確信が深まるばかりで、その結果として、活動にも、熱心になっていきます。

その後、幸福の科学を退会した僕ですが、たとえば、今例に挙げた日光精舎での研修における体験は、今でも、守護霊からのメッセージであったと、思っています。

事実、その研修の後、僕は、そのメッセージを、日々の生活の中に生かすようにしましたからね。

シルバーバーチが説くように、守護霊なり、指導霊なり、導きの霊存在は、ラベルを選びません。

つまり、その機会、そのときで言えば、日光精舎での八正道研修が、メッセージを伝えるのに最適の機会であれば、それを活用するのですね。

たとえそのことによって、僕がさらにその信仰にのめり込むことになったとしても、それ以上に、その時僕に必要なメッセージを伝えることのほうが有益であれば、そうするわけです。

事実僕は、その後、そのメッセージを日々の生活の中に生かし、日常生活を改善していきました。

だから、僕にとって、幸福の科学での日々は、決して無益なものではありませんでした。

今でも付き合いのある、Aさんや、Iさんなど、有徳の人との出会いも、ありましたからね。

さて、僕の、こうした体験が、どれほど、寄る辺なき子さんのお役に立てるかわかりませんが、僕が退会するときのこと、そしてその退会は、決して安易な気持ちからのものではなかったことをお伝えできれば、多少なりとも参考になるのではないかと思い、記してみました。

もし、また、何か、書き込みたいことや、あるいは、僕の記述が飛んだ見当違いであれば、そうした指摘でもかまいませんので、コメントしていただければ、と、思います。

長い信仰から離れるときの不安は、それまで立っていた大地が失われるに等しいと、思います。

しかし、真実に向き合う勇気は、その不安に比例して、あるいは、その不安以上に、尊いものです。

それはまさに、真摯に人生を生きていることの証、でもあるからです。

そして、そうした、真実に向き合う勇気は、誰もが持てるものではありません。

大半の人は、それまでの自分の信念、あり方、費やしてきた時間や金銭や心情、その他もろもろの自我に付随する総体を捨てきれず、自覚するとしないにかかわらずそこに縋り付き、自己を客観視することなく正当化し、臭いモノには蓋をして見ないようにし、自分の見たいものだけを見て、自分の在り方を合理化するからです。

また、いかに優れた人であっても、その時期が来なければ、向き合う気にもなれないでしょう。

ただ、すべての人に言えることかと思いますが、それぞれの人のその人生こそが、その人の導き手なのだと思います。

そういう意味では、すべての人が、尊い修行者であり、永遠の旅人なのだと、思っています。




不都合な真実に向かい合う勇気を


圧倒的な神の公平さ、という記事に対していただいた、寄る辺なき子さんからのコメントを読み、8年前の自分、というものを考え直してみました。

まず、はじめに断っておきますが、その記事は、特定の宗教団体の信者に対して呼びかけたのではなく、所謂新興宗教、おもに、戦後、勃興してきたものですが、新興宗教一般の信者の方を念頭において、呼びかけたものです。

実は、既成のキリスト教会などにこそ、僕は言いたいことが多くあるのですが、それは横に置き、問題のある新興宗教、あるいは、さらに悪質なカルト宗教といったものも、僕は数多く知っており、数か月前も、飯能の駅前で、日蓮系のカルト教団の信者さんからチラシのようなものをもらいました。

そのご婦人は、血走った眼で、日本の危機を訴えていましたが、その攻撃的なまでの熱心さに、かつての自分を見るようでもありました。

さて、コメントから読み取るに、寄る辺なき子さんは、かなり信仰歴の長い女性会員ではないかと、思いました。最初の太陽の法、をきっかけとして入信された、とのことですからね。

僕が、幸福の科学の会員であった年数は18年弱。そのうち、熱心な活動会員だった時期は、その半分ほどの年数かと、思います。 


今でも、思いだすのは、幸福実現党を結党し、最初は、饗庭さんという人が党首でしたが、すぐに、大川氏の夫人、大川きょう子さんが党首となり、そのポスターを貼って回ったことです。

僕の親友のAさんと一緒に、Aさんの車で、いろいろな家や店を個別伺いし、ポスターを貼らせてもらう許可を得て、貼ったのを覚えています。

当時、大川きょう子さんは、僕たち信者にとっては雲の上の人で、過去世は、ナイチンゲール、文殊菩薩、アフロディーテと、されていました。

僕は、そのような偉大な過去世を持つ総裁補佐(きょう子さんのことをそう呼んでいました)が党首であれば、当選は間違いないだろう、とは思いつつも、選挙はまた、そう簡単ではないかもしれない、と、不安も入り混じった心持でした。

僕は、どちらかと言うと、思い込みが激しいほうで、それに対し、Aさんの優れたところは、冷静に状況分析ができるところでした。感情に流されて突っ走るタイプの僕と、沈着冷静なAさんは、良いコンビだったと思います。

このまま書いていると、選挙のことだけで長くなりそうで、キリがないですね。

少し、先を急ぎましょう。

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鳴り物入りで党首になった大川きょう子さんでしたが、その後、また党首が変わるなどして二転三転。

で、いろいろあり、きょう子さんは、その後、教団を追放され、過去世も変更されたのは、寄る辺なき子さんも、ご存知の通りです。

太陽の法の書き換えのことを言っておられましたが、また、最近、新装版になったということでしょうか。

僕の記憶にある太陽の法ですと、文殊よ文殊、と言って、過去世も妻であった、きょう子さんに呼び掛けていた場面があったように思います。

また、古い会員さんであれば知っているかと思いますが、大川さんが、妻のきょう子さんと、古代インド語で、語り合うテープも聞いたことがあります。

映画に目を転じれば、太陽黄金永遠の法、いずれの映画でも、きょう子さんは救世主を支える女神的存在であり、まさに、神の如き霊格を備えた方、と、教えられておりましたね。

それが、離婚と同時に、それらの過去世は間違いであり、裏切りのユダとしての、過去世に変更されると同時に、連日、元妻への悪口雑言の法話を聴かされる日々。

村田堅信さんという幹部職員が支部にまで来て、きょう子さんの日頃の悪行ぶりを暴露していました。そうした幹部の方々は、その少し前までは、きょう子さんを褒めたたえていた人たちです。

その離婚騒動のあたりから、僕の理性は次第に耐えられなくなり、主の深いお考え、という印籠だけでは、自分を納得させられなくなり、生木を裂かれる思いで、大川隆法という人の発言と行い、そして彼の、これまでの書籍だけでなく、テープやDVDなどを、丁寧に、検証していきました。

たとえば、ムーやアトランティス、レムリアなどに代表される古代大陸について、検証するうちに、膨大な物証と科学的見地により、そうしたものは存在する余地がまったくないことがわかりました。

たとえば、映画、太陽の法でムー大陸があったと描かれていたあたりの海底だけでなく、太平洋そのものが、深海堆積物に覆われており、一度たりとも陸化した形跡がないことが、現在では明らかになっています。

検証をさらに進めていくと、大川さんの説くそうした荒唐無稽の話には、そのほとんどに、ベースとなる元ネタがあることも、次第に見えてきました。

当時、まだ、できれば会員でありたかった僕にとって、次々と明らかになる内容は、目をそむけたくなるようなものばかりでした。

しかし、そうした事実とは裏腹に、僕には、まだ、幸福の科学の正当性に縋り付く根拠がありました。

それは、幸福の科学の精舎などで体験する霊的な感覚、や、神秘体験、です。光の感覚、というものですね。

それらの霊的な光を感じる感覚があること、それこそが、僕にとっては、幸福の科学の正当性を示唆するもの、だったのです。

目の前に並べられた数々の矛盾も、自分がじかに体験した神秘体験、光の感覚の前では、太陽に溶かされる氷のように消えていき、やはり主の教え、古代大陸や家族の不和などの矛盾はあるにせよ、心の教えは正しいし、何よりも、自分が体験した光の感覚は、紛れもなく、これが本物だと伝えている、との結論に至り、また、安心感が回復して会員を続ける、などの揺れ戻しを何度か体験しながら、の、3年間でした。

そして、その3年間は、そうした、自分のレゾンデートル喪失の恐れと闘いながらの検証時間であり、勇気をもって、不都合な真実と向き合った時間でした。

すいません、とても、一回の記事で書き切れるものではないようです。

今回は、長くなってしまったので、次回、続きを書きますが、寄る辺なき子さんに言いたいことは、おそらく退会後もしばらくは心が安定しない日々が続くと思いますが、僕自身、自分の理性を押し殺していた日々に比べれば、その100倍も、今のほうが心に安らぎがあります


今回だけで書き切れず、収拾がつかなくなりましたが、まだまだ寄る辺なき子さんに伝えておきたいことがありますので、もうしばらく、お待ちいただければ、と、思っています。





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