介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

早期リタイア

会社員時代に疲労が抜けなかった理由

早期リタイアして1年以上が過ぎ、気がついたことがあります。

それは、「疲労について」です。

会社員時代、なぜ、あんなに疲れていたのだろうと改めて考えてみたのですが、それは、休日があったとしても、それは本当の意味の休日ではなかったということなのです。

どういうことかと言うと、休んでいても、常に、心のどこか、頭のどこかに、会社のことがあるのです。会社の業務だったり、人間関係だったり、そのときによって違ったりしますが。

休んでいたとしても、その休みは束の間のものだとわかっているのです。そして何より、また、あの会社に出勤せねばならないのかと思うと、疲労は芯からは抜けないのです。

これは、言ってみれば、体以上に、心が疲れている状態なのです。

そのことが、リタイアしてみて、よーくわかりました。

今でも疲れるときはありますが、その疲れは一時的なもので、眠れば元に戻ります。しかし、会社員時代はそうはいかなかったのです。

会社というものが、常に、重低音のように、心の中で重く響いていたのです。これは、会社を辞めない限り続きます。でも、逆に言えば、会社さえ辞めれば、解決する問題です。それゆえ、根源的な問題ではありません。

会社からオサラバすれば、問題解決するので、やることは簡単です。僕の場合は、介護離職によるリタイアでしたが、若い人であれば、お金を貯めまくることです。貯めて貯めて、リタイアできるだけ貯まったらやめる。

会社を辞めても、生きている限りは何らかの問題はありますが、少なくとも、会社での悩みは一切なくなります。これって、意外に大きいと言うか、会社辞めると、またエネルギーがたまってくるので、そしたらその時点で、何かやりたいことをやればいいし、何もやりたいことがなければ、寝ていればいいんです。

実際好きなだけ眠れるというのは幸せです。別に出勤しなくてもいいんですから、好きなようにすればいいんです。

このような自由をたっぷり満喫すれば、また、道は開けると言うか、やりたいことも出てくるし、出てこなくたって生活に困らないなら何も問題はないんです。

人生、気楽が一番です。

もうサラリーマンに戻りたくはありません

今日は、投資家で花火師のSさんと、久兵衛で落ち合い、投資や今やっているビジネスの話などをして盛り上がりました。

昼間の2時から、ビールとつまみで、4時間も過ごしました。昼間から飲んでいられるのも、早期リタイアの特権です。

締めのうどんを食べた頃には、外はすっかり暗くなっていました。今回は、Sさんに御馳走になりました。普段も、ビジネスの話をするランチのときは、いつもお金を出してもらっているので、何とか僕もビジネスを軌道に乗せ、お返しができるようになりたいと思っています。

昨日は友人と3時間ほどウォーキングをして帰宅後家飲みをしてしまい、2日連続でかなり飲んでしまいましたが、早期リタイアは、眠りたいときに眠れるので、ありがたい話です。

もうサラリーマンに戻りたくはありません。

過労死ほど馬鹿らしいものはない

今は早期リタイアをして、自宅でまったりと仕事をしている身ですが、ときどき会社員時代を振り返ることがあります。そして疲れていた自分と、過労で事故を起こしてしまう人のことなどを考えてしまいます。

たとえば、長距離トラックや長距離バスの事故を聞くたびに、その原因のかなりの割合を占めるのは過労ではないかと思ってしまいます。

どんなに眠くてもハンドルを握らなければならない、とか、蓄積した疲労が本人の自覚以上に進行している、とか、そうした負の要因が背後に隠れているのではないでしょうか。

僕の前職はビジネスホテルの設備管理全般で、トラックドライバーやバスドライバーほどの激務ではありませんでしたが、24時間勤務であったため、ときどき眠くて仕方がないことは何度かありました。

どれほど体が疲れていても、例えば深夜に、配管にピンホールが開き、温水が漏れているなどの不具合が発生すれば、即座に対応しなければなりません。

また、新宿という場所柄のため、泥酔客もそれなりにいて、おう吐物の処理は年間を通して数回はありました。おう吐物以外には糞尿関係ですね。おう吐物や糞尿の対応というのは、大変ではありますが、技術は要らないため、精神的負担はあまりありません。

大変なのは技術を伴う作業です。特に夜は一人勤務となってしまうため、技術的な問題は一人で対応しなければなりません。熱帯夜にエアコンが効かない、などもたまにありました。経費削減のため、耐用年数を疾うに過ぎたエアコンを使っていたためです。

空き室があればそちらに移動してもらってゆっくり対応することもできますが、そういうときに限って満室だったりします。どうにもならないときはダイキンの技術者を呼びますが、可能な限り自分で直します。

まあこんな話をしているときりがないのですが、24時間勤務は、気を抜くことができませんでした。そして少しずつ、疲労が蓄積していったのだと思います。

鬱にこそなりませんでしたが、体が重くて動かないときは何度もありました。そのたびに、自分は定年まで無事故でこの仕事をやり遂げられるだろうかと不安になったことを覚えています。

父の介護が必要になり、定年まで3年と数か月を残して早期リタイアしました。ホッとしました。少なくとも、仕事で、事故を起こさずに会社勤めを終えることができたと思ったからです。

体力や気力には個人差があり、一概には言えませんが、過労やストレスを抱えながら働いている人が大半ではないでしょうか。

過労死ほど、馬鹿らしいものはありません。どれほど働いても、それに対するリターンはたかが知れています。

僕が働いていたビジネスホテルは小さいながらも福利厚生はしっかりしていました。有給休暇もかなり自由に使えました。そうしたブラックではない企業ですら、従業員はそれなりに疲れています。

ましてやブラック企業であれば、その社員はどれほど疲れていることでしょう。しかしそんな会社でも、しがみつかなければならない人もいるでしょう。

人の考えはそれぞれですからどうしろとは言えませんが、過労死するくらいならケツをまくって逃げろ、と言いたいですね。お金も大切ですが、それ以上に命や時間のほうが大切ですから。

やっぱり、早期リタイアは価値があります

  今日は、14時半に、訪問入浴サービスの業者さんが来てくれて、父を、セッティングした浴槽で、洗ってくれたのですが、その間、僕は台所に立ち、その様子を見ていました。

 訪問入浴サービスの浴槽は、業者さんが持ち込んでくれるのですが、かなりスペースを取ります。父と母の共同の居室である一階の部屋の中央で、それも、斜めに置かれるため(そのように置くのが、作業上最も合理的なのですが)、窓際にある父のベッドと、浴槽に追いやられる形で、母が部屋の隅に椅子を移動して座ると、ほぼ、僕の立ち位置はなくなります。

 以前、住宅事情カテゴリーでお話ししたように、1階には一部屋しかなく、14畳の、リビングダイニングとなっていますが、カウンターを挟んで、向こう側のキッチンに、4畳分を取られているため、事実上の居室空間は、10畳ほどです。

 立ち位置のなくなった僕は、必然的に台所に追いやられるのですが、そこで逆転の発想(それほどでもないか)で、カウンター越しに父が気持ちよさそうに体を洗ってもらうのを見ながら、夕食の料理を一品作ることにしたのです。今日は、レンジでチンした二つのジャガイモをつぶし、それに、キュウリのスライスと、残り物のリンゴを入れ、マヨネーズで混ぜるという、簡単な一品を作りました。

 自分の居場所の確保兼、おかずを一品作るという時間の節約にもなります。父の見守りも兼ねて、作るので、のんびりと、一品を作るというのが、ちょうどいいようです。

 早期リタイア生活の利点は、そんなふうにして、ちょこちょこと、気に入ったおかずを自分で作れることも、その一つです。

 父は今年、90になりますし、母はこの3月で、86になりました。もう、いつお迎えが来ても、おかしくない年齢です。だからこそ、僕は、定年まで数年を残しての、早期リタイアは、価値があると思っています。両親と過ごす最後の時間を、こうして、一緒に、充実した形で過ごせるからです。

 働いていた時の僕は疲れ切っていて、気持ちはあっても、体が動きませんでした。だから今ほど、マメに、料理も作れませんでした。

 今日は、訪問入浴サービスの業者さんが帰った後、床を蒸気洗浄しました。掃除も、働いていた時よりも、やる回数が増えました。それも、早期リタイアの利点です。
 

住宅ローンは、あと12年、続きます

 3年前に、家を建て替えたとき、父はまだ病院にいました。そのときも胃瘻による栄養注入を行っていましたが、同時に、口から食べる訓練もしていました。

 3年前の6月、バリアフリー化をして新しく建て直した家に、まず、母と僕が、借家の仮住まいから、引っ越してきました。その6月に、住宅ローンの1回目の引き落としがありました。そして、今月末、5月の引き落としで、丸3年が経ったことになります。

 3年前も50を過ぎていましたから、長期のローンは組めません。15年の変動ローンを組みました。金利は、0.775。

 その時点では、マンションを売却していましたが、それまで払っていたマンションのローンに比べれば、格段に借りやすい金利です。そのおかげで、利息は低く抑えられています。だから今まで、滞納もありませんでした。普通に仕事をしていれば、支払える金額でした。

 しかし、今は無職で、早期リタイアの身です。失業保険が打ち切られるまで、2か月を切りました。

 いただいた退職金の中から、約半年分の金額の住宅ローンを、すでに銀行の口座に入れました。だから、半年間は、住宅ローンが払えない、という事態に陥ることはありません。しかしそのあとは、未知数です。不安は、あります。

 それでも、家を建て替えることができたおかげで、その年の8月に退院してきた父が、9月には、胃瘻を除去することができ、つまり、再び、口から物が食べられるようになり、再び入院することになった去年の7月までのおよそ、2年間、僕は仕事と介護を両立しながら、数か月に1度くらいは、両親を連れて、旅行にも行くことができました。

 そして再び入院し、再び胃瘻をつけて戻ってきた父の状況は、以前退院して戻ってきた時よりも、重篤なものでしたが、またこの家で過ごせることを喜んでいました。そして今も、酸素吸引をしながら、寝ています。

 あと、12年。
 何とか踏ん張って、住宅ローンを返済していきます。

介護離職後に、考えてみたこと

 早期リタイアを計画し、実行に移せる人は、計画性のある人だと思います。
 僕も、定年まで数年を残しての早期リタイアなのですが、それを目指して準備をしてたわけではないので、、最初は戸惑いもありました。

 特に、お金のことですね。
 それまでの給与所得が、ゼロになるわけですからね。

 ただ、しみじみと考えてみたのですが、仕事は、もちろん生活のためではありますが、会社に奉仕するということです。通勤時間も入れると、かなりの時間を、会社という他者のために費やしていることになります。

 今の僕は介護離職し、大半の時間を、両親と自分のために費やしています。

 これは、考え方を変えれば、かなり贅沢なことかもしれません。
 そう考えることで、なんだか、豊かな気持ちになれます。
 どうせ一度の人生です。
 人は、いつ死ぬのかもわかりません。
 そう考えると、人生の持ち時間を何に使うかこそが、最も大切な、考えるべきことなのではないでしょうか。

 先ほども言いましたが、今の僕は、大半の時間を両親と自分のために使っています。年老いた両親の生活リズムに合わせるうちに、僕もずいぶん、会社員時代に比べ、ゆったりとした生活になってきました。
 ゆったりとしたリズムは、体にもいいように感じます。
 計画的早期リタイアではなく、結果的早期リタイアの僕ですが、この、ゆったりとした生活は、とても気に入っています。
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