介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

斎藤一人さん

お金が貯まっていく一方



お金はお金を生む、

という言葉があります。


お金は、寂しいのが嫌い。

だから、仲間を、集めたがります。 

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世の中には、お金の悪口を言う人がいます。

そういう人は、お金に好かれません。

まあ、当たり前、か。


お金を、異性に例える人もいます。

追いかけると逃げる、みたいにね。


大リーガーの大谷さんの記事を見ました。

 納税についてどう考えるかという珍しい質問。「ロスは税率高いので、半分よりちょっと多いくらいは納めなきゃいけない」と苦笑。「それは納めますし。消費することはあまりない。今のところは貯まっていく一方かなと思ってます」と素直な考えを述べた。

「消費することがあまりない。今のところは貯まっていく一方」


うーん、彼のこの言葉を聞いたとき、

斎藤一人さんを思い出しました。


キャッシュフローを考えた時、

お金の入りが、圧倒的に多いと、

使う以上にお金が余るため、

勝手にお金は貯まっていきます。


節約を、意識する必要もない、と。


だからと言って、

彼らは無理に消費することもしないし、

ただ、ありのままに自然に生きているだけだし、

お金も勝手に貯まっていくだけなのだと思います。




収入を増やすより支出を抑えるほうが楽



楽を極めると極楽になる、

と、斎藤一人さんは言います。


まあ、あのくらいの大金持ちになると、

じゃんじゃん稼いで、

バンバン税金払って、

と、なるのですが、

大半の人の最適解は、

出るを制する道。


つまり、支出を抑えることで、

楽に生きられるようになる道。

支出を抑えることの価値は、計り知れません。


僕は、楽天経済圏をメインにしていますが、

つまり、メインに使っているのは楽天カードで、

楽天ポイントを使って、

いろいろな場面で、

活用している、と。


つまり、普通の支出にもポイントを紐付けする、と。

これはおそらく、節約意識のある人ならば、

普通にしていることだと思うのですが、

ただ、注意点があり、

お買い物マラソンですか、

確かにお得ではあるのですが、

あれに煽られて消費していると、

たちまち、ローコスト生活ではなくなります。

必要なものは、買ってもいいのですよ。

でも、ついつい、お得感に釣られて、

要らんものまで買ってしまう恐れがあります。


なので、注意が必要。

収入を増やすのは、

それなりに大変ですが、

支出を抑えるのは、

ずっと楽にできるよね、

という話でした。

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ただこれは、

精神性の低い浪費家には、無縁の話。

自由時間こそが上位にランクするよね、という、

自由人にのみ、



お薦めの思考かもしれません。





親ガチャはともかく国ガチャは大成功じゃね



なんだか最近、親ガチャという言葉をよく聞きます。

ブログパトロールをしていても、

親ガチャの単語を含んだタイトルをよく見かけるし、 

そういう僕も、タイトルに、親ガチャが入ってますけど、

親は確かに選べない、それが、世間一般の常識。


でも、そんな常識の話をしてもつまらないので、

僕は、非常識な話をします。

僕は、親を選んで生まれてきました。

これを説明すると長くなるのですが、

かなりスピリチュアルな話になってしまいます。

そういう話が好きな人には良い記事になりますが、

そうでない人には、ただの痛い人のたわごとにしか見えません。


で、スピリチュアルな話になって長くなるのはやめて、

一般論で行きます。

確かに、親の影響力が大きいのは事実。

経済力、包容力、その他諸々。

良い親に恵まれた子と、そうでない人の差は、歴然。


特に毒親に育てられた人の悲惨さは、目を覆いたくなります。

子供は、親には逆らえないし、親の感情に敏感です。


確かに親の良し悪しは、影響力が半端ない。

だけど、国、で見たらどうですか。

国ガチャという言葉があるかどうかわかりませんが、

世界を見渡してみても、

日本に生まれただけで、かなり、幸せではないでしょうか。

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つまり、日本国民として生まれただけで、

かなり幸福度が高いのですよ。


で、ついでに言っておくと、

日本に生まれ、日本に暮らしながら、

日本の悪口を言っている人は、

間違いなく、運勢が落ちていきます。

だって、自分が生きている場所の悪口を言っているのですから、

幸せになる道理がない。


この辺りのことは、

斎藤一人さんが、



よく言っていることでもありますね。




知識がないと舐められる



僕は基本、性善説で生きているのですが、

時折、ぼったくられることがあります。


若い頃は、ぼったクラレまくりでしたけど(笑)。

さすがに人生経験を重ねて、

人間のいろいろな姿を見たりして、

多少は、騙されなくもなりました。


それでもやはり、

知識のない分野においては、

ぼられることもあります。

まあ、向こうも商売ですから、

この客はゆるい、と思えば、カモにしてきますよね。


特にお金のかかる分野、

家、とか、車、とかは、要注意。

もう僕は、家については、親の介護で建て替え済みなので、

次に家に関することと言えば、屋根や壁の補修に関すること。

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不動産は、一生に一度、か、二度、くらいしか、

購入、あるいは、建てることはないだけに、

慎重になるのは当然のこと。


車は、不動産ほどではないにしろ、

やはり、知識を身に付けておくに、

越したことはありません。


で、何が言いたいのかというと、

知識は大事だよね、と。

まずは知らないと、何にせよ、足元を見られます。

相手に、あ、こいつ楽勝だな、と、

思われたら、ダメなんです。


斎藤一人さんも言っていますよね。

えばっちゃいけない、なめられちゃいけない、と。


僕は、えばることはありませんが、

ときおりなめられるので(ぼられるのもなめられているということ)、

何にせよ、最低限の知識は仕入れておいて、

損はありません。




 

お金に関する大切な話



僕は斎藤一人さんの影響を受けて、

天国言葉を使うようになり、

劇的に人生が好転した経験があるので、

言葉は、とても大切だと思っています。

聖書にも、はじめに言葉ありき、とかいう、

記述があったように記憶しています。


で、今日は、斎藤一人さんの話ではなく、

本田健さんの話。

本田健さんの本も、何冊も読んでいますが、

時間を無駄にせず、人生を存分に生き切っている人、

というのが、僕の、本田健さんの印象。

ネットで、彼の顔を初めて見た時、

あ、この人は、過去世で、中国人だったことがあるな、

と、直感しました。

実は僕も、過去世で、中国人だったことがあるものですから。

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まあ、そうしたスピリチュアルな話は横において、

本田健さんは、福の神のような人。

で、その本田健さんの、記事を見つけたので、シェアします。


お金についての大切な考え方のひとつに、「代々受け継がれていくお金との関係」があります。

まず、お金をわかりやすく、「資産」と「負債」に分けて考えてください。

資産とは、あなたの人生を豊かにするものです。

負債とは、あなたの人生を貧しくするものです。

資産と負債には、それぞれ経済的な要素と精神的な要素があります。

例えば資産なら、お金を生み出してくれるものは「経済的資産」です。また、幸せを生み出してくれるものは「精神的資産」といえます。多くの人は、このふたつの資産を一緒くたにして考えてしまっています。

そして重要なのは、資産と負債は「世代を超えて価値と影響力を持つ」ということです。

まず、あなたが経済的資産を持っていれば、それを子どもや孫に残すことができる一方で、借金を抱えていれば子どもや孫に経済的負債を負わせる可能性があります。これらは目に見える物理的な資産なので、わかりやすいでしょう。

ただ、あなたに意識してほしいのは、精神的資産のほうです。この精神的資産は、さらに「無形資産」と「感情的資産」に分類されます。

無形資産は、おもに人間関係、健康、経験、知識、スキルなどを指します。感情的資産は、おもに自信、自尊心、愛、情熱、好奇心、楽しさ、感謝などの感情を指します。

そしてわたしが知る限り、多くの人は経済的資産ばかりを残そうとしながら、同時に膨大な「無形負債」や「感情的負債」を負わせることがよくあるのです。

無形負債は、殺伐とした人間関係や寂しい思い出です。感情的負債は、心配、怖れ、嫉妬、劣等感、無価値感、罪悪感などのネガティブな感情です。

それらネガティブな負債が残っている場合、いくら経済的資産を残しても、子どもや孫たちはあっという間にそれを失います。なぜなら、強力な「精神的負債」が受け継がれているからです。

逆に、「うちは貧しかったけど家族は幸せだったよ」という場合であれば、経済的資産はなくても、無形資産と感情的資産がたっぷり受け継がれています。

あなたは、どちらを残したいでしょうか?

経済的資産はもちろん大切ですが、より重要なのは精神的資産なのです。自分がいまどんな資産と負債を持ち、なにを引き継ごうとしているのか。これらの分類で整理することで、どうしたいかが見えてくると思います。

「経済的資産(負債)」だけでなく、「精神的資産(負債)」も、時代を超えて影響力を持つとお伝えしてきました。そうとらえると、わたしたちがなぜお金に翻弄されてしまうのか、その根本的理由が見えてきます。

もしあなたが、両親から「精神的資産(負債)」の影響を受けているなら、それはおそらくあなたが子どもだった頃に両親が描いた人生設計がベースになっているはずです。つまりあなたは、数十年前の考え方をベースにした「お金の設計図」にしたがって、知らず知らずのうちにいまを生きているのです。

そして、その両親も、あなたの祖父母から大きな影響を受けて育ったはずです。

祖父母の子ども時代はおそらく戦前~戦後間もない頃ですから、当時の日本はとても貧しく、恐慌や震災や戦争などにたびたび見舞われました。そんな時代には、当然ながらお金は慎重に使うべきものであり、多くの人は少しでも節約して、お金を貯めることに一生懸命になっていたことでしょう。

そうした欠乏感やお金を失う不安や恐怖感、お金を使うことに対する罪悪感などが世代を超えて、あなたの心のなかに脈々と受け継がれているともいえるのです。

お金の設計図は、いわば心的イメージです。ふだんは表に出てくることはありませんが、いざお金の不安や怖れを感じたときに、突如頭のなかに姿を現します。

例えば、あなたはいまの仕事が嫌でたまらないとします。ただ、パンデミックを経た先の見えない時代に転職するには、時期が悪いようにも感じます。本当はそのタイミングで、情熱や好奇心にしたがって行動していたら、むしろいい結果が生まれたかもしれません。

でも、大切な決断のタイミングで、お金に対する精神的負債が急に頭をもたげてきて、「やっぱりいまはやめておこう」「給料がもらえるだけマシだ」「景気がよくなるまで我慢しよう」といって、新しい挑戦をあきらめてしまうわけです。

しかし、お金の設計図は、あなたの力で変えることができます。たとえ先祖から脈々と受け継がれた「精神的負債」があったとしても、それはあくまで設計図であり、人生という建物を「施工」するのはあなた自身だからです。

基本プランは同じでも、考え方と行動によって、あなたは生み出す結果を確実に変えることができます。だからわたしは繰り返し、お金に対する「感情」についてお伝えしてきました。

あなたが、いまこの瞬間に、お金に対していいイメージを持って生きることがなにより大切です。

「わたしはいまお金を十分に持っている」

「わたしはいまの経済状態に心から感謝している。いまわたしが持つすべてのものを楽しんでいる」

「わたしはお金を気持ちよく人に与えることができる」

「お金を楽しく受け取り、喜んで自分のお金を支払うことができる」

手元にあるお金が多少心もとなくても、いまそう思って行動を変えることが、将来にわたるあなたの「精神的資産」をかたちづくっていくのです。

自分の「お金の器」を知ることから始める

そして、もうひとつ大切なことをお伝えします。それは、自分がもっとも幸せを感じられる「お金の適正な器」の大きさを知ることです。

いくら感情が大切といっても、いま年収300万円の人が、いきなり「年収3000万円を稼ぐぞ!」と思い描いても、結局は達成できずに惨めな思いを味わうだけで終わってしまうからです。

実に多くの人が、このように「もっとお金がほしい」「お金持ちになりたい」と願って、心を乱しながら生きています。

ものごとには順序があります。まずは自分が望むお金(年収)を、適正な大きさにしていきましょう。お金の適正な器の大きさの具体的な測り方は、例えば「年収500万円では不満だけど、年収1000万円になるのは大変そう」と感じるなら、この年収500万~1000万円が適正な器の大きさといえます。

まず自分にとって適正な器の大きさを知るからこそ、いまの自分が持っているものに自然と感謝が生まれ、お金に対していいイメージを抱いてスタートできるはずです。



うーん、メチャクチャ大切なことを言っています。

お金はあっても、精神的な負債を負っている人は、

破滅的な人生を送りがちであることは、

世の人々を冷静に眺めれば見えてきますね。


今日紹介した本田健さんの記事は、

腑に落としながら100回読めば、

それだけで運勢が好転しそう。


精神的資産の話は、とても重要です。

経済的豊かさと精神性の両立と言えば、

真っ先に思い浮かぶのは、斎藤一人さんですが、

本田健さんも、まさに、そういう人です。


僕が、ここで何か言うよりも、

本田健さんの言葉を、しっかりと心で受け止めて、

人生の糧にしてもらえれば、

僕としても、紹介した甲斐があります。




 

世間的な娯楽とは無縁の生活



達観を誇る気持ちは毛頭ありませんが、

世間的な娯楽とは無縁の生活は、快適ですらあります。

ここで言う世間的な娯楽とは、 

キャバクラや高級クラブに行く、

パチンコや競馬などのギャンブル、

風俗にうつつを抜かす、

などの、飲む打つ買うの昔から言われている娯楽。

これはかなり、昭和的概念で、まあ、ちょっと、

一昔前のダサい娯楽である感は否めませんが。

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そういった、昭和的ダサい娯楽とは無縁の生活は、

自分の時間を自分でデザインしていく生活

自分で価値を創造していく生活。

なので、退屈とは無縁。

お仕着せの娯楽に乗っかるだけの、

お金を放出することでしか、

人生を楽しめないとしたら、頭悪すぎ。


でも、実は、この手の人って、高齢者に散見できるのですよ。

高度経済成長期にそのまま乗っかって、

与えられた価値の中だけで生きてきたお年寄りに多い現象。

そういう人は、たくさんの年金をもらっていても、

少ないと不平を言ったりします。

それは現役時代よりは少ないでしょうが、

少しは工夫をしろよ、と言いたくなります。


金がないと人生を楽しめないと思っている人は、

斎藤一人さん的に言うと、

お客にされている人、ということになります。

お客にされているようじゃだめだよ、と一人さんは言いますが、

まったく同感で、

お客になるときは、自覚的になって、喜んでお金を払う、と。


この話は奥が深いので、



あの人のための 自分などと言わず あの人のために 去り行く事だ


と思って、また、後日話します。




お金持ちになる3つの方法



お金持ちになるのは、理論的には、そう難しい話ではありません。

これから書くことも、特別な秘密でもなんでもなくて、

おそらく、誰もが知っていること。

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では、サクサクと話を進めましょう。


1番目は、もともとお金持ちの家に生まれること。

まあ、身も蓋もない話ですが、ピケティの著作を持ち出すまでもなく、

お金持ちは、だいたいずっとお金持ちであることが多いです。


 2番目は、自分の才能を生かして仕事で稼ぐこと。

自分の才能を生かし切ることができれば、

ほぼ確実にお金持ちになります。

ただ、これは、裏を返せば、

仕事をやらされている社畜では、無理だということ。

社畜は、毎日がつまらないうえに、

やっと生きていける程度のお金しか稼げません。


3番目は、お金に働いてもらうこと。

これはつまり、資産がお金を生み出すということで、

FIREした人などに見られます。

たとえば、株の配当収入や賃貸業で暮らしている人たち。

このカテゴリーは、1番目と違って、最初は会社員をしたりしながら、

一定の収入を投資に回してリタイアした人、などが多い印象。


1番目の、もとから金持ちの家に生まれるのは、

経済的には、最初から上がりの人生ですが、

別の見方をすると、成り上がってく快感は、最初からない状態。

あまり、エキサイティングな感じは、しませんよねえ。

ただ、斎藤一人さんのように、金持ちの家に生まれながら、

さらに、エキサイティングな道を歩める人もいます。

こういう人は、特別な使命を持った人。

ここに深入りすると話が長くなるので、先に行きます。


で、結局、大半の人に当てはまるのは、

働いて、仕事を通してお金持ちになる、という道。


僕の親友のAさんなどは、

キャッシュで一戸建てを買える経済力がありながら、

敢えて、住宅ローンを組んで、数年前に一戸建てを購入しました。

で、彼のすぐれているところは、

収入が上がっても生活レベルを上げなかったところ。

だから、どんどん預貯金は増えていくわけです。


さて、話を進めると、大半の人は、ゼロからの出発です。

そして、自分のキャッシュポイントを見つけて、

成功し、お金持ちになっていく
、と。

この道が、やはり王道なのだと思います。





長くなったので、今日は、ここまで。




“都合の良い女”は、簡単に捨てられる



これは、男女関係でも、仕事場での人間関係でもそうですが、

なめられちゃ、ダメ。

斎藤一人さんなんかも、よく、

なめられちゃいけない、えばっちゃいけない、といいますが、

本当にその通り。

一昨日の記事の続きになりますが、

風の時代の現象として、取り上げます。


暴力団関係者と黒い交際があったこと理由に、島田紳助氏が芸能界を引退したのは2011年。当時、島田氏は売れっ子司会者として数多くの番組を担当。しかも、いずれも高視聴率を獲得するなど、芸能界で絶大な権力を持っていた。

そんな島田氏が芸能界で絶好調だった頃、番組レギュラーを務めていたお抱えの女性タレントたちが複数いる。表では「ファミリー」と称されていたが、裏では島田紳助の「喜び組」と呼ばれていたという。

当時の島田氏に気に入られれば、芸能生活の安泰は約束されたも同然だった。生き残りをかけて繰り広げられる熾烈な争い。島田氏の“お誘い”に乗れば、レギュラー番組の座をゲットすることができた。

しかし、それは相反する意味も持っていた。島田氏に嫌われれば、芸能界で生きていくことは不可能になるのだ。

「たとえば、大のお気に入りだったほしのあきさんがそうです。愛人だったとも言われたほしのさんですが、2008年頃に“付き合いが悪い”として怒らせてしまったようです。それまで出演していた『クイズ!ヘキサゴン』にパタリと姿を見せなくなり、紳助さんとの共演はほぼなくなりました」(前出・芸能ライター)

かつて島田氏はバラエティ番組の中で、「ほしのあきはいつ呼び出しても来る」と発言していたこともあり、どうやら“都合の良い女”となっていたようだ。

「美人女優として大人気だった伊東美咲さんも紳助さんの愛人だったと言われています。しかし、紳助さんが暴力団員のW氏に送ったとされる携帯メールの中で、『伊東美咲はあばずれ』と書かれていました。同じメールの中で、女優の小沢真珠さんは『ランクがだいぶ下』とされていました」(前出・芸能ライター)

2008年までは数々のテレビドラマで主演を務めていた伊東美咲(43)だが、2009年以降はパタリとその姿を見かけなくなってしまった。その裏には、島田氏との関係悪化があったとされている。


うーん、島田紳助に限らず、男に権力を持たせると、だいたいお決まりのコース。

この場合の権力は、芸能界という狭い世界の権力ですが、

サル山のボスとなった紳助の腹一つで、

仕事を与えられたり干されたり。

ただ、賢い人は、そういうポジションからは微妙に逃れて、

紳助のおもちゃにもされず、その分特別扱いもされず、

でもうまく生き残る道を歩いていた女性タレントも、

たくさんいたでしょうね。


で、何が言いたいのかというと、
 
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都合のいい女、になっちゃダメ、ということ。

都合のいい女って、男に軽く見られているということですからね。


いくら精力絶倫と言っても、

そう片っ端から手を出せるものでもありませんから、

うまく逃げながらも恨まれない関係を維持した女性タレントもいたはず。

ただ、週刊誌などはこういうネタに飢えているので、

こぞって、尾ひれをつけて、話を盛るのでしょうねえ。

紳助の今回の話は、話半分くらいに聴いておいて、

でも、まったく何もなかったということもない、くらいのところでしょうか。

まあ、基本、どうでもいい話ですからね。


ただ、政治にしろ芸能にしろ、もう本当に風通しのわるいのはだめです。

そういう意味では、競馬会の厩舎などの狭い世界も、風通しが悪そうです。

競馬の話をすると止まらなくなるので、やめておきますけどね。



 

アルバイトで得られる6万円の重み



僕は今内省中で、その中で気づいたことは、僕はこれまで、お金を軽視していたのではないか、ということ。

以前の、腑抜けが服を着て歩いているような自分に比べればいくらかはましになったとは言え、まだまだ自分は、身に染みてお金のありがたさを感じていなかったな、と反省。 

人は、困ったときが学ぶときなんです、と、斎藤一人さんは言います。

全くその通りで、愚か者は経験を通して学びます。

まあ、僕が、その、愚か者の一人、なのですがね。

賢い人は、困る前に学びます。

愚かな他人を反面教師にしたりしてね。
 
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で、何が言いたいのかというと、この4か月、

当たり前の日常と化していたアルバイト。

そして、そこで得られる6万円という金額。

給料明細は、いただくたびに、このブログでも公開していますが、

それは、公開したくなるほど、その現金収入が嬉しかったからなのですよ。

そのアルバイト収入も、

今月いっぱいでなくなるのではないかという瀬戸際に追い込まれ、

改めてその6万円の重みというか、

ありがたさを再確認しています。

何と言っても僕の場合、一か月の生活費が、まさに約6万円。

つまり、一か月生き延びられる金額が、なくなってしまうかどうか、

という段になって、また、改めてお金の有難味を知り、

また、その分余計、愚かだった過去の自分が浮かび上がって、

内省が進むという展開。


内省的には良いのですが、財政的にはよろしくないという矛盾、自家撞着。


年金がいただけるようになるのはまだ先のことなので、そこまでたどり着くためにも、

一か月の生活費をさらにカットして、5万円ほどにできないかも検討中です。





とりあえず、内省だけは進めます。



俺に浮気の相談をするなよ


相談というものは、誰にしてもいいというものではありませんよね。

相談に限らず、何でもそうですが、適任、というものがあります。

以前、斎藤一人さんに聞いた話ですが、娘が勉強しなくて困っています、という相談を受けた時に、一人さん曰く、誰に相談してもいいってもんじゃないよ、と。

一人さんは、 学校の勉強は全然しなかった人ですから、ね。

で、僕も、ある後輩から、浮気の相談を受けたのですが、相談する相手間違ってんじゃね、と、思いましたよ。

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こちとらは、浮気どころか、妻も子もいない独り身ですよ。

で、しかも、一人が大好き、と、来たもんだ。

その後輩、妻だけでは飽き足らず、愛人まで作ったわけですよ。

で、その愛人とのごたごたについての相談のようだったのですが、ちょっと待てと言って、相談する相手を変えな、と、言ってやりました。

相談しやすかったから、とか、なんかいい知恵がありそうだから、なんて言っていましたけど、いい知恵なんてありませんよ。

結婚してんだから、浮気はだめだろ、とだけ、言ってやりました。

うーん、共犯者という、矢沢永吉の曲を思い出しましたよ。



矢沢永吉本人が歌っている動画はなかったので、カバーバンドで。

まあ、そんなかっこいい後輩ではありませんから、このくらいでちょうどいいか、と。

でも、これじゃあ、あまりにしょぼいから、矢沢永吉の別の曲で、情事について歌った

SOMEBODY'S NIGHT





も、アップしておきます。




リタイアで実感する朝の時間の価値


昨日、僕には珍しく職場の話をしたのですが、社畜などと言って、サラリーマンの悲しさを表現することが多いのですが、どうせやらなけらばならない会社員生活であれば、少しでも楽しくする工夫が大事だと思ったのは、斎藤一人さんのおかげでもあります。

どうにもこうにも、仕事からは逃げられなかったので、そのときは、住んでいたマンションの住宅ローンに加え、親の介護もあったので、稼がないわけにはいきませんでした。

で、昨日の続きになりますが、気づきを得て仕事への取組みの姿勢が変わり、仕事の質も人間関係も改善してから、思わぬ出来事もありました。

それは、社長に呼ばれて、年度の途中で昇給があったことです。

昇給というのは、年に一回、四月にあるのが通例でしたが、11月に、社長室に呼ばれ、昇給を告げられたのです。

それも、3万いくらかで、4万円近い額でした。

4万円弱が、次の給料から上乗せされたのですから、大きかったですね。

この辺りが、ワンマン社長ゆえのさじ加減というか、面白いところでもあります。

で、年収が上がり、それでも、500万円にはわずかに届かず、490万円くらいにはなったかと思います。

まあ、僕の仕事能力、会社への貢献度、スキルなどからすれば、十分すぎる額だとは思いました。

で、何の話でしたっけ。

ああ、そうそう、つまり、自分でも予期しないときに、給料を上げてもらい、生活も随分安定して、僕はよく社畜などと言う表現を使いますが、良いこともあったよ、という話。

それと、何と言っても、職場に行くと、自分の娘くらいの年齢の女子社員が何人もいましたから、それも楽しかったですよ。

家に帰ったら、誰もいない一人暮らしでしたからねえ。

生活に、花がないのですよ。

でも、職場に行けば、女子社員がいて、僕も結構話し好きですし、飲み会などにもなるべく参加して、楽しく過ごすようにはしていました。

まあ、そうした交流も、楽しい思い出です。

でもやはり、会社勤めは、基本、窮屈なもの。

一日も早く辞めて自由になりたいとは、思い続けていました。


そして、今は、毎日が自由な日々ですが、何と言っても実感するのは、朝、ゆっくりと過ごしているとき。
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自分で淹れたコーヒーを飲みながらゆったり過ごす朝の時間こそ、最高です。

特にこれから、だんだん寒くなっていきますから、朝の時間はさらに価値が上がります。




そして、のんびりと過ごす朝の時間に、今日は何をして過ごそうかと考え、

何をしてもいい自由の中で、やりたいことをする毎日は、

僕にとって至福以外の何ものでもありません。



お金が入ってくるようになると、女性はキレイになる


例によって、ネットサーフィンで、いろいろな人のブログを覗いていたら、なるほど、と思ったことがあります。

このブログの女性は、派遣写真として働いているようなのですが、以下が、その記事からの引用。

派遣写真ではなくて、派遣社員の間違いです、訂正しておきます。



食べていくのがやっとの時は誰が見ても安っぽく見える服をいつも着ていました。
そして、服のレパートリーも少ないので、いかにも安っぽい服をいつも着ている感じ。

それが、ちょっとお金が入ってくるようになると、髪型がキレイになり、着てくる服も、少しずつレパートリーが増えてくるんですよね。

「あら、いい感じの服着てきた!」なんて、女性ならば結構見ていますよね。
そして、ちょっとおしゃれな服を着てくると、顔の表情も変わるんですよね。
ソフトになるんですよね。

そう考えると、お金ってやっぱりステキ!
そして、女性はオシャレにちょっとはお金を使わないとだめだと思う。

だって、ちょっとお金を使えるようになるだけで、輝きだすんですよ!
女性はお金でキレイになるよ!



うーん、わかる気がしますねえ。

 以前、斎藤一人さんの本ばかり読んでいた時期があり、いい男の定義で、女房がオシャレに存分にお金を使えるだけの稼ぎがあること、というのがありました。
 
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一人さんによると、男は女が好き、だけど女は男が好きというよりもオシャレが好き。

これも一人さんが言っていたことですが、男は情欲、女は物欲、とも。

人生の達人の言葉ですから、僕は、なるほど、と思って拝聴しましたが、一人さん的に言うと、僕などは、いい男ではないようです。まあ、それは、自分でもわかっていたことですが(笑)。

でも、それでいいし、一人さんの言うことは一理あるし、女性がオシャレなのはいいことだと思うし、みんなそれぞれで、いいと思っています。



うーん、アメリカというバンド名は、当時、衝撃でした。



仕事を増やすと気苦労も増える


もうアルバイトも辞めて、暢気な身分なので、仕事のことを考えることはないのですが、たとえば、会社ではないにしろ、日々の生活の中で、やるべきことややったほうがいいとされることなども、広い意味で、仕事と、とらえることができます。

たとえば、今日、僕は朝一番の仕事として、スズキ自動車に、アルトを持って行ったのですが、それは、リコール点検のため。

で、先ほどその点検も終えて、今帰ってきたのですが、考えてみれば、このブログも、仕事のように義務的なってくれば、とたんに、僕の中では、喜びはなくなっていきます。

つまり、ねばならない、書かねばならない、とか、そんな風に義務的になってくると、これは、会社勤めでの義務感と変わらなくなります。

だから僕は、書きたくないときには、一切書きません。

それが、ときどき、ブログを書かない日がある理由でもあるのですが、今日は、思ったよりも、点検が早く終わって、この時間に家に帰れたので、まだ夜までには時間もあり、じゃあ、何か、書いてみようかと、思ったまで。

で、今週は、ハローワークにも行かねばならないのですが、これも、まあ、仕事と言えば仕事です。

なんて言うんですかねえ、やんなくちゃならないこと、は、とりあえず、僕の中では、仕事と考えています。

で、そうした仕事というものは、増やさないことが肝要。

仕事を増やすと、その分、気苦労も増えるから、です。

ハローワークは行かないと、失業給付金がもらえなくなるので、これは、まあ、義務を伴う仕事。

で、ただ、ハローワークに行くだけでは面白みもないので、そこに何かしらの楽しみを絡めたりするわけです。 


で、これからの方向性としては、やらねばならないことは、なるべく排除して、やりたいことを、創造的にやっていくようにしていきたいと、思っています。

それが結局、一番幸福度が高いですからね。

で、やらねばならないことは、どうせやるのだから、なるべく遊びに変えよう、と、思っています。


どうしたら、その、やらねばならないことを、遊びにできるかを工夫するのも、知恵の出し処だと思うのですね。


これの天才が、斎藤一人さんだと思うのですよ。

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つまらないことを面白いことに変えちゃう天才、ですね。

まあ、斎藤一人さんからは、実に様々なことを教わりましたが、直接会ったのは一度しかなく、話もできないような大きな会場だったので、握手しかできませんでしたが、彼からは、おもに、本を通して、あるいは、CDを通して、生きるヒントを、ずいぶん、もらいました。

で、僕も、なるべく仕事はしない、しなきゃならないときは、どうしたら楽しくできるかを考える、と、こういう風にやっていきたいと、思っています。


なぜ母(義母)と仲良く暮らしてこれたのだろう、と考えてみた

僕の父(3年前に他界)が、母(1年前に他界した義母)と再婚したのは、僕が19歳のとき。

当時、僕の家は、世界救世教という宗教団体に入っていて、そこで、紹介されたのですね。

つまり、母も、東京で、同じ宗教団体に所属していたわけです。

実は、父は、母と再婚する前に、二人ほど、やはり、世界救世教の信者の女性を紹介されていたのですが、縁がなかったようです。

で、僕は、父が再婚したので、家を出たりして、放浪し、好きなように生きてきました。

その間、世界救世教をやめ、統一協会で、集団生活をしたり、まあ、転職と放浪の生活をしていたわけです。

落ち着いたのは、35のときですが、そのときには、統一協会はやめており、幸福の科学の会員になっていました。

父も母も、再婚した当時は、世界救世教の信者だったのですが、その後、僕と歩調を合わせるようにして、統一協会、そして、幸福の科学へと、宗旨替えしていきます。


で、その幸福の科学も、僕が53歳のときに辞めると、その後、両親も、辞めました。


まあ、しかし、どんな宗教であれ、人を惹きつけるには、それなりの理由というか、魅力があるわけですよ。

で、どの宗教にも、それなりの、心の教え、と、いうモノは、あります。

母の場合は、世界救世教の、お任せする、という教えが、気に入っているようでした。

あれこれ悩んでも仕方がないので、お任せする、ゆだねる、ということですね。

まあ、これは、仏教的に解釈し直すと、執着を手放す、ということにつながるように思います。


で、宗教遍歴の話になるとまた長くなるので、なぜ母と上手くやってこれたのかを再考すると、たぶんこれは、ウィンウィンの関係にあったのが大きいのではないか、と推測します。

つまりですね、母が、再婚もせずに東京で一人暮らしをしていたら、かなり貧しい老後になっていたと思います。職歴もわずかで、当時、板橋区のアパートに住んでおり、ちょうどそこを取り壊すので、出ていくように言われたタイミングで、父との再婚話があったのですね。


まあ、渡りに船だったわけで、こうしたタイミングというのも、ある意味、運命かなあ、と、思うのですよ。

で、父は父で、のち添えを得て、助かったところは多かったと思います。

僕もまた、父が再婚してくれたおかげで、自由に放浪できたわけですから、近江商人の三方良しの家族版、というか、そんな感じ。


で、父は、どちらかと言うと高給取りでもない、会社員というか、米軍横田基地というところに勤めていたので、準公務員に近い感じでしょうか。


で、父の世代は、ねんきん的にはかなり恵まれていたのですよ。

だから、非常にお金のかかる幸福の科学にいたときも、年金暮らしで何とかやり繰りできていたようです。


幸福の科学をやめた経緯などは、過去記事でも触れているので省きますが、そのときに大きな力となったのが、斎藤一人さんや小林正観さんの本でした。


ちょうど幸福の科学の総裁である大川隆法さんが、長年連れ添った妻と離婚するときで、支部に行くと、連日、妻への悪口を法話という形で聴かされていました。

法話である以上、それを聴くにも、お金がかかります。

お金を払って、妻への悪口を、支部に行くたびに聴かされるわけです。


それだけが原因ではないのですが、僕は徐々に精神に不調を覚えました。

それまで、大川隆法さんの妻のことを、文殊菩薩だ、アフロディーテだと、崇めていた信者たちが、てのひらを返すように、糞女とか、ユダとか、言ってののしる姿も、見るに堪えませんでした。

そうしたときに、斎藤一人さんや小林正観さんの本に出会い、普段話す言葉の大切さを、学びました。

実際、当時は本当に苦しい毎日でしたが、そうした天国的な言葉で、教祖の吐き出す毒舌の毒を解毒していったのです。


で、両親を説得し、ともに、幸福の科学を退会したのですが、実は、幸福の科学には、良い人もたくさんいて、このブログでも登場するAさんやIさん、とは、今も、親密な付き合いが続いています。


組織は離れても、人間をラベルで見ない、というのは、大事なことです。


さて、母とはウィンウィンの関係だったという話をしましたが、一緒に斎藤一人さんや小林正観さんの本を読むようになって、互いにありがとうを、言い合う機会が増えたことも、関係性の維持向上に役立ったように思います。


今日は長くなったので、ここまで。

ろくでもない兄弟姉妹や息子娘なら、要らなくね


子供部屋おじさんを殺した元事務次官がいましたが、有り余るほどの年金をもらいお金の心配はない人でも、人生はどこでどんな落とし穴があるかわからないもの。

斎藤一人さんは、人生には、まさか、という、坂がある、と言っていますが、本当にそうですね。

さて、僕の友人には、引きこもりの弟を持つ者がいます。

そのせいで結婚できない、とまでは言い切れませんが、独り者です。

で、彼は、自分の収入で、その弟の面倒も見ているのですが、その弟も、どんどん年を取っていくわけですよ。

兄弟姉妹にしろ、息子娘にしろ、ろくでもない奴なら、要らなくね、と、思いますね。

人生は修行なので、もしかしたら、そのような人生計画を、生まれる前に決めているのかもしれません。

でも、現実に、ろくでもない兄や弟、姉や妹がいたら、ストレス半端なくね、と、思うのですよ。

僕が、絶対我慢できないだろうと思うのは、ギャンブルやカルトに狂った兄弟姉妹。

こんなのがいたら、フルボッコにしますね。

右の下段蹴りからの、中段逆突きですよ。

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で、最後は、左の蹴上げね。

これで顎を蹴って、倒れたところに脳天蹴り。

以前も、兄弟リスクについては、言及しています。

ろくでもない兄弟姉妹なら、いないほうが良くね

まあ、僕は、天涯孤独のおひとりさま。

兄弟姉妹リスクや、息子娘リスクとは、無縁ですね。

その分、極上の孤独とは、日々、向かい合っていますよ。

38歳の再就職で、年収800万が100万に

日刊SPAに身につまされた記事があったので紹介します。

なぜ、身につまされたのかと言うと、僕も、オーナー社長の会社に長らく勤めていて、似たような経験をしたからです。

以下の記事は、SPAからの引用です。

「30代半ばまで、東京の大手ITベンチャーに勤務していました。でも、地方の実家に一人残してきた母が認知症を患ってしまい、介護のため退職。38歳で地元企業にUターン就職することを決めたんです」

 田山悟さん(50歳・仮名・未婚)は当時の年収800万円を捨てて帰郷後、地元企業に就職するが、入社初日から職場環境に愕然としたという。

「使っているパソコンやツールも古いし、仕事のやり方も時代遅れ。非効率的なので、東京で働いていた時の経験を活かして『このツールを使ってみては?』、『こういう方針を導入しては?』と社長に提案したんです。良かれと思ってのことでしたが、社長の目には生意気に映ったんでしょうね。『ここはお前がいたような大手じゃない! この東京者が!』と一喝され、無視されるようになりました」

 少人数の会社ゆえ周囲も社長のイエスマンばかり。完全に孤立して、ストレスに耐えきれずに退職。

「地方の小さな企業は、社長はワンマンが多いことを事前に知っていればよかったんですが……。それがトラウマで、その後は企業には就職せず、母の介護をしながらフリーランスで働いています。会社員時代よりも気楽ですが、仕事が安定せず、年収は300万円前後まで落ち込みました。

 100万円くらいしか稼げない年もありましたね。母の年金のおかげで、ギリギリ成り立っている暮らしです」

 地方の企業文化に身をもって触れた田山さん。一般的に見れば、「介護離職を機にキャリアデザイン失敗」ということになるだろう。


うーん、僕の場合は、上司と口論になり、その上司の僕に対する勤務評価が劇下がりとなり、年俸ダウン、となったのでした。

年に一度、社長室にて、年俸の提示があるのですが、上司とやり合ったことが見事なまでに反映されました。

その後、時間をかけて上司との関係を改善。

少しずつ、給料を上げてもらい、現状に回復し、さらにその後も昇給を重ねて、それでも、一番稼いでいたときでさえ、500万円には届かない、490万円ほどだったと思いますが、会社の規模としては、良く出してくれた年収だったと思っています。

とにかく会社は、仕事ができることと同じか、それ以上に、人間関係がものを言います。

人間関係で悩んでいたときに、とにかくよく読んだのが、斎藤一人さんの本。

一人さんに、ずいぶん大人にしてもらいました。

会社も、世の中も、必ずしも正しいことが通るわけではない、そこのところの、深い話を、斎藤一人さんから学びました。

一人さん以外にも、いろいろな人生の達人から、その著作を通していろいろなことを学びました。

悩んでいるときが、一番、吸収力があり、実践で使えることも、知りましたね。

孤独を楽しめる才能は、幸せになるためのスキルの一つ

仕事を辞めた途端にシュリンクするタイプの人間がいます。

シュリンク、つまり、萎んでしまう、ということですね。

でも、セミリタイアを若い頃から目指しているタイプの人は、何もしないことにこそ、価値を置いているので、萎むことはありません。

ましてや、暇を持て余すなんてことはないんです。

まあこれは、資質というほかはなく、斎藤一人さん曰く、「怠け者を働かせると病気になるし、働き者を働かせないと病気になる」そうです。

怠け者がいやいや会社勤めをしているのは悲劇で、一刻も早く、逃げ出したほうがいいのですが、人生、何もしないでごろごろしているのも、それはまた、幸せとは言えないのかもしれません。ただ、過労死よりはましですよ。

さて、リタイア後のもう一つの問題は、孤独、です。

ときどき、孤独を訴える人を見かけますが、これも資質によるところが多く、何とも言えませんが、孤独を楽しめる才能のある人は、強いと思います。

僕も、どちらかというと、孤独を楽しめるタイプです。

だから、一人旅に行って、家族連れに囲まれていても、平気でいられるのです。

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             一人で、どこへでも行くよ


まあもう、一人が、慣れっこになっていますからね。

ということで、貴重な夏休みの真ん中の二日、一泊で都内に行ってきます。勿論、現金支出を抑えて楽天ポイントの支払いで無料で泊まります。食事は主に株主優待を使います。

では、行ってきます。

僕くらい幸せな人間はいない

思うのですよ。

僕くらい幸せな人間は、あまりいないのではないかと。

僕が知っている限りでは、僕と同じくらい、あるいは僕よりも幸せな人間というのは、斎藤一人さんでしょうか。

何しろ、彼は、べらぼうにお金を持っていますからね。


あとは、桑田佳祐とか。彼も、めっちゃ幸せな人間だと思うのですね。

僕も、21歳のときに湘南に住んでいたので、サザンばかり聞いていたときがあり、あとは、大滝詠一とか。


僕が住んでいたのは、逗子市なのですが、逗子市山の根というところにアパートを借りて住んでいました。


で、僕はかなりいい加減に生きてきたのですが、転職135回とか。もうめちゃくちゃですよ。

そんな僕が、今は人生で一番幸せなのは、これ如何に。


まあこれは、Tさんの別荘でも話したのですが、人生経験を積んできて、その頂点に今があるのだから、今が一番幸せに決まっているのです。


だって、すべての過去が、自分の肥やしであり、味方なのですよ。

その上に立った今現在なのですから、最強に違いないのです。

まあ、年は取りますが、経験が積み上がりますからね。

賢さのレベルが、過去の自分とは段違い平行棒なのですよ。

わかるかなあ、わかんねえだろうな。

ま、そう言うことです。

だから僕は、ナルシストと言われようが、変態と言われようが、能天気と言われ方が、「俺ぐらい幸せなやつはいない」なのです。

いるとしたら、斎藤一人さんくらいのものでしょ。

介護が、悔悟にならないように

 昨日、ホテルに勤めていた頃の、すでにその存在すら忘れかけていたブログを読み直した時に、当時の状況がつぶさによみがえり、特に、あの、4年前の夏の慌ただしさは、きついものがありました。

 2012年の7月7日、本当は、父も一緒に、川越のプリンスホテルに行く予定でした。斎藤一人さんのパーティーに参加するために、すでに3人分のお金を払い込んでいました。一人1万円で、計、3万円だったと記憶しています。

 ところが、父が行きたくないと言い出し、そのときは理由は言いませんでしたが、今思えば、すでに体調に異変が生じていたのでしょう。その数日後、緊急入院となりました。

 それからは、仕事と、僕自身の生活と、病院通いと、実家通いで、ブログの更新どころではなくなっていました。

 そしてその1か月後の8月に、長いお別れ、という、一文を書いて、そのブログは放置、ということになってしまいました。

 あれから、もう4年近くが経ったのかと思うと、感慨深いものがあります。

 2012年7月に入院した父が、最終的に退院し、家に戻ってきたのが、その翌年の2013年8月です。

 その間に、僕は、住んでいたマンションを売り払い、実家に戻り、さらに、その実家を建て直すために借家に移り、その後新築の家に戻って、父を迎え入れる準備をし、といったことをしていたわけです。

 2013年8月から、2015年7月に再入院するまでの、約2年間は、バリアフリー化した新築の我が家で、楽しく暮らしました。僕も仕事を続けながら、介護をすることが可能な状況でした。父は、杖をつけば歩くことができましたし、トイレも、自分の力で行くことができました。デイサービスにも、週に3回ほど、行っていました。

 去年の7月に再入院し、今年の1月末に、退院してきたときには、要介護5で、オムツ交換と痰の吸引が必要不可欠だったため、僕は仕事と介護の両立はあきらめ、介護離職による早期リタイアとなりました。

 今では、さらに、常時、酸素吸引が必要となったため、深夜でも、父が寝ているベッドをのぞき込み、ちゃんと鼻から酸素吸引ができているかを、確認します。

 仕事と介護が両立できていた時から数えると、今年の夏で、介護生活は3年になります。先は見えませんが、介護が悔悟にならないようにと、ときどき自分に、言い聞かせるようにしています。

資本主義における、頭の良さとは何か

 僕の場合、自分が実に頭が悪いと気づいたのは50歳頃のことで、これはかなり、本当に頭が悪い部類に入ると思います。

 実はそれまで、愚かなことに、自分はそこそこ頭がいいと思っていました。ソクラテスの無知の知ではありませんが、頭の悪い人間ほど、自分のことを頭が悪いとは思っていません。

 そもそも頭が良い悪いとは、何をもって判断するのでしょうか。

 学校の成績でしょうか。
 まあ、それも、一つの物差しにはなるでしょうが、麻原こと松本チズオに騙されたのは、いずれも高学歴の頭がいいとされる人たちです。カルト教祖にそそのかされてサリンをまいたり、犯罪に利用されるようでは、とてもではありませんが、頭がいいとは言えません。

 一方、斎藤一人さんのように、中学しか出ていなくても、納税日本一と言われるように、事業家として成功している方もいます。
 どう見ても、カルト教祖に利用されて操られている高学歴者よりも、一人さんのほうが頭が良さそうです。

 斎藤一人さんほどの成功者を持ち出さなくても、世の中には、頭のいい人は大勢います。

 例えば、繁盛しているラーメン屋のおやじ。これは頭がいい。
 おバカキャラを利用して稼いでいるタレント。これも頭がいいです。

 頭が悪いのは、おバカキャラのタレントが簡単な質問に答えられないのを見て、「バカだなあ」と言いながら、カップラーメンを啜っているブラック企業で働いている労働者です。
 これは別に、この労働者を見下して言っているのではありません。
 僕自身、ブラック企業ではありませんでしたが、長年、労働者として働いていましたから、まさか自分が頭が悪いとは思っていませんでした。

 しかし、残酷な現実を言うようですが、資本主義においては、稼げない人間は頭が悪いのです。
 と言うことは、おバカキャラだろうが何だろうが、それを利用して稼いでいる人間は頭が良いのです。

 自分のことに戻って言えば、今のところ、まだまだ、頭が良いとは言えません。
 ただ、自分は頭が悪い、悪かったと、気づいたことは、大きな前進です。

 資本主義における頭の良さとは、合法的にお金を稼げる力のことです。
 このことは、今後も、考えていきたいテーマです。
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