寄る辺なき子さんのコメントを契機に、思いがけず過去のある時期のことを振り返る機会を与えられた僕なのですが、また、これも良いタイミングでアルバイトも辞めているので、寝て起きた後の、頭がいちばん冴えている状態で、記事が書けることをありがたく思っています。
自分の頭の悪さは、かなり前から自覚しているので、これは意識して、少しでも視野を広くしようとは心がけています。
さて、今日は、僕が幸福の科学に疑問を持つようになった原因の一つである、幸福実現党の話。
当時、小林早賢という幹部職員がとんでもない発言をしたことも、僕に気づきを与えてくれた要因となりました。彼の発言は、以下の通り。
「最後に一点、申し上げたい点がございます(ニヤリと笑う)
天上界の予定によりますと、与謝野馨氏は、今回の総選挙後、概ね半年後に御帰天をされる予定ですので(一同拍手) 、本日、この場で与謝野馨氏に対しては、はっきりと辞任を、あるいは引退を勧告をいたします。晩節を汚さないように、その素晴らしい晩節を汚さないように、是非、引退を勧告いたします」
あり得ない発言だと、思いませんか。
宗教指導者が(彼は教団の幹部なのでそうした位置づけになる)、他人の生き死にを、しかもその時期まで予告するとは、これは、不幸の予言と言って、厳に慎まねばならないこと、です。
お里が知れる、という言葉がありますが、まさにこの発言に対しては、小林氏を疑ったし、嬉々として拍手している会員にも疑問符を持ちました。
で、今日は、ここで時間を割いていると次にいけないので、僕が上記の出来事と同じか、それ以上にびっくりしたのが、大川さんの文芸春秋のインタビューに答えての発言でした。
びっくりした部分は、太字にしてあります。
大川 ハハハ。それが聞きたいんでしょうね(笑)。
我々は「勝敗ラインが下がって、ラクな戦いになった」なんて喜んでますがね。
今の民主優勢の状況が投票日まで続いて、鳩山民主党が大勝利するとも私は思っていません。
民主党にもアキレス腱がきっと出てくる。
そうなった時に、自民も民主もダメだとなって、天の利が注いで
「お待ちしておりました」「まさかの時の幸福実現党」という躍進があるでしょう。
ただ、総選挙で終わりではなく、自民党や民主党で当選した議員から幸福実現党に移る人が必ず出てきます。
――つまり、選挙後の政界再編も視野に入れている、と。
大川 そう。一定の議席が確保できれば発言力も増してくるので、再編の形に関してもイニシアティブがとれるかどうか。数でいえば、派閥一つ分が最低ラインかな。
――ということは、20~30議席が目標ですか。かなり強気ですね。
大川 派閥一つって、そんなに少ないですか?そんな数じゃ、泡派閥ですよ(笑)。最悪の場合でも自民党の大きめの派閥くらい。
――最大派閥は清和会の衆参併せて約90人ですから相当数。公明党をも上回るのですか。
大川 負けるとは思いません。向こうは小選挙区には8選挙区しか立てないんだから、そもそも第一党になる気さえないでしょう。
――300小選挙区全てに候補者を立てるには莫大な供託金が必要です。1人300万円で300選挙区だと合計9億円にも及びますが?
大川 小さい、小さい。そんなゴミみたいな(笑)。その質問は、トヨタ自動車に「株価が何円下がったら潰れますか」と質問するのと一緒ですよ。
トヨタだって、単年度では赤字決算が出たとしても、会社本体はビクともしないでしょ。
ウチも仮に9億円没収されたとしても、それで潰れるような教団ではありません。
財務体質からみても、「宗教界のトヨタ」ですから、ウチは(笑)。
――政党党首にきょう子夫人を選んだ理由は?
大川 やはり能力と知名度です。
立党後に党首交代したので家内は2代目党首といわれていますが、ほんとうは3人目の党首なんです。
当初は教団内で実力のある別の人間を立てていましたが、選挙を考えるとポスターが大事でね。
で、周囲の意見を聞いたら、一般の人にも人気がでるような選挙ポスターの顔に誰がふさわしいかという議論の末に、饗庭(あえば)(直道)君を2番目の党首にしたんです。
ただ、並んだ政党幹部の顔ぶれを見渡すと、彼が教団内の役職で最も格下だった。
他は元理事長とか元専務理事と、かつての上司ばかりで、「浮動票狙いの外向けの顔にはいいけれども、内部的にはきついだろう」と。
彼の教団内の知名度も1割にも満たないくらい低かった。
その点、家内は教団内の知名度も100%だし、記者会見の対応や質疑応答の能力も高かった。
ならば大川きょう子を党首にして戦うのが良かろう、と3番目の党首になった。
このとき4番目の候補は実は私でした。
さすがに弟子たちに「勘弁してください」と引き止められましたがね(笑)。
目標議席を獲得するのだって、党首の勇気次第です。
饗庭君から家内に交代しただけで、当選者はたぶん3倍以上になりますよ。
――本気ですか?
大川 もちろんです。
他教団の中には「選挙に出るのは、どうせ宣伝でしょ」と言う人もいますが、家内まで引っ張り出して、それも党首にしたのは、
教団が赤っ恥をかく覚悟があることの証です。
本気度の現れですよ。
――その夫人の能力は、政治家として活かされますか。
大川 少なくとも麻生太郎や鳩山由紀夫より、ウチの家内は優秀です。
手腕を実際に見てください。
いざ戦えば、麻生太郎や鳩山由紀夫の首は落ちますよ。
考え方はアングロサクソン的ですね(笑)。
日本の女性には珍しいくらいに、物事の白黒をはっきりつけるし、指揮命令も明確。
大軍を動かす将に向いています。
サッチャーやヒラリーなど、女性の政治家もいるけれど、家内はヒラリーみたいに軟弱じゃない。
とても怖い存在ですよ。
家内は、私とも考え方が違います。
家内がアングロサクソン的だとすれば、私は和洋折衷型。
同じことを聞かれても、私と家内から同じ答えが返ることはまずありません。
その意味では、考え方や判断のレベルでも、政教分離は最初から成立しています。
そうなると、まぁ私は松下幸之助みたいなものです。
幸之助の思想を基にPHP運動(Peace and Happinessthrough Prosperity=繁栄による平和と幸福)が起きましたが、死後までその運動は残りましたね。
ウチの政党も、私が関わらなくても、あとは組織自身の意志で動いていきますよ。
うーん、かなり前の話なのですが、当時の自分に戻ったつもりで、その驚きを書いてみます。
まず、あれほどすごい説法のできる総裁が、なぜ、こんな現状把握なのだろう、ということに驚きました。
選挙というものをまるで分っていないし、選挙前にこんな傲慢な発言をしたら、それだけで、大変な不利になるではないか、と、一信者として心配したくらいです。
そして案の定、選挙では惨敗するわけですが、文芸春秋のこのインタビュー記事は、僕が気づきを得る大きな契機となったので、ある意味、ありがたいものでした。
これは、僕の想像にすぎませんが、天下の文芸春秋に単独インタビューされて、舞い上がっての盛りもあるのかなあ、と。
当時は、そこまで明確にわかっていたわけではありませんが、大川さんは自分を大きく見せるのが何よりも好きなので、このインタビューの時点で舞い上がって自己拡大して見せたのではないか、と。
ちなみに、初版の太陽の法では、大言壮語する自分が厭になり、などの、自己反省の記述も見られたのですが、その後、この部分は削除されました。
で、話を進めましょう。
僕が愕然としたのは、30議席を泡派閥と言い放ち、最悪の場合でも自民党の大きめの派閥ぐらいの当選者を出すと豪語した点。
何という状況分析のなさ、何という傲慢さ、だろうと、これは当時の僕でさえ、感じた正直な意見でした。
六大神通力があるとされる仏陀の御本体である総裁は、仏陀以上の霊能力があるはずなのに、地球の裏側で葉っぱ一枚落ちるのさえもわかる能力がおありなのに、何という見通しの甘さなのだろう、と、愕然としたわけです。
勿論、まだ会員でしたから、すぐさま反省して、これは総裁が会員である僕たちに勇気を与えようとして言っていることなのだ、と、修正しました。
びっくり発言は、まだ続きます。
そうです、9億円を、ゴミのように小さな額だと発言した点。
当時の僕は日々の暮らしを倹しくして、可能な限りのお布施をしていました。
お布施が喜びだったのは、本佛下生というこの稀有な時に、その活動を支えることの尊さを強く自覚していたから、です。
大半の信者さんが身を削ってお布施のお金をねん出しています。
中には、もうこれ以上絞れないような乾き切った雑巾のような状態の中で、お布施している人も知っています。
そうした中でのゴミ発言に、さすがにこれはないのではないか、と、僕も思わず、法友のAさんに言いました。Aさんも、その点は同意してくれたように、記憶しています。
そして当時は、大川さんは、妻のきょう子さんを、高く評価していました。
饗庭さんから、きょう子さんに党首が変わったことで、選挙用のポスターも張り替えることになったときのことは、過去記事でも触れたとおりです。
その後、きょう子さんは教団から追放され、罵詈雑言を浴びせかけられ、その法話を連日支部で見せられるうちに、僕の体調までが不調となり、仕事にも影響が出て、支部からも足が遠のきました。
悪口、というものは、仏陀釈尊が、不悪口と言って、戒めています。
しかし、教団幹部にしろ、普通の会員にしろ、その戒めを守っていないし、そして何よりも、主として仰いでいる大川さんからも、数多くの悪口を聴かされるに及び、僕の精神はもうついていけなくなっていました。
そして今、教団は、大川氏の長男であるヒロシ君を、総がかりで叩いています。
僕はヒロシ君の肩も持ちませんが、この教団の在り方を素朴な第三者の立場で眺めれば眺めるほど、仏陀の生まれ変わりでありイエスの父であると言い放つ大川隆法という人をなぜ師と仰ぎ、18年にわたって信仰し続けたのかということを、改めて、不思議に思うと同時に、そうしたことも含めた自分自身の来し方というものも、見つめ直す時期に来ているのかもしれません。
選挙の話に戻ると、文芸春秋のインタビューで大言壮語した時とは打って変わって、
その後弱気になった総裁は、
選挙の撤退を指示。
さらにその後、やっぱり続けようと、また気が変わり、選挙戦へ。
そして、惨敗。
その後も、選挙のたびに負け続け、今も解党せずに、戦い続けているのは、ある意味立派、とも言えます。
実は僕は、幸福実現党の政策は、かなりの部分で支持できる内容だと思っています。
饗庭さんを党首にしたままで、地道な選挙活動を展開していたならば、今頃は国会議員も3名前後は誕生していたような気もしますが、失われた年月は、実に大きいように思います。