介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

幸福の科学

初対面でお金の話をする残念な男


 僕は、そもそも、婚活パーティーなるものに参加したことはないのですが、ただ、一度だけ、かつて所属していた、幸福の科学という宗教団体で、未婚の男女を集めた集いには、参加したことがあります。

パーティーという感じではなく、静かにお茶を飲みながら語り合うみたいなものでした。

そのときは、僕は、僕が伝道したS君と一緒に参加したのですが、S君は、山形県温海町、今は、鶴岡市になったのかな、そこの出身で、出会いは、統一教会でした。

その後、僕は統一教会を離れ、幸福の科学に入信した後に、彼を伝道したのです。

さて、宗教の話はそれくらいにして、、どうも、いろいろなところで、未婚の男女を集めて、何とか結婚までのきっかけづくりをしようということのようです。

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で、婚活パーティーの面白い記事を見つけました。

とある友人が、大好きな彼氏と1年ほど付き合い、ゴールイン間近だった。聞けば、ことあることに結婚を打診されているようで、独身で30代に突入した私からすると、それはそれはうらやましい限りである。

順風満帆としか思えない彼女。しかし、すみわたる青空を見上げると、人はいつかこの空が暗雲にのまれるのではと、不安になってしまうものなのだろうか。 「本当に彼でいいのかわからない。他の男の人を見たい」 おっと、これはマズい。マズいが、おもしろい。 ならば私E子の出番だとばかりに、彼女を婚活パーティーに連れ出してみた。いつもすみわたる空ばかりを見るのではなく、たまには地面を見下ろしてみるのも悪くない。

男女十数人ずつが、回転寿司のようにぐるぐる回りながら、全員と少しずつ話すところからパーティーは開始された。 一人と話す時間は2~3分。自己紹介程度の会話しかできないわけだが、これを十回以上連続で繰り返すので、それは笑顔もだんだん引きつってくるものである。 会場を見渡せど、正直めぼしい男は一人もいない。私のやる気指数はダダ下がり。 ちなみに私クラスになると、一目見ただけでどの程度の男かは見てとれるわけだが、はっきり言って全員、上中下の「下」クラスだった。まぁ、私は友人に付き合って参加したわけなので、やる気もまるでないのだけど。

そんな中、私の目の前に現れたのは、ヨレヨレのチェックシャツを着て、顔立ちからして低能そうな、やや不潔な雰囲気を醸す男だった。特に誇れる点は何もなさそうだが、よくしゃべるという点において、本人はコミュ力に自信があるようだった。 会話の一部始終が以下である。 男「こんにちは! これ、何人にも自己紹介するから疲れますね~! そろそろ疲れてきたんじゃないすか!?」 妙に愛想のいい軽快なトーク。男は私の仕事内容を聞いてきたため、ざっくりと職業を言っってやった。 男「え! その仕事ってめちゃくちゃ稼げるんすよね!」 女「そんなことないですよ」 男「いやいや! 年収いくらっすか?」 女「いえ、たいした額はもらっていないですよ」 男「えー! 絶対給料高いっしょ! 会社どこすか? 大手? ベンチャーか! いやぁ、でも年収が高い女性っていいですよね」

まだ知り合って数分しか経ってないのに、よく年収いくらかとか聞けるな。 と思ったのだが、なにより「給料高いんでしょう?」と聞かれる、うざさよ。 別に高くないわ。ていうか、それが私の年収なんだからさ、その額が私にとっての「普通なライン」なわけよ。お前の年収は知らないし(私より低いのかもしれないけど)、男に「年収高いんでしょ」とか言われても正直困る。まぁ私が普段話している男は、そもそも私より稼いでるから、年収の話なんて1ミリも出てこないけど。

もはやこれは人として当たり前のことだけど、初対面で年収とか、そもそもお金の話はなんだかイヤだよね。 あと、ヨレヨレのチェックのシャツ着てるやつにロクな人間はいない(E子統計学による)。パーティーに参加するときは男性の参加資格を要チェック! 以上! あ、ちなみに一緒に参加したマリッジブルーの友人は、これらの低スペック男性を見て「やっぱり私は彼氏がいい! 結婚する!」と言って、その後、めでたく結婚した。地面を見下ろした後だと、どうやら空は一層キレイに見えるようだ。



うーん、マリッジブルーというのは、当然のことながら僕は経験したことがないわけで、女性の立場になってみれば、私の人生をこの男に託して本当に大丈夫なのかしら、と、思うのは、まあ、理解できますね。

ダーウィンが来た、を見ても、圧倒的に動物も、雌が主役ですからね。

で、オスは、涙ぐましい努力をする、と。

まあ、僕などは、人間界の雄としては、落ちこぼれなわけで、子孫も残せなかったわけですが、それでいて、今、絶好調に幸せなのは、やっぱ、世捨て人だからかもしれません。



うーん、プリプリを聴くと、まだ元気だったころの日本を思い出しますです。



自分自身の深さを発見した人は、この事実に気づいている


実は、どの宗教団体の教えも、良い教えです。

カルト宗教などでも、教えそのものは、立派だったりします。

そしてどの団体の信者も、もっと良い人間になろうと努力しています。

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その努力は尊いのですが、当人の意識に変化が起こらない限り、結局は成功しません。

良い人間になろうとするのも、微妙でわかりにくい形のエゴイスティックな高揚感、自意識や自己イメージの強化を求める欲であることに変わりはないから、です。

実は、カルト教祖そのものが、良い教えを説きながら、彼こそが、自意識や自己イメージの強化に最も邁進している無明の人間なのです。


もともとは高潔な理想から始まった共産主義の歴史が、一つの参考になるのではないでしょうか。

共産主義の理想自体はそれなりに素晴らしいものなのですが、その考えに共感した人々が、まず自分の意識状態という内なる現実を変化させようとはせずに、ただ外部的現実を変えようとしたわけですね。

その結果は、惨憺たるものでした。

スターリン統治下のソ連で、階級の敵、裏切り者、として2000万人が殺されました。

こうした事例を挙げていくときりがないので、一例のみにとどめますが、これを、他山の石としてはいけないのです。

オウム真理教が、その独善的な教義により、サリンをまき、罪なき人々を多数殺しました。死は免れたものの、今も、その後遺症に苦しんでいる人もいます。 

イデオロギーもカルト教義も、根っ子は同じです。

思想なり、教義なりで、自己イメージを強化した人たちによって引き起こされた、正義という名のもとの殺戮、残虐行為。

エルカンターレを信じるまで火責め水攻め食料危機だと、勝ち誇ったように息巻く幸福の科学の信者の内面は、実際に手を下さないまでも、意識状態としてはスターリンやポルポト、麻原彰晃と何ら変わりません。

これは、カルト宗教に顕著なことですが、その一見、良い教えが、イデオロギーになり、信者が自分をそれに同一化させ、自我意識を強化する信念体系になり果てています。

信者は、この信念を拠り所として無自覚なまま自分の信仰に酔い、自分が正しくて、相手が間違っていると、断じます。

このような信念は、それがどのようなものであれ、持ち主をスピリチュアルにはしません。

それどころか、その信念と自分を同一化すればするほど、自分の中のスピリチュアルな面から切り離されていきます。

結論を言うと、自分がスピリチュアルかどうかは、何を信じているかではなく、どんな意識の状態に在るかによって決まる、ということです。

自分自身の深さを発見した人は、この事実に、気づいています。

そしてこの気づき、こそが、あなた自身に変容をもたらし、その変容こそが世の中を変えていくのです。

仏陀釈尊もイエスも、自分を崇拝せよとは言わず、あなたの中にある深さに気づきなさい、と、教え諭したのです。

この調子で話していると長くなるので、この辺にしておきますが、人工的解釈によって歪められたキリスト教が、僕にはとても残念でなりません。


ある種の優越感ほど始末に悪いものはない


僕が中学生の頃、北辰テストというのがあり、その点数が廊下に貼り出されたりしました。

誰でも通る廊下に貼り出されると、クラスの人間だけでなく、違う学年やクラスの人にも、自分の学力の順位が、晒されることになります。

向上心のある子どもであれば、それをモチベーションにして勉学に力を入れるでしょうし、劣等感を感じやすい子どもであれば、さらに落ち込む材料にもなるでしょう。

また、恋愛などにも目覚める年ごろなので、好きな異性の順位と自分のそれを比較して、つり合いが取れているだろうか、などと、余計なことも考えるかもしれません。

まあ、そうしたテストは、進学校を決める際の指針でもあったのでしょう。

そしてその進学先の高校も、偏差値なるものでランク分けされていたわけです。

つまり僕たちは、子供のころから、学業だけでなく、運動能力、見た目、家が裕福か否か、など、で、優越感を感じたり、劣等感を感じたりしやすい環境で、育ってくるわけです。

この、自他の比較、というのはあまりにも身近にあるので、よほど意識しないと、自動運転のように働きます。 

一流大学という言葉もあるし、Fランク大学、という言葉もあるようです。

僕などは、大学にさえ行っていないので、最初、ネットで、Fランという言葉を見た時に、何を言っているのか理解できませんでした。

さて、事程左様に、比較の中で生きている僕たちですが、いちばん始末に悪い優越感が、宗教的エゴによる優越感、です。

これは、歴史を見ればわかりますし、今この時代でも、周囲を見渡せば、わかることです。

宗教的エゴが引き起こした悲惨な出来事は、書きだすと膨大な量になるので、具体例を一つだけ示すとすると、ローマカトリック教会の異端審問によって、300年間に400万人前後の女性が拷問され殺害されました。

彼女たちは、ただ動物をかわいがったり薬草を集めたりしただけで魔女の烙印を押され、拷問にかけられ火あぶりにされました。

彼女たちを魔女だと決めつけた宗教的支配者のエゴによって殺されたのです。

では、そのエゴなるものは、どういうときに最も強化されるのか?

それは、自分の正しさに執着するとき、です。

自分が正しいという思いほど、エゴを強化するものはありません。

エゴは、自分が正しいと思いこむためには、好んで誰かが間違っていると決めつけたがります。

つまり、自分という存在を強化するためには、誰かが間違っていなければならないのです。

カルト宗教のすべてが、この罠に落ち込んでいます。

それ故に、独善的にならざるを得ません。

カルト宗教が独善的になるのは、必然なのです。

少し前の記事に対する幸福の科学の休眠会員、寄る辺なき子さんのコメントで記された彼女の法友の言葉、

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会員の呆れた言葉、エルカンターレを信じるまで火攻め水攻め食料危機も迫って来ると息巻いている姿に、ぞっとしました」も、スピリチュアルエゴの典型的な心理状態です。

因果の理法、などに代表される宇宙法則は、どこかの団体の独占物ではありません。

しかしカルト宗教は、自分たちこそが真理の団体であり、信仰心がある、と思っています。

まさにその思いこそが彼らのエゴを強固なものにしているのですが、何よりも教祖自身が自分を客観視できない状態の裸の王様なので、むしろ狡猾な取り巻き(教祖を信じているふりをして利益だけを抜き取ることに徹する輩)に利用される哀れなピエロに成り下がっていたりします。

まあ、この辺りの事情は、カルト教団によってそれぞれですが、共通しているのは、自分たちこそが正しい、という思い込み。

そしてその思い込みの背後にあるのは肥大化された優越感と強固なエゴ。

お金持ちが貧乏な人を見て感じる優越感などは、宗教的エゴによる優越感に比べれば、かわいいものかもしれません。


自分は特別だと思いたい人間の集まり


昨日の記事に対するコメントを読んだときに、それはまた、僕自身が、過去の自分を反省する契機ともなりました。

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僕は、過去記事でも何度か言及しているように、統一協会と幸福の科学という、二つのカルト宗教を、経験しています。

そして、どちらの団体の信者であったときも、自分は特別だ、という、思いがありました。

これは、個人差はありますが、信者であれば多かれ少なかれ、持っている感情です。 

なぜ、そのような、自分は特別だ、という感情になれるかというと、その団体の教祖こそが、特別な存在、だから、です。

いや、もっと別の視点に立てば、その団体を主導するその教祖こそが、誰よりも自分のことを特別な存在だと思いたい人間、なのです。

誰よりも自分のことを特別な存在だと思いたい人間であるその教祖を取り巻く信者もまた、多かれ少なかれ、自分のことを特別な存在だと思いたい人間なのですね。

つまり、まあ、類は友を呼ぶ、というやつです。

で、この、自分は特別だと思いたい人間の集まり、は、カルト宗教にこそ顕著に現れます。

オウム真理教、統一教会、幸福の科学、まあ、他にもいくつか名前を上げたい団体はありますが、いずれの信者も、自分は特別だと思う根拠を、本人が自覚するしないにかかわらず共通認識のように持っており、この点が、なかなかその団体をやめられない潜在的な理由にもなっています。

潜在的な理由、と、今僕が言ったのは、当の信者その人が、自分を客観視できない人が大半なので、自分がその特別感に酔っていることに気づいていないし、教祖の持つ万能感、を、あたかも自分も共有しているような陶酔感のようなものを感じ、それにある種の快感を覚えているわけですね。

死刑が執行された後も、未だに麻原彰晃をグルと仰ぐ一定数の人間がいることからも、この陶酔感の麻薬的快感の強さを想像できるのではないでしょうか。

多くの仲間がグルへの帰依を放棄した中で、自分こそはまだそれを持ち続けている、という陶酔感に酔う中で、彼ら彼女らは、自分こそは、あるいは、自分たちこそは特別だ、との快感を強化しているのです。

わかりにくいですか?

思春期の頃の恋愛でも、これに似た経験をする人もいます。

彼、もしくは彼女、は、自分にとっては特別な存在であり、またそう思う自分も、彼もしくは彼女にとっては、特別な存在である、という特別感。

人間は、あなたは特別、という感覚に、弱いのですよ。

僕は、1000円の腕時計を左手首に巻いていますが、僕の友人の一人で、ロレックスのサブマリーナを巻いている奴がいます。一昨年前の同窓会で、見たのですがね。

時を刻むという機能は同じですが、1000円の時計のおよそ1000倍の値段のするロレックスをつける快感もまた、その時計をしていると自分の価値も上がるかのような感覚が持てるからでしょう。

ちなみに、神々の主を自称し、この宇宙の根本仏であるとも宣言している地球神、大川隆法さんは、ロレックスも持っているでしょうが、それよりも高い時計を数多く所有しています。

まあ、車にステイタスを感じる人もいるし、その辺の価値の配分は人の個性が現れるところ。

で、そうした、自己重要感といいますか、自己特別感のところを、商売をする側からすれば、ターゲットにするわけですね。

そこを巧くくすぐれば、高い商品でも買ってもらえるから、です。

彼らがお金を出すのは、商品の機能としての価値にではなく、ブランド価値、という付加価値、に対してなわけですね。

カルト宗教の場合も、信者が教団の提供する御本尊や法具などのグッズや研修や祈願などのソフトを、特別なものだと思ってもらえれば、たとえば、原価2万円の像も、300万円で売れる、わけです。

しかも宗教法人格を取得していれば、その利益には税金もかかりません。

売る、というとえげつないので、拝受、とか、言っていますけど、ね。

で、僕が何を言いたいのかというと、自分は特別だと思っているうちは、悟りの入り口にも立っていない、と、いうこと。

自分は平凡な人間の一人だとわかって初めて、真の平安への道が始まるのだということが、中二病をこじらせているカルト信者にはなかなかわからないところでもあったりします。


質素な生活の喜び


前記事のハルカさんのコメントへの返事で、一人雲水生活とか、一人修道院生活のようなものだ、ということを書いたのですが、僕は、昔から、そういう暮らしがしたかったのだと思います。

今日は曇り空で、一日中家にいるのですが、先ほどテレビをつけたら、日本ダービーをやっていて、今ではすっかり競馬もしなくなったのですが、30代から40代前半くらいまではやっていました。

で、今日は、コントレイルとかいう馬が、ダービーを勝ったのですが、皐月賞も取ったようで、2冠馬ですね。

ここから馬の話をしだすと、横道にそれてしまうのですが、時代を超えたレースというのを、想像の中で楽しんだことがあります。

コントレイルも強そうでしたが、ナリタブライアンやスペシャルウィーク、フサイチコンコルドなどとレースをしたら、どうかなあ、と。騎乗も南井、武、藤田と、分かれるしね。

とまあ、競馬の話はこれくらいにして、競馬をやっていたころは、まあ、働いていたこともあり、平気で月10万円くらいは、小遣いとして使っていたように思います。

特に、マンション購入前の実家暮らしの頃は、そうでしたから、年齢で言うと、35歳から40歳くらいまでの5年間ですね。

この時が一番、お金を自由に使っていました。

実家に食費だけ入れて、あとは全部自分のお金ですからね。

35歳で幸福の科学に入って、その宗教活動でも、月平均で3万から5万円を使っていたと思います。それ以外に、○○植福、などというのがあると、それだけで一口10万円ですから、そうした植福をしたときは、月の活動費は13から15万円くらいになるので、平均を出すのは難しいのですが、ね。

まあ、幸福の科学だけにお金を使っていたわけではなく、先ほど挙げたように、競馬や、お姉さんのいる飲み屋に行ったりもしていたので、それと、ビリヤードをしたり、たまにはサルサなんかも踊ったりしていました。

サルサは、職場の仲間に誘われて始めたのですが、何でもやりだすと、それなりに面白いですからね。

あとは、お金を使うとしたら、旅行ですよねえ。

自由になるお金があったので、ずいぶん行きました。

特に、浜松町に勤めていたころは、24時間の勤務明けに、そのままモノレールに乗って、羽田に行き、飛行機に乗る、みたいな感じでした。

ありがたいことに、24時間勤務は、一回有休をとると、明けの日を入れて5日間も休みが連なるのですよ。

まあ、そうは言っても、一日は休養日に当てて、4日間の国内個人ツアーに行ったりしていました。

なので、浜松町というのは職場としては最高のロケーションでした。

しかしそんな我が世の春も、40まで。

40のときに、隣の市の駅前にマンションを購入してからは、遊ぶ金はほとんどなくなりましたね。

なんか、話が変なほうにそれていったので、元に戻ると、そうそう、一人修道院生活ですよ、今は、まさに、それ。

修道院生活にしろ、雲水生活にしろ、やることは、清掃、質素な食事、祈り、瞑想、作務、などです。

で、まさに、今の僕の生活が、それ。

違いは、決まった時間割で動いていないこと。

この、修道院的、雲水的生活が、とても、いいのですよ。

僕は、ときどき、東久留米にある、聖グレゴリオの家に行くのですが、別に、ミサに参加したいわけではなく、そこで歌われるグレゴリオ聖歌を、聴きたいから行く、のですよ。

ラテン語ですから、何を歌っているのかさっぱりわからないのですが、人間の声だけで奏でる音楽というのも、まことに良いものなのですよ。


   

グレゴリオ聖歌は、夜、寝る時などに聴くこともあるし、それ以外の時間にも、聴きたくなるときがありますね。

質素な生活に、グレゴリオ聖歌は、とても馴染みますです。






上総一ノ宮での思い出


千葉県に、上総一ノ宮という駅があります。

実はこの駅、何度か乗り降りしているのですが、理由は、この駅から送迎バスで、千葉正心館というところに行っていたのです。

千葉正心館は、幸福の科学の精舎と呼ばれる施設の一つ。

まあ、おもに、泊りがけの研修で行っていたのですが、いろいろと楽しい思い出があります。

送迎バスは、上総一ノ宮駅に行くのですが、千葉正心館があるのは、長生村。

なので、上総一ノ宮というのは、あくまで駅の名前であって、だから、長生村での思い出、なのかもしれませんが、新宿に勤めていたので、そこから電車を乗り継いで上総一ノ宮に行っていたので、どうしても僕の中では、上総一ノ宮として記憶されているというわけ。

で、だいたいは電車で行くことが多かったのですが、一度、ワゴン車で数人で行ったことがありました。

運転は、ワゴン車の所有者のKさん、それとほかに数人。

その中には、僕のブログにたびたび登場するAさんとAさんの友人の中国からの留学生の劉さんも一緒でした。

そのとき、偶然ですが、千葉正心館で、かつて僕たちの支部で支部長をしていたSさんとも会いました。この支部長は、なかなか人徳のある人でした。

いろいろ、館内の説明もしてくれたのですが、劉さんが何よりも喜んだのは、自転車を貸してもらって、皆で、海に繰り出した時。

やっぱり、海なし県に住んでいるので、海が見たいのですよ。

その時の、劉さんの嬉しそうな顔は、今でも、忘れません。

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自転車で、海に繰り出す前の劉さん。

僕の記憶では、海に行ったのは、劉さんとAさんと地区長をしていたHさん、と僕の4人だったような。

ワゴン車を運転してくれたKさんと、もう一人のKさんは、精舎内で研修か、あるいはビデオを見ていたか、海には、いなかったように、思います。

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  房総の海。

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僕も、当時は世界伝道を、と思っていましたから、いずれ、劉さんが中国に帰って、主の教えを広めてくれたらいいなあ、と、思っていました。

で、その日は、海にも行ったし、食堂で、皆で食事もして、一日ゆったりとして過ごして、日帰りで帰りました。

まあ、幸福の科学時代は、そうした楽しい思い出も、実はたくさんあって、ときどき思い出しては、ほっこりとした気持ちになることもあります。

それと、これは、Aさんとも話したことがあるのですが、精舎などに行くと、時折、素晴らしく美しい女性職員がいたりします。

ここでいう美しいというのは、外見も確かに美しいのですが、もう少し違う、霊的な美しさなのですよ。

これは、説明が難しいのですが、清らか過ぎて、この世で働くにはきつすぎるというか、とてもではないが、荒い波動の濁世では生きられないような女性がいたりするのですよ。

竜宮界の人かな、と思うような、あるいは、日本神道系で、巫女さんなんかが似合うタイプ。

こういう人の生きる場所もないと、つらいのではないか、と思うのですね。

その点、精舎などで働くことができれば、そういう人の場所、ができると、思うのです。

まあ、本当にときどきですが、とても清らかな波動の女性を見たことも、良い思い出の一つです。





 

生活を切り詰めてお布施したお金をゴミだと言われて


寄る辺なき子さんのコメントを契機に、思いがけず過去のある時期のことを振り返る機会を与えられた僕なのですが、また、これも良いタイミングでアルバイトも辞めているので、寝て起きた後の、頭がいちばん冴えている状態で、記事が書けることをありがたく思っています。

自分の頭の悪さは、かなり前から自覚しているので、これは意識して、少しでも視野を広くしようとは心がけています。

さて、今日は、僕が幸福の科学に疑問を持つようになった原因の一つである、幸福実現党の話。

当時、小林早賢という幹部職員がとんでもない発言をしたことも、僕に気づきを与えてくれた要因となりました。彼の発言は、以下の通り。

「最後に一点、申し上げたい点がございます(ニヤリと笑う)
天上界の予定によりますと、与謝野馨氏は、今回の総選挙後、概ね半年後に御帰天をされる予定ですので(一同拍手) 、本日、この場で与謝野馨氏に対しては、はっきりと辞任を、あるいは引退を勧告をいたします。晩節を汚さないように、その素晴らしい晩節を汚さないように、是非、引退を勧告いたします」

あり得ない発言だと、思いませんか。

宗教指導者が(彼は教団の幹部なのでそうした位置づけになる)、他人の生き死にを、しかもその時期まで予告するとは、これは、不幸の予言と言って、厳に慎まねばならないこと、です。

お里が知れる、という言葉がありますが、まさにこの発言に対しては、小林氏を疑ったし、嬉々として拍手している会員にも疑問符を持ちました。

で、今日は、ここで時間を割いていると次にいけないので、僕が上記の出来事と同じか、それ以上にびっくりしたのが、大川さんの文芸春秋のインタビューに答えての発言でした。

びっくりした部分は、太字にしてあります。

大川 ハハハ。それが聞きたいんでしょうね(笑)。

我々は「勝敗ラインが下がって、ラクな戦いになった」なんて喜んでますがね。

今の民主優勢の状況が投票日まで続いて、鳩山民主党が大勝利するとも私は思っていません。

民主党にもアキレス腱がきっと出てくる。

そうなった時に、自民も民主もダメだとなって、天の利が注いで

「お待ちしておりました」「まさかの時の幸福実現党」という躍進があるでしょう。

ただ、総選挙で終わりではなく、自民党や民主党で当選した議員から幸福実現党に移る人が必ず出てきます。

 

――つまり、選挙後の政界再編も視野に入れている、と。

 

大川 そう。一定の議席が確保できれば発言力も増してくるので、再編の形に関してもイニシアティブがとれるかどうか。数でいえば、派閥一つ分が最低ラインかな。

 

――ということは、20~30議席が目標ですか。かなり強気ですね。

 

大川 派閥一つって、そんなに少ないですか?そんな数じゃ、泡派閥ですよ(笑)。最悪の場合でも自民党の大きめの派閥くらい。

 

――最大派閥は清和会の衆参併せて約90人ですから相当数。公明党をも上回るのですか。

 

大川 負けるとは思いません。向こうは小選挙区には8選挙区しか立てないんだから、そもそも第一党になる気さえないでしょう。


――300小選挙区全てに候補者を立てるには莫大な供託金が必要です。1人300万円で300選挙区だと合計9億円にも及びますが?

 

大川 小さい、小さい。そんなゴミみたいな(笑)。その質問は、トヨタ自動車に「株価が何円下がったら潰れますか」と質問するのと一緒ですよ。

トヨタだって、単年度では赤字決算が出たとしても、会社本体はビクともしないでしょ。

ウチも仮に9億円没収されたとしても、それで潰れるような教団ではありません。

財務体質からみても、「宗教界のトヨタ」ですから、ウチは(笑)。


――政党党首にきょう子夫人を選んだ理由は?

 

大川 やはり能力と知名度です。

立党後に党首交代したので家内は2代目党首といわれていますが、ほんとうは3人目の党首なんです。

当初は教団内で実力のある別の人間を立てていましたが、選挙を考えるとポスターが大事でね。

で、周囲の意見を聞いたら、一般の人にも人気がでるような選挙ポスターの顔に誰がふさわしいかという議論の末に、饗庭(あえば)(直道)君を2番目の党首にしたんです。

ただ、並んだ政党幹部の顔ぶれを見渡すと、彼が教団内の役職で最も格下だった。

他は元理事長とか元専務理事と、かつての上司ばかりで、「浮動票狙いの外向けの顔にはいいけれども、内部的にはきついだろう」と。

彼の教団内の知名度も1割にも満たないくらい低かった。

その点、家内は教団内の知名度も100%だし、記者会見の対応や質疑応答の能力も高かった。

ならば大川きょう子を党首にして戦うのが良かろう、と3番目の党首になった。

このとき4番目の候補は実は私でした。

さすがに弟子たちに「勘弁してください」と引き止められましたがね(笑)。

目標議席を獲得するのだって、党首の勇気次第です。

饗庭君から家内に交代しただけで、当選者はたぶん3倍以上になりますよ。

 

――本気ですか?

 

大川 もちろんです。

 

他教団の中には「選挙に出るのは、どうせ宣伝でしょ」と言う人もいますが、家内まで引っ張り出して、それも党首にしたのは、

教団が赤っ恥をかく覚悟があることの証です。

本気度の現れですよ。

 

――その夫人の能力は、政治家として活かされますか。

 

大川 少なくとも麻生太郎や鳩山由紀夫より、ウチの家内は優秀です。

手腕を実際に見てください。

いざ戦えば、麻生太郎や鳩山由紀夫の首は落ちますよ。

考え方はアングロサクソン的ですね(笑)。

日本の女性には珍しいくらいに、物事の白黒をはっきりつけるし、指揮命令も明確。

大軍を動かす将に向いています。

サッチャーやヒラリーなど、女性の政治家もいるけれど、家内はヒラリーみたいに軟弱じゃない。

とても怖い存在ですよ。

家内は、私とも考え方が違います。

家内がアングロサクソン的だとすれば、私は和洋折衷型。

同じことを聞かれても、私と家内から同じ答えが返ることはまずありません。

その意味では、考え方や判断のレベルでも、政教分離は最初から成立しています。

そうなると、まぁ私は松下幸之助みたいなものです。

幸之助の思想を基にPHP運動(Peace and Happinessthrough Prosperity=繁栄による平和と幸福)が起きましたが、死後までその運動は残りましたね。

ウチの政党も、私が関わらなくても、あとは組織自身の意志で動いていきますよ。




うーん、かなり前の話なのですが、当時の自分に戻ったつもりで、その驚きを書いてみます。

まず、あれほどすごい説法のできる総裁が、なぜ、こんな現状把握なのだろう、ということに驚きました。

選挙というものをまるで分っていないし、選挙前にこんな傲慢な発言をしたら、それだけで、大変な不利になるではないか、と、一信者として心配したくらいです。

そして案の定、選挙では惨敗するわけですが、文芸春秋のこのインタビュー記事は、僕が気づきを得る大きな契機となったので、ある意味、ありがたいものでした。

これは、僕の想像にすぎませんが、天下の文芸春秋に単独インタビューされて、舞い上がっての盛りもあるのかなあ、と。

当時は、そこまで明確にわかっていたわけではありませんが、大川さんは自分を大きく見せるのが何よりも好きなので、このインタビューの時点で舞い上がって自己拡大して見せたのではないか、と。

ちなみに、初版の太陽の法では、大言壮語する自分が厭になり、などの、自己反省の記述も見られたのですが、その後、この部分は削除されました。

で、話を進めましょう。

僕が愕然としたのは、30議席を泡派閥と言い放ち、最悪の場合でも自民党の大きめの派閥ぐらいの当選者を出すと豪語した点。

何という状況分析のなさ、何という傲慢さ、だろうと、これは当時の僕でさえ、感じた正直な意見でした。

六大神通力があるとされる仏陀の御本体である総裁は、仏陀以上の霊能力があるはずなのに、地球の裏側で葉っぱ一枚落ちるのさえもわかる能力がおありなのに、何という見通しの甘さなのだろう、と、愕然としたわけです。

勿論、まだ会員でしたから、すぐさま反省して、これは総裁が会員である僕たちに勇気を与えようとして言っていることなのだ、と、修正しました。

びっくり発言は、まだ続きます。

そうです、9億円を、ゴミのように小さな額だと発言した点。

当時の僕は日々の暮らしを倹しくして、可能な限りのお布施をしていました。

お布施が喜びだったのは、本佛下生というこの稀有な時に、その活動を支えることの尊さを強く自覚していたから、です。

大半の信者さんが身を削ってお布施のお金をねん出しています。

中には、もうこれ以上絞れないような乾き切った雑巾のような状態の中で、お布施している人も知っています。

そうした中でのゴミ発言に、さすがにこれはないのではないか、と、僕も思わず、法友のAさんに言いました。Aさんも、その点は同意してくれたように、記憶しています。

そして当時は、大川さんは、妻のきょう子さんを、高く評価していました。

饗庭さんから、きょう子さんに党首が変わったことで、選挙用のポスターも張り替えることになったときのことは、過去記事でも触れたとおりです。

その後、きょう子さんは教団から追放され、罵詈雑言を浴びせかけられ、その法話を連日支部で見せられるうちに、僕の体調までが不調となり、仕事にも影響が出て、支部からも足が遠のきました。

悪口、というものは、仏陀釈尊が、不悪口と言って、戒めています。

しかし、教団幹部にしろ、普通の会員にしろ、その戒めを守っていないし、そして何よりも、主として仰いでいる大川さんからも、数多くの悪口を聴かされるに及び、僕の精神はもうついていけなくなっていました。

そして今、教団は、大川氏の長男であるヒロシ君を、総がかりで叩いています。

僕はヒロシ君の肩も持ちませんが、この教団の在り方を素朴な第三者の立場で眺めれば眺めるほど、仏陀の生まれ変わりでありイエスの父であると言い放つ大川隆法という人をなぜ師と仰ぎ、18年にわたって信仰し続けたのかということを、改めて、不思議に思うと同時に、そうしたことも含めた自分自身の来し方というものも、見つめ直す時期に来ているのかもしれません。

選挙の話に戻ると、文芸春秋のインタビューで大言壮語した時とは打って変わって、

その後弱気になった総裁は、

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選挙の撤退を指示。

さらにその後、やっぱり続けようと、また気が変わり、選挙戦へ。

そして、惨敗。

その後も、選挙のたびに負け続け、今も解党せずに、戦い続けているのは、ある意味立派、とも言えます。

実は僕は、幸福実現党の政策は、かなりの部分で支持できる内容だと思っています。

饗庭さんを党首にしたままで、地道な選挙活動を展開していたならば、今頃は国会議員も3名前後は誕生していたような気もしますが、失われた年月は、実に大きいように思います。







ただでさえ人を見る目のない僕なのだから


アトランティスは、ギリシャの哲学者プラトンが、彼の著作の中で語ったことが始まりです。

で、プラトンというネームバリューと、アトランティスという島に対するロマンから、その後、実に多くの人が、このアトランティス幻想とでも言うべきものに魅せられてきました。

まあ、それ自体は、夢があって楽しいのですが、その幻想に乗っかって、人が、あらぬ方向に誘導されるとしたら、それは、あまりいいことではありません。

僕が、8年ほど前に、幸福の科学を退会した話はすでに何度かしていますが、その退会前には、いくつもの疑問が生じていて、その一つが、まさにアトランティスをはじめとする古代大陸の話。

幸福の科学の総裁である大川隆法氏によれば、アトランティスは、海中に没したとされています。そして、その頃に、アトランティスにいたのが、アガシャーという王で、彼は、イエスキリストの、過去世の一人、とされています。確か、生き埋めにされて殺された、とか、そういう話だったと思います。

で、大川さん自身の過去世も、トスという名の大導師としてアトランティスの最盛期を導いた、とされています。

イエスキリストの過去世のときは失敗が多く、大川さんの過去世のときは毎回繁栄した、とされているのが、面白い点。ムー大陸のときは、ラムーとして、最盛期を導いたとされています。

で、以前の記事でもどこかで書きましたが、今は、海底の様子もかなり明らかになっているので、そうした大陸が沈んだ形跡はどこにもないことが判明しています。

そもそも、ムー大陸という名前自体が、言い出しっぺのチャーチワードの誤読から始まっていて、このチャーチワードも、自分の経歴を偽っている信用のおけない人間ですから、大川さんに限らず、ムー大陸話は、すべて妄想だと判断しても良いと思います。

仏陀釈尊が、最も戒めたのが、妄想の類い。

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寄る辺なき子さんが、最初にコメントしてくれたのが、確か、太陽の法の書き換えで、不信感を持ったというような内容だったと思いますが、その太陽の法の中にも、人類誕生に関する変な記述があったと思います。

九次元パワーの総力を挙げて地上に物質化現象を起こしました。まずは蜃気楼のような透明なゆらめきが地表に現われ、次第に人の影のように見えはじめ、最後には、白く輝くばかりの肉体が出現しました。(中略)初めての人類が、五人、十人、百人、そして五百人と、続々空中より出現した時、彼らを二つの集団に分け、右半分の集団には、金星人の智慧と勇気の光を投げかけ、左半分の集団には、同じく金星人の優美さ、優雅さの性質を帯びた光を投げかけました。こうして人類の男性と女性が分かれました。

つまり、物質化現象を起こして、人類を誕生させた、と。

会員だった頃には、抵抗もなく受け入れていたのですが、素朴な疑問を持って以降の3年間の検証期間中は、こうした記述に対しても、吟味していきました。

当時の僕は、まずは、自分自身への反省から始めました。

自分は思い込みが激しく、熱中しやすい人間である、と。それを、いのしし年で、猪突猛進だからと、それを半分言い訳に、半分そんな自分を美化もしていたのだ、と。

そして、ただでさえ人を見る目のない自分なのだから、もう、可能な限り思い込みは排除していこう、と。

そうは言っても、長年の習い性で、すぐに決めつけたがる自分が首をもたげましたが、その度に、第三者の立場に身を置く努力をしました。

さて、話を先に進めましょう。

よく、幸福の科学では、キリスト教を批判するときに、処女マリアから生まれたとされる部分をそんなことはなく、正常な男女の営みから生まれたのであって、どうしてそこまでして信じさせねばならないのか、みたいな批判を、大川さんが法話の中でしたことがありますが、空中から人類を何百人も出現させるほうが処女降誕以上に無理感がありませんかね。

 シルバーバーチの教えなどでは、

進化の跡をたどれば確かに人間もあらゆる生命体から進化してきており、遺伝的には動物時代の痕跡も留めておりますが、それを遥かに凌ぐ資質として、大霊から授かった神性を宿しており、

と述べているように、肉体そのものは、下等なものから進化してきているわけで、いきなり、空中からこの人体が現れたわけではありません。

なぜなら、この3次元には3次元の法則があり、その法則を曲げる必要もないし、その法則の中で人類誕生へと導いてきたと考えるほうが、僕などは納得がいきます。

神は、そうした法則を通して全てのものを統べているのです。


さて、こうしたことを話しているときりがないので、寄る辺なき子さんの質問、どうやって、総裁の、霊言の間違いに気づいていったのか、もう少し具体的に教えてもらえますか、に対する答えとしては、誰の霊言でも構いませんが、ご自分で最も気になる点や、気になる人、のものを深く吟味することをおすすめします。

たとえば、野球が好きでそれなりに詳しい人なら、イチローの守護霊霊言を吟味するのが良いかもしれません。

あの天才とも思える大打者を指導し、見守ってきた守護霊であれば、イチロー自身が、仮にそれを読んだとしたら、まず第一に、彼自身が最も感動し、驚愕するはずです。

なぜなら、守護霊とは、本人以上に本人を知り、導いている存在、ですからね。

今のは一例で、たくさんの霊言本が出されているので、寄る辺なき子さんのご自宅にあるもので、まずは自分が一番気になるものから、妥協することなく、気になる点に赤線を引くなどしておき、あとで徹底的にその部分を調べ上げるのです。

僕の場合ですと、内村鑑三をはじめ、多くの霊言を調べ上げました。そしてその矛盾の多さに、改めて自分でも驚いたし、なぜ自分はこんな大事なところを見落としていたのか、と、自分自身にあきれる始末でした。

いったい自分は、どれほど多くの矛盾を気づかずにスルーしてきたのだろう、と思いました。

純粋な信仰、とか、主と一体となれ、といった言葉に感性を刺激されて、エルカンターレ信仰者としての自分に酔っていたのかもしれません。

酔う、とはつまり、正気を失っているということ、です。

君よ、涙の川を渡れ、などの御法話CDは、それこそ何度も聴いて、涙さえ流し、まだまだ自分の信仰は生ぬるいと自らを戒めて、御本尊の前で正心法語を全編読誦したことも何度もありました。

そして、最後にある、仏説降魔経は、強力ですから、この信仰の命綱だけは離してはいけないと、何度も自分に言い聞かせていました。

なので、熱心な信者さんほど、気づきの機会は失われていきます。

なぜなら、今話したような、自己洗脳のループにからめとられてしまうから、です。

それと、今、改めて思いだしても、大川隆法氏は、説法の天才だと思います。その言葉には力があるし、魂を揺さぶるものがありますからね。

しかし、どれほど感動的な説法をしたとしても、彼は神ではありません。どこまで行っても、人間は人間なのです。そこを、見誤ってはいけません。


それと昨日、用事があって外出した際に、書店に立ち寄り、宗教書のコーナーに行ったら、何冊かの幸福の科学出版の本を見つけました。

もうすでに、8年も前に退会した僕は、今は大川さんの書籍を一冊も、所有していません。

そのため、確認のしようもないのですが、先ほどアップした、人類誕生のくだりの記述は、出典を明らかにしておくと、ゆーぱさんという会員さんのサイト内で探したものです。

で、その書店で見つけた黄金の法で、毛沢東の記述を確認してみました。

僕の記憶では、毛沢東は、わずかに善の部分が多かったために、5次元善人界に帰っているはずだったからです。僕が確認した黄金の法は、4回目の改訂版で、2011年のものでした。

そしてやはり、僕の記憶通り、毛沢東は、5次元に帰っている、という記述になっていました。

なぜ僕が、それを確認したのかというと、去年発刊された毛沢東の霊言では、地球最大級の悪魔、と書いてあるからです。

この霊言を僕は読んでいませんが、幸福の科学出版の公式サイトのコラムにそう書いてあるので、今はそういう設定なのでしょう。

あるいはその霊言の中で、5次元に帰ったがその後地獄に行った、ということになっているのかどうかまではわかりませんが、それもまた、おかしな話です。

スピリチュアリズムを学べばわかることですが、明るい霊界に行った霊はそれなりの覚醒を得ているはずだから、です。

地上界での一時的な覚醒であれば、また、その後の心境の変化で波動を下げることもあり得るかもしれませんが、明るいほうの霊界の住人が、その後堕落して地獄に落ちることは、あり得ません。

この、毛沢東の例などは氷山の一角で、当初信長や秀吉の生まれ変わりとされていた政治家もいましたが、その後、実は別の人だったとか、そうした設定の変更が多すぎます。

僕などは、大川さんを主宰先生と呼んでいたころからの信者だったので、再誕の仏陀であり、それどころかイエスが父と仰いだ存在であり、本佛であると思うからこそ、彼の書籍を読むときは正座をし、合掌してから読んでいたものです。

本佛の教えを、一字一句、見落とすことなく、学び尽くそうと思うからこその、弟子の態度でした。

それゆえ、退会して8年が過ぎた今も、まだかなりの記憶が頭の中に残っています。

そのようにして吸収した教えが、ころころと変えられたのでは、これは本当にたまったものではありません。






退職日に想う十年一昔と今の僕


2年前の5月に母が亡くなり、その後、49日法要を終えてから、7月にアルバイトを始めて2年弱。

そして、今日が、アルバイト最後の日で、自己都合退職なのに、お花までいただきました。嬉しいよお。
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実は、今日は、実母の誕生日でもあります。大正13年の生まれですから、生きていたら90代も半ばくらいになるのでしょうか。

まあ、僕が16歳のときに亡くなっているので、もう、霊界に行ってから、かなりの年数になります。母は、バリバリの唯物論の人でしたが、正直者でユーモアのある人でした。

十年一昔、という言葉がありますが、まあこれは、世の中は移り変わりが激しく、10年も経てば、もう昔のことになってしまう、といった意味だとは思います。

で、僕が、幸福の科学を退会したのが2012年の3月。

つまり、8年と2か月前。

まあ、十年一昔と言ってもいいくらい、前のことになります。

時代のスピード感、を、加味すれば、今は、もう、5年も経てば、一昔前、といった感じなのかもしれません。

で、このところ、幸福の科学関係の話が続いていますが、もう、僕の中では、過去の宗教体験となっていて、多少、距離感がある感じなのですね。

ただ、いただいたコメントなどから、僕も当時のことを思い出し、また、僕自身、今は、強い内省への思いが今年の初めごろから生じていて、 何やら、こうした宗教体験の振り返りも、意味のあることではないのか、と、思い始めています。

で、寄る辺なき子さんのコメントに対する流れで、僕が、悶々と苦しみながらも、真実を見極めようと格闘した日々の中でやったことは、大川隆法という人の、初期のころからの発言そのものを、時系列とともに並べる、という作業だったことは、前記事で述べたとおりです。

霊言、などの矛盾は、霊の意見、という言い訳ができますが、教祖自らの意見、であれば、そうした逃げ道はなくなりますからね。

大半の活動会員は、目の前の活動を消化するのに忙しく、そのような、俯瞰的視点に立つ機会すらないのが実情でしょう。そして、活動していれば、それなりの充実感もあるので、疑問に目を向けることもしなくて済みます。

僕にとって益があったのは、その3年間の検証作業を通じて、ものごとをありのままに見ることの大切さに気づいたこと、です。

この3年間がなければ、おそらく僕は、不都合な真実は見て見ないふりをし、自分の見たい現実だけを搔き集めて見るような、バイアスのかかった人間のままだったでしょう。そのほうが楽だし、これまでの自分を否定しなくていいので。

しかし人は、どうにも逃げられない状況になれば、たとえ不本意でも、取り組まざるを得なくなります。

まさに、それこそが、自らの運命が自らを導く、ということなのかもしれません。


さて、ここからが、どうにも説明の難しい領域に足を踏み入れねばならないのですが、何とか可能な限り、言い表してみます。

僕が、幼少のころから、入信していた世界救世教では、お光、というペンダントを、首からぶら下げていました。小学校の頃、体育の授業で逆上がりなどをすると、そのお光が、引力で下にさがり、クラスメイト達の注目を浴びました。

それが、恥ずかしくもあり、誇らしくもあったのですが、そのお光に対して、ときどきですが、ひどく冷めた視点を持つもう一人の自分、がいるのを、感じることがありました。

そのもう一人の自分は、大切なものはすでに備わっているはずだ、という思いを、持っていました。

お光は、常に丁重に扱わねばならず、お風呂に入るとき以外は、絶えず身に着けていました。小学生のころ、何かの拍子にお光をつけるのを忘れたときなどは、一気にテンションが下がり、不安な気持ちを覚えたものです。

ただ、子供ながらに、お光に対する一種の違和感は覚えていて、当時は、それを言語的に解釈できる語彙力もないので、ありがたいけど同時に不自由なもの、くらいに思っていました。

話は変わって統一教会に専従として、身を捧げていた時代のころ。

毎週日曜日は、朝5時に起きて、文鮮明夫妻の写真に向かって土下座をする参拝敬礼式という儀式がありました。

それは最も神聖な儀式とされ、もちろん当時の僕はバリバリの統一教会員でしたから、真剣に取り組んでいたのですが、ときどきですが、もう一人の自分が冷静な視線で、その参拝敬礼式の渦中にいる自分を見ているのを感じることがありました。

この感覚を、言葉にするのはとても難しいのですが、違和感、としか、とりあえずは言いようがありません。それは違う、と、もう一人の意識としての自分が感じているのです。

そして、幸福の科学時代。

何度も行った、宇都宮の正心館ですが、外階段を上がって館内に入ったところに、まずは、小さなエルカンターレ像があるのですが、その像に手を合わせたときに、違和感がありました。偶像崇拝への違和感、ですね。

エルカンターレ像はどの精舎にもあり、また、支部にもあるのですが、普段は、それに手を合わせることは慣れっこになっており、違和感はないのですが、ときおり感じる違和感は、もう一人の意識としての自分が、感じているものだということが、あとになって、わかりました。

世界救世教のときも、統一教会のときも、そして幸福の科学のときも、ときどき、そうした、もう一人の意識としての自分が、顔を出したのです。

この、もう一人の意識としての自分、こそが、真実在、あるいは、ハイヤーセルフ、と僕が今現在では認識している意識です。

まあ、この呼び名は、何でも良いのですが、自分が一番ピンとくる名称で、僕は、そう呼んでいます。

で、この真実在こそが、全体意識としての神、とつながっていて、安らぎの源泉、でもあるのです。

実は、僕が、今現在、アイデンティティの基盤を置いているのが、この真実在であり、さらに言えば、その真実在とつながり重なり合っている全体意識としての神、なのです。

この、真我、であるところの、真実在を実感し、その気づきを得てからは、自分が、とても広くて明るくて自由な世界に生きていることがリアルにわかるようになりました。

そして、個人として傷つくことが、格段に少なくなりました。

勿論、生身の人間として生きている以上、様々な苦しみがあることは事実ですが、すべては一過性のものであり、真実在としての自分は、まったく傷ついてもいないし、何一つ損なわれていないことが、ありありとわかるようになったのです。

そのため、ほとんどすべてのことを、肯定的にとらえられるようになっています。

で、僕の話はこのくらいにして、何を言いたいのかと言うと、神とは遍満する意識のことであり、宇宙全体であり、有りて在るものであり、始めもなく終わりもないものであり、理屈をはるかに超えた実感的実在、なのですね。

で、イエス・キリストが凄いと思うところは、その全体としての神を結実させた生き方をしたところ、です。

イエスについては、ここで語ることは控えますが、あらゆる点で、手本となる人格であることだけは、言っておきたいと思います。

話を戻すと、自分の中の違和感と向き合い、真実と向き合う誠実さをもって、大川隆法という人の発言を並べ、同時に、霊言等の矛盾点も検証していく中で、呪縛から解放されていきました。

言葉を変えて言えば、個人崇拝を強いる支配からの卒業、でもありました。



 この支配からの、卒業

 俺たちの怒りどこへ向かうべきなのか
 これからは何が俺を縛り付けるのだろう
 あと何度自分自身卒業すれば
 本当の自分にたどり着けるだろう

尾崎豊が叫んでいるように、本当の自分にたどり着きましょう。

そしてその卒業の際、大きな救いとなったのが、シルバーバーチをはじめとする本物の霊訓であり、真実の霊界知識、でした。







たとえ今日は果てしもなく冷たい雨が降っていても


4年前の今日、父が亡くなったので、今日は父の命日になります。

そしてその2年後の、5月11日に母が亡くなりました。

僕の実母は僕が10代の時に亡くなっていますが、2年前に亡くなった母のほうは、父の再婚相手です。

ありがたいことに相性が良く、共に温泉と旅行と食べることが好きだったので、仲良く暮らすことができました。

さて、2012年3月に、僕は幸福の科学を退会したので、今から8年と2か月も前のことになりますね。 

僕は、けじめをつけたい性格なので、きっちりとした退会届を出して退会したのですが、両親の場合は、そうしたものは出しませんでした。この辺のいきさつは割愛しますが、当時の支部長から、両親の会員としての登録だけは残しておいてくれ、と、懇願されたことも、その理由の一つです。


当時、理事長に、まだ二十代の大門未来という人が就任していたように記憶していますが、教祖の大川隆法氏から、凄い過去世を与えられていました。曹操、大久保利通、などの偉人にとどまらず、どこの星かよくわかりませんが、蟹座のミスターXとかいう、とにかく偉いらしい宇宙人の過去世まで与えられていました。

当時、僕は退会する前後だったので、3年間の検証を終えており、まだ若い女性を理事長にすることは年配の男性幹部職員からの反発も強いだろうから、大川氏は、そうした男共が怯むような過去世を与えたのかな、と、この点はむしろ好意的に見ていました。

まあ、組織運営上の方便と言いますか、大門未来さんが理事長として仕事がしやすいようにとの配慮なのではないか、と、思ったのですね。

そういう風に推測できたことは、すでに僕の洗脳はほぼ解けていたことを意味します。霊言や、主の発言を真に受けている信者であれば、そのようなことは思いません。

僕は、3年間の検証で、多少なりとも、大川隆法という人の傾向性はわかっていました。

つまり、こういうときにはこういう反応をする、というある種のパターンがあることも、見えていました。まあ、この話をしだすと長くなるので割愛しますが、僕が3年の検証期間にしたことの一つが、大川隆法という人の初期からの発言を、時系列に並べて眺める、ということでした。

これを詳しく話すと、膨大な量になるのでごく一部にとどめますが、たとえば、初期のころの書籍や講演会での発言では、自分を九次元霊の一人として位置づけ、その上に、聖アントニウスなる存在がいることを、真説八正道、という書籍の中で、述べています。

さらに言うと、当初は、高橋信次さんを高く評価していました。陸上のリレーにたとえて、天上界は、二人のアンカーを立て続けに地上に送ってきた、みたいなことを言っていました。

高橋信次(エルランティー)と、大川隆法(エルカンターレ)という二人のアンカーを立て続けに地上に送るという必勝態勢なので、今回の天上界の計画は失敗しようがないのだ、とも、力説していました。

つまり、当初は、高橋信次さんをリレーのアンカーにたとえるほど、高く評価していたのです。

やがてその評価は、方便の時代は終わった、と評して、変貌していきますが、その頃に、僕は入会したのだと、記憶しています。

僕は、そうか、今までは方便だったのか、確かに草創期にはそうしたこともあり得るし、それもまた致し方ないことだと、すんなりと納得していました。

なので、初版本の太陽の法の書き換えにも、当時は全く抵抗がありませんでした。方便の時代は終わった、のだから、今こそ、遠慮なく真実を書くべきだ、と、思っていたのです。

そして、その新たに書き改められた太陽の法で、妻のきょう子さんが、実は文殊菩薩で、当時から主を支えていたことが、明らかになりました。

一般的に、文殊菩薩は男性だと思われていますが、男装した女性だったのだ、ということも明らかにされ、事実、映画太陽の法、の中でもそのように描かれていました。霊鷲山で、その文殊が立ち上がり、語るシーンは、今思い出しても感動的です。

さて、この調子で書いていると膨大な長さになってしまうので、結論に行きます。

そのようにして、大川隆法という人の書籍だけでなく映画やテープ、CD、DVDなどを、3年間にわたって検証し、彼の直説金口に焦点を当てただけでも、数えきれないほどの矛盾があることがわかりました。

さらに、その霊言に至っては、矛盾のオンパレード状態。

ちょうど、全国各地に支部精舎が建立されていたころ、改めて書き替えられた霊言全集を、高級仕様にして、一冊5000円か、10000円か、どちらかの金額だったように思いますが、それの購入を支部で強く推進していた時期がありました。

当初の霊言においては、各霊人に好きなように語らせていたが、改めて主の観点から、それらを正すために刊行された、というような説明を支部長から受けたように思います。

当時は、それで納得していたのですが、そうした霊言全集は、改めて検証してみると、都合の悪い部分は削除され、整合性が取れるように書き直したものであることもわかりました。

そうした霊言も、霊言の時代は終わったとされて、されなくなっていたのですが、幸福実現党を立党した後あたりからか、また、頻繁に、霊言が出されるようになりましたね。

これは、一つには、レムリアルネッサンスという、幸福の科学の分派が、アマーリア、とかいう人だったでしょうか、霊言を始めて、それに対抗する意味も、あったのかもしれません。

そしてその後は、芸能人や各界の有名人の霊言まで出され、しかも、まだ生きている人の守護霊霊言も頻繁に出されるようになりましたね。

そして特筆すべきは、守護霊霊言を取られた人で、誰一人として、感動して会員になったという人がいない点です。

それどころか、手塚治虫さんの娘さんは憤慨しているし、池上彰さんなどの知識層も、冷笑している状況。

そして、月刊「WiLL」の花田紀凱編集長からは、やめなさい、と、戒められる始末。




花田さんなどは、まだ、好意的に見ていてくれる部分もあるのが、救いです。

ただ、僕は、こうした事例をここで取り上げること自体に、かなりの抵抗感があります。

それと言うのも、寄る辺なき子さんの長い信仰生活を想うと、こうした例を出されること自体に、あなたが嫌悪感を感じたり、傷ついたりする恐れがあるからです。

あるいは、侮辱を受けているように、感じる可能性もあるから、です。

なぜなら、つい最近まで信仰していた主を軽々しく扱っているように感じるかもしれないから、です。

まだ、完全には退会していないわけですから、揺れ戻しもあるでしょうし、デリケートに扱わねばならない問題だと、思うからです。

僕は、必ずしも、寄る辺なき子さんの退会を促しているわけではなくて、今、理性が苦しんでいるその状態から、目を背けずに、ありのままの大川隆法という人を、見て、そして感じて、自分で方向性を決めてほしいと、思っています。

なので、いたずらに摩擦を起こすのではなく、休眠会員という立場をとるのが、得策ではないでしょうか。


そして、親しい法友がいれば、その人には、主を批判するのではなく、自分の理性が苦しんでいることを正直に話すのも、一つの方法かもしれません。

僕には幸い、Aさんという、人格的にも優れた法友がいたのが、救いでしたが、おそらく、信仰歴の長い寄る辺なき子さんであれば、そうした法友もおられるかと、推測します。

まずは距離を置き、ゆっくりすることが、肝要かと、思います。

音楽も慰めになるかもしれないと思い、中島みゆきの、時代、を、アップしてみました。




苦しい時に、僕のブログに声を発してくれただけでも、凄いことだと、思います。

たとえ今日は果てしもなく冷たい雨が降っていても、という歌詞のような、心境かもしれませんが、止まない雨はありません。

必ず、やがては薄日が差し、より良き方向へと、導かれていきます。

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僕も、寄る辺なき子さんのおかげで、思いがけず、8年前の退会時のことを振り返ることができました。

もうずいぶん前のことのように思っていましたが、こうして思い返してみると、昨日のことのようにも感じます。









広くて明るい自由な世界には、その人はいない


戦争が終わり、日本は焼け野原から立ち上がり、復興しました。天皇が人間宣言をして、国民の価値観も総入れ替え。そんなことが、国家規模で起こったわけです。

僕は、1959年生まれなので、もちろん、戦争経験はなく、その後の全共闘などの学生運動の盛り上がりの時期はまだ小学校低学年で、何を騒いでいるのだろうと、子供ながらに思った程度。

子供ながらにして、弟と実母を亡くすという経験はしているものの、幸せな家庭で育ったと、思っています。

そんな僕でしたが、20代の頃にこの世の仕事を投げ捨てて入った統一教会で、やや比ゆ的な表現ではありますが、徴兵に行ったような体験をしました。睡眠時間は4時間未満で、休みなく、およそ2年間、専従生活を送りましたからね。

若かったので、ブレーキをかけることを知らず、自分がぶち壊れるまで頑張ってしまい、ついには、精神崩壊。

使い物にならず、解放されましたが、生きながら死んだ状態が、何年も続きました。

60キロほどだった体重も、2年間の無理な生活で47キロほどにまで落ち、実家に戻ってからは、体重はすぐに回復したものの、傷ついた心が癒えるには足掛け8年ほどかかりました。

ただ、結果論ですが、その、苦しみの8年間が、のちに役立つこととなりました。

その後、幸福の科学に入り、統一教会の呪縛を完全に打ち砕きました。

幸福の科学には、正心法語という経文があり、その中の、光のみ実在、愛のみ実在、という、この、生長の家にも似た、光明思想と言いますか、光の実在を強く押し出す言霊の力が、統一教会の暗黒思想を打ち砕くのに、大変役に立ちました。

さて、そのようにして幸福の科学に入り、18年弱の活動ののち、退会したわけですが、寄る辺なき子さんのコメントの返信を書いてから、また、改めて、僕が退会した8年前のことを思い返すと同時に、自らの人生を振り返り、それを通して、今、喪失感に苦しんでいるであろうところの寄る辺なき子さんのお役に立てないかと、考えた次第です。


退会したときの心境は、「不都合な真実に向かい合う勇気を」と「感性と理性とのせめぎあいの果てに導かれた平安」で詳しく書いているので、重複は避け、今日は別の視点から、記してみたいと思います。


相模原の障害者施設で起こった殺傷事件は、まだ記憶に新しいところですが、事件を起こした男は、障害者に対して生きる価値がないと自分勝手に判断し、殺人事件を起こした後も、悪びれる様子もなく、死をも厭わぬ態度ですが、あの独善性と変わらぬものを、僕は、カルト教祖の中に、見ます。

カルト教祖自身が、誰よりも確信をもって、自分自身を妄信しています。

そして、そういう人の周りに信者が集まれば、彼は教祖となり、一つの団体が形成されていきます。それが、宗教法人格を取れば、宗教団体となります。

カルト教祖は、自己を絶対視するがゆえに、自分を否定する対象を、悪魔、と、見る傾向があります。

日本のみならず、世界には、実に様々なカルト教団が存在しますが、この点は、共通しています。

神である自分を受け入れない社会のほうがおかしいということになり、彼自身の中に、誇大妄想、被害妄想の心理状態が展開していきます。

自分を受け入れない社会に対する不満はくすぶり続け、満たされない自尊心(カルト教祖の場合はこの自尊心が特に顕著)を補強するために、本当の自分はこんなに偉いのだ、ということを、様々な手段を使って訴えます。

それを真に受けるのは信者さんだけで、一般の人は、そもそも関心を持っていないか、何らかのきっかけで目を向けたとしても、その子供じみた精神構造を見抜いて、あきれるか冷笑するぐらいが関の山。

よく、世間が誤解するのは、カルト教祖を詐欺師のように思っている傾向があるのですが、詐欺師というのは自分が相手を騙している自覚があるので、それほどの情熱も、パワーも、ありません。

よく、金儲け主義とも誤解されますが、お金は二次的なもので、詐欺師などと同じレベルの話ではありません。

何よりも、カルト教祖自身が、自分が神であるとの確信を持っている点が、大きな違いです。

その確信がなければ、活動など継続できるものではないし、人もついていきません。

カルト教祖の感化力には、常人の想像も及ばないものがあり、そのいい例が、麻原の死後も存続しているアレフ、などです。今もなお、崇拝の対象を欲するアレフは、麻原の長男を教祖として祭り上げていますが、当の長男はいい迷惑だとして、訴訟を起こしています。

何が言いたいのかと言うと、アレフに見られるように、崇拝の対象を人に求める信者がいる限り、カルト教祖は、なくならない、ということです。

つまり、両者は、相互依存、の関係にあるわけです。

寄る辺なき子さんは勇気をもって不都合な真実を見つめ、今まさに、人間信仰からの脱却を図ろうとしているとき、です。

人間を神と仰いでいる限り、心に真の平安は、ありません。

なぜなら、どれほど、その教祖なる存在が、自らの無謬性を主張しても、そこには必ず矛盾が生じ、信者の側はその矛盾を糊塗し、合理化するための暗黙の努力を余儀なくされるから、です。

その不自然さは、精神の中に何とも言えぬ違和感を生じさせ、本人も、釈然としないが一応は信じている、という状態が長く続きます。

勿論、教祖と同レベルか、それに近いところまで妄信している信者さんは、そうした矛盾さえ感じることは、ありませんが。

しかし大半の、理性が働いている信者さんは、少なからぬ矛盾を、何とか自分の中で無意識のうちに合理化してやり過ごすようになります。

神から与えられた理性が、真に嫌気がさすまでは、そうした足踏み状態は続き、時間だけが過ぎていきますし、この世的に言えば、年だけは取っていきます。

寄る辺なき子さんは、そうした足踏み状態からの脱却の時が来ているわけで、謂わば、脱皮の時期なのです。脱皮には、それなりの負荷がかかるものです。

しかし、そこを通過しなければ、広くて明るい自由な世界には行けません。

広くて明るい自由な世界には、その人、カルト教祖は、いません。

そしてその世界から、カルト教祖を見ると、憎しみよりもかわいそうな気持が生じてくるようになります。

今は憎しみのほうが大きいかもしれませんが、やがては、そうした広くて明るい自由な世界の中で、過去の自分を俯瞰できる視点を持つようになると思います。

そうした広い世界が待っているということを、寄る辺なき子さんに、もっとうまく伝えられたら、と、思うのですが。

それともう一点、良いことをお伝えせねばなりません。

それは、カルト教祖の独善的世界から離れれば離れるほど、むしろ周りにいる人、一人一人の中にある仏性が、より、鮮明に見えてくるようになることです。

それまで、悪魔、に見えていた人が、まだ至らぬにせよ紛れもない神の子である、ということが、わかっていきます。

寄る辺なき子さんは、コメントの中で、「最大の心残りは、夫に対する申し訳なさ、です。主の教えを理解できないバカ夫と思っていましたが、バカなのは私でした。息子にも、申し訳ないですと、おっしゃっていましたね。

かつては、旦那さんを見下し、時には、悪魔のようにも、見えたかもしれません。でも、今は、自分の愚かさに気づいたのですね。

愚かさに気づいた人は、もう愚かではありません。もうそれ以上、自分を責める必要はありません。

もう、今の寄る辺なき子さんであれば、旦那さんや息子さんを悪魔のようには思わないはずですからね。

まだ十分に、自分を客体化するところまではいかないでしょうが、やがては、時の経過とともに、落ち着いて自分自身を眺められる時が来ると思います。

その経過は、人それぞれだとは思いますが、カルト教団から離れるにつれ、むしろ、この世界を、ありのままに見ることができるようになっていきます。

なぜなら、そうした教団で与えらえる情報には偏りがあり、その偏った情報だけを過飽和入力されている状態では、到底ありのままに見ることなど、不可能だからです。

たとえて言えば、毒の入った材料だけで作る饅頭は、毒饅頭にならざるを得ないのと、同じことです。

事程左様に、情報というものは、食べ物と一緒で、よく吟味しなければいけません。

僕は、三帰請願した後、先輩のある信者さんから、素直さが大事だと、繰り返し言われました。

その人が言うには、本佛が御降臨されている奇跡の時代なのだから、自分の小さな頭で判断せず、ただひたすらに主を信じ、ついていくことが大切なのだと教えられ、その通りだと感動して、そのように努めました。

我を信じ、集い来よ、と、主は、言われましたから、ね。

まさに今回、寄る辺なき子さんが言及された、太陽の法のまえがきにも、あなたの常識を入れ替えてほしい、というようなことが書かれていたように思います。

ただ、このまえがきは、初版本のものではなく、方便の時代は終わった、と言われていたころのものかもしれません。僕が、三帰請願したのは、1994年だったと思うので、当時の、すでに、書き換えられていた太陽の法、かもしれません。

その太陽の法も、その後、何度か、書き換えられた、ということなのでしょうが、今回の書き換えが、正確には何度目になるのか、すでに8年前に退会している僕には、よくわかりません。

で、話を戻すと、そのように、とにかく素直さが大事だと思い、歩んでいたわけですが、理性が疲弊していった経緯はすでに過去記事で記したとおりです。

教団から距離を置き、落ち着いた心で世の中を眺められるようになれば、やがては、悪魔に囲まれていると思っていた世界から、未熟ながらも仏性ある人たちのいる世界に生きている自分に、気づくようになります。

それまでには、多少の時間はかかるでしょうが、大切なのは、理性が矛盾を感じるところの疑問に、誠実に向き合うことだと、思います。

僕の場合で言いますと、カルト教祖やカルト教団の矛盾と正面から向かい合って、納得するまであきらめない、粘り強い姿勢で取り組みました。

具体的には、教団の裁判を傍聴するために東京地裁にも足を運びましたし、大川きょう子さんにも、二度、じかに会って話を聞いています。

さらには、元職員の人にも会い、ここではとても話せない内容の教団の実態も、知ることとなりました。

ただ、元職員の人の話であっても、それをまるごと受け入れるのではなく、まず、その人の表情や波動を見極める必要があります。なぜなら、その元職員の中に恨み心があれば、その情報にも、多分に私憤が入り込んで、歪曲してしまうから、です。

いずれにせよ、労を惜しんでいては、価値あるものを手に入れることはできません。

ここで言う価値あるもの、とは、カルト教祖とカルト教団を客体化して観ることのできる認識力であり、その結果得ることのできる、理性が息苦しさを感じることのない自由な世界、です。

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そして、その自由な世界にこそ、本物の信仰がある、のです。

寄る辺なき子さんの未来には、そのような明るくて、公明正大な世界が、待っています。

寄る辺なき子さんの、幸福の科学での長い信仰生活も、決して無駄ではないことを示唆する、シルバーバーチの言葉を紹介します。


「私は皆さんのお答えのいずれにも賛成しかねます。霊的な視点で見ておられないからです。一人の方はもし早くから知っていたらメソジスト派の教えを説いて永い年月をムダにすることは無かったとおっしゃいましたが、私に言わせれば、むしろ荒野に叫んだ時期が無かったら、その方の存在は今ほど大きくなかったろうと思われます。

真理探求に没頭した年月───追求してはつまづき、倒れては起き上がり、間違いを犯しながら遂にそれまでの信仰が真実とは似て非なるものであることを思い知らされることになった───そうした体験がその人の魂の発達の掛けがえのない要素となっているのです。


シルバーバーチは、メソジスト派の牧師に対して、上記のように語りました。

少し説明を加えると、その牧師は牧師なりの善意と使命感から、伝道などの宗教活動をしていたのですが、その後、真実に目覚め、自分の長きに渡る牧師生活を悔やんだことに対する、シルバーバーチの答え、なのですね。

そしてシルバーバーチは、真理探求に没頭した年月───追求してはつまづき、倒れては起き上がり、間違いを犯しながら遂にそれまでの信仰が真実とは似て非なるものであることを思い知らされることになった───そうした体験がその人の魂の発達の掛けがえのない要素となっているのですと、助言しています。


寄る辺なき子さんは、今まさに、それまでの信仰が真実とは似て非なるものであることを思い知らされることになったわけです。

なので、ここが、正念場、です。

まずは、心身を休めること、だと、思います。

色心不二という教えはご存知かと思いますが、体と心は互いに影響を及ぼし合っていますからね。

まずはゆっくり休んでください。

そして、自分の運命を、信じてください。

長くなったので、今日はここまでとしますが、この世は、霊界という永遠の世界に行く前の試練の場であり、魂の足腰を強くする場であるとの認識をもって、落ち着いて生きられることを、祈っています。






感性と理性とのせめぎあいの果てに導かれた平安


霊的な光の感覚が、その頃の僕の、最後の拠り所でした。

この拠り所とは、幸福の科学で言うところの、信仰の命綱、でもありました。

精舎で感じる光、あるいは、東京ドームの講演会での光体験、これらが、実に強力な動機となって、僕の幸福の科学での信仰を支えていました。

それは、僕にとっての、エルカンターレ信仰の根拠でもあり、原動力でもありました。

しかし、その一方で、僕の理性が、度重なる矛盾の数々を、どうしても受け入れられずにいたのです。

よっぽど、矛盾になど気づかずに、無邪気に、信じ切っていた頃のほうが幸せだったとも思いましたが、いや違う、という自分がいて、苦しくても、不都合な真実と向き合う今の自分のほうが尊い、という思いもありました。

この、ぎりぎりのところの攻防は、到底短い文章で語ることはできません。

感情が揺れ動き、自分を制御することが難しいときも、ありました。

光体験を重視する感性と、矛盾に承服できない理性との、戦いでもありました。

この苦しみは、他人に話しても到底理解される類いのものではないことを、僕自身、わかっていました。

わかってくれる人がいるとしたら、同じ様な体験を通過した人だけだろうと思いましたが、そのような人は周りにはいませんでした。

そのように悶え苦しんだ日々ではありましたが、退会すると決めた頃だったでしょうか、僕の親友でもあり、法友でもあり、年下ではありますが、何かと頼りにしていたAさんに、苦しい心情を打ち明けた記憶があります。

Aさんは、自分の仕事が忙しいにもかかわらず、辛抱強く、僕の話を聞いてくれました。

当時、僕は、マンションで独り暮らしをしており、Aさんの住居も、僕のところから歩いてすぐのところにありました。

Aさんは、僕の気持ちを尊重してくれ、それで僕が本当に幸せになるのであれば退会するのは構わない、という趣旨のことを言ってくれました。

また、Aさん以外にも、僕よりもだいぶ年上の会員のSさんも、僕のマンションを訪ねてきて、話を聞いてくれました。まあ、このSさんには、僕の気持ちや考えは全く理解はしてもらえませんでしたが。それでも、わざわざ訪ねてきてくれたことは、ありがたく思いました。

それ以外には、当時の支部長とも話しましたが、こちらは短い時間でした。僕の、退会の決意が固いことを知るとあきらめたようでしたが、別れ際に、せめて6月まで保留しないか、と言われました。その間に、富士山の大爆発が起こるから、と、言っていました。

僕は、富士山も活火山だから、いずれ、そういうこともあるでしょうが、6月までに噴火するということはないと思います、と、答えたのを覚えています。

僕自身、当時、そうした、教団の天変地異の予言に、本当に嫌気がさしていたので、それは、即座に答えました。

寄る辺なき子さんは、おそらく、僕より信仰歴が長いと思われるので、法友を失う苦しみ、自分が根拠として立っていた足下の大地が消えていく苦しみを、体験されたことでしょう。

そしてその苦しみは、今も継続中かもしれませんが、その葛藤があってこそ、真実を見つけることが可能となるのだと、思います。

話を、元に戻しましょう。

光体験を重視する感性と、矛盾に承服できない理性、とのせめぎ合いに、どのように決着をつけたのか、あるいは、どのように、運命が僕を導いたのか、の続きです。

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結論から言うと、僕の、過去の宗教体験が、役に立ちました。

僕は、父が世界救世教の信者であったために、自然に父と同じ信仰を持つようになりました。学生部、青年部と、順調に、信仰生活を続けていたのですが、善悪の問題で悩み、教団職員に相談しても、そこでは答えが得られないことを知り、やがて、真理を求めて、さすらうようになります。

その後、統一教会の堕落論を知ることとなり、長年心を去らなかった善悪の起源の問題が解決しました。そして、統一教会に入信し、全財産を献金し、専従生活に入りました。

で、実は、世界救世教時代にも、統一教会時代にも、僕は、タイプの違う、神体験、をしていたことを、思いだしたのです。

世界救世教のときは、熱海にある救世会館という、建物内で、突然、霊感に打たれて号泣したことがありました。一緒にいた人が、びっくりした顔で、僕を見たことを、今でも、覚えています。当時は、十代で未成年でもあり、多感でもありましたが、霊体質でもあったのだと思います。

統一教会では、ツーデイという合宿で、神が現れて、長い間探し求めていた我が子よ、と言って、僕を泣きながら後ろから抱きしめる、という体験をしました。ああ、これが、生きた神なのか、と、思いました。それだけではなく、専従生活で、日々、伝道に明け暮れている中で、奇跡とも思える体験を、いくつかしています。

そうした、過去の宗教団体における神体験、光体験を思いだすに及び、この、幸福の科学での光体験も、それに類するものではないのか、と、冷静に分析できるようになりました。

少し余談になりますが、今年1月に、上祐史浩氏に会いに行った話は以前しましたが、彼の友人で、広瀬という人だったと思いますが、やはりオウム信者で、大変な秀才だったそうですが、その人も、最後は理屈ではなく、神秘体験によって、麻原に心酔し、サリン事件を起こしたとのことでした。

つまり、結論を言うと、個人の神秘体験や個人の霊的能力には、普遍性はない、と、いうことなのです。

ただし、普遍性はないが、その人にとっては、強力な体験であり、信仰を継続する上での大きな動機付けになる、ということ。

ここが、神秘体験や霊的能力の、功罪相半ばするところではないか、と、思います。

そして、そのことに気づいた僕は、さらなる検証と内省の日々を重ねていきました。


僕が今でも、貴重な体験だったと思う研修を、一つ紹介します。

それは、日光精舎での、八正道研修でした。

礼拝堂のピンと張りつめた空気の中、出された公案に対して思慧していく、というものでした。

このとき、僕の守護霊がすぐ背後に立ち、この機会を逃すまじ、という強い気迫で、僕にメッセージを送ってきたのです。僕は、自動書記のような感じで、送られてくる言葉をノートに殴り書きしていきました。

そして、その公案が終わったときには、その与えられた言葉の数々に、自分でもびっくりしたのを覚えています。そこには、自分でもうすうす気づいていた自分の欠点や課題、これからの方向性などが、書かれていたのです。

こうした体験から、僕は、精舎での研修などにも、かなりのめり込んでいきました。

こうした体験を積み重ねていくと、信仰の確信が深まるばかりで、その結果として、活動にも、熱心になっていきます。

その後、幸福の科学を退会した僕ですが、たとえば、今例に挙げた日光精舎での研修における体験は、今でも、守護霊からのメッセージであったと、思っています。

事実、その研修の後、僕は、そのメッセージを、日々の生活の中に生かすようにしましたからね。

シルバーバーチが説くように、守護霊なり、指導霊なり、導きの霊存在は、ラベルを選びません。

つまり、その機会、そのときで言えば、日光精舎での八正道研修が、メッセージを伝えるのに最適の機会であれば、それを活用するのですね。

たとえそのことによって、僕がさらにその信仰にのめり込むことになったとしても、それ以上に、その時僕に必要なメッセージを伝えることのほうが有益であれば、そうするわけです。

事実僕は、その後、そのメッセージを日々の生活の中に生かし、日常生活を改善していきました。

だから、僕にとって、幸福の科学での日々は、決して無益なものではありませんでした。

今でも付き合いのある、Aさんや、Iさんなど、有徳の人との出会いも、ありましたからね。

さて、僕の、こうした体験が、どれほど、寄る辺なき子さんのお役に立てるかわかりませんが、僕が退会するときのこと、そしてその退会は、決して安易な気持ちからのものではなかったことをお伝えできれば、多少なりとも参考になるのではないかと思い、記してみました。

もし、また、何か、書き込みたいことや、あるいは、僕の記述が飛んだ見当違いであれば、そうした指摘でもかまいませんので、コメントしていただければ、と、思います。

長い信仰から離れるときの不安は、それまで立っていた大地が失われるに等しいと、思います。

しかし、真実に向き合う勇気は、その不安に比例して、あるいは、その不安以上に、尊いものです。

それはまさに、真摯に人生を生きていることの証、でもあるからです。

そして、そうした、真実に向き合う勇気は、誰もが持てるものではありません。

大半の人は、それまでの自分の信念、あり方、費やしてきた時間や金銭や心情、その他もろもろの自我に付随する総体を捨てきれず、自覚するとしないにかかわらずそこに縋り付き、自己を客観視することなく正当化し、臭いモノには蓋をして見ないようにし、自分の見たいものだけを見て、自分の在り方を合理化するからです。

また、いかに優れた人であっても、その時期が来なければ、向き合う気にもなれないでしょう。

ただ、すべての人に言えることかと思いますが、それぞれの人のその人生こそが、その人の導き手なのだと思います。

そういう意味では、すべての人が、尊い修行者であり、永遠の旅人なのだと、思っています。




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