介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

グレゴリオ聖歌

質素な生活の喜び


前記事のハルカさんのコメントへの返事で、一人雲水生活とか、一人修道院生活のようなものだ、ということを書いたのですが、僕は、昔から、そういう暮らしがしたかったのだと思います。

今日は曇り空で、一日中家にいるのですが、先ほどテレビをつけたら、日本ダービーをやっていて、今ではすっかり競馬もしなくなったのですが、30代から40代前半くらいまではやっていました。

で、今日は、コントレイルとかいう馬が、ダービーを勝ったのですが、皐月賞も取ったようで、2冠馬ですね。

ここから馬の話をしだすと、横道にそれてしまうのですが、時代を超えたレースというのを、想像の中で楽しんだことがあります。

コントレイルも強そうでしたが、ナリタブライアンやスペシャルウィーク、フサイチコンコルドなどとレースをしたら、どうかなあ、と。騎乗も南井、武、藤田と、分かれるしね。

とまあ、競馬の話はこれくらいにして、競馬をやっていたころは、まあ、働いていたこともあり、平気で月10万円くらいは、小遣いとして使っていたように思います。

特に、マンション購入前の実家暮らしの頃は、そうでしたから、年齢で言うと、35歳から40歳くらいまでの5年間ですね。

この時が一番、お金を自由に使っていました。

実家に食費だけ入れて、あとは全部自分のお金ですからね。

35歳で幸福の科学に入って、その宗教活動でも、月平均で3万から5万円を使っていたと思います。それ以外に、○○植福、などというのがあると、それだけで一口10万円ですから、そうした植福をしたときは、月の活動費は13から15万円くらいになるので、平均を出すのは難しいのですが、ね。

まあ、幸福の科学だけにお金を使っていたわけではなく、先ほど挙げたように、競馬や、お姉さんのいる飲み屋に行ったりもしていたので、それと、ビリヤードをしたり、たまにはサルサなんかも踊ったりしていました。

サルサは、職場の仲間に誘われて始めたのですが、何でもやりだすと、それなりに面白いですからね。

あとは、お金を使うとしたら、旅行ですよねえ。

自由になるお金があったので、ずいぶん行きました。

特に、浜松町に勤めていたころは、24時間の勤務明けに、そのままモノレールに乗って、羽田に行き、飛行機に乗る、みたいな感じでした。

ありがたいことに、24時間勤務は、一回有休をとると、明けの日を入れて5日間も休みが連なるのですよ。

まあ、そうは言っても、一日は休養日に当てて、4日間の国内個人ツアーに行ったりしていました。

なので、浜松町というのは職場としては最高のロケーションでした。

しかしそんな我が世の春も、40まで。

40のときに、隣の市の駅前にマンションを購入してからは、遊ぶ金はほとんどなくなりましたね。

なんか、話が変なほうにそれていったので、元に戻ると、そうそう、一人修道院生活ですよ、今は、まさに、それ。

修道院生活にしろ、雲水生活にしろ、やることは、清掃、質素な食事、祈り、瞑想、作務、などです。

で、まさに、今の僕の生活が、それ。

違いは、決まった時間割で動いていないこと。

この、修道院的、雲水的生活が、とても、いいのですよ。

僕は、ときどき、東久留米にある、聖グレゴリオの家に行くのですが、別に、ミサに参加したいわけではなく、そこで歌われるグレゴリオ聖歌を、聴きたいから行く、のですよ。

ラテン語ですから、何を歌っているのかさっぱりわからないのですが、人間の声だけで奏でる音楽というのも、まことに良いものなのですよ。


   

グレゴリオ聖歌は、夜、寝る時などに聴くこともあるし、それ以外の時間にも、聴きたくなるときがありますね。

質素な生活に、グレゴリオ聖歌は、とても馴染みますです。






もはや何と言っていいのかわかりません

今日は、僕よりは10歳以上年下でありながら、リタイア生活では先輩に当たるKのところに行ってきました。

行っては来たのですが、気難しさは相変わらず。

飼っている猫も、二代目になっていました。

そもそも彼との出会いは、共通の趣味と言っていいのかどうかわかりませんが、グレゴリオ聖歌が縁で知り合いました。


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東久留米にある、聖グレゴリオの家で、出会ったのですが、まあ、何と言うか、音楽好きというのではありませんね、あれは。

ロックもジャズも聞かず、聞くのは、グレゴリオ聖歌とお経のみ。お経ですよ、お経。


まあそれはともかく、Kは、隣の市に住んでおり、古家を買い取って、家賃はなしです。グレゴリオ聖歌以外の共通点は、Kも僕も、赤羽と葛西に住んだことがある点です。

Kのお気に入りの場所は、王子の飛鳥山公園。

確かに王子は、いい街ですが、僕は実は嫌な思い出があり、ちょっとそこは、Kとは意見が違います。

王子自体はいいのですが、そこからバスで行った豊島五丁目団地だったかな、もう忘れましたが、そこの団地の近くの印刷工場で、働いていたときの思い出で、ちょっとあり、どうも、王子に行くと、それを思いだすのですよ。


まあ、そんなことはいいとして、他の共通点は二人とも、老子と仏陀が好きなところですが、はっきり言って彼は、僕の知識の浅さを馬鹿にしていますね。

まあ、知識の浅さは認めましょう。

それはそうと、Kの人間嫌いにも拍車がかかり、同時に、哲学的な話を聞いてきましたが、ギブアップでした。

僕は僕で、株の話でやり返したのですが、一蹴されました。

なんでも、金儲けに走る奴にろくな者はいないそうです。まあ僕の株式投資などは、かわいいもんなのですがね。


まあ、今日は長くなったので、Kの話は、また次回にでも。

深夜に、グレゴリオ聖歌を聴く

 父の死後、内省の時間を得て、いろいろなことを振り返っています。

 そうした中、今日は、深夜に、グレゴリオ聖歌を聴きました。

 全く楽器というものを使わず、ただ、人の声だけで、あのような、神聖な雰囲気を醸し出すとは、やはり、人間というものはすごいものです。

 市井に生きた、名もない人たち、歴史には残らず、世間にも知られず、まあ、父も、そうした人たちのうちの一人であったわけですが、名もなき無数の群像が、時の流れに乗って、旅をしているのだと思います。

 やがて、僕も死に、この地上から消え去っていきます。
 それは明日かもしれず、30年後かもしれません。

 間違えのない事実は、生者必滅の言葉のごとく、必ず、死んでいく、ということです。

 インターネットで、キリスト教の放送を聴いていた時期があり、その時に知った、聖グレゴリオの家に、何度か行ったことがあります。東京の東久留米市にある聖グレゴリオの家は、建築も素敵でしたが、聖堂で歌われる、グレゴリオ聖歌に、魅せられたものでした。

 当時住んでいたマンションからも、また、今住んでいるところからも遠いので、もうすっかり足を運ばなくなりましたが、冬になったら、行ってみたいと思います。


 何度か足を運んだのが、いずれも冬だったからかもしれません。
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