介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

60男の思索と内省

一度も働いたことない40〜50代大卒娘の憂鬱


世の中には、大学まで出ながら、一度も働いたことのない女性が結構いるそうです。
 
ニートと言うと、男のイメージが強いですが、女性のニートも、それなりにいるようです。

以下は、かつて、横浜市役所で働いていた人の記事からの引用です。

横浜市役所では、2000年代当初から、話題になりだしていたことがある。

それは、「この子は一度も働いたことがないのですが、親が亡くなった後、どうすればいいですか」と、40〜50代の娘を連れて、高齢の親が区役所の窓口にくるというのだ。

彼女たちが学校を卒業したころは、就職せず、花嫁修業と称して、家でお稽古などをして過ごし、それなりの時期が来たら結婚することは珍しいことではなかったのだろう。だが、たまたま縁なく結婚せず、就業経験もないまま40〜50代になった女性たちは、もはや外に出て働く、他人と交わるということも難しそうな状況だったという。

当時は若者への就労支援が始まりだしたころであったが、無業のまま40代になった女性には支援の仕組みもなかった(いまでもほとんどない。多くの就労支援は30代までである)。

この女性たちが次に公的サービスにつながるときは、親が要介護状態になるときか、親が亡くなって年金収入も絶え、生活に行きづまって生活保護の窓口にくるときだ、という危機感を生活保護課では持っていた。

10年か20年後には、50〜60代の就業経験のない未婚女性の生活保護受給者が増えるのは避けられないだろう、とも予測していた。


うーん、今も増え続けている生活保護ですが、今後もその増加が予想されていて、社会保障費の更なる支出が増えるのでしょうかねえ。

これでは、まじめに働いている給与所得者が、浮かばれませんねえ。

少ない給料でやりくりしながら、節制に節制を重ね、老後は、少ない年金で生きるわけですからねえ。
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そして、ある日、生活保護受給者のほうがいい暮らしをしていることに気づく、と。

生活保護受給者も、一度味をしめてしまうと、もうその既得権益は離さないでしょうし、ましてや高齢であれば、なおさらのこと。

しかして、まじめに働いてきた多くの給与所得者は、現役時代も質素に暮らしながら、老後はさらなる節約生活で、医療費も節約。

一方、生活保護受給者は医療費をはじめとした多くのものが無料ですから、非正規などでまじめに働いてきた人たちよりも総合的な可処分所得は上になったりします。

まあ、これは、制度自体の問題であり、見直すべき多くの課題が残っていると思います。

今日話題にした、一度も働かないまま生活保護に移行していく人のほうが、長年非正規で働いてきた人よりも、老後、いい暮らしをするようでは、労働者はつらいばかりです。


70歳まで働く人の自由時間


少し前の、ガイアの夜明けで、タクシードライバーの解雇の話を見たのですが、70過ぎたドライバーが社長に文句を言っていました。

うーん、人の事情はそれぞれなので、何とも言えませんが、そんな高齢になってまで働く人の自由時間て、どれだけあるんだろうと、考えてしまいました。

この文句を言っていた人も、70を過ぎてもハンドルを握らざるを得ないから、握っているわけで、出来れば、仕事を辞めたいと思っているのかもしれません、からね。

先日も、クローズアップ現代で、シニアの労災が深刻だ、みたいなのをやっていましたね。

ちょうど、ハケンの品格と被ってしまって、どっちをダビングしようかと思い、篠原涼子のほうにしたのですが、そのため、リアルタイムで見ることに。

なので、その記憶をたどって書いてみると、年金12万円の女性が犬をなでながら何か話していましたが、それだけもらっていたら、無理して働く必要なくね、と、思ったのは僕だけでしょうか。

シニアの労災は、多いそうで、考えてみれば、僕が、今年5月にアルバイトを辞めたのも、夏に熱中症で倒れるのを恐れたことも、理由の一つ。

自分の身は自分で守るのが基本、ですからね。

以下は、ネット記事からの引用。

「実際には、すでに4割近くの人が70歳になっても働いている」と指摘するのは、ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎主席研究員です。18年の70歳の就業率は36%。平均退職年齢もここ数年上がり続け、18年には69.9歳になりました。「健康寿命が延び、まだ上昇の余地がある」と話します。

どんなふうに働いているのでしょう。一橋大学の小塩隆士教授に聞くと「アベノミクスで増えたのは非正規雇用のシニアです」との答えでした。12~18年の間に増えた非正規労働者は304万人、うち60歳以上が190万人と半数以上を占めました。特に60代後半の人が増えているそうです。

景気回復や人手不足などにより仕事が増えたことが背景にあります。こうした中、思わぬ事態も起きています。仕事中、けがをする高齢者が増えているのです。

厚生労働省の統計によると、労働災害による死傷者のうち、60歳以上は18年に約3万3千人になりました。すべての年齢のうち26%を占めます。10年前に比べ、約1万人増えました。「働く高齢者が増えて事故も増えている」(厚生労働省)そうです。

特に最近増えているのが「転倒」です。18年の死傷災害の4分の1を転倒が占めました。関東地方の労働基準監督署に聞いてみると「昔は機械に挟まれるといった事故が多かったが、今はちょっとした転倒で、労災につながるようなけがをしてしまう」ということでした。

うーん、まあ、働く働かないは、各人の事情もあり、自由なのですが、70歳まで、あるいはそれ以上の年齢まで働く人の、正味の自由時間て、どのくらいあるんでしょうか。
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それと、人間には、健康寿命があるのですよ。

ただ、心臓が動いていればいい、という話ではなくて、行きたい場所に行くとか、やりたいことができるとか、は、健康でなければできないわけで、そういう意味でも、シニアの時間は、まさに貴重だと思うのですが。

それを、労働で塗りつぶすのは、どうなのでしょうかねえ。



ここではないどこか、という病


 自分探し、という言葉がありますが、若い頃は、僕もその言葉にまどわされて、本当の自分、なるものを探そうと、していた時期があります。

自分探しという思考、あるいは感情の、背後にあるものは、自分の本来いるべき場所はここではないのではないか、という思い。

つまり、ここではないどこか、に行きたくて、そして、今の自分ではない本当の自分、に出会いたい、なりたい、ということなのではないでしょうか。

ここではないどこか、を、求めたくなる気持ちの根底にあるのは、疎外感、かもしれません。

この疎外感こそが人間存在の普遍的なジレンマであるとして小説を書いたのが、フランツ・カフカやジェームズ・ジョイス、アルベール・カミュ、などの作家ですね。

しかし、ここではないどこかを求め、今の自分ではない本当の自分なるものを探せば探すほど、本質からは遠ざかっていきます。


昨日は、僕の故郷でもある入間市を少し歩いてきました。

入間川の川原に車を止めて、街のほうへと歩いたのですが、今までは、いなげやの駐車場に車を止めていたのですよ。

でも、それだと、返報性の原理で、何かを買っていたりしたのですが、川原に車を止めるという方法があることに、昨日、気づいたわけです。

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入間市駅への緩く登っていく道を歩きながら、坂のある街はいいなあ、と、改めて思いました。

街歩きと言えば、多摩モノレールの一日乗車券を買って、沿線の街歩きをする際に、狭山市中央図書館に車を止めて、いく、という方法があるのですが、これだと、図書館の開館時間に行動を左右されるわけですよ。

でも、川原に止めれば、時間制限はなくなるわけで、狭山市から行こうが入間市から行こうが、玉川上水駅までの電車賃もたぶん同じくらいだと思うのですよ。

僕の家から、電車オンリーで、川越周りで行くと、電車賃がかさむし、やっぱ西武線の沿線まで車で行ったほうが、効率がいいわけです。

福生や八王子の街歩きをするときは、日高図書館に車を止めるとか、だいたいパターン化しているのですが、川原という手があることに気づいたのは、僥倖でした。

まあ、僥倖というのは少し大げさ過ぎるので、ラッキーと言い直しましょう。


仕事を増やすと気苦労も増える


もうアルバイトも辞めて、暢気な身分なので、仕事のことを考えることはないのですが、たとえば、会社ではないにしろ、日々の生活の中で、やるべきことややったほうがいいとされることなども、広い意味で、仕事と、とらえることができます。

たとえば、今日、僕は朝一番の仕事として、スズキ自動車に、アルトを持って行ったのですが、それは、リコール点検のため。

で、先ほどその点検も終えて、今帰ってきたのですが、考えてみれば、このブログも、仕事のように義務的なってくれば、とたんに、僕の中では、喜びはなくなっていきます。

つまり、ねばならない、書かねばならない、とか、そんな風に義務的になってくると、これは、会社勤めでの義務感と変わらなくなります。

だから僕は、書きたくないときには、一切書きません。

それが、ときどき、ブログを書かない日がある理由でもあるのですが、今日は、思ったよりも、点検が早く終わって、この時間に家に帰れたので、まだ夜までには時間もあり、じゃあ、何か、書いてみようかと、思ったまで。

で、今週は、ハローワークにも行かねばならないのですが、これも、まあ、仕事と言えば仕事です。

なんて言うんですかねえ、やんなくちゃならないこと、は、とりあえず、僕の中では、仕事と考えています。

で、そうした仕事というものは、増やさないことが肝要。

仕事を増やすと、その分、気苦労も増えるから、です。

ハローワークは行かないと、失業給付金がもらえなくなるので、これは、まあ、義務を伴う仕事。

で、ただ、ハローワークに行くだけでは面白みもないので、そこに何かしらの楽しみを絡めたりするわけです。 


で、これからの方向性としては、やらねばならないことは、なるべく排除して、やりたいことを、創造的にやっていくようにしていきたいと、思っています。

それが結局、一番幸福度が高いですからね。

で、やらねばならないことは、どうせやるのだから、なるべく遊びに変えよう、と、思っています。


どうしたら、その、やらねばならないことを、遊びにできるかを工夫するのも、知恵の出し処だと思うのですね。


これの天才が、斎藤一人さんだと思うのですよ。

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つまらないことを面白いことに変えちゃう天才、ですね。

まあ、斎藤一人さんからは、実に様々なことを教わりましたが、直接会ったのは一度しかなく、話もできないような大きな会場だったので、握手しかできませんでしたが、彼からは、おもに、本を通して、あるいは、CDを通して、生きるヒントを、ずいぶん、もらいました。

で、僕も、なるべく仕事はしない、しなきゃならないときは、どうしたら楽しくできるかを考える、と、こういう風にやっていきたいと、思っています。


35年フルローンの誤算で週7日働き詰めの50代に思うこと


住宅ローンは、僕自身、60歳を過ぎた今も、払い続けていますが、世間でよく言われているのが、定年退職までには、完済しておきましょうと言う、アドバイス。

まあ、これは、まったくその通りだとは思いますが、僕の場合は、親の介護のバリアフリー化のための建て替えだったし、今現在、僕自身もその住宅の恩恵を受けているので、まったく後悔などはありません。

僕の場合、住宅ローンの返済額も、6万円台と、何とか支払い可能な範囲であるのも、ありがたい点。

久しぶりに読んだSPAで、大変ショッキングな記事を見たので、紹介します。


景気悪化で年収が大幅減。ローン地獄に苦しむ毎日



 収入に見合ったローンを組むのは不動産購入の鉄則。だが、いつまでも期待する年収が得られるとは限らない。製造業界で働く吉田正雄さん(仮名・56歳)は17年前、3人目の子供の誕生を機に川崎市で3LDK新築マンションを4000万円で購入した。

「35年フルローンを組んだら、返済額は月15万円ほどに。『こんなに高いの?』とは思いましたが、当時は年収も800万円はあったし、『家族5人で住むなら、家賃も15万円はかかるはずだし、今後はさらに給料も上がるし』と楽観的な見通しのもと、購入に踏み切ったんです。ただし、当時の金利は約2.9%。固定で借りてしまったことはいくら後悔してもし足りません……」

 その後、そんな吉田さんのライフプランは見事に裏切られる。

「リーマンショック後、給料が激減し、800万円あった年収が600万円ほどになりました。さらに子供たちが私立校に進学し、教育費もかさむことに。築年数を重ねるごとに、マンションの管理費や修繕積立金、駐車場代が値上がりし、毎月の諸費用を合わせた支払いは月20万円に上っています。購入当初はこれら諸経費をまったく考慮してなかったので、今となってはかなりの負担となり、家計を圧迫しています」

 家の売却やローンの借り換えも検討はしたが、打開策は見当たらない。そこで住宅ローンを補填するため、吉田さんは仕事終わりや土日にガテン系の派遣バイトを始めるようになったという。

「現在は週7日で毎日深夜の清掃スタッフやイベント設営などのバイトを入れ、本業以外におよそ年間150万円稼いでいます。生活も徹底的に切り詰め、自分の小遣いはほぼゼロ。外食や趣味もやめて、今はもっぱら住宅ローンの返済に充てています。最近は子供もやっと大きくなってきたので、妻にも事務のパートに出てもらい、月5万円ほど稼いでもらえるようになってます」

ここまでのローン地獄に陥るとは完全に誤算だという吉田さん。彼は己の決断をこう振り返る。

「実は僕がローンを組んだのは、あのスルガ銀行なんです。すごく押しの強い営業マンだったことを覚えています。当時の僕は39歳でローンを組めるギリギリの年齢だったし、頭金もなかったので、『貸してくれるならどこでもいい』という心境でした。また、金利の仕組みも勉強せず、銀行の営業マンに言われる通りに購入した自分の甘さも反省しています」

 ローン返済は現在、折り返し地点。「金利についてはもっと勉強してもよかったとは思いますが、ここまで破綻せずになんとかやってこられたので自分の家選びは100点満点で10点くらいですかね」と自己採点する吉田さん。その肩の荷が軽くなるのはまだまだ先である。



うーん、 今56歳で、あと18年も、今のペースで働き続けるのは、まさに地獄。

今現在、すでに青息吐息状態で、いつ過労死してもおかしくはない状態。

小遣いゼロで、働くマシーンのようになってしまった50代の男性。

そうまでして得たマンションの間取りというのが、以下のもの。

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こんなもののために、と言っては語弊がありますが、人生そのものが棄損されたら、何のために生きているのか、わからなくなるというもの。

56歳と言えば、僕が体力の急激な衰えを痛感したのが、その年齢でした。

その後、僕は減速し、ちょうど親の介護も始まったので、定年前に退職。


今回の話は、まさに、住宅ローンは一つ間違えると、取り返しのつかないことになる典型的な例、だと思います。

これから、家を買うことを検討している人は、参考になるのではないでしょうか。



自分を肯定すればストレスは消えていく


僕が二十代の頃の2年間、洗脳されていた統一教会では、すべての人類はサタンの子という考えですから、暗黒思想であり、そんな考えを植え付けられたら、元気が出ないのは当然。

また、戦後日本の自虐史観による教育も、日本に誇りを持てないたくさんの子供を量産。

で、今日は宗教の話でも政治の話でもなく、他者の垂れ流す黒いモノを蹴散らそうぜ、という話。
 
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たとえば、老後に必要だとされる2000万円問題。

あれを真に受けて、悲観する人は、自分、という軸がないから。

だって、自分の人生を生きているんですから、自分の普段の生活必要額がわかれば、自分だったらいくらあれば足りるかくらい算数計算でわかるのですよ。

で、自分が吟味して、確かに不安だ、と思ったら、その時点で、対策を立てればいいだけの話。

いたずらに不安がっているだけで何もしないのは、ただ躍らされているだけだし、その不安がまた不安を呼び込んで苦しくなるだけ。

このように、この世には、意味のないと言うか、害にしかならないものが多いのですよ。

まあ、害と言えば、このブログでも何度か言及しているように、最悪なものの一つがカルト宗教。

で、カルト宗教の話をしだすとまた長くなるので、今日は割愛しますが、カルト宗教ほどではないにせよ、マスコミ報道初め、有害なものがたくさんあります。

で、そうした有害な情報をいちいち真に受けていたら、健康な人でも体調を崩します。

たとえば、コロナ騒動。

コロナが大変なのは、理解するとしても、連日あればかり報道して、ああしたものを見続ける人がいたら、それは影響を受けるでしょう。

むしろ、テレビもなく、NHKに受診料を払う必要もなく、ネット環境だけでマイペースに生きている人なら、コロナ報道の影響も少なく、健やかに暮らせるでしょうね。

コロナ報道がダメというのではなく、何でも、情報として、ほどほどに受け取り、判断をする軸を自分の中で持っていることが大切だと思うのですよ。

僕は、いろいろな人のブログを読んでいますが、自己肯定感の強い人は、やはりそれなりに幸せに生きているなあ、と感じます。

また、その反面、愚痴ばかり言うブログがダメだとも、思いません。

愚痴を言うことで楽になるのならば、言ったほうがいいと思います。ブログであれば、不特定多数に言う感じなので、場合によっては、共感するコメントももらえるかもしれませんしね。

ただ、リアルな場で、愚痴ばかり言っていると、一度や二度ならともかく、毎回となると、おそらく、聴かされるほうは、ああまたか、という感じになって、だんだん離れていくかもしれません。

 で、僕の場合は、35くらいまでは、相当自分を否定して、生きてきたので、つらい、苦しい日々でした。

だって、職を転々として金もなく、将来の見通しもなく、どうしてこれで自己肯定感を持てるんだよ、という感じでしたからね。


見すぼらしい、ボロボロの自分、というのが、当時の僕の自己像でした。

なんか、重たいものをたくさん、背負わされていた感じ、でしたね。


35というと、今から26年前。

今日も、これから内省に入り、当時なぜ、あんなに暗かったのかを、見つめ直してみようと思います。



土井たか子が糞である理由


今日は、これから、三峯神社に行くので、自分の意見はあまり述べずに、百田尚樹さんの話をのせて問題を提起したいと思っています。

横田滋さんが、お亡くなりになりましたが、忘れてならないのは、かつては、拉致問題などない、と、されていた時代があったこと。

以下は、百田さんの意見。

 北朝鮮による日本人拉致疑惑が言われだしていた1980年代後半、土井氏は「北朝鮮の拉致などない」と何度も発言していたし、党の公式ホームページにおいても「(北朝鮮の)拉致は創作された事件」と主張する論文を書いていた。つまり彼女は拉致された日本人を救おうとはせず、それどころか党を挙げて北朝鮮を擁護し続けていたのだ。それだけでも売国奴と呼ぶにふさわしいが、土井氏にはもうひとつ重大な疑惑がある。

 ヨーロッパで拉致された石岡亨さんが、決死の思いで家族に当てた手紙が、1988年9月、ポーランド経由で日本に届いた。これは奇跡のような出来事である。もし手紙を書いたことが当局に漏れれば命は危ない。その手紙を日本まで届けた人物たちも同様である。しかし手紙は彼のために命を懸けた者たちの手によって、日本にわたってきた。

 手紙は同じく北朝鮮に拉致された有本恵子さんのご両親のもとに届けられた。実は有本恵子さんは北朝鮮で石岡さんと結婚してこどももいた。

 外務省に無視された有本さんご夫婦は藁をもすがる思いで、当時、北朝鮮にパイプがあると言われていた社会党にお願いしようと、同じ九月に国会のエレベーターの前で土井氏をつかまえ、彼女に手紙の存在を伝え、娘が北朝鮮に拉致されていることを訴えた。しかし土井氏はまったく相手にしなかった。「拉致などない!」と断言していた彼女のことだから、これは当然の対応ではあるが、驚くべきことが後に明らかになる。

 14年後の2002年、小泉首相と安倍官房副長官が北朝鮮にわたり、金正日主席に拉致を認めさせた。このとき拉致被害者たちの多くの消息が知らされたが、そこには意外な事実があった。なんと、石岡亨さんと有本恵子さんは1988年11月にガス中毒でこどもと一緒にすでに死亡していたというのだ。1988年11月と言えば、有本さんが土井氏に手紙のことを伝えたわずか2カ月後である。こんな偶然があるだろうか。しかも北朝鮮は「遺体は洪水で流失した」と報告した。当然、本当の死因もわからない。

 土井氏が手紙の存在を北朝鮮に漏らしたことで、石岡さんと有本さんは粛清された可能性がある。もちろん確証はない。だからツイートでは「疑惑」という言葉を使った。

 土井氏が石岡さんの手紙を北朝鮮に漏らしたかどうかについての証拠はない。しかし、実は彼女はそれ以外にも売国奴と呼ばれても仕方がないことをやっている。それは、韓国政府に捕まっていた拉致の実行犯・辛光洙の釈放を求める要望書を韓国政府に提出していることだ。

 拉致された日本人被害者を救おうとはせずに、日本人を拉致した北朝鮮の工作員を救おうとする――これを「売国奴」と言って何が悪い! ちなみにこのとき同じ要望書に名前を連ねたのが民主党の菅直人氏である(後に首相になっている)。


うーん、土井たか子、出てこいや~! 

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と言っても、もう死んでいて、地獄のほうにいるらしいのですが、攻撃性が強く我見我欲の塊のような人なので、成仏までには時間がかかるでしょうね。


「自由」を買うためにお金を貯める


僕が今の、にほんブログ村のカテゴリーに来る前にいた、セミリタイア生活には、賢い人がいっぱいいたので、そこで、いろいろな人のブログを見るうちに、勝手に、マネーリテラシーが向上していきました。

そこには、若くしてリタイアした人が何人もいたのですが、その生活ぶりは様々。

でも、共通しているのは、自由を手に入れるために、それぞれの方法で、蓄財をしてきた、ということ。

そしてもう一つ、共通しているのは、バカでは、若くしてリタイアなど、できないということ。 

この、バカでは、というのは、実は、過去の僕自身を想定して発している言葉でも、あります。

本当に僕は、バカでしたから、ね。

まさに、バカ野郎が服を着て歩いている、みたいな。

それでいて悲しいことに、自分のことをバカだとは思っていなかったのですよ。

ここが、悲しいところ。

たとえば、ですね。

おバカキャラを売りにしているタレントをテレビで見ながら、狭い安アパートで発砲酒かなんか飲みながら、バカだなあ、と笑っている金のない男がいるとします、バカですよねえ。

なぜなら、この男よりも、おバカキャラで売っているタレントのほうが数十倍も、稼いでいて、いい暮らしをしているわけですから。

資本主義における頭の良さとは何か、という記事をずいぶん前に書いたのですが、それは、金を稼げるかどうか、これだけ、です。

身もふたもない話でしょう。

でも、実際、そうなんです。

資本主義における物差しは、金を持っているかいないか、これだけ。

ただ、人間としての賢さ、という話になってくると、また別の話。

この世的に成功し、腐るほど金があっても、富裕層しか入れない老人ホームで、不平不満を垂れている老人もいるわけで、その人は、やはり、金があっても、賢いとは言えない。

金があっても、幸せでない人は、賢くはないのですよ。

逆もまた真なり、で、金がなくても幸せな人は、賢いのかもしれませんよ。

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まあ、それが誰かは、敢えて言いませんけどね。



予定のない生活の幸福度の高さ


今日は、朝は、何時ごろ起きたんでしょうかねえ。

目が覚めた時が起きるときなので、目覚まし時計で叩き起こされていた会社員時代とは大違い。

眠り足りない目をこすりながら、長い一日を想う憂鬱。

そんな憂鬱のないお気楽な日々こそが、天国。

よく、定年退職した人などで、予定がないことが不安だとかつらいとか、のたまう人がいますが、何をおっしゃるウサギさんで、予定がないことほど素晴らしいことはないではないですか、と、僕なんかは思いますよ。

だって、予定がないということは、その日、何をしようといいわけですから、ね。

こんな自由を与えられていながら不満を言うなんて、僕からしたら社畜病を患っているとしか思えません。

命令されて動いていたり、会社に飼いならされていたり、会社への帰属意識が強い人などは、定年後に鬱になったり、奥さんからは邪魔にされたり、と、大変ですよねえ。

まあ、その点、暇耐性の高い、リタイア向きの人は、会社から解放されてからこそが本領発揮。

まあ、基本は予定のない僕なのですが、昨日は、親友のAさんと映画を見に行きましたよ。

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幸福の科学は、もうこれで、何作目になるのか、わかりませんが、フミカス、こと、清水富美加が主役をするようになってから、クオリティが上がってはいますね。

幸福の科学系の映画においては、という限定で言えば、彼女だけは別格な感じがします。

で、映画の感想は、というと、ここでは触れず、後日、Aさんに話すといたしましょう。

実は昨日も、映画の後、Aさん宅に行き、2時間ほど話をしたのですが、他にしたい話がいろいろとあったので、特段映画の感想などは話さなかったのですよ。

それと言うのも、Aさんは、今年は本当にいろいろあり、ほぼ、毎週のように、鹿児島の実家に、帰省したりしていて、それ以外にも、仕事が忙しく、自分が職場を去った後の段取りもあり、体が二つ三つほしいところだと思うのです。

で、そのAさんと、このところ雲行きの怪しい世界情勢の話などをし、話をし、と言っても、知識量が桁違いなので、おもに、僕が、Aさんに質問したり、見解を聴くという感じなのですよ。

まあ、2時間があっという間に過ぎ、いくらでも話していたいのですが、僕は無職で時間はいくらでもありますが、Aさんは忙しいビジネスパーソンであり、翌日も早いと思うので、夕方にはお暇し、僕のほうは、家でありあわせのもので料理を作ったりしながら、リラックス。

で、今日の話は、そうそう、昨日は本当に久しぶりの予定がある日だったのですが、その前は、金曜日土曜日と丸二日間、家にいました。

でも、家にいることが、全く苦にはならないのは、それなりの居住空間があることも一つの理由。

まさしく、Aさんも、隣の市の駅近の区画整理地内に一戸建てを所有しているので、昨日は、そうした居住空間の快適さの話もしました。

今月の僕の予定は、今のところあと三つくらいで、三峯神社に行くこと、スズキ自動車でリコールの点検をしてもらうこと、あとはハローワークの認定日に顔を出すこと、くらい。 

なので、そうした日以外は、山歩きをしたり、サイクリングをしたり、川に行ったり、街歩きをしたりしています。

僕の町の図書館も、やっと明日から限定付きの開館利用ができるそうで、図書館にも、短い時間なら、滞在してもいいようです。

で、何でしたっけ、そう、予定のない生活は自由度が高くて、とてもいいよね、と、いうことでした。



下劣な行動と如才なさと相手女性のエゴ性について


たまたま昨日、家でお昼を食べていたら、なんか、ワイドショーで渡部建の話題を取り上げていました。

基本、他人様の不倫などは、こちらの埒外のこと。

どうでもいい、というのが僕のスタンスなのですが、嘘か本当か、その行為の場所が、多目的トイレであった、というのは、びっくりで、これは、少し物申したいと思ったわけです。


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多目的トイレというのは、身体障害者の方や、赤ちゃんを連れた女性などが、おもに利用するものだと思っていたし、誰でも利用できますと書いてあるのを見て、僕も、一度だけ使わせてもらったことがありますが、そのときも、僕が使うことで、本来使うべき人が使えなくなるのは申し訳ないと、用を済ませたら、さっさと出ましたよ。

 で、以下は、アエラの記事からの引用。

 そもそも多目的(多機能)トイレは車いす利用者などを想定した障がい者向けのトイレとして整備されたが、現在では乳児からお年寄りまで使用できる多目的シートや、ベビーチェア、おむつ換え台、オストメイト(人工肛門などの保有者)のための汚物流しなど、文字通りさまざまな機能が備わっているトイレ。
 だがここ数年、多機能トイレが混雑し、その機能を必要とする人が、必要なときに利用できない実態があるということから、昨年11月には国土交通省が「トイレの利用マナー啓発キャンペーン」を行ったほどだ。


うーん、僕は、実は、渡部建の出ている番組ってあまり見ていないのですが、印象では、如才ない人で、何でも器用にできる人だなあ、くらいのもの。

佐々木希と結婚して株を上げた、というのは知っていました。

ただですね、いくら多目的トイレといっても、そんな目的で使われたら、たまったものではありませんよ。

それともう一つ、気になったのが、渡部建の浮気相手。

何やら複数いるようですが、渡部建が佐々木希の夫だということが、浮気相手である女性の、自尊心をものすごくくすぐったのではないか、と。

女としての優越感というのでしょうか、あの佐々木希よりも、私を選んだのだという優越感。

あるいは、自分が佐々木希と肩を並べたような錯覚。

こうした優越感や自己重要感が拡大するときこそが、エゴが最も満足するとき。

つまり、渡部建の浮気相手の女も、エゴが拡大するその満足感を貪ってもいたのではないでしょうかね。

まあ、どっちもどっちなんですが、賠償とか今後の仕事など、金銭面を考えたら、このゲス不倫の代償は大きすぎるよね、ということです。


生きている限り問題というのは起こるのですが、この問題は自分で招いたものなので、渡部建に同情する人は少ないのではないでしょうか。



生きてる限り問題は起こり続ける


人生には問題がつきもの。

人生は一冊の問題集である、と、言った人がいます。 

昨日、ジョイフル200店舗閉店というニュースを知り、どの店が閉まるのだろうと、気になったので、ネットで検索するも、何度トライしても、公式ホームページが表示されず。

で、ジョイフルに関するほかのサイトは表示されるので、これはパソコンの問題ではないと思い、今朝も検索したのですが、表示されず。

なんでジョイフルが気になるかというと、昨年末と今年初め、タクシードライバーのMさんと、Aさんと僕の3人で、ミニ忘年会と新年会をしたのが、ジョイフルだったのですよ。

お酒なしでの昼食の忘年会で、リーズナブルな費用で非常に盛り上がったので、また、今年定年を迎えるであろうAさんのお祝いをやろうと、先日も、タクシードライバーのMさんと、話していたところだったのです。

このジョイフルは、Mさんのお気に入りで、Mさんの提案で決めた場所だったので、場が盛り上がったことを、Mさんは、とても喜んでいました。

場所も、Aさんの住む隣の市と、Mさんと僕の住む町から、ちょうど中間の位置にあり、行きやすい、というのもありました。

その店が閉まってしまうと、Mさんも悲しむのではないかと思い、検索したのですが、公式ホームページが表示されないのは、どういうことなのか、不明です。

まあ、いずれ、表示されるようになるのかなあ、とは思いますが。

まあ、直接店に電話すれば、わかることなので、それは良いとして、今回のコロナ騒動で影響を受けている飲食店は多いかと、思います。

営業しても、ソーシャルディスタンスですか、距離を取らねばならないので、収益率は悪くなるでしょうねえ。

僕は、飲食店銘柄を6つ所有していますが、ブロンコビリーやガスト、ステーキ宮やレストラン天狗、鳥良商店などが、実際に株主優待を使う先なので、これらの店が閉店すると、深刻度は増しますねえ。

株主優待を細く長く使って、老後の外食生活の支えにしようと思っているのですよ。

まあ、ジョイフルの株は持っていないので、株主優待を使用したことはありませんが、タクシードライバーのMさんお気に入りの店は、ロケーションがいいので、閉店しないでもらったほうが、いいのですが。

今回のコロナ騒動は、本当にいろいろな分野に波及していますが、生きている限り問題は起こり続けるので、60を過ぎた一人暮らしの僕は、慎重さと注意深さを、さらに深めていきたいと、自戒しています。

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猫のような用心深さを持たないと、長い老後は乗り切れませんよ。

実は、アルバイトを辞めた理由の一つが、夏の労働から逃げるため、だったのですよ。

これについては、後日、改めて、書いてみたいと思います。






特別定額給付金と初めての美容室


昨日は、定額給付金が振り込まれる日だというので、まあ、その確認をしに行ったのですが、もう一つの大きな用事が、床屋。

このところ、温度が上昇してきていて、髪の毛がうっとうしかったのですよ。

で、僕の行きつけの床屋は、5月末まで自粛閉店していたので、実は、6月1日に、ハローワークに失業給付金の申請に行ったついでに、行ってみたら、なんと凄い行列で、即、離脱。

僕は、何が嫌いって、行列が、嫌いなのですよ。

で、また、別の日でいいや、と思ったのですが、昨日行ったら、また、行列。


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うーん、 店の外に6人もいて、中も、おそらく数人は待機中のはず。

気温も高く、蒸し暑かったので、あの行列に並んで待つのは嫌だな、と、駅前の、QBカットへ。

で、こちらも、外の椅子に年寄りが座って、並んで待っている状況。

髪を切るのは別の日にしようと思いつつも、髪の毛がうっとうしい。

そこで、発想を変えて、多少お高くても、普通の理髪店に行こうとグーグルで検索。

で、そこに向かう途中に、何やら美容室のようなものを発見。

美容室などは、はなから敬遠していたのですが、まあ、好奇心も手伝って、だめもとで入店。

いろいろと事情を話したら、初めてということなので、3200円でどうですか、と、言われ、それで、やってもらうことに。

どうも、スタイリストによって値段が違うようなのですが、まずは頭を洗ってもらい、頭マッサージなどもしてもらい、頭を洗う人と髪を切る人が別の人だったりして、普段使っている1000円カットとは、ずいぶんな違い。

で、椅子に座って、担当になったお姉さんと話をしながら、ゆるゆると、カットしてもらいましたよ。

まあ、考えてみれば、1000円カットは、だいたい10分で終了。

それに対し、こちらは、洗髪もあり、で、30分は優にかかりました。

カット後にも洗髪してもらいましたから、ね。

で、カード払いも出来るということで、楽天カードでのお支払い。

61歳にして、初めて美容室デビューという珍しい男なのですが、ああいうところは、おしゃれな若者が行くところと思い込んでいましたが、年よりも来る、そうで。

まあ、年寄と言っても、富裕層の年よりでしょうねえ。

貧乏な年寄りは、1000円カットとかのほうに、並んでいましたから、ねえ。

本当は僕も、そっちに並ぶべきなのでしょうが、なんか、違う世界も、見てみたくなったのですよ。

で、また行くかというと、行きませんねえ。

だって、その差額で、大きなスイカが丸ごと買えますからねえ。

まあ、今回の出費は、体験代、ということで。






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