介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

60男の内省

「誰かを救いたい」という人たちが犯す犯罪



この世は、相手の真実が見えないから難しくもあり、

だからこそ、修行でもあるのでしょう。

ブラックボックスが、あまりにも多い。

そして人には、想像力というものがある。 


ここに、同じ素質を持つ求道者が二人おり、

一人は良き導師に巡り合い、

もう一人は、悪い導師に巡り合った、と。

この場合、二人の求道心の度合いは同じでも、

ベクトルは違ったものになります。


今日は、 瓜生 崇という人の記事からの抜粋を、

以下に貼り付けてみました。


信者一人ひとりを見れば「普通の人」との違いはどこかにあるだろうが、そもそも百パーセント普通の人間などこの世界には存在しない。私自身は十数年この問題に取り組んできて、入信者とそうでない人の間に明確な違いを見つけることはできなかった。

私が感じた入信者の傾向というのはただ一つで、彼らは人間の根源的な救済や教えを求める「核」を持っているというだけだ。そういう人が自ら求めて入っていくというのもあるし、カルトが勧誘の中で選んで、「目覚めさせる」こともあるだろうと思っている。それは表面に出ている場合もあるし、本人すらも気づかないような、内心の深いところに隠されていることもあるだろう。

カルトに限らず宗教というのは、フィクションと現実の区別ではなく、そういう「核」をあぶり出すのだと思う。一度あぶり出されてしまうとそれを無視して生きることができない

教団がインチキであったとしても、そこで気づかされた人生の根本問題は本物であったりする。だからこそ、教団をやめて脱会者となっても、少なくない人が求道を続けるのだ。私はそういう人たちをたくさん見てきた。

元死刑囚の新実智光は広瀬と異なり最後まで遺族に謝罪をせず、自らの行為が救済であることを主張し続けたが、その中で「捨て石でも、捨て駒でも、地獄へ至ろうと決意したのです」と語っているところがある。他にも新実は、自分が地獄に堕ちる覚悟で救済をしたという発言を幾度かしているが、私はここに違和感を感じていた。

それは、悪業を犯す前に人間を「ポア」するという行為は、社会的には悪だが、オウムでは善行であり修行が進むと教えられたからこそ、彼らはできたのではないかと思っていたからだ。なので新実の言う「地獄へ至ろう」という言葉の意味は宗教的なものではなく、法律に従って刑を受ける、という程度の意味での「地獄」だろうと私は思っていた。

ところがそうではなかった。

たとえ救済が目的であっても、殺人はオウムでもやはり「悪業」であった。そんなの当たり前だと思うだろうか。私は切なくて仕方がなかった。彼らはやはり本気だったのだと。自分が救われたいから人を殺すというのではなく、たとえ自分が救われないとしても、人を救おうとしたんだと。

私は今まで何人ものアレフの脱会者や現役信者と面談してきた。

それらの人たちの入信の動機は、「誰かを救いたい」というものが多かった。人の役に立ち、救っていけるような人間になりたいと思って大学に進学し、救いたくても救えないという自分に悩んで、そこからアレフに入った学生がいたことを思い出した。彼女は笑顔で私に言った。「私はやっと本当に人を救うことができる教えに出遇ったんです」と。

地下鉄サリン事件の実行犯である林郁夫は、もともと慶應義塾大学医学部出身の医師だったが、林のオウム入信の動機もまた、医学では人を根本的に救い切ることはできない、と気づいたことだった。中川智正元死刑囚も障害者施設でボランティアをしていて、人の嫌がる仕事を率先して行う青年だったと言われている。

こうしたことを知るたびに、私自身がほんの少し早く生まれていたら、きっとオウムに入っていただろうという思いを強くする。私も彼らと同じであった。私は人間の存在の無意味さから救われたかったのだ。救われたかったから人を救いたかった。人を救うことで自らの存在に意味が与えられるからだ。だが本当の意味で人を救い切ることができないと気づいたときに、オウムに入信した彼ら自身もまた、存在の無意味さから救われないという思いを持ったのではなかったか。

カルトと言ってもいろいろあり、霊感商法で高額な開運グッズを売りつけるような、最初からただの詐欺以外の何物でもないようなものもある。しかしアレフをはじめとする、私が接してきた教団の元信者から感じるのは、たとえ教団や教祖がインチキであっても、それを求めた人の思いは本物だったのだろうということだ。それだけでなく、あらゆる歴史上の宗教者が真実を求めて求道した思いと、彼らの思いはそう変わらないのではないかとすら思った。

とある総合大学の新入生オリエンテーションで、カルト問題の講義をしていたときがある。大きな大学で数百人が入れるような教室をいくつも回って話をするのだが、そのとき薬物依存症者を支援している先生とたまたま一緒になった。お互いに二十五分くらいの持ち時間で、カルトと薬物依存の話を何度もしたあと、午前中の講義が終わって昼食の弁当を食べているときに、その先生が私にふとこんなことをもらされたのを覚えている。

「瓜生先生は、カルトの信者は真面目さゆえに正しさを求めて生きていて、正しさを提供してくれるカルトに依存するという話をされていましたよね」

「はい」

「わたしは、その気持ちがよくわかるんです。私も正しさを求めていたので」

「そうなんですか?」

「そうです。私はもともと新聞社で記者をしていたんです。しかし記者をするとわかるんですけど、世の中のことって一体どうするのが本当に正しいことなのかが、突きつめると一つもわからないんですよね」

「確かにそうですね」

「はい。それで私も、自分が間違いない正しい生き様をしたいという思いがありまして、薬物に依存している方は絶対的な弱者であるから、その人たちを助ける活動をするのは絶対的に正しいことではないかと思って、この活動をすることになったんです」

なので、正しさを求めてカルトに入る人のことは、よくわかるんだと言われるのである。

私たちは、正しさをつかみたい。なぜなら、考えれば考えるほど人生で何が正しいのかがわからなくなるからだ。

人生は決断と後悔の連続だが、何が後悔のない選択であるのかは誰一人わからない。別の道を歩んでいればと思うこともあるが、別の道を歩んだ結果を知ることもまたできない。真っ暗な道を手探りで歩いているようなものだ。そんなときに「正しさ」をつかみたい誘惑に私たちはとらわれる。明確で白黒ハッキリした説明に惹かれる

しかし人生で起こることはだいたい複雑に絡み合っていて、こうすれば必ずこうなる、という解決策が存在することは稀である。

その時々で必死に考えて試行錯誤しつつ、三歩進んで二歩戻るような歩みでしか現実は生きられない。しかし、複雑なものを複雑なままに受け入れることほど苦しいことはない。真面目な人ほど一度しかない人生に間違いのない真理や正義を見つけて、全力でそれに向かって進みたいという衝動を抑えることができない

カルトは多くの場合、あなたが生きているのはこのためだ、という明確な答えを与える

あなたの人生はこういう意味があるのだ、あなたの今まで生きてきたのはこの教えに遇うためだったのだ、そして、今後はここに向かって歩んだらいいのだ、と。こうした疑問に答えを与えることで、その疑問に向き合う苦しみや迷いを消し去ってくれる。「もう迷わなくていい」のだ。これを私は「真理への依存」とか「正しさへの依存」と名付けている。

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同意できるところとできないところがありますが、概ね、同意です。

この人は、親鸞会というカルト宗教の体験と、

その後のオウム関係者とのかかわりから、

現在の立場に至っているのですが、

統一教会について知らないので無理もないのですが、

彼らも、万物復帰という洗脳下で、

真剣に救済活動をしている
のです。


その点における純粋さは、

まったく違わないのです。


ここは、

内情を知らないが故の誤解だと思うので、

それは仕方がないとして、

それ以外の部分は、

的を射ています。


さて、

サリンを撒いた新見の、

求道心と自己犠牲の精神は、

見上げるほどのものがありますが、

その思い込みの強さゆえに、

最後まで非を認めませんでした。


彼がもし、

正しい師についていたら、

どれほどの霊的向上があっただろうと、

思わざるを得ません。


ただ、残念ながら、

僕が見渡したところ、

現在日本に、

善良な師はいるかもしれませんが、

彼らは押しなべてカリスマ性はなく、

おそらく新見のような激しい求道者からは、

物足りなく見えるでしょう。


ここで注意すべきことは、

求道心の強さだけだと危うい、

ということ。


俯瞰する力というか、

自分を客観視できる視点、

風通しの良さが大切だと、

改めて思いました。





漫然と生きるには残りの人生は長すぎる



人生100年時代といっても、

みんながみんな、

100年も生きるわけでもなし。 


そうは言っても、

寿命は延びつつあり、

そうなると、

リタイア後の時間も長くなることに。


昨日は東松山のIさんの家を訪問。

その後、スーパービバのフードコートで、

15時くらいまで話をしました。

ますます盤石になりつつある、

Iさんの経済状況。

健康管理にも気を使っているせいか、

顔色も良く、出ている波動が明るい。


まだまだ話したりなかったのですが、

夕方5時には、

今介護の手伝いをしている親戚から、

電話が来ることになっているので、

早めに帰宅。


Iさんとの会話では、

元気をもらえる僕も、

親戚とのやり取りでは、

それなりにエネルギーを奪われます。

というのも、

大半が、

愚痴の聞き役だから。


僕は、カウンセラーでもなんでもないので、

そうそう的確なアドバイスも出来かねますが、

介護の先輩としてのアドバイスや、

気持ちの持ち方の助言程度のことは、

しています。


親戚の子供部屋おじさんは、

ちょうどIさんと同じくらいの年齢ですが、

その中身は段違い平行棒。


まあこんな話を続けていくと、

本題に入れなくなるので、

この辺にして、

人生の残り時間を、

いよいよ僕も意識せざるを得なくなりました。


そして思うのは、

可能な限り、

良い気分で暮らしたいな、と。


そのためには、

Iさんのような、

前向きな人と共に過ごす時間を、

増やすことがキモかな、と。


いい年をしてネガティブな人というのは、

それまでの人生で、

自分を見つめることのなかった人だと、

思っています。

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別の言い方をすると、

何でも他人の所為や環境のせいにして、

自分の在り方を、

反省することができなかった人たち。

こういう人が年を取ってきて拗れると、

始末に負えません。

切れる老人や、

クレーマーの発生原因となります。


ときどき、スーパーマーケットのレジなどで、

店員さんに対して横柄な態度を取ったり、

怒りをぶつけたりする人を見かけますが、

そのようないい年をしながら、

自分を治めることのできない人は、

自分より弱い立場の人、

絶対に逆らってこない立場の人にだけ、

当たり散らします。

これほど、みっともないことはありません。


漫然と生きていると、

ややもすれば感情に流されるままとなり、

やがて体の衰えとともに、

自分自身にイラつき、

その苛立ちを、

他者にまで向けるようになります。


漫然と生きていると、この世は退屈極まりない、と。


僕が退屈とは無縁なのは、

自覚して、

生きているから。


自覚的に生きていると、

他者に流されることも、

なくなります。


そしてまた、

危ない人とは、

自然に距離を置くようにもなれます。


それは、

自覚的に生きることで、

感性が研ぎ澄まされてくるから、です。


Iさんも、

非常に感性が研ぎ澄まされている人なので、

何時間話していても、

飽きません。


健康と経済的安定があり、

日々、自覚的に生きていれば、

何をしていても楽しいので、

どんなに老後が長くなったとしても、

退屈することはないのでは、



ないでしょうか。




とにかく明るい安村ならぬ、とにかくずさんな下村



今は親せきの介護の手伝い、二つの掛け持ちアルバイト、

さらには自治会の役員の仕事などなど、あり、

また、先日の熱中症からは回復したものの、

今週も35度を超える猛暑日の連続で、

体調管理にも気を使いながらの日々。


今日は、介護の話をするつもりでしたが、

朝見た記事で、内容を変更。


以下は、そのネット記事からの一部抜粋。


 私は以前に自民党の集票力について詳しい記者に聞いたことがある。昭和の時代からだいたい「宏池会(岸田派)は大企業、竹下派(現・茂木派)は業界団体、清和会(安倍派)は文教&宗教」だと言っていた。今まさに注目されているのが安倍派の「文教&宗教」なのである。

 だから、安倍派の醜聞が出てくる度に文科省の「中の人」だった前川氏が発言する流れにここ数年なっている。なるほど安倍派にとっては厄介な人物なのです。

 文化庁の宗務課担当者は、2015年になって旧統一教会から名称変更の申請があった理由は「教団側のタイミングだ」と述べている。このタイミングは下村大臣だったからというより第二次安倍政権だから満を持して申請したのではないか? そう考えると下村氏個人が今もフワフワした言動なのは理解できる。

 さて、2015年には別の大問題もありました。「新国立競技場の建設費問題」である。ここでも下村博文先生が注目を浴びていたのを思い出してほしい。

 膨れあがった建設費用に批判が強くなり、下村文科相は舛添要一東京都知事との会談で500億円の負担を求めたが反発された。そのあと下村氏は「一貫して明確な責任者がどこなのか、よくわからないまま来てしまった」と言い放った。すごすぎる博文節。とにかく明るい安村ならぬ、とにかくずさんな下村。

 しかしこれも「下村博文よりエライ人」の動きをみると興味深いのだ。当時の毎日新聞の社説は、事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長、監督する立場にある下村博文文科相の責任は問われなければならないと書きつつ、

《その背景には関係者が「重鎮」に配慮し、河野氏の諮問機関に過ぎない有識者会議が重要事項を決定する機関となっていた実態がある。》(社説『新国立検証報告 無責任ぶり確認された』2015年9月25日)

 と指摘している。

 有識者会議は2012年3月にスタート。メンバーは日本ラグビー協会の要職にある森喜朗氏をはじめ、超党派のスポーツ議員連盟に所属する政治家、日本オリンピック委員会や日本体育協会、サッカーなど競技団体の幹部や著名作曲家ら「各界の重鎮」が並び、

《会議は利益代表者による陳情の場と化していた。》(同前)のである。

 開閉式の屋根を備えた8万人収容のスタジアムという基本構想は有識者会議から生まれ、総工費は膨れあがった。言うまでもなく森喜朗は清和会と文教族のドンであり、有識者会議スタートの2年後には東京五輪組織委員会の会長に就任している。

 こんな時期に下村博文は文科相だったのである。清和会の実行部隊として使い勝手が良かったのだろうが、2015年に勃発した建設費問題では右往左往し、森氏や安倍首相が慌てて動いてザハ案は白紙撤回となった。この年はいろんなことがあった。今話題になっている旧統一教会の名称変更問題と併せて「2015年の下村博文」がどこを向いていたか、あらためて検証するべきなのです。


うーん、 この後、記事は、下村のガキの使いぶりにまで言及するのですが、

物事が決定していく背後には、有象無象が蠢いています。


昨日あたりから、

遅ればせながらNHKも、

メインニュースでの、

統一教会関連の扱いを増やした感があり、

遅きに失した感もありますが、

報道しないよりはしたほうがよろしい。

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僕は図書館に行くと、

朝日、産経、読売、毎日、東京、埼玉、の、

6つの新聞を読むのですが、

統一教会関連の扱いは、まちまち。


最近は、日本経済新聞を読む時間が、なくなりましたね。


リチャード・ティーのピアノが、



冴えてます。





朝鮮カルトから日本を取り戻す



膿は出し切るのが最上の道。

統一教会にお金を毟り取られた家庭は、

数知れず。


信者の中には、

年老いてからお金がなく、

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生活保護になる者も、います。


朝鮮カルトに毟り取られ文無しにされた人間たちを、

日本国民の税金で養うというジレンマ。

これは、大きく、国益を損なう出来事。


以下は、ネットニュースからの一部抜粋。


平井卓也衆院議員は昨夏、地元・香川で開催されたUPF(天宙平和連合)のイベント「ピースロード」で、実行委員長をつとめた。武田良太衆院議員と山本朋広衆院議員は17年2月、UPFが開いた「世界平和国会議員連合」の総会に出席、韓鶴子総裁から「それぞれ自分の国の氏族メシアになってください」とご託宣を受けた。

ほかにも、細田博之衆院議長、逢沢一郎衆院議員、萩生田光一衆院議員、江島潔参院議員、岸信夫防衛相、二之湯智国家公安委員長、末松信介文部科学相…と数え上げればきりがない。

それでも「統一教会と自民党には、組織的関係はない。個別の調査はしない」と茂木幹事長は言う。

党執行部の決定や承認を経て統一教会となんらかの関係を取り結ぶことを「組織的関係」というのなら、むろんないだろう。自民党の政治には昔からオモテとウラがあり、統一教会はウラの担当だ。統一教会の組織票を自民党が割り振っていたとしたら、それはウラの動きといえよう。

統一教会票といっても、せいぜい10万票ていどとみられる。だが、この票の強みは教会本部の号令一下、確実に決められた候補者に流すことができるところだ。その割り振りを安倍元首相がしていたという疑惑があるが、ここへきて重大な証言が飛び出した。

統一教会のイベントに2020年から3度参加した伊達忠一前参院議長は、HTB北海道テレビの取材に対し「選挙でお世話になったお礼」と、参加の目的を明かしたうえで、安倍元首相と統一教会の関係について次のように語ったのだ。

「宮島喜文。長野から出てる。これを前回(2016年の参院選)で『どうだろう?』と安倍さんが(聞いて)、『統一教会に頼んでちょっと(票が)足りないんだウチが』と言ったら、『わかりました、そしたらちょっと頼んでアレ(支援)しましょう』ということで」

「今回(今年7月の参院選)は安倍さんは『悪いけど勘弁してくれ』と。『井上(義行氏)をアレ(支援)するんだ』という話になって、宮島は辞退したんですよ」

伊達氏が同じ臨床検査技師出身であることから肩入れした全国比例候補、宮島喜文氏(前参院議員)への統一教会票の割り振りをめぐる、安倍元首相との生々しいやり取りである。どうやら、安倍氏に頼めば教会票を動かせると伊達氏は認識していたようだ。

16年の参院選では、安倍氏が教会票を回してくれたので宮島氏が当選、今年の選挙ではその分を井上義行氏に割り振ることになったため、宮島氏は出馬を断念したということらしい。

安倍氏の意向しだいで票の行き先を変えられるというのは、どうみても尋常な関係ではない。



うーん、 宮島が出馬を断念したのは、

統一教会の票が見込めないとわかったから。

組織票を回された井上は、筋書き通り当選。


さらに、抜粋記事は、続きます。


UPFの梶栗正義会長が信者向けに配信した映像も「報道特集」で放映された。安倍氏からビデオメッセージの約束をとりつけるまでの交渉経過を明かしている。

「先生、もしトランプがやるということになったら、やっていただかなくちゃいけないけどどうかと。“ああ、それなら自分も出なくちゃいけない”という話を実は2021年の春にやりとりをしてたんですよ。先方から『やりましょう』という答えが返ってきて私の耳に入ったのが、8月24日。この8年弱の政権下にあって、6度の国政選挙において私たちが示した誠意というものも、ちゃんと本人が記憶していた」

UPF側のビデオ出演要請に対し、当初渋っていた安倍氏は、トランプ米大統領の出演決定を聞いて態度を変えた。それは、安倍政権下での全ての国政選挙で統一教会が協力してきたことをちゃんと記憶していてくれたからだ、と梶栗氏は言っているのだ。

教会員の力で総理大臣をも動かせることへの自負がにじむ発言である。しかしそれは、日本の政権がいかに甘く見られてきたかという証左でもある。それなのに、いまだ自民党から統一教会との関係を解消する動きはほとんど出ていない。

安倍元首相の実弟、岸信夫防衛相は「統一教会とはお付き合いもありましたし、選挙の際もお手伝いをしていただいております」と述べ、問題はないとの認識を示していたが、厳しい批判の声を受けてようやく「関係を見直す」と姿勢を転じた。本気かどうかは甚だ疑わしい。




うーん、ここに出てくる梶栗正義の父親が、梶栗玄太郎。

僕が二十代で食口(シック)だった当時、

久保木とともに2枚看板でした。


40日断食をしたことを、自慢していました。

ちなみに、僕は、一週間断食まで、でした。


原理数というのがあり、40は、サタン分立の数字。

なので、40日断食を成し遂げたと聞いたときは、

尊敬の眼差しを向けたものです。


今回、安倍さんが殺されたことは、

僕もショックでしたが、

忘れかけていた当時の記憶が呼び起こされ、

統一教会をはじめとしたカルト宗教の問題に、

意見が、止まりません。


これでも、相当気持ちを抑えて、書いています。


朝鮮半島発祥のカルトに、

日本が蹂躙され、

操られていた実態が、

今、浮き彫りにされつつあります。


この機会に膿を出し切り、

本当の意味で、
日本を取り戻していただきたい
と、

切に、願っています。



ケツの毛まで抜かれるカルトの世界



下品なタイトルでスイマセン、ですが、

ケツをお尻と言い換え得たところで、

その実体は、変わらず。


カルト宗教にも、濃淡があり、

その深刻度の度合いは、様々ですが、

ここでは、統一教会に絞って話します。


カルトの本質や詳細について、

そしてその解決方法は、

スピリチュアルな話カテゴリーにまとめてあるので、

そちらを、参照してください。


さて、今日は、カルトの深刻さについて。


えげつないタイトルを付けましたが、

このタイトルが、まさにその本質。

ヒトラーのナチスと、変わりません。


ヒトラーは、ユダヤ人だけでなく、

障害者、や、働けなくなった人をも、

名目をつけて殺していました。


有用かどうか、という、

モノとしてしか見ていないから、

そうなるのです。


その点では、一部の政治家と同じ。

選挙に勝つためには何でも使う、と。


目的のためには手段を択ばない点が、

カルトと一部の強欲政治家との共通点。


以下は、
FRIDAYデジタルからの一部抜粋。


宗教団体の信者というのは熱心に働いてくれるうえに、組織票が欲しい政治家からすると非常にありがたい存在のようだ。

「統一教会側からしても、多くの政治家がバックについているようなもので、これほど心強い味方はいないでしょう。イメージの低下などもあり、団体の名称変更を所轄の文化庁に申請したが、長年認められなかった。

ですが、統一教会と関係が深いとされる世界日報から献金を受け、関連団体が発行する月刊誌で表紙に“抜擢”された下村博文氏が文科相だった‘15年に『世界平和統一家庭連合』という名称に変更。下村氏いわく“全く関わっていない”と主張していますが、役人が長年の前例を破って”霊感商法”が取り沙汰されていた宗教団体の名称の変更を許可したという言い分は、にわかには信じ難い」(全国紙記者)

共産党の宮本徹議員が当時の資料を文化庁に開示請求したところ、渡された資料は“規則変更理由”の部分が黒塗りになっていた。“理由”を知りたいのに、それを黒塗りにすることが許されるのであれば、どんなことでも“やりたい放題”になってしまう。


普段は共産党を応援することのない僕ですら、

今回ばかりは、頑張れ、と言いたくなります。


そして、カルトが狡猾なのは、

モノとしてぞんざいに扱いながら、

教えでは、愛を説く、のです。


ここが、ものすごく大事。


だから、安易に、愛を口にする人を、

信じてはいけません。

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カルトに限らず、詐欺師ほど、

愛、という言葉を、

いとも簡単に口に上らせます。


彼らの言う愛は、

イエスの愛とは真逆で、

単なる、欲望を満たすためのツール。


さて、愛について語りだすと、

また、横道にそれるので、

カルトの深刻さに戻ると、

30歳手前の27歳で、

廃人同様で家に戻った僕は、

その後も洗脳が溶けず、

完全に解けるまでに、8年かかりました。


教団から離れたものの、

心は、

まだ囚われのまま。


日曜日になると、

朝5時に起きて、

文夫妻の写真の前で土下座を繰り返す、

参拝敬礼式というのを、

一人で行っていました。


僕がまだ、洗脳から解けていなかったので、

僕とコンタクトを取っていたKという先輩は、

ときどき僕に電話をかけてきて、

羽毛布団や絵画などを売りつけていきました。


Kにしてみれば、

僕は、格好の売り付ける相手であり、

自分のノルマを果たす道具だったのです。

しかし同時に、Kは、

真剣に僕のことを心配もしていました。

つまり、K自身の中に、

矛盾した二つの人格があったのです。


僕は、アルバイトをしながら得たお金で、

58万円の羽毛布団を買い、

38万円の絵画を買いました。

それが、Kを助けることにもなると思ったし、

自分も、まだ、み旨に貢献したいとの、

思いがあったからでもあります。 


つまり、

心が完全に解放されない限り、

搾取は続くのです。


僕の場合、

2年間の専従生活の洗脳を解くのに、

その4倍の8年間の年数が必要でした。


なので、

どっぷりとカルト生活に漬かった信者の、

思い込みを解くのは、

ほぼ不可能に近いのです。


まるで、カルト漬け、という名の、

漬物のようなもの。


カルトに漬かり切った脳は、

カルト脳と化しており、

自己洗脳を繰り返しているのです。


右を向けと言えば右を向き、

黒いモノでも白だと言えば、

白ですと、答えます。


そして操られ、誘導され、

今日のタイトルの如く、

ケツの毛の最後の一本まで、

毟り取られても、

感謝です、と言えてしまうのが、

カルト信者
なのです。


そしてまた、

それこそが信仰心だと、

教え込まれています。


その、信仰心という名の麻薬に、

酔っている状態、

とも、言えるでしょう。


仏陀釈尊の説く覚醒とは、真逆の心理状態。

イエスの愛とは真逆の、狡猾に奪い取る愛欲。

それが、カルト宗教です。


今日も長くなったので、



ここまでとします。




国葬の前に統一教会との関係を総括せよ



昨日は、友人のIさんと、13時から19時ごろまで、

外食をしながら、語り合いました。

今の世の中の流れ、カルト問題、経済、健康についてなどなど、

時間は瞬く間に過ぎていきました。


また、Iさんから学び、

生活の中に取り入れたいと思ったのは、食生活について。

早速帰りは、イオンで、ナッツ類を買い込み帰宅。


さて、話は、このところの定番の統一教会について。


安倍元総理の実績からすれば、

僕は国葬に異議を唱える者ではありませんが、

その前に統一教会と関係のあった政治家はすべて懺悔し、

野党も政局にするのではなく、超党派で、

総括してもらいたいのです。


そうでなければ被害者も、

そして多くのまともな感性を持つ国民も、

納得できません。


この期に及んで、

何が問題なのかわからない、

とまで言い出す議員がいる始末。


クズ議員が多い中、世耕さんなどはまともで、

 自民党の安倍派で参院幹事長の要職にある世耕弘成参議院議員が、統一教会の学生組織である「原理研究会」の出身であるような書き込みをツイッターにされたことを、名誉毀損として3年前に訴えている。訴状には「原理研や統一教会に対して、反社会的な団体であるとの印象を抱く者が少なくない」ことから、社会的評価を低下させるものである

と、明言しています。

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自民党には、

このようなまともな議員もいるのですから、

国葬の前に、

是非、国会で、

統一教会問題の総括をしていただきたい。


以下は、黒塗りにされた決裁文書。

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真っ黒な腹の中を、象徴しているような黒塗り加減。


この追及はぜひ、

超党派で、

お願いします。


どの党にも、

心ある政治家は、

いるはずですからね。





 

赤木さんの時も今回も黒塗りで闇に葬られるのか



以前にも取り上げたことのある、赤木さんの死。

赤木さんの奥さんは、ただ、真実が知りたいだけ。

それでも、強引に幕引きをしようとする権力側。


統一教会の名称変更に関して開示された決裁文書は、黒塗り。 

あれ、黒塗りって、前にもあったよなあ、と。

とにかく、都合の悪いことは黒く塗りつぶして、見せない、と。


以下は、岸信夫防衛相の発言。


岸防衛相は26日の記者会見で、過去の選挙の際に旧統一教会に所属する人物から支援を受けたことを明らかにしていたが、さらに29日の記者会見では、教団がかつて霊感商法や献金強要などで社会問題化したことを認識していたと明らかにした。

ひろゆき氏は「統一教会が、霊感商法や献金強要被害などの問題が指摘された団体だということは認識したまま、選挙の手伝いをさせていた岸信夫防衛相」と言及。「『反社とわかっていたけど付き合いをしていました。』ってのは実社会だとアウトなんですが」と、反社会的勢力との交際にたとえ、「上級国民だと許されるんですか?」と皮肉を込めた。

岸防衛相の発言には、ほかにも各方面から批判の声が噴出。ジャーナリストの江川紹子氏は「被害者がいるのを知りつつ支援を受けた、と。正直なのか、開き直りか…。どちらにしても、こういう方が大臣とか国会議員とかって、ダメでしょ」と批判した。


おいおい、何言ってんだ、って話。

多くの国民を苦しめた統一教会の悪事を知っていて支援を受けたと、

本人が言っているので、もはや何の言い逃れもできません



まあ、この岸さんなどは人が良いほうで、

正直で人柄は悪くないですが、

ボンボンの所為か、脇が甘いです。


ワルの議員は他にいて、

もっと気の利いた弁明をするでしょうが、

いずれにせよ、アウトはアウト


名称変更に関しては、下村が暗躍していて、

こいつはタヌキオヤジで、とぼけ倒す役者タイプ。

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もう、膿は、出し切って欲しいです。


ほんと、矢沢でも聴かなきゃ、

やってられませんよ。


黒く塗りつぶした決裁文書を、



開示せよ。




カルトとブラック企業は人生の時間を喰い尽くす



僕自身は安倍総理を高く評価していて、

過去記事でも安倍政権を採点するとすると何点になるか、

みたいな記事を書いていましたが、

おじいさんの岸総理の代から関係のある統一教会のことだけは、

残念に思っていました。


ここで、因果の理法を持ち出すのはつらいのですが、

安倍さんの不幸な死は、ある種の必然性を感じます。


僕は、自分の二十代の頃の体験をもとに、

これまでいくつかの統一教会関連の記事を書いてきましたが、

二世の問題についてはほとんど知りませんでした。


二世たちは、

生まれながらに原罪がないとされていますが、

その実情はかなり悲惨なようです。


以下は、ポストセブンの記事からの抜粋。

 両親が現在も旧統一教会信者だという“宗教2世”で、自身は教会と18歳のときに関係を絶ったという20代後半の女性は、取材に対し「事件を起こした山上容疑者は到底擁護できませんが、自分の中にも『統一教会が不幸の元凶だ』と考えてしまうところはある」と明かす。彼女によれば、「家庭は生まれたときから貧乏で、お小遣いは1円もなかった」という。

「うちは両親が合同結婚式で結婚し、私を含め5人の兄弟がいました。毎朝教祖様の写真に『よろしくお願いします』とお祈りし、毎週日曜日には家族揃って教会に行く典型的な信者の家庭で、『おまえたちは祝福された神の子だ』といつも言われていた。幼稚園のころから『ウチは他の家とは違うんだ』という感覚を漠然と持っていましたが、両親ともに優しくて、無意識のうちに自分を押し殺して『お母さんの期待に応えたい』と思っていました。

 辛かったのは、ただただお金がなかったこと。両親にはお小遣いをもらったことが一切なく、親戚からもらったお年玉まで『メシア様に返すんだよ』と没収されました。服や下着も、兄弟や他の信者のボロボロのおさがりを着させられて、それが原因で学校では兄弟もろともいじめられた。集団登校には『くさいから来るな』と言われて参加できず、お金がないから遊びにも行けません。両親は学校の校長先生に『お金がないからなんとか制服をもらえないか』と何度も交渉していました」

高校入学後に始めたコンビニのアルバイトで稼いだお金も、全額両親に渡していたという。

「そもそも社会勉強のためにと始めたアルバイトで、自分のお金が得られるとも思わず全て母親に渡していましたが、ある給料日の夕方、『今大変な時期だから、すぐにお金が欲しい』と母親が直接店に取りに来たことがありました。『必ず返すから』と言われましたが、給料日を知っていたこと自体恐ろしかったし、周りの人も驚いていて本当に恥ずかしかった。その後、隠れて口座に貯めていたお金も知らぬ間に引き落とされていて、母親を信頼できなくなってしまった」

 高校を卒業した18歳のタイミングで教会に行かなくなり、家族にも脱会の旨を伝えたというが、その後も苦しみは続いている。

「私の他の兄弟はまだ全員入信している状態で、家族の誰ともわかりあえないというのは本当に不幸だと感じます。母親も年をとり、『なぜお金を渡さないといけなかったのか』と問うても『あの時は本当に申し訳なかった』と繰り返すのですが、脱会の気配はありません。私も対人恐怖症を患い、“親ガチャ”という言葉がつらく胸に突き刺さったままです」



オウムや法の華もひどかったですが、

ここまで人権を蹂躙する宗教団体を、

僕は他に知りません。


太字の部分、

『今大変な時期だから、すぐにお金が欲しい』は、

カルトの常とう手段。

今がいかに大変な時期かを強調し、

時の重要性を訴えて、

活動を煽ります。


僕が在籍していたわずか2年の間でさえ、

何度、今勝利しなければ日本が滅びると、

脅かされたことでしょう。


擂れた人間であれば、ああ、また言ってるな、

で済む話ですが、

まじめな信者こそ、煽りに乗って突っ走ります。


泣き喚く赤ん坊を柱に縛り付けてみ旨に邁進した話が、

美談として語られるのを、何度も聴きました。

自己犠牲をして活動することが美談であり、

お父様は自分たちとは比べ物にならないほどの苦労をされていると、

思い込んで涙するという日常。


つまり、情を、掴み取られていて、

僕が、いくつか前の記事で、

泣きながら生きていたあの頃、という、

いささか大袈裟にも見えるタイトルの記事を書いたときも、

本当に、泣かない日はないくらい、連日、

情を、揺さぶられていたのです。


まあ、それゆえ、僕の場合は、

早々に燃え尽きてしまったのですが。

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僕は、ここで問いたいのです。

あなたの人生において最も大切なものは何ですか?と。

それは、あなたの時間、です。


人生は、死に向かって砂時計が落ちていくようなもの。

その、落ちていく砂の一粒一粒が大事。


その大事な時間という宝ものを、

カルトやブラック企業に奪われては、

いけないのです。 




統一教会と比べて幸福の科学には洗脳はなかった



僕は、統一教会と幸福の科学の両方の信者だった経験から、

少し、述べさせていただきます。


カルト研究の先進国フランスでは、

カルトのことを、セクト、と呼んでいます。


フランスの、セクトに関する議会委員会が指定した、

日本に関係するカルト宗教は以下の通り。


世界基督教統一神霊協会 (Association pour l'unification du christianisme mondial)

霊友会

神慈秀明会フランス (Shinji Shumeikai France)

創価学会インタナショナル・フランス (Soka Gakkai internationale France)

崇教真光 (Sukyo Mahikari - Lumière de vérité)

幸福の科学 (Kofuku no kagaku (institut pour la recherche du bonheur de l'homme))

イエス之御霊教会 (Iesu no mitama kyokai (Eglise du Saint Esprit de Jésus))


以上が、カルト宗教だとして注意を促している団体になります。

僕が違和感を覚えるのは、

上記よりもカルト性の強い親鸞会や顕正会の記載がないこと。


考えられるのは、それらは、団体が小さすぎて、

視野に入っていないからだと思われます。 


以前は、オウム真理教の名もありましたが、

現在は解散しているので、削除されています。

オウムの後継団体アレフなども、親鸞会などと同様に、

組織規模が小さすぎて問題外とされているのでしょう。


また、日本でも活発に活動しているエホバの証人や、

宇宙人が人類を作ったと主張するラエリアンムーブメントなどは、

日本との関連性は少ないため、割愛しました。


さて、これは僕の体験を通しての感想ですが、

幸福の科学には、洗脳はなかったように思います。

教祖の大川隆法氏自身が、

「当団体の本以外にも良いものがあれば読むように」

と言っていましたし、

むしろ、当教団より優れた教えがあるならば、

そちらに行ってくださいみたいな発言をしています。


また、献金を強要されたことも、一度もありません。

幸福の科学においては、献金、ではなく、お布施、ですが、

お布施の強要などは皆無でした。


会費に代わるものとして植福の会というのがあり、

一口1000円から、何口でも、

自分で決めてお布施するというスタイル。

僕も、一口1000円のときもあったし、

10口で1万円のときもあったし、

それは自分で決めていました。


さらに言えば、ゼロ口、と言うか、

お布施そのものをしない月もありましたからね。


研修や講演会も、洗脳的なものはありません。

あえて言えば、研修の最後に伝道を頑張りましょうと、促される程度。

統一教会に比べれば、きわめて天国的で、自由でした。


ただ、会員の中には、過剰なまでに熱心な人たちがおり、

そうした人たちの一部が同じ会員を裁く、と言うか、

活動やお布施を強く勧める、みたいなことはありました。


それは会の方針というより、熱烈会員の暴走というレベル。

また、支部長も、目標達成のために、

そうした会員の行き過ぎた言動を、

黙認していた部分もあったように思います。


政権に深く入り込んだ狡猾な統一教会とは違い、

不器用なまでに持論を展開した幸福実現党も、

狡さは、まったくありません。


僕などは、

もっとうまくやればいいのに、と、

歯がゆく思ったほどです。

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カルト宗教という分類で、

比較されがちな幸福の科学ですが、

僕が知る限り、

洗脳はなかったと思っています。





その孤独と絶望を思うと、悲しみは止まらない



運命というものは、不思議でもあり、

時に、過酷でもあります。

僕自身、60歳を過ぎ、

残された人生の時間を思うとき、

ここで一度、

これまでの人生の総括をせねばならぬと、

感じています。 


山上容疑者の孤独、そして絶望、

唯一人、残されているであろう妹さんのこと。


このような事件が起きなければ、

政権与党に深く入り込んでいる統一教会の悪事が、

明るみに出ることもなかったでしょう。

水面下で、

どれほどの悲劇が繰り返されてきたことか。


デイリー新潮で、的確な記事を見つけたので、一部抜粋します。


「連絡会」代表世話人の山口広弁護士が言う。 「連絡会が結成された87年から昨年までに寄せられた統一教会に関する相談件数は約3万4500件、被害総額は約1237億円にのぼります。私はオウムや法の華、幸福の科学などさまざまな宗教案件に携わってきましたが、なかでも統一教会は最も狡猾。人とカネを集めるノウハウが極めて巧妙かつ組織的で、一番深刻な被害をもたらすのです」  統一教会に入信すると、 「まず『目覚めのとき』というビデオを見せられます。神様がいるのになぜ人々の間には不和があり、次々と問題が生じるのかを問う内容で、それによれば人間の始祖であるアダムとエヴァが幸せに暮らしていたが、ある日ルーシェル(堕天使)の誘いに乗ってエヴァが道ならぬ恋に落ち、それにつられてアダムも堕落してしまう。そうして、人間は堕落の本性があり、それを避けるには血と汗の結晶であるカネを提供しなければならないと説くのです」  さらに続けて、 「こうした教えに引かれやすい人の類型は俗に“ギンカンポ”“アパキンジョ”と呼ばれます。それぞれ銀行員、看護師、保育士。そしてアパートに住む勤労女性を指します。真面目で向上心や思いやりのある人ほど引っかかりやすく、彼らは本気で熱心な勧誘活動をするため、統一教会には強い布教力があるのです」

家庭に甚大なダメージを被ったケースも無論ある。北陸地方に住む60代の男性が明かす。 「妹が入信したのは40年前、当時21歳でした。繁華街でアンケートの勧誘を受け、そのままビデオセンターに連れて行かれたのです。それから家を空けることが増え、3カ月後には家出してしまった。私は信者らが集う施設を突き止め、出入りする若者をつけてみました。すると妹は近くのマンションに女性4人で暮らしていることがわかったのです」  家出の際は手提げ袋などで荷物を小分けにし、数回にわたって運び出したため発覚が遅れたという。 「妹は、高卒後3年間働いて貯めた100万円を献金し、7万円の高麗人参や、大理石の壺を60万円で買っていました。預金通帳の残高は0になっていて、お金が尽きたら今度は肉体労働。珍味や印鑑、多宝塔を売り、駅前で募金活動もさせられていました。が、教団は信者に“脱会させようとする親族がいたら、拉致監禁される”と教え込んでいたので、簡単に取り返せる状況ではありませんでした」

音信不通が10年続き、 「92年には事前に知らせもなく突然、実家に帰ってきた。やつれ果てていて、聞けば韓国の農村出身の男性と入籍し、桜田淳子さんらと同じくソウルでの合同結婚式に参加したという。これが最後のチャンスだと思い、教団に見つからないよう自宅でない場所に妹をかくまいました。脱会経験者や牧師さんの話を聞かせたり聖書を検証させたりし、3カ月後、ようやく洗脳を解くことができ、韓国人男性とも離婚が成立しました」  というのだが、 「この40年間、同じように兄弟や子を連れ戻したいと願う500組ほどの家族と知り合いましたが、救出に成功したのは全体の1割足らず。自殺を遂げた家族も数十人いました。霊感商法にだまされて大金を失った人は、被害届を出そうにも、罪に問われて逮捕されるのが自分の子や親だったりするかもしれず、それを恐れて声を上げられません。教団側も、そうした心理を熟知しているのです」



読んでいるだけで、苦しくなります。

山口弁護士が言っているように、狡猾さという点では、

他のカルト教団に比べて、統一教会は群を抜いています。


北朝鮮の工作員が日本人を拉致して連れて行ったように、

韓国出自の統一教会は、洗脳によって心を拉致し、

日本人を牛馬のようにこき使い、

財産と心を奪いつくしていきます。


僕はどうしても、弱者の立場に立ってしまうので、

韓国の貧しい農村に嫁いでいった姉妹のことを想い、

自分も苦しくなって、いくつか前の記事で、彼女のことを書きました。

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なぜ、教団はこんなに酷いことができるのか。

それは一つには、

植民地支配されたことへの恨みが、

その根底にあるからかもしれません。


反共という、同じ価値観で政権に食い込み、

資金と人材を提供し、

そこで、カルトと政権の利害は一致しますが、

その資金を搾り取るために、

数多くの日本人の家庭が破壊されるという矛盾。


僕も教会員時代、

被害者団体の弁護士は左翼だから気をつけろ、

と言われ続けてきました。

左、というレッテルを貼り、

左はサタン、と決めつけ、

徹底的に、共産主義をサタンとののしります。


僕は、右だとか左だとかいう前に、

人として、

していいことと悪いことがあるように思います。


統一教会は狡猾にも名前を改めて、

家庭連合何チャラを名乗っていますが、

こんなものは即刻、

宗教法人格を剥奪すべきです。


カルト教団に懐深く入り込まれた政権与党に、

それができるかどうか、

注視していきます。



カルト信者の認知の歪み(ゆがみ)についての考察



安倍さんロスの痛手は、未だ多くの人の心に、

多大なる苦しみと悲しみを与えたままです。

僕も、その一人です。

悲しんでばかりもいられず、

また、食べていかねばならないため、

先週の21日に、3つ目になるアルバイトをスタート。


しかし、その初日に熱中症になり、

3日間も寝込むことに。

ブログを書くどころでは、ありませんでした。


そして、日曜日頃には回復してきたので、

アルバイト先に電話し、一日でやめることを告げました。


なので、3つ目のアルバイトの話は、消えました。


本当はそうしたことを綴るのが、

このブログの趣旨なのですが、

今は、このカルトの問題を放置しておけず、

統一教会をはじめとしたカルトの話題が続きますが、

ご理解ください。


僕自身が、統一教会の食口(シック)として、

専従生活を送ったのはわずか2年間ですが、

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その2年間の息苦しさ、閉塞感、兄弟姉妹たちとの心情的高まり、使命感に生きる生活、自己矛盾、自家撞着、などなど、その凝縮があって、その後の廃人生活、塗炭の苦しみ、闇の中の呻吟、そして、そこからの解放、へとつながっています。


カルト信者の思考を理解する手助けとして、

バーンズが取り上げている、10のパターンは参考になるかと思います。


もし、不幸にして、家族の誰かがカルト教団に絡め取られた場合、

その洗脳を解く手助けになると思います。 

以下が、その10のパターン。


1. 全か無か思考 all-or-nothing thinking

物事を極端に白黒つけたがり、オール・オア・ナッシング、○×思考で考えることです。

たとえば、就職試験に落ちたときに「社会人としての価値がない」と考えたり、何かの失敗をしたときに「次に失敗したら、もう終わりだ」と考えたりするような、完璧主義的な発想です

2. 一般化のしすぎ overgeneralization

何か悪いことが起こったときに、それがまた起こるに違いない、それが起こる運命なのだ、というように一般化して捉えてしまうことです。

3. 心のフィルター mental filter

考えることがネガティブなことばかりで、「マイナス」のフィルターを通して物事を見ていることです。

たとえば、ニュースの事件を見るたびに「世の中、どんどん悪い方向に向かっている。もうこんな世の中、誰も信じられない」「もう日本の経済はダメだ」というように、悪い方向にばかり受け取ってしまう状態です。


4. マイナス化思考 disqualifying the positive

良いことや何でもないことを、悪いことにすり替えてしまうことです。


5. 結論の飛躍 jumping to conclusions

事実とは違うのに、悲観的な結論に飛躍してしまうことです。これには、次の2種類があるとバーンズは述べています。

A 心の読みすぎ mind reading

人の態度や言葉を、悪い方に深読みしてしまうことです。

たとえば「今日のファッション似合ってるわね」と褒められているのに、「口では褒めてるけど、内心馬鹿にしてるんだろう」「お世辞を言ってるな。何かの魂胆があるに違いない」と悪い風に捉えてしまうことです。

B 先読みの誤り the fortune teller error

これから起こることが不幸なことばかりだと信じ込んでしまうことです。



6.拡大解釈と過小評価 magnification and minimization

悪い面ばかり大きく捉え、良い面をあまり評価しないことです。



7.感情的決めつけ emotional reasoning

感じていることが、真実であるように考えてしまうことです。

たとえば、「みんなに無視されているように感じる。やっぱり私は嫌われているんだ」「いつも悪い風にばかり考えてしまうのは、性格が悪いからだ」というように、感じたことがそのまま真実とイコールであるように考える場合がそうです。


8.すべき思考 should statements

「~しなければならない」「~べきである」と考えて、追い込んでしまうことです



9.レッテル貼り labeling and mislabeling

根拠もないのに、ネガティブなレッテルを貼ってしまうこと

たとえば、1つの失敗をしただけなのに「あいつは無能人間だ」と決め付けたり、なかなか結婚相手が見つからない自分に対し、「私は『負け犬』だ」と悪いレッテルを貼ってしまうようなこと



10.個人化 personalization

良くない出来事が起こったときに、何でも自分のせいにしてしまうことです


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バーンズは、認知の歪みについて述べているだけで、

とりわけカルト宗教をターゲットにしているわけではありません。

それでも何故か、見事に、この認知の歪みが、

カルト宗教の信者に当てはまってしまうのです。


やたらと自分の教団の正しさを主張するところは、特に危険です。

自分たちの正しさを強化するには、強烈な敵が、必要だからです。

敵が強力であればあるほど、信者は危機感を持つし、真剣にもなりますからね。


敵役として多用されているのが、サタン。

サタンは、キリスト教的概念ですが、

単に、魔、という言葉を使う教団もあります。

あるいは、敵も宇宙的広がりを見せ、悪質宇宙人、などの異星人や、

宇宙的悪魔が登場する場合もあります。


いずれにせよ、敵が強大であればあるほど、緊張感が増すし、

無意識のうちに自分たちの偉大さも感じられますからね。


これは、無自覚であるほど、顕著です。

そもそも、カルト教団に嵌まっている時点で、

自覚的ではないわけですからね。


上記10のパターンすべてを解説していくと膨大な量になるので、

顕著な例として、一つだけ、取り上げます。

これは、僕自身もそうだったので。


7.感情的決めつけ emotional reasoning

感じていることが、真実であるように考えてしまうこと


僕は、かなり霊的に感じるタイプだったので、

まさに、感性で信じ、実感して確信を持つパターンが多かったのです。

事実、多くの信者に、この傾向がみられました。

自分の感覚を信じて疑わないタイプで、

女性信者に多いのですが、男性信者にも散見できます。

このタイプが厄介なのは、

本人が実感を伴って確信しているので、

どれほど、事実を突きつけても、

まともに見ようとはしません。


自分の見たいものしか見ない、典型例。


センサーが、自分に心地良い、

自分の信仰生活に都合の良い情報だけを、

自動的に選び取っているので、

何を言っても無駄、です。


この、感性タイプの信者は、

自分に都合の良い信仰生活を生きているので、

小さなお花畑の中で、自己充足していると言えます。


で、教団の目指す理想世界、ユートピアが、実現することはありません。

つまり、信者は、実現することのない幻を目指して、

自分の時間とお金を捧げる、と。


そして、年だけは、確実に取っていきます。


今、多くのカルト教団で、信者の高齢化が問題になっていますが、

二世信者というのは、親の信仰を引き継ぐ割合が少ないのです。


やがて、カリスマ性のあった初代教祖がなくなると、

大半の教団は、分裂します。


それは、誰が後を継ぐにせよ、

初代ほどのカリスマ性はなく、

一方で、宗教法人は無税なので、

その集めた巨額の金をめぐって争いも起こるからです。

権力欲、金銭欲、支配欲は、教祖とその家族だけでなく、幹部連中にも浸透していますから、中心的カリスマ亡き後の分裂は、自然の流れ。


シルバーバーチが、すべての宗教組織は清らかさがない、と断罪している所以です。


組織が、人を救うのでは、ありません。

あなたの心が、

あなたを救うのです。



カルト信者の認知の歪み(ゆがみ)について



正しくない、つまり、正しいの否定(~にあらず)が、歪み、という字なのですね。

普段意識せずに使っていますが、漢字に気づかされることは多いです。


統一教会なども、漢字を悪用しています。

たとえば、歴史、という字。


普段意識せずに使っていますが、

二つの木の下に止まるがありますよね。



歴史の、のこと、です。 


これをどう悪用するかというと、

教義を固めるために、以下のようなこじつけをします。


二つの木とは、アダムとエバのこと。

そのアダムとエバが、罪を犯し、堕落したので、

その二つの木から始まるべき神の歴史が、止まっている、と。


さんざん原理を頭に詰め込まれた後に、

こんな説明をされると、なるほど、となってしまうのです。



どうですか、皆さん、神は、子供たちに気づいてほしいと、こうして漢字の中にも、目覚めの機会を与えているのですよ、講師にそんなふうに説明されると、そうだったのか、と、なる人もいます。


そして、一度、深く、カルトに洗脳された脳は、

カルト脳と化して、滅多なことでは変わりません。


山上容疑者の母親の言葉からも、それはわかりますよね。


以下は、ネット記事からの引用。


各メディアによると聴取の中で母親が「今回の事件で統一教会を批判にさらして迷惑をかけてしまい申し訳ない」と統一教会へ謝罪をしていることが報じられたのだ。

「現在の山上容疑者の母親は、仕事をしていないため、多額の献金はできない状態だといいます。しかし、伯父は『スポニチ』の取材に対して、山上容疑者の母親が今も統一教会への献金を続けていることを明かしています。その元手として『年金から献金しているニュアンスだった』と語っていました。

山上容疑者の母親は息子が事件を起こしたことで、昭恵さんをはじめ安倍元首相の家族には非常に申し訳なく思っているそうです。しかし、山上容疑者が凶行を起こした一因にもなっている統一教会への思いはあまり変わっていないようです」

献金の末に破産し、そのことに起因して息子が銃撃事件を起こした今も統一教会への変わらぬ愛を抱いている山上容疑者の母親。インターネット上には、驚きと戦慄の声が広がっている。

《山上容疑者の母親の「統一教会に申し訳ない」という言動には非常に心をえぐられる。どこにも救いがない。悲惨というほかない。》

こんな事を起こすほど息子を自分が追い詰めていたのか…という後悔や反省に何故ならないのか、全く理解ができません。普通だったら自分の信じたもの、生き様を後悔して息子に申し訳ないと思うと思うのですが》

《母親に目を覚まして欲しかったのに、届かなかった。山上容疑者は母親の言葉を聞いてどう思うんだろうか、母親に容疑者と向き合ってほしかったけど、そんなとき来るのかな》


うう、と、ため息が漏れてしまいます。

統一教会に対して申し訳ないと思っているのです。

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しかし、これこそが、カルト脳と化した信者の頭の中


母親に容疑者と向き合ってほしかったという、

一般の人のコメントがありましたが、

この母親は、目の前に息子がいても、

今のままでは、向き合うことすらできないでしょう。


山上容疑者の絶望が、痛いほど、わかります。


次回は、認知の歪みについて、

掘り下げて考察していきます。



人はどこまで苦しみに耐えられるのか



愛のない家庭に育ち、

統一教会の教義にからめとられ、

祝福を受けたのち韓国へ行き、

その後も苦労が絶えなかった女性の話を、

昨日少ししましたが、

人は、

どこまで苦しみに耐えることができるのだろう、と。


彼女は小柄で体も細く、

でも、心の強さを感じさせる人でした。

弱音や泣き言を、

一度も聞いたことがありませんでした。


マイナスの言葉を発することを、

教団内ではカイン的になる、と言いますが、

彼女がカイン的になったのを、

見たことがありません。


60人ほどが、

一つ屋根の下で暮らしていたわけで、

いろいろな兄弟姉妹がいましたが、

彼女は派手さはなく、

目立たないものの、

芯の強さは感じられました。


貧しい家庭で育ったらしく、

家に居場所もなく、

いつも街をさまよっていた、というのは、

聞いたことがあります。


何しろ、自由時間がなく、

そんなにじっくり話したわけではなかったのですが、

霊の血統圏が近かったので、

他の姉妹よりも話す機会はありました。


霊の血統圏とは、

僕を伝道した人が、

僕の霊の親となります。

そうした霊の血統の、

近いところに位置していた、という意味。


少女時代に不幸だった分、

教会内では、

安住の場所を得ていたのかもしれません。

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それと、苦労というか、

苦しみの耐性が、

他の兄弟姉妹たちよりも、

あったのかもしれません。


彼女から、

お金もなく街をさまよっていた頃の話を聞いたとき、

僕は、尾崎豊の歌を思い出しました。


そんな彼女が韓国に嫁いでいったと聞き、

その後も苦しい露呈を歩んでいるとの、

うわさを聞いたとき、

僕はすでにその頃脱会していましたが、

彼女の幸福を願わずにはいられませんでした。


貧乏な家庭に育ち、

愛にも飢えていて、

その後統一教会に入り、

祝福後は韓国の悲惨な家庭での苦労、と、

苦労続きの人生。


祝福前、

相対者(結婚相手のこと)に躓かないようにと、

強く釘を刺されます。


つまり、どんなに性格が屑で、

顔もブオトコで、ハゲで臭くても、

お父様に侍るつもりで仕えなさい、と。


日本の信者は、珍味売り、マイクロ部隊、21修等で、

自己否定に次ぐ自己否定で、

精神的にも肉体的にも鍛え上げられていますから、

よほどのことでなければ音を上げない人が多いのです。


そんな中でも、

彼女はとりわけ芯の強さを感じさせましたから、

相手が屑のような韓国人男性でも、

尽くしたに違いありません。


韓国で苦労しているとのうわさは聞きましたが、

詳細までは、わかりません。

水原(スウォン)あたりに住んでいるとは、

聞いています。


何しろ、恋愛をして、

好き同士で一緒になるのではなく、

文鮮明が決めた相手と一緒になるのです。


奇跡的に相性の良いカップルも生まれますが、

大半は悲惨な過程をたどります。


で、教会は、

うまくいった例しか公表しませんが、

その背後には、

多くの悲惨な結婚生活が横たわっています。


苦労には強い彼女のことですから、

耐え忍びながら、

今頃は良い家庭を築いているかもしれません。


そうであれば、良いのですが。


彼女のことを想うとき、

どうしてもこの曲が、



浮かんできます。




泣きながら生きていたあの頃



統一教会関連の記事が多くなって、スイマセンです。

泣きながら生きていた僕の二十代。


そして、僕の周りにも、

泣きながら生きていた兄弟姉妹が、

数多くいました。


彼ら彼女は、皆真面目で、

一人ひとりは、純朴な人が多かったです。


今回の安倍元総理銃撃事件を契機として、

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当時の記憶が、いやがうえにもよみがえる、僕なのです。


切な過ぎた二十代を思うとき、

僕自身も、忘れかけていた記憶がよみがえってきます。 


そんなことを考えながらネット検索をしていたら、

以下のような写真を見つけました。

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中央にいるのが文鮮明。

その一つ置いて右側にいる恰幅のいい男が久保木会長。

僕が二十代で、信者だった時の会長です。

毎日が苦しく、

しかし使命感に満ちていて、

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上は、ネットで拾った写真ですが、

僕の場合は、60人ほどで一つのビルに住んで、

共同生活をしていました。


粗末な食事、4時間以下の睡眠時間、

それでも、気が触れたように、

摂理に邁進していた日々。


僕は、やがて、心と肉体が限界に達し、

逃げ出すのですが、

洗脳は、容易には解けませんでした。


僕は、やがて、時とともに回復し、

この世界に戻ることができましたが、

教団に残り、

悲惨な露呈を歩んだ姉妹のことを、

聞いたことがあります。


彼女は家庭環境に恵まれず、

そのため愛のある家庭に飢えていました。

その彼女の心の隙に、

統一原理の教えが食い込みます。


彼女は祝福という名の合同結婚式ののち、

韓国へ渡ります。

しかし嫁いだ先の韓国人男性は、

信仰心もなく、ひどい人格でした。


統一教会のダブルスタンダードの典型です。


韓国人信者にはノルマもなく、

そもそも信仰心すらない人間が多い。


では、なぜ、会員になるのか。


会員になれば、

日本から若い女性がお金をもって嫁いでくると言って、

欲で釣り上げているのです。

今もそうかもしれませんが、

当時、韓国の農村青年の嫁不足は深刻な問題でした。


そこに持参金付きの日本人妻という餌

をぶら下げて会員を募っていたのです。

そして、韓国の農村男性が、統一教会に殺到。

ろくに教義も理解しない、

性欲ばかりをつのらせた農村青年の元に、

嫁いだ日本人女性信者の苦労は、計り知れません。


彼女の場合、

日本でも不幸、

韓国に行ってからも不幸でした。


ただ、文鮮明のみをお父様と慕い、

それだけが、彼女を活かしていました。

彼女は、ヒリヒリとする孤独を生き、

偽りの神に身を捧げ、

今は、どうしているのか。


長くなったので、今日は、



ここまでとします。




韓国人が人間ならば日本人は犬以下だと言われ



昨日は早朝に起き出して、八王子へ。

オクトーレへ行ったり、

少し街をぶらぶらしたりして、

京王八王子駅の2階のマックへ。

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やっぱ、八王子と言うと、このバスです。


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京王線は運賃が安く、

八王子は住むには便利でしょうが、

僕には都会過ぎます。



さて、今回の安倍元総理が銃撃された事件があり、

僕自身の統一教会時代の記憶も、

少しずつよみがえってきました。


何しろもう40年近く前のこと。

しかしその体験は鮮明で、

長らく忘れていたことなどもよみがえってきます。


当時、事あるごとに、

韓国人が人間ならば日本人は犬以下だ

と言われたことを思い出し、

それを言うのが韓国人ではなく、

自分のアベルの日本人。


教会長とか、

自分の所属する部署のアベルだったり、

あるいは、巡回師だったり、が、

私たち日本人はとりわけ罪深いのだから、

せめて万物復帰して、

お父様のところに届けなければならない、と。


そして、父母が韓国語を話すのだから、

子女も話すのは当たり前だと言われ、

韓国語の勉強も始めました。


ただ、日々のノルマに追われ、

自分の時間などはほとんどなく、

韓国語を勉強できるのは便所の中か、

睡眠時間を削ってとか。


ただでさえ、睡眠時間は4時間以下。

それを削っての勉強は、

韓国語を唱えながら、

気を失って眠るということも。 


当時、文鮮明は、

ダンベリーというアメリカの刑務所に収監されており、

それを教会はイエスの十字架にたとえ、

イエスはたった一度の十字架で使命を果たせずに死んだが、

お父様は、七たびの十字架にかけられ、

今も牢獄で私たち堕落人間のため、

祈りをささげていると言われ、

それを聞かされた僕たちは涙ながらに、

自分を責め、

お父様は3時間しか寝ていないのだから、

堕落人間の自分が4時間も寝ているのは申し訳ないと。


当時、日航機の墜落事故があり、

坂本九さんが死んだときも、

お前たちが責任を果たさないからだと、

責められました。


何か、事故や災害があるたびに、

お前たちが使命を果たさないから、

サタンが讒訴しているのだ、


と言われました。


その責任とは何か。

毎月100億の献金です。

当時は、TV100とか、HG100とか言われ、

とにかく、動員動員の日々。


動員とは、

店舗(霊感商法をしている店や絵画や宝石を売る店など)に、

知り合いや街頭で出会った人を連れていくこと、です。


僕は、伝道部門にいたので、

街頭アンケートで知り合った人を、

店舗に連れて行きました。


その前に、ビデオセンターに連れて行くのですが、

素質の良い人は、そのまま泊まり込みのセミナーへと誘導し、

脈のない人は店舗へ、という流れ。


この調子で話していると長くなるので、

結論に行きましょう。


カルトは、脅して人を動かします。


本来、日航機の事故は、

僕たちとは何の関係もないことです。

しかしそうした事故も、

僕たちが使命を果たさないからだと責められる。


これは、統一教会だけに限った話ではなく、

ほとんどすべてのカルト教団が、

信者を動かすときに使う手口。


このままだと大変なことが起こる。

富士山が噴火する、

天変地異が起こる、

日本が沈む、などなど。

そうした脅し文句に踊らされて、

信者は、伝道を急がねば、

もっと献金せねば、となる。


富士山も、活火山である以上、

いつかは噴火するでしょうし、

このところの異常気象を見ても、

地球規模で災害が発生するのは自然なこと。


でも、信者は、

自分たちのせいで、と、思いがち。


どこまで自意識過剰なんだよ

という話ですが、

当の本人は大まじめ。


統一教会の問題を他山の石とすることなく、

自分が入っている宗教団体にも、

似たようなところがないかと考えるだけでも、

一歩、賢くなれるのではないでしょうか。




あるいは隠者となり、あるいは狂者となり



僕自身も、

自分の中に凶暴な部分があることは、

自覚しています。


それが暴発しないのは、

今は、

静かに生きているから。


因縁果という言葉があります。

因があって、縁があって、果がある、と。


山上容疑者に同情する気持ちは皆無ですが、

誰であったとしても、

あのようになり得るよすがはある、と。


それを、自覚することの大切さ。


彼には、世を達観し、隠者となる道も、

あるいはあったのかもしれませんが、

彼は狂者となり、

銃を持つことで、強者となりました。

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むろん、瞬間的な強者ではありますが。


ただ、彼の行動が、

政治の流れを変えました。


影響力、という点では、

無名の人から、歴史に残る人と、

なったのです。


模倣犯が出ないことを、

祈るばかりです。 


統一教会について、

ざっくりと概略を理解する、

短い動画を貼り付けておきます。


タコのような顔をしているのは、宗教学者の島田氏。



カルト界隈では、それなりに有名人です。





統一教会での体験から安倍さんの事件を考える③



安倍さんを襲った男が単独犯なのか、

背後に何者かがいるのかは、

今後の捜査に任せるとして、

男の狙った相手がよりによって、

安倍元総理であっただけに、

カルト問題の根の深さが、

いやがうえにも世間に晒されることとなりました。


世界救世教、統一教会、幸福の科学、と、

僕個人だけでも、それだけの団体を経験し、

今はまったくどこの組織にも帰依しておらず、

それでいて、神への信仰心は、

今のほうがあるという事実。


生き神様や組織、への帰依ではなく、

宇宙法則としての神への帰依、が、僕の信仰です。


さて、僕自身も、統一教会の教会長から、

実家の売却を打診されたことがあります。


当時の僕は、原理に心酔し、

文鮮明を再臨主として疑うことのない立場でしたから、

先祖がどうのこうのと脅されるようなことはなく、

み旨成就のために必要だからとの強い説得をされたのです。


しかし、父母の住む家を売るということは、

その後、親はどこに住んだらいいのですか、と訊くと、

坂田ホームチャーチに居候すればよい、と言われました。


坂田ホームチャーチとは、

祝福家庭が自宅を開放している家の教会で、

板橋区の大山にありました。


教会長は僕の熱心な信仰心にかけて、

無理なお願いをしてきたのです。


僕は、苦しみました。

確かに、お父様の気持ちにはこたえたいが、

しかし、実の親の家を売るということは、

親を説得する必要があります。


僕の親は、びっくりするほど、僕に寛容であり、

僕の言うことは大半は受け入れてくれました。

しかしさすがに、家を売るということは、

これまでの要求とはレベルが一段も二段も上です。


結果から言うと、実家の売却の話は消えました。

僕自身が、それだけはできない、と思ったのです。

教会長も、それ以上の説得はありませんでした。


すでに僕は、父を説得して、

父の退職金のほぼすべて、

1000万円近い金額を献金させていたのです。


もうそれ以上のことを、

親にさせるわけには行かない、

との思いが勝りました。


そのときの僕の苦しみ、

自分は、天情よりも人情を取ってしまったとの思いは、

しばらくは消えませんでした。


天情とは、統一教会の造語で、

天の情に立つということ。

これは、人情よりも、上位概念です。


親孝行は人情、

神のため、

まことのお父様のために尽くすのが天情、です。


統一教会時代は、

そのような葛藤の連続。

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そして肉体は、

慢性的な睡眠不足から、

いつも疲れていて、

まともな判断力が低下していました。


山上容疑者が安倍さんを狙うに至ったのには、

違和感がありすぎますが、

彼の感情を類推すると、

すべての不幸の原点に統一教会があり、

そこに大きく関わっていたと思い込んだ安倍さんを憎むことでしか、

彼は生きてこれなかったのかもしれません。


最初は、教団の人間、そして、安倍さんへと、

憎む対象に飛躍があるものの、

彼を活かし続けていたのは、他者への憎しみ。


憎しみからは何も生まれないどころか、

新たな悲劇を誘発します。


しかし、世の中には、

憎み続けることで、

かろうじて命をつないでいる人たちが、

一定数いるような気がしてなりません。



 

統一教会での体験から安倍さんの事件を考えるの続き



昨日は、請負アルバイトの現場が鳩山町。

夕方、おそろしいほどの豪雨の中で立ち止まる。

また、自治会の活動もあり、なかなかに大変な日でした。


夜には、僕の住む町でも、一時間に120ミリの猛烈な雨が。

警戒レベル4以上に相当する状況で、

スマホの警戒アラームが断続的に何度もなる、と。


まあ、昨日の僕のことは、そのくらいにしておいて、

安倍さんの葬儀の様子を夜、テレビで見て、

徳の高い政治家であったと、改めて思いました。

本当に日本が大好きで、

日本を思う気持ちが強かった、と。


さて、今日は、前回の記事からの続きです。


自民党というのは、右寄りから左寄りまで、

実に多様な議員の巣窟。

素晴らしい議員もいる一方、

クソのような議員がいるのも事実。


記憶に新しいところでは、18歳の女子大生に酒を飲ませ、

ホテルに連れ込んで淫行に耽った吉川議員などがいます。


そんなスケベ議員のところに、

美形の若い女性信者が、

ボランティアとして教団から送り込まれたら、

だいたいどうなるかは想像に難くないでしょう。


スケベなうえに頭も悪い、人間性もひどい議員であれば、

その女性信者の献身的な働きを見て、

とんでもない勘違いをすることもあり得ます。


これを、送り込まれた信者の立場から見ると、

どんなダメ議員であっても、

彼女はそこに、まことのお父様、を見ているのです。


つまり、幻を見ているということ。


そのように洗脳されていますからね。

これを、教団では、ハベル、と言います。

侍るという字ですね。


お父様だと思って尽くしてきなさい。

そうアベルから言われ、

送り込まれた女性信者の献身的仕事に、

感動する政治家は多かったようです。


大半の政治家は、感謝こそすれ、

そうした女性に手を出そうとは思わないものです。

お宅の教団には、本当に素晴らしい若者が多い、

とのお褒めの言葉を僕も何度も聴かされました。


念のため、誤解なきように付け加えておきますが、

政治家のところにボランティアに行くのは、

女性信者だけではありません。

数としては、男性信者のほうが多かったと記憶しています。


政治家からすれば、一円のお金も使わずに、

手弁当で駆けつけて応援してくれる若者が、

いずれも礼儀正しく、

徹底的に尽くしてくれるわけですから、

喜ぶのは当たり前です。


その必然として、

こんなに素晴らしい若者が学んでいる組織であれば、

悪い団体ではない、どころか、素晴らしい教えである、

と思うようになります。


つまり、教団も政治家も、winwinの関係にあるわけで、

それをつないでいるのが、

洗脳された純粋な若者たち、なわけです。

特に僕が当時所属していた第9地区は、北区赤羽にあり、

東北出身の若者が多く、素朴な人が多かったです。


岸田総理の側近に、木原議員というのがいますが、

たとえば、あんなワルのところに、

そうした純粋な女性信者が、

ボランティアに行ったらどうなるか、

想像しただけで、吐き気がしてきます。


岸田さん自身は真面目な人だと思いますが、

得てして真面目で権力のある人の近くには、

悪党議員が近づく傾向がありますね。


まあ、こんなことを話していると先に進まないので、

視点を変えて、

統一教会の若者たちの気持ちを代弁すると、

自分が捨て石になってでもみ旨を成就したい、です。

み旨とは、再臨主である文鮮明、

まことのお父様の目指す理想世界実現、です。

信者の若者が、

共通して目指しているのは、そこ、なのです。


だから、どんなに理不尽なことを言われ、

されても、耐え忍びます。


女性は結婚するまでは純潔を守り、

お父様が決めた相手と結婚する、

合同結婚式に出るのが、まずは最初の目標。


その過程でセクハラを受ける、

女性の気持ちを考えると、

いたたまれなくなります。

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自分はお父様のみ旨実現のための手足となって、今ここにいる、

しかし、その相手から、いやらしいことをされている、

この矛盾に晒されます。


それに耐えきれずに精神を病んだ姉妹もいるし、

アベルに泣きついて、

もう行きたくないと叫んだ姉妹もいました。

あまりにひどい場合は、配置換えもありました。


アベルにはその上のアベルがおり、

ホウレンソウが徹底されていましたから、

ああ、ホウレンソウというのは、報告連絡相談の略で、

すべてアベルの言いなり、です。


端的に言うと、政治家から見ても、教団から見ても、

信者は使い勝手の良いコマにすぎません。

洗脳された人間は、操り人形です。

権力者の思うままに操られるだけ。


今回も長くなってしまいましたので、この続きは次回とします。

人間は、痛みには慣れることもできますが、



悲しみは、止まりません。 



統一教会での体験から安倍さんの事件を考える



二つ前の記事で、僕は、

安倍さんを襲った男が恨みを持っていた団体は統一教会ではないか、

と書いたのですが、どうやら、そのようです。 


今日は、

僕が統一教会に洗脳されていた時の体験を思い出しながら、

推察してみます。


もう、40年近く前のこと、

二十代で統一教会に洗脳された僕は、

責任分担としては、伝道部門が主でした。

伝道機動隊、ビデオセンターのトーカーが、主な仕事。


統一教会を大雑把に説明すると、

伝道、店舗、勝共、に分かれます。

店舗は、主に、霊感商法をする責任分担。

洗脳が狡猾なのは、どの分野の兄弟姉妹も、

自分たちは、神の代身だと信じ切って、

み旨を遂行しているところ。


なので、たとえば、店舗の姉妹も、

霊感商法などとは思っておらず、

万物復帰という摂理を遂行しているつもりなのです。

だから、純粋に、

結果的には人を騙す行為も、できてしまうのですね。


さて、この調子で説明していると長くなので、本題に入ります。


政治家とかかわりがあるのは、勝共の、兄弟姉妹。

勝共とは、共産主義に勝つ、という意味。

で、自民党を応援していて、手弁当で、

代議士の秘書やボランティアを無料奉仕でやります。


その際には、アベル(上司)から、

どんなボンクラ議員でも、

その人をお父様だと思って仕えなさい、と指導されます。

お父様、とは、文鮮明のこと。

文鮮明夫婦を、信者は、

まことの御父母様、と慕っていました。


勝共に配属された兄弟姉妹は、

大半は二十代の純粋な若者たち。

また、女性信者であれば、

意図的に容姿の綺麗な姉妹が配属されます。

そのほうが、

自民党の議員が喜ぶのを、

上は知っているからでしょう。


一方、自民党の議員の側からすれば、

統一教会と仲良くなっていれば、

若いボランティアの若者が、

無償で献身的に手伝ってくれるわけ、です。


若者たちは、お父様(文鮮明)に奉仕する気持ちで、

手を抜きませんから、自民党の議員は大喜び。


さらに言えば、

どんなことがあっても我慢しなさいと刷り込まれていますから、

美人系のボランティアスタッフは、

セクハラもされていたと聞きます。

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勿論、信者にとって、セックスはタブーですから、

一線を超えることは、なかったと思いますが、

お尻を触られるくらいは日常的に行わていたようです。


僕が在籍していた1980年代は、

ニカラグアに武器供与までしていた団体ですからね。

スティンガーという武器の話を、

教会長が得意になって話していたのを覚えています。


日本の兄弟姉妹が寝る間も惜しんで活動してねん出したお金は、

すべて、アメリカに住む文鮮明に送られていました。

毎月、100億の金を集めろ、が、至上命令。

当時二十代だった僕の睡眠時間は、4時間未満。


話が横にそれました。

本題に、戻ります。


安倍さんは、あまりエッチな感じはしませんが、

政治家の中には女好きも多く、

統一教会から派遣される美人スタッフを、

楽しみにしている議員もいると聞いたことがあります。

中には、議員に犯されそうになった姉妹もおり、

それでも、アベルに説得されて、耐えていました。


まだまだ言いたいことはたくさんありますが、

長くなったので、

この続きは次回とします。



漠とした不安の時代の生き方



安倍元総理が射殺されました。

ちょうど昨日はいくつかの用事を済ませ午後3時ごろに帰宅。

エアコンをつけると同時にテレビをオンにすると、

安倍元総理に関する報道が。


犯行を犯した男が、

ある団体についてうらみがあるとかで、

真っ先に頭に浮かんだのが統一教会。

まだ、事の真偽ははっきりしませんが、

統一教会内に勝共連合という組織があり、

僕が洗脳されていた20代の頃は、

自民党との太いパイプを自慢していました。


安倍元総理の冥福を祈ると思に、

この時代の生きづらさについて少しだけ。


この数年を見ても、

期待していた東京オリンピックは盛り上がりに欠け、

コロナの終息はまだ見通せず、

30年も横ばい、もしくは下がり気味の年収、

人口減少、社会保障費の際限のない増大、

世間に恨みを晴らそうとする無敵の人の増加、などなど、

不安材料は枚挙にいとまがない状況。


この調子で話すと長くなりそうなので、

結論から行きましょう。


達観、しかないと思います。


安倍元総理の悲劇を他人事とはせず、

誰にでも起こり得ることと思うこと。

現に宮城県でしたか、女子中学生が通り魔に襲われ、

襲った犯人は誰でも良かったと言っているとか。

つまり、自分だけは例外、と思うこと自体が危険。

別に有名人だけが襲われるわけでもありません。


あるいはまた、京都アニメの例を持ち出すまでもなく、

根拠のない思い込みによる逆恨みもあります。

事程左様に理不尽があふれているのが、この世、というもの。

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だからこそ、

そうした理不尽な世界に生きる不自由さを自覚して、

いつ死ぬかなどわからない覚悟で、今日に向かうこと。


そうすれば、今日が、貴重に思えてきませんか。

そして、やりたいことは、先延ばしにしないこと。


人生は、

やりたいことを先延ばしにするほど、

長くはありません。



 

誰が彼を責めることができるだろう



まだまだ終わる様子のないロシアのウクライナへの攻撃。

そうした中で、ある一人の青年のことが気になっています。

まだ少年の面影の残る二十歳くらいの青年。

彼は、ウクライナ人を射殺した罪で終身刑となりました。


彼の戸惑う顔を見た時、

何が何だかわからない様子が伝わってきて苦しくなりました。


彼は、ウクライナ人に罵倒されていましたが、

罵倒する側の気持ちに立てばそれも当然のことです。

一方で、彼の母親が、息子は親孝行で優しく、

人を殺せるような人間ではないと、泣いていました。


彼個人は、母親が言うような優しい子だったとしても、

戦争に駆り出され、

年上の厳つい上官から射殺を命じられれば、

抗うことはできないでしょう。


僕は、

自分を彼の立場に置いて考えてみましたが、

僕も、

射殺したと思います。


その場は戦場であり、

上官の命令に従うことは当然とされ、

また、相手は市民を装った兵隊の可能性もあります。


勿論少年の素朴な感性からすれば、

その射殺相手はどう見てもただの老人であり、

逃走中の市民に見えたと思いますが、

上官の命令に従い、

さらには自分の良心をも納得させるためには、

老人を敵兵だと思い込むことで、

その瞬間、引き金を引いたのではないか、と。


麻原彰晃を尊師と仰ぎ、

救済の名のもとにサリンを撒いたかつてのオウム信者の中にも、

同じ様な葛藤があったかもしれません。


第二次世界大戦においても、

田舎では優しい父親であった青年が、

戦地では、

かなり非道なことをしていたかもしれません。


安全な立場から、正論を言うのは簡単です。

しかし、くだんの終身刑となったロシアの青年のことを思うとき、

僕はイエスの言葉を思い出します。

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あなた方の中で罪のない者がいれば、この女を打つが良い。

イエスは、売春婦を石で打ち殺そうとする者たちに向かって、そう言いました。

その売春婦も、好きでそうなったわけではなく、

悲しい経緯があることを見て取ったのです。

イエスの言葉におのれにかえった群衆は、

一人また一人と、女の元から去っていきました。


僕も、売春婦であり、ロシアの青年です。

その状況に置かれれば、

そのような役割りにならざるを得ない弱い人間です。 


その、弱い人間であるという自覚、を、

芯の部分で持っていれば、

おいそれと他人を裁くことはできなくなります。


むしろ、他者への理解が、

進むのでは、ないでしょうか。



自己肯定感の高い人低い人



自己肯定感が低いと生きづらいですよね。

かつての僕が、そうでした。

最悪だったのは、統一教会に洗脳されていたころ。


何しろ全人類がサタンの子という刷り込みですから、

自己肯定感などは、

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どん底にまで突き落とされました。


その後、30代で、幸福の科学に入り、

仏の子となったことで、自己肯定感は爆上がり。

サタンの子よりは仏の子のほうが、

そりゃあ、自己肯定感も上がります。


その後、幸福の科学も退会し、

今では、さらに自己肯定感は高値安定。


ブログ村界隈で自己肯定感の高い人、

たとえば、よよよさんとか、ミクさんなどは、

まだ30代にして、自己肯定感は実に高い。 


これは、きわめて単純な話で、

彼らは、しっかりとした自分軸で生きているから。

だから、他人や世間の評価に影響を受けないのですよ。


一方、自己肯定感の低い人は、他者に支配されている人。

親、兄弟、会社の上司、顧客、友人などなど、

いわゆる他者の反応が、自分の精神に影響を与え、

グラグラするのです。


こういう人は、空気を読むのに敏感で、

他人の顔色をうかがい、

自分がどう見られているかを常に気にしています。

なので、こういう人は、

ランキングなんかにも操られやすい。

自分軸がないので、

ランキングという世間の評価に縋らざるを得ない、と。


でも、そのランキングだって、

意図的に操作されていたりして、

まんまと踊らされたりもしているわけです。


で、何が言いたいのかというと、

自己肯定感の低い人は、他者に操られるまま。

親に、兄弟に、上司に、友人に、自治会の会長に、

カルト教祖に、インチキ占い師に、と、キリがありません。

そのバカバカしさに本人が気づくまで、振り回され続けます。


こんなバカバカしいことやってらんねえ、

と気づいた人から、自由になっていきます。

そしてそういう人は、自分軸で生きるようになり、

その必然の結果として自己肯定感は、

勝手に高くなるようになっています。





「60歳以降の人生で不安なこと」トップ5



20代の頃の漠とした不安、

30代の頃の定職のない焦燥感、と絶望感、

40代の頃の高揚感、

そして、50代の頃の諦観、

が、僕のざっくりとした精神史。


で、60代の今が、一番幸せなのかもしれない、と。

以下は、PGF生命が今年還暦を迎える1962年生まれの男女2000名に行った「2022年の還暦人(かんれきびと)に関する調査」からの抜粋。


「60歳以降の人生で不安なこと」トップ5とは


うーん、 人生に、大きな盛り上がりがあった人は、

減少感に苛まれるのかもしれませんが、

僕のように、どちらかというと、

この世的には低値安定型の人は、

減少感そのものがあまりない、と。


年金が少ないのは最初から分かっていたし、

気力体力の衰えも、想定済み。


50肩、腰痛、ばね指、を経て、

今は、小康状態ですが、

少しずつ、

いろんなところが不具合になっていくのでしょう。

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そしてやがては、

この世から、

去っていく、と。


まさに人生は旅、そのもの。

良い旅になるか否かは、自分次第です。




地上生活の儚さについて



親の介護が必要になり、

実家を建て直して、この6月で9年になります。

9年前はまだ正社員として働いており、

往復4時間のサラリーマン生活をしながらのダブル介護。

忙しいなどとは言っていられないほど、必死だった日々。


あれから、もう9年が経ったのかと思い、

いつしか自分も63歳。

今月の15日には、

晴れて年金も支払われる予定。


まだ、振り込みを確認していないので、

何とも言えませんが、

よくぞ年金をもらえる年まで生き延びてきたと思います。


今後、いつまで生きるのか。


一応、父の寿命を参考に、

生活設計をしていますが、

先のことはわかりません。


今は、住宅ローン完済を目標に、

日々、倹しいながらも、

その中に楽しみを見つけて生きています。

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そして思うのは、この地上生活の儚さ。


こうしてブログに書き記すことも、

一瞬にして過去のものとなり、

流れ過ぎていきます。


執着することの虚しさを、



実感する日々でもあります。



 

目覚めた時にはすでに疲れており



....The paradox of our time in history is that
歴史の中で、私たちが今いる時代の矛盾。それは、

we have taller buildings but shorter tempers,
ビルは高くなったけれど 人の気は短くなり、

wider Freeways, but narrower viewpoints.
高速道路は広くなったけれど 視野は狭くなったこと。

We spend more, but have less,
お金をたくさん使っているけれど 得るものは少なく、

we buy more, but enjoy less.
多くの物を買っているけれど 楽しみは少なくなった。

We have bigger houses and smaller families,
大きな家を持っているが 家庭は小さくなり、

more conveniences, but less time.
より便利になったけれど 時間は少なくなった。

We have more degrees but less sense,
多くの学位を持ってはいるが 知恵は少なくなり、

more knowledge, but less judgment,
多くの知識を持ってはいるが 判断することは少なく、

more experts, yet more problems,
多くの専門家がいるが 未だ多くの問題が残っており、

more medicine, but less wellness.
多くの薬があるが 元気な者は減った。

We drink too much, smoke too much, spend too recklessly,
我々は 飲み過ぎ、吸い過ぎ、浪費し過ぎるが、

laugh too little, drive too fast, get too angry,
笑顔は少なくなり、スピードは出し過ぎるし、よく怒る。

stay up too late, get up to tired,
夜更かしをするため、目覚めた時にはすでに疲れており、

read too little, watch TV too much, and pray too seldom.
本を読まなくなり TVばかり観て、そして祈ることは滅多にしない。

We have multiplied our possessions, but reduced our values.
我々は多くの物を所有しているが、我々の価値は減った。

We talk too much, love too seldom, and hate too often.
たくさん喋りすぎるが 愛することは滅多にせず、たびたび人を憎む。

We've learned how to make a living, but not a life.
我々は どのように生計を立てていくかは学んだが、人生については学んでいない。

We've added years to life not life to years.
長生きをするようにはなったが 今を生きてはいない。


上記は、ジョージ・カーリンの、名言の一部。

0-58

お金をたくさん使っても得るものは少なく、 

多くのものを買っても楽しみは少なく、

大きな家に住んでいても家庭は小さい、

より便利になったはずなのに自由時間は少なくなり、

学歴はあっても知恵ある者は少なく、

薬は増えたが元気な者は減り、

たくさん喋るが愛はなく人を憎み、

金を稼ぐ方法は学んだが人生については無知であり、

寿命は延びたが今を生きている人は数えるほどだ、と。


そして、目覚めた時には、すでに疲れている、と。


うーん、言い得て妙❕

座布団3枚。


今朝がた見た夢は、

職を求めて右往左往していた20代の頃、

目覚めた時にはすでに疲れていて、

先が見えなかったあのころ。


でも、その暗闇を抜け、

何とか、年金をもらえる年齢にまで、

辿り着きました。


いくらもらえるかは、今度、公開します。


今日は、雨。



物思いに耽るには、最適です。



自分を幸せにする方法は孤独になること



一昨日の6月1日が、新しいアルバイトの初日、でした。

まあ、半日勤務なので、緊張の中、

何とか勤め上げたのですが、

その日の午後に会社から電話が。


急遽2日の木曜日も出てくれませんか、と。


まあ、仕事も早く覚えたいし、

ちょうど予定もないし、

ということで承諾したため、いきなりの連勤に。


半日勤務とは言え、外での立ちっぱなしの仕事。

気温もかなり上昇し、汗をかきながらの労働。

やっぱり、当初予定していた週1日勤務が最適解かな、

と思った次第。


さて、今日は、孤独について。

孤独には、ネガティブなイメージがありますが、

果たしてそうでしょうか。

実は、孤独、こそが、幸福への道。


その孤独について、

ショーペンハウアーが語っています。




うーん、 仏陀釈尊も、王子として生まれながらも、ペシミストでした。

だからこそ、出家したのです。

大半の哲学者、宗教家は、ペシミストです。

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所謂、根暗、です。


でも、根が暗いからこそ、

救いを求める気持ちも強くなるのですよ。


そしてその先にこそ、

軽薄でない、

本当の明るさが、

あるのです。



親・学校の先生・職場の上司



親ガチャという言葉が市民権を得ていますが、

どの親に生まれるかは運次第。


まあ、一部の宗教では、

親を選んで生まれてくるという説を唱えていますが、

それは横に置いておいて、

親ガチャがあるように、

学校の先生ガチャもあるんじゃね、と。


とんでもない教師に出会ったら、かなりのマイナス。

そして、就職した後も、職場の上司ガチャ。

実は、この職場の上司ガチャが、かなりやばいかも。


最近は、転職も普通になりましたが、

僕の若い頃は、

転職と言うと眉をひそめられたものです。

年功序列、会社は家族、みたいな風潮が普通でしたからね。

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僕は、早々にドロップアウトし、職を転々。

カニの横歩きよろしく、いろんな職に就いたからこそ、

人生が立体的に見えるという利点もある。


実はこれが、

老後生活を退屈せずに済むアドバンテージになっているのですよ。

これは、会社人間でなかったの人間の、



強みでもありますね。


 

60代男性の死に方が衝撃的すぎる



人は誰しも、いつ死ぬかわかりません。

それは、僕とても同じ。

ある程度長生きをする前提で日々を暮していますが、

未来は未知数。


そんな中、とある60代の男性の死のニュースを見ました。


事故は朝の通勤ラッシュの時間帯に起きた。60代男性が駅の上にある事務所からホームに転落したのだ。

男性は電車の中で女性に痴漢をしたと疑われ、他の乗客に事務所へ連れて行かれた。

警察の到着を待っている最中、駅員が少し目を離している隙に「ドスン」という音が。

ホームの屋根に空いた穴。確認すると、男性はすぐ下にあったこの屋根を突き破り、ホームに転落していたという。

窓からホームまでの高さは約8メートル。男性は窓から屋根に飛び移り、逃走しようとして転落したとみられていて、その後、搬送先の病院で死亡が確認された。

駅の利用客にけがはなかった。警察は痴漢行為が実際にあったかなどを含め、詳しい状況を調べている。

(「イット!」5月26日放送より)


うーん、もしこれが、無実であったらなお悲惨。

こうした場合、たとえ無実であっても、

言い分が通るのは難しいので、

逃げたほうが得策、

と言っている弁護士も多いです。


もしかしたらこの男性も、

そうした知識があったのかもしれません。

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俺、何もしてないけど、

このままいったら痴漢にされそうだな、

だったら、逃げるしかないか、と思い、

行動した可能性もないとは言えません。


真実は、わかりませんが、




何ともやりきれない死に方です。



時間こそが人生



昨日は、ブログを書き終えた頃に上島さんの訃報を知り、

珍しく2つも記事をアップしてしまった僕ですが、

改めて、人生の残り時間の大切さを実感しています。


僕にどれだけの残り時間、

それも健康年齢としての残り時間があるのかは、

わかりません。


で、ある以上、毎日が大切。


最近、風のハリマオさんと語り合うことが多いのですが、

僕たちに共通しているのは、その人生観。


ともに、転職の多い人生で、

年金こそ少ないのですが、

風のハリマオさんも僕も、

人生の楽しみ方を知っています。


風のハリマオさんは、

自宅の庭にドックランを自力で作りました。

材料を買ってきての自作なので、

お金を使わずに立派なドックランを作り、

愛犬4匹とともに幸せな日々。


芸術にも造詣が深く、

いかに日々を楽しむかを、

ともに語り合っています。


そして痛感するのが、

毎日の時間の使い方。


毎日の時間が楽しく充実しているのならば、

その人の人生もまた素晴らしいもとなります。


なぜならば、

その、日々の時間の積み重ねこそが、

人生に他ならないから。


時は金なり、どころの騒ぎではありません。

時は人生なり、です。

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なので、人生は、

そう難しい話ではありません。


今日一日をどう過ごすか、

そこにこそ、

人生が、



かかっているのです。



 

上島竜兵さん(61)の死と、男60代の生き方について



今朝ブログを書き、アップした後、パソコンを閉じようとしたら、

画面に、上島竜平さんの死を告げる文字が。

ダチョウ俱楽部の、

あの上島さんかなと思って見てみたら、

そうでした。


まだ、死因も何も書いていない記事で、

ちょうど今月初めに意識を失い、

救急搬送された僕としては、

先日のファイト一発の人の死と言い、

今回の上島さんと言い、

同じ60代なだけに気になった次第。


そこで改めて思ったことは、

もうこの年代になると、

いつ死ぬかわからない、ということ。

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そう思いながら、今日一日を生きよう、と。


今日も、

まだいい天気が続いていますから、

晴れているうちに出掛けるとします。



 

老後にダメになるタイプはどんな人か



一口に老後と言っても、人それぞれ。

まあ、ここでは、一般的な老後、

つまり、定年退職後の話。


で、老後にダメになる人は、

パターンが、ある程度決まっています。


いい年こいて、自立できていない人。

これが、ダメな老後の筆頭。

ここで言う自立とは、

経済的なことだけではなく、

精神的なことも含みます。

と言うか、

精神的なことこそが大事。


次にダメなのは、他責志向の人。

つまり、自己責任で生きられない人。

何でも他人のせい、世の中のせいにする人。

老後になってもこのタイプだと、

救いようがありません。

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逆に言うと、

経済的にも精神的にも自立していて、

自己責任で生きている人は、オッケー。


老後と言っても、

基本は、シンプルなのです。



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