介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

非日常を少しだけ

エゴによる、暗黙かつ無意識の合意

ある夫婦がいた。
あなたは、その夫婦の夫に、似ているかもしれない。

「私はあなたが望む私を演じるから、あなたも私が望むあなたを演じてよ」
これは、妻の、あなたへの隠れた声だ。

しかし役割を演じるのは大変だし、無限に演技を続けていくわけにもいかない。

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ある時、妻は荒々しい甲高い声であなたを非難し、ののしり、わめきたてる。

それも、たいていは、ほんの些細なことのためだ。

まったくよそよそしくなることもある。

「どうかした❓」とあなたは訊く。
「別に」と、彼女はこたえる。

だが、彼女の発する敵意に満ちたエネルギーは、「何もかもまずいのよ」と告げている。

眼を覗いても、もうそこには光は見られない。

あなたが知って、愛した存在は、もう、そこにはいない。
見も知らぬ他人が、あなたを見返す。
その目は、憎悪と敵意と苦々しさと怒りを湛えている。

この人を選んだのは恐ろしい間違いだったのではないか、と、あなたは考える。

これは、非日常なのか、日常なのか。

どちらにせよ・・・・・・人生は続いていく。


非日常空間での出費はエンタメということで

9月に入り、今日から午前勤務。

6時過ぎに家を出て帰ってくるのは13時前後。

それから晩い昼食を摂り、少し昼寝するというパターン。

さて、前回の続きの話ですが、飯能にある友人の飲み屋で、調布から出向いてきてくれた友人Kと語り合い、別れたあと、東飯能で、川越行の電車に乗ったのが22時過ぎ。


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2両編成の電車ですが、かつては、八王子と高崎を結んでいたのですよ。

それが今は、八王子と川越間の往復。

勿論、川越まで行って、東武鉄道に乗り換えるということもできますが、わざわざ遠回りをして帰る感じになります。

で、足を投げ出して、思案したのですよ。


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ここは、飲んでいることでもあるし、昼間かなり歩いたし、タクシーで帰るのもありかな、と。

で、高麗川駅に着いたら、運良くというか、そこに、小川町行きの最終電車が止まっていたのですよ。

22時台で最終ですからねえ、僕の聞き間違えでなければ、かなり早い終電です。

で、これなら、タクシーを使わずに済みそうだと思い、小川町行に乗り換えました。


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こんな田舎でも、外人さんはけっこう見かけますねえ、しかもこんな遅い時間に。

で、まあ、一つ先の毛呂駅で降りて、そこから歩いて帰ることにしたのですよ。

高麗川駅から歩くよりも、距離は3分の1で済みますが、まあ、30分くらいは歩きます。

で、歩きながら時計を見ると、22時40分。

この7月に行われた水泳世界選手権の、200と400の個人メドレーの金メダリスト、瀬戸大也が子供の頃に泳いでいたスイミングスクールの前を通り、営業時間の過ぎているライフの前を通り、町役場の前を通り、しているうちに、何だかもう少し、飲みたくなったのですよ。

まあ、そんなにお酒は強いほうではないのですが、町の規模の割には、飲み屋とかスナックなんかは結構あるのですよ。

で、とあるスナックの灯りに、吸い寄せられるように扉を押したことが、散財への入り口。

まあ、新宿のぼったくりバーではありませんから、たかが知れているのですが、そのとき、僕の財布にあったのは、1万2000円ほどだったと思います。

まあ、田舎のスナックでは、クレジットカード払いなどはないと思うので、現金がものをいうわけですが、万札一枚あれば余裕で飲めるのが田舎というモノ。

中に入ると、カウンターに、男性が一人、ボックス席に男性グループが3人、計4人のお客。

時計は見ませんでしたが、23時より少し前に入店したように思います。

で、まずは、いきなりですが、ボトルを入れました。カウンターの向こうで、50前後くらいに見えるママが、3つくらい銘柄を言いましたが、麦焼酎にして、ロックで飲みました。

ボックス席は3人で、仲間同士で話しているので、自然と、僕は隣に座る、隣と言っても、間には空席が一つありましたが、男性、60代くらい、と、少し話を。

そのへんは、ママも商売上手で、上手く話を振ったりしますからねえ、僕もほどよく酔っているので、すぐに饒舌になります。

そのうちに、ボックス席の3人組が、40代くらいに見えましたが、歌いだしました。

まあ、こういうときのエチケットとしては、盛り上げて、手拍子くらいはしますね。

誰の歌? とママに訊くと、バックナンバーという答えが。

恥ずかしながら、そのバックナンバーというのが、何なのかわからず、まあ、ノリの良い曲だったので、いいのですが。

そしたら、僕も歌いたくなってきたのですよ。

で、ママに頼んで、サザンの、涙のキッスを入れてもらいました。

まあ、最初に歌う歌としては、サザンが食いつきがいいのですよ。歌いやすいしね。

軽いジャブのつもりで歌ったら、受けが良く、どんどん歌ってください、などと乗せられて、調子に乗り、けっこう歌ったのですが、カウンターにいた男性や、そのあとに入ってきた男女二人も交じって、それなりの盛り上がりに。

カウンター席にいた男性は常連のようで、ママはその人の持ち歌を知っているようで、勝手にカラオケに入れたりしていましたね。

あとから入ってきた男女二人は、うーん、50代のカップルかなあ、昼間、浅草のサンバカーニバルに、行ってきたとかで、その話をしていました。

で、ボックス席の3人は、バックナンバーばかりを、何曲か歌って帰っていきました。

その後、残るは、カウンター席にいた常連らしい男性と、男女二人と、僕。

ただ、どうも店の運転手兼盛り上げ役なのか、おそらく、ママといい仲なのだろうと思われる男性、50代くらい、が、店を出入りしては時折カウンターに座り、歌い、また出ていく、みたいな動きをしていました。

で、この人が、ボックス席にいた3人をどうも、車で送りに行ったようで、また戻ってきてから歌い、そしてまた、常連客を送っては戻りして、最後は、その店側の男性と、男女二人と、僕だけになり、そこからまた、いろいろ歌って盛り上がったのですが、僕以外は、沢田研二の歌が多かったように記憶しています。

僕は、C超言葉にご用心、などの乗る曲と、悲しい色やね、などのバラードっぽいのを、巧みに按配したつもりなのですが、シャ乱Q、宇多田ヒカル、忌野清志郎、長渕剛、松田聖子、などをうたった記憶はあります。

まあ、10曲は歌ったように思いますが、一度、警備服を着た二人連れが店にきて、ママが外に出ていくという一幕もありました。

なんか、夜遅い時間で、うるさいとかの苦情のようなものかもしれません。

で、店が閉まるまでいたのですが、そのときは、深夜2時過ぎでした。

まあ、3時間以上はいたのかなあ、と、思います。

で、お会計となったのですが、7800円でした。

まあ、ボトルも入れているし、カラオケも歌ったし、妥当な金額ではあるのですが、僕としては、一回のレジャーで支払う金額としては、大きなお金でした。

サラリーマン時代は、マンション購入前は、月に10万円が小遣いでしたから、その当時であれば、日常の出来事ですが、今の僕には、スナックでのひと時は、非日常そのもの。

でも、社会の断片や、ママの気遣いや客あしらい、などを見るのは、人間観察としては、かなりのエンターテインメントで、今回の出費の細目は、エンタメ費、ということにしておきましょう。

ボトルを入れてしまったので、あと一回くらいは行くかもしれませんが、癖にならないようにしないと、ローコスト生活に支障が出ますからね。


過去へと続く道

昨日は、高校時代の友人Kと久しぶりに飯能で会いました。

飯能で、もう40年近く居酒屋をしている友人の店があり、そこで飲もうよという話になったのですが、Kは、もともと入間市に家があったのですが、今は東京の調布に、一戸建てを構えています。

まあ、わざわざ調布から電車を乗り継いできてくれたのは、やっぱせっかくなら同級生がやっている居酒屋で飲もうよということになったからです。

クラスメイトでもあったその友人の居酒屋に行くのは、僕としても去年の12月以来。

残念ならが、僕の家の最寄り駅から飯能に行くには、電車だとかなり遠回りをして、川越経由になります。

なので、高麗川駅までの、約6キロほどの道のりを歩くことにしました。

これはこれで、歩くのは好きなので、よろしいかと。


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歩いていればこそ、ポッポ道などという、車で走っていたら、通れない遊歩道にも遭遇します。

今は廃線になっていて、この道を通れば駅への道も近いようでした。

まあ、このポッポ道に行くまでがかなりの距離があり、たとえば、こんな道をてくてくと歩きます。


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まあ、ほどよい田舎なので、歩くのはすいていて楽なのですが。

ああ、そうそう、ポッポ道の遊歩道とは、こんな感じ。


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かつて線路が通っていただけあって、歩きやすいです。

とまあ、そんな感じで、休みながら90分ほどかけて高麗川駅まで行き、そこから、一駅先の東飯能駅へ。

日曜の午後の電車内は空いていて、楽チン。

で、早目に飯能に着き、少しぶらぶらし、16時半に、西武線のほうの飯能駅の改札で、友人Kに会い、その後、友人の経営する居酒屋へ。

17時に入り、そこを出たのは22時近く。

5時間近くも、飲みながら話し込みました。

友人Kとは、高校時代、夏休みに二人で大島に行き、一週間かけて、歩いて一周し、野宿をした思い出があります。

それ以外にも、チャリンコで、伊豆に行ったことも。

まあ、昔の思い出がよみがえり、気がつくと、あっという間に5時間が過ぎ、調布に帰らねばならない友人Kは、そろそろ時間かな、ということで、お開きに。

まあ、僕は、Kと別れたあと、のんびり東飯能駅まで歩き、電車に乗ったのですが、そのあと、ローコスト生活者にはあるまじき、ある思いが芽生え、ちょっとお金を散財することになりましたが、この続きは、明日、また書いてみます。

夜にリラックスできる曲は好みにもよりますが

コメント欄の質問に答える形の記事になりますが、音を楽しむことが音楽だとすると、その楽しみ方もいろいろあるように思います。

で、リラックスできる音楽について、考えてみました。

仕事から帰ってきた夜に、聴く音楽としては、確かにリラックスしたものが良いのかもしれません。

僕は、ロックも聴いたりしますが、一般的には、ジャズボッサなんか、良いように思います。





あるいは、ブルースっぽい曲で、脱力するのも、ありかな、と。



浅川マキは好みが分かれるともいますが、この雰囲気に浸り込むと、かなりリラックスできます。

あとは、クラシックでは、ドビュッシーとか、サティなんか、良いのではないでしょうか。



月の光は、不滅の名曲ですね。

僕の場合は、非日常的な雰囲気に入り込めるものが、良い気分転換になって、リラックスできる感じですね。


それと、30代、40代の頃は、よく海外にも行っていましたが、ジェットストリームなんかもリラックスできるかも、です。


あとは一人で死ねばいいだけなので天涯孤独者ほど気楽な身分はない

9連休だ、わーい、と思ったのもつかの間、今日はもうその4日目で前半が終わろうとしています。

これを、諸行無常と言います。

昨日は、ずっと家にいました。

前半に、一度くらい都内に繰り出そうと思っていましたが、都内はほぼほぼ行きつくしており、行く前に想像するだけで、まあいいか、暑いし、となってしまい、今日もこのまま行くと、家でおこもり(引きこもりとも言う)になりそうだったので、10時前にとりあえず外出。


デニーズでモーニングを食べ、そのあと、道教寺院に行きました。


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この道教寺院、できた当初はよく行きました。

両親を連れて行ったこともありますが、介護を終え、天涯孤独の独り身となった今、久し振りに行ってみると、何と入場料が必要になっていました。

もう中はわかっているし、ローコスト生活だし、当然中には入らず。


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少し遠くから見ると、こんな感じ。

台湾から宮大工を呼び寄せて作ったとのこと。

それはそうと、デニーズに行ったのは、クオカードが、けっこうあって、それを使おうと思って。

で、グランドメニューにしようと思ったら、10時台だったので、モーニングメニューだとのこと。


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サラダのセットとフレンチトーストの単品。

これで、1500円近いとは、コスパ悪すぎじゃね。

まあ、クオカードなので、現金支出はなしなんだけど。

その後、家電量販店やショッピングモールで涼み、岩殿観音へ。


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この木彫りはなかなかの存在感。

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この鐘撞の前に立って、門前通りを見下ろすと、涼しい風が吹き抜けて気持ち良く。

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門前通りと夏の雲

さらに、岩殿観音と道を挟んだ物見山へ

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夏の空が気持ちよく、遠くに行かなくても、非日常空間を味わえました。

この物見山では、僕一人。

誰にも会わず。

岩殿観音では、独り歩きの中年と年寄りの二人に会っただけ。

しかも、独り歩きの中年は、ややコミュ障っぽく、僕と目をそらして、すぐに立ち去っていきました。

うーん、僕はよく、死について考えるのですが、旅をするのも、こうした近場を一人でうろつくのも、煎じ詰めれば、生と死、について、考えたいから、いや、感じたいから。

言葉で説明するのは難しいのですが、ね。

まあ、親の介護も終え、兄弟も妻も子供もいない、天涯孤独のおひとり様ほど、気楽な身分はないと思っています。

どうしてかって?

それは、あとは、一人で死ねばいいだけですから、斬り―...by おひとり様侍。

新しき村で、少しだけタイムスリップ

昨日は、友人Oと、数か月ぶりに会い、近場を散歩したのですが、彼は90を過ぎる母親の介護を在宅でしているため、母親がデイケアに長めの滞在をする土曜日しか、自分一人で少し長めに外出する時間が取れません。

僕が介護をしていたのは、50代のとき。そのとき、親は80代。

友人Oの場合は、60代の子が90代の親を介護するケースです。

その友人Oが僕の家にやってきたのは、10時20分ごろ、そして僕の家を二人で出て、近場の散歩に行ったのが10時半。

のんびりと歩き、大学が3つほど並ぶ通りを抜け、坂を下り、狭い橋を渡りました。

そのまま歩いて行けば、今話題になっているムーミンバレーパークにも行けますが、友人Oの自由時間も限られており、今回は、橋を渡った向こうの遊歩道を川沿いに歩きました。

いくつかの家族ずれがバーベキューの準備などをしている広場のトイレに寄り、その後川沿いの道から離れて緩やかな坂を上り、新しき村を目指しました。


新しき村というのは、作家の武者小路実篤が、宮崎県木城町に創設した農村共同体、ある種の理想郷です。その後、その場所がダムに水没することが決まり、遠く埼玉県の田舎町に、移り住んで作り直したのが、新しき村、ということになります。

で、その新しき村を目指して勝手に歩いていたのですが、まあ、方向だけを見定めて歩き、空き家がちらほらと目立つ住宅街を抜け、森の中に。

まあ遠くに行かなくても、近場に川や森があるのはありがたく、森の中の道を方向転換などしながら、北側に下っていき、田んぼ道に出ました。

すると遠くで、二人の老人と一匹の犬が、何やら、作業らしきことをしています。

新しき村の住民かもしれないと思いながら、そちらの方向へ。

そして、左手に電車のようなものが見えたので、そちらのほうへ向かいました。

電車といっても、今は走ってはいない電車。


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坂道を上り、裏手に回り込んで、車内へ。

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かつて都電として走っていた電車でした。

幼少期、東京で暮らしていた友人Oには、どこか懐かしい路線図だったようで、二人でしばし、その路線図を眺めていました。


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動かない電車の外は、のどかな田舎の風景。

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電車のフロントは、こんな感じ。

その後、また、僕たちは歩いて行き、新しき村の入口へ。


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何やら、文字が書いてあります。

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今も少数とは言え、そこで暮らしている人もいる新しき村に入るのは、僕自身、数十年ぶりかも。

新しき村生活文化館や新しき村美術館を見学。

生活文化館のほうは無料のギャラリーでしたが、新しき村美術館のほうは、入館料が200円かかりました。

また、ちょうど昼時だったため、美術館の向かいにある公会堂では、何人かの村人が、昼食を摂っていました。その風景は、共同生活の日常の一こまを見た感じでしたね。


新しき村も、他の日本の現状と同じく、高齢化が進んでいる感じでした。

武者小路実篤が理想とした暮らしが、細々とではありますが、続いていることに、感慨を新たにしました。

この同じ時間に、ここからそう遠くない場所にあるムーミンバレーパークは、来場者で溢れているのでしょうが、ここは、静かでした。

友人Oと僕は、そのまま歩き続けて新しき村をでて、野の道を歩き、住宅街に入り、丘を越えて、また歩きなどし、のんびりと、僕の家に帰りました。

3時間弱の、ゆったりとした散歩でしたが、少しだけタイムスリップしたような感じがしましたね。


ちょっとウィンドサーフィンに行ってきます

僕が初めてウィンドサーフィンをしたのは、もう、9年も前のことになります。

初めてのチャレンジでは、なかなかうまくは行きませんが、それなりに楽しむことはできました。

それ以降、毎年とはいきませんが、何度か、ウィンドサーフィンをやりました。

で、まあ、久しぶりではありますが、ちょっとウィンドサーフィンをやってこようかと、思ったのですね。

このブログではありませんが、9年前もブログを書いていて、初めてのウィンドサーフィンについて記事を書いています。

当時は、日本語で記事を書き、それを英語でも書いていました。

ホテルに勤めていて、外国人にもアピールしようと思って始めたブログでしたから、ホテルのことや、東京観光についての記事が多いのですが、自分の日常についても、多少は書いていました。

以下は、当時のブログ記事からの引用です。


昨日は逗子に、ウィンドサーフィンをしに行った。

何にでもチャレンジし、気に入ったものは続ければいいというのが僕のスタンスだ。だからカヌーも乗馬もスキーも、やりたいと思ったものは、なんでもトライアルしてみた。今回のウィンドサーフィンもそうだ。

やりたいとは思いつつ、海なし県に住んでいることもあり、その機会がなかったのだが、グルーポンの割引チケットの購入をきっかけに、半日コースというのを受けてみた。スキーも、上手くなるまでに、どれほど転んだかわからない。だから、ウィンドサーフィンも、そのつもりでチャレンジした。

平日ということもあり、運よく他に体験コースを受ける者がおらず、プライベートレッスンになった。インストラクターは、吉岡さんという女性。まずは、砂浜で、ウィンドサーフィンの構造と、パーツの名前、風を受けるための簡単な理屈などを教わる。砂浜の上でボードに乗り、帆を操る模擬訓練のようなことを行い、海に出た。

ポストと自分とがV字になるように、指導されるのだが、つい力が入ってしまい、ポールにしがみつくような形になってしまう。バランスを失い、海の中に倒れこむことを何度も繰り返しながらも、数秒、風をとらえて、水面を滑走することが、三、四度くらいはできた。

筋のいい人は、初日で、方向転換など、かなりのところまでできるようになるそうだ。力のない女性や子供のほうが、覚えが早いらしい。

レッスンの途中、ウェットスーツがきつくて、息苦しくなり、少し気分が悪くなった。体に力が入りすぎていたことも原因だろう。

二時間ほどのレッスンを終え、スクールに戻ったあと、ビールを飲みながら、ウィンドサーフィンのDVDを、見せてもらった。

Yesterday, I went to Zushi to wind-surf.

Once I want to do something, I will try whatever I want to. This is my basic attitude. So, that’s why I tried canoeing, horseback riding and skiing. Wind-surfing is the same.

So far, I’ve wanted to try, but as I live in a prefecture which isn’t next to sea, I haven’t have a chance to do so. This time I got a groupon ticket which gave me a chance to spend half a day taking a lesson of wind-surfing. I stumbled and fell in practicing skiing many times until I became a good skier. Such kind of my experience gave me courage.

Luckily, because of weekday, I was the only person to take a lesson. My instructor was a woman named Yoshioka. First, I was taught by her about the structure, the names of some parts and how to catch the wind in wind-surfing. I rode on the board to deal with the sail on the beach. After that, I went into the sea.

I was instructed to make a V shape with my body and the sail pole, but I clung to the pole unwittingly. I lost my balance and fell into the sea many times but I could wind-surf several seconds catching wind about three or four times.

She said there are some people who can improve to the point where they can turn a board around. She said women or children tend to improve quickly as they don’t rely on their power.

During the lesson, I felt nauseous being out of breath, as the wetsuit was too tight to me. Using too much power to deal with the sail was also the cause of my feeling nauseous.


After the two hours lesson, I enjoyed a can of beer watching a DVD of wind-surfing at the school.

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ブログ記事は2012年の5月25日とあり、その前日に行ったので、この2枚の写真は、2012年5月24日の逗子海岸ですね。

まあ、まだ僕も若かったというか、ウィンドサーフィンのほかには、銀座でサルサを踊ったりしていました。

銀座のサルサバーにときどき行っては、サルサを踊り、ビールやカクテルを飲む、みたいな感じです。実はこれも、きっかけはグルーポンチケット。

ということで、湘南までは、僕の家からはかなりあるので、もう出かけます。


得難き友との対話は、いかなるレジャーにも勝る

昨日は、僕が普段お世話になっている、隣の市に住むAさんのところに行き、いくつかのアドバイスをしてもらいました。

ちなみに、Aさんは、僕よりも年下ですが、精神年齢は僕よりも高く、会ったときからタメ年の友人と話しているような感覚があります。

一昨日、時間をとれる日はありますかと打診したところ、昨日の午前中が良いのでは、ということになったのですね。

このAさん、この時期は、仕事が詰まっており、また、今年は特にプライベートでもやり遂げねばならない仕事が山積していて、その忙しい日々の中に対話の時間をこじ開けてもらった、という感じでした。

対話の場所は、Aさんが長年暮らしているアパートの一室。

まあ、話の内容は割愛しますが、9時ちょっと過ぎに行って、13時近くまで話していたので、3時間半くらいは対話していたでしょうか。

中身のある対話をしているときというのは、時間が一瞬にして過ぎ去ります。

これは、会社などでの会議とはエライ違いです。

で、こうした対話というのは、いかなるレジャーにも勝る、と僕は思うのですよ。

アパートの一室で、Aさんがドリップしてくれたコーヒーを飲みながら話をしていたのですが、お互いに共通するのは、真理の求道者である、という点。

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ここは、共通しています。

ただ、違いもあって、Aさんは、今も、幸福の科学の信者、というよりも、会員。

大川隆法の言うことを何でも鵜呑みにするのが信者だとするならば、Aさんは、そういうタイプではありません。だから、会員、と言い直しました。

Aさんは、幸福の科学は、宗教組織にはなってほしくなかったそうです。そのような枠に収まらない、世直し団体、であってほしかったとのこと。

で、このAさんは、ヒトラーの研究家でもあります。

ヒトラーの影響力は、人類史を見渡してみても、稀有であるとのこと。

また、Aさんの政治や国際情勢に関する知見は広く、深いものがあり、その分野では子供レベルの僕は、質問しながら頷くくらいのことしかできません。

ただ、ともに求道者であるという共通認識が、毎回、対話を深めているように思います。

つまり、求道者ということは、道、すなわちタオを求めて歩んでいるわけで、その共通項さえあれば、お互いの気づきを交換し合うことで、また、新たな認識を加えていくことができるのですね。

この、新たな認識を加えていく喜びは、何物にも代えがたいのです。

Aさんは、日ごろから脚下照顧の精神を忘れないようにしているので、一部の信者に見られるようなオカルトのほうにねじ曲がっていくこともなく、また、一隅を照らす、ことを座右の銘にしているので、職場では常に誠意ある仕事を心がけています。

Aさんのような地に足のついた誠実な会員が増えているならば、幸福の科学はもっと足腰の強い団体になっていただろうと、思わずにはいられません。

さて、このAさんは、誰よりも早く職場に行き、黙々とトイレ掃除をしています。もうそれは、Aさんの生活の中の良き習慣として組み込まれているので、本人はそれを修行とも思っていないのかもしれません。修行などという肩ひじ張ったものではなく、良き習慣にまで昇華しているのだと思います。

Aさんのことを話すと長くなるのでこの辺にしますが、得難き良き友がいれば、長い老後も退屈しないよ、ということですね。

また、良き友との対話は、いかなるレジャーにも勝るんじゃね、ということを言いたかったのです。

僕も、Aさんの生き方を見習って、一隅を照らす、ことを肝に銘じているところです。

ムーミンバレーパークは混みそうだとミイが言う

僕の家の比較的近所にできたムーミンバレーパーク。

車で15分くらいのところなのですが、駐車場料金がかなりお高い。

で、このゴールデンウイーク、ムーミンバレーパークは、かなり混雑が予想されます。

まだ、行ってない人のために、僕が開園前に下見に行った記事を貼り付けておきます。


ムーミン谷の隣村、メッツァビレッジに行ってきた

で、ムーミンと並んで人気のあるキャラクターが、ミイ。

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この人、ですね。

で、このミイ。

結構、深いこと言っているのですよ。





迷わないことが強さじゃなくて
怖がらないことが強さじゃなくて
泣かないことが強さじゃなくて
本当の強さって
どんなことがあっても
前をむけることでしょ。
前をね。


女ってね、時々、好きな人といたくて。
時々、好きな人の前から消えたくなるの。
それをわがままっていう男とは、
一緒にいれないわ。
それをかわいいって思う男とは、
長くいれそうね。





みてるわよ、あなたがしていること。
あのね、神様じゃないわよ。
もうひとりのあなたが
あなたを見ているのよ。
見放されないようにね。
嫌われないようにね。



どうでしょう。

ミイ、なかなかのものではないでしょうか。


花火師で投資家のSさんの梅畑にて宴会、そして夜歩く

昨日土曜日は、花火師で投資家のSさんが、午前9時に僕の家に車で迎えに来てくれて、彼の家の広大な梅畑に行きました。

Sさんは、昨年11月ごろから、仕事の合間に、梅の枝の伐採をしていて、昨日は、最後に残っている枝の焼却をしたのですが、僕も少し手伝うことができました。

最後に残った枝は、梅ではなく、柚子の木で、恥ずかしながら僕は、柚子で有名な町に住みながら、柚子の木の枝というモノをしげしげと見たことはありませんでした。

そして、柚子の木には、なんと多くの棘があることか。

その枝の一群を燃やし終えたあと、Sさんは、投資の師匠でもあるTさんを迎えに最寄り駅へ。

その間、僕は一人で、コーヒーを飲みながら、待つことに。


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4つの椅子の間には、七輪が。

僕は一人で物思いにふけるのが好きなので、この待っている時間は、心を遊ばせていました。

周りに民家はなく、見えるのは、Sさんの豪邸だけで、この世界にたった一人という感覚の非日常を味わっていると、ほどなくして、もう一人の参加者、近所に住むSAさんがやってきました。

SAさんと談笑しているうちに、SさんとTさんも到着。

七輪にいろいろな食材をのせて焼きながら、青天井の宴会が始まりました。


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七輪の良いところは、椅子に座ったまま、料理に手が伸ばせるところ。

人のいない梅畑の広がる山中は、どんなに大声で話しても、全く気遣いの必要のないところ。

昼頃から始めた屋外での宴会は、夕方18時過ぎに終了。

その後、各自、徒歩にて最寄り駅へ、あるいは自宅へと、向かいました。

僕は、歩くのが好きなので、およそ5キロほどの道のりを、歩いて帰りました。

夜歩くと、風景もまた、違ったものに見えたりします。

それがまた、いいのですよ。


人間をやめてしまいたい、と思うことがある

人間をやめると言っても、自殺願望があるとか、そういうことではありません。

まあ、いろいろとめんどくさいと感じるときはありますが、幸いおひとり様なので、いろいろなしがらみからは比較的自由な立場にいます。

クリスマスや年末年始は割と好きで、人々が浮かれているときというのは、僕はより自分を客体化できるので、その遊離感が人間というモノから離れられる気がするのです。

たとえば、帰省ラッシュ。

空の便も鉄道も高速道路も混んでいます。

それらを俯瞰して、大変だなあ、と思う。

海外への出国ラッシュも、たとえレジャーに行くとはいえ、大変だなあ、と思う。

たとえば、子供を連れて故郷に帰る、そこには両親や兄弟がいて、歓迎してくれる、両親にとっては孫の顔を見るのが楽しみだし、自分にとっては、それは年に一度の親孝行の恒例行事。ある意味、日本の家族制度の象徴のような風景。

微笑ましいのですが、その中に自分がいなくて良かった、という思いがある。

つまり、自分は人間というよりも、長らく人間を見つめている巨木のような感じ。

だから僕は、年末年始のさまざまな風景を見るのが好きなのです。多くの人が初詣にごった返す風景とか。

そして、自分は、そうした中にはいない。

自分が初詣に行くときは、人がいなくなったころだったりします。そのほうが、断然、いいから。

で、年末年始のこの期間は、僕のアルバイトも休みになるので、休んだ分はお金はもらえませんが、それ以上に、まとまった時間が得られるほうが嬉しいのです。

そしてその時間に、特別どこに行くでもなく、自分自身の内側に目を向ける。あるいは、自分自身に向かって旅をする。

いやあ、どこにも行かないと言っても、少しは、散歩のようなことはするのですよ。

事実、昨日も、友人Oと、隣町を散策しました。

川沿いを歩き、田舎道を歩き、青空を眺め、公園のベンチで自分で作ったおにぎりを食べ、また歩き、寺に立ち寄り、ふと目にした手作り豆腐店で豆腐を買ったり、そんなことをして3時間ばかりの散歩を楽しむくらいのことはします。

でもまあ、どうもこの、人間という役回りを演じるのも、あと、せいぜい30年くらいか、もっと短いか、なので、せっかくの人間生活を、自分なりに楽しみたい、と言うか、味わいたい、とは思っています。

そう思いつつ、まとまった時間のあるこの時期は、より本質的な自分自身へと向かっていきたいと、強く思っています。

今年2度目の歴史研究会は城跡めぐり

今年1度目の歴史研究会は、6月22日で、この日は板碑や古墳めぐりをして、古代への思いを深めました。

実は9月に、2度目の歴史研究会があったのですが、その日は日頃世話になっているAさんの不動産売買契約の付き添いをすることになり、やむなく不参加となりました。

そして昨日は、会としては今年3度目ですが、僕自身としては2度目になる歴史研究会となりました。

今回は、OY氏は体調不良で不参加となり、歴研主催者のKM氏と僕の2名での会となりました。

まずは、松山城跡へ。


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その後、菅谷館跡へ。

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どこの城跡にも、こうした空堀が見られます。

そして、今回は、KM氏も初めて行くという小倉城跡へ。


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この小倉城跡は、急勾配を上ったため、息も絶え絶え。歴史通のKM氏も、この城跡はそれまで一度も来たことはなかったそうです。

その後、杉山城跡へ。


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杉山城跡は造りが複雑で、敵から容易には攻め込まれないものになっていました。

この杉山城跡を立ち去ろうというときに、歴史好きのお爺さんにつかまってしまい、その講釈を聴くことに。いかにも、迷惑そうなKM氏も無下に断ることもできず、しばらくはその話に付き合っていましたが、秋の日の暮れるのは早いので、何とか話の腰を折らない程度にして、お暇し、最後の鉢形城跡へ。


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僕が二十代の頃に来たときとは、だいぶ様子が違って、整備されていた鉢形城跡でした。

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この日、歴史に疎い僕の専属ガイド役も兼ねてくれたKM氏の後ろ姿。

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