介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

非日常を少しだけ

女性に渡ったカネは1000万円前後



僕は結婚もせず、彼女もおらず、一人を満喫。

でも、世の中には、結婚していながら、

浮気を繰り返す男がいるのも事実。


で、浮気にもいろいろあって、

金にものを言わせて言うことを聞かせる、

所謂、買春も、富を手にした男が走りがちなことの一つ。


でも、その出所が、税金だとすると、いかがなものか。

勿論、税金でなく、自分で稼いだ金であったとしても、

奥さんがいる人は、浮気はだめですよ。


以下は、デイリー新潮からの抜粋。


「ホテルで会って(性行為をした後に)封筒に入った10万円くらいを手渡しで貰っていて。多い時は月に3回とか、ありましたね。(性行為の回数自体は一度に)1回でそれ以上とかは特に(なく)。食事だけだと10万円の半額ぐらい。私から価格の交渉をしたことはなかった」  胸元にはブルガリ風のリングがついたネックレスが光り、イヤリングはシャネル。鼻にかかった声が印象的だ。 「うーん、まあ、最初は(抵抗感が)ありましたけど、うーん。お立場もしっかりしている人だし、彼自身が周りに察知されないように気を使っていたりっていうのは感じていたので」  小里氏からショートメールで、「今日会える?」などとメッセージが来る。逢瀬の場所は東京・赤坂のホテルだが、そこへの出入りは常に別々だった。クリスマスや誕生日の機を捉えてのプレゼントもあった。 「そんなに大きな金額のものはなくて、それこそ10万、20万前後のバッグとか靴とか。アクセサリーとかは……なかったかな? よくわからないですけど」
「小里さんが言っていたのは、“可愛い女の子はたくさんいるけど、ある程度の大学を出ていて、会話も噛み合ってというのは大事だ”と。一種、女の人に知性を求めていた節があると思うので、そこなのかな、とは思います」  足掛け3年に及ぶ交際にピリオドを打ったのは?  「あー、私です。会う頻度が落ちていたのと、そもそも自分も自立したいというのもあったし、とか……。(その旨を)ショートメールで送りました」  一体いくらで話がついたのか?  「最初はもっと大きな額で提示したんですけど。同じようにこういうトラブルを抱えている友人がいて、相場がよくわからなかったので、どれくらいなのかなと思って相談したら“相手に300万を要求し、同額で示談になった”という風に聞いたんです。それで提示した額が300万。で、“さすがにそれは高すぎます”という風に言われたので、“どれくらいならお支払い頂けますか?”と聞くと、180万円ということになりました」  6掛けに値切ったわけだ。
 彼女と小里氏の関係を煎じつめれば、パパ活、あるいはp活と呼ばれる割り切った援助交際を重ねてきたもので、およそトラブルには映らない。関係を断ちたいなら、和解も清算もなく、フェイドアウトすればよかったのではと思われるフシもないわけではないのだが、どうしてカネを受け取ったのか?  「うーん、なぜ……。それこそ、そうですね、丁度その友人から話を聞いた直後でもあったので、そうするのが正式な縁の切り方ではないかなと」  その一方で彼女は、 「結構、そういったラウンジとかの飲みの場に(小里氏が)行っているとは聞いていたので、まあ、(他の愛人も)いるのかなあ、とは思っていましたけど」  とも振り返る。 事実、「一度に3万円」の援助費用を小里氏本人が偽名を使って振り込む20代のお相手が、彼女以外にも2人存在していることがわかっている。 小里氏に電話して聞いてみた。 「はあ? はあ」 「うーん、それはちょっと、わからないな。まあ、ちょっと状況調べて、また電話しましょう」  と一旦切れた。 永田町用語の「記憶にございません」である。その後しばらくして折り返しがあり、 「事実であるかないかもノーコメントです。ええ。コメントすること自体ノーコメントです」

 小里氏はこう続けた。 「私は本当にね、国会議員としてですね、休む間もなく、本当に休む間もないですよ、(休む)間もなく、土日も含めて一所懸命ね、仕事をしている身ですから。そうした中で、一切ね、そういう、ひとに迷惑をかけるとか、それはありません」 「ああー(嘆息)……それで、えー、なんというかな、世の中には仮に色んな経済活動があったりしてもですね、それがなんで、そういうその、不道徳な行為に結びつくんですか?」 「世の中のね……じゃあ、ね。こう決めました。要するに、私はそういう、道徳に悖(もと)るような、あのー、行為、活動は一切ありません。対女性関係においても、また、対一般の関係においても、対地元の関係においてもですね、一切ありません。そういうことは。私は信念としてしっかり誠実に政治活動をしておるつもりです」  この“回答”を受け、再び女性側に聞くと 「彼の方から連絡がありまして……。“お互い弁護士を立てて、コトを進めていきたいです”という感じで連絡が入っているので」  と言葉少なに話したのだった。  差し当って小里夫妻は地元の後援者に、「週刊誌に醜聞が載るが、女にハメられた」と電話で説明しているという。  地元に帰るヒマもなければ休む間もない身体に容赦なく鞭打って赤坂のホテルへ通った小里氏。プレゼントや買春・食事同伴、そして手切れ金を合わせると、女性に渡ったカネは1000万円前後と推察され、他の愛人らが、「私も」と群れを成す可能性も否定できまい。

うーん、この記事を読んだとき、

地道に暮らしている僕からすると、

それは、まさに非日常の世界。


そして僕は、宇野総理を思い出しました。

影の薄い総理でしたが、 

神楽坂の芸妓とのスキャンダルは、まだ記憶にあります。


芸妓と言えば、まあ、その道のプロでもありますから、

まだ理解はできますが、

小里議員は、一般女性、

それも女子学生を漁っていたわけで、

忙しい忙しいと言いつつ、

そちらに充てる時間はあったわけで、

皆がコロナで大変な時も、

よろしくやっていたとなると、

如何なものかと、

思わざるを得ません。

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小里議員は、確か鹿児島の人。

そんなんで、せごどんに、顔向けできるのか、と。

薩摩隼人としての誇りはないのか、と。


まあ、ちょうど今は衆議院選。

審判は、鹿児島3区の人に任せるといたしましょう。




この世はつらいことも多いけれど



昨日は、友人Oと、隣町の農村公園で会い、

その後、語り合いながらの散策。

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この後、天の川ステーションには行かず、

分かれ道を下りました。

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この下り坂も、鉄路のようで面白い。


友人Oにとっては、90代の母親の介護から、

つかの間解放されるのが、土曜日と木曜日。

その貴重な休息の昼間、2時間半ほどを、

共に過ごしたのですが、 

コロナ禍の中、

近場に、非日常を感じられる場所や

気楽に歩ける場所がたくさんあるのは、

実にありがたいこと。


この世はつらいことも多いけれど、

皆、懸命に生きています。



僕も、その一人です。




古代と聖域



昨日は、ちょっとした相談があり、親友のAさん宅へ。

還暦を過ぎても、まだ現役社会人のAさんは、やることが多く、

まだ、自分のことだけに集中する環境にはないようでしたが、

新築の2階3部屋は、その用途に合わせて、

だいぶ空間整理が進んでいました。

その話は、またあとでするとして、

そのさらに前日の金曜日、

古代蓮の里に行ってきました。

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この時期は駐車場料金が発生することもあって、

僕は、さきたま古墳群の駐車場に車を停めて、

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まずは古墳内の道を歩き、

そこを抜けてからは、

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およそ2キロほどの道のりを歩きました。


用水路沿いの誰もいない夏の道は、

歩いていて気持ちいいからでもあります。

ウシガエルだと思いますが、鳴き声が聞こえました。


古代蓮の里を散策。

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咲いている花びらもあれば、

落ちている花びらもあり、

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まるで、人生のよう。

小一時間ほど散策し、また用水路沿いの道を、

さきたま古墳群へと戻って、帰路につきました。


で、先ほどの、話に戻ると、

Aさんの2階の空間は、聖域でした。

一階は、まだ片付けの途中でしたが、

忙しい時間の合間にできる範囲で片付けと整理整頓を、

している様子がわかりました。


仏教では、泥中の蓮のたとえがあります。

蓮は汚れた泥の中で綺麗な花を咲かせます。

「泥中の蓮」の意味は「汚れた環境でも染まらず清く生きること」


僕は、Aさん宅の2階の空間にいるときに、

その泥中の蓮のたとえを、感じたのです。

Aさんの置かれていた環境も、

決して容易いものではなかったはず。

しかしその中で、Aさんは、

見事に蓮の花を咲かせて生きてきました。

それは、見る人が見れば、わかること。


僕も、古代蓮とAさん宅の2階の聖域を見るにつけ、

そのようにありたいものだと、思いました。




 

洗脳の怖さを実感した昨日



一昨日、いつも世話になっている、花火師で投資家のSさんからラインメール。

Sさんが恩のある人の、息子さんがやばい状況だとかで、僕も同行。

その息子さんというのが、僕と学年は同じですが、今年63になる人。

で、その人が、気功師を名乗るいかがわしい男にお金を巻き上げられ、今は廃人同様。

悲劇なのは、今も騙されていることに気づかず、すべて自分が悪いと思い込んでいる点。


属性としては、僕が近いので、お役に立てればと出向いた次第。

僕自身、親のお金も含めると、複数のカルト教団に2000万円以上を巻き上げられた経験があり、天涯孤独なのも共通点。

それであれば、その人も、僕に親近感を抱いて、少しは話を聞く気になるのではないか、とのSさんの配慮。 

しかし、結果としては、洗脳の度合いが強く、被害者でありながら、今も、その先生というのを慕い、悪いのは自分だと言い張る始末。

付ける薬のない状況ではあっても、とにかく、相手の話を聞き、理解しようと努めるも、こちらの言うことは受け入れず、自分は闇の存在であり、このままだと、麻原彰晃として生まれ変わるしかないとか、わけのわからないことを語り続けるありさま。

時間だけが無為に過ぎ、状況としては、Sさんの善意に甘え、自分を悲劇の主人公にして、マイナスのナルシズムに陥っている状況。

埒があかないのは、早々に見えたので、1時間半ほどで引き上げました。

まあ、考えようによっては、一時間半も、よく相手の話を聞いたものだとも言えます。


洗脳の怖さを改めて感じるとともに、Sさんの善意に甘え続けるその人に、憤りを感じた次第。

すでにその人は身寄りは弟しかなく、その弟も、兄を完全に見放している状態。

今は、事実上、Sさんだけが、その人を気にかけて世話をしている状況。

僕も、まったくお役に立つことはできませんでしたが、Sさんにも、あまり深入りはしないほうがいいのでは、との助言だけはしておきました。

世の中には、人の善意に甘える人がいますし、その人自身も、気功師を名乗る詐欺師にみぐるみを剥がされた被害者であり、オセロの中島や、XJapanのトシの例に見るまでもなく、いったい全国には、どれほどの、その気功師のような詐欺師がいるのだろうと思うだけで、めまいがしてきました。

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帰りは、醬遊王国に寄って、Sさんから、おなめのプレゼントをいただきました。

いろいろと、考えることの多かった昨日、でした。





洗脳された人間が気づきを得ることの難しさを実感した日でした。





幣舞橋(ぬさまいばし)で会いましょう


2017年と2018年に北海道に行ったとき、どちらのときも小樽にも行ったのですが、どちらのときだったかは失念しましたが、小樽の飲み屋さんで飲んでいた時に隣り合わせた人と話して、釧路も、良いところですからぜひ来てみてください、と、言われたのですよ。

で、そのときに、では、幣舞橋で会いましょう、と言い合ったのですね。

こんな他愛のないことを言い合えるのも、旅の途上という、非日常空間だからでしょうねえ。

いつ会うということではなく、話の流れの中で、そんなことを言ったのですが、それを思い出して、その橋をググってみました。


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上の写真は、ネットで拾ったものです。

どうやら、これが、幣舞橋らしい。

うーん、なかなかいい雰囲気です。 

釧路に行く機会があったら、その橋で、ばったり会ったりとかね。




まあ、そういうことが起こり得るのが、人生の面白いところ。




悲しみが4つ重なって眠ることができず


昨日は、いろいろなことがありすぎた日でした。

一昨日の夜、介護中の従兄弟から泣きの電話が入り、相談に乗りました。その内容は介護と、自分自身の社会復帰について。

可能なかぎりのアドバイスはしましたが、電話を切ったときには、朝方近くになっていました。

で、その一昨日の昼間は、その親戚の従兄弟の家で介護の手伝いをしていたのですよ。

そのときには泣きを見せずに、夜、一人になって不安になったのでしょうね。

朝、少し寝てトイレに起きた時には天気も良かったので、友人Oにメール。

この友人Oも、もう4年余り90代の母親の介護をしていて、木曜日がその母親がデイサービスに行くので、彼にとっては貴重な自由時間のある日。

以前から、木曜日のいずれかの日に、一緒に飯能へ行こうと言い合っていたのですが、どうせなら天気がいい日がいいと思い、延び延びになっていました。 

飯能の行き先は、双極性障害で障害者年金をもらいながら暮らしているOY氏のアパート。

彼の母親もまた、介護が必要なのですが、彼が障害者であることがこの場合は幸いして、優先的に特養に入れたため、彼自身の介護の負担はゼロ。

ただ、自分自身が双極性障害であるため、その苦しみは本人にしかわからず、じつは、そのOY氏はブログを書いており、更新が9月14日で止まったままになっていることも、気になるところではありました。

で、友人Oにも、そのOY氏のブログを読んでもらったのですが、これは、暗にSOSを出しているのではないか、との彼の推理もあり、昨日、訪ねてみることにしたのです。

OY氏のアパートに着いたのは午前11時過ぎ頃で、普通の生活者ならば、もう起きていてもいい時間。

しかし、アパートの2階の彼の部屋はカーテンが閉ざされ、いない気配。

念のためにと、呼び鈴を押すと、しばらくしてから彼が姿を現しました。

まずは、生存確認ができて安心はしましたが、とても家の中に入れてもらえる状況ではないことが、玄関ドアの隙間から見て取れ、彼も、やっと話ができるような状態だったので、少しだけ立ち話をして引き上げました。

まずは生存確認ができただけでも良しとしようと、友人Oとも言い合い、少し散策。

帰りには、友人Oがまだ行ったことがないというので、どうせ帰り道の途中だからと、ムーミンバレーパークのあるメッツァビレッジへ。

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つかの間の介護の合間の時間にくつろぐ友人Oを顔が映らないように配慮して背後からパチリ。

介護が日常の彼にとっては、つかの間の非日常。

友人Oも、母親がデイサービスから帰ってくる15時までには戻らないといけないので、滞在1時間ほどで帰宅。

友人Oの車は僕の家に停めてあるので、僕の家から、彼自身の車で帰っていきました。

その後、朝から何も食べていなかった僕は、米をといで炊飯器をオン。

ご飯が炊きあがるまで、一杯飲もうと思い、イカの塩辛と冷やっこを肴に焼酎をロックで飲みながら、前夜から朝方まで話し込んだいとこの介護のこと、また、今日訊ねたOY氏の母ももう認知症が進んでOY氏が特養を尋ねても彼が誰だか認識できないこと、そしてまた、友人Oがもう4年にもわたって一人で介護してきたこと(別に暮らす姉は家を訪ねてきても介護は一切手伝わないとのこと)など、僕自身は介護は終わっているとはいえ、そうした他者の介護状況に思いを馳せると、日本全国ではどのくらいの家族が介護にかかわっているのだろうと感傷的にもなりました。

なんだか少し気持ちが重くなり、焼酎のロックの2杯目を飲んでいるときに、タクシードライバーのMさんから電話がありました。

チワワのちなみちゃんが危篤らしく、今家に帰る途中なのだが、酸素ハウスを作るのを手伝ってほしいという内容のようでした。

英語での説明書なので、僕がいると助かるとのことだと理解しましたが、すでにアルコールが入っていて、さらには昨夜からの寝不足もあり、まずは車の運転はできない状態なので、行くとしたら自転車になるが、酔って自転車に乗るのもそれもまた危ないだろうと判断し、申し訳ないが今は行くことができません、と答えました。

実は、一昨日、親戚の家に行ったのも、本来はその日に行く予定ではなかったのですが、タクシードライバーのMさんから、パソコンのことで、わからないことがあるので手伝ってほしいと言われ、急遽、11月2日に、予定を入れたのです。

本来は、その日は、親戚の介護に行く日でしたが、親戚には予定を変更してもらっていたのです。

そうしたことまでは、説明しませんでしたが、僕もフラフラの状態であり、丸一日ご飯も食べていないので、食事をしたらすぐにでも寝ようと思っていたところだったのです。

そうした間の悪さもあって、Mさんの要請にはこたえることができませんでした。

わかりました、と言って電話を切ったタクシードライバーのMさんでしたが、そのおよそ2時間後、ちなみちゃんが亡くなりましたとのメールが。

以前ラッキーが急死した時のタクシードライバーのMさんの落胆ぶりを知っているだけに、その悲しみはいかばかりだろうと推測し、しかし、ラッキーの場合と違い、ちなみちゃんの場合は、高齢で目も見えなくなっており、それなりの覚悟はしていたのではないか、とも思え、ラッキーの時ほどの落ち込みがなければいいのだが、と、心配しつつも、たとえ酒を飲んでいたとしても、歩いてでも僕も駆け付けたほうが良かったのかとも悩みました。

レンタルでは費用がかさむからと、酸素ハウスを購入したのはだいぶ前の話で、当然のことながら組み立ては済んでいると、僕は思いこんでいました。

それに、酸素ハウス購入後に僕に何度も会っているのですから、組み立ての手伝いが必要であればそのときに言ってくれれば解決済みだったはずです。

何度か、タクシードライバーのMさんに酸素ハウスのことを聞いたこともあり、そのときは、今は使っていません、との話でしたが、使ってはいなくても、いつでも使える状態にしてあるのだろう、とは思っていたのです。

ところが、いきなりの電話でこれから組み立てるという話を聞き、意味がよくわからなかった僕は何度か聞き返したのですが、なぜ危篤状態になるまで組み立てていなかったのだろうという疑問は横において、まずは酒を飲むのをやめて、駆け付けるべきだったのかと、反省もしましたが、アルコールの入った心臓のどきどきする状態で歩いて訪ねていったとしても、僕に何ができただろうとも、思いました。

犬も、高齢になるといろいろな病気が顕在化してきて介護が必要になるし、人間と同じなのだなあ、とは、思いました。

一昨日からの従兄弟の泣きの電話も主に介護の話で、共にOY氏を尋ねた友人Oも4年にわたる介護で彼は淡々とはしていますが姉からの協力も得られず大変な思いをしているはずで、そしてOY氏は双極性障害があるために幸か不幸か認知症の母親が優先的に特養に入れて経済的にも労力的にも負担はなく、そしてまた、高齢犬であるちなみちゃんの死。

わずか一日でこれだけのことが重なると、前日からの寝不足もあり、体は疲れているのだとは思いますが、タクシードライバーのMさんの悲しみを思うと、僕も眠ることができず、一睡もしないうちに、結局この時間になってしまいました。

これから少し眠れるかどうか、わかりませんが、とりあえずは横になっておこうと思います。



500万本の彼岸花も無残な姿に


毎年、この時期になると、曼珠沙華祭りというのが、近くで開かれるのですよ。

500万本という数は、おそらく日本一らしく、その中に立つと、非日常空間を感じられて、うっとりできるのですが、今年はそれも、ならず、非日常、というわけにはいきませんでした。

曼珠沙華、つまり、彼岸花のことですが、だいたいは赤色ですが、白いものもあったりしますね。 

で、昨日は、友人Oと、高麗神社の駐車場で待ち合わせをし、その後、巾着田方面へ。


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うーん、自粛の影響で、人手は少なかったですねえ。

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無残に刈り取られた彼岸花たち。

刈り取られても、また花を咲かそうとする姿は、けなげでもあります。


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諸行は無常とは言え、去年の盛況ぶりを思い出すと、切ないものが。

まあ、それでも、人はちらほらとは歩いていたのですが、年寄りが多かったですねえ。

おめえも、そのうちの一人だろ、と言われそうですが、まったくその通りで、若者はどこに行ったのか、と思ったら、ムーミンバレーパークのほうでしょうねえ。

雨も降っていたので、雨をしのぎながら、持参したおにぎりを食べたりなどし、友人Oと、いろいろな話をしました。

雨の日のそぞろ歩きもまた、楽しいものです。



夏の終わりの風を感じながら


昨日は、花火師で投資家のSさんの誘いを受け、隣町へ。

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久しぶりに、自転車に乗りました。

なるべく、車の走っていない道を選んで走りました。


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Sさんの母屋の隣の離れの横の空間。

僕はお酒が弱いので、持参した空冷バッグの中には、水が入っています。

アルコールを飲んだ後、水も適度に補給する算段。


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眺めも良い。

前回は、梅畑の中での飲み会でしたが、ここでやるのは、僕は初めてでした。

Sさんの他には、Sさんの投資の師匠であるTさんも、川越から来てくれました。


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三人で、ゆるゆると飲みながら投資やこれからの世界情勢、などなど、のんびりと会話。

前にある竹林、あるいは、丘の下、などから風を受け、気持ちの良い時間。

僕は、帰りの自転車漕ぎのことも考え、スローペースで、350ミリリットル缶のビールを2本、飲みました。

そして、ときどき水を飲んで希釈。

水分が汗で出ていくのか、トイレに行くこともなく、夕方まで過ごしました。

夕方、Sさんの奥さんも加わって、話すうちに、Sさん宅のニャンコも、やってきました。

はじめは1匹でしたが、そのうち、もう一匹も来て、しばし猫の話題に。


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自由に、のびのびと飼われている猫たちです。
 
やがて日も落ち、夜の風が竹林を揺すり、竹林の間からは月が見えました。


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帰りは、緩やかな坂道を自転車で走り、その後、来たときとは違った道を選んで、帰りました。

田んぼの中の道で、夜のウォーキングをしている人、何人かと、すれ違いました。

夜、涼しくなってから、歩く人がいるのだろうなあ、と、思いました。



川越市立美術館の鑑賞定期券「えみるか」


川越市立美術館には、しばらく行っていません。

僕の家からだと、美術館と名の付くものでいちばん近いのが、川越市立美術館なのですよ。

川越市出身の画家、相原求一朗が好きなので、

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特別展のときに、2回ほど行きました。


 

大正浪漫夢通りを通って相原求一朗に会いに行く

 

菓子屋横丁とスカラ座と相原求一朗回顧展


うーん、

 
 

冬の風景が好きな画家らしく、自身も、冬に生まれ、冬に死んだ人、でした。


で、一年間有効の「えみるか」を買えば、1600円で、常設展と特別展が見放題になるのですよ。

たぶん、えみるか、は、絵見るか、の意味なのではないか、と想像しているのですが、まあ、これは良いシステムですね。

美術館好きは、いま流行のサブスク、ではないですが、見放題はありがたい話。

まあ、コロナの様子も勘案しながら、また川越に行ったときは、考えてみましょう。



 

9000万年前の南極大陸の想像図がカッケー


二つ前の記事で、ネットカフェに住んでいる人たちが追い出されて大変そうだという話をしたのですが、昨日見たニュースで、都によって、ホテルの個室などに移動させられた人のインタビューを見て、ほっとしました。

ネットカフェの狭苦しいところよりも、ホテルの個室のほうが、快適ですからね。

まあ、ネットカフェにいる人全員ではないでしょうが、人それぞれだと思うので、移動できる人は、ホテルに移ったほうが、体も伸ばせて、良いと思います。

さて、今日は、コロナから離れて、非日常空間へ。

ドイツのアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所などの国際研究チームが、公開した内容が興味深いものでした。

以下は、その内容。


南極大陸の沿岸付近は約9000万年前(白亜紀半ば)には温暖で、森林や湿地があったと推定されるとドイツのアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所などの国際研究チームが3日までに英科学誌ネイチャー電子版に発表した。当時は大陸を覆う氷床がなく、大気中の二酸化炭素濃度が現在よりはるかに高かったと考えられるという。

沿岸の海底下を観測船で掘削し、9300万年前から8300万年前の土を採取したところ、温暖な地域に生息する植物の根や花粉などが多く含まれていた。

掘削地点は南米寄りの南緯73度、西経107度。しかし、この地点は約9000万年前は南緯82度に位置し、当時の南極点から約900キロしか離れていなかった。1年のうち、一日中太陽が出ない極夜が4カ月も続いたとみられる。

当時の気候を復元するシミュレーションを行ったところ、年間平均気温は12~13度、年間降水量は1120ミリと推定された。夏には月間平均気温が18.5度、河川や沼の最高水温が20度に達したとみられる。白亜紀は恐竜が繁栄し、温暖な時代だったことが知られるが、従来の推定を上回った。

うーん、 そして、当時の南極の想像図が、以下のもの。

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うーん、温暖で森林や湿地があったようですね。

ちなみにこの時期は、まだ恐竜がいて、人類は誕生していません。僕たちのご先祖様は、恐竜に怯えて、逃げ回っていた時代。

地球そのものが、プレートテクトニクスで、大陸移動していますからね。

一億5000万年前の地球が、以下の図。


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9500万年前の地球が、以下の図。南極の想像図に近い、時代の地図です。

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そして、4000万年ほど前に、オーストラリアと南極が離れて、ほぼ、以下のような現在の形となります。

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うーん、地球も、変化し続けている途上にあるということ、ですね。

時々でも、日々の暮らしから視点をずらして、地球をはじめとしたいろいろなものを俯瞰してみるのも、良い気分転換になるかもしれません。


誕生日の無料入浴とメッツァビレッジ


昨日、13日は、誕生日だったので、有給休暇を取って、ふるさとの湯へ。

免許証などの、誕生日であることを証明できるものがあれば、入浴が無料に。

無料で入るお風呂は、やっぱいいよね、ということで、まずは壺湯の一番風呂に入って青空を眺める。

露天風呂と内風呂を交互に入り、ジャグジーで体をもみほぐしましたよ。

その後、これも無料でゲットしたドリンク券をもって食事処へ。

 
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風呂上がりのビールを飲みながら、外を眺める。

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ドリンク券を使える条件が食事をすること、なので、定食を注文。

まあ、この分は持ち出しとなりましたが、ゆるゆると外を眺める。


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菜の花が、咲き出していますねえ。

食事の後、ビールの酔いも覚まさなけらばならないので、休みどころで、リクライニングソファを倒してしばしの仮眠。

外に出て、その後、図書館に行くも、コロナの影響で月末まで閉館とのこと。

それならばと、メッツァビレッジへ。


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うーん、ムーミンバレーパークは休業中ですが、メッツァビレッジは、やっていましたよ。

ただ、休業中のおかげで、バカ高い入園料を払わずに、園内が散策できるとのこと。

まさに、3月13日が、その無料で園内に入れる最後の日ではないですか。

ということで、園内を散策してきました。

今日は、これから来客があるので、今日はここまで。


ユトリロ展も、中止になっちまった


重い腰を上げて都内まで繰り出そうと思ったのは、日本橋高島屋で、モーリス・ユトリロ展が開催されるからだったけれど、それも、今回のコロナ騒動で中止。

まあ、残念ですが、仕方がない。

ピカソの青の時代、ユトリロの白の時代、などなど、 画家も、変遷していくものです。


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フリーダ・カーロなどは、作品の大半が、自画像。

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ユトリロにしろ、カーロにしろ、環境が人の才能や生き方に及ぼすことによる、人生の色合い、などを、どうしても、考えてしまいます。


この変化し続ける世界で


朝、起きた時に、寝室の窓から電線が見え、その電線に雀が止まっているのを見て、恐竜を連想しました。

恐竜は、1億6000万年ほどの長きにわたって、生態系の頂点にいて繁栄していたとされていますが、白亜紀末期に、今のユカタン半島に、小惑星が衝突し、その後の地球環境の激変によって絶滅したと、されています。

まあ、あらゆる物証や、状況から、正確なことはわからないまでも、だいたいそのようなことなのだとは思いますが、 恐竜に怯えながら何とか生き延びてきた僕たちの祖先は、やがて、ほ乳類全盛の時代を迎え、その中から、紆余曲折を経て、人類種が誕生します。

どこからを人類種とするかは、意見の分かれるところだと思いますが、何とか、人類と呼べるであろう存在の出現が、今から700万年前。

現代人の感覚からすれば、1万年でも長く感じますが、キリストの生誕を2000年前、とすれば、その5倍の長さの範囲に、ピラミッドの建造なども入るとすれば、1万年は長いよね、と、思えます。

その700倍の長さの昔に、ようやく出現した人類、と、1億6000万年もの長きに渡って繁栄した恐竜種から、時間的空想をしてみると、長く生きて100年の、この人生は、あたかも、自分という意識が、泡のようにこの空間に顔を出し、パチンとはじけて消滅するような、感覚です。
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なので、この、人間としての個体に執着すると、苦しくもなり、切なくもなるのですが、無我を説いた釈尊の教説によれば、そもそも実体なる我、は、ないのですから、そこで、苦もまた、消滅していくわけですね。

一見すると、単に死ねば終わりという、唯物論にも誤解されかねない無我の悟りですが、諸法無我は、仏陀釈尊の四法印の一つ。

四法印とは、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切皆苦、のこと。

朝、電線に止まっていた雀から、恐竜を想起し、時の長さを空想し、絶えざる変化を想い、今もまた、その変化の途上にある自分に立ち返り、仏陀釈尊の類い稀な洞察力に、改めて感じ入った次第。

1億年、あるいは、数億年後の未来。

人類とは別の種で、地層を読み解く能力のある存在が、地球の歴史が刻まれた痕跡を見て、恐竜種の繁栄の長さに比して、やけに短い人類種の地層を見て、何を思うのでしょうか。

無駄に知能を発達させたがゆえに、自ら滅んでいった愚かな種、と、彼等は名付けるもしれません。

あるいは、こういう名でも、呼ばれるかもしれません。

小賢しさが災いとなり、利己主義で滅びた種、と。

武蔵の小京都を歩く


昨日は、武蔵の小京都と呼ばれている小川町を、少し歩きました。

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3連休の貴重な三日目であった昨日は、快晴。


まずは、か野やで、カキフライ定食を食す。


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税込み824円、で、800円分のチケットを使って、現金支出は24円。

キャベツと御飯は、お替りしました。

その後、カインズに車を止めて、小川町を散策。

友人Oが、おすすめの図書館にも行きました。


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確かによい図書館で、テラス席もいろいろなところにあり、特にこれからの季節には良いかも。

貧困関係の本を2冊、流し読み。


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テラスの上には、藤棚もあり、暑い季節には、陽射しをやわらげそう。

江戸時代から続く店も散見でき、観光客も、それなりに歩いていましたよ。

うーん、この3連休は、花火師で投資家のSさんの梅林でのバーベキュー飲み会と、武蔵の小京都、小川町のミニ散歩で、非日常空間に首を突っ込むことができました。

で、今日はまた、昼からアルバイトなので、貴重な午前の時間を、堪能しています。


梅林の中で男4人が奇声を上げる


昨日は、ほぼ毎年恒例となっている、花火師で投資家のSさん宅での、バーベキュー飲み会、がありました。

僕は、家を11時半ごろに出て、自転車に乗って走っていたのですが、風が強く、ペダルをこいでもあまり進まず、乗ったり、降りたり。


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徒歩や自転車だと、車の通らない道を選択できます。

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途中、こんなベンチで休んだりしながら、隣町のSさん宅へと向かいました。

参加者は、会場主である花火師で投資家のSさん、Sさんの投資の師匠で、40代でリタイア後は投資一筋で食べているTさん、そして、本田技研を数年前に定年退職した悠々自適生活のSAさん。


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七輪を囲み、乾杯ビールの後は、数種類の日本酒を、ゆるゆると飲みながらも、各自が言いたいことを言い、奇声を上げる場面も。

特に、SAさんは、常時ハイテンションで、喋りの独壇場状態。

僕以外の3人は富裕層ですが、僕は、忌憚なく、付き合っています。

まあ、楽しければ何でもいいので、人生、楽しんでなんぼじゃね、と、思っています。


猫が快適にくつろげる神社


新年になってから、まだ地元の神社に参拝に行っていなかったので、先日、行ってきました。

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うーん、瀬戸大也君には、ぜひとも金メダルを取ってもらいたいですねえ。


さて、この神社は、猫がよくくつろいでいて、この日も、拝殿周りの廊下を我が物顔に歩いていました。

参拝者は、まるで、猫に向ってお辞儀をしているようなもの。

まあ、おおらかな神社です。


猫も、神様とお近づきになれて幸せなご様子。


境内にも、猫がくつろぐ場所は多くあり、僕が近づくと逃げていく猫もいれば、このように、


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写真を撮らせてくれる猫もあり、

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でも、あんまり近づくと、逃げるかもしれないので、

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またぞろ距離を置いて、パチリ。

以前も、猫ちゃんを撮ったことがあり


神社に猫2匹

うーん、猫に好かれている神社なのだなあ、と、改めて、思った次第。

猫のくつろぎ方を、僕も見習おうと、思いましたよ。


誰もいないカフェ


誰もいない海、というのは、聞いたことがありますが、昨日は、誰もいないカフェ、で、長い時間を過ごしましたよ。

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カフェの一角から高窓を見る

カフェと言っても、花和楽の湯の中にあるカフェで、前回も話したように、大半の人は、長い廊下を通ってそこまではいかず、手前のくつろぎ処か、寝転び処などでまったりしているのですが、

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この廊下を通った先に、

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この無料カフェが、あるのですよ。

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この、デトックスドリンクが飲み放題なわけで、それを自分の場所に運び、

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誰もいないカフェで自分の足を写しつつ、無料ドリンクを飲む、と。

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昨日は、ロッキングチェアに腰掛け、オットマンに足を乗せていました。

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数種類の露天風呂に入った後の、午後の静かな時間。

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ピアノもあるし、本も読み放題なのですが、瞑想的にリラックスするほうを選択。

再び、風呂に入り、今回の滞在時間は4時間弱。3時間制限だと思っていましたが、何時間いても良いようで、確かに店としては、長くいてもらって飲食でお金を落としてもらったほうがいいのかも。

でも、僕は、外で食事をすることにして、花和楽の湯を、出ました。

か野やで、遅い昼食。


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車で来ているので、ノンアルコールビールにしました。

その後、帰りがてら、道の駅に。


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和紙の町らしいオブジェです。

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貴重な、有給休暇の一日が暮れていきます。

帰りにベルクによって、500円券を消化し、買い物をして帰宅。

夜は、昼食が遅かったので、道の駅で買った手作り豆腐とベルクで買った甘酒の軽い夕食で済ませました。


花和楽(かわら)の湯で非日常空間を味わう


今日は、今年最初の有休をとって、花和楽の湯に行ってきました。

その前に、タクシードライバーのMさんに、紹介された写真展に行き、地元のアマチュア写真家の作品を鑑賞し、その後、活鮮ですしランチ。

それから、ゆるゆると田舎道を走り、小川町にある花和楽の湯へ。


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花和楽の湯は、僕が普段行っている、ふるさとの湯や蔵の湯などに比べると少々お高いのですが(3時間で、税込み1100円)、行く価値はあります。200円の割引券を使って、900円の支払い。

ph10の露天風呂が秀逸で、湯の質が違います。つるつるしています。

それと、高濃度炭酸泉も、ゆったりと入れて、眺めもいい。

武蔵の小京都と言われている小川町は、和紙の町としても有名で、風情のある建物も残っています。

僕の町からだと、30分ほどで行けるので、ちょいと出かけるにはいい距離です。

風呂上がりに、無料のカフェスペースで、デトックスドリンク(無料)を飲みながら、ゆったりとした音楽が流れる中、年代物のソファに座って、高窓を眺め、外の木が風に揺れるのを眺めていましたよ。

平日のせいか、そのカフェスペースは僕しかおらず、広々とした贅沢な空間を独り占め。

このカフェスペースは、やや奥まったところにあり、大半の人は、その手前の休憩スペースでくつろいだり、寝転び処で、寝ていたりして、廊下の奥までは、来ないのでしょうね。

足湯もありましたが、若いカップルが良い雰囲気でいたので、そこはお邪魔しませんでしたよ。

帰り間際にまた風呂に入り、3時間弱で、花和楽の湯を出たのですが、往復でも1時間ほどの距離なので、有休休暇を取った日のチョイドライブには良いかな、と。

先日行った玉川温泉よりも、ちょっとだけ足をのばす感じ。


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こちらは、最近とみに人気が出ている昭和レトロの玉川温泉。

結構、都内からも、来ています。車のナンバープレートを見ればわかりますものね。

花和楽の湯は、値段的には、ムーミンバレーパーク横の宮沢湖温泉喜楽里別邸、とか、サイボクハムの花鳥風月と並ぶ、値段設定ですが、クオリティは一番高いかな。

たまに、非日常空間を手軽に味わいたいときには、また、行くと、いたしましょう。

やっぱ、埼玉は最高だわ。日帰り温泉が充実しすぎ。

今日取り上げた日帰り温泉以外にも、近場にたくさんあります。


さて、明日は、ちょいと、一泊で横浜に行ってきますよ。

だから、明日は、ブログは書かないよ~ん。


お笑いライブを見に行ってきました


昨日は、お笑いライブを見に行ってきたのですが、正直、あまり気が進まなかったのですよ。

今月は、午前勤務で朝が早く、ライブは、夜、だったから。

でもまあ、行ってきましたよ。

アルバイトから帰宅後、家で昼を食べ、少し昼寝して、家を16時前に出て最寄り駅へ。

川越市で降りて、ぶらぶらと街を散策。

何を食べるかを決めていなかったのですが、串カツ田中にしました。

串カツ田中は、まだ行ったことがなかったし、何より、レモンサワーとか、指定された飲み物が、18時まで限定で、50円だったため。

店員のお姉さんに、二度漬け禁止の説明を受け、そんなこと言われんでもわかっとるわい、とか、思いながらも、わかりましたと、殊勝に答え、まずは、飲み物と、キャベツが運ばれてきましたよ。

キャベツは、お替り自由だとか。

まずは、串カツの5品盛りを頼み、飲み物をもう一杯頼み、串カツを追加で、2つ、ホタテと椎茸、を頼み、お会計してもらいました。1500円で、おつりが来ました。


あまり飲んでしまうと、この後支障が出るので、宵闇降りた川越の街を、ライブ会場であるウェスタ川越まで、歩きました。


途中、公園で休み、スタバのマイタンブラーで、コーヒーを飲んで酔いを覚ます。


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そしてまた、歩きだし、西口にあるウェスタ川越へ。

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UNICUSの隣がウェスタ川越のようです。

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ゆっくり行ったので、自分で席を選べず、案内された3階席へ。

この新春初笑いライブのチケットは、アルバイト先の同僚に、無料でもらいました。

落ちは、明治安田生命主催のため、住所や電話番号を記入する必要があること。

ライブが始まる前、15分ほど、商品の説明などがありました。


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出演メンバーは、このアンケート用紙に出ている5組。

全体的に、ネタが低調でしたが、久しぶりに生で見られたのは、非日常でした、ね。


マイティの散歩デビュー


若い母親が、幼子を、公園に初めて連れて行く時を、公園デビューと言うそうですが、タクシードライバーのMさんの新しい家族、マイティも、まだ散歩デビューしたばかり。

昨日は、そのMさんと、Aさんとで、ジョイフルで昼間の、ミニ忘年会をしました。

お酒なしの、リーズナブルな食事の忘年会も、また楽しいもの。


3時間以上話し込んだかと思いますが、その後、Mさんの家に寄り、マイティに再会。

よちよちと歩くマイティを、外に連れ出したMさん。


なるほど、まだ子犬なので、歩く姿もぎこちなく、散歩デビューの初期はこんな感じなのかと、納得。


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よたよたと歩くマイティ。

草など、いろいろなもののにおいをかいでいましたよ。

僕のにおいもクンクン嗅いでいました。


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ボストンテリアは運動能力が高いので、もう少し成長したら、ドッグランに、連れて行くとMさんが、言っていました。

Mさんは、プロでこそないものの、数多くの有名な写真の賞を取っているカメラマンでもあり、ドッグランで、マイティがジャンプしてフリスビーをとる写真を撮りたいので、その時には手伝ってくださいと言われているので、それも、今から楽しみ。

マイティを外に連れ出した様子をうらやましそうに見る、トイプードルのレオンと、チワワのちーちゃんが、サッシ越しに、こちらを見ていました。

マイティも、もう少しすれば、レオンと一緒の散歩ができると思います。

僕はどの犬種も好きですが、フレンチブルドッグやボストンテリアは、独特のかわいらしさがありますね。


ボストンテリアとチワワとトイプードル


昨日は、午後、タクシードライバーの友人でもあり、年上の先輩でもあるMさんのところに、新しい家族、ボストンテリアのマイティに会いに行ってきました。

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生まれたのは、今年の8月だそうです。

なので、少し値が下がっていたところを、さらに、娘さんの勤めるペットショップでの購入で、社員割引もあり、リーズナブルな価格で手に入れられたそうです。

やっぱ、子犬は元気で動き回っているので、なかなかうまく写真が撮れませんでした。

Mさんは、ほかにも3匹、犬を飼っていますが、そのうちの1匹、チワワのちなみちゃんは入院中。

で、もう1匹のチワワのちーちゃんは、元気でした。


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それと、子犬の時から家族として暮らしているトイプードルのレオンも、相変わらず元気でした。

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白のトイプードルで、Mさんには、トリマーの娘さんが、いるので、安心です。

僕も、Mさんのおかげで、だいぶ犬には、詳しくなりました。


犬たちと遊んでいるときは、僕にとっては、非日常の楽しい時間です。

都会を歩くことが非日常になりつつあるって、どんだけ


かつて新宿に勤めていたときは、池袋は通過駅。

同時に、一番近い都心のターミナル駅と言えば、西武池袋線を利用していた高校時代も、その後引っ越して、東武東上線をメインに利用するようになってからも、池袋。

その池袋で、先週の土曜日、14日に、K原君の、快気祝いをしたのですが、会場が、西武デパート8階のレストラン街にある、ブラッスリー・ル・リオン。

で、そのあと各自解散し、僕は、ジュンク堂書店に行ったのですが、なんか、都会を歩くだけで、最近では、非日常に、感じます。

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それだけ、都内に出ることもなくなった、ということか。




うーん、以前はすいすい歩けた街中も、つっかえつっかえ。

新宿に通勤していた日々が、もうかなり昔のことに思えます。


3つの博物館をめぐって意外に疲れたという話


昨日、11月23日は、飯能市立博物館で、KM氏とOY氏と落ち合い、特別展へ。

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うーん、残念ながら、特別展の撮影は、NGだってよ。

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特別展を見終えて、ベランダから、飯能河原方面を見る。あいにくの曇天。

これから、どうするよ、と話し合い、入間市博物館に行くベエ、ということに。

で、その途中、うどん屋さんに立ち寄り、


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こちらは、春菊の天ぷらをのせた天ぷらうどん、500円、を食べ、博物館へ。

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うーん、今は海なし県の埼玉県も、昔は、海があったのねえ。

入間市と言えば、茶どころなので、お茶関係の展示もありましたよ。


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各国のお茶ルームの比較も、おもしろく、いちばん下のは、イギリスですが、イギリスで暮らしていたことのある僕にとっては、少し懐かしさがよみがえってきましたよ。

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紛らわしいのは、入間市博物館のほうで、狭山茶の歴史を紹介している点ね。

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一緒にまわった、KM氏とOY氏。

この後、さらに、ダメ押しの狭山市立博物館へ。


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狭山市は、新潟県の津南と友好的らしい。

そぼ降る雨の秋の一日、3つの博物館を回って、少々お疲れ。

美術館にしろ、博物館にしろ、あるいは、その他の見どころにしろ、一度に多くの情報を入れると、脳が処理しきれないのか、疲れることがあります。

まあ、僕の、寄る年波の体力と、脳のスペックの問題もありますが、何はともあれ、久し振りに、非日常を味わえた一日でした。


そして、なにも、なくなった・・・

現生人類の歴史という観点で見れば、2万年ほど、そして、もう少し広く解釈した人類種という観点からすれば、700万年ほどが、人、あるいは、人らしき存在としての長さです。

一方、長くこの地球の王者として君臨した恐竜は、2億年には届かないものの、1億数千万年の繁栄を謳歌しました。

もし、隕石の衝突という外部要因がなければ、恐竜の繁栄は、さらに長いモノになっていたでしょう。

この、隕石の衝突がなかったならば、という仮定を元に、知能を持った二足歩行する恐竜の話が尾ひれを付けて、独り歩きしていきます。まあ、レプタリアンとか、レプティリアンなどに代表される、妄想話、ですね。

しかしですね、1億数千万年もの長い時間、進化もせず、同じような暮らしをしていた恐竜種と、わずか2万年で、急速の進化を遂げた人類種を、一緒には論じられないでしょう。

また、進化論を根拠として、神はいない、と結論付ける人に言いたいのは、神という言葉ほど、誤解を生みやすい単語はない、ということ。

確かに、白ひげを生やした仙人のような神がこの世を作ったとは思いませんが、宇宙の意志のような存在、さらに言えば、シルバーバーチの説く大霊なる神が、この世の物理法則にのっとった形で、霊的存在を徐々に進化させた、と、考えることは、大いに理性的でしょう。

さて、今日は、恐竜の話ではなく、無常についての考察。

僕たちの住むこの地球も、やがては最後を迎えます。

まあ、地球の寿命が尽きる前に、人類の愚かな行為が、自ら自滅の道を歩む可能性もあります。

まあ、そうした人類の愚かさは横においても、地球そのものにも惑星としての寿命があり、仮に地球が存続していても、太陽が恒星として年老いて、赤色矮星などになれば、その過程で、もはや地球は、今のような状態では存続しえません。

つまり、人類はおろか、生物種そのものが住めない死の惑星になるでしょう。

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そしてそのハルカのちには、この銀河系そのものが、お隣のアンドロメダ銀河と衝突します。

そのような視点に立って宇宙を眺めれば、仏陀釈尊の説く、諸行無常も、わかりやすいのではないでしょうか。

無常なのは、祇園精舎の鐘の音だけではありません。


もう一つのムーミンバレーパーク

ムーミンバレーパークは駐車場もお高く、入場料も取られますが、隣にあるメッツァビレッジには、自由に行けます。

ただ、メッツァビレッジに行くにしても、車をどこかに停めなければいけません。

正規の駐車場は高いので、近くにあるタイムズに停める人もいるようです。


さて、そうしたムーミンバレーパークとは別に、駐車場も無料なら、入場料も要らないもう一つのムーミンバレーパーク、トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園に、先週、墓参りに行ったついでに立ち寄ってみました。


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こちらは、キノコの家。

幼稚園児などが、自由に出入りしていました。

公園内には、レストランもあります。


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まあ、たまには、こうしたところで食べるのもいいかもしれません。

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池の周りを一周する感じで、公園内を散策。

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青い小屋の中からの風景。

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ベンチもいくつかありましたが、それぞれ、工夫が凝らされています。

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園は、トーベヤンソンの名が冠されているだけあって、無料の割には、充実している感じです。

場所は、飯能市の端っこで、隣接する入間市との境界線あたり。

駿河台大学の隣です。

その駿河台大学の隣の山道を超えて入間市に行くと、僕の家の墓があるのですが、この、山っぽいところが、飯能が日本のフィンランドと言われているゆえんかもしれません。

でも、飯能以上にフィンランドっぽいところなど、日本には、数多くあると思います。



エゴによる、暗黙かつ無意識の合意

ある夫婦がいた。
あなたは、その夫婦の夫に、似ているかもしれない。

「私はあなたが望む私を演じるから、あなたも私が望むあなたを演じてよ」
これは、妻の、あなたへの隠れた声だ。

しかし役割を演じるのは大変だし、無限に演技を続けていくわけにもいかない。

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ある時、妻は荒々しい甲高い声であなたを非難し、ののしり、わめきたてる。

それも、たいていは、ほんの些細なことのためだ。

まったくよそよそしくなることもある。

「どうかした❓」とあなたは訊く。
「別に」と、彼女はこたえる。

だが、彼女の発する敵意に満ちたエネルギーは、「何もかもまずいのよ」と告げている。

眼を覗いても、もうそこには光は見られない。

あなたが知って、愛した存在は、もう、そこにはいない。
見も知らぬ他人が、あなたを見返す。
その目は、憎悪と敵意と苦々しさと怒りを湛えている。

この人を選んだのは恐ろしい間違いだったのではないか、と、あなたは考える。

これは、非日常なのか、日常なのか。

どちらにせよ・・・・・・人生は続いていく。


非日常空間での出費はエンタメということで

9月に入り、今日から午前勤務。

6時過ぎに家を出て帰ってくるのは13時前後。

それから晩い昼食を摂り、少し昼寝するというパターン。

さて、前回の続きの話ですが、飯能にある友人の飲み屋で、調布から出向いてきてくれた友人Kと語り合い、別れたあと、東飯能で、川越行の電車に乗ったのが22時過ぎ。


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4両編成の電車ですが、かつては、八王子と高崎を結んでいたのですよ。

それが今は、八王子と川越間の往復。

勿論、川越まで行って、東武鉄道に乗り換えるということもできますが、わざわざ遠回りをして帰る感じになります。

で、足を投げ出して、思案したのですよ。


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ここは、飲んでいることでもあるし、昼間かなり歩いたし、タクシーで帰るのもありかな、と。

で、高麗川駅に着いたら、運良くというか、そこに、小川町行きの最終電車が止まっていたのですよ。

22時台で最終ですからねえ、僕の聞き間違えでなければ、かなり早い終電です。

で、これなら、タクシーを使わずに済みそうだと思い、小川町行に乗り換えました。


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こんな田舎でも、外人さんはけっこう見かけますねえ、しかもこんな遅い時間に。

で、まあ、一つ先の毛呂駅で降りて、そこから歩いて帰ることにしたのですよ。

高麗川駅から歩くよりも、距離は3分の1で済みますが、まあ、30分くらいは歩きます。

で、歩きながら時計を見ると、22時40分。

この7月に行われた水泳世界選手権の、200と400の個人メドレーの金メダリスト、瀬戸大也が子供の頃に泳いでいたスイミングスクールの前を通り、営業時間の過ぎているライフの前を通り、町役場の前を通り、しているうちに、何だかもう少し、飲みたくなったのですよ。

まあ、そんなにお酒は強いほうではないのですが、町の規模の割には、飲み屋とかスナックなんかは結構あるのですよ。

で、とあるスナックの灯りに、吸い寄せられるように扉を押したことが、散財への入り口。

まあ、新宿のぼったくりバーではありませんから、たかが知れているのですが、そのとき、僕の財布にあったのは、1万2000円ほどだったと思います。

まあ、田舎のスナックでは、クレジットカード払いなどはないと思うので、現金がものをいうわけですが、万札一枚あれば余裕で飲めるのが田舎というモノ。

中に入ると、カウンターに、男性が一人、ボックス席に男性グループが3人、計4人のお客。

時計は見ませんでしたが、23時より少し前に入店したように思います。

で、まずは、いきなりですが、ボトルを入れました。カウンターの向こうで、50前後くらいに見えるママが、3つくらい銘柄を言いましたが、麦焼酎にして、ロックで飲みました。

ボックス席は3人で、仲間同士で話しているので、自然と、僕は隣に座る、隣と言っても、間には空席が一つありましたが、男性、60代くらい、と、少し話を。

そのへんは、ママも商売上手で、上手く話を振ったりしますからねえ、僕もほどよく酔っているので、すぐに饒舌になります。

そのうちに、ボックス席の3人組が、40代くらいに見えましたが、歌いだしました。

まあ、こういうときのエチケットとしては、盛り上げて、手拍子くらいはしますね。

誰の歌? とママに訊くと、バックナンバーという答えが。

恥ずかしながら、そのバックナンバーというのが、何なのかわからず、まあ、ノリの良い曲だったので、いいのですが。

そしたら、僕も歌いたくなってきたのですよ。

で、ママに頼んで、サザンの、涙のキッスを入れてもらいました。

まあ、最初に歌う歌としては、サザンが食いつきがいいのですよ。歌いやすいしね。

軽いジャブのつもりで歌ったら、受けが良く、どんどん歌ってください、などと乗せられて、調子に乗り、けっこう歌ったのですが、カウンターにいた男性や、そのあとに入ってきた男女二人も交じって、それなりの盛り上がりに。

カウンター席にいた男性は常連のようで、ママはその人の持ち歌を知っているようで、勝手にカラオケに入れたりしていましたね。

あとから入ってきた男女二人は、うーん、50代のカップルかなあ、昼間、浅草のサンバカーニバルに、行ってきたとかで、その話をしていました。

で、ボックス席の3人は、バックナンバーばかりを、何曲か歌って帰っていきました。

その後、残るは、カウンター席にいた常連らしい男性と、男女二人と、僕。

ただ、どうも店の運転手兼盛り上げ役なのか、おそらく、ママといい仲なのだろうと思われる男性、50代くらい、が、店を出入りしては時折カウンターに座り、歌い、また出ていく、みたいな動きをしていました。

で、この人が、ボックス席にいた3人をどうも、車で送りに行ったようで、また戻ってきてから歌い、そしてまた、常連客を送っては戻りして、最後は、その店側の男性と、男女二人と、僕だけになり、そこからまた、いろいろ歌って盛り上がったのですが、僕以外は、沢田研二の歌が多かったように記憶しています。

僕は、C超言葉にご用心、などの乗る曲と、悲しい色やね、などのバラードっぽいのを、巧みに按配したつもりなのですが、シャ乱Q、宇多田ヒカル、忌野清志郎、長渕剛、松田聖子、などをうたった記憶はあります。

まあ、10曲は歌ったように思いますが、一度、警備服を着た二人連れが店にきて、ママが外に出ていくという一幕もありました。

なんか、夜遅い時間で、うるさいとかの苦情のようなものかもしれません。

で、店が閉まるまでいたのですが、そのときは、深夜2時過ぎでした。

まあ、3時間以上はいたのかなあ、と、思います。

で、お会計となったのですが、7800円でした。

まあ、ボトルも入れているし、カラオケも歌ったし、妥当な金額ではあるのですが、僕としては、一回のレジャーで支払う金額としては、大きなお金でした。

サラリーマン時代は、マンション購入前は、月に10万円が小遣いでしたから、その当時であれば、日常の出来事ですが、今の僕には、スナックでのひと時は、非日常そのもの。

でも、社会の断片や、ママの気遣いや客あしらい、などを見るのは、人間観察としては、かなりのエンターテインメントで、今回の出費の細目は、エンタメ費、ということにしておきましょう。

ボトルを入れてしまったので、あと一回くらいは行くかもしれませんが、癖にならないようにしないと、ローコスト生活に支障が出ますからね。


過去へと続く道

昨日は、高校時代の友人Kと久しぶりに飯能で会いました。

飯能で、もう40年近く居酒屋をしている友人の店があり、そこで飲もうよという話になったのですが、Kは、もともと入間市に家があったのですが、今は東京の調布に、一戸建てを構えています。

まあ、わざわざ調布から電車を乗り継いできてくれたのは、やっぱせっかくなら同級生がやっている居酒屋で飲もうよということになったからです。

クラスメイトでもあったその友人の居酒屋に行くのは、僕としても去年の12月以来。

残念ならが、僕の家の最寄り駅から飯能に行くには、電車だとかなり遠回りをして、川越経由になります。

なので、高麗川駅までの、約6キロほどの道のりを歩くことにしました。

これはこれで、歩くのは好きなので、よろしいかと。


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歩いていればこそ、ポッポ道などという、車で走っていたら、通れない遊歩道にも遭遇します。

今は廃線になっていて、この道を通れば駅への道も近いようでした。

まあ、このポッポ道に行くまでがかなりの距離があり、たとえば、こんな道をてくてくと歩きます。


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まあ、ほどよい田舎なので、歩くのはすいていて楽なのですが。

ああ、そうそう、ポッポ道の遊歩道とは、こんな感じ。


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かつて線路が通っていただけあって、歩きやすいです。

とまあ、そんな感じで、休みながら90分ほどかけて高麗川駅まで行き、そこから、一駅先の東飯能駅へ。

日曜の午後の電車内は空いていて、楽チン。

で、早目に飯能に着き、少しぶらぶらし、16時半に、西武線のほうの飯能駅の改札で、友人Kに会い、その後、友人の経営する居酒屋へ。

17時に入り、そこを出たのは22時近く。

5時間近くも、飲みながら話し込みました。

友人Kとは、高校時代、夏休みに二人で大島に行き、一週間かけて、歩いて一周し、野宿をした思い出があります。

それ以外にも、チャリンコで、伊豆に行ったことも。

まあ、昔の思い出がよみがえり、気がつくと、あっという間に5時間が過ぎ、調布に帰らねばならない友人Kは、そろそろ時間かな、ということで、お開きに。

まあ、僕は、Kと別れたあと、のんびり東飯能駅まで歩き、電車に乗ったのですが、そのあと、ローコスト生活者にはあるまじき、ある思いが芽生え、ちょっとお金を散財することになりましたが、この続きは、明日、また書いてみます。

夜にリラックスできる曲は好みにもよりますが

コメント欄の質問に答える形の記事になりますが、音を楽しむことが音楽だとすると、その楽しみ方もいろいろあるように思います。

で、リラックスできる音楽について、考えてみました。

仕事から帰ってきた夜に、聴く音楽としては、確かにリラックスしたものが良いのかもしれません。

僕は、ロックも聴いたりしますが、一般的には、ジャズボッサなんか、良いように思います。





あるいは、ブルースっぽい曲で、脱力するのも、ありかな、と。



浅川マキは好みが分かれるともいますが、この雰囲気に浸り込むと、かなりリラックスできます。

あとは、クラシックでは、ドビュッシーとか、サティなんか、良いのではないでしょうか。



月の光は、不滅の名曲ですね。

僕の場合は、非日常的な雰囲気に入り込めるものが、良い気分転換になって、リラックスできる感じですね。


それと、30代、40代の頃は、よく海外にも行っていましたが、ジェットストリームなんかもリラックスできるかも、です。


あとは一人で死ねばいいだけなので天涯孤独者ほど気楽な身分はない

9連休だ、わーい、と思ったのもつかの間、今日はもうその4日目で前半が終わろうとしています。

これを、諸行無常と言います。

昨日は、ずっと家にいました。

前半に、一度くらい都内に繰り出そうと思っていましたが、都内はほぼほぼ行きつくしており、行く前に想像するだけで、まあいいか、暑いし、となってしまい、今日もこのまま行くと、家でおこもり(引きこもりとも言う)になりそうだったので、10時前にとりあえず外出。


デニーズでモーニングを食べ、そのあと、道教寺院に行きました。


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この道教寺院、できた当初はよく行きました。

両親を連れて行ったこともありますが、介護を終え、天涯孤独の独り身となった今、久し振りに行ってみると、何と入場料が必要になっていました。

もう中はわかっているし、ローコスト生活だし、当然中には入らず。


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少し遠くから見ると、こんな感じ。

台湾から宮大工を呼び寄せて作ったとのこと。

それはそうと、デニーズに行ったのは、クオカードが、けっこうあって、それを使おうと思って。

で、グランドメニューにしようと思ったら、10時台だったので、モーニングメニューだとのこと。


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サラダのセットとフレンチトーストの単品。

これで、1500円近いとは、コスパ悪すぎじゃね。

まあ、クオカードなので、現金支出はなしなんだけど。

その後、家電量販店やショッピングモールで涼み、岩殿観音へ。


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この木彫りはなかなかの存在感。

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この鐘撞の前に立って、門前通りを見下ろすと、涼しい風が吹き抜けて気持ち良く。

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門前通りと夏の雲

さらに、岩殿観音と道を挟んだ物見山へ

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夏の空が気持ちよく、遠くに行かなくても、非日常空間を味わえました。

この物見山では、僕一人。

誰にも会わず。

岩殿観音では、独り歩きの中年と年寄りの二人に会っただけ。

しかも、独り歩きの中年は、ややコミュ障っぽく、僕と目をそらして、すぐに立ち去っていきました。

うーん、僕はよく、死について考えるのですが、旅をするのも、こうした近場を一人でうろつくのも、煎じ詰めれば、生と死、について、考えたいから、いや、感じたいから。

言葉で説明するのは難しいのですが、ね。

まあ、親の介護も終え、兄弟も妻も子供もいない、天涯孤独のおひとり様ほど、気楽な身分はないと思っています。

どうしてかって?

それは、あとは、一人で死ねばいいだけですから、斬り―...by おひとり様侍。

新しき村で、少しだけタイムスリップ

昨日は、友人Oと、数か月ぶりに会い、近場を散歩したのですが、彼は90を過ぎる母親の介護を在宅でしているため、母親がデイケアに長めの滞在をする土曜日しか、自分一人で少し長めに外出する時間が取れません。

僕が介護をしていたのは、50代のとき。そのとき、親は80代。

友人Oの場合は、60代の子が90代の親を介護するケースです。

その友人Oが僕の家にやってきたのは、10時20分ごろ、そして僕の家を二人で出て、近場の散歩に行ったのが10時半。

のんびりと歩き、大学が3つほど並ぶ通りを抜け、坂を下り、狭い橋を渡りました。

そのまま歩いて行けば、今話題になっているムーミンバレーパークにも行けますが、友人Oの自由時間も限られており、今回は、橋を渡った向こうの遊歩道を川沿いに歩きました。

いくつかの家族ずれがバーベキューの準備などをしている広場のトイレに寄り、その後川沿いの道から離れて緩やかな坂を上り、新しき村を目指しました。


新しき村というのは、作家の武者小路実篤が、宮崎県木城町に創設した農村共同体、ある種の理想郷です。その後、その場所がダムに水没することが決まり、遠く埼玉県の田舎町に、移り住んで作り直したのが、新しき村、ということになります。

で、その新しき村を目指して勝手に歩いていたのですが、まあ、方向だけを見定めて歩き、空き家がちらほらと目立つ住宅街を抜け、森の中に。

まあ遠くに行かなくても、近場に川や森があるのはありがたく、森の中の道を方向転換などしながら、北側に下っていき、田んぼ道に出ました。

すると遠くで、二人の老人と一匹の犬が、何やら、作業らしきことをしています。

新しき村の住民かもしれないと思いながら、そちらの方向へ。

そして、左手に電車のようなものが見えたので、そちらのほうへ向かいました。

電車といっても、今は走ってはいない電車。


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坂道を上り、裏手に回り込んで、車内へ。

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かつて都電として走っていた電車でした。

幼少期、東京で暮らしていた友人Oには、どこか懐かしい路線図だったようで、二人でしばし、その路線図を眺めていました。


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動かない電車の外は、のどかな田舎の風景。

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電車のフロントは、こんな感じ。

その後、また、僕たちは歩いて行き、新しき村の入口へ。


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何やら、文字が書いてあります。

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今も少数とは言え、そこで暮らしている人もいる新しき村に入るのは、僕自身、数十年ぶりかも。

新しき村生活文化館や新しき村美術館を見学。

生活文化館のほうは無料のギャラリーでしたが、新しき村美術館のほうは、入館料が200円かかりました。

また、ちょうど昼時だったため、美術館の向かいにある公会堂では、何人かの村人が、昼食を摂っていました。その風景は、共同生活の日常の一こまを見た感じでしたね。


新しき村も、他の日本の現状と同じく、高齢化が進んでいる感じでした。

武者小路実篤が理想とした暮らしが、細々とではありますが、続いていることに、感慨を新たにしました。

この同じ時間に、ここからそう遠くない場所にあるムーミンバレーパークは、来場者で溢れているのでしょうが、ここは、静かでした。

友人Oと僕は、そのまま歩き続けて新しき村をでて、野の道を歩き、住宅街に入り、丘を越えて、また歩きなどし、のんびりと、僕の家に帰りました。

3時間弱の、ゆったりとした散歩でしたが、少しだけタイムスリップしたような感じがしましたね。


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