介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

労働関係全般

昇給もボーナスもなく、週末は疲れて動けない


僕は現在、61歳なので、まだ恵まれていた世代、かもしれません。

それでも、僕の先輩たちのように、60歳から、満額の年金がもらえるのではなく、満額もらえるのは、65歳から。

その満額も、10万円に届かないのですが、もうあと何年か早く生まれていれば、少ないとは言え、今はもう年金がもらえていたはずの年齢なのですねえ。

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でも、僕は、今の働き盛りの人のほうが、よっぽど気の毒です。

以下は、キャリコネからの抜粋。

都内で派遣社員をする女性の月収は28万円。会社について「昇給もボーナスも退職金もありません」という。また3か月更新のため「いつ派遣切りされるかわかりません」と厳しい現状を綴る。

勤務状況は8時~19時の週5日、週末は「疲れて動けません」という状態だ。女性は「こんな生活を、いつまで続けられるのか不安です」とこぼしている。

広島県の男性は、危険物製造会社に勤務。平均月収は25万円だ。季節によって仕事量が変動し、人員不足の穴埋めで月に80時間以上の残業がある繁忙期では月収35万円となる。一方、閑散期は20万円以下まで減る。会社について「新人を採用しても試用期間に辞めていきます」と切り出す。

勤続年数を重ねていると、入社時より収入が下がるということは考えにくい。ところが長野県の男性(メーカー系/月収18万円)は「ここ20年以上は横ばい」といい、

「高卒で社会人になった頃と比べると年収は下がっている。入社当社はまだ携帯などもなく、そうした出費を含めると実質的に使える額が減少している」

という。



うーん、一番お金が必要な働き盛りの人たちに満足な給料が渡せないようでは、日本はどうなってしまうのでしょう。

これでは、ますます少子化に拍車がかかってしまいますよ。

子供のいないお前が言うな、と言われそうですが、人口が減っても付加価値を生めるような社会になるといいですね。

そのためには、大きなイノベーションが必要なのですが。


 

転職で良くなる人ダメになる人


僕は、転職したいと思ったら、躊躇なく転職してきた人間なので、その経験から言わせてもらいます。

 転職をプラスに活かせる人は、どういう人なのか。

そういう人は、他人の気持ちがわかるようになり、忍耐力がつき、深みのある人物になっていきます。

一つの職場だけで、深みのある人間になることは難しいように思います。

どうしても、人間というものは、マンネリ化してきますからね。

その点、転職をしてきた人は、様々な環境に身を置くことで、人間通になれる可能性を秘めています。
  
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ただ、残念なことに、転職が、全然プラスにならない人もいます。

転職を失敗としか思わない人は、他人のせいにして猜疑心が強くなり、人相まで悪くなっていきます。

転職、という事実は同じでも、その受け取り方、あるいは、その経験の活かし方で、その人生は、天と地ほどにも、開いてしまうのですね。

とりわけ、人間性は、まずは表情に現れます。

顔は、最大の情報発信源です。

顔の造作ではなくて、表情、です。

幸せな人は、幸せそうな顔をしています。

不幸な人は、不幸そうな顔をしています。

僕は、たくさん転職してきましたが、いずれも良かったと思っています。

この人生で良かった、この勤め先で良かったと、いうことですね。

最後の勤め先は工場のアルバイトでしたが、2年弱しかいなかったのに、辞めるときには花束までいただきました。

まったくもって、ありがたい限りです。



澱んだ水の中で生きるよりも、会社辞めたほうが良くね


かつて、死んだ目をした後輩に会社員として生きることが苦しいと、相談されたことがあります。

彼の愚痴は、以下の二つ。

 仕事がつらい、と。

でも、女房子供を食わせなくちゃならない、と。

社会に出てから悩むようになった彼に、会社を辞めろとは言えませんでした。

独り者だったら、辞めろ、と言ったと思います。

澱んだ水の中で生きるよりも会社辞めたほうが良くね、とね。

でも、妻子がいる人には、言えません。

さりとて、我慢して生きろ、とも、言えませんでした。

彼の愚痴を聴いているうちに、浮かんだ曲がありました。




どうして貴重な時間を差し出さなくちゃいけないんだ、僕が生きていても死んでいても関係ない奴らに。

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この後輩は、僕が転職をしたいくつもの会社のうちの一つで、一緒に働いていたのですが、僕のほうでは、そう親しいとは思っていなかったのですよ。

でも、そんな僕に泣き言を言ってきたのは、僕ならば話を聞いてくれると思ったからなのかもしれません。

あるいは、僕ならば、会社にチクらない、つまり、会社人間ではないと、思ったからなのかもしれません。

まあ、いつ辞めてもいいみたいな態度で働いていたからかもしれません。

そんなところを嗅ぎつけて、この人になら、少し相談してもいいかも、と、思ったのかもしれません。

まあ、結果から言うと、大した相談相手にはなれなかったのですが。


退職の口実にも気を遣う日本社会


僕が11年間勤めていたビジネスホテルでの退職理由が、親の介護。

これは事実であり、さらに言えば、非常に説得力のある理由。

いいタイミングで、もう仕事を辞めてえ、と、思っていた僕に訪れた介護。

介護は、それなりに大変ではありましたが、おそらく、僕は、そんなに介護の大変さは感じませんでした。

それは、父が、人間ができた人だったから、だと思います。

本当に不平不満を言わず、黙々と現状を受け入れる人でしたから、僕も、介護しやすかったのです。

最後は、自宅で看取りましたから、父にとってもそれは幸せなことだと思います。

何と言っても、自宅で死ぬのが一番ですからね。


で、今日は介護の話ではなくて、仕事を辞めるときの口実について。

介護離職という申し分のない退職理由の後、介護をし、父を自宅で見送り、その2年後に、母を見送った僕ですが、その後すぐにアルバイトについたのですよ。

そして、2年ほど働いて、辞めたのですが、正社員ではないたかがアルバイトの退職においてすら、日本ではなかなか本音が言えないのです。

それはどういうことかというと、僕の本音は、もうこんな仕事をやっている場合ではなくて、

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内省的な生活を送りたい、これが第一の理由。

第二の理由は、冷房もない過酷な環境で、夏の暑さを乗り切る自信がない、というもの。

第三の理由が、親戚の介護の手伝い。

で、この第三の理由を、メインの理由に格上げして、上司に相談し、退職となったのですよ。

アルバイトですら、辞めるときには、それなりに説得力のある退職理由を考えざるを得ない雰囲気でしたからねえ。 

自分を見つめたいから、内省的な生活に入りたいから、では、何それ、と聞かれて、めんどくさいことこの上ない。

僕は、うっとうしいのが何より苦手ですから、三番目の理由で押し通して退職、となったわけですね。

まあ、そういうことなら仕方がない、と、30代の上司は認めてくれたのですが、厄介だったのは60代の同僚。

なんで親戚の介護までしなくちゃなんねえんだとか、何とか、絡んできましたけど、そこは適当にけむに巻いておきましたよ。

実は、都幾川町の川に行った11日は、親戚の介護をする予定でした。

それが急遽、お盆の時期は、嫁いだ娘が遊びに来るから娘に頼む、と言い出して、日にちを変えてくれと言われ、お盆後の、来週半ばごろに改めて、親戚の介護に出向くことになりました。

まあ、月に2回くらいのペースで、介護に出向いています。


叔父も、もう年ですからね。



誰にでも、人生の黄昏時、は、来るものですから。



日々の労働でいっぱいだと貧困スパイラルに落ち込んでいく


何をするにしても、余裕というものがないと、危険です。

それは、車のハンドルを見れば、わかりますよね。

ハンドルの遊びがあるから、安全な運転ができるのですよ。

人生も、それと同じだと、僕は思っています。

資金繰りにアップアップしている経営者などを何人か見てきましたが、彼らはいずれも、余裕がありませんでした。

で、余裕がないと人間はどうなるか。

理性的な判断が、出来なくなります。

これは、カルト宗教なども、好んで使う手口なのですが、信者に恐怖を植え付けて危機感を持たせ、その後で、救いと称する搾取を施す、と。

で、洗脳された信者は、見事、その誘導にはまり込んでいきます。

かつての僕が、そうした信者の一人でしたから、ね。

だからこそ、言えるのですよ。

まあ、今日の話はカルト宗教ではないので、この辺にしますが、そうそう、余裕の話です。

で、社畜化した会社員というのも、半ば社会の常識、あるいは、会社の決まりごとの、洗脳というと言葉はきついですが、縛りで、身動きが取れなくなっていたりします。

それでもまだ、潤沢な給料を貰えている上級会社員は、まだましなのですが、ブラック企業で働かされている人は、本当に、貧困スパイラルにはまり込んでしまいます。

蟻地獄ですね。

抜け出す方法は、少ない給料でもその現状を認識して、固定費を見直して、支出を減らし、自由への脱出のための資金を少しでも貯えること。 

それと、一ミリでもいいから、今日の自分よりも賢くなること。

カイジの人生逆転ゲームのようなわけにはいきません。

一発でひっくり返そうとして、たとえば、FXなんかに手を出したら、それこそ、地獄への片道切符です。

確かに、FXで勝つ人間もいますが、その背後には、敗残者の山があることを忘れないことです。

資本主義の残酷さを肝に銘じて、自分を見失わずに、自分の器量を見極めること、です。

そして、堅実に確実に生きて、少しでも楽な状況のほうへと逃げていくしかありません。

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ほとんどの人は、カイジにはなれないし、アカギにもなれないんです。

まあ、なる必要も、ありませんからね。



千里の道も一歩より、ですからね。

今日の平凡な一歩こそが、尊いと思っています。


有休買取分のほうが多かった最後の給料


アルバイトを辞めたのは、5月21日なのですが、締め日が15日である関係で、4日ほどの勤務分が、6月の給料のほうにずれ込みました。

その4日分に、残っている有休買取分を合わせた給料が、6月に振り込まれました。

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つまり、有休買取分のほうが多い計算です。

アルバイトなのに、有休があってラッキーでした。

この後の現金収入は、失業給付金なので、それらを貰いつつ、自分の預貯金を大切に使いながら、何とか、再来年から始まる年金支給まで持たせたいとの思惑。

まあ、あまり細かい計算まではしていないのですが、ローコスト生活であれば、何とかなりそうです。

そして、このローコスト生活の継続は、そのまま、年金生活に移行した時にこそ、威力を発揮します。

同級生の半分ほどの年金額ですが、それよりも少ない金額で暮らせることになれば、その必然として余った分のお金が今度は預貯金として貯まっていくからです。

まあしかし、人生は、そんな計算通りに行かないこともまた、知っているので、経済的にも、複眼を持つようには努めているところです。 


人生の短さと時間の浪費とアルバイトを辞めた理由


僕がアルバイトを辞めた理由の一つが、暑すぎる日本の夏の労働から逃げるため、だということは、前記事で触れたのですが、それはいくつかある理由の一つ。

では、他の理由は、と言うと、自分の人生の残り時間を考えた場合、こんなことしていていいのか、と、切実に思ったこと。

僕のアルバイトは、メインは、メール便の集配送で、副次的に廃棄物の仕分けや洗車や除草作業がありました。

で、廃棄物の仕分けというのは、風の吹かない倉庫内で行うのですが、これが、40度にもなる暑さの中での作業。

幸い、昨年は、夏になるのが遅く、何とか乗り越えましたが、一昨年の夏は、死ぬかと思いましたよ。

ただ、2年前のそのときは、仕事を始めたばかりでもあり、意地でもやめてなるものかと、頑張りましたが、ね。

で、2回の夏を経験し、今年の夏を予想したら、例年並みかそれ以上の暑さと来たもんだ。

これは、やばくね、と、思ったのですよ。

保証人もいない、天涯孤独の男が、誰もいない倉庫で倒れていて後で発見されて病院に担ぎ込まれても、身の回りのものを用意してくれる人もいない、わけですからね。

それと、そんなに体力を消耗させて、残りかすのような体力で、内省と言っても、すぐに眠くなり、自分自身を見つめるという大切なことを出来ぬまま、日が過ぎていってしまうわけです。

そうした体力の低下を痛切に感じる中で、いろいろと、お金の計算をして、辞めることを決意しました。

で、そのお金の計算については、次回に譲るとして、辞めて正解だったと思える、このところの暑さ。

やっぱ、辞めてよかった、と、改めて思っていますよ。

そして辞めた後の毎日は、掃除と、内省と、読書と、散策と、思索の日々。

うーん、これこそが、望んでいた生活。

人生の短さについて考えた時に、誰だって、自分の寿命なんて、わからないのですよ。

で、暑い夏、アルバイトを継続していて、誰もいない倉庫で、40度の空気の底で、倒れている60男が、 僕だとしても、不思議はないのですよ。

そして、薄れゆく意識の中で、俺は、こんなことをするために生まれて来たわけじゃないだろ、とか、思いながら、あきらめも良いほうなので、まあ、それも仕方ないか、とか、思いながら、目を閉じる、みたいな、ことも、あり得るのですよ。


でも、アルバイトを辞めた今は、自分のペースで休むことができ、作務という名の労働も心地よい。

自分が、主体となって動く労働は、気持ちが良いのですよ。

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というわけで、一人修道院生活は、今日も、快適そのものです。






離職票はもらったけれど自己都合退職だから


昨日、洗濯した作業着と地元の銘菓をもって、アルバイト先に挨拶に行き、作業着を返して離職票を貰ってきました。

で、6月になったら、早々にハローワークに行こうと思うのですが、僕の場合は自己都合退職なので、待期期間が3か月はあります。

なので、失業給付金はもらえたとしても9月ごろになるでしょうね。

まあ、3か月はもらえるので、今年いっぱいは、その収入が、計算できる実入りということになるかと思います。

住宅ローンもあり、頼みの年金は、報酬比例部分でさえ、まだ2年ほど、先なので、まあ、綱渡りのような生き方になるかと思いますが、お金を使わない生活なので、何とかやっていけるでしょう。

月の、住宅ローンを除く生活費は、今のところ6万円ですが、これは、5万円、場合によっては、4万円まで下げられることは実証済み。

ただ、4万円だと、僕の場合、生存はできるが余裕は全くなくなるので、5万円くらいの暮らしを考えています。

すると、年間60万円、それに、税金等を考慮せねばならず、この計算は、また後日にでも、考えたものを、記事にしたいと思います。

こんなことができるのも一人の生活だからで、しかも、健康であることが絶対条件。

だから、睡眠と食事と運動は、必須。

今朝も、自彊術体操をしっかりやり、清掃も済ませました。

では、これから、ゆっくりと日光浴のためにも、外に出て、散策するといたしましょう。

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太陽にあたることで、ビタミンDが作られるそうで、骨のためにも、日光浴は大事だそうです。





 

退職願を提出しました


今日、アルバイト先に、退職願を、提出しました。

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無事、受理され、5月21日までで、アルバイトは、終了する予定です。

僕が独り者であるように、いとこも独り者が多く、そんな親戚の介護の手伝いも、あり、そしてそれ以上に、かねてから表明しているように、内省への思いがやみがたく、退職することにしました。

今日は、ひどく疲れており、まあ、今月から、午前勤務で朝早く起きたこともありますが、やはり、退職願を出すことで、多少は緊張していたのでしょうか、4時ごろ、目が覚めてしまったのですね。

まあ、正社員でもないアルバイトなので、そんなに気にすることでもないのですが、けじめはけじめ。

やはり、立つ鳥跡を濁さず、と、いきたいですからね。

話のわかる30代の上司で、良かったです。

この上司、なかなか人間ができており、三十代後半にして4人の子持ちで、長男は、高校3年で、来年大学だとか。

今時、4人の子供を育てているのですから、立派なものです。

それに引き換え、僕は、体たらくではありますが、これからは隠遁しながらの内省生活。

まさに、自分の望む生活、です。




 

職場において自分を見失った出来事


コロナの影響で、アルバイト先でも、少し、仕事のやり方が変わってきています。

それは、僕のようなアルバイトにも及び、僕の主な業務は、メール便の集配送と廃棄物の仕分け作業なのですが、まあ、それ以外にも、こまごまとした雑用はありますが、メインはその二つ。

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で、メール便を集めるときに、これまでは、各フロアを回っていたのですが、受け取りも戻しも、一階の二つの場所だけで済ませることになりました。

そのため、少し昨日は、自動車の停車位置を変えてみたのです。

自動車を、いつもとは違う位置に停車し、その間に、メールを置きに行ったのですが、戻ってみると、大型のトラックが、僕が移動するのを待っていました。

その時に、僕の中で、待たせてはいけないという思いが強く働き、移動する際に、バックモニターを殆ど見ずに、バックし、別の場所に車を移動させたのですが、その後すぐに、この行為は危険であると、反省しました。

待たせてはいけないと思うあまり、車がいないことを前提に、モニターを確認せずにバックさせたことは、その時点で、自分を見失っています。

工場内の広い構内のこと、そこに車が止まっている確率は極めて低いにせよ、トラックのほかにも移動する車もあり、しっかりと確認してから、慎重に行動するべきであったと、反省し、自分に言い聞かせました。


これと似たことですが、一般道でも右折する際にウィンカーを出していると、時折、右折していいよとパッシングしてくる対向車線のドライバーがいたりしますね。

だいたい、トラックドライバーなどの、プロのドライバーが多いのですが、それは、僕1台の右折車のために、後続の車が前に進めない不経済さを解消することでもあるのですが、だいたいこういう場合で多いのは、僕の後ろに、トラックがいる場合です。

トラックドライバー同士、右折車を行かせることで、後続のトラックを先に進ませようという、暗黙の了解。

で、このように譲られたときが、実は、危ないケースが多いのですよ。

特に、譲ってくれたのだからと恩に感じ、焦って右折したりすると、横断歩道を歩行者が歩いていたりしますからね。

まずは、慎重に横断歩道を確認してから、素早く右折する、ようにしています。 


人に迷惑をかけたくない、という思いが強すぎると、それが逆にアダとなって、自分を見失うこともあるということで、なんにせよ、自分を見失うことほど、人生を棄損することはないと思っている僕なので、大いに反省した次第。

風が強かった一日


今日は、アルバイト先で、ごみの仕分けをしているときに、強い風にあおられて、ビニールごみが散乱。

風をよけるようにして、作業していても、倉庫の中にまで入り込んでくる風が、細かなごみを吹き流していきました。

まあ、この3月という季節は、風の季節。

今月は午前勤務で朝が早いのですが、朝食は、食べません。

帰ってきてから昼食を摂るのですが、時折、食べ過ぎます。


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そうすると、その後眠くなって、ウトウト、時には、しっかり寝てしまいます。

ひどい時には、すっかり暗くなってから起きて、夜の寝つきが悪くなったりします。

さて、この、風の強い季節になると、なぜか、思いだすのは、フィンガー5のこの曲。




うーん、 「砂ぼこり立つ風の中に、きめるタッチダウン」って歌っていますものね。

強い風の中の試合、みたいな。

もう、春分の日も超えて、これから、日一日と、陽が長くなっていきますね。

僕の頭の中も、だいたいこの季節は、春の陽射しのようにぼんやりしています。


楽あれば苦あり、寒風の中の作業で体が冷える


今日の仕事はつらかった、とうたう、岡林信康の山谷ブルースではありませんが、昨日は、この冬一番の寒さで、北風に吹かれながらの外作業で体が冷えました。

冷え切ったら、やばいので、ヒートテックの2枚重ねや、防寒着、エリマキ、などで、武装していましたが、それでも寒いものは寒い。

前日の有休休暇の天国から、一気に地獄とまでは言いませんが、厳しい世界に突入した感じ。

うーん、だからこそ、有休休暇を取ったときは、思いっきりリラックスして、天国にいたいのですよ。

さて、人生は、楽あれば苦あり、苦あれば楽あり、ですよね。

一昨日の花和楽の湯での時間が天国だっただけに、昨日の寒風に吹かれる中での作業は、厳しさを痛感したという話。 

でも、こういう緩急があるからこそ、喜びも際立つのかもしれませんよ。

毎日が日曜日になって、それが当たり前になってしまうと、幸福の水準が上がってしまい、よっぽどのことがない限り、幸せを感じなくなってしまうかもしれません。

人間は、慣れてしまう動物。

してみると、程よい加減の苦と楽があい交互してせめぎ合っていたほうが、人生の彩としては、いいのかもしれません。

でも、僕は、やっぱり、常楽、を求めますが、ね。

まあ、その究極が、仏陀釈尊がたどり着いた涅槃寂静の境地なのかもしれませんが、

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日々の暮らしの中で、ほんの短い時間でも、そんな悟りの境地に近い心境になれたらと思う、凡夫の僕なのでした。

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