介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

50男の考え方

ろくでもない兄弟姉妹なら、いないほうが良くね

昨日は、おひとり様のアドバンテージを含め、つらつらと書いてみましたが、僕にも弟がいましたが、彼は生まれてすぐに他界したので、実質上一人っ子として、育ちました。

一人っ子の良い点悪い点を、書き出すと長くなるので省略し、ただ、今はおひとり様である事実だけを受け止め、その条件の中で、最大限楽しく生きることを志向しているのですね。

で、思うのですが、ろくでもない兄弟や姉妹ならば、いないほうがいいのではないか、と思うのですよ。

兄弟だから仲良くしなければいけないとか、姉妹だから理解し合わねばならないとか、そんな道徳に縛られていたら、息苦しくなると思いますね。

だって、実際上、ろくでもない兄弟や、ろくなもんじゃない姉妹、というのはいると思うからです。

で、こっちが、アイツろくでもないと思っていれば、たいがい向こうも、こちらに対し、ろくでもないと思っているわけで、まあどっちにしろ、修行なわけです。

これは親子の関係にも言えて、酷いのは毒親ですが、そこまで行かなくても、父と息子、母と娘、というのは、たいがいいがみ合うものと相場は決まっております。

更にはこじれて、母と息子、父と娘、義父と嫁、義母と婿、などなど上げていけばきりがないのですが、そこに兄弟同士の葛藤や、離婚再婚による、さらなるもつれ、などなど、シンプルではないのですよ。

そこへ行くと、天涯孤独のおひとり様はいたってシンプル。

シンプル イズ ベスト。

僕は頭の構造が単純なので、複雑なのは苦手です。

シンプルであれば風通しが良く、澱むこともない。

精神は、いつもサラサラとしている。


血液と一緒で、精神もサラサラしていないと詰まってくるのですよ。

何に詰まるって、人生にですよ。

世の中には、人生に煮詰まった人が起こす犯罪や、迷惑行為が後を絶ちませんが、それは、自分の面倒を自分で見切れない輩がやらかすことなんです。

血液も精神も、サラサラといきまっしょい。

生活保護について、もう少し言わせてください

前回は、薬痴寺先輩にも登場していただいて、言及した生活保護ですが、確かに一般的なレベルの生活よりは少ない収入で暮らすことになります。

そのため、多くの人からは、あの程度のお金で暮らしてくのは大変だろうとの認識はされているでしょう。

しかし僕は、多くの現実と、また、生の肉声が吐露されている数多くのブログを徘徊して思うに、生活保護の生活扶助費よりも少ない、お金でやりくりしながら、そこから税金も払い、医療費も負担している事実を知っています。

僕自身も、今月は、住宅ローンを支払った残りの、生活費、6万円の中から、歯科治療費も捻出しています。

そういう意味では、僕も、生活保護以下の生活費で暮らしている一人かもしれません。

自分のことを棚に上げて物を言うつもりはありませんので、ここで、あえて自分のことにも触れました。


生活保護をもらっている人も、十把一絡げではないことも、容易に想像できます。

中には、本当に申し訳ない、と思いながら、肩身の狭い思いで受給している人もいるでしょう。そういう人に対しては、僕は何も言うつもりはありません。

そうではなく、前回の記事で言及したY氏のような人です。

若い頃の不摂生や無計画な支出、自身の放埓な生活が招いた末の生活保護で、さらにそれを感謝もせず、当たり前のように受け取って、その上不平不満までたれる輩のことを、薬痴寺先輩の言葉を借りて、評したのですね。


これは本当に、だんだん役者のようになっていくのですよ。

これは、役割演技というモノで、だんだんその役柄を演じるようになっていくのですね。

つまり、生活保護を受けているのだから、それらしく不景気な顔をして、同情を引かねばならない、というふうにです。

これは、本人にとっても幸せなことではないのですが、ぬるま湯につかっているような楽な部分はあるのですよ。そう言っておけば、何とかなる、からです。

一方、生活保護費よりも少ないお金で暮らしている人たちは、泣き言を言っても一歩も改善しないことを知っていますから、自助努力で生活を切り詰めたりして、国民の義務を果たしているのです。

このあたりのことを、つたない文章ではありますが、言いたかっただけなのです。


さらに、前回は言及できなかったことも、付け加えます。

それは、生活保護をめぐる周囲が、ビジネス化していることです。いわゆる、貧困ビジネスですね。

生活保護者を囲い込んで上前を撥ねるやり方ですが、これだと、生活保護者も自由がなく、囲い込まれた家畜状態です。

金の臭いのするところには敏感な闇社会の人たちが、手を出しやすい環境がそこにあることもまた、問題ではないでしょうか。

世の多くの人たちは、場合によっては、生保をもらっている人よりもきつい体調を引きずりながら、今日も仕事をしています。

僕自身も、先週は腰を痛めていましたが、アルバイトとは言え、仕事の分担責任がある以上休むということは考えませんでした。

通常の業務に加え、年末は廃棄物の量が増えます。それらの仕分けに忙殺される中、営業車の洗車も仕事に加わったため、水仕事が増え、両手の指先の幾つかはあかぎれ状態です。さらには歯科治療中の入れ歯の金具が当たって痛く、まあ、腰痛がメインでしたが、3つの痛みを抱えながらの作業でした。

僕などは、まだ半日仕事で大したことはありませんが(体力的に一日仕事は回避しています)、世の大半の人たちは、大変なストレスの中、仕事をし、生活をし、税金を払っています。

そうした生活者こそが、報われる社会であってほしいと、思っています。

生活保護のY氏に薬痴寺(やくちじ)先輩からも一言が

いやあ、生活がきつくてね、と、Y氏は言う。若い頃から仕事が長続きせず、厚生年金もどのくらい納めていたのか会社任せで記憶にない。どうやら、受給権利がないくらい少ない年数らしい。

金があるときは、競馬に競艇、パチンコパチスロ、あとは風俗。不摂生がたたり、病気がちになり、働けなくなって、生活保護に。

今度テレビを買い替えたいが、お金がなくてね(まあそのくらいの金はあるがそう言っておかないと世間がうるさいからな)。

大っぴらではないがたまには気晴らしにパチンコにも行き、タバコも吸う(パチンコしてるとこ見られたく無しい、タバコくらい吸わせてよ、医療費タダなんだし、いいじゃん)。

Y氏の仕事は、強いて言えば、不景気そうな顔をして、同情を誘うこと。つらい、苦しい、が口癖。

Y氏は、自炊は苦手。時間は有り余るほどあるが、自炊などめんどくさい。スーパーマーケットの寿司の弁当や、出来合いの総菜と発泡酒で、夕食を食べることが多い。食費がかさむが、自炊する気はなし。(それでもやっていけるんだからいいじゃん)

Y氏の昼はガストでランチ(たまにはステーキガストに行かせてよ)。

Y氏の支持政党は共産党。自民党は嫌い。

Y氏の政治家への希望。「弱者にやさしい世の中にしてほしい。生活保護費をこれ以上削らないでほしい」

Y氏の嫌いな言葉。「自己責任」「自助努力」


Y氏(65歳一人暮らし)の生活保護費の内訳。

住宅扶助 53700円。

生活扶助 79530円。

合計の生活費 133230円。


なお、今回、上記Y氏に対し、薬痴寺(やくちじ)先輩からも、コメントをいただいております。


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一方、身を粉にして働いて、きちんと40年間、国民年金を納めてきたUさん。

月額66008円の年金でつつましく暮らす。この低年金でも、医療費はタダではないため、タバコも吸わず、パチンコにも行かない。

食事はもちろん自炊。

外食は何年もしたことがない。

ボロやだが、持ち家であることが救い。

ただ、今後の修繕費が不安で、まだどこか節約できるところはないか思案中。

飼い猫が病気のため、自分の食費を削って獣医費用を捻出(来年度のペット保険を検討中)。


つぎは、零細企業を3社ほど渡り歩いてきたCさん。給料は少なかったが厚生年金の空白期間はほとんどない。ずいぶん払ってきたつもりだったが、年金の月の手取りは12万ほど。

老後、おひとり様は賃貸が借りづらいと聞いて、50歳のときに中古マンションをローンで購入。幸いローンの支払いは終えているが、年々上がる管理費と修繕積立金が、今や合計で月3万円に。

さらに追い打ちをかけるように、マンションの機械駐車場が耐用年数を迎え、入れ替えることに。老後生活の節約で車を手放したCさんも負担金を免れることはできず、大きなお金が出て行った。これには、老後の備えで毎月積み立てていた投資信託を解約して対応した。元本割れだが仕方がない。

Cさんの家計内訳

マンションの管理費と修繕積立金 30000円
65歳を過ぎてからかさむようになった医療費 20000円
マンションの固定資産税を含む税金関係の月割り10000円

残りの6万円が事実上の生活費だが、食費は自炊を基本にして20000円以下に抑えている。

現在の心配事は、持病を持っているがゆえにどうしても必要な月20000円の医療費が、今後増え続けるのではないかということ。


上記3例は、僕が今急遽こしらえた絵空事ですが、生活保護費の内訳は東京都独身高齢者の支給実態に基づいています

日本が弱者?にやさしく、真面目な生活者に厳しい国であることを、言いたかっただけなのですね。

ただ、誤解なきように言っておきますが、困っている人は堂々と生活保護費を受け取ってください。

特に子供のいる母子家庭なら余計、堂々ともらってください。子供は国の宝であり、子供を育てているだけで立派ですからね。

ただ、少数だとは思いますが、Y氏のような人もいると思います。若いころ遊び惚けて、将来の備えもせず、それで生活保護に逃げ込んで、真面目に年金を納めてきた人よりも有利な立場で暮らしている人ですね。

その矛盾について、ちょっと言いたかっただけなのです。


おい、くりすますいぶにするはなしじゃねえべ。

年金受給だけを目標にしていたKがついに力尽きる、節約疲れか

会社員生活が嫌で早期退職したK氏が、40代の若さで力尽きました。周囲からは、節約疲れではないか、との噂が。

K氏がリタイア生活中に唯一楽しみにしていたのは年金受給。

それまでの長い年月は、ひたすら預貯金の目減りを抑えた節約生活。

K氏によれば、働くことの苦しさに比べれば、節約など大したことはない、とのこと。

しかしそのK氏、年金受給前に力尽きました。

政府は、財政上の理由から、年金受給を70歳からとしていましたが、それを75歳に延長。

平均寿命も延びているため、90歳まで生きると仮定して、15年ほどならば、年金も支給できるとの判断によるものです。

K氏、残念だったのは、K氏の数か月前に生まれた人は、70歳からの支給だったことです。その数か月が、K氏の年金支給を5年先延ばしにしたのみならず、これまで我慢に我慢を重ねてきた節約暮らしの疲れが一気に噴き出し、K氏を床につけてしまったのです。



このK氏、僕の過去記事にも登場しますが、隣の市に住んでいる世捨て人です。

世捨て人に会いに行く

早期リタイア貧乏古家暮らしの課題は寒さ対策


Kの名誉のために言っておきますが、もちろん彼はまだ倒れてはいませんし、今後も倒れる予定はないでしょう。

ただ、相変わらずの貧乏暮らしは、文学青年崩れにありがちなものとはいえ、大変なようです。彼はアルバイトをしているようなので、のたれじぬことはないでしょう。


多くの人にとって、年金受給までは長い道のりになりました。

一方、生活保護者は、恵まれていますね。

それに関しては、次の記事で書いてみます。


人生は苦しみの連続だからこそ小さな楽しみを大切にしたい

人類の理性と知性の最高峰のひとりが仏陀釈尊であることに、異議を唱える人は少ないでしょう。

その最高の知性が、人生は苦なり、と喝破したのは2500年の昔。

2500年前のインドは衛生状態も悪く、今よりも過酷な環境だったので、それだけでも楽ではないことは想像しやすいのですが、今の生活が文明の恩恵で快適さを増していることを割り引いても、人生が苦であることは現代も変わりません。

生老病死の四苦が有名ですが、それ以外にも4つあり、併せて四苦八苦。

そのうちの一つ、愛別離苦を、僕も今年母を亡くして、痛感しました。

サラリーマンであれば、怨憎会苦は、ほぼ毎日でしょう。パワハラ上司、傲慢な顧客、言うことを聞かない部下。

で、家に帰れば安らぎがあるかと言えばそうでもなく、気持ちが通い合わない妻、反抗期の子供がいて、その妻子を養うために、会いたくもない会社での人間の顔を脳裏に浮かべ、それでも満員電車に揺られながら、痴漢冤罪の恐怖にも怯えながら通勤する毎日。


それ以外にも、求不得苦がありますね。こんなボロアパートにいたくない、壁も薄いし、夜も眠れない、その上寒さで暖房費もかさむ、でも、金がないから引っ越しもできない、マイホームなどは夢のまた夢、欲しいものが手に入らない苦しみ。

漫画家になりたいのになれない、あいつは一発でオーディションに受かっていい役をもらえたのに、俺はもう20回も落ち続けている俺のほうが才能があるのに、あんなにサービスしたのにちっとも店にきてくれない、やり逃げは許さないわよ、などなど、世の中の事象も他人様も、自分の思うようには動いてくれません。


今つらつらと挙げた事柄は苦しみのほんの一部で、僕であれば、今は腰痛で苦しんでいる最中です。

これは、生老病死の、病の苦しみに分類されるでしょうか。実際に腰が痛いと、二足歩行がすんなりとできなくなります。痛い腰をかばいながら歩きますからね。

ついでに言うと、僕は上の歯も下の歯も部分入れ歯で、最近部分入れ歯の金具が歯茎に当たっていたくて、痛みを感じながら食べています。


今アルバイトで働いている職場に行けば、老害先輩社員はいるし、正社員にも横柄な人がいたりします。

で、そなことをあげていけばきりがないので、僕はすべてを受け入れて生きることにしています。病気もオッケーだし、嫌な人間関係もオッケー。所有株の値下がりもオッケー。

全部受け入れて、明るく生きる。まあ、暗く生きてもいいんですけど、かつての僕のように。

ただねえ、人生は、他人様がおもしろくはしてくれないのですよ。

自分で自分の機嫌を取るしかないんです。

で、僕は、日々の生活の中に、ささやかな楽しみを見つけるようにしているんです。


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先月は午前勤務だったので、6時頃に家を出るのですが、通勤途上に小さな橋があり、朝もやがかかっていたので写真をパチリ。

束の間ではありますが、こんな朝もやの風景に感動を覚えることが、僕の言う小さな楽しみだったりします。

そんな小さな楽しみを搔き集めれば、この苦しみの人生も輝くのではないでしょうか。

仏教では、それを大河の中にある中州にたとえています。

まあ本来の仏教は、神様に頼ることなく自分で幸せになっていく哲学のようなもので、大乗仏教が出てきてから本来の教えはゆがめられてしまいました。

で、別に大乗仏教でも、その人がそれで楽になるのであればいいのです。

日本に伝わているのは、99%が大乗仏教ですから、まあ、偽経ですね。

偽経でも、僕は別に否定はしません。仏陀釈尊が絶対かと言えば、それもまあ怪しいからです。仏陀釈尊と言えども、人間には違いありませんから、完璧ではありません。

まあ、偽経を掲げる日蓮で救われようが、親鸞で救われようが、かまわないのです。その人に合った救いで良いのではないでしょうかね。

だから僕は、今は大川隆法を1ミリも信じてはいませんが、大川隆法の教えですくわれる人がいても構わないわけです。

まあ何はともあれ、自分で自分をハッピーにしていくしか道はないということを言いたかっただけなんですね。

弱い人間には弱い人間なりの生き方がある

僕は自分がつくづく、弱い人間であることを、20代の頃から自覚しているので、あまりできの良くない頭をそれなりに使って、どう生きれば楽になるのかを考え続けてきました。


20代から35くらいまでの地獄の日々を思えば、年を取ったとは言え、今のほうがはるかに幸せなのですが、傍から見れば、好き勝手に生きてきた僕は、自由で楽しそうに見えたかもしれません。

で、弱いのは昔も今も変わりません。

弱くて、いいのです。

柔弱謙下ですからね。

僕は、自分に対してものすごく甘い人間なので、他人に対してもなるべくやさしい人間でありたいと、思っています。

自分に甘くて、他人に厳しいのは、最悪ですからね。

せめてその、最悪の路線だけは避けたいというだけなのです。

世の中には自分に厳しくて、他人には寛容な人格者もいますが、そこは目指さなくてもよろしい。

で、今もつくづく、自分は弱いなあ、と感じています。

ですが一方、弱い人間は慎重になり、危険を避けることができやすい、という利点があります。

この能力を最大限に生かして、何とかこの後の人生を乗り切っていきたいと思っています。

今は腰痛で苦しんでいる最中ですが、この腰痛も、人生を生きるヒントにしたいと思っています。

たとえば、腰痛になって改めて、断捨離の功徳を感じました。

部屋がすっきりしているので、移動が楽です。

健康であれば大して気にもならないことでも、腰痛で歩きづらくなっていると、歩きやすい環境か否かは重要です。

今後、年を取っていくにしたがって、歩行も困難になっていきます。そのときに部屋が散らかっていたら、危険がいっぱいです。

今のような腰痛を抱えながら、以前の部屋のようであったなら、ストレスも大きかったに違いありません。散らかった部屋にいたら、心が休まりません。

腰痛を通して、改めて、断捨離の重要性と、住環境の大切さを感じました。

弱い人間は、その弱さを逆利用して生きていくしかありません。

つまり、弱さが、プラスに転じる生き方ですね。

弱さについては、以下の記事でも、取り上げています。

僕くらい、弱い人間はいない

弱くても、だいじょうぶです

弱くてもいいのだ、と、僕は自分の弱さを肯定しています。そのほうが、生きるのが楽だから。

なんせ僕のテーマは、この苦海のごとく苦しみの連続の人生をいかに楽に生きていくか、ですからね。


ゆるやかな劣化は、精神衛生上ありがたい

僕が体力の衰えを感じたのは56歳のとき。

ギアが一段階落ちるように、ガクンと衰えました。

仕事でもミスが目立つようになり、自分でも、これはやばいかも、と思いました。

まあ、自覚症状があったのは救いでした。

老朽ビジネスホテルの設備管理の仕事だったので、ボイラーや冷凍機、あるいは老朽化した配管なども扱うため、ひとたび事故でも起こせば、即営業停止です。

一度、僕のケアレスミスで、危うくボイラーの爆発事故になりかねない出来事もありました。

そのときのことは、今でもよく覚えていて、それ以降、何か重要なことをするときには、指をさして点検するようになりました。今でも、その行為は実践しています。

駅員さんが、ホームなどで、指をさして確認していますが、あれは大切な行為なのですね。

で、今も、僕は劣化の途上にあり、体力、気力が、相当落ちているので、それに比例して、欲望も少なくなっています。

欲望が少なくなるのは、楽になることでもあるので、ゆるやかな劣化は良いほうにも働くのですね。

それに対し、急速な劣化は、戸惑うと思います。

以前は簡単にできていたことがいきなりできなくなる、とか。

それまで自信満々だった人ほど、パニックになるかもしれません。

能力の劣化は、もう致し方なく、それは素直に受け入れて、同時に、新たに目覚め始めている別の能力のほうを、注目するほうが良いように思います。

別な能力というのは、内省力、とも言うべき静けさに耳を傾ける心です。

これが研ぎ澄まされてくると、孤独は畏怖すべき対象ではなく、親友になり得ます。

今日は曇天。

一昨日鑑賞した相原求一朗が描く絵のような空です。

この灰色の空を背景にした冬景色を味わいながら、内省的な時間を過ごすことは、至福以外の何物でもありません。

こういう日は、ジャズではなく、シューベルトの冬の旅がBGMには最適です。

心配性の人からは貧乏波動が出ている

僕は、他人様から見るとびっくりするほど預貯金額も少なく、株を所有していると言ってもわずかなもので、いわゆる弱小投資家なのですが、貧乏ではありません。

それはなぜか。

それは、僕からは貧乏波動が出ていないからです。

預貯金額だけを比べれば、僕よりもはるかに多く持っている人でも、貧乏波動を出している人がいたりします。

預貯金額というのは、豊かさを測る物差しの一つにすぎません。お金がいくらあっても、貧しい人は貧しいのです。

一方、大してお金もなく、資産も少なくても、豊かな人は豊かなのです、僕のように。

これはきわめて簡単な話で、この世の一切のものは、波動でできているからなんです。その波動で、豊かか貧しいかが決まるんですね。

まあ、幸せ、不幸せも、そうです。


僕は、幸せです。

この理由も簡単で、僕からは幸せの波動が出ているからなんです。

みんな頭が良すぎて、複雑に考えすぎるんです。その、無駄なことを考える頭で判断するから、騙されたりするんです、かつての僕のようにね。

無名の素朴なおばあさんが、凄い眼力を持っていたりするのは、いい意味で単純に生きているからなんです。このおばあさん、一発で、大川隆法の欺瞞性を見抜きましたからね。

下手に頭のいい人は、・・・まあ、やめておきましょう。


話を元に戻すと、心配性は損だよね、ということです。

良寛さんのように、素朴に生きていれば、困ることはありません。

女性のほうが、定年後の居場所で悩む人が少ない

大半の男が、定年で一線を退くと、むなしさを感じるらしいのですが、僕は少数派なのか、早く会社をやめたかったので、そのようなことはありませんでした。

定年前に介護離職をしたときも、抵抗なく辞められたのは、会社勤務への執着がなかったからだと思います。

だから、介護を不遇に思うこともありませんでした。ラッキー。

で、大半の男連中が、定年後の居場所がないらしいのですよ。お気の毒に。

それに対し女性はと言うと、定年後の居場所で悩む人はほとんどいないのだとか。

女性のほうが定年後の居場所で悩む人が少ない、ということは、この点では、男よりも女性のほうが成熟している傾向があるということでしょうね。

なんか男は、不器用ですねえ。

会社を辞めると肩書も剥奪されますからね。それにアイデンティティを依拠していた人間は、それだけでディスアドバンテージです。肩書なんて、ただの記号だということがわかっていないのですね。

その点、フリーター、ヒッキー、あるいは僕のような転職放浪者は、強いですよ。

もともと下に見られることになれているので、バカにされても阻害されても、立ち直るすべを心得ています。

他人や環境に頼らず、自分で上機嫌を回復することができるんです。

このアドバンテージは計り知れません。年を取るほど、効いてきます。

保険定期解約し、被害1億円超 、現在預金8円

日本消費経済新聞の特設ページに掲載されていたジャパンライフ被害者の悲痛な叫び。

61 歳の女性は、 4年前にジャパンライフと契約をし、 被害額は 86 歳の母親と合わせて1億円を超える。 製造業で 40 年間働いて得た退職金をすべてつぎ込んでしまった。

保険を見直す専門の社員がやってきて、 満期時に入ってくる保険料と比較した具体的な数字を示され、 保険も解約した。

郵便局や銀行の預金、 定期預金は、 マイナンバー制度で税金がかかると言われ、 根こそぎチェックさせられ、 解約した。

老後も老人ホームをあっせんしてもらえると言われ、 すべての資産をつぎ込んでしまった。

ジャパンライフからの入金が途絶え、 通帳には8円の残額しかなかった。 「ばかでした」。 年明けには死を考えた。今は時給 700 円のアルバイトを始めたが、 「この先、 どうやって生きて行けばいいのか」


気の毒すぎます。

有り金を調べ、根こそぎ持って行くところは、カルト宗教を連想させます。

ただ、今は最低時給も少しは上がっていると思うので、時給700円では安すぎですね。

いずれにせよ、大金を根こそぎ持って行かれた後の時給アルバイト暮らしは、本当につらいと思います。

特設ページに掲載されていた別のケースも紹介します。

 63 歳の女性は、 親や家族も含め 2000 万円を超える被害に遭ったが、 同社のカウンセラーとして月々数万円の報酬をもらって、 友人を勧誘してしまった。 1000 万円、 2000 万円、 700 万円と、 友人の被害額も高額だ。 カウンセラーで得た報酬はすべて新たな契約に回され、 手元にお金はない。

  「友人が老後に、 少しでもお金をためられればいいなと思った」 というが、 今となっては 「悪くて、 昔のような関係ではいられなくなった」 という。 友人も家族に相談できず、 1人で泣いていた。


  「大切な仲間だったのに、 引け目を感じる」 「死にたいと思った」 「ご飯ものどを通らない」 「下痢になって、 朝まで眠れない日が続いた」 「こんな年になって、 皆、 老後の資産をすべてなくしてしまった」 「会長は人間じゃない。 鬼だ」。 そう訴えた。



これも、つらい話です。お金だけでなく友人も失うという、まさにこれも、カルト宗教に洗脳されたケースと似ています。

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こうした事件を知るたびに、マネーリテラシーと言うか、眼力の大切さを痛感します。

斎藤一人さんの「眼力」を読んでいれば、簡単に見破れたのに、と思うと、僕も他人ごとではありません。

僕自身、カルト宗教に、お金と時間を奪われた人間ですからね。

自分を幸せにできるのは自分だけ

僕は長らく、他者依存の人生を歩んできました。

その端的な例が、宗教団体です。

生まれたときに、父が世界救世教という宗教の、そこそこ熱心な信者だったために、自然に神様を信じるようになりました。

しかし自我の芽生えとともに、自分なりの考えで真理というものを追求するようになり、複数の宗教団体を渡り歩きました。

そのへんの経緯はこのブログでも散々書いているのでここでは省略しますが、何が言いたいのかというと、人であれ、思想であれ、何らかの団体であれ、自分以外の他者が自分を幸せにすることはできない、ということなのです。

よく聴かれるつぶやきに、お金があれば幸せになれる、というのがありますが、まあ確かに瞬間風速的な救済や喜びはあるでしょうが、それは移ろうものです。

良い会社に入っていれば、良い大学を出ていれば、良い伴侶に出会っていれば、などなど、切りがないのですが、これらもすべて他者依存です。

他者依存の最大の悲劇のひとつが、カルト宗教で、これは、カルト教祖とその信者が、互いに依存しあっている関係ですね。

で、何が言いたいのかというと、自分以外に、自分自身を幸せにすることはできないということなのです。

こんな簡単な事実に気づくまでに、僕は50数年かかりました。

ただ、この気づきというのは、たんに本を読んで知識として知っている、というものとは違い、実体験から滲み出たものなので強いのです。

で、その気づきを得てからというもの、悩みは一切なくなりました。偉そうに聞こえるかもしれませんが、本当にそうなのです。

でも、課題は、あります。悩みではなくて、課題です。

僕にとっての悩みの定義は、生木を割かれるような精神状態のこと、です。これを直近で経験したのは、50歳から53歳までの3年間で、長年信仰をしていた幸福の科学という団体をやめるかどうか悶え苦しんでいたときですね。

それは、自分のアイデンティティを依拠している、謂わばレゾンデートルに関わる問題だったからです。

話は変わりますが、僕は、オウム信者の気持ちもある程度は理解できます。

で、また話を戻すと、解決の糸口さえ見えないほど混乱しているのが悩みなのですよ。

そう考えると、20代は悩みの連続でしたし、30から35までは、地獄の日々でした。

35あたりから、いくぶん楽に生きられるようにはなりましたが、その後、50にして壮絶な悩みを経験し、53歳までの3年間で、頭と心をフル回転させて苦しみ抜きました。

その経験のあと、父の介護が始まり、介護離職を経験し、経済的な問題も克服し(これは現在進行形で克服中)、今年は母を亡くし、今に至っています。

つまり、課題はいくつかあるのですが、それは悩みではありません。なぜならば、何をどう対処すればいいかがわかっているからです。

たとえば、お金がないなら働けばいい、のです。仕事がなかなか見つからないならば、自分の要求するハードルを下げればいい、つまり、仕事を選ばずに働く、ことが解決策になります。

メタボならば、運動すればいいし食事を工夫すればいいわけです。

部屋が散らかっているならば、断捨離してスッキリすればいい、のです。

つまり、解決する方法がわかっているものは、悩みではありません。それは課題であり、やるかやらないか、の話です。

その課題に対して、やるのも自分なら、やらないのも自分です。悩みではなく、課題であるとわかれば、それにどう取り組むかは自分次第、ということになります。

僕は自分の課題を知り、それに対し前向きに取り組んでいるので、毎日幸せに生きています。それは、自分次第で幸せに生きられることを皮膚感覚で知っているからでもあります。

だから職場で先輩に怒鳴り飛ばされたときも、それで自分が不幸になることもありません。それは、課題に対する対処法を知っているからです。

アルバイトを始めて3か月、老害先輩社員に怒りをぶつけられたときの対応法

幸不幸のキャスティングボートを、他人に握らせてはいけません。

自分自身の人生のハンドルは、自分が握っていなければいけません。

僕が今日も幸せなのは、自分の人生のハンドルを自分自身が握っているからです。

子供がいなくて良かったこともたくさんある

おひとり様に朗報です。

というほどのことではないのですが、おひとり様で、結婚もせず、子供がいない場合、あるいは、結婚はしても子供ができなかった場合、あるいは、離婚していま一人の場合、などなど、人生いろいろおひとり様もいろいろなのですが、子供がいなくてラッキーなことも、けっこうあるのですよ。

というのはですね、僕の職場でも、60過ぎて働いている人の中には、結構な割合で、すでに成人した子供に金を使っていたりします。

まあ、子供もいろいろで、親孝行ないい子もいれば、カードローンを借りまくって親に尻拭いをさせるとか、働かずに親の金を頼る、とか、まあいろいろいるのですよ。

つまり、家族の中に金喰い虫がいると、いくら稼いでも追っつかないし、下手に資産を持っていたらそれをあてにされたりもします。

これでは、老後の資金計画も立てられません。

ところが、子供のいないおひとり様は、さらに言えば、他に家族のいない、僕のような天涯孤独のおひとり様は、自己管理さえできれば、計算が立ちます。

勿論、おひとり様には、保証人の問題などもあり、大変な部分もありますが。


天涯孤独おひとり様の保証人問題

で、おひとり様の場合は、おひとり様の不利な部分を見て落ち込むよりも、アドバンテージに目を向けて明るく生きたほうが、精神衛生上もいいし、体にも優しいのです。

と、言うことで、今日も僕は元気です。


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