父の死後、内省の時間を得て、いろいろなことを振り返っています。

 そうした中、今日は、深夜に、グレゴリオ聖歌を聴きました。

 全く楽器というものを使わず、ただ、人の声だけで、あのような、神聖な雰囲気を醸し出すとは、やはり、人間というものはすごいものです。

 市井に生きた、名もない人たち、歴史には残らず、世間にも知られず、まあ、父も、そうした人たちのうちの一人であったわけですが、名もなき無数の群像が、時の流れに乗って、旅をしているのだと思います。

 やがて、僕も死に、この地上から消え去っていきます。
 それは明日かもしれず、30年後かもしれません。

 間違えのない事実は、生者必滅の言葉のごとく、必ず、死んでいく、ということです。

 インターネットで、キリスト教の放送を聴いていた時期があり、その時に知った、聖グレゴリオの家に、何度か行ったことがあります。東京の東久留米市にある聖グレゴリオの家は、建築も素敵でしたが、聖堂で歌われる、グレゴリオ聖歌に、魅せられたものでした。

 当時住んでいたマンションからも、また、今住んでいるところからも遠いので、もうすっかり足を運ばなくなりましたが、冬になったら、行ってみたいと思います。


 何度か足を運んだのが、いずれも冬だったからかもしれません。