僕は、ゆるゆるとですが、労働をしています。

これによって得られる功徳は、お金を大切に使おうという心理。

以下は、「リチャード・セイラーの理論」からの抜粋。 



自分の力で稼いでいない、いわゆるあぶく銭は、遊びやギャンブルで使い果たしてしまうことが多いという。

 これは、行動経済学の権威リチャード・セイラーの理論だ。人間には誰しも「あぶく銭は散財しても構わない」「労働で得たお金は大切に使う」という心理があり、例え同じ金額でも、どうやって手に入れたかで、使い方が変わるというのだ。

「人間にとって、働いて得たお金とあぶく銭は、本質的な価値が異なるのです。前者は自分の努力の対価のため、大切に使おうという気持ちになる一方、後者は“どうせあぶく銭だから、ムダ遣いしても構わない”という心理が働きます」

コーネル大学の経済学者ロバート・フランクは、所得や社会的地位、車や家など「他人との比較で満足が得られるもの」を「地位財」、愛情や健康など「他人に関係なく、それ自体に価値があるもの」を「非地位財」とした。フランクによれば、地位財で得られる幸せは一時的なものである一方、非地位財で感じる幸せは長続きするという。


うーん、確かにそうだなあ、と思いますね。

僕は軽自動車、

それも一番グレードの低いものに乗っていますが、

車の目的は行きたいところに行くこと。


ましてや、僕の住む地域は、狭い道が多く、

軽自動車の優位は揺るがない。

わざわざ高い金を出して、

税金の高い普通車に乗る必要は、無し。


親の介護をしていた頃や親と一緒に生活していたころは、

親をのせて旅行に行くときのことなどを考えて普通車にしていましたが、

それは、そうした理由があってのこと。

今は、男一人、シンプルに生きるだけなので、軽自動車になるのは必然。


さて、労働の功徳は、お金の使い方が堅実になること、
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そして、地に足の着いた生き方ができるようになること。


労働も、

自家薬籠中の物として飼いならせば、

活用できるよね、

という話でした。