若い頃の僕は、
働いては鬱になるということを、
繰り返していました。
だから、転職が、多かったのです。
仕事が安定したのは、
友人Oの紹介で面接を受け、
ビル管理会社に入社してからで、
それが、35歳のとき。
大学には行かず、
早生まれで、
高校卒業後に18歳になった僕は、
つまり、18歳から35歳までの17年間、
不安定な経済、
不安定な精神状態の、
中にいたのです。
で、何が言いたいのかというと、
その17年間もの放浪期間中、
義母は多少意見はしたものの、
父は何も言わずに放任してくれていたことが、
大変助かりました。
ガミガミいう親だったら、
家庭内暴力を起こしていたかもしれず、
それほど、僕の精神は、
不安定でしたから、ね。
実母は、父と違い性格のきつい人でしたから、
生きていたら、間違いなく、
仕事の続かない僕を許さなかったと思います。
その点、義母は、多少遠慮もあり、
よほどでないと、僕に意見することは、
ありませんでした。
そんな義母でしたが、
僕が、ある会社に正社員で入り、
半日で仕事がいやになり、
そのまま無断で家に帰ってしまったことがあり、
心配して電話してきた会社の人から、
親の顔が見たいと言われたわよ、と、
僕に愚痴ったことがあります。
そのときも半分、笑い話のように話し、
呆れ果てていたとは思いますが、
僕に手を焼いていたには違いありません。

転職、放浪、放縦、
いくつもの仕事、アルバイトをし、
流れ流れしながら、
まともに、継続的に、
年金を払ったのは35から。
二十代、三十代前半に、
飛び飛びの正社員時代に払っていた年金は、
わずかなもの。
そんな自分も、
もうすぐ年金がもらえるという年まで、
よくぞ生きてきたと、
思っています。