お人好しほど貧乏になる、という記事を読み、考えさせられました。

お人好しは衝突を避けたがるし、協調性も高いが、それこそが、低収入につながる、という内容でした。


のっけからなんでこんな話を、と、思われるかもしれませんが、僕は、付き合う人間は選ぶべきである、ということを最近学んだからでもあります。

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昨日のことになりますが、僕が最も信頼を寄せている親友のAさんと会い、いろいろな話をしました。

まあ、話というよりも、Aさんに僕が相談した、と言ったほうがいいかもしれません。

だいたい、僕が困ったとき、行き詰ったときに相談する相手は、Aさんになります。

Aさんは、僕よりも年下ですが、はっきり言って僕よりも大人であり、成熟しています。

そして、ものごとの捉え方も単眼ではなく、複眼で見ることのできる人でもあります。

このような人は極めて少なく、おそらく、僕がリアルに出会った人の中でも、他にはいません。

大半の人は、自分の主観で生きているし、もっとありていに言ってしまえば、自分の都合で相手を判断し、自分の感情を優先します。

これは年齢に関係なく、僕よりも年上であっても、未成熟で、自分の主観、自分の感情、自分の都合でしか、ものごとを見られない人がいます。

その点、Aさんは、相手の立場になって考えることができる人で、自分の感情は感情として認識しながらも、それに拘泥することなく、相手の事情を推し量る見識を持っているのですね。

僕は、自分の感情をぶつけてくるだけの未成熟な人は苦手です。

それが、まだ若い人であるならば、それも大目に見ることはできますが、いい年をした人が、自分の感情のままに発言したり、他人を断罪したりするのは、辟易するしかありません。

そうした子供のような人の対極にいるのが、Aさんなのです。

だからこそ、僕は、安心して相談できるのですね。

そういう人が身近にいるだけでも、僕としては、大いに助かります。


ちなみに、Aさんも僕も独身ですが、昨日は、Aさんが今も独身でいる理由を聴き、大いに感銘を受けました。

実は僕も、概ねAさんと同じ理由で独身である、ということに、気づかされました。


さて、僕が最初に取り上げたその記事の中に、興味深い部分があったので、引用します。

オーストラリアで看護師をしていたブロニー・ウェアによると、死を迎える人たちが、人生を振り返って感じるもっとも大きな後悔の1つが「人の期待に応える人生ではなく、自分に正直に生きる勇気が欲しかった」なのだとか。

うーん、そして彼女は、こうも言います。

他人のために自分を犠牲にし過ぎてはいけません、と。

なるほど、と、思いました。 



僕も、これからは付き合う人間を吟味し、もっと自分を大切にしよう、と、決意しました。