どうしても人間というものは、自分の視点でものを考えてしまうため、他人も自分と同じように思っているだろうと考えがちです。

ただ、徐々に社会経験を積むに従い、世の中にはいろいろな人がいるものだ、という事実を知ることになります。

ことに現代のように多様化した社会ではなおさらのこと。

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で、昨日、予定がないことはいいことだみたいな話をしたのですが、世の中には、どうも、一日が白紙状態なのが苦痛に感じる人もいるようなのですね。

僕が5月までアルバイトをしていた会社でも、そうした人が多かったです。

つまり、暇だと、何をしていいのかわからない、というのですよ。

だから、お金に困っているわけではないけど、時間があるから働いていると。

で、世の中的には、僕のような考え方のほうがどうも少数のようで、何かしらの仕事をしたい、あるいは、何かして時間をつぶさないと持たない、という人のほうが多数派のように感じた次第。

で、そういう人が毎日家にいたら、奥さんから見たら、粗大ごみにしか見えないのかもしれません。

何もしないで家にいて、やることがないから新聞を読んでテレビを見て、一日中家でゴロゴロしていると。

ちょっとあんた、邪魔だからどっか行ってよ、とか、奥さんに思われながらも、行くところがない、と。

ああ、もう、俺の人生も終わったなあ、とか思いながら、こういう人は勤め人は苦にならなかったというか疑問にも思わなかったタイプなので年金はたっぷりあり、金の苦労はないものの、時間を持て余して退屈な日々。

で、これはこれで、もしかしたらあまり幸せではないのかもしれません、本人的には、ね。

でも、僕のかつてのアルバイト仲間というか、そういうシニア世代の人たちを見ても、せいぜいやることは、ゴルフくらいで、そのゴルフも、体の調子がいまいちなので最近はやっていないとか、言っていたりして、まあ、サラリーマンのステレオタイプというか、仕事をし、ゴルフをし、ということを、何の疑問も持たずにやってきたのだろうなあ、とは、思っていました。

で、なんか今日の話はグダグダになってしまいましたが、まあ、一言で言って、サラリーマンを疑問もなくやってこられた人たちは、年金こそそれなりにあるものの、自分で何かをやろうという、クリエイトさがないように思います。

与えられた仕事をこなすことはできたし、命令されたことをやることには慣れているのでしょうが、自分で何かを始めるとかいう発想はないし、これまでそんなことを考えずに、日々をこなしていたのでしょうねえ。

まあ、そういう人にとっては、長い老後生活は退屈で、苦痛なものになってしまうのかもしれません。