貯金、が、大事なのは、論を待たないのですが、それが行き過ぎると悲劇を生むこともあるよ、という実例を見つけたので、紹介します。

貯金が増えるのは誰にとっても嬉しいことですが、その貯金額がアイデンティティになってしまうと、それはそれでやっかいですよ、という以下の記事は、ダイアモンドオンラインからの引用です。


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 北海道在住のAさんは、50代後半の男性。大学卒業後に入社した地元の中堅企業に30年以上勤めていました。あまり仕事ができるタイプではないので、役職は係長止まりでしたが、長年同社でコツコツと真面目に働いてきたため、上司や部下からの一定の信用を得ていたようです。ただ、プライベートでは良縁にめぐまれることはなく、一度も結婚することはありませんでした。

 そんなAさんの唯一の趣味は「貯金」でした。給料はそれほど高くはなかったものの、両親の家でずっと同居していたので、給与の3分の2以上は貯金にまわすことができました。もともと交友関係が狭く、友人や会社の同僚と飲みに行く機会もほとんどなく、恋人ができたのは一度だけ。ほかに趣味といえるものもありませんでした。会社と自宅を往復する日々は単調でしたが、とくに大きな不満を抱えることはなかったようです。

 そんな彼が54歳のとき、ついに貯金が1億円を突破しました。家や車など大きな買い物や贅沢もすることなく、給料が出るたびにせっせと貯めてきた結果です。Aさんは、知人にはそれとなく1億円の貯金があることをにおわせるなど、預金額に誇りをもっていたようです。そんなAさんが、私のセミナーに参加してくれたことがあります。「1億円ある貯金をもっと増やしたい」とのことだったので、投資することなどをすすめてみましたが、「もし元本割れしたら怖い」と頑なに拒否されました。

「それだけ元手があるのだから、お試しで100万円から始めてみては?」とも提案してみましたが、決して首を縦にふることはありませんでした。1億円のうちの100万円でさえ投資にまわす意思がないのですから、10万円でも投資することはむずかしい、と私はそのとき思いました。

 貯金に固執する人は、1円でも預金額が減ることを嫌がります。もちろん投資はリスクがありますから、元本割れすることはありますが、健全な取引の範囲であればゼロになることはありません。逆に、運用することで不労所得を得られる可能性があります。

 Aさんの場合、投資のプラス面もマイナス面も理解したうえで、「NO」という判断をしたのですから、それ以上のアドバイスをすることはありませんでした。貯金だけで資産を築くというのが、Aさんの価値観なのですから。Aさんに限らず、貯金にこだわる人は、貯金額がアイデンティティになっているケースもあります。「1億円貯めた自分はすごい」という意識がどこかにあるため、貯金が減るのが我慢できません。貯金が減ることは、自分の人生が壊れていく感覚になるのです。


うーん、この後、このAさんは、お金を貯めるだけ貯めて病死し、それを相続したお母さんもほどなくなくなり、残った1億円をめぐって、それまで仲の良かった妹と弟が争う、という話でした。

まったくもって、何のためにお金を貯めたのかわからない、という話。

おそらく、ですが、この人は、お金が増えていくことに自己拡大の幻想を見ていたのではないでしょうか、ね。

これもまた、自己拡大の快感の一種。

貯金に自己を同一化して、その快感を得る、というのが、リターンと言えばリターンですが、実に空しいリターンと言わざるを得ません。

この人も、1億貯めた自分、というアイデンティティにしがみついているため、本来は単なるツールに過ぎないお金を使うことができなくなってしまったわけです。

お金は使ってこそ価値があるのですが、それさえも見えなくなっていたのでしょう。

長い年月をかけて貯めたお金が、この人を逆に不自由にしていたのです。

お金を貯めるということ自体は、僕は良いことだと思いますが、そこにアイデンティティを置くようになってしまうと、これもまた、不幸な結果になるという一例だと思います。