どうして自分は、ローコストでの生活が可能なのだろうと、改めて考える機会を与えてもらい、今は時間もたっぷりあるので、内省したのですが、結局、今まで中心的にお金を使っていた先が、しょうもないもんであったことに気づいたことが大きいように思います。

具体的に言うと、カルト宗教。

お金のかかる団体だったので、これに年間数十万円は使っていたと思います。

これがなくなっただけで、一気に生活が楽になり、その分、貯金に回せました。

だけど、気づかないうちは、特別会計扱いで、お金を支出していましたから、これが、まずはお金の貯まらない元凶であったわけです。

それともう一つ、大きいのは、消費とストレスの関係。

仕事をしているときは、それなりの収入があり、働いていた場所も新宿で、消費活動のメッカのような場所。

で、僕は、当時は、グルーポンチケットのヘビーユーザーでした。

ちょうど、50肩を患ったりして、整体院を渡り歩きましたが、必ず使ったのが、グルーポンチケット。

いちばん使った先は、飲食店ですが、都内で働いていると、世界中の料理がいとも簡単に食べられますからね。

まず、いろいろなものを食べる、あるいは飲む、ことに使い、都内だけでなく、横浜にもよく行っていました。

そして、先ほど言ったように、整体やマッサージにも、ずいぶん行きましたが、グルーポンチケットのお得感のとりこにもなっていたのだと思います。

まあ、今考えれば、そのお得感に誘導されて、ヘビーユーザーにされていたわけで、まんまと、消費社会の罠にはまっていたわけです。

つまり、ここで整理すると、僕の主なお金の出先は、まずはカルト宗教、これが最大の支出先であったわけです。

そしてもう一つが、職場でのストレス解消のために、グルーポンチケットを使っての消費活動。

主にこの二つが、金喰い虫であったわけで、それがなくなっただけで、格段に生活が楽になりました。

そして今は、カルト宗教も辞めているし、新宿で働いているわけでもなく、グルーポンチケットを使える場所も、近所にはありません。

なので、自然に、低消費の生活への導かれていった感はあります。

ただ、やはり人間は、気づき、というものがないと、生活を改めるきっかけが、なかなかないと思うのですよ。

この気づきは、人それぞれで、たとえば、パチンコに狂っていた人が、ある日その虚しさに襲われて、正気に返る、とか、これは、千差万別だと思いますね。

僕は、僕の経験しか、書くことができませんが、僕なりの結論を言うとすると、ストレスがなければお金はだんだん使わなくなるのではないか、ということ。

僕は、今の環境に満足しているので、ストレスは、ほぼないと言っていい状態。

これが、ローコスト生活を維持していくには、大きいように思います。

たとえば、ですが、僕は他人の生活音に敏感なので、遮音性の低いアパート暮らしであれば、たぶん音によるストレスを受けて、今のような静かな生活はできないかもしれません。

そういう意味では、僕の今の幸福も、この環境から与えられている要素も多いように思います。

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適度な田舎で、山もあり、川もあり、まあ、海なし県なので、海がないのだけがあれですが、海を見たくなれば、千葉か茨城、神奈川県に行けばいいわけで、まあ、恵まれた環境ではないでしょうかねえ。

で、何の話でしたっけ、ああ、そうそう、ストレスがなければお金は必然的に使わなくなるし、ローコスト生活も、無理なくできるよ、ということでした。