僕が二十代の頃の2年間、洗脳されていた統一教会では、すべての人類はサタンの子という考えですから、暗黒思想であり、そんな考えを植え付けられたら、元気が出ないのは当然。

また、戦後日本の自虐史観による教育も、日本に誇りを持てないたくさんの子供を量産。

で、今日は宗教の話でも政治の話でもなく、他者の垂れ流す黒いモノを蹴散らそうぜ、という話。
 
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たとえば、老後に必要だとされる2000万円問題。

あれを真に受けて、悲観する人は、自分、という軸がないから。

だって、自分の人生を生きているんですから、自分の普段の生活必要額がわかれば、自分だったらいくらあれば足りるかくらい算数計算でわかるのですよ。

で、自分が吟味して、確かに不安だ、と思ったら、その時点で、対策を立てればいいだけの話。

いたずらに不安がっているだけで何もしないのは、ただ躍らされているだけだし、その不安がまた不安を呼び込んで苦しくなるだけ。

このように、この世には、意味のないと言うか、害にしかならないものが多いのですよ。

まあ、害と言えば、このブログでも何度か言及しているように、最悪なものの一つがカルト宗教。

で、カルト宗教の話をしだすとまた長くなるので、今日は割愛しますが、カルト宗教ほどではないにせよ、マスコミ報道初め、有害なものがたくさんあります。

で、そうした有害な情報をいちいち真に受けていたら、健康な人でも体調を崩します。

たとえば、コロナ騒動。

コロナが大変なのは、理解するとしても、連日あればかり報道して、ああしたものを見続ける人がいたら、それは影響を受けるでしょう。

むしろ、テレビもなく、NHKに受診料を払う必要もなく、ネット環境だけでマイペースに生きている人なら、コロナ報道の影響も少なく、健やかに暮らせるでしょうね。

コロナ報道がダメというのではなく、何でも、情報として、ほどほどに受け取り、判断をする軸を自分の中で持っていることが大切だと思うのですよ。

僕は、いろいろな人のブログを読んでいますが、自己肯定感の強い人は、やはりそれなりに幸せに生きているなあ、と感じます。

また、その反面、愚痴ばかり言うブログがダメだとも、思いません。

愚痴を言うことで楽になるのならば、言ったほうがいいと思います。ブログであれば、不特定多数に言う感じなので、場合によっては、共感するコメントももらえるかもしれませんしね。

ただ、リアルな場で、愚痴ばかり言っていると、一度や二度ならともかく、毎回となると、おそらく、聴かされるほうは、ああまたか、という感じになって、だんだん離れていくかもしれません。

 で、僕の場合は、35くらいまでは、相当自分を否定して、生きてきたので、つらい、苦しい日々でした。

だって、職を転々として金もなく、将来の見通しもなく、どうしてこれで自己肯定感を持てるんだよ、という感じでしたからね。


見すぼらしい、ボロボロの自分、というのが、当時の僕の自己像でした。

なんか、重たいものをたくさん、背負わされていた感じ、でしたね。


35というと、今から26年前。

今日も、これから内省に入り、当時なぜ、あんなに暗かったのかを、見つめ直してみようと思います。