このような、社会の片隅でひっそり息をしている弱小ブログでも、実にいろいろな人からコメントをいただき、そうしたコメントの中から、また僕自身が、考える材料を与えられたり、新しい世界を知ることとなったりしています。

前前記事での、らいらさんのコメントから、アザーンをググってみたのですが、まさに、グレゴリオ聖歌にも通じる、人の声による、叫びであり訴えであり、祈りでもあるような、音声。

まずは、そのアザーンを聴いてみましょう。




うーん、 アザーンは、独唱のようです。

音声にも、インパクトがありますが、建築の美しさにも惹かれました。

僕が、イギリスに住んでいた時に行ったことのある、ブライトンにあるロイヤルパビリオンを、思いだしました。

まあ、そのロイヤルパビリオンよりも格段に美しい建築物です。


荒野で、男性が独唱しているようなものも、ありましたよ。





うーん、これを聴いていて、僕は、聖書の言葉を思い出しました。

荒野に呼ばわる者の声がする。「主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。すべての谷は埋め立てられ、すべての山や丘は低くなる。盛り上がった地は平地に、険しい地は平野となる。このようにして、主の栄光が現わされると、すべての者が共にこれを見る。主の口が語られたからだ。(イザヤ40:3~5)

一般的には、洗礼者ヨハネが、その荒野で呼ばわる者とされて、救世主イエスを、証しする存在と、考えられています。

アザーンはおそらく、テレビのニュースの一部分であるとか、ドキュメンタリー番組などの一場面などで、聞いたことはあるように思うのですが、このように、通して聞いたことは、ありませんでした。

このように、コメントを通して、いろいろなことを教えられることもあることも、ブログを書いていることによる恩恵でもあります。

僕が、コメントがありがたいな、と思うのは、僕自身、定期的に眺めているブログがたくさんありますが、滅多にコメントは書きませんからね。

コメントを書くことは、それなりに、勇気というか、労力というか、そういうものが要るのですよ。

それがわかるので、僕は、これまでコメントしてくれたすべての人のハンドルネームは、しっかりと記憶しています。

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そして、人の意見というものをしっかりと聞くことも大事だと、思い直しています。