コロナ騒動で、すっかり忘れ去られたかのようになっている近畿財務局職員だった赤木俊夫さんの死。

彼のパソコンには、手記が残されていて、誠実な仕事をしようとする彼の実直な態度と、それを、寄ってたかって捻じ曲げようとさせる上からの圧力、を見て取ることができ、僕自身、何ともやり切れない気持ちになりました。

僕が思うに、赤木さんのことは、まだ、このように表沙汰にもなりましたが、似たようなことは、これまでにも、そして、もしかしたら、今も、起こっているかもしれないし、また、これはなにも、官僚の世界だけに限ったことではないでしょう。

誠実な仕事をしていた赤木さんが直面していたストレスは、想像するに余りあります。

 鉄の結束を誇る財務省では、そもそも内部告発などほとんど考えられない。さらに森友事件は、組織としての不祥事で、しかも、安倍総理夫人直結なのだから、告発しても返り討ちに遭うのが落ち。検察に期待しても、本格立件どころか、むしろ、検察の狙いは、赤木さん一人に罪をかぶせて一件落着というシナリオだった可能性すらある。

上記のように述べるのは、自身も官僚であった古賀茂明さん。

赤木さんのようなまともな官僚が追い詰められ、彼を間接的に殺したともいえる上層部が今もろくに処罰されることなく、むしろより厚遇されているさまを見て、この世を生きることのむなしさを感じずにはいられません。

僕は、この赤木さんの死を想うとき、 藤沢周平の小説を思い出します。

彼の小説の主人公は、ほとんどが名もなき一庶民や、武士であっても下級武士。

軋轢は、今も昔も、同じ。

所詮は、人間社会に違いなく、上からの理不尽や、不条理、濡れ衣、行き違い、などなど。

現在、赤木さんの奥さんが、訴訟を起こしていますが、成り行きを見守りたいと思います。

汚濁にまみれた世の中ではありますが、以下の、シルバーバーチの言葉が救いになります。


神とは法則です。それを悟ることが人生最大の秘密を解くカギです。なぜなら、世の中が不変不滅、無限絶対の法則によって支配されていることを知れば、すべてが公正に裁かれ、誰一人としてこの宇宙から忘れ去られることがないことを悟ることができるからです。


そうです、たとえこの世の法律で裁くことができなくても、天網恢恢疎にして漏らさず、と、言うように、宇宙法則が、赤木さんを間接的に死に追いやった輩を裁きます。

パウロは、ローマの信徒への手紙12章で、復讐は神のすることである、全ては神の裁きに任せよ(19節)と、言っていますが、復讐、と言ってしまうと、そこには人間的な感情が入ってしまいます。つまり、神があたかも、人間のような喜怒哀楽がある、との誤解のもとです。

そこで、僕なりに、より、正確に言うと、宇宙法則として統べる神の法則が因果の理法として自動的に裁く、と、現代的に解釈するのが良いように思います。

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そして、もうすでにこの世の存在ではない赤木さんに目を転じれば、赤木さんの誠実な仕事ぶり、そしてそのまじめな人柄は、肉体を脱ぎ捨てた今も、霊として存在する彼の中の美なる徳目として生き続けているはずです。

この世は、正しいことが必ずしも通らない世の中ではありますが、この世とあの世を貫く宇宙法則が存在することが、絶対的な救いであり、結果的には、悪いことをすることは割に合わないのです。

そうした、損得の観点から見ても、赤木さんを追い詰めた小賢しい輩は、大いに割の合わない、あとで大変な代償を支払わされる未来が待っていることになります。

なぜなら、すべての存在が、この世だけを生きているのではなく、むしろこの世は、永遠の実在である霊界に行く前の、準備段階の世界ですからね。