昨日の記事で、誕生日に無料でお風呂に入った話をしたのですが、その、無料というワードに引き付けられるのも、少ないお金でやりくりしているから。

その後、図書館に行ったのも、図書館をはじめとした公共施設は無料だから。 

でも、その図書館も、コロナの影響で閉館。

こうなってくると、金のない年寄りや、年寄だけでなく、金のない人は、行く場所が狭められます。

さて、図書館が閉まっていたので、無料で入れるメッツァビレッジに行った理由も、無料というワード。

そして、メッツァビレッジとムーミンバレーパークは、開園一周年記念で、3月末まで駐車場料金が無料だったので、行ったのですよ。

つまり、よくよく考えてみると、僕は、無料、という名の餌に、動かされた行動をしていたというわけ。

これがもし、多くの資産があり、潤沢なレジャー資金があれば、無料というワードよりも、自分が行きたいことろ、やりたいことを、お金を気にすることなく、行けるし、できるというわけ。

まあ、そうしたことを、改めて、感じました。

なんかこう、無料という隙間をめがけて走っていく水脈のような自分を感じたのですね。

どこまでせこいねん、と。

ただ、これをせこいととらえるのではなく、賢い、とも、良いほうに解釈し、まあ、そんな解釈が成り立つのも、お一人様だからこそ、なのですがね。

これが、妻子がいたら、どんだけせこい男やねん、と、言われますでしょうねえ。


で、まあ、無料で楽しむすべを身に付けている僕は、休園のおかげで中に入ることのできたムーミンバレーパークも散策でき、その後、まだ日が高いので、同じく無料の、博物館に行ったのですが、こちらは、ポツンと孤独そうな老人が、博物館内の狭い図書室で、何やら浮かない顔をしていました。

なるほど、図書館も閉鎖で行くところもなく、博物館の図書室にいるのかな、とも思いましたが、僕の詮索が当たっている保証はなく、大きなお世話かもしれないので、そのまま、博物館を出て、飯能市を散策。


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うーん、飯能は昔、遊郭もあって、その名残も、あるのですねえ。

僕はまだ、軽自動車とは言え、車を所有しているので、こうして近場を散策することもできますが、本当の下流老人で車もなく、お金もなかったら、行動範囲は狭くならざるを得ません。

そうした老人が、近場の図書館さえ閉鎖されたら、それこそ、スーパーマーケットの休憩所なんかで、ぼんやりするしか、ないかも、です。

たしかにときおり、行き場のないような、老人たちを、スーパーマーケットのベンチなどで、見かけます。

一方、ムーミンバレーパークでは、高そうな血統書付きの犬を連れた上級国民のような老人たちも、数多く見かけました。

また、老人だけでなく、子供たちも、家の経済状況で、格差に晒されています。

ムーミンバレーパークでは、幸せそうな子供たちやわんこたちを数多く見たのですが、その同じ時間に、どこにも連れて行ってもらえない子供たちも、大勢いるのではないだろうか、と、思った次第。

無料で入ることのできたムーミンバレーパークについては、下の記事で書いています。

  
ムーミンバレーパークワンダーランド