多くの若者を絶望に追いやっているのは、現代の社会構造にあります。

今年、還暦を迎えた僕が若者だったころとは、社会構造が違います。

その大きな要因は、グローバル化。

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このグローバル化している状況の中では、社会構造は、どの国であっても変化せざるを得ません。

このグローバル化の波を受けて、生活保護よりも少ない稼ぎしかない若者が増えているのです。

以下は、今朝読んだ現代ビジネスからの引用。

企業年金が充実している有名企業のOBの場合は、年金だけで50万円を手にしている人も珍しくはありません。

 そのような大手企業で、逃げ切り世代が50代後半から60代で「このまま定年まで会社に居座って50万円もらい続けるか、早期退職をして30万円の仕事につくか」の選択に迫られることも現在進行形でおきていることです。

 なぜ若者には与えられないそのような機会が逃げ切り世代にはあるのかというと、昭和の大企業のビジネスパーソンはそれだけ会社から投資をしてもらいビジネススキルを貯め、業界知識や専門知識を持ち、人脈も豊富で、転職先から見ればトレーニングを受けてこなかった若者よりも戦力になる場合があるからです。

 つまり、深層部分で問題になっているのは世代間の機会にかかわる不公平についての問題なのです。



まさにこの世代間の機会にかかわる不公平 こそが、根深い問題として横たわっているわけです。

とりわけ、割を食った就職氷河期世代の多くは、キャリアを身につけるべき時に、マックジョブばかりやらされて、ビジネススキルも身につけられず、資産も形成できず、という状況です。

昔はぼんやりした人間でも、一度会社に潜り込めば、横並びでそこそこの生活ができたのですよ。

それは、あんたの実力じゃないよ、と、僕は思っています。

時代背景が良かっただけだよ、と。

ただ、僕は、そうした経済的には良い時代でも、ドロップアウトした人間なので、僕個人が、今、ローコスト生活を送っていることは、自業自得だと思っています。

逆に言うと、これだけいい加減に、好き勝手に生きていて、今も、こうしてつつがなく暮らしていけるのは、やはり僕自身も、多大なる時代的恩恵を受けているからなのだとも、思っています。