僕は転職が多く、無職の時代もあり、フリーターとか、ニートという言葉のない時代から、そのような存在でした。

当時の言葉では、プータローとか、言っていたように思います。

で、そのような、働いたり働かなかったり、放浪したり、の生活を35まで続け、いよいよ行き詰まり、煮詰まったころに、幸福の科学という宗教団体に救われました。

20代の頃に統一教会に、2年ほど、出家、彼らの言葉で言えば、食口(シック)という専従生活をしていて、そのときに、僕の有り金すべてと、当時定年退職した父の退職金を、献金してしまい、つまり、親も伝道して、献金させてしまったので、僕くらい親不孝はいないと思っていました。

それでも、親は僕を責めず、僕がボロボロになって、家に帰ってきたときには、暖かく迎え入れてくれました。本当に、感謝しかありません。

さて、そのような僕でしたから、世の中では役立たず、ろくでなし、の存在。

そのぼろぼろの状況で、出会ったのが、幸福の科学で、その教えにより、
統一教会の暗黒思想を打ち砕き、僕の生活に、光明が差しました。

それと時を同じくして、友人Oからの紹介で、ビル管理会社に就職が決まり、そこから、生まれて初めて、安定した生活が始まりました。

あの、35歳の頃の、先の見えない僕の心境を思い起こすたびに、幸福の科学と友人Oには、感謝しかありません。

で、その事とは別に、今は、幸福の科学の誤りも冷静に見ることができるので、彼らを擁護する立場にはありませんが、さりとて、恨みも、ありません。

どちらかと言うと、誤解を恐れずに言えば、僕にとっては、いろいろな意味で、ありがたい存在だった、と思っています。

さて、少し霊的な言い方になってしまうのですが、背後の霊界が一気に変わったというか、まあ、地獄から、天国へ、引き上げられたみたいな、生活になりましたね。

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当然、嬉しいので、幸福の科学にも、それなりの恩返しをしようと思って活動もするようになるし、お布施もするようになるし、まあ、それは、返報性の原理から見ても、至極当然だと思うのですよ。

で、何が言いたいのかと言うと、人生と言うのは、いくつかのターニングポイントがあり、そうした局面には、自分にとって必要な人や出来事が、指標のように存在しているのではないか、と。

まあ、そういうふうに思うわけです。

あの、35歳のときの自分というのは、第二の人生の始まりであり、暗黒思想から抜け出した、記念すべき、ギリギリのところで救われた年でもありました。

あの引き上げ、というか、救いがなければ、今の自分はどうなっていたか。

うーん、今度そういったことも、もう少し掘り下げて、思索してみたいと、思っています。