昨日、完全リタイアは、ちょっと退屈かな、という話を、ザックリと書いたのですが、それに関連して、30代の頃にイギリスにいたときのことを想いだしました。

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チチェスターという小さな町でホームステイを終えたあと、イギリス中を、2か月ほど旅してまわったのですが、最後のほうは、だんだん飽きてきて、ハワースのB&Bで、一週間ほど滞在していたときに、労働するおじさんを見たのですよ。

朝食のときで、広いダイニングで、典型的なイングリッシュブレックファーストを食べているときでした。イギリスは、朝食だけは豪華ですからね。特に田舎は。

で、そのおじさん、たぶんリース品だと思うのですが、それを決まったルートで回っているような、そんな一場面だったのですが、何か、決まった仕事のルーティンがあるのって、いいな、と思ったのを覚えています。

それと言うのも、イギリスから帰ったあとの身の振り方が、わからず、これから俺の人生はどうなるのか、と思っていたときだったので。

で、何が言いたいのかと言うと、仕事をしない完全リタイアだと、すべてを自分でマネジメントしなければいけないのですよ。

若ければ、たぶん、人によっては、大丈夫です。

好奇心に従って、行動していれば、退屈はしないでしょう。

しかし年を取ると、まず、体がそう軽快には動けなくなります。

そして、自分で考えて行動すると言っても、経済的な制約があります。

そして、導き出される一般的な過ごし方としては、以前にも書いたことがありますが、散歩と図書館通いです。

事実、我が町の図書館のみならず隣接する市の図書館も、年寄りで溢れています。

特に夏は、冷房費の節約も兼ねて、年寄りが集まってくるのが図書館です。

まあ、図書館は良いのですが、毎日図書館もねえ。

そういうことで、自己マネジメント能力が、完全リタイア生活には要求されるかな、と。

その点、ゆるく働いている今は、時間になれば出勤し、適度な労働とストレスと人間関係に晒され、帰ってきて家でくつろぐことは至福です。

この至福は、適度な労働あればこそ、と思うのは、僕だけではありますまい。