僕が子供の頃、二間しかない市営住宅の縁側で、秋になると、お月見をしました。

母が、茹で饅頭とか、蒸かし饅頭を作ってくれ、それを近所の友達と食べながら、月を見て、話しました。

ウサギが餅をついているとか、そんなことを言われて、そういう目で見れば、見えないこともなく、夜空というのは不思議で、宇宙も不思議で、子供時代は不思議に満ちていましたね。

その不思議への好奇心が、求道心となり、宗教遍歴などにつながっていったのですが、今日は宗教の話ではなく、長い老後生活の話。

どうしても、年を取るほどに、体は言うことを聞かなくなっていきます。

また、家族のいない僕は、一人でいる時間が今でも長いのですが、それにも拍車がかかっていきます。

今は、なんだかんだ言って、生きるためにアルバイト生活をしているので、そちらで若干のストレスと刺激を受けているのですよ。

ほぼストレスがないようなものなのですが、それは正社員時代と比べての話で、やっぱりアルバイト先でも、人間関係とか仕事のストレスは多少はあります。

でも、そうしたストレスも刺激となって、いろいろと役に立っているように思います。

いつまで働けるかはさておき、やがては、そうしたアルバイトもできなくなり、家にいる時間が圧倒的に長くなり、つまり、嫌でも、自分を見つめる、自分と向き合う時間が長くなります。

で、そうしたときに、お金を使わないと気を紛らせない人というのは、お金がある程度は必要でしょうね。

現役で働いていた頃は、僕もたまには、一人でスナックに行くこともありました。居酒屋はよく一人で行っていましたが、スナックは、多少は勇気が要るのですよ。

でも、そうしたスナックに、意外なほど、一人で来ている人がいたりします。

で、一般的に言うと、やっぱ寂しいのかなあ、なんて思ったりするのですが、何かで気を紛らせたいのでしょうね。

そう言う僕も、スナックに行っていた頃というのは、どこか、人恋しいような時だったと思います。

僕が住んでいるような田舎町でも、それなりにスナックの数はあり、潰れもせずに営業している店は、それなりにお客がいるわけで、別にスナックって、エッチなことをするわけではないので、まあ、ママさんと少し話をするぐらいでも、やっぱ、気がまぎれたというか、慰められていたのでしょうね。

もっとも僕は、そんなには、回数は行っていません。

いちばん行っていたのは、30代で、不動産の営業をしていた頃ですね。仲間が、そういう店が好きで、影響を受けて、行ったりしていましたが、歌うときの定番は、サザンでした。

パチンコも、付き合いで行きましたが、パチンコには、はまりませんでした。あれは、遊んでいるつもりで遊ばれている感じがして、音もうるさいし、自分には合いませんでしたね。

なんか話が、横にそれていますが、そうそう、老後の話。

で、やっぱ老後は、働かないとなると、かなり時間は長く、人によっては持てあますのではないでしょうか。

幸い僕は、あまり退屈は感じない方なのですが、体力の低下と有り余る時間の中で、やはりやることは、自分と対峙することではないか、と。
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で、この、自分との対峙、というのが苦手な人は、かなりつらい老後時間になるかもしれません。

なんかまとまりませんが、今日は、ここまで。