僕は自分がつくづく、弱い人間であることを、20代の頃から自覚しているので、あまりできの良くない頭をそれなりに使って、どう生きれば楽になるのかを考え続けてきました。


20代から35くらいまでの地獄の日々を思えば、年を取ったとは言え、今のほうがはるかに幸せなのですが、傍から見れば、好き勝手に生きてきた僕は、自由で楽しそうに見えたかもしれません。

で、弱いのは昔も今も変わりません。

弱くて、いいのです。

柔弱謙下ですからね。

僕は、自分に対してものすごく甘い人間なので、他人に対してもなるべくやさしい人間でありたいと、思っています。

自分に甘くて、他人に厳しいのは、最悪ですからね。

せめてその、最悪の路線だけは避けたいというだけなのです。

世の中には自分に厳しくて、他人には寛容な人格者もいますが、そこは目指さなくてもよろしい。

で、今もつくづく、自分は弱いなあ、と感じています。

ですが一方、弱い人間は慎重になり、危険を避けることができやすい、という利点があります。

この能力を最大限に生かして、何とかこの後の人生を乗り切っていきたいと思っています。

今は腰痛で苦しんでいる最中ですが、この腰痛も、人生を生きるヒントにしたいと思っています。

たとえば、腰痛になって改めて、断捨離の功徳を感じました。

部屋がすっきりしているので、移動が楽です。

健康であれば大して気にもならないことでも、腰痛で歩きづらくなっていると、歩きやすい環境か否かは重要です。

今後、年を取っていくにしたがって、歩行も困難になっていきます。そのときに部屋が散らかっていたら、危険がいっぱいです。

今のような腰痛を抱えながら、以前の部屋のようであったなら、ストレスも大きかったに違いありません。散らかった部屋にいたら、心が休まりません。

腰痛を通して、改めて、断捨離の重要性と、住環境の大切さを感じました。

弱い人間は、その弱さを逆利用して生きていくしかありません。

つまり、弱さが、プラスに転じる生き方ですね。

弱さについては、以下の記事でも、取り上げています。

僕くらい、弱い人間はいない

弱くても、だいじょうぶです

弱くてもいいのだ、と、僕は自分の弱さを肯定しています。そのほうが、生きるのが楽だから。

なんせ僕のテーマは、この苦海のごとく苦しみの連続の人生をいかに楽に生きていくか、ですからね。