僕が体力の衰えを感じたのは56歳のとき。

ギアが一段階落ちるように、ガクンと衰えました。

仕事でもミスが目立つようになり、自分でも、これはやばいかも、と思いました。

まあ、自覚症状があったのは救いでした。

老朽ビジネスホテルの設備管理の仕事だったので、ボイラーや冷凍機、あるいは老朽化した配管なども扱うため、ひとたび事故でも起こせば、即営業停止です。

一度、僕のケアレスミスで、危うくボイラーの爆発事故になりかねない出来事もありました。

そのときのことは、今でもよく覚えていて、それ以降、何か重要なことをするときには、指をさして点検するようになりました。今でも、その行為は実践しています。

駅員さんが、ホームなどで、指をさして確認していますが、あれは大切な行為なのですね。

で、今も、僕は劣化の途上にあり、体力、気力が、相当落ちているので、それに比例して、欲望も少なくなっています。

欲望が少なくなるのは、楽になることでもあるので、ゆるやかな劣化は良いほうにも働くのですね。

それに対し、急速な劣化は、戸惑うと思います。

以前は簡単にできていたことがいきなりできなくなる、とか。

それまで自信満々だった人ほど、パニックになるかもしれません。

能力の劣化は、もう致し方なく、それは素直に受け入れて、同時に、新たに目覚め始めている別の能力のほうを、注目するほうが良いように思います。

別な能力というのは、内省力、とも言うべき静けさに耳を傾ける心です。

これが研ぎ澄まされてくると、孤独は畏怖すべき対象ではなく、親友になり得ます。

今日は曇天。

一昨日鑑賞した相原求一朗が描く絵のような空です。

この灰色の空を背景にした冬景色を味わいながら、内省的な時間を過ごすことは、至福以外の何物でもありません。

こういう日は、ジャズではなく、シューベルトの冬の旅がBGMには最適です。