現代人の忙しさは、常軌を逸しています。

僕はサラリーマン時代、駅などで、何度か、喧嘩を目撃したことがあります。

たいがい喧嘩をするような人は、先を急いているというか、急ぎ足ですね。
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そんなに急いでどこへ行く、という感じです。

まあ、ゆとりがないのでしょうね。

で、喧嘩の話ですが、スーツを着たいい大人がですよ、罵り合っている姿は、醜いだけでなく、子供の教育にもよくありません。

僕が、浜松町まで通っていた頃のことです。

有楽町で乗り換えて、新橋、浜松町と、わずか二つばかりの駅の間にも言い争いを目にしましたし、浜松町駅では、50代の重役のような外見のおっさんと、二十代のリクルート社員みたいな若者が、言い争いをしているのも見ましたが、まあ、ストレスでしょうね。

若者のほうは、その50代の重役のようなおっさんを睨みつけながら、あるいは自分の気に食わない上司の顔と重ねていたのかもしれません。

そうなると、憎しみにも拍車がかかります。

他の分の怒りも上乗せさせて、目の前にいるおっさんに怒鳴っているわけですからね。

で、僕が思ったのは、現代人は忙し過ぎるということでしたね。

誰でも、よほどの人格者でない限りは、忙し過ぎると、殺気立ってきます。これは、僕も、そうです。

仕事が立て込んで、さらに家で介護の負担、さらには、自宅マンションの売却など、いくつものやらねばならないことが重なったときには、その重圧で、潰れそうになったこともあります。

幸い、殺気立つところまでは行かなかったのは、そのときには職場の人間関係が改善され、居心地の良い職場になっていたことも一因ではないかと思います。

ことほど左様に、職場での人間関係は大事なのですね。

あと、人間関係が良くても、あまりにも過重な仕事がのしかかってくると、人は殺気立ってきます。

僕も、能力以上の仕事をあてがわれたときなどは、たぶん、殺気立っていたと思います。

まあ、今は、早期リタイア生活で、殺気立つことはほとんどありませんが、その環境に甘えることなく、今日も、自分にできる介助生活を、深めていきたいと思っています。