昨日訪ねたKの住む家は、廃屋に近い古家です。木造で築60年は経っているでしょう。

木造でも造りがしっかりしていれば、築100年でも躯体部分は問題ありません。現に、うちの本家などは、築80年は経っているはずですが、しっかりしています。806998
Kの住む家は、もともとが売り地として売り出されていました。古家付きの売り地で、古家は取り壊すことを前提に売り出していたものです。

しかしKは、あえてその古家に住むことで、現金支出を抑え、その抑えた分の現金が、彼の生活を支えています。

買った不動産をどう使おうが買い手の勝手なのでそれは良いのですが、この時期、つまり冬における古家の暮らしは、寒いの一言。

特に明日は、関東地方でも雪が予想されており、明日は月曜日なので、寒いからと言って図書館に逃げ込むこともできません。図書館て、だいたいどこも月曜日が休館日ですからね。

で、明日雪が降ったら、通勤にも影響がでそうです。

通勤に影響が出るのは、勤めに行く人ですが、Kも、僕も、寒ければ布団にくるまって寝ていればいいので、その点はリタイア生活者の特権でもあるわけですが、Kのところに羽毛布団はなく、重そうな綿の布団が積み上げてありましたから、おそらくあれにくるまって震えるのでしょう。

重いばかりで暖かくはなさそうですが、それ以上に大変なのはすき間風のほうです。

しかし、そうしたことも覚悟の古家暮らし。

安易な同情は、Kに対して失礼かもしれません。

そうした不如意や不便を考慮に入れても、リタイア生活を選んだのですからね。

僕のような、介護離職による、覚悟も何もない結果的なリタイアではなく、自分の意志で、リタイアを選び取ったことに付きまとう必然でもあるのでしょう。

ただ、彼のような、思索生活を続けている者は、実は暇なようでいて、全然暇ではないことがわかりました。

つまり、体は寝転がっていても、彼の精神は、常に思索の旅を続けているわけで、そういう意味では彼は、旅人なわけです。

で、先日行田に行った話をしたら、田山花袋か、と言ったので、陸王だと答えたのですが、彼は陸王は知りませんでした。

まあ、家にテレビがないので仕方ないのですが、以前はあった古いテレビも映らなくなってから買い替えるのが面倒で、そのままだそうです。

で、田山花袋の書いた田舎教師の舞台が行田と羽生なのです。まあ、それは僕も知識としては知っていましたが、田山花袋は蒲団という小説を読んでいっぺんで嫌になり、つまりあまりにもつまらなかったので、読むのをやめたのです。

田山花袋の話などを一時間もされたらたまらないので、すぐに話題を変えたのですが、どっちに話題を転がしても、哲学か文学か思想か、それに宗教が混じる話なので、難しくなるのですよ。

まあ、多少は僕も相手はできますが、すぐにメッキは剥がれるので、しないに越したことはありません。

彼の暮らしぶりを参考にするのが、こちとらの狙いですからね。

参考にはなりますよ。人は本当に精神的に生きれば、貧乏も苦ではなくなるという見本のような男です。

僕のようなひ弱な男は寒さに震えますが、永平寺の修行僧ならば、あの福井の寒いところで、早朝から起き出して、修行していますからね。

まあKも、修行僧のようなものでしょう。そう思うことにいたしましょう。