今日は母のデイケアの日だったので、午前中、居間の掃除と庭木の剪定をしました。

はみ出した木の枝をバサバサと切っているとき、職場で上司にいじめに遭っていた6か月ほどの歳月のことを想いだしていました。


いじめの発端は、僕が上司に口答えしたことです。

些細なことなのですが、僕の友人が、彼は沖縄出身なのですが、左翼運動に晒されている沖縄の本当の声を届けようという運動をしているのですが、その彼の活動を馬鹿にされたことから、僕が切れ、上司を怒鳴り飛ばしてしまったのです。

理由はどうあれ、上司を怒鳴り飛ばしてしまったため、僕はその後、針の筵に座らされるような日々を送りました。


仕事でもたびたび嫌がらせを受けました。

たとえば、ホテル裏の木々の剪定と片づけのときです。


上司は枝切り道具で、さっさと枝を切り落とします。

そして切り落とした大量の枝の後始末を僕にさせました。

枝を切るのは簡単ですが、大変なのは、落とされた枝を、ビニール袋に入れられる大きさに切り分け、それを詰め込む作業です。


上司は枝をどんどん切り落としたら、あとはお前がやれということで、引き上げました。

会話も、ビジネスライク。

必要以外は口もきいてくれませんでした。


そんな日々が半年ほどは続いたでしょうか。

その後、僕の地道な仕事ぶりが、再び評価され、人間関係は修復されていきました。

まあそんなことを、今日、木の枝を切りながら思いだしていました。


あの時怒りに任せて会社を辞めていたら、おそらく今住んでいるこの家は建てられなかっただろうと思いました。

転職をしていたら、給料が下がるだけでなく、銀行から住宅ローンを借りることも困難になっていたはずです。

あの時、怒りに任せてやめなくてよかった。辛抱し、踏ん張って良かったと、心から思います。

まあ、なんだかんだ言っても、僕にとっては居心地のいい職場だったのだと思います。

仕事や人間関係で悩んだことは多々ありましたが、それでも11年も続いたのですから、さらには、父の介護がなければ、おそらく定年までいたでしょうからね。

でも、介護離職してよかったと思うのは、今こうして、伸び伸びとした早期リタイア生活を送れているからです。

もちろん、生活に余裕はありませんが、何とかやれています。

これも、この家庭という居場所が、居心地がいいからに他なりません。

そういう意味では、職場にも恵まれ、家庭にも恵まれています。

僕には妻も子もいないので、僕の言う家庭とは、父と母との家庭ですが、その父も昨年自宅で看取り、今は、血のつながりこそないものの、仲良く暮らしている母との二人暮らしで、まあそれも家庭ではあるわけで、母がいるうちは母と仲良く、母の死後は、一人でもハッピーに、生きていく所存です。