在宅介護生活を振り返ると、昨年他界した父についてですが、よくぞ自宅で見送れたものだと思います。

その一つの大きな要因は、父が、大変我慢強い人であったからです。


13だから15だかで、この辺は記憶があいまいなのですが、僕のほうの記憶ですが、口減らしで北海道に奉公に出され、不如意を若くして経験していたことが、父の我慢強い性格をつくったのだと、推測します。

介護される側がわがままだと、おそらく、たとえ家族であっても、場合によっては、憎しみが生じることもあるでしょう。

ましてや僕のような、人格者でもない凡庸な男が、大変な介護を担わされたら、それでも、やり切れるかといったら、大いに自信はありません。


僕の場合は、ひたすら、ラッキーだったのです。


我慢強い父を持ったことが、そして、良い親を持ったことが、本当にラッキーでした。


最後は、人工呼吸器や痰吸引器、そして胃ろうからの注入と、人間的には、そうまでして生かすべきなのかという煩悶は、あとになって思うことで、当時は、といってもわずか去年のことなのですが、毎日が無我夢中で、そんなことを考えることすらありませんでした。


今は、母との二人暮らしで、幸いまだ母は元気といえば、元気なのですが、だいぶ衰えも見え、また、今後、自分も年を取り、自分の場合は、見取ってくれる人も、世話をしてくれる身内もいないので、まあ、覚悟は決めていますが、できるだけ、そうは言っても自宅で、眠るように死にたいとは思っています。


北朝鮮のミサイルも、確かに大問題ではありますが、身近なことにばかり、関心が行ってしまう僕は、紛れもないエゴイストであり、そのことは今に始まったわけではなく、きっとずっとそうなのだと思われ、この小市民的な思考の中で、「むごたらしくも悩み多き日常だからこそ」僕は、明るく生きようと思うわけです。


だって、いずれ死ぬんですからね。


これは、決定事項ですからね。


ミサイルで死ぬか、病気で死ぬか、孤独死で死ぬかはともかくとして。