介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2022年08月

悪魔が持つ最も高価な道具



人間をダメにするものは、いくつもありますが、

どんなに誘惑に強い人間にも効果覿面の、

悪魔の道具があります。


何だと思いますか?


以下は、悪魔の店じまい、というお話。


悪魔が店じまいをするということで、
持ってる商売道具全部を売りにかけました。


猜疑心、嫉妬、怒り、恨み、妬み、恐怖心、、
などなど恐ろしい道具ばかりです。


ある日、
その店に来て、悪魔の商売道具を物色してたお客さんが
おやっ?っと思ってある道具を、じっと見つめました。


大体の道具の値段は均一なのですが、
1つだけ、破格な値段が付けられてる商売道具があるのです。


その破格な値段が付けれてる道具は何かというと、
「失望」という名の道具でした。


そこで、お客は悪魔に問いました。


「何でこの「失望」という道具だけ、こんなに高いんだ!」


すると悪魔はニタニタと笑いながら答えました。


「怒りや恨みや嫉妬や猜疑心や恐怖心などなど、
 それらの道具は全て、
 人間どもにそれなりの打撃を
 与えることができる代物だが、
 部分的にしか打撃を与えられないところがある。」


「が、この「失望」という優れものの道具は、
 一度、人間の心の中に埋め込めば、
 あとはもう、内部爆発するかのように、
 その人間の心の中に、
 怒り、猜疑、恐怖などのあらゆる攻撃を与え、
 あとは、ほっといても勝手に自滅してくれるんだ!」




僕は、 山上容疑者の犯行を知った日に、

この話を、思い出しました。

彼の味わった絶望は、いかばかりであったろう、と。


昨日は、絶望を与えることの罪について言及しましたが、

まさに山上は、その絶望という悪魔の道具に、

胸をえぐられた一人。


自分の国の首相が、

こともあろうに、

自分の家庭を破壊した組織のトップを賛美し、

どこに相談しても、何も動かない現実。

八方塞がりの中、彼は絶望の果てに、

日本中を悲しませるようなことを、

しでかしてしまったのです。


安倍元総理は、功罪両面あり、

日本国への思いが強く、

数少ない、理想を持った政治家でした。

そのうえ、実行力もあり、

外交力にも優れていました。


それだけに、

僕としても、

残念でなりません。

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統一教会の被害者の相談件数が、

7月に急増したのも、

政界の中枢深く入り込んでいる組織には勝てないとする無力感から、

これまで行動を起こす気力すらなかった人たちが、

ようやく動き出したということでしょう。


失望や、無力感が、

人に与えるダメージは、

計り知れません。


僕自身も、

程度の違いこそあれ、

失望や無力感を、

散々味わってきた人間の一人です。


だからこそ、

この問題は、

見過ごすことが、

できないでいるのです。





絶望を与えることの罪について



やっとというか、遅ればせながら、

NHKが、クローズアップ現代で、

統一教会について取り上げました。

民放との格の違いを見せつける狙いか、

梶栗が初めてインタビューに答えていました。


まあ、そんなことはどうでも良くて、

今日は、絶望、について。


何が問題なのかさっぱりわからない発言をした福田も二世。

一方、今苦しんでいるのも親の信仰の被害を受けている二世。

いよいよクロ現も、

その二世のことを来週取り上げるとのことですが、

家庭が大事だと言っている教団そのものが、

実に多くの日本の家庭を破壊し、

その裏には、

日本はエバ国家であるという、

教団にとって都合のいい教えがあるのですが、

その日本国から富を吸い上げ、

多くの若者を絶望に追いやり、

その狡猾な理屈と、

宗教法人格であるがゆえに無税で搔き集めた金と、

ロボット化した信者を駆使して政権に入り込み、

一方、政治家のほうでも、

これほど使い勝手が良い組織はなく、

まさに欲と欲の共時性

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特に安倍派との癒着ぶりは目に余るものがあり、

萩生田をはじめとしたその子分共が、それに便乗し、

政治家としての信念の欠片もない生稲などは、

安倍から見ればロボットも同然。


教団も安倍も、

自分の言うことを聞くロボットを操り、

その先にある、

彼らなりの理想を実現する道具として使い捨てる、と。


事実、萩生田は、都合が悪くなると、とぼけ通す狸ぶり。

民主党政権時代、苦汁をなめた萩生田にしてみれば、

選挙に負けるみじめさを痛感しているだけに、

縋り付く思いで八王子市子安町に詣でていた、と。


絶望を与える片棒を担いだ安倍が、

絶望の果てにただ一つの生きる動機となった、

復讐という狂気に賭けた山上に、

撃たれ、殺された、と。


この因果、というか、巡り会わせに、

慟哭している、

僕が、います。




世の片隅でひっそり暮らす喜び



今思うと僕の人生は、

狡賢い奴らに操られまくった人生でした。 


統一教会でのことは、

このブログでも散々書いてきたので、

今回は触れませんが、

人生を棄損するのは、

なにもカルト宗教だけに限りません。


いたる所に、

そうした罠は、

張り巡らされています。


今、僕自身が、

若者だったらと思うと、

かなり暗澹とした気持ちに、

なるのではないでしょうか。


日本の政治には絶望しかなく、

お金持ちだけが上手くやっている状況。

富裕層がどのようにして、

タックスヘイブンを利用しているかは、

知っている人は知っています。


一方、勤労世帯は、搾取されるばかり。


なので、ミクさんのように、

若くて賢い人は、

早々にリタイアして、

極力搾取されない人生を選びます。


結局、大半の庶民にとって、

合法的に搾取から逃れるには、

それしか選択肢がないのです。


僕が若者だったら、

もし十分なお金があれば、

与沢翼やひろゆきのように、

日本を離れて暮らすと思います。


フランスの知性、ジャック・アタリが予測したように、

今後は、ノマド的に世界を渡り歩く富裕層と、

地元から離れられないマイルドヤンキー的な生き方、

あるいはヤンキーほどの元気もなく、

派遣会社を渡り歩くしかない疲弊層、

などに分類されるのではないでしょうか。


同じ若者世代でも、

二極化が進み、

それは、

端的に言えば、

お金があるかないかの差。

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僕は、

今を絶望し、

日本を絶望する若者の気持ちが、

わかるような気がします。


翻って自分のことを話すと、

今シニア世代で良かったな、と。


辛うじて年金はもらえるし、

下手な欲を積み上げなかった分、

しがらみが少ない、と。


何よりも天涯孤独者で、

あとは、

死ぬまでの自由時間。


世の片隅で、

ひっそり暮らす喜びを、



満喫しています。




少ない収入でも黒字であれば破綻しない



経済は、どこまで行ってもこの話に尽きるのですが、

収入が支出を上回っているか、トントンであれば、

家計は破綻しません。


なので、本来は、

難しい金融知識などは、

要らないのです。


ノーベル賞を取った経済学者でも、

この原則を破れば、破綻します。


大学院まで出て破綻する人間もいれば、

小学校しか出ていなくても、

堅実に暮らせている人もいます。


 さて、少ないとは言え年金受給に辿り着いた僕は、

謂わば、やっと島に辿り着いた遊泳者と、

似ているかもしれません。


サメに喰われる危険に怯えながら、

あるいは体力を温存しながら、

心細く泳いでいた世間という海。


遠くに見えていた年金島は、

法律の改正でさらに遠のき、

それでも34年生まれのため、

特別支給の厚生年金という救命ボートに救われ、

何とか、63歳からの年金受給。


後ろを振り返れば、

僕より後に生まれた遊泳者たちには、

その特別支給の年金も、

ある者は64歳からと一年先延ばしになり、

そのあとに続く者は、

例外なく65歳からの受給。


年金島の砂浜で、

さらに遠くを見れば、

自分たちは70歳からの支給になるのではないかと、

怯えながら泳ぐ者たちの群れ。

彼らに伴走するように、

iDeCoやNISAと言った丸太船が投げかけられ、

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それらに縋りつつも、不安げな顔。


では、年金島に辿り着いた自分は安泰かというと、

月5万円の年金では、いかにも心もとない。

しかも、年々お金のかかるリスクは増えていく、と。


なので、ローコスト生活は、

まだまだ、続きます。


ときどきやってくる誘惑を、



やり過ごしながら、ね。




一人で生きることの安らぎ



年齢に関係なく、

ぼっちというのは、

ネガティブに受け止められがちです。


一人ぼっち、の、ぼっち、ですね。


ただ、僕は、思うのですよ。

いずれは、誰もが、一人になる、と。

端的な例は、死ぬとき。

無理心中を別にすれば、

一緒に死んでくれる人はいません。


一人焼肉、一人キャンプ、一人旅、などなど、

一人でいることが、

昔よりは世に受け入れられているのも追い風。

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夜、

一人で、

自己と向き合っていると、

深い安らぎを、

感じることがあります。 


勿論、一人でいて、

とてつもない孤独を、

感じたこともあります。


一見、

相反するようなそれらの感覚ですが、

深いところで、

通底し合っている気が、

するのです。


上手くは、

言えないのですが。


たとえば、昨日の夜などは、

外から、

虫の鳴く声などが聞こえていて、

しみじみとした気持ちになったり、

雨の降る夜なども、

雨音を聴いているだけで、

厳かな気持ちになったり。


そうしたことが、

とても、

豊かなことだと、

思えるのです。


自己と宇宙、

と言いますか、

世界と自分、

と言いますか、

何やら、

混然一体となってくる感じが、

するのです。


そのような時は、

一人でいることこそが安らぎであり、




心地良いのです。





働きながら学ぶ人が増えている



勉強カフェ大阪本町の動画を、

まーきちさんのブログで見たのですが、

働きながら勉強する人がたくさんいて、

僕も若い頃を思い出しました。


商社勤務の女性は、

米国公認会計士の資格を取るために、

また、金融系の会社に勤める女性は、

司法試験合格後は弁護士か検察官を目指しているとか。 

所謂、意識高い系の人たちが集まって、

それぞれのペースでお勉強。


こうした勉強カフェでかかるお金は、

自己投資なので良いお金の使い方。


僕が、

建築物環境衛生管理技術者試験に向けての、

勉強をした場所は、

上福岡駅前にあったマックでした。

当時は、200円セットというのがあって、

ソーセージマフィンとホットコーヒーのセットが200円。

しかも、珈琲はお替り自由だったので、

朝入って昼まで3時間くらいは勉強しましたね。

今は、そのマックはなくなっていますが、

そこでの勉強の甲斐あって合格しました。


芸は身を助く、と言いますが、勉強も自分のため。

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飯の食える、価値のある資格を取っておくと、

たとえば、米国公認会計士の資格を取っておくと、

活躍の場が世界に広がります。

将来的に、日本が傾いていっても、

フィールドが世界であれば、

生き抜いていける確率は格段に上がります。


米国公認会計士の試験は、

出される問題はすべて英語なので、

同時に英語力がマスト。

最低でも、

英検準一級程度の英語力がないと、

問題すら読めません。


難しい試験は、

勉強量も半端なく必要ですが、

すべては自分の将来のため。


勉強にせよ、運動にせよ、

夢に向かって集中している人からは、

元気がもらえます。



月5万円の年金生活は健康でなければ成り立たない



月5万円の年金と、ときどき働くアルバイトで、

細々と暮らしている僕ですが、これは、

健康だからこそなせる業だと、思っています。 


2か月に一度受け取る年金の額は、9万円台後半。

なので厳密に言えば、月5万円を切ります。

でも、めんどくさいので、

自分の中では5万円と、認識しています。


まだ母の介護をしていたころ、

隣町の豆腐工場でアルバイトを始めたときに、

そこの給与振り込みとして指定された、

金融機関の通帳を持っていなかったので、

作ったのですよ。

作る時に、

10万円だけ口座に入れました。


その豆腐工場は、

訳あってすぐに辞めたため、

あまりにも少ない勤務日数と金額のため、

手渡しとなりました。

なので、長らく、

10万円だけ預金したままだったその金融機関から、

僕が63歳になる4か月ほど前に郵便物が届き、

それが年金受取の口座指定のお願い、だったのです。


その流れで、そこの担当者にお任せし、

煩雑な手続きはすべてやってもらいました。

で、今年の6月から貰い始めた特別支給分の年金。


昨日、飯能に行ったときに、

10万円を下したのですが、

実際には僕の年金は9万円台のため、

10万円だと、年金額以上を引き出すことになり、

残高は今は、9万円台。


その9万円台の預金も、

年金を引き出すごとに削られていくという寸法。

でも、その10万円を、

いろいろな支払いの指定口座になっている、

みずほ銀行の口座に移さないと、

もう直近では、

楽天カードの支払いがありますからね。


で、こんな細々とした生活が成り立つのも、

何とか健康を維持しているから。

幸い、医療費は、

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歯科検診くらいで済んでいるので、

今のところは、助かっています。


ばね指の時も、医者に行かずに治しました。

先日の熱中症の時も、そうです。

ただ、いつまでも、

そうそう元気でいられる保証もなく、

そうしたことも考えねば、と思った次第。


まだまだ、

低空飛行の家計管理は、

続きます。




愚痴を聞くのも、ボランティアです



昨日の夜、例によって上福岡の後輩から電話が入り、

また妻が不機嫌になっているからなだめてください、と。


なだめると言っても、

だいたい一方的に亭主の悪口を聴かされるだけなのですが、

まあ、それは置いておいて、

まずは30分ほど話を聞くと、

どうやら子供の進路先のことで、

意見が割れているらしいのですよ。


それを、子育て経験のない僕に言われても、

何とも答えようがないのですが、

簡単に言うと、お金のこと。


妻の入れたい学校は、

お金がかかるらしいのですが、

僕の後輩の稼ぎでは心もとないと、

ざっくり言うとそんな内容でした。


先輩、僕の彼女です、と紹介されたときは、

可憐だったその妻も、今は昔の話。

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桐谷美玲さん似の、華奢な体つきも、今は昔。

で、彼ら夫婦がよく聴いていた音楽は、以下のもの。






うーん、で、僕の世代だと、やっぱ、ツェッペリン。




もう、上福岡市ってないのに、

その後輩の話をするときはいつも、

上福岡の後輩が、

となってしまうのは、

なかなか人間は変えられないから。


で、何の話でしたっけ、

そう子供の教育の話ですが、

その後輩夫婦の場合も、

旦那にもう少し稼ぎがあれば、

解決ですし、

妻のほうが、

身の丈に合った教育で足ることを知っていれば、

解決、です。


双方の歩み寄りが、

大事なんじゃないでしょうか。



家畜の如く "死につつ生きる” 人生



【快と引き替えに「生きる意味」を見失い】と、

森岡正博は、その著書、無痛文明論の中で、述べている。


バブル期の退廃の中、

多くのまじめな若者が、

オウム真理教へと引き寄せられましたが、

快楽は充満しているけれども、

生きる意味が見いだせないと嘆く人の心に響くものが、

そのカルト教団の中にも、

あったのかもしれません。

 
こういうタイプの本は、

若い頃にこそ、

読んでおいたほうが良いと思います。


以下は、読者の若者が書いたコメントの一部抜粋。


無痛奔流に飲まれることで、我々は「生命のよろこび」を失い、家畜の如く "死につつ生きる” 人生を歩むことになるのだという。

20代があと数年で終わろうとしている僕は、人生を振り返り、改めて「幸福とは何だろうか?」と疑問を持った。
努力して努力して努力して何かを掴み取ることだろうか。
欲を捨て、現状に満足し、日常に溢れた小さな出来事に喜びを見出すことだろうか。
ネガティブ思考を捨て、ポジティブ思考の癖をつけることだろうか。

しかし、どれもすっきりしない。

中島義道は、著書『不幸論』で「本当の幸福などは存在しない」と断言し、「自らを幸福だと言う人間は真実から目をそむけているだけだ」と言い切った。
哲学者カントは、自分自身に誠実であることを、幸福であることよりはるかに重要なことと見なしたという。
関連して、マコなり社長(真子就有氏)は動画『結婚式は行かなくていい』で、幸福の定義を
「いかに自分の信念を貫いて生きたか、自分の心に嘘をつかなかったか」とした。
なるほど、「自らを幸福だという人間」は無痛奔流に飲み込まれた人間と言え、
「自分の信念を貫く」ことを選んだ人間は、無痛奔流からの脱出を決意した人間と見ることもできるのではないか。

岡本太郎は著書『自分の中に毒を持て』で、
「自分を大事にしようとするから、逆に生きがいを失ってしまうのだ。」
と言った。
まさに、これは『無痛文明論』で言うところの
「身体の欲望」が「生命のよろこび」を奪い取る、ということではなかろうか。

これらの本を読んで、僕は「生きがい」と「安楽」はトレードオフの関係にあると考えた。
「安楽」を選択すれば「生きがい」を失うという意味で幸福にはなれず、
「生きがい」を選択すれば「安楽」を失うだろうし、その選択はある意味最もつらいことだろう。
生きるとは、自分自身の「不幸のかたち」を選ぶことなのかもしれない。


上記は、好意的なコメントですが、

批判的なコメントもあり、

それは、以下のような感じ。


著者自身の思い入れは激しそうだが、流し読みできるほど密度は薄く、読み応えに乏しい。タイトルの卓抜さ、インパクトは大であるだけにいかにも残念。やたら「戦え」とアジっているが、本人が山谷暮らしで日々の仕事にあぶれて苦労してるならともかく、ぬくぬくと大学教授の椅子から訓戒を垂れてるわけで説得力不足。それほど「無痛文明」を憎むなら、一度辞職して内戦下のコンゴあたりにヴォランティアラーとして身を投じてみては?


本にせよ、ブログにせよ、

支持する人もいれば、批判的な人もいる、と。


政治もそうだし、宗教もそう。

雑多な世界の中で、

自分が腑に落ちるものを、

探せばいいわけで。

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買うには、そこそこ値段の張る本なので、

図書館で借りるのがよろしいか、と。


若いうちに、

うんと悩んでおくと、

年を取ってから、

精神的には、



楽になりますからね。



一度信じたものを変えられない頑固さについて



武市半平太をはじめとした土佐勤皇党の面々から見たら、

坂本龍馬は裏切り者に見えたでしょうね。

思想信条に心酔した人間は血気盛んですから、

土佐勤皇党の中には、

龍馬を殺したいほど憎んだ者も、

いたかもしれません。 


坂本龍馬は器が大きいので、

重箱の隅しか見えていない人間からは、

理解の外。


武市半平太は、

脱藩した龍馬を苦々しく思っていたかもしれませんが、

同時に信頼も寄せていたように思います。


さて、今日は、幕末の話ではなく、

人間がいかに頑固であるか、ということ。


これを書いている僕も、

相当に頑固かもしれず、

自分も含めて人間というものは、

一度信じた思想信条はそうそう変えられないし、

ましてやそれが生死をも握る宗教であれば、

なおさらのこと。


そのことを十分わかった上で、

自分のことを話すと、

父親が世界救世教という宗教の熱心な信者で、

その薫陶を受けて育った僕は、

そこの教祖である岡田茂吉こそが救世主であると、

素直に信じて育ちました。


その後、思春期になり、様々な疑問が生じ、

二十代の半ばで統一原理に触れ、

善悪を明確に説明し切ったその教えに魅了され、専従生活へ。


約2年間の統一教会での集団生活から逃げ出し、

廃人のような引きこもり生活へ。


その後、アルバイトをしながら細々と暮らし、

35歳のときに光体験をし、幸福の科学へ。


そして、その17年半後、

その幸福の科学も、自らの意思で退会、

という流れの中で感じたことは、

どの団体にいた時も、

それなりの神体験というか、

神秘体験があったということ。


特に、統一教会のような、

過酷な生活の中においては、

そうした体験は起こりやすい、と。


その理由は、

絶えず極限状態に近いような状況に追い込まれているため、

脳がそのような反応をし易いのではないかと、

僕なりには推測しています。


しかし、僕自身の体験から言えるのは、

地球上のどの宗教団体においても、

少なからず、奇跡といえるような現象は起こっているはずだし、

霊的体験をしている人も多いはず。

そしてそうした体験をした人は、

信仰心が強化され、

ますます熱心になっていく傾向があります。


そして、一度固く信じたものは、

それが信仰であれ、思想信条であれ、

なかなかそれが変わることはありません。


パソコンなどで、

インターネット体験をしている人ならわかるように、

ネットにおいてさえ、

ユーザー好みの情報を提供してきますよね。

あなたが欲しい情報はこれでしょ、みたいな。

ましてや人間内の思考や感情であれば、

自分好みの情報のみを取りに行くのは自然な流れ。


その理由は、

人間には自己保存の欲求と、

自己整合性を取ろうという、

無意識の操作が入るから。


どれほど説得しても、

信者が耳を貸さないのは、

ある意味当然のこと、なのです。

彼らは、

自分の見たい現実しか

見ていない、


のですからね。


昨日紹介した動画の中で、

あの女性が言っていたこと。

人生は長くてもたかだか100年だが、

霊界は永遠である、と。

その永遠の世界である霊界で、

勝利した人生を送るために、

この世がある、と。

だからどんな苦労も、

耐えられる、と。

なぜならこの苦労は、

地上という限定した世界のものであり、

自分たちには、

霊界という永遠の素晴らしい世界が待っている、と。


それを確信している信者は、

今のどんな苦労も、

乗り越えていこうとします。

それは一過性のものであり、

自分の目指すものは永遠の世界、だから。

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それともう一つ。

たとえ一過性のこの世の生活であったとしても、

これまで自分が信じてきたものが嘘であるのは耐えられない、

という気持ち。


原理というものを信じるがゆえに、

すべてを犠牲にして歩んできた自分の人生が、

間違っていたなどとは思いたくもない、

という強い感情。


この感情に突き動かされて、

血眼になって自分に都合のいい情報だけを探すし、

教会に行けば同じ仲間がいて、

やっぱり自分のやってきたことは正しいのだ、

と安心する。


そして、またビデオを見せられ、

そこには、トランプ元大統領や、

今も現役の共和党の有力者たちが、

自分たちの総裁をたたえている、と。

これこそが、

自分たちが正しい証明ではないか、と。


そのようにして、

揺れる心を強化し慰めながら、

不安と希望と悔恨と自己正当化などの、

有象無象の感情に翻弄される、と。


そうした信者のどこに、

心の安らぎがあるのでしょう。




介護と家庭崩壊とご都合主義



一口に介護と言っても、

要介護度に差があるように、

個人差があるもの。


今、僕は、

親戚2軒の介護の手伝いをしていますが、

そこにも、濃淡、はあります。


濃淡といえば、

統一教会に関わった政治家にも、

まさにその濃淡があるようです。


僕は、二十代だった頃、

2年ほど統一教会にいたことがあり、

当時のことはわかりますが、

今のこと、

ましてや二世についての情報は、

ほとんど、持っていません。


そんな中、二世の人が、

その有様を赤裸々に語っているのですが、

そこにも、介護が出てきて、

まさに、綺麗ごとを言っていた一世信者の親が、

介護をきっかけに馬脚を現した話
が出てきます。

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また、大半のメディアが、

そのままに放送してくれたのに、

あるメディアだけが、意図的に話を替え、

編集されてしまった話も出てきます。


介護をきっかけに家庭崩壊しても、

信仰は手放さない親。

そして、様々な矛盾を糊塗するために、

御都合主義で教えすら変えてしまう教団の在り方
を、

ほんの断面ですが見ることができますので、

興味のある方は、ご覧になってください。


本名を明かして登場したこの女性は、

子供も生まれたばかりだそうで、




幸せな家庭を築いていただきたいと、

切に思いました。




貯金したくても思うように貯金できない状況に陥っている人が多い



男も女も、

60歳を過ぎたら老後だよね、

と考えている人は多い。


僕も、

一応謙虚に他人様にはそう言っていますが、

実際のところ、

昔で言う老後は、

今だと70歳からという印象。


で、その老後を生き抜くカギは、健康とお金

まあ、ぶっちゃけた話、それがキモ。

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以下は、ネット記事からの一部抜粋。


現在の貯金額(株式含む)について聞いたところ、一番多かったのが「300万円未満」で36.4%となった。

続いて多かったのが「500~750万円」で17.4%となり、「300~500万円」の人をわずかに上回る結果となった。300万円未満の36.4%の中には、貯金額が100万円未満の人も16.8%おり、貯金したくても思うように貯金ができない状況に陥っている人が多いようだ

満65歳時の預金額見込みについて聞いたところ、「2,000万円以上」と答えたのは31.6%にとどまった。続いて多かったのが1,000~1,200万円で、こちらは全体の19.4%だった。

今の年齢から満65歳までの間に経済状況がどう変化するかにもよるが、現時点では「65歳までに2,000万円を貯めるのは困難」と見込んでいる人が圧倒的に多いことがわかった。


うーん、僕は、

2000万円にこだわる必要は、

皆無だと思いますけどねえ。


老後、いくら必要かは、

その人のライフスタイルで、

変わってくると思うから。


僕のように、月6万円から、

行っても、7万円の範囲で、

暮らせている人からすれば、

満額での年金が、

生活費を超えていればオッケー。


ただ、そうは言っても、

預貯金も、

多いに越したことは、



ありません。




「誰かを救いたい」という人たちが犯す犯罪



この世は、相手の真実が見えないから難しくもあり、

だからこそ、修行でもあるのでしょう。

ブラックボックスが、あまりにも多い。

そして人には、想像力というものがある。 


ここに、同じ素質を持つ求道者が二人おり、

一人は良き導師に巡り合い、

もう一人は、悪い導師に巡り合った、と。

この場合、二人の求道心の度合いは同じでも、

ベクトルは違ったものになります。


今日は、 瓜生 崇という人の記事からの抜粋を、

以下に貼り付けてみました。


信者一人ひとりを見れば「普通の人」との違いはどこかにあるだろうが、そもそも百パーセント普通の人間などこの世界には存在しない。私自身は十数年この問題に取り組んできて、入信者とそうでない人の間に明確な違いを見つけることはできなかった。

私が感じた入信者の傾向というのはただ一つで、彼らは人間の根源的な救済や教えを求める「核」を持っているというだけだ。そういう人が自ら求めて入っていくというのもあるし、カルトが勧誘の中で選んで、「目覚めさせる」こともあるだろうと思っている。それは表面に出ている場合もあるし、本人すらも気づかないような、内心の深いところに隠されていることもあるだろう。

カルトに限らず宗教というのは、フィクションと現実の区別ではなく、そういう「核」をあぶり出すのだと思う。一度あぶり出されてしまうとそれを無視して生きることができない

教団がインチキであったとしても、そこで気づかされた人生の根本問題は本物であったりする。だからこそ、教団をやめて脱会者となっても、少なくない人が求道を続けるのだ。私はそういう人たちをたくさん見てきた。

元死刑囚の新実智光は広瀬と異なり最後まで遺族に謝罪をせず、自らの行為が救済であることを主張し続けたが、その中で「捨て石でも、捨て駒でも、地獄へ至ろうと決意したのです」と語っているところがある。他にも新実は、自分が地獄に堕ちる覚悟で救済をしたという発言を幾度かしているが、私はここに違和感を感じていた。

それは、悪業を犯す前に人間を「ポア」するという行為は、社会的には悪だが、オウムでは善行であり修行が進むと教えられたからこそ、彼らはできたのではないかと思っていたからだ。なので新実の言う「地獄へ至ろう」という言葉の意味は宗教的なものではなく、法律に従って刑を受ける、という程度の意味での「地獄」だろうと私は思っていた。

ところがそうではなかった。

たとえ救済が目的であっても、殺人はオウムでもやはり「悪業」であった。そんなの当たり前だと思うだろうか。私は切なくて仕方がなかった。彼らはやはり本気だったのだと。自分が救われたいから人を殺すというのではなく、たとえ自分が救われないとしても、人を救おうとしたんだと。

私は今まで何人ものアレフの脱会者や現役信者と面談してきた。

それらの人たちの入信の動機は、「誰かを救いたい」というものが多かった。人の役に立ち、救っていけるような人間になりたいと思って大学に進学し、救いたくても救えないという自分に悩んで、そこからアレフに入った学生がいたことを思い出した。彼女は笑顔で私に言った。「私はやっと本当に人を救うことができる教えに出遇ったんです」と。

地下鉄サリン事件の実行犯である林郁夫は、もともと慶應義塾大学医学部出身の医師だったが、林のオウム入信の動機もまた、医学では人を根本的に救い切ることはできない、と気づいたことだった。中川智正元死刑囚も障害者施設でボランティアをしていて、人の嫌がる仕事を率先して行う青年だったと言われている。

こうしたことを知るたびに、私自身がほんの少し早く生まれていたら、きっとオウムに入っていただろうという思いを強くする。私も彼らと同じであった。私は人間の存在の無意味さから救われたかったのだ。救われたかったから人を救いたかった。人を救うことで自らの存在に意味が与えられるからだ。だが本当の意味で人を救い切ることができないと気づいたときに、オウムに入信した彼ら自身もまた、存在の無意味さから救われないという思いを持ったのではなかったか。

カルトと言ってもいろいろあり、霊感商法で高額な開運グッズを売りつけるような、最初からただの詐欺以外の何物でもないようなものもある。しかしアレフをはじめとする、私が接してきた教団の元信者から感じるのは、たとえ教団や教祖がインチキであっても、それを求めた人の思いは本物だったのだろうということだ。それだけでなく、あらゆる歴史上の宗教者が真実を求めて求道した思いと、彼らの思いはそう変わらないのではないかとすら思った。

とある総合大学の新入生オリエンテーションで、カルト問題の講義をしていたときがある。大きな大学で数百人が入れるような教室をいくつも回って話をするのだが、そのとき薬物依存症者を支援している先生とたまたま一緒になった。お互いに二十五分くらいの持ち時間で、カルトと薬物依存の話を何度もしたあと、午前中の講義が終わって昼食の弁当を食べているときに、その先生が私にふとこんなことをもらされたのを覚えている。

「瓜生先生は、カルトの信者は真面目さゆえに正しさを求めて生きていて、正しさを提供してくれるカルトに依存するという話をされていましたよね」

「はい」

「わたしは、その気持ちがよくわかるんです。私も正しさを求めていたので」

「そうなんですか?」

「そうです。私はもともと新聞社で記者をしていたんです。しかし記者をするとわかるんですけど、世の中のことって一体どうするのが本当に正しいことなのかが、突きつめると一つもわからないんですよね」

「確かにそうですね」

「はい。それで私も、自分が間違いない正しい生き様をしたいという思いがありまして、薬物に依存している方は絶対的な弱者であるから、その人たちを助ける活動をするのは絶対的に正しいことではないかと思って、この活動をすることになったんです」

なので、正しさを求めてカルトに入る人のことは、よくわかるんだと言われるのである。

私たちは、正しさをつかみたい。なぜなら、考えれば考えるほど人生で何が正しいのかがわからなくなるからだ。

人生は決断と後悔の連続だが、何が後悔のない選択であるのかは誰一人わからない。別の道を歩んでいればと思うこともあるが、別の道を歩んだ結果を知ることもまたできない。真っ暗な道を手探りで歩いているようなものだ。そんなときに「正しさ」をつかみたい誘惑に私たちはとらわれる。明確で白黒ハッキリした説明に惹かれる

しかし人生で起こることはだいたい複雑に絡み合っていて、こうすれば必ずこうなる、という解決策が存在することは稀である。

その時々で必死に考えて試行錯誤しつつ、三歩進んで二歩戻るような歩みでしか現実は生きられない。しかし、複雑なものを複雑なままに受け入れることほど苦しいことはない。真面目な人ほど一度しかない人生に間違いのない真理や正義を見つけて、全力でそれに向かって進みたいという衝動を抑えることができない

カルトは多くの場合、あなたが生きているのはこのためだ、という明確な答えを与える

あなたの人生はこういう意味があるのだ、あなたの今まで生きてきたのはこの教えに遇うためだったのだ、そして、今後はここに向かって歩んだらいいのだ、と。こうした疑問に答えを与えることで、その疑問に向き合う苦しみや迷いを消し去ってくれる。「もう迷わなくていい」のだ。これを私は「真理への依存」とか「正しさへの依存」と名付けている。

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同意できるところとできないところがありますが、概ね、同意です。

この人は、親鸞会というカルト宗教の体験と、

その後のオウム関係者とのかかわりから、

現在の立場に至っているのですが、

統一教会について知らないので無理もないのですが、

彼らも、万物復帰という洗脳下で、

真剣に救済活動をしている
のです。


その点における純粋さは、

まったく違わないのです。


ここは、

内情を知らないが故の誤解だと思うので、

それは仕方がないとして、

それ以外の部分は、

的を射ています。


さて、

サリンを撒いた新見の、

求道心と自己犠牲の精神は、

見上げるほどのものがありますが、

その思い込みの強さゆえに、

最後まで非を認めませんでした。


彼がもし、

正しい師についていたら、

どれほどの霊的向上があっただろうと、

思わざるを得ません。


ただ、残念ながら、

僕が見渡したところ、

現在日本に、

善良な師はいるかもしれませんが、

彼らは押しなべてカリスマ性はなく、

おそらく新見のような激しい求道者からは、

物足りなく見えるでしょう。


ここで注意すべきことは、

求道心の強さだけだと危うい、

ということ。


俯瞰する力というか、

自分を客観視できる視点、

風通しの良さが大切だと、

改めて思いました。





漫然と生きるには残りの人生は長すぎる



人生100年時代といっても、

みんながみんな、

100年も生きるわけでもなし。 


そうは言っても、

寿命は延びつつあり、

そうなると、

リタイア後の時間も長くなることに。


昨日は東松山のIさんの家を訪問。

その後、スーパービバのフードコートで、

15時くらいまで話をしました。

ますます盤石になりつつある、

Iさんの経済状況。

健康管理にも気を使っているせいか、

顔色も良く、出ている波動が明るい。


まだまだ話したりなかったのですが、

夕方5時には、

今介護の手伝いをしている親戚から、

電話が来ることになっているので、

早めに帰宅。


Iさんとの会話では、

元気をもらえる僕も、

親戚とのやり取りでは、

それなりにエネルギーを奪われます。

というのも、

大半が、

愚痴の聞き役だから。


僕は、カウンセラーでもなんでもないので、

そうそう的確なアドバイスも出来かねますが、

介護の先輩としてのアドバイスや、

気持ちの持ち方の助言程度のことは、

しています。


親戚の子供部屋おじさんは、

ちょうどIさんと同じくらいの年齢ですが、

その中身は段違い平行棒。


まあこんな話を続けていくと、

本題に入れなくなるので、

この辺にして、

人生の残り時間を、

いよいよ僕も意識せざるを得なくなりました。


そして思うのは、

可能な限り、

良い気分で暮らしたいな、と。


そのためには、

Iさんのような、

前向きな人と共に過ごす時間を、

増やすことがキモかな、と。


いい年をしてネガティブな人というのは、

それまでの人生で、

自分を見つめることのなかった人だと、

思っています。

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別の言い方をすると、

何でも他人の所為や環境のせいにして、

自分の在り方を、

反省することができなかった人たち。

こういう人が年を取ってきて拗れると、

始末に負えません。

切れる老人や、

クレーマーの発生原因となります。


ときどき、スーパーマーケットのレジなどで、

店員さんに対して横柄な態度を取ったり、

怒りをぶつけたりする人を見かけますが、

そのようないい年をしながら、

自分を治めることのできない人は、

自分より弱い立場の人、

絶対に逆らってこない立場の人にだけ、

当たり散らします。

これほど、みっともないことはありません。


漫然と生きていると、

ややもすれば感情に流されるままとなり、

やがて体の衰えとともに、

自分自身にイラつき、

その苛立ちを、

他者にまで向けるようになります。


漫然と生きていると、この世は退屈極まりない、と。


僕が退屈とは無縁なのは、

自覚して、

生きているから。


自覚的に生きていると、

他者に流されることも、

なくなります。


そしてまた、

危ない人とは、

自然に距離を置くようにもなれます。


それは、

自覚的に生きることで、

感性が研ぎ澄まされてくるから、です。


Iさんも、

非常に感性が研ぎ澄まされている人なので、

何時間話していても、

飽きません。


健康と経済的安定があり、

日々、自覚的に生きていれば、

何をしていても楽しいので、

どんなに老後が長くなったとしても、

退屈することはないのでは、



ないでしょうか。




60代の住宅ローン残高の平均と老後計画に狂いが生じた知人



13日は、台風の西側だったせいか、

思ったよりも雨風が強くなかったです。

しかし用心して検針業務はやめにしました。


その分、昨日14日は、

炎天下の中、

汗をかきながらの検針。


車で回る地域と、

車を、いなげややヤオコーの駐車場に停めて、

歩いて回る地域があり、

歩いて回るほうは、

水分補給が欠かせません。


今年は、

軽い熱中症を経験しているので、

用心に越したことはありません。


さて、今日は、住宅ローンの話。

60代になっても住宅ローンが残っている人、

僕みたいにね、が、

どのくらいいるのか、調べてみました。


60代になってもまだ、

多額の借金を背負っているのって、

何気にきついよね、とは、

誰しもが思うこと。


以下は、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和2年)」の「各種分類別データ(令和2年)金融負債の状況等」からの抜粋。


世帯主が60歳代の住宅ローン残高を確認してみます。 【平均:619万円(中央値:500万円)】  ・50~100万円未満:1.8%  ・100~200万円未満:0.9%  ・200~300万円未満:1.8%  ・300~500万円未満:8.8%  ・500~700万円未満:6.2%  ・700~1000万円未満:12.4%  ・1000~1500万円未満:14.2%  ・1500~2000万円未満:4.4%  ・2000万円以上:3.5%
多くの人が属すると思われる中央値は500万円です。


うーん、 住宅ローン残高の平均額を見て、

まるで自分のことを、

言い当てられているかのように、

感じました。


中には、

1000万円以上のローンを残す世帯もいて、

僕などはまだましか、

とも思ったのですが、

60歳時点で、

住宅ローン残高と金融資産を、

同額にまで持って行く計画で生きている、

僕の友人のIさんなどは、

実に堅実に生きていると言えます。


僕の場合は、

介護の必要があっての建て替えのため、

後悔は微塵もありません。


僕の知人の中には、

高額な施設に親が入ったため、

親の年金だけでは足りず、

持ち出しとなり、

自分の老後計画に狂いが生じた者もいます。

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ケア型の老人ホームの中には、

びっくりするほど高額なものが、

ありますからね。


僕と同世代でも、

親がまだ生きている友人、知人は、

それなりにいますから、

自分の老後のお金も、

そうした親の介護次第、

なのかもしれません。



ふるカフェ系ハルさんの休日的な模様替え



ふるカフェ系ハルさんの休日は、

毎回見ているわけではないのですが、

古民家風の店が多く、

今後また、

日本全国への旅を再開したときには、

寄りたい店がたくさんあります。

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そのためには、

老後資金を、

もう少し何とかしなくちゃね、

とは思っています。


何しろ、お金ができても、

肝心かなめの体のほうが動かなくなってからでは、

遅すぎますからね。


プランは3っつほど考えていますが、

思うようにお金が貯まった場合、

堅実路線でそれなりにお金がある場合、

予想外の出費(病気などを含む)などでお金がない場合の三つ。 


で、お金がなければ、

そもそも遠くへの旅行は断念しますから、

これは例外として、

それ以外の二つの場合は、

その予算に合わせて行き先を考えます。


いずれにせよ、まだ先の話になります。


それまでは、

部屋の模様替えなどで、

カフェ気分を自宅で味わうのも一興かと。

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上は、以前アップした写真ですが、

2階の12畳の洋間の一隅。


秋になったら、

更なる断捨離を実施して、

その後で模様替えをと、

考えています。


模様替えが終わったら、

また、その様子を、

公開するかもしれません。


自宅で、カフェ気分が味わえたら、

素敵だよね、



と思っている、

僕なのでした。



親の介護が終わった後に自分の老後資金不足に気づく悲劇



台風が近づいているというので、

昨日は、

今日の分も前倒しで検針業務をしたため、

ほぼ一日仕事となりました。


それなのに今は、

何か空が明るく、

まあ、嵐の前の静けさ、

なのかもしれません。


さて、今日は、介護の話。

僕の場合も、介護離職でしたが、

介護の後に、

気がついたら自分の老後資金がだいぶ少なくなっていた、

ということもあります。


今日は、そんなケースをネットで見たので紹介します。


問題は両親が亡くなった後に気づきます。介護していた兄弟姉妹の老後資金不足です。あるケースでは、両親が亡くなった時には、その娘も60代以降になっており、老後資金に困窮したという事例もありました。介護のため離職して以降、長年働いていなかった人が、その年になって急に働くのは困難極まりありません。

なかには、兄弟姉妹のことが原因で配偶者からクレームが発生し、夫婦問題に発展することも。できたら、両親が健在のうちによく話し合っておく方がよいでしょう。親が遺言書を残してくれれば理想ですし、せめてその兄弟姉妹の老後資金を準備対策しておいてもらわないと、大変なことになります。

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うーん、 僕自身の親の介護は、すでに終わっていますが、

今、親戚の介護の手伝いをしていて思うのは、

子供部屋おじさんの増加と、一人介護。


僕もそうでしたが、

配偶者のいない中年男が一人で介護を担うと、

煮詰まる場合も、あります。


僕の介護は、50代で終わりましたが、

世の中には、老々介護もあります。


親の介護も大切ですが、

親亡き後、

自分も年老いてくるわけで、

そのときに、

老後資金が不足していたら、

困るのは、

自分
です。


その辺のことも勘案しながら、

同時に、

後悔のない介護ができるのが、



一番いいですね。



「スローライフ」は運勢を向上させる



まあこれは、

すべての人に当てはまる話ではないのですが、

スローライフは運勢を向上させると、

思っています。


スローライフが常態化すると、

ものごとを深く考える習慣が身につきやすくなります。


また、その副次的恩恵として、

ケガや病気や事故、

詐欺などの犯罪からも、

遠ざかることができます。


ただ、現役世代で、

多動的に行動したい人、

妻子を養うために、

ガンガン稼がないといけない人などは、

この限りではありません。 


上司から、

動きが鈍い、などど、

叱責されてしまいますからね。


なので、

スローライフが運勢を向上させることに該当するのは、

僕のようなシニア世代で、

しかも、内省的な人に限られるかもしれません。


ただ、若い人であっても、

世捨て人というか、

早期リタイアしてのんびり暮らしている人などは、

あてはまるかもしれません。

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スローライフの功徳は、

健康に良い、事故に遭わない、犯罪から距離を置ける、

などの防御の他に、

実は、株式投資にも、有効です。


僕は年金も少なく、

預貯金も限りがあるなかで、

住宅ローンを支払いながら質素に暮らしていますが、

株式投資で少しずつ資産を増やしながら、

同時にお金の工面も、

株式口座を上手に活用して、

バランスを取って暮らしています。


ただ、先日、友人のIさんとも話したのですが、

年齢を考えると、

リスク資産の割合を減らしていくべきなのは、

わかっています。


Iさんのマネーリテラシーと、

僕のそれは、

ほぼ一致しているので、

とても話が合うのですが、

彼からも、

そうした指摘は受けました。


リスク資産8割、現金2割のバランスは、

シニア世代のあるべき姿からは程遠い。


それを承知の上で、

リスクを取りながらも株式投資をする理由は、

一にも二にも、住宅ローンがあるから。


なので、僕の生き方などは、

堅実な人から見たら、

経済的には危ない生活そのもの。


だからこそ、スローライフが大切なのです。


この話題は、今度また、

じっくり言及したいと、



思っています。



とにかく明るい安村ならぬ、とにかくずさんな下村



今は親せきの介護の手伝い、二つの掛け持ちアルバイト、

さらには自治会の役員の仕事などなど、あり、

また、先日の熱中症からは回復したものの、

今週も35度を超える猛暑日の連続で、

体調管理にも気を使いながらの日々。


今日は、介護の話をするつもりでしたが、

朝見た記事で、内容を変更。


以下は、そのネット記事からの一部抜粋。


 私は以前に自民党の集票力について詳しい記者に聞いたことがある。昭和の時代からだいたい「宏池会(岸田派)は大企業、竹下派(現・茂木派)は業界団体、清和会(安倍派)は文教&宗教」だと言っていた。今まさに注目されているのが安倍派の「文教&宗教」なのである。

 だから、安倍派の醜聞が出てくる度に文科省の「中の人」だった前川氏が発言する流れにここ数年なっている。なるほど安倍派にとっては厄介な人物なのです。

 文化庁の宗務課担当者は、2015年になって旧統一教会から名称変更の申請があった理由は「教団側のタイミングだ」と述べている。このタイミングは下村大臣だったからというより第二次安倍政権だから満を持して申請したのではないか? そう考えると下村氏個人が今もフワフワした言動なのは理解できる。

 さて、2015年には別の大問題もありました。「新国立競技場の建設費問題」である。ここでも下村博文先生が注目を浴びていたのを思い出してほしい。

 膨れあがった建設費用に批判が強くなり、下村文科相は舛添要一東京都知事との会談で500億円の負担を求めたが反発された。そのあと下村氏は「一貫して明確な責任者がどこなのか、よくわからないまま来てしまった」と言い放った。すごすぎる博文節。とにかく明るい安村ならぬ、とにかくずさんな下村。

 しかしこれも「下村博文よりエライ人」の動きをみると興味深いのだ。当時の毎日新聞の社説は、事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長、監督する立場にある下村博文文科相の責任は問われなければならないと書きつつ、

《その背景には関係者が「重鎮」に配慮し、河野氏の諮問機関に過ぎない有識者会議が重要事項を決定する機関となっていた実態がある。》(社説『新国立検証報告 無責任ぶり確認された』2015年9月25日)

 と指摘している。

 有識者会議は2012年3月にスタート。メンバーは日本ラグビー協会の要職にある森喜朗氏をはじめ、超党派のスポーツ議員連盟に所属する政治家、日本オリンピック委員会や日本体育協会、サッカーなど競技団体の幹部や著名作曲家ら「各界の重鎮」が並び、

《会議は利益代表者による陳情の場と化していた。》(同前)のである。

 開閉式の屋根を備えた8万人収容のスタジアムという基本構想は有識者会議から生まれ、総工費は膨れあがった。言うまでもなく森喜朗は清和会と文教族のドンであり、有識者会議スタートの2年後には東京五輪組織委員会の会長に就任している。

 こんな時期に下村博文は文科相だったのである。清和会の実行部隊として使い勝手が良かったのだろうが、2015年に勃発した建設費問題では右往左往し、森氏や安倍首相が慌てて動いてザハ案は白紙撤回となった。この年はいろんなことがあった。今話題になっている旧統一教会の名称変更問題と併せて「2015年の下村博文」がどこを向いていたか、あらためて検証するべきなのです。


うーん、 この後、記事は、下村のガキの使いぶりにまで言及するのですが、

物事が決定していく背後には、有象無象が蠢いています。


昨日あたりから、

遅ればせながらNHKも、

メインニュースでの、

統一教会関連の扱いを増やした感があり、

遅きに失した感もありますが、

報道しないよりはしたほうがよろしい。

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僕は図書館に行くと、

朝日、産経、読売、毎日、東京、埼玉、の、

6つの新聞を読むのですが、

統一教会関連の扱いは、まちまち。


最近は、日本経済新聞を読む時間が、なくなりましたね。


リチャード・ティーのピアノが、



冴えてます。





公明党を気にする政治部の上の人間とか



介護が大変なのは、先が見えないから。

いや、最後には、死、があることは、見えていますよ。

でも、寿命ばかりは、わかりません。


僕の場合は、実質的な介護日数は、

そう長いものではありませんでした。


今、親戚の介護の手伝いをしていて、

いろいろと思うことがありますが、

それはまた、いずれ機会がある時に。


僕は、NHKの受信料は年払いで払っていますが、

今回の、消極姿勢には、疑問に思っていました。

そう、統一教会についての姿勢、です。


以下は、ネット記事からの引用。

「民放各社は、旧統一教会による被害の実態や、政治家との関係を連日のように報じています。しかし、NHKは襲撃事件の捜査状況や統一教会との関わりで注目されている政治家の発言を伝えるのみで、統一教会問題を深く掘り下げた報道をしていません」(NHK現役報道記者)

実際、NHKの看板ニュース番組である『ニュース7』や『ニュースウオッチ9』の事件後の放送内容の見出しには「旧統一教会」の文字は皆無だ。

ツイッターで「#NHKはなぜ統一教会報道をしないのか」「#もうNHKに金払いたくない」というハッシュタグができるほど、NHKへの批判が高まっている。

《NHKしか見ていない人は統一教会の問題を知らないんじゃないだろうか》

《ありもしない黙秘権を行使中のNHK。国葬と、自民・統一教会の癒着に関して、平然と「浅読みニュース」を続けるNHK。プライドはないのか》

《日本の公共放送が公共性を完全に捨てている》

《「ニュース7」相変わらずのラインアップ。違う国のニュースを見てる気分》

《「自民党と統一教会の繋がり、政権与党と外国カルト教団の繋がり」の全体像は一切取り上げず、ただ「自民党側の言い訳」だけを流し続けるNHK》

《今この問題に触れないのはあり得ない。日本の公共放送名乗りながら日本にとって重大なニュースを流さないなら日本から出ていけ》

《放送しない理由を説明すべきだろNHKは。国民の大半がずっと疑問に思ってるんだぞ?》

前出の記者がNHK局内の実情を明かす。

「現場では『やるべきだ』って声は大きいです。かなり不満が溜まっていますよ。最初に出遅れたことが尾を引いているのもあると思いますが、現場は『最初から出すべきだ』って意見だったんです。

でも、いわゆる政治と宗教の問題については、公明党を気にする政治部の上の人間とかもいたり。プロデューサーとか現場のトップレベルは、もっと踏み込むべきだと思っているのですが、局長レベルから上が、政府から言われているわけじゃないんですけど、“自主規制”している状態です」

本誌はNHK広報部に「なぜ旧統一教会と政治家の癒着問題を取り扱わないのか」「NHKの現場の記者が『現場は報じたいが上層部が許可しない』との趣旨の発言をしている。それは事実か、事実ならなぜか」について書面で質問をしたところ、下記のように回答があった。

「『ニュース7』や『ニュースウオッチ9』では、『世界平和統一家庭連合』、旧統一教会と政治の関係などに関するニュースを報道しており、ご質問にある指摘は事実ではありません。引き続き、視聴者の皆さまの高い関心なども踏まえ、多角的に正確な情報をお伝えするよう努めてまいります」

前出のNHK記者は言う。

「旧統一教会問題を扱わない方が国民の信頼を損ねるのはわかっています。報じないことで逆のリスクにもなります。だから現場では徐々に準備というか、取材は進めているので、そのうち社内のモードが変わると思います。現場は憤慨していますよ」

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うーん、 せめて、クローズアップ現代あたりで、

取り上げてもいいのでは、と。


まあ、

今後の動向を、

見守ることといたしましょう。




ここまでやらねばならないのかと思う自治会の仕事



今年は、自治会の役員になっての1年目。

総務という役割を引き受けていますが、

7月は豪雨もあり、なかなかに大変でした。


初めてのことですが、

用水路の水があふれ、

通りに濁流があったらしく、

屋外に置いてある消火器が被害に遭いました。


それを写真に収めた人がいて、

デジカメで撮ったそうですが、

それを印刷して、文書にし、

役所に提出する資料を作るように、

との依頼がありました。


実は、その数日前に、

自治会から預かっているプリンターが、

インク切れを起こし、

ベイシア電気で買ってきたインクと交換後も、

認識されず、丸二日間、プリンターと格闘。


区長に相談し、

新しいものに買い替えることになりましたが、

自治会関連の仕事というか雑用も含めた作業で、

かなりの時間を使っています。


僕は、アルバイトを二つ掛け持ちしており、

それ以外に親戚2軒の介護の手伝いもあり、

リタイアしているとはいえ、

そうそう暇ではありません。

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基本、ブログも、朝、

あるいは午前中に書いて、放置。

ブログは仕事ではないので、

書かない日もありますが、

ほぼほぼ毎日更新できているのは、

書くことが嫌いではないから。


それと今は、統一教会絡みで、

言いたいことが山のようにあるので、

というのもありますが。


さて、それは置いておいて、自治会ですが、

所有者が遠くに住んでいる空き地があり、

先日は、そこの草刈りをしました。


ちょうどその場所は、

小学生の通学路にも接しており、

飛び出した枝をよけながらの通学だと危険だし、

また、通学中の交通事故も懸念されます。


なので、自治会の役員8名ほどで、

日曜日の早朝に枝切と草刈りを実施。


草刈りと言えば、

春と秋には一斉清掃日というのがあるのですが、

5月の時は、自治会に入っている家と、

入っていない家との格差が、浮き彫りに。


つまり、自治会に入っていない家には、

回覧板が回らないので、

一斉清掃日のお知らせが行かず、

出てこない家が多いのです。


自治会に入っていても、

バックレる家があるなか、

出てきた人たちでの清掃となったのですが、

コロナで2年間やっていなかった用水路沿いの草はエライことに。


通常の倍以上の時間を要して作業を終えましたが、皆、疲労困憊。

まじめに出てきた人ばかりがバカを見る状況なので、

秋の清掃日前には、

自治会に入っていない家にも、

お知らせを配るつもりです。


今日お話ししたのは、

自治会活動のほんの一部ですが、

ここまでやらなきゃならんのか、

という案件は他にもあり、

それはまた、次の機会に話します。



 

朝鮮カルトから日本を取り戻す



膿は出し切るのが最上の道。

統一教会にお金を毟り取られた家庭は、

数知れず。


信者の中には、

年老いてからお金がなく、

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生活保護になる者も、います。


朝鮮カルトに毟り取られ文無しにされた人間たちを、

日本国民の税金で養うというジレンマ。

これは、大きく、国益を損なう出来事。


以下は、ネットニュースからの一部抜粋。


平井卓也衆院議員は昨夏、地元・香川で開催されたUPF(天宙平和連合)のイベント「ピースロード」で、実行委員長をつとめた。武田良太衆院議員と山本朋広衆院議員は17年2月、UPFが開いた「世界平和国会議員連合」の総会に出席、韓鶴子総裁から「それぞれ自分の国の氏族メシアになってください」とご託宣を受けた。

ほかにも、細田博之衆院議長、逢沢一郎衆院議員、萩生田光一衆院議員、江島潔参院議員、岸信夫防衛相、二之湯智国家公安委員長、末松信介文部科学相…と数え上げればきりがない。

それでも「統一教会と自民党には、組織的関係はない。個別の調査はしない」と茂木幹事長は言う。

党執行部の決定や承認を経て統一教会となんらかの関係を取り結ぶことを「組織的関係」というのなら、むろんないだろう。自民党の政治には昔からオモテとウラがあり、統一教会はウラの担当だ。統一教会の組織票を自民党が割り振っていたとしたら、それはウラの動きといえよう。

統一教会票といっても、せいぜい10万票ていどとみられる。だが、この票の強みは教会本部の号令一下、確実に決められた候補者に流すことができるところだ。その割り振りを安倍元首相がしていたという疑惑があるが、ここへきて重大な証言が飛び出した。

統一教会のイベントに2020年から3度参加した伊達忠一前参院議長は、HTB北海道テレビの取材に対し「選挙でお世話になったお礼」と、参加の目的を明かしたうえで、安倍元首相と統一教会の関係について次のように語ったのだ。

「宮島喜文。長野から出てる。これを前回(2016年の参院選)で『どうだろう?』と安倍さんが(聞いて)、『統一教会に頼んでちょっと(票が)足りないんだウチが』と言ったら、『わかりました、そしたらちょっと頼んでアレ(支援)しましょう』ということで」

「今回(今年7月の参院選)は安倍さんは『悪いけど勘弁してくれ』と。『井上(義行氏)をアレ(支援)するんだ』という話になって、宮島は辞退したんですよ」

伊達氏が同じ臨床検査技師出身であることから肩入れした全国比例候補、宮島喜文氏(前参院議員)への統一教会票の割り振りをめぐる、安倍元首相との生々しいやり取りである。どうやら、安倍氏に頼めば教会票を動かせると伊達氏は認識していたようだ。

16年の参院選では、安倍氏が教会票を回してくれたので宮島氏が当選、今年の選挙ではその分を井上義行氏に割り振ることになったため、宮島氏は出馬を断念したということらしい。

安倍氏の意向しだいで票の行き先を変えられるというのは、どうみても尋常な関係ではない。



うーん、 宮島が出馬を断念したのは、

統一教会の票が見込めないとわかったから。

組織票を回された井上は、筋書き通り当選。


さらに、抜粋記事は、続きます。


UPFの梶栗正義会長が信者向けに配信した映像も「報道特集」で放映された。安倍氏からビデオメッセージの約束をとりつけるまでの交渉経過を明かしている。

「先生、もしトランプがやるということになったら、やっていただかなくちゃいけないけどどうかと。“ああ、それなら自分も出なくちゃいけない”という話を実は2021年の春にやりとりをしてたんですよ。先方から『やりましょう』という答えが返ってきて私の耳に入ったのが、8月24日。この8年弱の政権下にあって、6度の国政選挙において私たちが示した誠意というものも、ちゃんと本人が記憶していた」

UPF側のビデオ出演要請に対し、当初渋っていた安倍氏は、トランプ米大統領の出演決定を聞いて態度を変えた。それは、安倍政権下での全ての国政選挙で統一教会が協力してきたことをちゃんと記憶していてくれたからだ、と梶栗氏は言っているのだ。

教会員の力で総理大臣をも動かせることへの自負がにじむ発言である。しかしそれは、日本の政権がいかに甘く見られてきたかという証左でもある。それなのに、いまだ自民党から統一教会との関係を解消する動きはほとんど出ていない。

安倍元首相の実弟、岸信夫防衛相は「統一教会とはお付き合いもありましたし、選挙の際もお手伝いをしていただいております」と述べ、問題はないとの認識を示していたが、厳しい批判の声を受けてようやく「関係を見直す」と姿勢を転じた。本気かどうかは甚だ疑わしい。




うーん、ここに出てくる梶栗正義の父親が、梶栗玄太郎。

僕が二十代で食口(シック)だった当時、

久保木とともに2枚看板でした。


40日断食をしたことを、自慢していました。

ちなみに、僕は、一週間断食まで、でした。


原理数というのがあり、40は、サタン分立の数字。

なので、40日断食を成し遂げたと聞いたときは、

尊敬の眼差しを向けたものです。


今回、安倍さんが殺されたことは、

僕もショックでしたが、

忘れかけていた当時の記憶が呼び起こされ、

統一教会をはじめとしたカルト宗教の問題に、

意見が、止まりません。


これでも、相当気持ちを抑えて、書いています。


朝鮮半島発祥のカルトに、

日本が蹂躙され、

操られていた実態が、

今、浮き彫りにされつつあります。


この機会に膿を出し切り、

本当の意味で、
日本を取り戻していただきたい
と、

切に、願っています。



統一教会も森友学園も、忖度ドラ三



忖度忖度忖度と、

ドラが三つぐらい載っている感じの日本の政界。

特に、長期政権になってくると、

忖度も度を越してきます。

良い例が森友学園。


安倍さんが指示したわけではないし、

安倍さん自身はシロだとしても、

そこに忖度というものが生まれ、

官僚が勝手に気を回す、と。


官僚は権力者におもねると同時に、

保身には人一倍注意を払いますからね。 

杉村さんが、言っていることに、僕も概ね同意。


以下は、彼の弁。


 下村氏が「当時は名称変更もほとんど報道されなかった。名前が変わることによって信者や国民に迷惑をかけることは想像できない話だ」と釈明したことなどについて、元衆院議員でタレントの杉村太蔵は「今回の件は森友学園とそっくりですよ。何があったのかって言ったら、一言で言うと忖度(そんたく)。まさに忖度があったのではないかと」とコメント。

 その上で「下村元大臣、すごく自信がありますね。『(当時の経緯を)開示しなさいと、文化庁よ』と。本当に開示したとしても、下村元大臣から指示があったなんてことは書いてないんだと思う。じゃあ、忖度がなぜ起きるのか、忖度って何かと言ったら、大臣が指示するわけではない。官僚がこういう風に今の下村大臣に統一教会の名称変更を受理すれば、言葉を選ばずに言えば、大臣から気に入ってもらえるんじゃないか、評価してもらえるんじゃないか、喜んでもらえるんじゃないかと忖度して、名称変更しますよ(となった)」と推測。

 「なんで官僚がそういうことをやろうとするかと言えば、私の考えでは、安倍(晋三)さんというのは功罪あって。功もいっぱいあるんですけど、僕がちょっと違うんじゃないかと思うのは、官僚の人事を内閣で一括で握るようになったでしょ。官僚からしたら人事ってすごく重要ですから、ついつい政治家、大臣のご機嫌を取ろうという発想になってしまうんじゃないか。そこが行政のゆがみを生んでしまっているんじゃないかと今回の件も含めてすごく感じるところです」と独自の分析をしていた。


うーん、まさに僕も、

そういうことだと思っています。

森友学園も今回のことも、

忖度ドラ三で、起こったこと。


赤木さんの奥さんからすれば、

ただ真実を知りたいだけで、

佐川をはじめとした高級官僚は、

彼女から見れば、権力そのもの。


その官僚的権力構造に、

022

自分の夫が踏み潰されたのですよ。


誠実に生きた真面目な人が潰され、

とぼけとおした佐川が、

今何をしているのか知りませんが、

ろくなもんじゃありません。


ほんとうにろくなもんじゃ、



ありません。



コミュ力のない男の末路



昨日も、40度に迫る暑さでした。

昨日は川越に行き、多少街歩きを、と思ったのですが、

先日、熱中症にかかったせいか、暑さに対する恐怖もあり、

あまり、外歩きはできませんでした。


川越に行った第一の目的は、株主優待の消化。

SFPの株主優待の消費期限が今月末なので、行った次第。

とろたくで、うなぎ海老天重と生ビールを注文。

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現金支出は56円。

まだ、あと2000円分を消化しないといけないので、月内に行く予定。

飯能の鳥良商店が閉店してしまったので、これからは、川越かなあ。 


さて、今日は、コミュ力のない男の末路について。

以下は、ひろゆきの言。

「職場」や「家族」が居場所の代表的なものだと思いますが、どちらにも「居心地の悪さ」を持っているとしたら、ちょっと危険かもしれません。

 日本はいま、「お金を稼ぐ能力を持つ人しか居場所が得られない」という状態です。就職がうまくいくとホワイトな会社に所属できるし、経済力を持てば安心して家庭を築ける。そんな社会です。

 しかも、もしリストラにあったり会社が傾くと、仕事がなくなったり、離婚して孤立してしまうリスクだってゼロではありません。

 では、お金を稼ぐ能力を持たなければ、居場所が得られないのでしょうか。

 コミュニケーション力に長けている人も、居場所を持つことができます。

 近所のコミュニティや、趣味のサークル、親戚付き合いなど、コミュ力の高い人は、どんどん人間関係を築いていけます。

 もし、どこか知らない土地に行ったとしても、そこの飲み屋とかから知り合いを増やしていったりして、すぐに人と仲良くなれます。

 お金がなくても、友達に助けてもらったり、親戚の中で助け合ったりすることもあるでしょう。

 傾向的には、社会から孤立するのは「定職に就いていない男性」に多い印象です。「男なのに稼いでいない」という古い価値観が邪魔をして、後ろめたさがあり、親戚付き合いや友達付き合いからも孤立してしまいがちだからです。

 そもそも、バリバリ働いているように見える会社員でも、「週末に遊ぶ友達がいない」という問題はあります。

 もし、定年を迎えたら、一気にやることを失って、どんどん老け込んでいくような人です。そうなると、もうボーッとして酒を飲むしかなくなります。友達がいないと趣味も広がっていきません。



うーん、僕の友人でもあり、

先輩でもある、風のハリマオさんなどは、

友人が多く、そうした多くの友人から、

困ったときには助けてもらったりしていますが、

これはまさに、インタンジブルな、

無形資産とでも、言うべきもの。


風のハリマオさんの交友関係の広さは、

一朝一夕にできたものではなく、

長年の営みというか、生き方の中から、

自然醸成されたものだと思っています。


そうした、コミュ力の高い人は、

老後も退屈することはなく、

充実した日々を送ることができますが、

コミュ力のない人は、

年を取ってから急にコミュ力が良くなるはずもなく、

慣性の法則よろしく、そのまま、ずるずると、

孤独の沼に嵌まり込んでいくのかもしれません。


老後2000万円問題など、

お金にばかりスポットが当たりがちですが、

コミュ力という無形資産も大切だよね、という話でした。




熱中症で倒れた時のことをお話しします



連日、40度に迫る暑さの中、

体調を崩す人もいるのではないでしょうか。


このところ、統一教会の記事ばかりとなり、

本来のこのブログの趣旨である、

日々の暮らしを綴るところが、

おろそかになっていました。


それと言うのも、

統一教会をはじめとしたカルト宗教に対しては、

言いたいことが山のようにあり、

以前にも言いましたが、いずれ、

それ専用のサイトを立ち上げる予定ですが、

今回の事件を契機に少しそちらのほうにばかり、

気持ちが行きすぎていました。


そこで、今日は、先日経験した、

アルバイト初日での熱中症について、

忘れないうちに書いてみます。


先月21日は、

とあるホテルの設備関係の仕事の初日、でした。

介護離職するまで働いていたのがビジネスホテルであり、

また、設備業界は、

それ以前の職場も含めて20年間の経験があるため、

自分にぴったりの仕事ではないかと応募したのです。


また、週二日、10時から16時まで、と、

朝もゆっくりできるし、通勤は電車なので、

すべての条件が整っていました。


そういう次第で、

気合を込めて行った先が、

熱中症になるしかないような環境だったのです。


まず、常駐する部屋が、

ろ過機を置いてある6畳ほどの機械室で、

事務作業をする机すらなく、

エアコンも、ありません。


常に立っていなければならず、

換気は、排気ファンが回っているだけ。


入り口のドアは半開きにしておき、

そのドアから、

階段を下がった低い場所にその機械室はありました。


温度計はありませんでしたが、

おそらく室温は、

38度前後だったと思います。

風通しもあまり良くないため、

湿度が高く、

汗もなかなか蒸発しません。


炎天下での、

交通誘導警備員の仕事に比べても、

汗が蒸発しない分、きつかったです。


その部屋を出るのは、

一度の館内巡回の時と、

お湯の様子を見るために大浴場に行くときぐらい。


あとは、

お昼に松屋で牛丼を食べに、

外に出たときくらい。


とにかく、大半の時間は、

冷房のない機械室にいたので、

常に頭がぼーっとしたまま、でした。


仕事は、何とかやり切りましたが、

帰宅後、めまいがして、

そのまま、倒れました。

0-80

金曜日、土曜日と、体力回復に充て、

軽度の熱中症だとわかりました。


4日間ほど、ブログの更新ができず、

回復を待って会社の担当者に電話し、

やめることを告げました。


週二日、月に4万円ほどの、

収入を見込んでいましたが、

それがなくなりました。


まあ、その4万円がなくても、

特に困ることはありません。


今やっている、

検針員と、

交通誘導警備員の仕事、

それと月5万円弱の年金と合わせれば、

何とか暮らしは成り立ちます。



ケツの毛まで抜かれるカルトの世界



下品なタイトルでスイマセン、ですが、

ケツをお尻と言い換え得たところで、

その実体は、変わらず。


カルト宗教にも、濃淡があり、

その深刻度の度合いは、様々ですが、

ここでは、統一教会に絞って話します。


カルトの本質や詳細について、

そしてその解決方法は、

スピリチュアルな話カテゴリーにまとめてあるので、

そちらを、参照してください。


さて、今日は、カルトの深刻さについて。


えげつないタイトルを付けましたが、

このタイトルが、まさにその本質。

ヒトラーのナチスと、変わりません。


ヒトラーは、ユダヤ人だけでなく、

障害者、や、働けなくなった人をも、

名目をつけて殺していました。


有用かどうか、という、

モノとしてしか見ていないから、

そうなるのです。


その点では、一部の政治家と同じ。

選挙に勝つためには何でも使う、と。


目的のためには手段を択ばない点が、

カルトと一部の強欲政治家との共通点。


以下は、
FRIDAYデジタルからの一部抜粋。


宗教団体の信者というのは熱心に働いてくれるうえに、組織票が欲しい政治家からすると非常にありがたい存在のようだ。

「統一教会側からしても、多くの政治家がバックについているようなもので、これほど心強い味方はいないでしょう。イメージの低下などもあり、団体の名称変更を所轄の文化庁に申請したが、長年認められなかった。

ですが、統一教会と関係が深いとされる世界日報から献金を受け、関連団体が発行する月刊誌で表紙に“抜擢”された下村博文氏が文科相だった‘15年に『世界平和統一家庭連合』という名称に変更。下村氏いわく“全く関わっていない”と主張していますが、役人が長年の前例を破って”霊感商法”が取り沙汰されていた宗教団体の名称の変更を許可したという言い分は、にわかには信じ難い」(全国紙記者)

共産党の宮本徹議員が当時の資料を文化庁に開示請求したところ、渡された資料は“規則変更理由”の部分が黒塗りになっていた。“理由”を知りたいのに、それを黒塗りにすることが許されるのであれば、どんなことでも“やりたい放題”になってしまう。


普段は共産党を応援することのない僕ですら、

今回ばかりは、頑張れ、と言いたくなります。


そして、カルトが狡猾なのは、

モノとしてぞんざいに扱いながら、

教えでは、愛を説く、のです。


ここが、ものすごく大事。


だから、安易に、愛を口にする人を、

信じてはいけません。

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カルトに限らず、詐欺師ほど、

愛、という言葉を、

いとも簡単に口に上らせます。


彼らの言う愛は、

イエスの愛とは真逆で、

単なる、欲望を満たすためのツール。


さて、愛について語りだすと、

また、横道にそれるので、

カルトの深刻さに戻ると、

30歳手前の27歳で、

廃人同様で家に戻った僕は、

その後も洗脳が溶けず、

完全に解けるまでに、8年かかりました。


教団から離れたものの、

心は、

まだ囚われのまま。


日曜日になると、

朝5時に起きて、

文夫妻の写真の前で土下座を繰り返す、

参拝敬礼式というのを、

一人で行っていました。


僕がまだ、洗脳から解けていなかったので、

僕とコンタクトを取っていたKという先輩は、

ときどき僕に電話をかけてきて、

羽毛布団や絵画などを売りつけていきました。


Kにしてみれば、

僕は、格好の売り付ける相手であり、

自分のノルマを果たす道具だったのです。

しかし同時に、Kは、

真剣に僕のことを心配もしていました。

つまり、K自身の中に、

矛盾した二つの人格があったのです。


僕は、アルバイトをしながら得たお金で、

58万円の羽毛布団を買い、

38万円の絵画を買いました。

それが、Kを助けることにもなると思ったし、

自分も、まだ、み旨に貢献したいとの、

思いがあったからでもあります。 


つまり、

心が完全に解放されない限り、

搾取は続くのです。


僕の場合、

2年間の専従生活の洗脳を解くのに、

その4倍の8年間の年数が必要でした。


なので、

どっぷりとカルト生活に漬かった信者の、

思い込みを解くのは、

ほぼ不可能に近いのです。


まるで、カルト漬け、という名の、

漬物のようなもの。


カルトに漬かり切った脳は、

カルト脳と化しており、

自己洗脳を繰り返しているのです。


右を向けと言えば右を向き、

黒いモノでも白だと言えば、

白ですと、答えます。


そして操られ、誘導され、

今日のタイトルの如く、

ケツの毛の最後の一本まで、

毟り取られても、

感謝です、と言えてしまうのが、

カルト信者
なのです。


そしてまた、

それこそが信仰心だと、

教え込まれています。


その、信仰心という名の麻薬に、

酔っている状態、

とも、言えるでしょう。


仏陀釈尊の説く覚醒とは、真逆の心理状態。

イエスの愛とは真逆の、狡猾に奪い取る愛欲。

それが、カルト宗教です。


今日も長くなったので、



ここまでとします。




国葬の前に統一教会との関係を総括せよ



昨日は、友人のIさんと、13時から19時ごろまで、

外食をしながら、語り合いました。

今の世の中の流れ、カルト問題、経済、健康についてなどなど、

時間は瞬く間に過ぎていきました。


また、Iさんから学び、

生活の中に取り入れたいと思ったのは、食生活について。

早速帰りは、イオンで、ナッツ類を買い込み帰宅。


さて、話は、このところの定番の統一教会について。


安倍元総理の実績からすれば、

僕は国葬に異議を唱える者ではありませんが、

その前に統一教会と関係のあった政治家はすべて懺悔し、

野党も政局にするのではなく、超党派で、

総括してもらいたいのです。


そうでなければ被害者も、

そして多くのまともな感性を持つ国民も、

納得できません。


この期に及んで、

何が問題なのかわからない、

とまで言い出す議員がいる始末。


クズ議員が多い中、世耕さんなどはまともで、

 自民党の安倍派で参院幹事長の要職にある世耕弘成参議院議員が、統一教会の学生組織である「原理研究会」の出身であるような書き込みをツイッターにされたことを、名誉毀損として3年前に訴えている。訴状には「原理研や統一教会に対して、反社会的な団体であるとの印象を抱く者が少なくない」ことから、社会的評価を低下させるものである

と、明言しています。

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自民党には、

このようなまともな議員もいるのですから、

国葬の前に、

是非、国会で、

統一教会問題の総括をしていただきたい。


以下は、黒塗りにされた決裁文書。

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真っ黒な腹の中を、象徴しているような黒塗り加減。


この追及はぜひ、

超党派で、

お願いします。


どの党にも、

心ある政治家は、

いるはずですからね。





 
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