介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2021年02月

欲しいもの(場所)に逸早く辿り着く方法



世の中には、サクサクと動き、欲しいものを次々に手に入れていく人と、

同じ場所にとどまり続けて、変化のない生活に甘んじている人がいます。

差し詰め、堀江貴文や与沢翼などは、前者でしょう。

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とにかく決断が早く、自分の目指す場所に行くことに真っ正直、です。

別の見方をすると、きわめてクールで、利己主義者です。

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しかし、利己主義者でない人などいないでしょう。

僕も、当然ながら、利己主義者です。

ただ、僕も含めた多くの普通の人の利己主義は、中途半端で隙間だらけ。

だから、欲しいものが手に入らず、行きたいと思った場所になかなか行けないのです。

堀江さんや与沢さんのような、もっと純粋な利己主義者は、

普通一般から見たら、

まるで時空をワープするように、

行きたい場所に行っているように、

見えるかもしれません。

同じ人間だから、あなたにもできないことはない、と彼らは言い、

丁寧にも本まで出版して、その方法を教えてくれています。

本は、読みっぱなしが一番もったいなく、不経済です。


堀江さんや与沢さんから、彼らの著書を通じて、

やりたいと思ったことは即実行する

センターピンの掴み方

などを学びました。


僕の目指すものは、彼等とは違うし、

堀江さんや与沢さんも、それぞれ全く違うタイプで違うものを見ているので、

みんな違ってそれで良いのですが、

誰しもに共通するやるべきことは、

自分の欲しいものを手に入れ、

自分の生きたい場所に行くこと、


なのではないでしょうか。


僕は、彼らほどにはまだ動けていませんが、彼等にはない強みをすでに発見しています。

そして、それを活かすことが、「自分の人生のセンターピンを掴む」ということ、なのだと思っています。




年金支給の65歳まで生活していけるか不安



以前であれば、年金支給は60歳から。

で、今は、移行期間中とはいえ、65歳から。

たかが5年ですが、されど5年です。

で、5年というのは、改めて考えてみると、大きいのですよ。

たとえば、年金が年200万円の人であれば、5年で1000万円。

そう考えると、大きいですねえ。

そうでなくても、僕の父親世代の人たちと比べると、

今年金をもらっている人たちでさえ、減額されていますから、

僕よりも若い人たちの未来は、想像に難くない、と。
 
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で、気になる記事を見つけたので、紹介します。

年金支給の65歳までの生活に不安を覚えている人のようです。

以下が、その内容。


▼相談者

Tさん(仮名)
女性/契約社員/57歳
東京都/持ち家マンション

▼家族構成

夫(56歳/無職)、子ども1人(29歳/会社員 ※独立)

▼相談内容

主人が病気になり退職しました。傷病手当金も失業保険もすでに終わっています。今後、私だけの収入で、どうやって年金支給年齢まで生活をしていけばいいのかわかりません。

私の定年はたぶん60歳ですが、その後もできる限り長く働きたいと考えています。

▼家計収支データ補足

(1)ボーナスの使いみち(昨年例)
旅行20万円、車税金と車検代の積立5万円、夫婦こづかい8万円、生活費の赤字補填10万円、貯蓄2万円、固定資産税の不足分5万円

※ただし、業績で額は大きく変わる

(2)「保険料2万円」の内訳
夫・妻/医療保険=保険料7500円(2人で。60歳から半額/アフラック)
夫/生命保険=保険料3500円(58歳で払込終了/日本生命)
妻/個人年金保険=保険料9000円(59歳で払込終了)

(3)車両費「2000円」について
ほとんど乗らないため、ガソリン代が2000円くらい

(4)夫が勤務している頃の収入
月収(手取り)47万円、ボーナスなし

(5)夫の今後について
社会復帰は可能とのこと。現在、求職中ながらなかなかみつからない。

(6)夫婦の年金について
夫/60歳から企業年金(月額)1万4000円、63歳から企業年金と厚生年金一部合計(月額)10万円、65歳から企業年金と厚生年金合計(月額)17万円支給予定

妻/60歳から年金(月額)5万円で65歳から約10万円の予定



うーん、 僕に言わせれば、全然問題ないと、思いますね。

旦那が、63歳から年金をもらえますし、

それも、65歳になれば増えるし、

その頃には、奥さんも、年金をもらえるわけで、

これで、何が問題なのか、さっぱりわかりません。


僕の例で言えば、

住宅ローンを抱えながら、63歳から4万円台の年金、

65歳から、9万円ほどの年金
です。





それでも幸せに生きているのですから、全然大丈夫ですよ。




あなたを好きなままで消えていく



今日、昨日の記事のコメントの返事を書いていて、

はるか昔の恋を思い出しました。

結論から申し上げますと、

コクルこともなく、

立ち去ったのです。


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風と共に去りぬではありませんが、




風とともに消えていった、

僕、

なのでした。 



収入の柱は2本以上必要、でないとあやつり人形



老婆心ながら言っておくと、若い頃は労働による収入が主体なのは当たり前。

ただ、いつまでも、労働の一本足打法だと、

その頼みの一本足が折れたら、終わり。

なので、収入の柱は、少なくとも2本以上ないと、ね。

できれば、3本以上あると、なおいいよね。

毛利元就の3本の矢は、収入においても言えること。 


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話は変わるけど、村八分とか、知ってる人、いないよね。

よっぽどの、音楽通でないとね。






僕も、末端のアルバイト労働者で、現場を失った今は、

あやつり人形であったことを実感。


でも、生きていきますよ、僕は。

まだ、住宅ローンもたっぷり残っていますからね。







怖れていたことが起こってしまいました



怖れていたことが起こってしまいました。

より正確に言うと、懸念していたこと、です。

雇われている会社での、ダメ上司のことは、過去にも話しています。

まあ、僕のような従業員というか、下の者にいい加減な対応をしているのは、百歩譲って仕方ない、とあきらめるにしても、あのような態度で、顧客に接していたら、契約関係を切られるのではないかと、怖れていたのですよ。

僕は、今のアルバイトは、去年の11月からなので、雇用契約は3月末まで。

で、その後は、よほどのことがない限り、自動契約というか、そうなるのですが。

ただ、僕は、その上司のダメっぷりに遭遇してから怖れていたのは、現場を失うのではないか、ということ。

いくら、僕たち、下っ端のパート従業員がまじめに仕事をしていても、その現場の担当者、つまり、僕の上司、が、あのいい加減さでは、相手が怒ってしまうのではないかと、思ったのですよ。

で、案の定というか、担当から電話があり、他の会社に現場を取られたので、3月末で、雇用は終わりです、と。

あんまりあっさり言うので、しばし、呆然。

僕が、怖れていたこと、というのは、まさにそのこと。


僕も、3か月が経ち、やっと仕事にも、また、職場の人間関係にも慣れてきた矢先の、この通達。

ただ、僕は、

人生には抵抗しない

ということをモットーとしているので、

即座に受け入れました。

わかりました、そういうことなら、仕方ありませんね、と。


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ただ、このアルバイトに就くときに書いた18枚もの書類や証明書の数々。

あるいは、保証人を依頼したAさんを、はじめ、

いろいろな人のおかげで、せっかく就いた仕事なので、

その点だけは、もったいない気がしています。




変化する環境を楽しむ好奇心は、

まだまだ健在なのですがね。



1日14時間を超える立ち仕事の日当は6千円



親の経済に依存する働かない子供は、日本全体だと、どのくらいいるのでしょうかねえ。

まあ、僕も、若い頃に、働いていない時期があり、ぼんやりと、このままいったら自分の未来はどうなるのだろうと、漠然と考えていたこともありました。

僕の場合は、幸いにして、35歳のときに、何とか続けられそうな仕事に巡り合い、そこから、それなりにキャリアを積むことができました。

それで、何とか、生き延びてこれたわけです。

今日紹介するのは、かなり深刻な話。



 消え入りそうな声が漏れた。窓という窓が目張りされた本島中部の木造小屋。薄暗い室内を二つに仕切るカーテンの向こう側、3畳ほどの「聖域」が、コウジさん(49)=仮名=の全てだ。

 カーテンを開け、聖域の外に出るのは週に1度あるかどうか。それでも夜中に庭まで行くのがやっとで、この地に引っ越して10年以上、自宅の庭から外に足を踏み出したことはない。

 カーテンの隙間から差し出すメモで意思を伝え、生活必需品は、隣に住む母マサエさん(83)=仮名=に買い出してもらう。買い物袋が届くと、つえを使って引き込む。聖域にはトイレがないから、用を足すときはバケツに。袋にまとめ、母にごみ出ししてもらう。水をためた大量のポリタンクも常備している。

 高校中退後の16歳からひきこもり。中学生の頃着けた銀歯は外れ、うみが出ている。体を動かさない長年の生活からか、腰痛は年々増している。

 「外に出ても『浦島太郎状態』でしょうね。自分が知る30年以上前の社会と、かけ離れすぎて」

 テレビや母名義のガラケーは壊れたまま。「外」の社会に触れる唯一のメディアは今、ラジオだけだ。

マサエさんは数年前から、コウジさんと住んでいた小屋に出入りする数段の上り下りがしんどくなり、同じ敷地内にある簡易倉庫に住まいを移った。屋根は崩れかけ、土間に板を1枚置いただけのクーラーもない空間。屋根代わりにビニールシートをかぶせ、雨風をしのぐ。

 沖縄戦を生き延び、貧しさから小学校を卒業するとすぐに実家を追い出されて働いた。離婚し、頼れる身寄りもいない中、女手一つでコウジさんを含め5人の子どもを育てた。総菜などの調理補助で1日14時間を超える立ち仕事を長年続け、日当は6千円ほど。

 「寝て起きて、すぐ仕事の繰り返し」。コウジさんの幼心に残るのは、疲れ切り、布団でぐったりと横になる母の姿だ。

 その母に今なお、心身の負担をかけ続ける。「働きものの母、できそこないの自分。母はきっと、自分を憎んでいる」。歳月の重なりが、外に向かうコウジさんの足を鉛のように重くする。

外の世界を遮断し、窓一面に張られた紙の破れた穴から、コウジさん(49)=仮名=がそっとガラス越しにうかがう母マサエさん(83)=同=の体には、日に日に老いが刻み込まれる。腰は曲がり、壁づたいに足をひきずりながら、息子のために手押し車を引いて買い出しに向かう。

コウジさんが食料品などの買い出しを頼むときの手書きメモ=2月、本島中部


 何度か転倒し、大けがをしたこともある。要介護認定を受け、周囲から施設入所やヘルパー利用を何度勧められても、マサエさんが頑として首を縦に振らないのは「息子のため」だ。「子育て」は終わらない。他の4人の子も、いつしか2人と疎遠になった。

社会から気配を消して、母を頼りに命をつないだ30年余り。コウジさんは「母と顔を合わせれば、現実に引き戻されてしまいそうで怖い」という。

 親子で対面し言葉を交わしたのはもう何年も前だ。

 マサエさんの安否を確かめる唯一の手掛かりは夜、簡易倉庫の窓に小さな明かりがともるかどうか。しかし母に緊急事態が起きても、外に出られず電話も持たないコウジさんには、外部にSOSを伝える手だてがない。




 
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うーん、 僕も、35歳までは仕事が安定せず、

働いたりぶらぶらしたりを繰り返していたし、

引きこもりのような状態のときもありました。


今、自分の人生を振り返る時期に来ており、

改めて、自分の人生を、見つめ直しています。


ラジオから流れる音楽や会話で、涙を流した日々。



本当の幸せとは、何なのでしょうねえ。






暗黒の8年間が力になって



6日前に書いた記事、内省で見えてきた悲惨な人生、の、続きになるような話ですが、統一教会を逃げ出したあとの8年間は、暗黒、そのもの。

そのあたりの経緯は、自己紹介カテゴリーで触れているので繰り返しませんが、8年もの闇は、僕にとっては、大変な苦しみでした。

で、誰にも、理解されないのですよ。

その種の苦しみ、というのは、ね。

ただ、改めて実感するのは、あの8年間があったからこそ、今の幸福がある、と、思っています。

暗黒の8年間が、僕のひ弱な精神に焼きを入れてくれたのです。

その最中は、苦しみでしかなく、死ぬことも考えましたが、何とか生き抜いて、闇を脱しました。

この闇の、主たる原因は、自己否定と、みすぼらしい自己像。

その、自己を否定する強い観念が、圧倒的な暗闇を引き寄せていたわけです。

ただ、それは、今だからこそ言えることで、その闇のさなかにいる自分には、到底わかり得ないことでした。

この8年間は、苦しむこと、苦しみ抜くこと、悶え苦しむこと、のたうち回ることが、修行でした。

勿論、本人である当の僕は、修行している意識などはなく、ただ、苦しい苦しいと、のたうち回るばかりの日々。

精神も荒れていて、喧嘩もしました。

喧嘩相手にされるほうは、たまったものではありませんけどね。

ただ、喧嘩になる相手も、波長同通の法則で、僕と似たような荒れた波動の者なので、似た者同士なのですが、ね。

まあ、そうした8年間の闇から脱する契機となったのが、幸福の科学とその教え。

なので、幸福の科学は、当時の僕にとって、光そのもの、でした。

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で、18年弱の信仰生活ののち、今は、その幸福の科学も退会していますが、僕の人生の中で、最初のアセンション、つまり、次元上昇を経験したのは、まさに、その幸福の科学においてでした。

教祖である、大川さんから、圧倒的な光の奔流を浴びせかけられ、目覚めさせられた、という感じ。

霊的に、感応してしまった、のですね。

そして、幸福の科学入会後は、これを信者は、三帰請願、と言いますが、一気に、人生の流れも急上昇。

仕事も精神も安定し、まったく別の人生に再生させられたような感じでした。

なので、今でも、実は、大川さんと幸福の科学には、感謝しています。

で、そのことと、もう一段目覚めた真我としての僕の見解、は、また違うものがある、ということです。

その真我としての見解、視点から述べると、大川さんや幸福の科学には、批判的な見解になってしまう、というだけのこと。

ただ、あの暗黒の8年、そして、あの自己否定の権化たるみすぼらしい自己像に凝り固まっていた僕のかたくなな心に、圧倒的な光を与えてくれたのは、間違いなく、大川さんと幸福の科学であったことは、間違いのない事実として、今も、僕の記憶の中にあります。


だから僕は、いろいろな人の宗教観に、理解を示すことができます。

人にはそれぞれ、いろんな道を通る自由があります。




長くなったので、今日は、ここまでとします。



 

金がない時は、引きこもるに限る



最近、立て続けに、引きこもりに関する番組を見ていて、その流れでもないのですが、思いだしたことがあります。

都内で働いていたころの後輩で、アパートの住人がいました。

金がない時は、引きこもるに限る、とは、彼の弁。

自宅籠城は、消費エネルギーが少ないので、ランニングコスト的には最適解、なのだとか。

ただ、断熱材の入っていない壁に囲まれた彼のアパートは、僕も、お邪魔したことがありますが、寒かったですね。

あ、ちなみに、彼は、当時、経堂の安アパートに住んでいました。

経堂自体は、いい街ですが、そこで安く住むには、相当ぼろいアパートでないと無理。

で、問題は、寒さと、隣人からの音。

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寒い冬の寒いアパートで、隣人からの音に悩まされながらの籠城生活。

確かにローコストですが、楽しいものでは、ありますまい。


籠城生活で、宇多田ヒカルとか、misiaとか、聴きながら、内向きに暮らすのも、あり、かもしれませんが、やはりそこには、向き、不向きもあるかと。




スナックに行くと必ず歌う曲です。

最後のほうの、ビ・ザ・ワーン、というところは、勝手にナルってます。

 お母さんの藤圭子さんも、深いですからね。




「恐怖の7分間」と、その先にある未来



人間は、思い描くことはほとんど実現してきたと、言われています。 

僕が子供の頃は、未来を描いた雑誌や絵本などで、壁掛けテレビや、相手の顔が映る電話、などが、描かれていました。

それらは、もう、実現しています。


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以下は、【ワシントン共同】からのニュース。


米航空宇宙局(NASA)は18日午後(日本時間19日午前)、探査車「パーシビアランス」が火星に着陸したと発表した。最高約1300度の高温にさらされるなど危険が多いが、大気圏突入から着陸までの「恐怖の7分間」を無事くぐり抜けた。火星で生命の痕跡を探す使命を果たすことが期待されている。

 数十億年前の火星は温暖で液体の水があり、微生物が生きられる環境だったと考えられている。かつて地球外に生命が存在したことが確認されれば、生命誕生の謎に迫る手掛かりが得られる。


うーん、こうしたチャレンジを、一つ一つクリアしながら、

着実に、火星移住へと向かっているのですね。

風の時代は、地球引力からも、解き放たれる時代。





ただ、木星に着くのは、まだ先のことでしょうね。




年末年始手当は651円



1月分の給料明細をよく見てみたら、年末年始手当というのが、加算されていました。

その額は、651円。

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お正月の、2日の日だったかな、出勤したのですが、それに対する手当、のようです。

去年の11月から始めたアルバイトなので、まだ、発見が、いろいろとあります。

こうした手当てがつくのだ、ということも、今回初めて知った次第。


651円あれば、それなりの食材が買えますからね。 

僕にとっては、これは、大変嬉しい手当、です。


こうしたささやかな喜びを発見していく人生。

どんなことも、小さな積み重ねから、成り立っていますから、ね。



今日も、小さな幸せを見つけて喜ぶ僕なのでした。


その、651円の手当がついた日のことは、以下の記事に書いてあります。

正月出勤でも時給は930円





健康寿命が燃え尽きるまで働けと国が言う



マルクスの資本論は、ずいぶん前に書かれた本ですが、今でも十分通用する内容を持っています。

僕は、ずいぶん、マルクスについて、誤解していました。

それは、一つには、長年信仰していた教団の教祖が、マルクスを酷評していたからです。

まあ、それを、真に受けていたわけですね。

カルト信者あるある、です。


今の僕はと言うと、マルクスという人は、ずいぶん、先見の明があった人だなあと、認識を新たにしています。

 勿論、彼とて人間ですから、間違ったことも言っていますが、十分すごい人です。


どうも、国の方針、というか、方向性としては、

「健康寿命が燃え尽きるまで働け」という感じ。


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そんなに働きたくないニャン、と、にゃんこも言っていますよ。


定年までだと思っていたら、いつの間にか、ロングバージョン。




都会の乾いた荒野をさまよい歩く、高齢の労働者が目に浮かびます。





苦痛な生活がデフォルトになってはいけない



昨日は、僕が辿ったかもしれない、もう一つの人生について、書いてみたのですが、その団体では、人間は押しなべてサタンの子と、と、されていました。

つまり、まともな人間は、一人もいない、と。

こうした思想に洗脳され、それを土台にして生きていくと、どんな人生になるかは、想像がつくか、と思います。

で、そうした闇の中でクモの糸のように与えられるのが、救世主による救い、という筋書き。

つまり、洗脳された人間は、否応なく、その細い糸に縋り付く、しかない。

その細い糸を離したら、闇の中へ、サタン世界へ、まっしぐらに落ちていく、という恐怖。

生きていることが苦痛であるとの前提、に立って、この人生を歩むことになるので、それは、苦痛な生活がデフォルト、ということになります。

こうした考えに陥っている人は、なにも、カルト信者だけではないでしょう。

普通の会社員の中にも、いるように思います。


長らく会社員、あるいは社会人をしていると、

大変なこと、苦労することが当たり前というか、

それがデフォルトになってしまい、

それが人生なんだから仕方なくね、

と考えがちです。


でも、人生を重くするのも軽くするのも、自分次第。




気楽に生きていると、雨の日も、楽しめるようになりますよ。


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内省で見えてきた悲惨な人生



僕が、今住んでいる町に、父とともに引っ越してきたのが、高校を卒業後の18歳のとき。

そして、その後、僕が19歳のときに父が再婚したため、僕は、安心して家を出て放浪。

その後、25歳のときに、統一教会での専従生活に入り、27歳で、そこを逃げ出して、その後もいろいろあったのですが、

先日、町の、今はシャッター商店街となった通りを歩いているときに、

もう一つの悲惨な人生というものを垣間見た、

そう、見たのです。


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それは、あのまま統一教会での生活を送り、

やがて、合同結婚式に出て、家族もでき、

もはや後戻りもできない生活。

たとえば、国際結婚で、韓国にでも行き、

そこで家族もでき、日本に帰れなくなるとか。


その結果、親に、どれだけの迷惑をかけたか、

そして、洗脳が解けないままの僕が、

どれほど悲惨な人生を歩んだか。

そして、やがて、親孝行も出来ぬまま、親は死に、

後悔で胸を掻き毟りながら、

自分を責め、責め、責め、責め抜いたのちに、

今、どんな人生にあるのか。


そんな、もう一つの悲惨な人生が、くっきりと浮かび上がったのです。

そんな人生であれば、今の町の風景も、

今の僕が見ているようには、見えていないはず。

ブログを書くにしても、もっと悲惨な内容の、

苦痛に呻吟するブログになっていたでしょう。


人生には、いくつかの岐路がありますが、

その重要な局面で自分がどんな選択をするかが、

その後の人生の行方を左右します。 





僕は今、

自分の通ってきた足跡を振り返りつつ、

内省中、です。





1月の給料を公開します



遅くなりましたが、1月の末に、お給料をいただいたので、後悔します、

ではなくて、公開します。

まあ、こんなふうに暮らしていれば、

また、今月末には、お給料がいただけます。


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月6万円生活を実践しているので、これで、生活はできますが、

あとは、住宅ローンを預貯金を取り崩しながら支払っています。


あと、1年数か月後に、年金の報酬比例部分がもらえるようになるので、

そこからは、預貯金の取り崩し額は少なくなります。

そのためにも、アルバイトの雇用契約が更新されることを、願っています。

更新されたら、また、このブログで、お知らせします。


まあ、何とかなるでしょう。





何とかなるし、どうにかなるものです。



「お金がなくなる」恐怖のない生活



恐怖、と言えば、昨夜の地震は、かなり揺れがありました。

ちょうど、先日録画しておいた、カイジ ファイナルゲーム、を見ているときでした。
、、体感では、震度4くらいの感じでした。


さて、今日も、昨日の続き、みたいな話になります。


まあ、これは、逆転の発想でもあるのですが、僕のように、お金もなく、家族もなく、60を過ぎてなお、住宅ローンを支払いつつ、アルバイト暮らしをしていると、失うもののない快適さ、というのがあります。

ぶっちゃけ、あとは、死ぬだけ。

なので、せめて、後悔のないように生きたい。

思っているのは、それだけ、です。

シンプルで、単純でしょ。

このシンプルさがいいんですよ。

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で、何の話でしたっけ。

ああ、そうそう、これが下手にそれなりの資産とか、お金を持っていたら、お金が無くなる恐怖、お金が減っていく恐怖、というものにとらわれたりします。

そうすると、せっかく持っているお金も使えなくなってしまい、人生を楽しむことができません。

ところが、僕のように、住宅ローンを支払いながらのアルバイト生活だと、単純素朴に生きていくことができます。

つまり、自分のできる範囲で楽しむことができるようになる、ということ。

山歩き、散歩、サイクリング、図書館から借りた本を読む、など、みんなタダでできること。

しかも、こうした、タダでできることほど、実は、内面の満足度が高かったりします。

たとえば、ゾゾタウンのあの人、名前は忘れましたが、バカ高い絵を買って自慢してましたが、僕から見ると、ゴミのような絵。

あんな絵よりも、自然界のほうにこそ、美しいものがあるよ、ということ。

近場の川歩きだけでも、あの絵以上の、というか、そんなものとは比較にならない輝き、美、が、あるのが、わかります。

そんな感覚がわかってくると、きっと、空も飛べるはず。




勿論、ここで言う空とは、心の自由という名の空、です。




 

寿命は伸びたけど金がない人が多い



どうも、日本人の寿命そのものは年々、伸びているようなのです。

ただですね、健康寿命はと言うと、微妙なところ。 

長く生きればいいというものでもなく、何と言っても、健康であってこその話。

で、お金がないと嘆くのではなくて、お金がなければ、下手な罠にはかからない、と、良いほうに解釈することもできるわけで。

たとえば、そもそも金がないのであれば、後妻業に狙われる心配もありません。

また、金にモノを言わせて、若い女性を口説こうとのスケベ心も、なくなります。

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金だけに頼って女性をどうこうしようという男ほど、みっともないものはありません。


また、金がなければ、銀座などに飲みに行こうという気はなくなります。

せいぜい、家で、発泡酒を飲むくらい。



しょえるネギもないので、カモられることもありません。



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