介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2021年02月

欲しいもの(場所)に逸早く辿り着く方法



世の中には、サクサクと動き、欲しいものを次々に手に入れていく人と、

同じ場所にとどまり続けて、変化のない生活に甘んじている人がいます。

差し詰め、堀江貴文や与沢翼などは、前者でしょう。

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とにかく決断が早く、自分の目指す場所に行くことに真っ正直、です。

別の見方をすると、きわめてクールで、利己主義者です。

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しかし、利己主義者でない人などいないでしょう。

僕も、当然ながら、利己主義者です。

ただ、僕も含めた多くの普通の人の利己主義は、中途半端で隙間だらけ。

だから、欲しいものが手に入らず、行きたいと思った場所になかなか行けないのです。

堀江さんや与沢さんのような、もっと純粋な利己主義者は、

普通一般から見たら、

まるで時空をワープするように、

行きたい場所に行っているように、

見えるかもしれません。

同じ人間だから、あなたにもできないことはない、と彼らは言い、

丁寧にも本まで出版して、その方法を教えてくれています。

本は、読みっぱなしが一番もったいなく、不経済です。


堀江さんや与沢さんから、彼らの著書を通じて、

やりたいと思ったことは即実行する

センターピンの掴み方

などを学びました。


僕の目指すものは、彼等とは違うし、

堀江さんや与沢さんも、それぞれ全く違うタイプで違うものを見ているので、

みんな違ってそれで良いのですが、

誰しもに共通するやるべきことは、

自分の欲しいものを手に入れ、

自分の生きたい場所に行くこと、


なのではないでしょうか。


僕は、彼らほどにはまだ動けていませんが、彼等にはない強みをすでに発見しています。

そして、それを活かすことが、「自分の人生のセンターピンを掴む」ということ、なのだと思っています。




年金支給の65歳まで生活していけるか不安



以前であれば、年金支給は60歳から。

で、今は、移行期間中とはいえ、65歳から。

たかが5年ですが、されど5年です。

で、5年というのは、改めて考えてみると、大きいのですよ。

たとえば、年金が年200万円の人であれば、5年で1000万円。

そう考えると、大きいですねえ。

そうでなくても、僕の父親世代の人たちと比べると、

今年金をもらっている人たちでさえ、減額されていますから、

僕よりも若い人たちの未来は、想像に難くない、と。
 
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で、気になる記事を見つけたので、紹介します。

年金支給の65歳までの生活に不安を覚えている人のようです。

以下が、その内容。


▼相談者

Tさん(仮名)
女性/契約社員/57歳
東京都/持ち家マンション

▼家族構成

夫(56歳/無職)、子ども1人(29歳/会社員 ※独立)

▼相談内容

主人が病気になり退職しました。傷病手当金も失業保険もすでに終わっています。今後、私だけの収入で、どうやって年金支給年齢まで生活をしていけばいいのかわかりません。

私の定年はたぶん60歳ですが、その後もできる限り長く働きたいと考えています。

▼家計収支データ補足

(1)ボーナスの使いみち(昨年例)
旅行20万円、車税金と車検代の積立5万円、夫婦こづかい8万円、生活費の赤字補填10万円、貯蓄2万円、固定資産税の不足分5万円

※ただし、業績で額は大きく変わる

(2)「保険料2万円」の内訳
夫・妻/医療保険=保険料7500円(2人で。60歳から半額/アフラック)
夫/生命保険=保険料3500円(58歳で払込終了/日本生命)
妻/個人年金保険=保険料9000円(59歳で払込終了)

(3)車両費「2000円」について
ほとんど乗らないため、ガソリン代が2000円くらい

(4)夫が勤務している頃の収入
月収(手取り)47万円、ボーナスなし

(5)夫の今後について
社会復帰は可能とのこと。現在、求職中ながらなかなかみつからない。

(6)夫婦の年金について
夫/60歳から企業年金(月額)1万4000円、63歳から企業年金と厚生年金一部合計(月額)10万円、65歳から企業年金と厚生年金合計(月額)17万円支給予定

妻/60歳から年金(月額)5万円で65歳から約10万円の予定



うーん、 僕に言わせれば、全然問題ないと、思いますね。

旦那が、63歳から年金をもらえますし、

それも、65歳になれば増えるし、

その頃には、奥さんも、年金をもらえるわけで、

これで、何が問題なのか、さっぱりわかりません。


僕の例で言えば、

住宅ローンを抱えながら、63歳から4万円台の年金、

65歳から、9万円ほどの年金
です。





それでも幸せに生きているのですから、全然大丈夫ですよ。




あなたを好きなままで消えていく



今日、昨日の記事のコメントの返事を書いていて、

はるか昔の恋を思い出しました。

結論から申し上げますと、

コクルこともなく、

立ち去ったのです。


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風と共に去りぬではありませんが、




風とともに消えていった、

僕、

なのでした。 



収入の柱は2本以上必要、でないとあやつり人形



老婆心ながら言っておくと、若い頃は労働による収入が主体なのは当たり前。

ただ、いつまでも、労働の一本足打法だと、

その頼みの一本足が折れたら、終わり。

なので、収入の柱は、少なくとも2本以上ないと、ね。

できれば、3本以上あると、なおいいよね。

毛利元就の3本の矢は、収入においても言えること。 


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話は変わるけど、村八分とか、知ってる人、いないよね。

よっぽどの、音楽通でないとね。






僕も、末端のアルバイト労働者で、現場を失った今は、

あやつり人形であったことを実感。


でも、生きていきますよ、僕は。

まだ、住宅ローンもたっぷり残っていますからね。







怖れていたことが起こってしまいました



怖れていたことが起こってしまいました。

より正確に言うと、懸念していたこと、です。

雇われている会社での、ダメ上司のことは、過去にも話しています。

まあ、僕のような従業員というか、下の者にいい加減な対応をしているのは、百歩譲って仕方ない、とあきらめるにしても、あのような態度で、顧客に接していたら、契約関係を切られるのではないかと、怖れていたのですよ。

僕は、今のアルバイトは、去年の11月からなので、雇用契約は3月末まで。

で、その後は、よほどのことがない限り、自動契約というか、そうなるのですが。

ただ、僕は、その上司のダメっぷりに遭遇してから怖れていたのは、現場を失うのではないか、ということ。

いくら、僕たち、下っ端のパート従業員がまじめに仕事をしていても、その現場の担当者、つまり、僕の上司、が、あのいい加減さでは、相手が怒ってしまうのではないかと、思ったのですよ。

で、案の定というか、担当から電話があり、他の会社に現場を取られたので、3月末で、雇用は終わりです、と。

あんまりあっさり言うので、しばし、呆然。

僕が、怖れていたこと、というのは、まさにそのこと。


僕も、3か月が経ち、やっと仕事にも、また、職場の人間関係にも慣れてきた矢先の、この通達。

ただ、僕は、

人生には抵抗しない

ということをモットーとしているので、

即座に受け入れました。

わかりました、そういうことなら、仕方ありませんね、と。


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ただ、このアルバイトに就くときに書いた18枚もの書類や証明書の数々。

あるいは、保証人を依頼したAさんを、はじめ、

いろいろな人のおかげで、せっかく就いた仕事なので、

その点だけは、もったいない気がしています。




変化する環境を楽しむ好奇心は、

まだまだ健在なのですがね。



1日14時間を超える立ち仕事の日当は6千円



親の経済に依存する働かない子供は、日本全体だと、どのくらいいるのでしょうかねえ。

まあ、僕も、若い頃に、働いていない時期があり、ぼんやりと、このままいったら自分の未来はどうなるのだろうと、漠然と考えていたこともありました。

僕の場合は、幸いにして、35歳のときに、何とか続けられそうな仕事に巡り合い、そこから、それなりにキャリアを積むことができました。

それで、何とか、生き延びてこれたわけです。

今日紹介するのは、かなり深刻な話。



 消え入りそうな声が漏れた。窓という窓が目張りされた本島中部の木造小屋。薄暗い室内を二つに仕切るカーテンの向こう側、3畳ほどの「聖域」が、コウジさん(49)=仮名=の全てだ。

 カーテンを開け、聖域の外に出るのは週に1度あるかどうか。それでも夜中に庭まで行くのがやっとで、この地に引っ越して10年以上、自宅の庭から外に足を踏み出したことはない。

 カーテンの隙間から差し出すメモで意思を伝え、生活必需品は、隣に住む母マサエさん(83)=仮名=に買い出してもらう。買い物袋が届くと、つえを使って引き込む。聖域にはトイレがないから、用を足すときはバケツに。袋にまとめ、母にごみ出ししてもらう。水をためた大量のポリタンクも常備している。

 高校中退後の16歳からひきこもり。中学生の頃着けた銀歯は外れ、うみが出ている。体を動かさない長年の生活からか、腰痛は年々増している。

 「外に出ても『浦島太郎状態』でしょうね。自分が知る30年以上前の社会と、かけ離れすぎて」

 テレビや母名義のガラケーは壊れたまま。「外」の社会に触れる唯一のメディアは今、ラジオだけだ。

マサエさんは数年前から、コウジさんと住んでいた小屋に出入りする数段の上り下りがしんどくなり、同じ敷地内にある簡易倉庫に住まいを移った。屋根は崩れかけ、土間に板を1枚置いただけのクーラーもない空間。屋根代わりにビニールシートをかぶせ、雨風をしのぐ。

 沖縄戦を生き延び、貧しさから小学校を卒業するとすぐに実家を追い出されて働いた。離婚し、頼れる身寄りもいない中、女手一つでコウジさんを含め5人の子どもを育てた。総菜などの調理補助で1日14時間を超える立ち仕事を長年続け、日当は6千円ほど。

 「寝て起きて、すぐ仕事の繰り返し」。コウジさんの幼心に残るのは、疲れ切り、布団でぐったりと横になる母の姿だ。

 その母に今なお、心身の負担をかけ続ける。「働きものの母、できそこないの自分。母はきっと、自分を憎んでいる」。歳月の重なりが、外に向かうコウジさんの足を鉛のように重くする。

外の世界を遮断し、窓一面に張られた紙の破れた穴から、コウジさん(49)=仮名=がそっとガラス越しにうかがう母マサエさん(83)=同=の体には、日に日に老いが刻み込まれる。腰は曲がり、壁づたいに足をひきずりながら、息子のために手押し車を引いて買い出しに向かう。

コウジさんが食料品などの買い出しを頼むときの手書きメモ=2月、本島中部


 何度か転倒し、大けがをしたこともある。要介護認定を受け、周囲から施設入所やヘルパー利用を何度勧められても、マサエさんが頑として首を縦に振らないのは「息子のため」だ。「子育て」は終わらない。他の4人の子も、いつしか2人と疎遠になった。

社会から気配を消して、母を頼りに命をつないだ30年余り。コウジさんは「母と顔を合わせれば、現実に引き戻されてしまいそうで怖い」という。

 親子で対面し言葉を交わしたのはもう何年も前だ。

 マサエさんの安否を確かめる唯一の手掛かりは夜、簡易倉庫の窓に小さな明かりがともるかどうか。しかし母に緊急事態が起きても、外に出られず電話も持たないコウジさんには、外部にSOSを伝える手だてがない。




 
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うーん、 僕も、35歳までは仕事が安定せず、

働いたりぶらぶらしたりを繰り返していたし、

引きこもりのような状態のときもありました。


今、自分の人生を振り返る時期に来ており、

改めて、自分の人生を、見つめ直しています。


ラジオから流れる音楽や会話で、涙を流した日々。



本当の幸せとは、何なのでしょうねえ。






暗黒の8年間が力になって



6日前に書いた記事、内省で見えてきた悲惨な人生、の、続きになるような話ですが、統一教会を逃げ出したあとの8年間は、暗黒、そのもの。

そのあたりの経緯は、自己紹介カテゴリーで触れているので繰り返しませんが、8年もの闇は、僕にとっては、大変な苦しみでした。

で、誰にも、理解されないのですよ。

その種の苦しみ、というのは、ね。

ただ、改めて実感するのは、あの8年間があったからこそ、今の幸福がある、と、思っています。

暗黒の8年間が、僕のひ弱な精神に焼きを入れてくれたのです。

その最中は、苦しみでしかなく、死ぬことも考えましたが、何とか生き抜いて、闇を脱しました。

この闇の、主たる原因は、自己否定と、みすぼらしい自己像。

その、自己を否定する強い観念が、圧倒的な暗闇を引き寄せていたわけです。

ただ、それは、今だからこそ言えることで、その闇のさなかにいる自分には、到底わかり得ないことでした。

この8年間は、苦しむこと、苦しみ抜くこと、悶え苦しむこと、のたうち回ることが、修行でした。

勿論、本人である当の僕は、修行している意識などはなく、ただ、苦しい苦しいと、のたうち回るばかりの日々。

精神も荒れていて、喧嘩もしました。

喧嘩相手にされるほうは、たまったものではありませんけどね。

ただ、喧嘩になる相手も、波長同通の法則で、僕と似たような荒れた波動の者なので、似た者同士なのですが、ね。

まあ、そうした8年間の闇から脱する契機となったのが、幸福の科学とその教え。

なので、幸福の科学は、当時の僕にとって、光そのもの、でした。

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で、18年弱の信仰生活ののち、今は、その幸福の科学も退会していますが、僕の人生の中で、最初のアセンション、つまり、次元上昇を経験したのは、まさに、その幸福の科学においてでした。

教祖である、大川さんから、圧倒的な光の奔流を浴びせかけられ、目覚めさせられた、という感じ。

霊的に、感応してしまった、のですね。

そして、幸福の科学入会後は、これを信者は、三帰請願、と言いますが、一気に、人生の流れも急上昇。

仕事も精神も安定し、まったく別の人生に再生させられたような感じでした。

なので、今でも、実は、大川さんと幸福の科学には、感謝しています。

で、そのことと、もう一段目覚めた真我としての僕の見解、は、また違うものがある、ということです。

その真我としての見解、視点から述べると、大川さんや幸福の科学には、批判的な見解になってしまう、というだけのこと。

ただ、あの暗黒の8年、そして、あの自己否定の権化たるみすぼらしい自己像に凝り固まっていた僕のかたくなな心に、圧倒的な光を与えてくれたのは、間違いなく、大川さんと幸福の科学であったことは、間違いのない事実として、今も、僕の記憶の中にあります。


だから僕は、いろいろな人の宗教観に、理解を示すことができます。

人にはそれぞれ、いろんな道を通る自由があります。




長くなったので、今日は、ここまでとします。



 

金がない時は、引きこもるに限る



最近、立て続けに、引きこもりに関する番組を見ていて、その流れでもないのですが、思いだしたことがあります。

都内で働いていたころの後輩で、アパートの住人がいました。

金がない時は、引きこもるに限る、とは、彼の弁。

自宅籠城は、消費エネルギーが少ないので、ランニングコスト的には最適解、なのだとか。

ただ、断熱材の入っていない壁に囲まれた彼のアパートは、僕も、お邪魔したことがありますが、寒かったですね。

あ、ちなみに、彼は、当時、経堂の安アパートに住んでいました。

経堂自体は、いい街ですが、そこで安く住むには、相当ぼろいアパートでないと無理。

で、問題は、寒さと、隣人からの音。

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寒い冬の寒いアパートで、隣人からの音に悩まされながらの籠城生活。

確かにローコストですが、楽しいものでは、ありますまい。


籠城生活で、宇多田ヒカルとか、misiaとか、聴きながら、内向きに暮らすのも、あり、かもしれませんが、やはりそこには、向き、不向きもあるかと。




スナックに行くと必ず歌う曲です。

最後のほうの、ビ・ザ・ワーン、というところは、勝手にナルってます。

 お母さんの藤圭子さんも、深いですからね。




「恐怖の7分間」と、その先にある未来



人間は、思い描くことはほとんど実現してきたと、言われています。 

僕が子供の頃は、未来を描いた雑誌や絵本などで、壁掛けテレビや、相手の顔が映る電話、などが、描かれていました。

それらは、もう、実現しています。


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以下は、【ワシントン共同】からのニュース。


米航空宇宙局(NASA)は18日午後(日本時間19日午前)、探査車「パーシビアランス」が火星に着陸したと発表した。最高約1300度の高温にさらされるなど危険が多いが、大気圏突入から着陸までの「恐怖の7分間」を無事くぐり抜けた。火星で生命の痕跡を探す使命を果たすことが期待されている。

 数十億年前の火星は温暖で液体の水があり、微生物が生きられる環境だったと考えられている。かつて地球外に生命が存在したことが確認されれば、生命誕生の謎に迫る手掛かりが得られる。


うーん、こうしたチャレンジを、一つ一つクリアしながら、

着実に、火星移住へと向かっているのですね。

風の時代は、地球引力からも、解き放たれる時代。





ただ、木星に着くのは、まだ先のことでしょうね。




年末年始手当は651円



1月分の給料明細をよく見てみたら、年末年始手当というのが、加算されていました。

その額は、651円。

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お正月の、2日の日だったかな、出勤したのですが、それに対する手当、のようです。

去年の11月から始めたアルバイトなので、まだ、発見が、いろいろとあります。

こうした手当てがつくのだ、ということも、今回初めて知った次第。


651円あれば、それなりの食材が買えますからね。 

僕にとっては、これは、大変嬉しい手当、です。


こうしたささやかな喜びを発見していく人生。

どんなことも、小さな積み重ねから、成り立っていますから、ね。



今日も、小さな幸せを見つけて喜ぶ僕なのでした。


その、651円の手当がついた日のことは、以下の記事に書いてあります。

正月出勤でも時給は930円





健康寿命が燃え尽きるまで働けと国が言う



マルクスの資本論は、ずいぶん前に書かれた本ですが、今でも十分通用する内容を持っています。

僕は、ずいぶん、マルクスについて、誤解していました。

それは、一つには、長年信仰していた教団の教祖が、マルクスを酷評していたからです。

まあ、それを、真に受けていたわけですね。

カルト信者あるある、です。


今の僕はと言うと、マルクスという人は、ずいぶん、先見の明があった人だなあと、認識を新たにしています。

 勿論、彼とて人間ですから、間違ったことも言っていますが、十分すごい人です。


どうも、国の方針、というか、方向性としては、

「健康寿命が燃え尽きるまで働け」という感じ。


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そんなに働きたくないニャン、と、にゃんこも言っていますよ。


定年までだと思っていたら、いつの間にか、ロングバージョン。




都会の乾いた荒野をさまよい歩く、高齢の労働者が目に浮かびます。





苦痛な生活がデフォルトになってはいけない



昨日は、僕が辿ったかもしれない、もう一つの人生について、書いてみたのですが、その団体では、人間は押しなべてサタンの子と、と、されていました。

つまり、まともな人間は、一人もいない、と。

こうした思想に洗脳され、それを土台にして生きていくと、どんな人生になるかは、想像がつくか、と思います。

で、そうした闇の中でクモの糸のように与えられるのが、救世主による救い、という筋書き。

つまり、洗脳された人間は、否応なく、その細い糸に縋り付く、しかない。

その細い糸を離したら、闇の中へ、サタン世界へ、まっしぐらに落ちていく、という恐怖。

生きていることが苦痛であるとの前提、に立って、この人生を歩むことになるので、それは、苦痛な生活がデフォルト、ということになります。

こうした考えに陥っている人は、なにも、カルト信者だけではないでしょう。

普通の会社員の中にも、いるように思います。


長らく会社員、あるいは社会人をしていると、

大変なこと、苦労することが当たり前というか、

それがデフォルトになってしまい、

それが人生なんだから仕方なくね、

と考えがちです。


でも、人生を重くするのも軽くするのも、自分次第。




気楽に生きていると、雨の日も、楽しめるようになりますよ。


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内省で見えてきた悲惨な人生



僕が、今住んでいる町に、父とともに引っ越してきたのが、高校を卒業後の18歳のとき。

そして、その後、僕が19歳のときに父が再婚したため、僕は、安心して家を出て放浪。

その後、25歳のときに、統一教会での専従生活に入り、27歳で、そこを逃げ出して、その後もいろいろあったのですが、

先日、町の、今はシャッター商店街となった通りを歩いているときに、

もう一つの悲惨な人生というものを垣間見た、

そう、見たのです。


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それは、あのまま統一教会での生活を送り、

やがて、合同結婚式に出て、家族もでき、

もはや後戻りもできない生活。

たとえば、国際結婚で、韓国にでも行き、

そこで家族もでき、日本に帰れなくなるとか。


その結果、親に、どれだけの迷惑をかけたか、

そして、洗脳が解けないままの僕が、

どれほど悲惨な人生を歩んだか。

そして、やがて、親孝行も出来ぬまま、親は死に、

後悔で胸を掻き毟りながら、

自分を責め、責め、責め、責め抜いたのちに、

今、どんな人生にあるのか。


そんな、もう一つの悲惨な人生が、くっきりと浮かび上がったのです。

そんな人生であれば、今の町の風景も、

今の僕が見ているようには、見えていないはず。

ブログを書くにしても、もっと悲惨な内容の、

苦痛に呻吟するブログになっていたでしょう。


人生には、いくつかの岐路がありますが、

その重要な局面で自分がどんな選択をするかが、

その後の人生の行方を左右します。 





僕は今、

自分の通ってきた足跡を振り返りつつ、

内省中、です。





1月の給料を公開します



遅くなりましたが、1月の末に、お給料をいただいたので、後悔します、

ではなくて、公開します。

まあ、こんなふうに暮らしていれば、

また、今月末には、お給料がいただけます。


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月6万円生活を実践しているので、これで、生活はできますが、

あとは、住宅ローンを預貯金を取り崩しながら支払っています。


あと、1年数か月後に、年金の報酬比例部分がもらえるようになるので、

そこからは、預貯金の取り崩し額は少なくなります。

そのためにも、アルバイトの雇用契約が更新されることを、願っています。

更新されたら、また、このブログで、お知らせします。


まあ、何とかなるでしょう。





何とかなるし、どうにかなるものです。



「お金がなくなる」恐怖のない生活



恐怖、と言えば、昨夜の地震は、かなり揺れがありました。

ちょうど、先日録画しておいた、カイジ ファイナルゲーム、を見ているときでした。
、、体感では、震度4くらいの感じでした。


さて、今日も、昨日の続き、みたいな話になります。


まあ、これは、逆転の発想でもあるのですが、僕のように、お金もなく、家族もなく、60を過ぎてなお、住宅ローンを支払いつつ、アルバイト暮らしをしていると、失うもののない快適さ、というのがあります。

ぶっちゃけ、あとは、死ぬだけ。

なので、せめて、後悔のないように生きたい。

思っているのは、それだけ、です。

シンプルで、単純でしょ。

このシンプルさがいいんですよ。

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で、何の話でしたっけ。

ああ、そうそう、これが下手にそれなりの資産とか、お金を持っていたら、お金が無くなる恐怖、お金が減っていく恐怖、というものにとらわれたりします。

そうすると、せっかく持っているお金も使えなくなってしまい、人生を楽しむことができません。

ところが、僕のように、住宅ローンを支払いながらのアルバイト生活だと、単純素朴に生きていくことができます。

つまり、自分のできる範囲で楽しむことができるようになる、ということ。

山歩き、散歩、サイクリング、図書館から借りた本を読む、など、みんなタダでできること。

しかも、こうした、タダでできることほど、実は、内面の満足度が高かったりします。

たとえば、ゾゾタウンのあの人、名前は忘れましたが、バカ高い絵を買って自慢してましたが、僕から見ると、ゴミのような絵。

あんな絵よりも、自然界のほうにこそ、美しいものがあるよ、ということ。

近場の川歩きだけでも、あの絵以上の、というか、そんなものとは比較にならない輝き、美、が、あるのが、わかります。

そんな感覚がわかってくると、きっと、空も飛べるはず。




勿論、ここで言う空とは、心の自由という名の空、です。




 

寿命は伸びたけど金がない人が多い



どうも、日本人の寿命そのものは年々、伸びているようなのです。

ただですね、健康寿命はと言うと、微妙なところ。 

長く生きればいいというものでもなく、何と言っても、健康であってこその話。

で、お金がないと嘆くのではなくて、お金がなければ、下手な罠にはかからない、と、良いほうに解釈することもできるわけで。

たとえば、そもそも金がないのであれば、後妻業に狙われる心配もありません。

また、金にモノを言わせて、若い女性を口説こうとのスケベ心も、なくなります。

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金だけに頼って女性をどうこうしようという男ほど、みっともないものはありません。


また、金がなければ、銀座などに飲みに行こうという気はなくなります。

せいぜい、家で、発泡酒を飲むくらい。



しょえるネギもないので、カモられることもありません。



正社員も非正規も税金農場の家畜かもね



鴨が葱を背負って来る、という言葉があります。

僕がこの言葉を最初に聴いたのは、高校生のとき。

授業をふけて、ダチの家で、麻雀をしていた時の事。

メンツの一人を待っていて、その時いたのは、3人。

で、一人が、なかなか来ねえなあ、あいつ、とか言ったときに、もう一人が、もうすぐカモが葱しょってくるよ、と。

まあ、所謂鴨葱というやつで、案の定、そいつの一人負け、となりました。


まあ、そんな話はどうでも良いのですが、撮り貯めていたドラマ、ハケンの品格を見ていて、篠原涼子ふけたなあ、と思ったのですが、それもどうでもよく、何気にあのドラマの中の食品会社内で、正社員と派遣の格差みたいなのが描かれていますが、僕に言わせれば、どちらも税金農場の家畜じゃね、ということ。

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豊臣秀吉でしたっけ、差別的な集団を無理やり作って、支配しやすいようにしましたけど、正社員には、派遣に対する優越感と就業意識を持たせて、とか、まあ、そこまで考えてのことではなくて、単に世界的な競争にさらされている企業が生き残るためには、人件費の圧縮が一番だと短絡的に考えてのことでしょうが。

でも、その人件費の圧縮が、回りまわって税収の落ち込みになるという、風が吹けば桶屋が儲かるの逆バージョン的なことになるとの先読みはできなかったのでしょうかねえ。

この、緩やかに貧しくなっていく流れは、止められないのかもしれません。

ならば、個人は、自分の身は自分で守るとの決意のもと、賢くなるしかありません。

まあ、これは、個人であろうと、国家単位であろうと、同じことで、自主独立の気構えがなければ、大きなものに踏みつぶされてしまいますよ。



何が、その大きなものなのかは、各自、考えてくださいね。

今は、風の時代。

自己責任の時代になりましたから、ね。

何だよ、また、風の時代の話かよ。




 

楽しいことにアンテナを張る



何だよ、また、風の時代の話かよ、と言われるかもしれませんが、乗り掛かった舟なので、もう少しだけ。

昨年、御岳山に登り、御嶽神社に行ったときから、楽しいことにアンテナを張る、ということを、心がけています。 

御嶽神社にしても、三峯神社にしても、ああした霊域では、インスピレーションを受けやすくなるもの。

で、何が言いたいのかというと、楽しいことにアンテナを張っていると、楽しいことが目につきやすくなり、人生が軽快になっていきます。

同時に、波長同通の法則から、自分の波長が軽妙になってくると、重い波長の人とは合わなくなっていきます。

つまり、そうした重苦しい人とは、勝手に縁が切れていきます。

で、大切なのは、中心を意識するということ。

自分の中心は何なのかを知り、その中心に意識を向けることが、きわめて大切です。

そうでないと、ランキングだとか、この世の評価に、振り回されます。

たとえば、食べるところを選ぶときも、自分の舌ではなくて、星の数で選んだりします。

それは、思考、に、蹂躙される、と、いうこと。

思考優位の人には、気づき、が、訪れにくいので、風の時代には、不利になります。

まあ、そうした話をしだすと長くなるし、キリがなくなるので、やめておきますが、自分の中心、を意識すれば、勝手に物事が良い方向に流れていきます

努力、は、必要ありません。

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努力、とは、努める力、のこと。

これは、ストレスがかかっているときの在り方。

ストレスは、それは間違っていますよ、という、中心からのメッセージ、つまり、お知らせ、です。

風の時代のキーワードは、努力ではなくて、ワクワク。

ワクワクして楽しいからやる。

そうすると、楽しいことが連鎖して繋がっていきます。

その連続が、自動運転のように、快適な世界へと、自然に導いてくれます。






人生は、本当にワクワクして楽しいもの、ですからね。

まあ、それを信じるか信じないかは、あなた次第、です。





こんなふうに過ぎ去るのならば人生は短いに違いない



僕が、アルバイトを辞めたのは、去年の5月。

そして、また、働き始めたのが、去年の11月。

そして、もう年が明けて、はや2月。

時間が過ぎるのはとても速いのですね。 

昨日、少しだけ、風の時代、の話をしたのですが、ざっくり言って、60年掛ける4の、240年の間には、火星移住して、火星をテラフォーミング化して、住み始めているでしょうね。

で、今生きている人の大半は、そんな先のことよりも、これからの10年20年、せいぜい50年くらいのことが、いちばん関心があるのかもしれません。

僕などは、もう61歳ですから、長く生きても、せいぜい30年。

どこまで、見届けられるかはわかりませんが、楽しい時代になってきた、とは、思っています。

今、森元総理の発言が世間を賑わせていますが、まあ、あれなども、風の時代の象徴のような現象。

風の時代には、差別や地域差が徐々になくなり、所有からシェアする、という考えが主流になります。

もうすでにその現象は、随所に現れていますよね。

未来のこと、と言っても、今現在に、現象として表れますから、そう、難しい話ではありません。

水瓶座は自立の星座でもあり、それは、経済、精神、あるいは家事、などにおいても、自立できないと、苦しくなっていきます。

自立した個人がゆるくつながりながらも、思いやりを持つ、そんなイメージ。

何だよ、今日も、風の時代の話かよ、と、言われそうなので、この辺にしておきます。


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人生が短い、とは、60代になってからの僕の実感。

風の時代に吹く風が、心地良いものになるか冷たい突風になるかは、自分次第。

僕には、今、やわらかな風が、吹いています。




個人が輝ける風の時代に入ったのですから、なおのこと、後悔のない人生を生きたいと思っています。



風の時代の到来について


水瓶座の時代は、アクエリアスの時代とも言い、すでにもう、その時代圏に入っているようです。

入っているようです、などと、やや距離間のある言葉使いをするのは、僕自身、若い頃に占星術や四柱推命、などにのめり込み、まあ、それは、苦しいからこその救いを求めてのことでしたが、その後、カルト宗教をはじめとして、様々な放浪を続けるうちに、占いからは、自然に遠ざかったからです。

それでも、占いにはそれなりの役割があり、否定する立場ではありません。

で、時代の区切り方にはいくつかの方法があり、1200年周期とか、2000年周期とか、もちろんもっと短いもので言えば60年周期とか、いろいろあるのですが、どこに視点を置いて語るかで、見方はかなり変わってきます。 

で、こんなことを論じていると、埒があかないので、結論を言うと、これからは、風の時代。
 
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これから、というよりも、もうその、風の時代圏に入っています。

そして、的を絞った話し方をすると、個人、というものが、きわめて重要になる時代だということ。

これは、良い面もあれば、悪い、というか、大変な面もあります。

で、さらに絞った言い方をすると、これからは、国家、というものが、だんだん意味をなさなくなっていきます。

なので、領土的拡張主義は、時代に逆行する行為。

これからの時代は、個人が、国家に縛られずに、ノマド的に世界を自由に住み渡る時代。

勿論、それができるのは、経済的自由を得た人に、当初は限られると思いますが、だんだん、それが普通になっていくと思います。

火星移住も、具体性を帯びてくるでしょうね。

地球という惑星からも、飛び出していく時代。

宗教間の争いも、徐々に終息していきます。

既存の宗教も衰えていきますが、それ以上に、カルト宗教は滅んでいきます。

共産主義国の独裁者もカルト宗教のカルト教祖も、語る内容は違いますが、同じくエゴが強く、風の時代には、消えていく存在。

その兆候は、内部から、分裂していくことで見て取れます。

こうしたものには、法則性がありますからね。

共産国家の独裁者も、カルト宗教のカルト教祖も、内部から崩壊する理由は、身近にこそ、敵がいるから、です。

たとえば、カルト教祖で言えば、まずはその身内である家族から、造反する者が出てきます。

これは、今現在、僕が把握しているだけで、6つのカルト宗教で、同時進行しています。

その中には、そこそこ世間に知られたカルト宗教もあれば、ほとんど知られていないものもありますが、これに、既成の宗教団体まで数に加えれば、内部分裂でもめている団体は、もっと多いはずです。

カルト教祖本人が、自己矛盾を抱えているので、それが、形となって、現象として表れているだけのことなのですが、ね。


うーん、このままだと、宗教団体の話で終わってしまうので、このくらいにしておきますが、もうこれからは、宗教団体は、無用の長物。

これからは、個人が、輝く時代。

ただ、誰もが輝けるわけではありません。

気づきを得た個人が、自由に、のびのびと生きる時代。

なので、早く気づけば気づくほど、楽に生きられます。


人間関係も、ベタベタとした重苦しいものは、風の時代には合いません。

お互いの自由を尊重した、軽やかな関係が、風の時代の人間関係。

なので、他人を束縛する人、恨み心の強い人、などは、自らの業の重さで、沈み込んでいきます。

風の時代においては、こういう粘着質の重苦しい人は、弾き飛ばされてしまうのです。

これは、本人の問題なので、他人がどうすることもできません。

仏教で言うところの、冷暖自知、です。

この時代は、自己責任の時代でもあり、それは一見、冷たいようにも思えますが、馴れ合いや誤魔化しは、通用しない、ということ。

今風に言うと、コンプライアンス重視の時代。

なあなあ、や、馴れ合い、が、通用しなくなるので、昭和の人間にはつらいでしょうね。

密室での談合とか、賄賂とか、そういう、風通しのわるいことは、風の時代には合いません。


風の時代が進行していくと、水晶の時代、になっていきます。

透明な、ガラス張りの、時代、です。


で、いや、もうこれ以上は、やめておきましょう。


本当は、こうしたテーマこそが、僕の真骨頂であり、いくらでも話し続けたいのですが、このブログの趣旨から、大きく離れてしまうので、このくらいにとどめておきます。





明日は、信じるに足るほど素晴らしい、それが、風の時代。


あなたも、風の時代に合わせて生きていくことを、強くお薦めします。




帰省する実家もなく孤独を抱え込んで


僕は、複数の会社で、20年以上、都内まで通勤していましたから、当時の同僚は、皆、都内、もしくは近県在住。

で、所帯持ちは別として、大半の独身者が住むのは、都内の賃貸マンションか、木造の安アパート。

まあ、この違いは、収入の差でしょうが、それはともかくとして、お気楽に見える東京一人暮らしの中にも、人知れず孤独を抱え込んでいる人もいました。

そうした人たちのうちの一人が、ある日、ふと僕の横で漏らした、セリフが、

自分は、帰省できる実家も何もない根無し人なんですよ、という言葉。
 
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だから、お正月なんかは居場所がなくて、

どこにいても、根無し草で、

本当の意味で落ち着かないんです、と。


当時はよく、中央線、もしくは、丸ノ内線沿いの、中野から高円寺、荻窪あたりで、よく飲んでいましたが、 そのあたりの飲み屋での会話を、思いだしました。




まあ、そんな一コマも、今は、いい思い出です。




非正規社員男性の生涯賃金は約6200万円

 
非正規と言えども、まじめに長く働けば、1億円には届かないまでも、

8000万円くらいにはなるかなと、漠然と思っていましたが、

まあ、これは個人差もあるでしょうねえ。

今日は、ビジネスオンラインで見た記事からの引用で、話を進めます。


2008年の年末に日比谷公園につくられた「年越し派遣村」で貧困が可視化された頃までは、「弱い人を最優先で救済する」という人間倫理の根幹が共有されていたのに、グローバル化という言葉の台頭とともに、非正規問題が話題になるのは“何か”具体的な問題が起きた時ばかりで。時間が過ぎれば「何事もなかった」かのような空気が、社会にまん延するようになってしまいました。

 19年の1年間で、非正規労働者は前年より45万人増えて2165万人。働く人全体に占める割合も過去最高の38.3%(総務省「労働力調査」)。非正規社員男性の生涯賃金は約6200万円で、正社員の4分の1(正社員男性=約2億3200万円、みずほ総合研究所の試算)。この格差の最大の原因が賞与と退職金です。

 もっとも、ジョブ型でない日本独特の働き方では、年齢や経験などで職能給があるため、同一労働同一賃金を実行するのは容易なことではないかもしれません。しかしながら、単なる雇用形態の違いで、賃金格差、待遇格差を作り出したのは企業の側です。


うーん、非正規労働者は、正社員の4分の1とは、しかも、6200万円が、税込みでの額だとしたら、ちょっと少なすぎです。

正社員にしたところが、40年も企業で働いて、まあ、人生をささげた対価が、2億ちょっと。

しかも、これが税込みだとしたら、手取りは、押して知るべし。

勿論僕は、生涯年収1億にも満たない転職人間でしたから、手取りは少ないのですが、会社に人生を捧げなくて良かったと思っていますよ。

適当に逃げながら、転職しながら、自分にできそうな仕事、いられる職場を探して彷徨っていたわけで。

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まあ、時代も、よかったのでしょうねえ。

今の現役労働者の置かれている境遇は過酷です。

ただ、少しだけ言わせてもらうと、僕が二十代の頃などは、週休二日の会社は少なくて、週48時間労働が当たり前だったように記憶しています。

なので、月の休みは、4日か5日くらい。

それでみんな、文句も言わず黙々と働いていたのだから、多少は、労働環境は良くなっているのかもしれません。

当時はネット環境もなく、飲み屋以外では、不満を吐き出す場もなかったまでのことで、



腹の中ではみんな、こんなことやってらんねえよな、とか思いながらも、他に生きるすべがなくで働いていたのかもしれません。


なので、ネットなどで意見が言えるだけ、今のほうが昔よりも健全なのだと思いますよ。





60代女性、同居家族無し



僕のアルバイト先では、その性質上、その地域のコロナの感染者の情報が掲示されます。

掲示と言っても、性別、年代、職業、そして、同居家族の人数などですが、そうした中、最近、目にするのが、

60代女性、同居家族無し、

とか、

50代女性、同居家族無し、

などの掲示。

勿論、70代男性、同居家族無し、などの、高齢男性の、おひとり様のコロナ感染なども、散見されます。

中には、同居家族10人という人もおり、属性を見たら、外国人の方でした。


で、何が言いたいのかというと、男女を問わず、おひとり様がコロナ感染して、入院も出来ず、自宅待機、となった場合、大変だし、心細いだろうなあ、ということ。

天涯孤独者は、入院時も、保証人の問題があり、これまた、別の意味で大変。

天涯孤独者は、おちおち病気にもなれない、と、思った次第。


そのためにも、健康、

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そして、生き抜くための経済力、

この二つが、とっても大事だと、思っています。




 
そして、たとえば僕が死んだら、

そっと忘れてほしい、


そう、思います。



髪が乱れて生活の疲れ感が



女性のパートさんと一緒に仕事をする機会が、過去にも何度かありました。 

そうしたときに思うのは、一口にパートと言っても、いろいろだなあ、と。

生活には余裕があるのだけれど、何か仕事をしたいからと働いている女性と、食べるのに精いっぱいで、働かないと家計が破綻しかねない女性では、どうも、雰囲気が違います。

後者の場合、その、生活の疲れ感、というのは、どうしても、滲み出てしまうのですね。

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でも、僕は、立派だと、思いましたよ。



自分の足で立って、生きているのですから、ね。

それで子供を育てて、食べさせているのですからね。




給料日前の質素な夕食



毎回、給料日前が質素になるというわけでもないのですが、

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レンチンしたジャガイモと、フランスパンの残りと、昼間飲んだコーヒーの残りの夕食。 

一人修道院生活、と呼んでいる僕の生活の、断面図です。

こういう質素な夕食を食べるときは、あまりおなかがすいていなかったり、昼にかなり食べたな、というときなので、御心配なく。




「貯蓄なし」世帯の生活は苦しい


今は、コロナ禍で多くの人が、苦しんでいます。

こうした中、多くの人の生活が大変です。

 普段は、表面化することがなくても、こういうときには、貯金、のありがたさが、身に沁みます。

多少なりとも貯えがあれば、乗り越えられる、という人もいるし、商売などをしている人であれば、多少の貯えでは回らない、という人もいて、様々でしょう。


僕が、ローコスト生活に徹しているのは、普段から、生活規模を小さくしておけば、こうした状況でも、生き延びる確率が上がると思うからです。

まあ、臆病者の処世術、とでも、思ってもらえればよいか、と。


これで僕が、多額の預貯金があるのならば、そんなことは考えなかったと思います。

誰だって、お金を使う生活のほうがいいですからね。


でも、質素な生活が当たり前になれば、その当たり前の中で、幸せを見つけられます。

たとえば、床屋代。

僕は、2か月に一度、1000円のところに行っています。

で、もっと節約しようと思えば、自分で髪を切る、ということも、有りだと、思っています。

そのように、自分でできる工夫は、とにかくやってみる、ということが、ローコスト生活の第一歩。

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厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2019年)によると、高齢者世帯以外の世帯、1世帯当たりの平均貯蓄額は1077万4000円。2000万円以上の貯蓄があるという回答が14.6%と7世帯に1世帯という結果に。 一方で高齢者世帯以外の世帯の13.0%、児童がいる世帯の11.6%、母子世帯の31.8%が「貯蓄がない」と回答しています。8世帯に1世帯は蓄えがないという恐ろしい状況で、母子世帯に至っては3世帯に1世帯という水準です。 さらに年齢階級別にみていくと、29歳以下では平均貯蓄額は179.8万円に対して、平均借入金額は248万円。30代では530万円の貯蓄に対して、1071.1万円の借入、40代では650.9万円の貯蓄に対して1002.7万円の借入、50代で1075.4万円の貯蓄に対して546.8万円の借り入れとなっています。つまり20~40代世帯は債務超過という状況です。


うーん、やはり、貯えがない、ということは、おそろしいこと。

苦しいからといって、カードローンなどに手を出せば、また、がっぽりと利息を取られて、さらに苦しくなります。

それでは、貧困の連鎖から、いつになっても抜け出せません。

だからこその、ローコスト生活。

これが、大事だと、思っています。

愛があればお金がなくても、とは、行きませんからー、斬りー。


愛も大事だし、お金も大事だよね、ということですね。

愛もあってお金もある、これで、行きましょう。



なぜなら、愛とお金は、対立するものではありませんからね。




幣舞橋(ぬさまいばし)で会いましょう


2017年と2018年に北海道に行ったとき、どちらのときも小樽にも行ったのですが、どちらのときだったかは失念しましたが、小樽の飲み屋さんで飲んでいた時に隣り合わせた人と話して、釧路も、良いところですからぜひ来てみてください、と、言われたのですよ。

で、そのときに、では、幣舞橋で会いましょう、と言い合ったのですね。

こんな他愛のないことを言い合えるのも、旅の途上という、非日常空間だからでしょうねえ。

いつ会うということではなく、話の流れの中で、そんなことを言ったのですが、それを思い出して、その橋をググってみました。


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上の写真は、ネットで拾ったものです。

どうやら、これが、幣舞橋らしい。

うーん、なかなかいい雰囲気です。 

釧路に行く機会があったら、その橋で、ばったり会ったりとかね。




まあ、そういうことが起こり得るのが、人生の面白いところ。




使えない中古人材は慣れない仕事で給料は4分の1


僕は、若い頃から転職を繰り返してきたので、転職そのものに抵抗がありません。

行雲流水。

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流れるままの人生。

なので、一つの会社にしがみつく人の気持ちが、今一つ、わかりません。

まあ、想像はできるのですよ。

転職するのが怖いと思っていたり、なんだかんだ言ってぬるま湯につかっているほうが楽だと思っていたり、とかね。

それでいて、そこにいることも苦しくて、我慢の日々。

でも、そんなに我慢ばかりしていたら、体も壊すし、精神にもよくない、と、思いますがね。

以下は、ネットで見つけて、いかがなものか、と思った記事からの抜粋。


中国地方の中堅企業で再雇用の嘱託社員として働く男性(62)は、居心地の悪さを嘆く。慣れない仕事で給料は4分の1。後輩もよそよそしい。「完全に蚊帳の外。40年近く会社に尽くしても、年を取ると『終わった人』扱いです」  営業畑が長いのに定年後の配属先は経験のない総務系。男性の会社では希望の職場を選べず、行き先は人事が決める。  新しく覚えることは多いが記憶力がついて行かず、老眼でパソコン画面がかすむ。凡ミスをして娘くらいの若い子から注意されるのが何とも切ない。「使えない中古人材と思われているんですかね」とため息をつく。  40代の「年下上司」との関係も微妙だ。相手はビジネスライクな態度で、雑談もない。よかれと思って自分の体験談を話すと面倒くさそうに流される。  会議や職場のメーリングリストには入れず、社内情報の共有もできない。飲み会の誘いもなくなった。定年前は同僚とランチを楽しんでいたのに、今は1人。公園のベンチで食べるコンビニ弁当は味気ない。「フルタイムだけに1日が長くて…」と苦笑いする。


うーん、 40年近く会社に尽くしてきて、今は冷遇されていると嘆いているわけですが、その根性が、まず、だめ。

会社から見たら、ぶら下がっていただけの人材に見えているはず。

そうでなければ、そんな畑違いのところに回されませんよ。

要は、遠回しに、辞めてくれ、と言っているわけです。

会社からすれば、給料も4分の1にしたし、場違いなところに追いやったし、メーリングリストからも外してやったのにまだ気づかないのか、と、思っていますよ。

あ、別に、僕は会社の肩を持っているわけではありません。

この、再雇用の嘱託社員として働く男性(62)の勘の鈍さというか、自分を客観視できない愚かさを言っているまでのこと。

で、よかれと思って自分の体験談を話すと面倒くさそうに流されると言っていますが、そんなカビの生えた体験談など、迷惑なだけです。

この人は、62歳なので、僕も、もうすぐ同じ年になるので、アドバイスすると、時代に合わせて自分をアップデイトしていかないと苦しくなるよ、ということ。

ブログなどで昔話をするのは構いませんが、職場でそれをやっちゃダメ。

ますます「痛い人」になってしまいますからね。

まあ、もっと、直截に言うと、そんな不平不満を言って働いていたら、周りの人もみんな迷惑ですから、とっとと辞めて、新天地を探せ、とね。

愚痴を言いながら、その会社にしがみついている人は、押しなべて愚図。

愚図は同じところに立ち止まって不平不満を言い、他人や環境のせいにするばかりだから、人生が好転することもありません。

こういうのを、自業自得、と、言います。

以上です。




まあ、愚図は、エンドレスで愚図ですからねえ。



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