介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2020年10月

悲しみが4つ重なって眠ることができず


昨日は、いろいろなことがありすぎた日でした。

一昨日の夜、介護中の従兄弟から泣きの電話が入り、相談に乗りました。その内容は介護と、自分自身の社会復帰について。

可能なかぎりのアドバイスはしましたが、電話を切ったときには、朝方近くになっていました。

で、その一昨日の昼間は、その親戚の従兄弟の家で介護の手伝いをしていたのですよ。

そのときには泣きを見せずに、夜、一人になって不安になったのでしょうね。

朝、少し寝てトイレに起きた時には天気も良かったので、友人Oにメール。

この友人Oも、もう4年余り90代の母親の介護をしていて、木曜日がその母親がデイサービスに行くので、彼にとっては貴重な自由時間のある日。

以前から、木曜日のいずれかの日に、一緒に飯能へ行こうと言い合っていたのですが、どうせなら天気がいい日がいいと思い、延び延びになっていました。 

飯能の行き先は、双極性障害で障害者年金をもらいながら暮らしているOY氏のアパート。

彼の母親もまた、介護が必要なのですが、彼が障害者であることがこの場合は幸いして、優先的に特養に入れたため、彼自身の介護の負担はゼロ。

ただ、自分自身が双極性障害であるため、その苦しみは本人にしかわからず、じつは、そのOY氏はブログを書いており、更新が9月14日で止まったままになっていることも、気になるところではありました。

で、友人Oにも、そのOY氏のブログを読んでもらったのですが、これは、暗にSOSを出しているのではないか、との彼の推理もあり、昨日、訪ねてみることにしたのです。

OY氏のアパートに着いたのは午前11時過ぎ頃で、普通の生活者ならば、もう起きていてもいい時間。

しかし、アパートの2階の彼の部屋はカーテンが閉ざされ、いない気配。

念のためにと、呼び鈴を押すと、しばらくしてから彼が姿を現しました。

まずは、生存確認ができて安心はしましたが、とても家の中に入れてもらえる状況ではないことが、玄関ドアの隙間から見て取れ、彼も、やっと話ができるような状態だったので、少しだけ立ち話をして引き上げました。

まずは生存確認ができただけでも良しとしようと、友人Oとも言い合い、少し散策。

帰りには、友人Oがまだ行ったことがないというので、どうせ帰り道の途中だからと、ムーミンバレーパークのあるメッツァビレッジへ。

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つかの間の介護の合間の時間にくつろぐ友人Oを顔が映らないように配慮して背後からパチリ。

介護が日常の彼にとっては、つかの間の非日常。

友人Oも、母親がデイサービスから帰ってくる15時までには戻らないといけないので、滞在1時間ほどで帰宅。

友人Oの車は僕の家に停めてあるので、僕の家から、彼自身の車で帰っていきました。

その後、朝から何も食べていなかった僕は、米をといで炊飯器をオン。

ご飯が炊きあがるまで、一杯飲もうと思い、イカの塩辛と冷やっこを肴に焼酎をロックで飲みながら、前夜から朝方まで話し込んだいとこの介護のこと、また、今日訊ねたOY氏の母ももう認知症が進んでOY氏が特養を尋ねても彼が誰だか認識できないこと、そしてまた、友人Oがもう4年にもわたって一人で介護してきたこと(別に暮らす姉は家を訪ねてきても介護は一切手伝わないとのこと)など、僕自身は介護は終わっているとはいえ、そうした他者の介護状況に思いを馳せると、日本全国ではどのくらいの家族が介護にかかわっているのだろうと感傷的にもなりました。

なんだか少し気持ちが重くなり、焼酎のロックの2杯目を飲んでいるときに、タクシードライバーのMさんから電話がありました。

チワワのちなみちゃんが危篤らしく、今家に帰る途中なのだが、酸素ハウスを作るのを手伝ってほしいという内容のようでした。

英語での説明書なので、僕がいると助かるとのことだと理解しましたが、すでにアルコールが入っていて、さらには昨夜からの寝不足もあり、まずは車の運転はできない状態なので、行くとしたら自転車になるが、酔って自転車に乗るのもそれもまた危ないだろうと判断し、申し訳ないが今は行くことができません、と答えました。

実は、一昨日、親戚の家に行ったのも、本来はその日に行く予定ではなかったのですが、タクシードライバーのMさんから、パソコンのことで、わからないことがあるので手伝ってほしいと言われ、急遽、11月2日に、予定を入れたのです。

本来は、その日は、親戚の介護に行く日でしたが、親戚には予定を変更してもらっていたのです。

そうしたことまでは、説明しませんでしたが、僕もフラフラの状態であり、丸一日ご飯も食べていないので、食事をしたらすぐにでも寝ようと思っていたところだったのです。

そうした間の悪さもあって、Mさんの要請にはこたえることができませんでした。

わかりました、と言って電話を切ったタクシードライバーのMさんでしたが、そのおよそ2時間後、ちなみちゃんが亡くなりましたとのメールが。

以前ラッキーが急死した時のタクシードライバーのMさんの落胆ぶりを知っているだけに、その悲しみはいかばかりだろうと推測し、しかし、ラッキーの場合と違い、ちなみちゃんの場合は、高齢で目も見えなくなっており、それなりの覚悟はしていたのではないか、とも思え、ラッキーの時ほどの落ち込みがなければいいのだが、と、心配しつつも、たとえ酒を飲んでいたとしても、歩いてでも僕も駆け付けたほうが良かったのかとも悩みました。

レンタルでは費用がかさむからと、酸素ハウスを購入したのはだいぶ前の話で、当然のことながら組み立ては済んでいると、僕は思いこんでいました。

それに、酸素ハウス購入後に僕に何度も会っているのですから、組み立ての手伝いが必要であればそのときに言ってくれれば解決済みだったはずです。

何度か、タクシードライバーのMさんに酸素ハウスのことを聞いたこともあり、そのときは、今は使っていません、との話でしたが、使ってはいなくても、いつでも使える状態にしてあるのだろう、とは思っていたのです。

ところが、いきなりの電話でこれから組み立てるという話を聞き、意味がよくわからなかった僕は何度か聞き返したのですが、なぜ危篤状態になるまで組み立てていなかったのだろうという疑問は横において、まずは酒を飲むのをやめて、駆け付けるべきだったのかと、反省もしましたが、アルコールの入った心臓のどきどきする状態で歩いて訪ねていったとしても、僕に何ができただろうとも、思いました。

犬も、高齢になるといろいろな病気が顕在化してきて介護が必要になるし、人間と同じなのだなあ、とは、思いました。

一昨日からの従兄弟の泣きの電話も主に介護の話で、共にOY氏を尋ねた友人Oも4年にわたる介護で彼は淡々とはしていますが姉からの協力も得られず大変な思いをしているはずで、そしてOY氏は双極性障害があるために幸か不幸か認知症の母親が優先的に特養に入れて経済的にも労力的にも負担はなく、そしてまた、高齢犬であるちなみちゃんの死。

わずか一日でこれだけのことが重なると、前日からの寝不足もあり、体は疲れているのだとは思いますが、タクシードライバーのMさんの悲しみを思うと、僕も眠ることができず、一睡もしないうちに、結局この時間になってしまいました。

これから少し眠れるかどうか、わかりませんが、とりあえずは横になっておこうと思います。



家を失うことはつらいことです


繰り上げ返済をしなければ、僕の住宅ローンは、69歳まで続きます。

で、これはコロナとは関係ない話で、親の介護のために自宅を建て替えたのが54歳のときですから、15年返済なのですね。

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これは、家を建て替えた時点で、僕としては織り込み済みというか、覚悟していたことですから、何とかローコスト生活で生き抜いている途上ですが、今回のコロナ禍で、家を失う危機に直面している人も多いと聞きます。

まあ、それは、そうでしょうね。

ボーナスが減額、場合によってはなしになったり、月給も下がったり、最悪リストラ、などとなれば、住宅ローンどころの話ではなくなります。

今の時代、住宅ローンに限らず、長期でローンを組むのは大変なリスクです。

そうした、大変なリスクを背負ってまでして手に入れたマイホームを失うことはつらいですからね。

多くの人は金策に走り回ったりして最後まで、頑張るのだと思います。

以下は、たまにテレビにも出ている荻原博子さんの弁。


「50、60代の契約者が返済期間を10年、20年と延長すると、返済が年金受給年齢と重なります。また、ソニー銀行のように85歳までローン契約が可能な金融機関も登場。フラット50といった最長50年ローンもあります。いずれにしても、住宅ローンが残ったまま年金暮らしに突入すると、生活が破綻しやすいのです」


うーん、年金がたっぷりある人ならば別ですが、低年金受給者は住宅ローンを抱えたままの年金暮らしは危ないよね、っていうことです。

まあ、これは、住宅ローンの額にもよるかもしれません。

僕のように、6万円台の支払いならば、家賃だと思っていればいいのかな、と。

家賃には終わりはないが住宅ローンには終わりがある、と自分を慰めて、今月も延滞することなく支払っていきたいと思っています。



自由が苦痛な人もいるようだ


どうしても人間というものは、自分の視点でものを考えてしまうため、他人も自分と同じように思っているだろうと考えがちです。

ただ、徐々に社会経験を積むに従い、世の中にはいろいろな人がいるものだ、という事実を知ることになります。

ことに現代のように多様化した社会ではなおさらのこと。

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で、昨日、予定がないことはいいことだみたいな話をしたのですが、世の中には、どうも、一日が白紙状態なのが苦痛に感じる人もいるようなのですね。

僕が5月までアルバイトをしていた会社でも、そうした人が多かったです。

つまり、暇だと、何をしていいのかわからない、というのですよ。

だから、お金に困っているわけではないけど、時間があるから働いていると。

で、世の中的には、僕のような考え方のほうがどうも少数のようで、何かしらの仕事をしたい、あるいは、何かして時間をつぶさないと持たない、という人のほうが多数派のように感じた次第。

で、そういう人が毎日家にいたら、奥さんから見たら、粗大ごみにしか見えないのかもしれません。

何もしないで家にいて、やることがないから新聞を読んでテレビを見て、一日中家でゴロゴロしていると。

ちょっとあんた、邪魔だからどっか行ってよ、とか、奥さんに思われながらも、行くところがない、と。

ああ、もう、俺の人生も終わったなあ、とか思いながら、こういう人は勤め人は苦にならなかったというか疑問にも思わなかったタイプなので年金はたっぷりあり、金の苦労はないものの、時間を持て余して退屈な日々。

で、これはこれで、もしかしたらあまり幸せではないのかもしれません、本人的には、ね。

でも、僕のかつてのアルバイト仲間というか、そういうシニア世代の人たちを見ても、せいぜいやることは、ゴルフくらいで、そのゴルフも、体の調子がいまいちなので最近はやっていないとか、言っていたりして、まあ、サラリーマンのステレオタイプというか、仕事をし、ゴルフをし、ということを、何の疑問も持たずにやってきたのだろうなあ、とは、思っていました。

で、なんか今日の話はグダグダになってしまいましたが、まあ、一言で言って、サラリーマンを疑問もなくやってこられた人たちは、年金こそそれなりにあるものの、自分で何かをやろうという、クリエイトさがないように思います。

与えられた仕事をこなすことはできたし、命令されたことをやることには慣れているのでしょうが、自分で何かを始めるとかいう発想はないし、これまでそんなことを考えずに、日々をこなしていたのでしょうねえ。

まあ、そういう人にとっては、長い老後生活は退屈で、苦痛なものになってしまうのかもしれません。


 

リタイアで実感する朝の時間の価値


昨日、僕には珍しく職場の話をしたのですが、社畜などと言って、サラリーマンの悲しさを表現することが多いのですが、どうせやらなけらばならない会社員生活であれば、少しでも楽しくする工夫が大事だと思ったのは、斎藤一人さんのおかげでもあります。

どうにもこうにも、仕事からは逃げられなかったので、そのときは、住んでいたマンションの住宅ローンに加え、親の介護もあったので、稼がないわけにはいきませんでした。

で、昨日の続きになりますが、気づきを得て仕事への取組みの姿勢が変わり、仕事の質も人間関係も改善してから、思わぬ出来事もありました。

それは、社長に呼ばれて、年度の途中で昇給があったことです。

昇給というのは、年に一回、四月にあるのが通例でしたが、11月に、社長室に呼ばれ、昇給を告げられたのです。

それも、3万いくらかで、4万円近い額でした。

4万円弱が、次の給料から上乗せされたのですから、大きかったですね。

この辺りが、ワンマン社長ゆえのさじ加減というか、面白いところでもあります。

で、年収が上がり、それでも、500万円にはわずかに届かず、490万円くらいにはなったかと思います。

まあ、僕の仕事能力、会社への貢献度、スキルなどからすれば、十分すぎる額だとは思いました。

で、何の話でしたっけ。

ああ、そうそう、つまり、自分でも予期しないときに、給料を上げてもらい、生活も随分安定して、僕はよく社畜などと言う表現を使いますが、良いこともあったよ、という話。

それと、何と言っても、職場に行くと、自分の娘くらいの年齢の女子社員が何人もいましたから、それも楽しかったですよ。

家に帰ったら、誰もいない一人暮らしでしたからねえ。

生活に、花がないのですよ。

でも、職場に行けば、女子社員がいて、僕も結構話し好きですし、飲み会などにもなるべく参加して、楽しく過ごすようにはしていました。

まあ、そうした交流も、楽しい思い出です。

でもやはり、会社勤めは、基本、窮屈なもの。

一日も早く辞めて自由になりたいとは、思い続けていました。


そして、今は、毎日が自由な日々ですが、何と言っても実感するのは、朝、ゆっくりと過ごしているとき。
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自分で淹れたコーヒーを飲みながらゆったり過ごす朝の時間こそ、最高です。

特にこれから、だんだん寒くなっていきますから、朝の時間はさらに価値が上がります。




そして、のんびりと過ごす朝の時間に、今日は何をして過ごそうかと考え、

何をしてもいい自由の中で、やりたいことをする毎日は、

僕にとって至福以外の何ものでもありません。



会社で干されていた時に気づいたこと


会社員生活もつらいことばかりではなく、そこで気づくこともあります。

介護離職する前まで働いていた会社でのこと。

入社して、3年か4年目だったと思うのですが、今から思えば些細なことで、上司を怒鳴り飛ばしてしまったのです。

僕の剣幕が凄かったので、そのときは、一時的に上司は怯んだのですが、当然のことながら、その後の仕返しは凄まじいものがありました。

ちょうど昇給の時期の手前だったのも最悪でした。

何と、4月の昇給で、逆に年俸を下げられました。

勤務評価を書くのは上司。

そして、年俸を決めるのは、オーナー社長。

愚か者は、痛い目に遭って初めて学びます。

まあ、僕が、その愚か者だったのですが、ね。

で、がくんと下げられた給料を見てショックを覚えると同時に、今更ながらのように、身をもって会社の仕組みを理解しました。

つまり、生殺与奪の権利は、上司と社長が握っているのだという事実。

まあ、その後の半年間は、給料が少なくなっただけでなく、会社にいてもいじめられるし無視されるし、冷たくあしらわれるしで、針の筵状態。

ただ、その期間が、僕の人間としての足腰を強くしてくれたのだと、思います。

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そしてそのときに、僕は、上司を恨むのではなく、このようなことになった原因と結果を、第三者の立場に自分を置いて、眺めてみたのです。

上司目線で、自分を見たらどうなるか、と、思ったのですね。

さらに、これまでの自分は、上司にとって使いやすい部下であったかを、点検してみました。

つまり、上司の立場に立つだけでなく、さらに、上司と自分、さらにはオーナー社長をも俯瞰する位置に自分の視点を置いて、眺めてみたのです。

そうして初めて、いろいろなことが見えてきました。

そうすると、心に落ち着きが出てきて、風当たりの強さや、しかと、なども、気にならなくなってきました。

とにかく、一日一日を、出来ることを淡々とやるだけでなく、少しでも、質の良い仕事をするように、心がけました。

すると、半年が過ぎ、一年もしないうちに、徐々に、上司や社長からの評価も変わってきて、一年後の昇給時には、元の年俸に戻っただけでなく、少し上乗せがされていました。

で、それ以降は、上司とも社長とも、基本的に良い人間関係ができて、会社生活がうんと楽になりました。

まあ、それでも、仕事が大変で早く辞めたいという思いは、ありましたけどね。

ただ、勤めている以上は、その中で、少しでも楽しく、有意義にしたいと思っていましたから、それ以降の会社員の日々は、概ね幸せではありました。

少なくとも、人間関係は、まったく苦しくはなくなりました。

 自分の立場から一度離れて俯瞰する経験ができたことは、その後の人生においても、自分を見失わないでいられるという僕の強みの一つになっています。



旅行は若いときにしておいたほうがいい理由


若い頃はバリバリ働いて、年を取ったら夫婦そろって旅行に行こう、と、思っている勤め人は多いと思います。

ただ、僕が思うに、若いときの時間と年を取ってからの時間の質は、違うのですよ。

まず、体力の差が決定的で、若ければ、攻めの旅行ができます。

つまり、アクティブに動き回る旅行ですね。

ところが年を取ってきますと、そうそうサクサクとは動けません。

僕がいい例で、すぐに疲れます。

すぐに、休みたくなります。

そして、もういいやあ、と、なります。

今現在、僕に、以前ほどの旅行熱がないのは、お金の問題もありますが、それ以上に、体力の低下が大きいように思います。 

これは、旅行だけでなく、食べ物にも言えて、美味しいと感じる能力も、年を取ると落ちていきます。

何よりも、歯の咀嚼力と胃の消化力が落ちてきますからね。

だから、バイキングなんかには行きたくなくなります。

多少はお高くても、鰻重でも落ち着いて食べたほうが良いと思うようになります。

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つまり何が言いたいのかというと、快楽を味わうにも、感性なり、体力なりが、影響するということ。

だから、若いときの旅行は、価値があるのですよ。



新潟市にある山の下市場通り


僕が新潟でアルバイト暮らしをしていたころの、給料の振込先が、第四銀行でした。

まあ、住んでいたのは、湯沢町の寮でしたが、月に一度は新潟市へ。

坂口安吾が当時一番好きな作家だったので、新潟市にある寄居浜へ。

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そこに、安吾の碑があるのですよ。

で、新潟市はかなり広いので、まあ、若いから平気で歩けたんでしょうが、ぶらぶらしているうちに、なかなか味のある通りに出くわしたりしたのです。

その一つが、山の下市場通り。

実は、11月に、また、go-to-でどこかに行こうと思ったときに、ふと、その、山の下市場通りのことを思い出し、また、新潟にも行ってみたいな、と、思った次第。

結論から言うと、11月に行くのは、長野にしたのですが、ね。

で、次のgo-to-では長野に行くとして、冬には日本海を見に新潟に行こうかな、と、思っています。

やっぱり、日本海は、冬にこそ見たいし、それでこそ、坂口安吾の心情にも近づけると思うのですよ。

ついでに、どこかのスキー場で、30年ぶりにスキーでもしようかな、とも、思っています。



新潟にいた頃に良く聴いていたのが、シュガーベイブ。

あとは、山下達郎、大瀧詠一、高中正義かなあ。

新潟市に行ったら、山の下市場通りだけでなく、沼垂テラス商店街や本町や古町の商店街をぶらぶら歩きしてみるつもりです。



いつも眠かったサラリーマン時代


サラリーマン時代、つまり、会社員時代は、いつも眠かった思い出が残っています。

頭がすっきりしていた時のほうが少ないかも。

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やっぱり、通勤時間が長かったのが原因かと。

仕事は、35歳あたりから、負荷の少ない職種に就いたので、何とかなったという感じ。

でも、やはり通勤時間は何ともなりませんでした。

途中、隣の市の駅前マンションに引っ越して、そこで13年過ごしましたが、そのときは、かなり通勤は楽になりました。

何しろ駅前マンションで、徒歩1分でしたからね。

まちがいなく実家から通っていた時よりも、40分は短縮されました。

それでも片道90分はかかっていたかなあ。

本当にサラリーマン時代は、いつも眠かった記憶が強いですね。

僕は、寝ないと駄目な人間なので、たぶん平均よりも多くの睡眠を必要とするタイプなのだと思います。
 


今は、好きなだけ寝られるだけでも、本当に幸せです。


 

自分以外のブログを読むのは本当に楽しい


僕は、自分のブログはパパっと書いて、書きっぱなしで後は読むことはほとんどありません。

僕が無料で使わせてもらっているライブドアブログは、プレビューという機能があって、記事をアップする前に、一度下読みと言いますか、確認のためにざっと見るのですよ。

そこで、誤字脱字などがあったときに限り訂正して、アップしたら、あとはそれまで。

だって、自分の記事を読んでも、別に得るものなんてありませんからねえ。

でも、僕以外の人のブログは、得ること大。

勉強もさせてもらえるし、自分ではありえない視点を得ることもできます。

特に僕は、女性のブログが好きなのですが、その理由は、僕が男だから。

つまり、男の気持ちは、聞くまでもなくわかるのですよ。 

なので、男のブログよりも女性のブログのほうに、基本、興味があります。

ただ、男でも、この人なかなか凄くね、と思う人のブログは、継続的に覗くようにはしています。

で、今日は、そんなブログで、シンクロニシティを感じたので、それをちょっと書いてみます。

その人は、古墳めぐりが趣味のようなのですが、まさに、先日、僕が、go-to-で旅したあたりを、行っていたようなのですよ。

びっくりしたのは、そのブログ内で、ひろせ野鳥の森駅がアップされていたこと。

ちょうど僕も、同じ頃にそのあたりをうろうろしていましたからね。

ただ、僕の場合、さほど古墳には興味がないので、歩いているところは違いますが。

まあ、あのあたりは、さきたま古墳群をはじめ、古墳好きには垂涎の場所。

うーん、でも、その人は僕などよりもはるかにていねいに記事を書いているので、偉いなあ、と、思いました。

まあ、お金もたっぷり持っていそうで、そうでなければ、そうそう旅行ばかりしていられませんからね。

で、とにかく、僕は、人間に興味があるので、これからもいろいろな人のブログから、人生を学んでいきたいと思っています。

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我以外皆師なり、が、僕の座右の銘の一つですからね。

まあ、僕には、13個の座右の銘があるのですが、上記の
我以外皆師なりもそのうちの一つ。

座右の銘は、多すぎると忘れてしまいますからね。



非正規雇用をやめざるを得なかった40代の不安


頑張っても頑張っても、報われない社会。
 
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富めるものはますます富み、貧困者はますます貧困に。

所謂、二極化は、世界的な潮流です。

最近見つけた、40代非正規労働者の独白に、また、考えさせられました。

彼は、手の指の病気を押してまで働いていましたがついに限界が来たようです。



実は僕も、5月に辞めたアルバイト先で、両手の中指が、少しだけ似たような症状になり、手に力が入らなくなった時期がありました。

今もまだ、多少はその影響がありますが、僕の場合は、もう年金受給も近いので、辞めることができましたが、40代だと、年金までどう食つなぐかが、悩みでしょうね。

せめて、チャンネル登録でもして、応援しようかな、と、思いました。


 

鉄道に揺られる喜び


電車通勤をしなくなって久しい身分としては、たまに鉄道に乗るだけでもレジャー。

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一昨日は概ね晴れていましたが、昨日は雨。

雨の日の七五三。

なるべく人が映らないようにとの配慮はしましたが、子供を連れた親、祖父母などが多く、多少は映ってしまいました。


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うーん、 やっぱり、神社はいい。

鉄道と街と神社とお寺は、いいよね、と、いうことのようです。




またちょっとgo-to-行ってきます


何だよまた行くのかよ、とか言わないでくださいね。

「疑心暗鬼渦巻く狂乱の時代」を描いたスパイの妻、も気になるところですが、まずは旅行が優先。
 
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まあ、またもや近場の安旅行。

日本全国、あらかた行きつくしているので、年を取ったら近場ですよ旦那。



ということで、行ってきます。 



日本学術会議の闇について再び


もうこの話題はやりたくないのですがね、本当は。

でも、あまりにも、左翼系マスコミの横暴がひどいので、再度の取り上げ。


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ただ、ちょっとだけ補足しておくと、僕がこれまで出会った人の中での話ですが、左翼的な考え方をする人のほうが、人間的には優しい人が多いように思います。

弱者に優しいというか、不平等に対する憤りや彼らなりの正義感が強かったりして、そこは、評価しています。

政治家にしても、欲の皮の突っ張った自民党議員よりも、野党議員のほうに、いい人は多いように思います。

なので、左的な人たちの人間性を否定しているわけではありません。

ただ、その見識の低さと視野の狭さは、指摘せざるを得ませんから、言っているまでのこと。





うーん、 武田さんは民間で働いていたので、まともな感覚がありますね。




うーん、本当に勘弁してほしいのですが、以下はまともな国民の声のほんの一部。


ロケットプリウスに乗って、罪もない母子を殺した飯塚幸三が、日本学術会議のメンバー

愛知トリエンナーレと同じ臭い、表現の自由と大騒ぎして公金を、学問の自由と称して多額の税金を投入、中身はどちらも国を落としめる活動と日本共産党が背後で暗躍し、メディアが煽るだけ煽るいつものパターン

中国1000人計画に加担している⁉︎これを追及して頂きたいです。日本の研究者には軍事研究はやらせないと、声明出した訳ですから、中国に加担となると国賊以外何者でも無いです。公金なんてあり得ません。民間企業でやるべきです。しかも共産党とは、、、今までの公金返せ‼️

なんと、税金の無駄遣い。遡って、お金返してください。この人たちの年金も今後必要ないでしょう?いい加減にしてください。生活費、研究費は自分で稼いでくださいね?彼らのせいで震災後不景気で死ななくていい人たくさんいたと思う。彼らの信奉するccpの思想殉じて、財産めしあげですねw

たくさんいる学者の中でこの人達が選ばれてる理由を示せ。 国益にかなわないなら税金使って雇う必要ない。

共産党の選挙応援カーに乗っていた日本学術会議の元会長、広渡清吾氏は何度も赤旗に登場している。昨年の憲法集会では「安倍政権を倒し新しい政権を作るために、市民と立憲野党の共闘こそが新しい選択肢だ」と言ったり、「憲法9条改正の具体案が出ている中で選挙に負けたらどうなるのか。安倍政権に鉄槌をくらわす行動に参加してほしい。」と発言している。こういう政治的傾向の人間(広渡清吾)が、日本学術会議の会長だったという事実。

普通に学術会議がやったことは、日本が本来成長できた国益を損ねた。機会損失的には100万人ぐらい殺してるに相当するだろ。

日本学術会議と懇意している中国科技協会56人の中に、C国軍人と解放軍兵器開発企業ドローンプラットフォーム技術の関係者がいる事が判明しました

日本学術会議問題に無関心な人が激怒する方法を考えました。 池袋暴走事故じじいが元日本学術会議委員だった。 レジ袋有料化も日本学術会議が提唱した 北大の学長室で防衛省委託の研究が軍事研究として暴れて妨害辞退させた。その一方でチャイナ共産党の研究には協力して日本の脅威作っている アイヌは先住民とは言えないのに、国会を騙して先住民決議をさせた。アイヌ新法にも絡んでいる。 ファーウエイ日本顧問がいる。 共産党の街宣車の上に元広渡学術会議会長が登っている。 東日本大震災での復興増税を提唱した。 共産党の活動拠点だった。 これで激怒しないのは日本人でないです。



うーん、これらは、まっとうな国民の声のごく一部です。

交通ルールを守って歩いていた母親と娘を轢き殺しておいて未だ自分の非を認めない飯塚幸三も、日本学術会議のメンバーとして暗躍していたようです。

もうほんと、この話題やりたくないのですが、やむにやまれぬ思いですよ。



 

ごっそりお金が抜き取られる時代


目まぐるしく移り行く世の中にあっては、少し前の話になってしまいますが、ドコモ口座の事件。

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僕は、ドコモとは縁もゆかりもない生活ですが、念のためにゆうちょ口座をチェックしてみました。

ただでさえ少ない預金が、万が一にも抜き取られていたら、一大事。
 


うーん、いたるところに張り巡らされている、罠、には、気をつけたいものです。




資本家は益々豊かになり労働者との格差は拡がるばかり


こんなタイトルだからといって、僕が左翼思想家だとは思わないでくださいね。

かといって右翼というわけでもなく、自由思索家です。

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はっきり言って、トマ・ピケティの言う通りなのですが、労働者はつらいばかりの日々なのですよ。

だからと言って、革命だーとは、僕は言いません。

革命したところで、また、同じこと。

結局ですね、人間のエゴの問題が解決されない限り、同じことの繰り返し。

で、エゴの問題は、これは、簡単には解決しません。

なので、これには、触れません。

それよりも、どう生き抜くか、です。

資本主義社会においては、投資をしないこと自体が、実はリスク、なのです。

リスクの本来の意味は、不確実性。

でも、多くの人が、リスクを、危険、という意味で使っているので、今回はその意味で、僕も、使いました。

貯金だけしている人は貧乏になっていくのが資本主義。

いや、これは言い過ぎですね。

貯金をしていれば、まあ、貧乏にはなりません。

僕は、たとえ少ないお金でも投資していますが、僕のような頭のわるい人間は、実践で学ぶしかありません。


この残酷な資本主義社会でのガス抜きは、ときどきでもパンクロックを聴くこと。



うーん、みんな若かったなあ。

 

低消費生活者はコロナ不況でも波風は少ない


生活コストを上げないことの利点は、数えきれないほどあります。

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もうこのブログでも、さんざん言ってきたことなので、繰り返しませんが、何しろ、この残酷な資本主義社会で生き抜くには、ガンガン稼ぐか、とことん消費しないか、が、肝。

仕事能力が高くて、ガンガン稼げる人には、この世は天国かもしれませんが、少しボタンの掛け違いがあれば、すぐに地獄に転落するのもまた事実。

ガンガン稼げぐことができて、なおかつ倹約家であれば、鬼に金棒ですが、大概は、浪費家が多い。

つまり、生活費を上げてしまうので、稼げなくなった時にアウト。


でも、自分は稼ぐ力が弱いとの自覚があり、ローコスト生活で生きてきた人は、しぶとく生き抜けるチャンスがあります。

いちばんダメなのは、稼げないのに浪費家の人。

で、やっぱり僕のような凡人が生き抜くには、質素な生活で、生活コストを上げないことが、大切。

それでいて、それをみじめだと感じない天真爛漫さが大切。

そのためには、お金を使わずに人生を楽しめる能力が必要。


僕の場合は、山歩き、街歩き、散歩、サイクリング、図書館巡り、などなど。

現在、図書館カード5枚をフル活用していますが、近々、もう一枚作って、6枚にする予定。

それはつまり6つの外付けハードディスクのような書斎があるのと一緒。

そうした書斎のような6つの図書館を活用することで、存外に豊かな精神生活が送れるものです。

しかも、タダで、ね。

 そう、タダで、というのが大事。

実は、意外にも大切なものこそタダであったり、お金がかかるにしても低料金であったりします。

で、ろくでもないものが高額であったりしますね。

パソコン一台あれば、タダで楽しめるコンテンツが腐るほどある今という時代は、低消費で生きていくには打ってつけの時代なのかもしれません。



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