介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2020年08月

夏の終わりの風を感じながら


昨日は、花火師で投資家のSさんの誘いを受け、隣町へ。

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久しぶりに、自転車に乗りました。

なるべく、車の走っていない道を選んで走りました。


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Sさんの母屋の隣の離れの横の空間。

僕はお酒が弱いので、持参した空冷バッグの中には、水が入っています。

アルコールを飲んだ後、水も適度に補給する算段。


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眺めも良い。

前回は、梅畑の中での飲み会でしたが、ここでやるのは、僕は初めてでした。

Sさんの他には、Sさんの投資の師匠であるTさんも、川越から来てくれました。


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三人で、ゆるゆると飲みながら投資やこれからの世界情勢、などなど、のんびりと会話。

前にある竹林、あるいは、丘の下、などから風を受け、気持ちの良い時間。

僕は、帰りの自転車漕ぎのことも考え、スローペースで、350ミリリットル缶のビールを2本、飲みました。

そして、ときどき水を飲んで希釈。

水分が汗で出ていくのか、トイレに行くこともなく、夕方まで過ごしました。

夕方、Sさんの奥さんも加わって、話すうちに、Sさん宅のニャンコも、やってきました。

はじめは1匹でしたが、そのうち、もう一匹も来て、しばし猫の話題に。


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自由に、のびのびと飼われている猫たちです。
 
やがて日も落ち、夜の風が竹林を揺すり、竹林の間からは月が見えました。


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帰りは、緩やかな坂道を自転車で走り、その後、来たときとは違った道を選んで、帰りました。

田んぼの中の道で、夜のウォーキングをしている人、何人かと、すれ違いました。

夜、涼しくなってから、歩く人がいるのだろうなあ、と、思いました。



逃げながら、それなりに頑張る


健康であることは、幸福の基本であるだけでなく、経済的な恩恵も計り知れません。

僕は、なるべく、逃げながら、それなりに頑張る、ということを、してきました。

これは、会社での話ですが、それなりにでも頑張らなければ、クビになりますからね。

失業して、路頭に迷ってしまいます。

でも、頑張りすぎると、体と精神が参ってしまう場合もありますね。


すごく、調子よく働けているときは、良いのですよ。

そういうときがずっと続けば、何も問題はないのですが、人生は、そうは問屋が卸しません。

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僕は、適度に逃げることで、自分を保ってきました。

その逃げた数だけ、転職が多いのですが、後悔は、ありません。

プレジデントオンラインで見つけた記事には、なるほどと思いました。 

健康の「経済的価値」はどの程度のものなのか。ファイナンシャルプランナーの黒田尚子さんは、生涯健康だった人と病気がちで人生を閉じた人の総収入や総支出をシミュレーションした。その結果、85歳で他界と設定すると、預貯金には約5000万円の差があった

うーん、この記事は長いので、興味ある人は各自読んでもらうとして、僕が常々思っているのは、ブラック企業などで働いていると、お金が貯まらないだけでなく、健康にめっちゃよくない、と。

ストレスが、何と言っても最大の健康を蝕む要因ですから。

ストレスがない、あるいは、ストレスが軽くなる、だけで、どれだけ、精神と肉体が楽になるか。

いい意味で、楽なほうへ楽なほうへと逃げていくスキルを持たないと、この過酷な社会で生き抜くことは難しいのですよ。

僕は、自分がいかにひ弱であるかを、二十代のときに骨の髄まで認識したので、この先の長い人生をどう生きて行けばいいのかが、本当に悩みでした。

まあ、その辺のくだりは、自己紹介カテゴリーで書いているので、繰り返しませんが、仕事をしなければならない人は、なるべくストレスから逃げる工夫をしてもらいたいと、切に、思っています。



暑かった夏も、終わっていきますね。

あなたには、夏の終わりに会いたい人はいますか?



漠とした不安と焦りと孤独


なぜ、あれほど、不安だったのか。

なぜ、あれほど、焦っていたのか。

そして、なぜ、あれほど孤独だったのか。

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今となっては、おぼろげな記憶、しかありません。

とにかく、彷徨っていました。

彷徨い、さすらっていました。

一つ所に、落ち着いていられなかったのは、どの場所にいても、どこにいても、絶えず、閉塞感を覚えていたからです。

ここは、自分のいる場所じゃない、と。

ここではないどこか、を、いつも、求めていました。

漂泊。

漂泊の詩人、ならば、多少かっこもいいのですが、僕の場合は、漂泊の無職。

だから35の年まで、定職に就けなかったのです。

いやあ、形だけの定職はありましたよ、腰掛け程度の、ね。

でも、心は常に不安でいっぱいでした。


その、漠とした不安の日々。

呼吸困難の日々。

どうしてみんな、平気な顔をして生きていられるのかが、不思議で仕方がありませんでした。

まあ、そんな日々が、今では懐かしくもあり、愛おしくもあります。

孤独だった日々、なぜ、孤独を感じたのか、それを考えるヒントになればと思い、以下の動画を貼り付けてみました。



話をしているのは、かつて罪を犯し、刑務所にも入っていたことのある人ですが、そうしたレッテルで人を判断するのではなく、語られている内容の中から、日々の生活の助けになるものを掬い取っていけばいいのではないでしょうか。


 

部屋で一人で死んでも誰にも気づかれない自由な人生


死を意識することで、生が見えてくる、浮かび上がってくる、ということは、あるでしょうね。

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葉室麟さんの小説、蜩ノ記は読んでいないのですが、映画のほうを先日見たのですよ。

あ、もちろん、図書館で借りてきたやつね。

で、いわれのない罪で汚名を着せられ、だけど藩としての大事な仕事を任せている関係で、10年の時間を与えて、10年後の死を、前提にして日々を生きる、という話なのですが、凛として咲く花の如くの人生を見た思いがしました。

お国のために死んで行った特攻隊も、死を覚悟しての短い人生でした。

死を、美化するつもりはありませんが、死に向かい合うことで、生が見えてくる側面はあると思うのですよ。


僕は、適度な田舎の町の一人暮らしなのですが、やがて年を取り、外に出る機会も少なくなり、部屋で一人で死ぬ、あるいはまた、病院の一室で死ぬ、のかもしれません。

あるいは、それ以外の死かもしれませんが、いずれにせよ、死ぬときは、一人。

生まれてきた時も、一人ですからね。


死に向かい合うことで、人生が見え、自由が見えてきます。

だからこそ、明日ではなく、今日一日が、尊いのです。



どんな風に生きても、やがては忘却の彼方へ、忘却の空へと、消えていきます。

ならば尚のこと、自分を見失うことなく生きていきたいと、思っています。


自分の劣化を感じた3つの出来事


これも、忘れないうちに書き留めておいたほうが良いと思い、書いてみます。

実は、立て続けに、自分の劣化を感じた出来事が起こりました。 

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まず、一つ目は、車を走らせているときに、阿部サダヲのCMが頭に浮かび、ふいに思い立って、久しぶりにセイムスに寄ったのですよ。

それで、お風呂場の洗浄液を買い、レジで、ポイントでの支払いをお願いしたところ、ポイントはありません、と、言われました。

そんなはずはない、かなりたまっているはずだ、と、僕。

でも、ひょっとしてと思って、前回買い物してから一年以上が経過しているか否かを訊いたら、最後の買い物が去年の7月だったようです。

セイムスのポイントは、一年以上買い物がないと無効になることは知っていました。

これは迂闊だった、と思い、支払いました。

2000ポイント近くが無駄になったというお話。

去年から、そうした買い物は、セキに、移行しているので、セイムスは行かなくなっていたのですね。

さて、次も、ポイント消失の話。

こちらは、いきなりステーキ。

肉マイレージというのが、やはり、ゼロになってしまいました。

これも、去年の6月が最後で、それきり行っていませんでしたからね。

 

僕が一年ぶりに、いきなりステーキに行った理由


三つ目の出来事は、もっと深刻でした。

日高屋で食事をした後の支払いで、クレジットカード払いが可能になったようで、楽天カードで支払ったのは良いのですが、そのまま、カードを差し込んだまま、店を出てしまったのです。

あれ、カードがない、と、気づいたのが、比較的すぐだったので、良かったのですが、戻ろうして信号待ちをしているときの、青になるのの遅く感じること。

何とか戻って、まだ、差したままになっている自分のカードを見つけた次第。

日高屋は、ずっと、カード決済の機能がなく、最近まで、ペイペイのみオッケーとか、だったように思うのですよ。

店員に訊いたら、最近変わったのだと言っていましたが、現金払いの習慣で、レシートだけもらって済ませてしまったのですね。

無意識の行動の怖さを、思い知った次第。

ついでに、昨夜の夕食時の出来事も、話しておきます。

目の前に味噌汁があるのがわかっていながら、その向こうにあるおかずに手をのばそうとしたときに、お椀に触れてひっくり返し、半分ほどの具が散乱。

いったい自分は何をしているのだ、と、愕然としましたが、介護離職をする前の職場で、仕事と介護の両立の疲れからか、職場でミスが目立つようになり、事故を起こしては大変なので、作業のたびに、指差し点検を行っていました。

今でも、風呂から出るとき、ガスレンジを使った後、など、火や、電気に関することは、指差し点検をしています。

これは、今後も継続するつもりです。

とにかく、動作はゆっくりでいいので、どんなことも、確実にこなすこと。

丁寧な生き方を志向すること。

そうです、改めて、丁寧な生き方の価値について、感慨を新たにしました。


猫のような用心深さで、老後を乗り切る所存


猫からは、学ぶことが多いですね。

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何よりもあの、用心深さがいい。

それと、徹底的に、マイペースなところ。

何も考えないで、つまり、向こう見ずに行動することが多かった僕にとって、晩年は、まさに、そうした人生を総括する場でもあります。

人間はよくできたものだと思うのですが、晩年になるにつれて、行動力がなくなっていく代わりに、内省力は深まっていきます。

エネルギーに満ち溢れていたら、内省どころの騒ぎではありません。

その横溢するエネルギーを発散し、自己拡大を図る時期が青年期から中年期にかけて。

やがてピークを越え、肉体も、この世的地位や立場といったものも、下降していきます。

ときどき、切れる老人を見かけますが、自分が縮小していくことに耐え切れずに苛立っている人がそうした行動をとるのかもしれません。

あらゆることが、自分の思うようには行かなくなる。

何よりも自分自身の頭、記憶、身体機能が、以前とは違って働きがどんどん鈍くなっていく。

さらに、一定の資産を持った人であれば、その資産を切り崩さなければ生活を維持できなくなることにも、縮小感を覚えるでしょうね。

そうした、自己が縮んでいく感覚に耐えられなくて、切れてみたり、不平不満を言ってみたり、他人に八つ当たりしたり、と、あるいは老いを自覚せずに車のハンドルを握って暴走したり、とか、ね。


僕はと言えば、用心深く、小さく生きて、世の片隅で、静かに息をしていたいのですよ。

いるのかいないのかわからないような存在でいたいのですよ。

で、こうしたブログを綴ることで、自分の意見が多少なりとも表明できれば、それで十分なのです。

しかも、このブログにすら執着はなく、ある日突然、辞めてしまうかもしれません。

今は楽しいから、ほぼ毎日更新していますが、もっと他にやることがあると思えば、ブログは放置してそちらに没頭するでしょうね。

人生の残り時間がわからない以上、これからの僕も、どこに流れていくのかは未知数ですから。



体調がわるいと気が弱くなる


体力自体の衰えは、56歳ごろから顕著に感じていました。

それが仕事にも影響し、ミスなども出始めた頃に、父の介護が必要になるというタイミングが重なり、介護離職したわけですが、あのまま仕事をしていたら、場合によっては大きな事故を起こした可能性もあります。

それなりに、ガテン系の、仕事だったのですが、何にせよ、24時間勤務というのは、長いのですよ。

で、もうろうとした状態で働いていた時期もあり、これは、危ない、と、思っていました。

ある意味、介護離職は、天の助けでもあったのかもしれません。

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で、この5月にアルバイトを辞めたのも、この暑い夏を見越して、冷房もない、40度にもなる倉庫での作業は、もはや無理であると判断。

この判断も、正解でした。

で、今は、低空飛行ながらも、何とか体調を維持している感じです。

そうは言っても、基本的に体力や活力はないほうなので、それに体調の悪さが重なると、もう動きたくなくなってきます。

まあ、こういうときは、ひたすら眠るしかなく、寝るか、横になるかして、やり過ごします。

そうするとまた、体が、徐々に回復してきて、何とかなる、と言う感じですね。

いろいろなことが億劫に感じる、ということ自体、生命力の衰えだと思うのです。

先日、友人のIさんと浦山ダムに行ったときも、車に乗せてもらい、連れて行ってもらったから行けた、みたいなところがあります。

以前は、親を温泉に連れて行くという目的があったから、平気で長距離運転もできたのでしょうねえ。

また、当時は、マーチという小型車とは言え、一応は、普通車に乗っていたのもあるかもしれません。

今乗っている、アルトでは、遠出する気にはなりません。

同じ軽自動車でも、Iさんのハスラーは、まったく乗り心地が違いました。 

あの日は、昼食も、Iさんに作ってもらい、これまたIさんが持って来てくれた500ミリリットルの缶ビールを、運転しない僕だけが飲んだのですが、それを昼過ぎまでの4時間くらいで、2本飲むくらいのペースが、ちょうどよく、まさに何もかもがフィットした一日でした。

で、何が言いたいのかというと、体力の衰えに伴って、もともと弱かったアルコールもさらに弱くなったなあ、という実感。

つまり、これから先何年生きるかはともかくとして、体力はこれからも少しずつ落ちていくし、いろいろなものが衰えていくだろうということ。

自分に付随する様々なものが衰え、失われていく中で、その当然の帰結のように、内省的にならざるを得なくなっています。

で、そういう流れならば、その流れに沿って生きるしかない、と。

体調が悪いと、確かに気が弱くなるし、ペシミスティックになりますが、同時にそれは、内省への契機ともなり得ると。

まあ、僕は、アクティブな年寄りには、なれそうもありません。

体力がない人間はないなりに、お金がない人間はないなりに、何とか人生を生きていき、さらさらと流れていきたいものだと、思っています。


FIRE志向の増加と未来予測


プロレスラーの大仁田厚も、ファイヤーとか、言っていませんでしたっけ。

で、それはさておき、FIRE(financial independence retire early)の流れは、僕は、止められないと思っています。

まあ、止める必要もありません。

時代精神、というものがあります。

幕末に、あれだけの英雄豪傑が輩出したのも、時代精神ゆえのこと。

で、これからのことを言うとすると、AIは、二進法をベースとする量の計算には優れていますが、人間に、とってかわることはできません。

現実世界、いや、厳密に言うと、現実に思えることもまた実在ではないので、現象世界と言い直しますが、この現象世界の微妙に変化する本質そのものを、AIは、とらえることはできません。

AIには、心はなく、情熱も、ないから、です。

さて、今現在、早期リタイアを志向する人が増えています。

今回のコロナ騒動での、リモートワークでも、多くの人々に気づきを与えました。

こうした環境の変化がなければ、大半の人は、変わろうとしません。

何だよ、別に都会に住む必要ねえじゃん、と思う人が爆発的に増えつつあります。

リモートワークだと、狭すぎる空間は息苦しくもなるし、隣で赤ちゃんが泣いている状態では、仕事に身が入りません。

そこで、都心を離れ、トカイナカ、に、移動する人が増えているというのを、テレビでやっていました。

会社に縛られない働き方を志向する人たち、さらには、会社そのものからおさらばして、アーリーリタイアをもくろむ人たちが増え続けています。

これはもう、未来社会の先取りなのですよ。

これは、時代精神、そのものです。

AIができる労働はAIに任せる世の中に変わっていきます。

そして人間には、膨大な余暇が、与えられます。

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ベーシックインカムが、国民の権利として認められるようになるでしょうね。

で、もっとお金が欲しい人は働いてもいいし、別にベーシックインカムだけで暮らせる人は、それで充足すればいい、と。

誰もが、やりたいことをやれるだけやる時代。



一足飛びにそこに行きつくわけではありませんが、紆余曲折を経て、そうなっていくと思っています。



自分の理想像など持たないほうが良い理由


自分はこうあるべきだ、という思いが強い人は、絶えずストレスに晒されています。

なぜなら、実態は、全然自分の理想像とはかけ離れているから。

まあ、勝手に理想像を描き、勝手に苦しんでいるという、自縄自縛の状態。

実は、これ、若い頃の僕の姿、でした。

もう遠い過去のことだから、こんなことが言えるのですが、ね。

で、こういう人は、マイナスの感情を持ちやすいので注意が必要。

理想の自分を描くのは、思考、すなわちエゴのなせる業。

理想の自分という幻想よりも、今ここにある自分の尊さに気づけば、すべては解決します。

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僕たちに必要なのは、思考、ではなく、気づき、なのですよ。

 


まあ、気づきは、あなた(自分)次第だということですね。


家賃28000円で月の生活費が5万円


自分の維持費を上げるな、と、ひろゆきは言います。

まあ、僕は、ひろゆきはYouTubeでずいぶん聞いていたので、考え方はよくわかっていました。

本は買うほどではないと思っていたのですが、図書館にリクエストしてみました。

そうすればタダで読めるだけでなく、今後、ひろゆきの本がそのまま置かれれば読む人にとっても役に立つだろうという、ね。

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ひろゆきが大学生の頃に住んでいたアパートの家賃は、28000円だったそうです。

で、ネット回線が3000円。

そして、それらすべてを含めた生活費が50000円。

明細が、家賃のほかはネット回線だけ、というのが、いかにもひろゆきらしいところ。 

で、月に5万円あれば暮らせる、と分かったことが大きかったと言います。

その後、会社に就職することなく、生きてきたから、それで通ったが、もし会社員になっていたら、こうはならなかったのではないか、と、言っていました。

その理由は、毎月決まった額の収入が当たり前になると、つい、生活レベルを上げてしまっただろう、というもの。

彼はフリーランスだったので、そうはならなかった、と。

生活レベルを上げると、これだけ損なことになるよ、という理由が、たくさん挙げられていたりして、すでに彼の考え方は十分知っている僕も、改めて納得。

給料を上げるスキルよりも、無駄なものを一切買わないで生活できるスキルのほうが、人生の選択肢が広がるんじゃね、というのがひろゆきの持論。

まあ、この辺りの考え方も僕と同じなので、ひろゆきには親近感があるのですよ。

欲しい、と気持ちが盛り上がったときにこそ、ちょっと待てよ、と冷静に考える時間を意識的に作りましょう、と、ひろゆきは言います。

すいません、断っておきますが、僕はひろゆき教の信者ではありませんからね。

彼の考え方の多くが僕のそれと一致するので、つい言ってしまうだけのこと。

まあ、結論を言うと、ローコストで生活できるスキルがあれば自由は簡単に手に入るよね、ということでした。


そんなにまでして稼いだお金の行く先は


投資系、蓄財系、節約系など、様々なブログを覗いていると、お金を貯めることに執着している人が多いことに気づきます。

僕は、これは、否定しません。

ある程度のお金は確保しておかないと、自分がぽしゃりますから、ね。

それは良いとして、もう十分すぎるほどのお金を持ちながら、なおもお金に執着して、しかも身を粉にして働く人もいます。

いや、それはいいのですよ、自分の人生ですから、お好きなように、ということなのですが、働くだけ働いて擦り切れて、最後は、病院、というケースもあります。

こういうのを、爪で拾って箕でこぼす、と言いますよね。

実は、僕の実母が、よく言っていた言葉でした。

僕の母は、僕が16のときに亡くなっていて、3回目の病気のときに、なくなったのですが、ずっとパートで働いていて、自分の人生のことを、爪で拾って箕でこぼすような人生だ、と、言っていたのです。

僕は、それを鮮明に覚えていて、母の死後、僕が19歳のときに、父が再婚し、僕は、家を出て放浪生活をするのですが、その後、また、一緒に暮らすようになると、今度は、義母を、実の母にできなかった分、温泉に連れて行ったりしていたのですね。

まあ、運良く、義母とは相性が良かったので、200回近くは一緒に旅行に行きました。

なので、義母のほうは、爪で拾って箕でこぼすような人生ではなく、十分人生を満喫したのではないか、と思います。

で、何が言いたいかというと、誰であっても、皆、せっかく生まれてきたのですから、幸せに生きることが至上命題、なのですよ。

苦労して苦労して生きて、身を粉にして稼いで、そのなれの果てが病院暮らしでは、切な過ぎるのですよ。

そんなにまでして稼いだお金の行く先が病院の白い壁の中、では、やり切れません。

まあ、実母のこともあったので、僕は、やりたいことは、一切、先延ばしにはしませんでした。

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ぶっちゃけ、明日死ぬかもしれないのですよ、誰であってもね。

ならば、あまりやりたいことを先延ばしにしないほうがいい、のですよ。

ただ、誤解されると困るので言っておきますが、無鉄砲に刹那的に生きろ、と言っているのではありません。

そういうのは、破滅型の人生で、これもダメです。

先のこともある程度心配というか、備えはしておきながら、備えすぎて時を失う愚を言っているだけのことなのですね。


 
気づくのが遅すぎた、ということのないようにしたいものです。

人生は、有限、なので。


ケアマネと再会しました


昨日は外に買い物に行く途中、思い立って湖に行きました。

僕の町には、二つの湖がありますが、昨日行ったのは小さいほうのもの。

湖の手前にある駐車場に車を止めた時に、ダッシュボードの埃を見つけたので、拭き取ろうと、トイレの水でタオルを濡らして拭いていたのですよ。

そして、タオルを洗おうと、トイレのほうを見たら、何やら見覚えのある人が。

もしかしたら、と思って声をかけたら、父の在宅介護の際にお世話になったケアマネでした。

彼は、4年前の当時二十代でしたが、もう子供もいました。

今はもう、30代になっているでしょうね。

会津の出身で、仕事のできる人でした。

その彼が、缶コーヒーを飲みながら煙草を吸っていたのです。

声をかけ、お互いのことなどはなし、短い時間でしたが、思い出話などで盛り上がりました。

息抜きの休憩場所として、ここにはよく来るのですよ、などと言っていました。

その彼と別れ、僕も、湖へと足を運びました。

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うーん、 結構な数の釣り人がいました。


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このベンチで、しばしの休憩。

もう、風は、秋の風、でしたねえ。

そのうちに、壮年の夫婦がやってきて、その夫婦と、思いがけず長い時間、話し込むことになりました。

特に、旦那のほうとは、1時間以上話していたかもしれません。

これから病院に行く途中、時間つぶしに立ち寄ったのだ、と、言っていました。

壮年夫婦と別れてから、湖をのんびり一周し、それから、買い出しのために、ライフに行きました。

ライフでは、今年6つ目のスイカを買いました。

お盆時期は高くて手が出せなかったスイカですが、買い求めやすい価格に落ち着いていました。

ついでに梨も買ったのですが、果物を見ていると、季節の移り変わりを感じます。



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