介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2020年08月

夏の終わりの風を感じながら


昨日は、花火師で投資家のSさんの誘いを受け、隣町へ。

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久しぶりに、自転車に乗りました。

なるべく、車の走っていない道を選んで走りました。


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Sさんの母屋の隣の離れの横の空間。

僕はお酒が弱いので、持参した空冷バッグの中には、水が入っています。

アルコールを飲んだ後、水も適度に補給する算段。


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眺めも良い。

前回は、梅畑の中での飲み会でしたが、ここでやるのは、僕は初めてでした。

Sさんの他には、Sさんの投資の師匠であるTさんも、川越から来てくれました。


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三人で、ゆるゆると飲みながら投資やこれからの世界情勢、などなど、のんびりと会話。

前にある竹林、あるいは、丘の下、などから風を受け、気持ちの良い時間。

僕は、帰りの自転車漕ぎのことも考え、スローペースで、350ミリリットル缶のビールを2本、飲みました。

そして、ときどき水を飲んで希釈。

水分が汗で出ていくのか、トイレに行くこともなく、夕方まで過ごしました。

夕方、Sさんの奥さんも加わって、話すうちに、Sさん宅のニャンコも、やってきました。

はじめは1匹でしたが、そのうち、もう一匹も来て、しばし猫の話題に。


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自由に、のびのびと飼われている猫たちです。
 
やがて日も落ち、夜の風が竹林を揺すり、竹林の間からは月が見えました。


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帰りは、緩やかな坂道を自転車で走り、その後、来たときとは違った道を選んで、帰りました。

田んぼの中の道で、夜のウォーキングをしている人、何人かと、すれ違いました。

夜、涼しくなってから、歩く人がいるのだろうなあ、と、思いました。



逃げながら、それなりに頑張る


健康であることは、幸福の基本であるだけでなく、経済的な恩恵も計り知れません。

僕は、なるべく、逃げながら、それなりに頑張る、ということを、してきました。

これは、会社での話ですが、それなりにでも頑張らなければ、クビになりますからね。

失業して、路頭に迷ってしまいます。

でも、頑張りすぎると、体と精神が参ってしまう場合もありますね。


すごく、調子よく働けているときは、良いのですよ。

そういうときがずっと続けば、何も問題はないのですが、人生は、そうは問屋が卸しません。

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僕は、適度に逃げることで、自分を保ってきました。

その逃げた数だけ、転職が多いのですが、後悔は、ありません。

プレジデントオンラインで見つけた記事には、なるほどと思いました。 

健康の「経済的価値」はどの程度のものなのか。ファイナンシャルプランナーの黒田尚子さんは、生涯健康だった人と病気がちで人生を閉じた人の総収入や総支出をシミュレーションした。その結果、85歳で他界と設定すると、預貯金には約5000万円の差があった

うーん、この記事は長いので、興味ある人は各自読んでもらうとして、僕が常々思っているのは、ブラック企業などで働いていると、お金が貯まらないだけでなく、健康にめっちゃよくない、と。

ストレスが、何と言っても最大の健康を蝕む要因ですから。

ストレスがない、あるいは、ストレスが軽くなる、だけで、どれだけ、精神と肉体が楽になるか。

いい意味で、楽なほうへ楽なほうへと逃げていくスキルを持たないと、この過酷な社会で生き抜くことは難しいのですよ。

僕は、自分がいかにひ弱であるかを、二十代のときに骨の髄まで認識したので、この先の長い人生をどう生きて行けばいいのかが、本当に悩みでした。

まあ、その辺のくだりは、自己紹介カテゴリーで書いているので、繰り返しませんが、仕事をしなければならない人は、なるべくストレスから逃げる工夫をしてもらいたいと、切に、思っています。



暑かった夏も、終わっていきますね。

あなたには、夏の終わりに会いたい人はいますか?



漠とした不安と焦りと孤独


なぜ、あれほど、不安だったのか。

なぜ、あれほど、焦っていたのか。

そして、なぜ、あれほど孤独だったのか。

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今となっては、おぼろげな記憶、しかありません。

とにかく、彷徨っていました。

彷徨い、さすらっていました。

一つ所に、落ち着いていられなかったのは、どの場所にいても、どこにいても、絶えず、閉塞感を覚えていたからです。

ここは、自分のいる場所じゃない、と。

ここではないどこか、を、いつも、求めていました。

漂泊。

漂泊の詩人、ならば、多少かっこもいいのですが、僕の場合は、漂泊の無職。

だから35の年まで、定職に就けなかったのです。

いやあ、形だけの定職はありましたよ、腰掛け程度の、ね。

でも、心は常に不安でいっぱいでした。


その、漠とした不安の日々。

呼吸困難の日々。

どうしてみんな、平気な顔をして生きていられるのかが、不思議で仕方がありませんでした。

まあ、そんな日々が、今では懐かしくもあり、愛おしくもあります。

孤独だった日々、なぜ、孤独を感じたのか、それを考えるヒントになればと思い、以下の動画を貼り付けてみました。



話をしているのは、かつて罪を犯し、刑務所にも入っていたことのある人ですが、そうしたレッテルで人を判断するのではなく、語られている内容の中から、日々の生活の助けになるものを掬い取っていけばいいのではないでしょうか。


 

部屋で一人で死んでも誰にも気づかれない自由な人生


死を意識することで、生が見えてくる、浮かび上がってくる、ということは、あるでしょうね。

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葉室麟さんの小説、蜩ノ記は読んでいないのですが、映画のほうを先日見たのですよ。

あ、もちろん、図書館で借りてきたやつね。

で、いわれのない罪で汚名を着せられ、だけど藩としての大事な仕事を任せている関係で、10年の時間を与えて、10年後の死を、前提にして日々を生きる、という話なのですが、凛として咲く花の如くの人生を見た思いがしました。

お国のために死んで行った特攻隊も、死を覚悟しての短い人生でした。

死を、美化するつもりはありませんが、死に向かい合うことで、生が見えてくる側面はあると思うのですよ。


僕は、適度な田舎の町の一人暮らしなのですが、やがて年を取り、外に出る機会も少なくなり、部屋で一人で死ぬ、あるいはまた、病院の一室で死ぬ、のかもしれません。

あるいは、それ以外の死かもしれませんが、いずれにせよ、死ぬときは、一人。

生まれてきた時も、一人ですからね。


死に向かい合うことで、人生が見え、自由が見えてきます。

だからこそ、明日ではなく、今日一日が、尊いのです。



どんな風に生きても、やがては忘却の彼方へ、忘却の空へと、消えていきます。

ならば尚のこと、自分を見失うことなく生きていきたいと、思っています。


自分の劣化を感じた3つの出来事


これも、忘れないうちに書き留めておいたほうが良いと思い、書いてみます。

実は、立て続けに、自分の劣化を感じた出来事が起こりました。 

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まず、一つ目は、車を走らせているときに、阿部サダヲのCMが頭に浮かび、ふいに思い立って、久しぶりにセイムスに寄ったのですよ。

それで、お風呂場の洗浄液を買い、レジで、ポイントでの支払いをお願いしたところ、ポイントはありません、と、言われました。

そんなはずはない、かなりたまっているはずだ、と、僕。

でも、ひょっとしてと思って、前回買い物してから一年以上が経過しているか否かを訊いたら、最後の買い物が去年の7月だったようです。

セイムスのポイントは、一年以上買い物がないと無効になることは知っていました。

これは迂闊だった、と思い、支払いました。

2000ポイント近くが無駄になったというお話。

去年から、そうした買い物は、セキに、移行しているので、セイムスは行かなくなっていたのですね。

さて、次も、ポイント消失の話。

こちらは、いきなりステーキ。

肉マイレージというのが、やはり、ゼロになってしまいました。

これも、去年の6月が最後で、それきり行っていませんでしたからね。

 

僕が一年ぶりに、いきなりステーキに行った理由


三つ目の出来事は、もっと深刻でした。

日高屋で食事をした後の支払いで、クレジットカード払いが可能になったようで、楽天カードで支払ったのは良いのですが、そのまま、カードを差し込んだまま、店を出てしまったのです。

あれ、カードがない、と、気づいたのが、比較的すぐだったので、良かったのですが、戻ろうして信号待ちをしているときの、青になるのの遅く感じること。

何とか戻って、まだ、差したままになっている自分のカードを見つけた次第。

日高屋は、ずっと、カード決済の機能がなく、最近まで、ペイペイのみオッケーとか、だったように思うのですよ。

店員に訊いたら、最近変わったのだと言っていましたが、現金払いの習慣で、レシートだけもらって済ませてしまったのですね。

無意識の行動の怖さを、思い知った次第。

ついでに、昨夜の夕食時の出来事も、話しておきます。

目の前に味噌汁があるのがわかっていながら、その向こうにあるおかずに手をのばそうとしたときに、お椀に触れてひっくり返し、半分ほどの具が散乱。

いったい自分は何をしているのだ、と、愕然としましたが、介護離職をする前の職場で、仕事と介護の両立の疲れからか、職場でミスが目立つようになり、事故を起こしては大変なので、作業のたびに、指差し点検を行っていました。

今でも、風呂から出るとき、ガスレンジを使った後、など、火や、電気に関することは、指差し点検をしています。

これは、今後も継続するつもりです。

とにかく、動作はゆっくりでいいので、どんなことも、確実にこなすこと。

丁寧な生き方を志向すること。

そうです、改めて、丁寧な生き方の価値について、感慨を新たにしました。


猫のような用心深さで、老後を乗り切る所存


猫からは、学ぶことが多いですね。

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何よりもあの、用心深さがいい。

それと、徹底的に、マイペースなところ。

何も考えないで、つまり、向こう見ずに行動することが多かった僕にとって、晩年は、まさに、そうした人生を総括する場でもあります。

人間はよくできたものだと思うのですが、晩年になるにつれて、行動力がなくなっていく代わりに、内省力は深まっていきます。

エネルギーに満ち溢れていたら、内省どころの騒ぎではありません。

その横溢するエネルギーを発散し、自己拡大を図る時期が青年期から中年期にかけて。

やがてピークを越え、肉体も、この世的地位や立場といったものも、下降していきます。

ときどき、切れる老人を見かけますが、自分が縮小していくことに耐え切れずに苛立っている人がそうした行動をとるのかもしれません。

あらゆることが、自分の思うようには行かなくなる。

何よりも自分自身の頭、記憶、身体機能が、以前とは違って働きがどんどん鈍くなっていく。

さらに、一定の資産を持った人であれば、その資産を切り崩さなければ生活を維持できなくなることにも、縮小感を覚えるでしょうね。

そうした、自己が縮んでいく感覚に耐えられなくて、切れてみたり、不平不満を言ってみたり、他人に八つ当たりしたり、と、あるいは老いを自覚せずに車のハンドルを握って暴走したり、とか、ね。


僕はと言えば、用心深く、小さく生きて、世の片隅で、静かに息をしていたいのですよ。

いるのかいないのかわからないような存在でいたいのですよ。

で、こうしたブログを綴ることで、自分の意見が多少なりとも表明できれば、それで十分なのです。

しかも、このブログにすら執着はなく、ある日突然、辞めてしまうかもしれません。

今は楽しいから、ほぼ毎日更新していますが、もっと他にやることがあると思えば、ブログは放置してそちらに没頭するでしょうね。

人生の残り時間がわからない以上、これからの僕も、どこに流れていくのかは未知数ですから。



体調がわるいと気が弱くなる


体力自体の衰えは、56歳ごろから顕著に感じていました。

それが仕事にも影響し、ミスなども出始めた頃に、父の介護が必要になるというタイミングが重なり、介護離職したわけですが、あのまま仕事をしていたら、場合によっては大きな事故を起こした可能性もあります。

それなりに、ガテン系の、仕事だったのですが、何にせよ、24時間勤務というのは、長いのですよ。

で、もうろうとした状態で働いていた時期もあり、これは、危ない、と、思っていました。

ある意味、介護離職は、天の助けでもあったのかもしれません。

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で、この5月にアルバイトを辞めたのも、この暑い夏を見越して、冷房もない、40度にもなる倉庫での作業は、もはや無理であると判断。

この判断も、正解でした。

で、今は、低空飛行ながらも、何とか体調を維持している感じです。

そうは言っても、基本的に体力や活力はないほうなので、それに体調の悪さが重なると、もう動きたくなくなってきます。

まあ、こういうときは、ひたすら眠るしかなく、寝るか、横になるかして、やり過ごします。

そうするとまた、体が、徐々に回復してきて、何とかなる、と言う感じですね。

いろいろなことが億劫に感じる、ということ自体、生命力の衰えだと思うのです。

先日、友人のIさんと浦山ダムに行ったときも、車に乗せてもらい、連れて行ってもらったから行けた、みたいなところがあります。

以前は、親を温泉に連れて行くという目的があったから、平気で長距離運転もできたのでしょうねえ。

また、当時は、マーチという小型車とは言え、一応は、普通車に乗っていたのもあるかもしれません。

今乗っている、アルトでは、遠出する気にはなりません。

同じ軽自動車でも、Iさんのハスラーは、まったく乗り心地が違いました。 

あの日は、昼食も、Iさんに作ってもらい、これまたIさんが持って来てくれた500ミリリットルの缶ビールを、運転しない僕だけが飲んだのですが、それを昼過ぎまでの4時間くらいで、2本飲むくらいのペースが、ちょうどよく、まさに何もかもがフィットした一日でした。

で、何が言いたいのかというと、体力の衰えに伴って、もともと弱かったアルコールもさらに弱くなったなあ、という実感。

つまり、これから先何年生きるかはともかくとして、体力はこれからも少しずつ落ちていくし、いろいろなものが衰えていくだろうということ。

自分に付随する様々なものが衰え、失われていく中で、その当然の帰結のように、内省的にならざるを得なくなっています。

で、そういう流れならば、その流れに沿って生きるしかない、と。

体調が悪いと、確かに気が弱くなるし、ペシミスティックになりますが、同時にそれは、内省への契機ともなり得ると。

まあ、僕は、アクティブな年寄りには、なれそうもありません。

体力がない人間はないなりに、お金がない人間はないなりに、何とか人生を生きていき、さらさらと流れていきたいものだと、思っています。


FIRE志向の増加と未来予測


プロレスラーの大仁田厚も、ファイヤーとか、言っていませんでしたっけ。

で、それはさておき、FIRE(financial independence retire early)の流れは、僕は、止められないと思っています。

まあ、止める必要もありません。

時代精神、というものがあります。

幕末に、あれだけの英雄豪傑が輩出したのも、時代精神ゆえのこと。

で、これからのことを言うとすると、AIは、二進法をベースとする量の計算には優れていますが、人間に、とってかわることはできません。

現実世界、いや、厳密に言うと、現実に思えることもまた実在ではないので、現象世界と言い直しますが、この現象世界の微妙に変化する本質そのものを、AIは、とらえることはできません。

AIには、心はなく、情熱も、ないから、です。

さて、今現在、早期リタイアを志向する人が増えています。

今回のコロナ騒動での、リモートワークでも、多くの人々に気づきを与えました。

こうした環境の変化がなければ、大半の人は、変わろうとしません。

何だよ、別に都会に住む必要ねえじゃん、と思う人が爆発的に増えつつあります。

リモートワークだと、狭すぎる空間は息苦しくもなるし、隣で赤ちゃんが泣いている状態では、仕事に身が入りません。

そこで、都心を離れ、トカイナカ、に、移動する人が増えているというのを、テレビでやっていました。

会社に縛られない働き方を志向する人たち、さらには、会社そのものからおさらばして、アーリーリタイアをもくろむ人たちが増え続けています。

これはもう、未来社会の先取りなのですよ。

これは、時代精神、そのものです。

AIができる労働はAIに任せる世の中に変わっていきます。

そして人間には、膨大な余暇が、与えられます。

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ベーシックインカムが、国民の権利として認められるようになるでしょうね。

で、もっとお金が欲しい人は働いてもいいし、別にベーシックインカムだけで暮らせる人は、それで充足すればいい、と。

誰もが、やりたいことをやれるだけやる時代。



一足飛びにそこに行きつくわけではありませんが、紆余曲折を経て、そうなっていくと思っています。



自分の理想像など持たないほうが良い理由


自分はこうあるべきだ、という思いが強い人は、絶えずストレスに晒されています。

なぜなら、実態は、全然自分の理想像とはかけ離れているから。

まあ、勝手に理想像を描き、勝手に苦しんでいるという、自縄自縛の状態。

実は、これ、若い頃の僕の姿、でした。

もう遠い過去のことだから、こんなことが言えるのですが、ね。

で、こういう人は、マイナスの感情を持ちやすいので注意が必要。

理想の自分を描くのは、思考、すなわちエゴのなせる業。

理想の自分という幻想よりも、今ここにある自分の尊さに気づけば、すべては解決します。

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僕たちに必要なのは、思考、ではなく、気づき、なのですよ。

 


まあ、気づきは、あなた(自分)次第だということですね。


家賃28000円で月の生活費が5万円


自分の維持費を上げるな、と、ひろゆきは言います。

まあ、僕は、ひろゆきはYouTubeでずいぶん聞いていたので、考え方はよくわかっていました。

本は買うほどではないと思っていたのですが、図書館にリクエストしてみました。

そうすればタダで読めるだけでなく、今後、ひろゆきの本がそのまま置かれれば読む人にとっても役に立つだろうという、ね。

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ひろゆきが大学生の頃に住んでいたアパートの家賃は、28000円だったそうです。

で、ネット回線が3000円。

そして、それらすべてを含めた生活費が50000円。

明細が、家賃のほかはネット回線だけ、というのが、いかにもひろゆきらしいところ。 

で、月に5万円あれば暮らせる、と分かったことが大きかったと言います。

その後、会社に就職することなく、生きてきたから、それで通ったが、もし会社員になっていたら、こうはならなかったのではないか、と、言っていました。

その理由は、毎月決まった額の収入が当たり前になると、つい、生活レベルを上げてしまっただろう、というもの。

彼はフリーランスだったので、そうはならなかった、と。

生活レベルを上げると、これだけ損なことになるよ、という理由が、たくさん挙げられていたりして、すでに彼の考え方は十分知っている僕も、改めて納得。

給料を上げるスキルよりも、無駄なものを一切買わないで生活できるスキルのほうが、人生の選択肢が広がるんじゃね、というのがひろゆきの持論。

まあ、この辺りの考え方も僕と同じなので、ひろゆきには親近感があるのですよ。

欲しい、と気持ちが盛り上がったときにこそ、ちょっと待てよ、と冷静に考える時間を意識的に作りましょう、と、ひろゆきは言います。

すいません、断っておきますが、僕はひろゆき教の信者ではありませんからね。

彼の考え方の多くが僕のそれと一致するので、つい言ってしまうだけのこと。

まあ、結論を言うと、ローコストで生活できるスキルがあれば自由は簡単に手に入るよね、ということでした。


そんなにまでして稼いだお金の行く先は


投資系、蓄財系、節約系など、様々なブログを覗いていると、お金を貯めることに執着している人が多いことに気づきます。

僕は、これは、否定しません。

ある程度のお金は確保しておかないと、自分がぽしゃりますから、ね。

それは良いとして、もう十分すぎるほどのお金を持ちながら、なおもお金に執着して、しかも身を粉にして働く人もいます。

いや、それはいいのですよ、自分の人生ですから、お好きなように、ということなのですが、働くだけ働いて擦り切れて、最後は、病院、というケースもあります。

こういうのを、爪で拾って箕でこぼす、と言いますよね。

実は、僕の実母が、よく言っていた言葉でした。

僕の母は、僕が16のときに亡くなっていて、3回目の病気のときに、なくなったのですが、ずっとパートで働いていて、自分の人生のことを、爪で拾って箕でこぼすような人生だ、と、言っていたのです。

僕は、それを鮮明に覚えていて、母の死後、僕が19歳のときに、父が再婚し、僕は、家を出て放浪生活をするのですが、その後、また、一緒に暮らすようになると、今度は、義母を、実の母にできなかった分、温泉に連れて行ったりしていたのですね。

まあ、運良く、義母とは相性が良かったので、200回近くは一緒に旅行に行きました。

なので、義母のほうは、爪で拾って箕でこぼすような人生ではなく、十分人生を満喫したのではないか、と思います。

で、何が言いたいかというと、誰であっても、皆、せっかく生まれてきたのですから、幸せに生きることが至上命題、なのですよ。

苦労して苦労して生きて、身を粉にして稼いで、そのなれの果てが病院暮らしでは、切な過ぎるのですよ。

そんなにまでして稼いだお金の行く先が病院の白い壁の中、では、やり切れません。

まあ、実母のこともあったので、僕は、やりたいことは、一切、先延ばしにはしませんでした。

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ぶっちゃけ、明日死ぬかもしれないのですよ、誰であってもね。

ならば、あまりやりたいことを先延ばしにしないほうがいい、のですよ。

ただ、誤解されると困るので言っておきますが、無鉄砲に刹那的に生きろ、と言っているのではありません。

そういうのは、破滅型の人生で、これもダメです。

先のこともある程度心配というか、備えはしておきながら、備えすぎて時を失う愚を言っているだけのことなのですね。


 
気づくのが遅すぎた、ということのないようにしたいものです。

人生は、有限、なので。


ケアマネと再会しました


昨日は外に買い物に行く途中、思い立って湖に行きました。

僕の町には、二つの湖がありますが、昨日行ったのは小さいほうのもの。

湖の手前にある駐車場に車を止めた時に、ダッシュボードの埃を見つけたので、拭き取ろうと、トイレの水でタオルを濡らして拭いていたのですよ。

そして、タオルを洗おうと、トイレのほうを見たら、何やら見覚えのある人が。

もしかしたら、と思って声をかけたら、父の在宅介護の際にお世話になったケアマネでした。

彼は、4年前の当時二十代でしたが、もう子供もいました。

今はもう、30代になっているでしょうね。

会津の出身で、仕事のできる人でした。

その彼が、缶コーヒーを飲みながら煙草を吸っていたのです。

声をかけ、お互いのことなどはなし、短い時間でしたが、思い出話などで盛り上がりました。

息抜きの休憩場所として、ここにはよく来るのですよ、などと言っていました。

その彼と別れ、僕も、湖へと足を運びました。

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うーん、 結構な数の釣り人がいました。


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このベンチで、しばしの休憩。

もう、風は、秋の風、でしたねえ。

そのうちに、壮年の夫婦がやってきて、その夫婦と、思いがけず長い時間、話し込むことになりました。

特に、旦那のほうとは、1時間以上話していたかもしれません。

これから病院に行く途中、時間つぶしに立ち寄ったのだ、と、言っていました。

壮年夫婦と別れてから、湖をのんびり一周し、それから、買い出しのために、ライフに行きました。

ライフでは、今年6つ目のスイカを買いました。

お盆時期は高くて手が出せなかったスイカですが、買い求めやすい価格に落ち着いていました。

ついでに梨も買ったのですが、果物を見ていると、季節の移り変わりを感じます。



楽しくなければ、人生は無意味


まず、前提として、自分が楽しくなければ、人生は無意味、だと、思っています。

ただ、注意点が一つだけあり、自分が楽しいことが他者にとっての迷惑になってはいけない、ということ。 

ただ、この注意点にも例外があり、人が幸せそうにしているだけで不快になる人が、ごく少数ですがいますから、そうした人が勝手に不快になることの責任までは関知しません。

で、人生で無駄なものは、劣等感。

まあ、この劣等感も、若い頃に発奮材料として使う分にはいいのですが、もういい年になったら、たとえば、僕のようなシニアと言いますか、60を過ぎたら、劣等感で苦しむこと自体が未熟すぎます。

これは、本人の自業自得でしょう。

で、老後は、どうしても一人時間が長くなりますからねえ。

仕事に生きがいを感じていた人は、つらいかもしれません。

僕のような、仕事のあまりできなかった落ちこぼれは、老後こそが天国。

また、ずっと独り者だと、妻や子に先立たれる不孝というものも、そもそもありません。

人生で何がつらいって、愛する者に先立たれること。

これを仏教では、愛別離苦と言いますが、四苦八苦の一つ。

人生は、いつ何時、何があるか、わかったものではありません。

だからこそ余計、今、が、大事なんです。


それと、物欲には、際限がありません。

なので、ここを満たそうとすると、蟻地獄です。

だから、鴨長明や良寛さんのような生き方が、清々しいのですよ。

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物欲の蟻地獄に落ちるよりも、モノを持たない、あるいは、最低限のものだけで、いかに幸せに生きるか、これが肝要。

モノが少なければ、掃除が楽だし、管理する気苦労も少ないのですよ。

今の時代は、ネット環境さえあれば、かなりの楽しみを無料でゲットできるんじゃあないでしょうかねえ。

まあ、ネット代というか、通信費は必要ですが、エンタメ費は、本当にそれだけでいいんじゃね、と、思いますよ。



あとは心を軽くして、ケセラセラと生きると、こうなっております。




浦山ダムと出会いの丘


昨日は、朝7時半に、友人のIさんが来て、Iさんの車で、秩父市にある浦山ダムへ行きました。

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浦山ダムの駐車場に車を止めて、車を日陰にして椅子を置き、ダムを眺めながらの、対話。

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そのうちに太陽が移動して、車の日陰がなくなったのちは、隣接する建物の日陰に移動。

そして、また、対話。 

昼過ぎまで浦山ダムにいて、その後は、滝沢ダム方面へ。

山梨県へと抜けていく雁坂トンネルの手前にある出会いの丘の駐車場の片隅に車を止め、また、対話を継続。

帰りは、秩父市内を抜けて飯能方面へと向かう途中で渋滞もありましたが、19時半ごろに帰宅。

Iさんは、さらに僕の家から、東松山市にある自宅まで帰るのです。

僕は、今、フルリタイア状態で時間を気にすることなく日々を過ごしていますが、今も現役ビジネスマンであるIさんは、仕事の時間が占める割合が多いため、なかなか自分の時間はないようです。

そうした中での貴重な時間を、緑深い澄んだ空気の中で、過ごせたことを、お互い大変に喜んだ次第。



帰りの車の中で聴いた曲の一つです。


落雷停電でペットも危険な状態に


このところ、関東地方では、ゲリラ豪雨や落雷が頻発しています。

そして、それに伴う、停電も、深刻な状況を引き起こしかねません。

特に、ワンコやニャンコを家に置いたまま、働きに出ている人などは、気が気ではないと思います。


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この暑さで停電となると、エアコンがストップします。

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締め切った室内は、気温が急上昇。

先日、川で一緒に泳いだボストンテリアのマイティとトイプードルのレオン。

この時
60歳を過ぎたら小さく暮らすことが肝要は写真に撮れなかったので。

どちらも、タクシードライバーのMさんの家族です。

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この、ラッキーの場合は、急死でしたが、その前から体調は崩していたようです。

でも、前の日まで元気だったのに、朝になったら、死んでいた、のです。

この時の、Mさんの落胆は、今も、脳裏に焼き付いています。

しばらくは仕事にも行けなくなり、ペットロスのダメージを目の当たりにしました。

まだ、常にワンコやニャンコといつも一緒にいられる人であれば、エアコンが止まった時点で、車に乗せてエアコンをかけるとか、対処のしようもあると思いますが、長いこと留守にせざるを得ない場合は、それこそ遠隔で対応できるシステムでも持たないと、いけないでしょうねえ。

停電もすぐに復旧すれば、遠隔で操作して、エアコンをオンに出来れば、何とかなるかもしれません。

夏場の停電は、ペットと暮らしている人にとっては、大問題だと思います。



退職の口実にも気を遣う日本社会


僕が11年間勤めていたビジネスホテルでの退職理由が、親の介護。

これは事実であり、さらに言えば、非常に説得力のある理由。

いいタイミングで、もう仕事を辞めてえ、と、思っていた僕に訪れた介護。

介護は、それなりに大変ではありましたが、おそらく、僕は、そんなに介護の大変さは感じませんでした。

それは、父が、人間ができた人だったから、だと思います。

本当に不平不満を言わず、黙々と現状を受け入れる人でしたから、僕も、介護しやすかったのです。

最後は、自宅で看取りましたから、父にとってもそれは幸せなことだと思います。

何と言っても、自宅で死ぬのが一番ですからね。


で、今日は介護の話ではなくて、仕事を辞めるときの口実について。

介護離職という申し分のない退職理由の後、介護をし、父を自宅で見送り、その2年後に、母を見送った僕ですが、その後すぐにアルバイトについたのですよ。

そして、2年ほど働いて、辞めたのですが、正社員ではないたかがアルバイトの退職においてすら、日本ではなかなか本音が言えないのです。

それはどういうことかというと、僕の本音は、もうこんな仕事をやっている場合ではなくて、

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内省的な生活を送りたい、これが第一の理由。

第二の理由は、冷房もない過酷な環境で、夏の暑さを乗り切る自信がない、というもの。

第三の理由が、親戚の介護の手伝い。

で、この第三の理由を、メインの理由に格上げして、上司に相談し、退職となったのですよ。

アルバイトですら、辞めるときには、それなりに説得力のある退職理由を考えざるを得ない雰囲気でしたからねえ。 

自分を見つめたいから、内省的な生活に入りたいから、では、何それ、と聞かれて、めんどくさいことこの上ない。

僕は、うっとうしいのが何より苦手ですから、三番目の理由で押し通して退職、となったわけですね。

まあ、そういうことなら仕方がない、と、30代の上司は認めてくれたのですが、厄介だったのは60代の同僚。

なんで親戚の介護までしなくちゃなんねえんだとか、何とか、絡んできましたけど、そこは適当にけむに巻いておきましたよ。

実は、都幾川町の川に行った11日は、親戚の介護をする予定でした。

それが急遽、お盆の時期は、嫁いだ娘が遊びに来るから娘に頼む、と言い出して、日にちを変えてくれと言われ、お盆後の、来週半ばごろに改めて、親戚の介護に出向くことになりました。

まあ、月に2回くらいのペースで、介護に出向いています。


叔父も、もう年ですからね。



誰にでも、人生の黄昏時、は、来るものですから。



60歳を過ぎたら小さく暮らすことが肝要


今でもまだ、多くの会社が60歳が定年なのでしょうか。

まあ僕は、60を待たずして介護離職し、今はその介護も終え、一人暮らしなので、会社員生活から離れて久しいのですよ。 

go toトラベルキャンペーンも、久しぶりに遠出を、とも思ったのですが、何か、近場をうろつくだけで満足している自分がいます。

千里同風。

まあ、どこに行っても、そこには人間がいて、人の暮らしがある、と。

それを、確認しに行くようなものです。

昨日は、隣接する鳩山町で、40度越えをしたと、ニュースでやっていました。

で、昨日は、タクシードライバーのMさんの誘いで、都幾川町の川原に、行きました。

ボストンテリアのマイティとトイプードルのレオンが泳ぐところを、写真に撮りたかったようです。

僕は、Mさんの指示に従って、犬を移動させたりしていました。

ただ、マイティは1歳で元気溌剌ですが、レオンは13歳で、もう壮年犬。

なかなか同じようには泳いでくれません。

濡れてもいい格好で来てくださいと言われていたので、海水パンツになって、川に入りました。

撮影となると、Mさんが、ものすごい集中力を発揮することを知っている僕としては、アシスタントに徹したのですが、良い写真を撮りたい情熱ゆえでしょうか、Mさんも川の中に入ったときに、レオンが流され、それを掬い取ると同時にカメラも持っていたためか、水の中に倒れこんでしまいました。

川から上がって、長い時間、カメラをいろいろ確認していましたが、どうやら、だめになってしまったらしく、その後、カメラのキタムラに行くとかで、午後3時ごろには切り上げました。

カメラとレンズを買い替えることになると、かなりの金額になる、と、言っていました。

犬とカメラが、Mさんの生きがいであることはわかっているので、なるべく壊れていなければよいのに、と思った次第。

さて、僕は、この5月に、アルバイトを辞めて、経済的自粛生活を送っていますが、快適そのものです。

実は、あのままアルバイトをしていたら、昨日、11日は、夏休み明けの初日だったのですよ。

会社が、東京オリンピックに合わせて、例年とは違う日程で、1日から10日までを、夏休みにしていたのです。

すると昨日は夏休み明けの午後勤務ということになり、猛暑の中の作業となったのは必定。

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うーん、辞めてよかったアルバイト。

60歳を過ぎたら、無理をせずに、小さく暮らすことが肝要だと、改めて思いました。


月6万円で暮らせる人と月30万円ないと暮らせない人


老後200万円問題ならぬ、2000万円問題という眠たい話題が世間を賑わしてから、しばらく経ちますが、この話がナンセンスなのは、必要な生活費というのが、千差万別だから。

たとえば、月6万円で暮らせる僕のような人と、月30万円なければ暮らせないわい、という人とでは、全然意味合いが違ってくると思うのですよ。 

以下に、あきれた男の人の記事を貼り付けておきます。

 2年ほど前から家計を改善しようと相談に来られているDさん(62)も、年金受給開始直前に「今のままでは年金受給後の暮らしが危なそうだ」と不安になり、家計相談に来られた人の一人です。  Dさんは若い頃から勤めていた会社を55歳の役職定年とともに退職し、その後は今も続けている駐車場管理の仕事をしています。ずっと独身であったため、収入は自分の好きに使ってきました。貯金をする習慣はありません。55歳の退職時に受け取った退職金の約1400万円を老後資金にしようと考えていて、働きながら老後資金を切り崩して暮らせば、なんとか暮らしていけるだろうと思っていたそうです。  その一方で、55歳で退職金を受け取った時に「今まで欲しいものを買ったことがなかった」と思い、受け取った退職金で、今までしたことがないようなぜいたくな買い物をしました。所有したことがなかった高級時計やブランド物のカバン、靴を数点購入したのです。  大金を手にしたことで暮らし方も少しぜいたくになっていたのでしょう。気がつけば1400万円ほどあるはずだった退職金は、相談時には1000万円を切るまでになっていました。  毎月の収入は、今のところ手取りで約19万円です。ボーナスは夏冬それぞれ3万円ほど。65歳になるまではこの収入を維持できますが、65歳を超えると収入が下がります。約6万円の減収が見込まれ、手取り月収は13万円ほどになるそうです。それでも健康であれば75歳まで収入を得られるため、やめるつもりはありません。

 年金受給は来年から始まります。63歳から2年間、特別支給の老齢厚生年金を月に約8万円受給でき、その後65歳から基礎年金が加わって月に約14万円の老齢年金を受給できます。つまり、63歳からの2年間は収入19万円と年金8万円で月収は合計27万円となり、65歳以降75歳までは収入13万円と年金14万円で、同じく約27万円の収入の維持が見込めるのです。

 一方、毎月の生活費は現状で約24万円。5万円ほどが赤字になっており、退職金を切り崩して暮らしていますが、来年からは年金収入があるので、その必要がなくなります。ですが、75歳になり仕事を辞めることになると、毎月14万円の年金だけで暮らすことになります。今のままだと月に約10万円、年に約120万円を生活費として退職金から切り崩すことになります。  そうなると、1000万円に満たない退職金は単純計算で8年ほどしか持ちません。固定資産税を含めたイレギュラー支出があることを考えると、6、7年、もしくはもっと短くなるでしょう。男性の平均寿命81.14歳を基準に考えるのなら足りると思えるかもしれませんが、平成30年の簡易生命表を見ると、62歳の男性はそこから22.15年生きる可能性があります。つまり、退職金などの蓄えが長持ちしないと、生活苦に陥ってしまう可能性があるのです。

うーん、長い記事なので、この辺にしますが、この人は、食費だけで10万円だそうです。

外食ばかりだそうです。

人間には思い込みというのがあって、生活費は30万円は必要だ、と思っていると、その通りの生活になります。

一方、僕のように、月6万円もあればやっていけるよねと思い、言葉にしていると、その通りの生活になっていきます。

だいたい男の一人暮らしで、そんなにお金がかかるのは、よほど何かに使っていないと、つじつまが合いません。

趣味や娯楽費、というのは、天井知らずですからね。



うーん、年というものは、ライ・クーダーのように、カッコよく取りたいものだと思う今日この頃です。


初対面でお金の話をする残念な男


 僕は、そもそも、婚活パーティーなるものに参加したことはないのですが、ただ、一度だけ、かつて所属していた、幸福の科学という宗教団体で、未婚の男女を集めた集いには、参加したことがあります。

パーティーという感じではなく、静かにお茶を飲みながら語り合うみたいなものでした。

そのときは、僕は、僕が伝道したS君と一緒に参加したのですが、S君は、山形県温海町、今は、鶴岡市になったのかな、そこの出身で、出会いは、統一教会でした。

その後、僕は統一教会を離れ、幸福の科学に入信した後に、彼を伝道したのです。

さて、宗教の話はそれくらいにして、、どうも、いろいろなところで、未婚の男女を集めて、何とか結婚までのきっかけづくりをしようということのようです。

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で、婚活パーティーの面白い記事を見つけました。

とある友人が、大好きな彼氏と1年ほど付き合い、ゴールイン間近だった。聞けば、ことあることに結婚を打診されているようで、独身で30代に突入した私からすると、それはそれはうらやましい限りである。

順風満帆としか思えない彼女。しかし、すみわたる青空を見上げると、人はいつかこの空が暗雲にのまれるのではと、不安になってしまうものなのだろうか。 「本当に彼でいいのかわからない。他の男の人を見たい」 おっと、これはマズい。マズいが、おもしろい。 ならば私E子の出番だとばかりに、彼女を婚活パーティーに連れ出してみた。いつもすみわたる空ばかりを見るのではなく、たまには地面を見下ろしてみるのも悪くない。

男女十数人ずつが、回転寿司のようにぐるぐる回りながら、全員と少しずつ話すところからパーティーは開始された。 一人と話す時間は2~3分。自己紹介程度の会話しかできないわけだが、これを十回以上連続で繰り返すので、それは笑顔もだんだん引きつってくるものである。 会場を見渡せど、正直めぼしい男は一人もいない。私のやる気指数はダダ下がり。 ちなみに私クラスになると、一目見ただけでどの程度の男かは見てとれるわけだが、はっきり言って全員、上中下の「下」クラスだった。まぁ、私は友人に付き合って参加したわけなので、やる気もまるでないのだけど。

そんな中、私の目の前に現れたのは、ヨレヨレのチェックシャツを着て、顔立ちからして低能そうな、やや不潔な雰囲気を醸す男だった。特に誇れる点は何もなさそうだが、よくしゃべるという点において、本人はコミュ力に自信があるようだった。 会話の一部始終が以下である。 男「こんにちは! これ、何人にも自己紹介するから疲れますね~! そろそろ疲れてきたんじゃないすか!?」 妙に愛想のいい軽快なトーク。男は私の仕事内容を聞いてきたため、ざっくりと職業を言っってやった。 男「え! その仕事ってめちゃくちゃ稼げるんすよね!」 女「そんなことないですよ」 男「いやいや! 年収いくらっすか?」 女「いえ、たいした額はもらっていないですよ」 男「えー! 絶対給料高いっしょ! 会社どこすか? 大手? ベンチャーか! いやぁ、でも年収が高い女性っていいですよね」

まだ知り合って数分しか経ってないのに、よく年収いくらかとか聞けるな。 と思ったのだが、なにより「給料高いんでしょう?」と聞かれる、うざさよ。 別に高くないわ。ていうか、それが私の年収なんだからさ、その額が私にとっての「普通なライン」なわけよ。お前の年収は知らないし(私より低いのかもしれないけど)、男に「年収高いんでしょ」とか言われても正直困る。まぁ私が普段話している男は、そもそも私より稼いでるから、年収の話なんて1ミリも出てこないけど。

もはやこれは人として当たり前のことだけど、初対面で年収とか、そもそもお金の話はなんだかイヤだよね。 あと、ヨレヨレのチェックのシャツ着てるやつにロクな人間はいない(E子統計学による)。パーティーに参加するときは男性の参加資格を要チェック! 以上! あ、ちなみに一緒に参加したマリッジブルーの友人は、これらの低スペック男性を見て「やっぱり私は彼氏がいい! 結婚する!」と言って、その後、めでたく結婚した。地面を見下ろした後だと、どうやら空は一層キレイに見えるようだ。



うーん、マリッジブルーというのは、当然のことながら僕は経験したことがないわけで、女性の立場になってみれば、私の人生をこの男に託して本当に大丈夫なのかしら、と、思うのは、まあ、理解できますね。

ダーウィンが来た、を見ても、圧倒的に動物も、雌が主役ですからね。

で、オスは、涙ぐましい努力をする、と。

まあ、僕などは、人間界の雄としては、落ちこぼれなわけで、子孫も残せなかったわけですが、それでいて、今、絶好調に幸せなのは、やっぱ、世捨て人だからかもしれません。



うーん、プリプリを聴くと、まだ元気だったころの日本を思い出しますです。



九州旅行の写真が出てきた


40代の中頃に、会社員生活に疲弊して、無謀にも会社を辞め、一年ほど、ぶらぶらしていたのですが、その間、九州や中国四国を旅してまわったのですよ。

ただ、当時はiPhoneなどはなく、デジカメで撮った写真があったのですが、そのデジカメも壊れて断捨離済み。

で、昨日、当時のパソコン(XP)を開く機会があり、そのPCに保存してあったことを知り、撮りっぱなしでろくに見ることもなかった写真を、何とか見ることができました。

データによると、行ったのが、2004年だったことがわかりました。 

つまり、その2004年が、僕が会社に疲弊して骨休めをしていた年だったことも再確認できた次第。


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これは、唐津城だと思うのですが、唐津市は、落ち着いた良い街だった記憶があります。

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うーん、これはたぶん長崎ですね。

今日は、長崎に原爆が投下された日、何か不思議なものを感じます。


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こんなふうに文字が入っている写真は、それがどこかわかるし、記憶をたどるのに助かりますねえ。

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うーん、この電車にはお世話になりました。

こういったものが乗り放題の個人旅行だったので、ただ、エリアは限られていて、この時は、長崎、佐賀、福岡県内限定だったように思います。


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宿泊施設は、ハウステンボス近くのホテルの写真しか残っていませんでした。

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たぶん、ちょっとおしゃれな感じだったので、写真に撮ったのでしょうねえ。

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うーん、こちらは武雄温泉ですね。

いろんなところに、自由に途中下車をした記憶があります。


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うーん、これは小倉城ですね。

軍師官兵衛でも見た後ならば、背景知識もわかったのですが、当時は、ぼんやり見ていたのでしょうねえ。

小倉で印象に残っているのは、松本清張記念館。

書斎が再現されていましたが、圧倒されました。


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松本清張の小説の中の一場面のような写真です。

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やっぱり文字がある写真だと、そこがどこであるかがすぐにわかるので、あとで記憶をたどりやすいですね。

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うーん、海風を思い出します。

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ちょうど、福岡滞在時に、物々しい警戒警備を見て、街の人に訊いたら、皇太子殿下、今の天皇が、ちょうど来るところだというので、待っていました。

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ピンぼけですいません、手を振っているのが当時の皇太子殿下ですね。

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うーん、これは、大濠公園かなあ。

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くどいようですが、文字の入った写真は、記憶をたどるのに助かりますので、これからはそれも視野に入れたいと思うようになりました。

ただ、今はiPhoneなどで写真を撮ると、位置情報も記憶されたりするので、それがいつのどこでのものかは、すぐにわかりますね。

便利な時代になったものです。




うーん、九州と言えば、misiaですが、ここは、福岡から上京したシーナ&ロケッツで。


日々の労働でいっぱいだと貧困スパイラルに落ち込んでいく


何をするにしても、余裕というものがないと、危険です。

それは、車のハンドルを見れば、わかりますよね。

ハンドルの遊びがあるから、安全な運転ができるのですよ。

人生も、それと同じだと、僕は思っています。

資金繰りにアップアップしている経営者などを何人か見てきましたが、彼らはいずれも、余裕がありませんでした。

で、余裕がないと人間はどうなるか。

理性的な判断が、出来なくなります。

これは、カルト宗教なども、好んで使う手口なのですが、信者に恐怖を植え付けて危機感を持たせ、その後で、救いと称する搾取を施す、と。

で、洗脳された信者は、見事、その誘導にはまり込んでいきます。

かつての僕が、そうした信者の一人でしたから、ね。

だからこそ、言えるのですよ。

まあ、今日の話はカルト宗教ではないので、この辺にしますが、そうそう、余裕の話です。

で、社畜化した会社員というのも、半ば社会の常識、あるいは、会社の決まりごとの、洗脳というと言葉はきついですが、縛りで、身動きが取れなくなっていたりします。

それでもまだ、潤沢な給料を貰えている上級会社員は、まだましなのですが、ブラック企業で働かされている人は、本当に、貧困スパイラルにはまり込んでしまいます。

蟻地獄ですね。

抜け出す方法は、少ない給料でもその現状を認識して、固定費を見直して、支出を減らし、自由への脱出のための資金を少しでも貯えること。 

それと、一ミリでもいいから、今日の自分よりも賢くなること。

カイジの人生逆転ゲームのようなわけにはいきません。

一発でひっくり返そうとして、たとえば、FXなんかに手を出したら、それこそ、地獄への片道切符です。

確かに、FXで勝つ人間もいますが、その背後には、敗残者の山があることを忘れないことです。

資本主義の残酷さを肝に銘じて、自分を見失わずに、自分の器量を見極めること、です。

そして、堅実に確実に生きて、少しでも楽な状況のほうへと逃げていくしかありません。

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ほとんどの人は、カイジにはなれないし、アカギにもなれないんです。

まあ、なる必要も、ありませんからね。



千里の道も一歩より、ですからね。

今日の平凡な一歩こそが、尊いと思っています。


度重なる出費で、お金がない


お金というのは、毎月出ていきます。

昨日は、僕にしては珍しく美容院の話でしたが、考えてみれば、美容院で働く人は、そこで生活費を得ているわけで、そのサービスを利用する人がいなければ、暮らしは成り立たないわけですよね。

僕などは、春から秋の夏場は、1000円カットでも、2か月に1回、冬場は、3か月に1回がパターン。

なので、年間の理髪代は、5000円くらい。

僕の中では、これが当たり前の世界でしたが、タクシードライバーのMさんの1回8000円の美容院代にびっくりして、僕のローコスト生活も、僕だから可能なのかもしれないと、思い直した次第。

で、一般的には、いろいろな出費を見直すことで、支出を抑えるわけですよね。

まずは、固定費。

特に、住居費が大きい。

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僕の場合も、住宅ローンが家計の半分以上を占めています。

賃貸であっても、おそらく家賃が、家計を圧迫する最大のものでしょう。

中には、度重なる出費で、お金がない、諭吉全滅、という人もいるでしょうね。


以下の動画は、次々と押し寄せる支払という外敵への度重なる出費で、落城寸前の話。




うーん、おそるべしは固定費と突然襲う出費の数々。

僕も、何とか落城だけは免れて、年金受給にこぎつけたいと、思っています。

 

とある女性の美容院代の話


ネットサーフィンで、いろいろな人のブログを覗いていた時に、とある女性の美容院代の話を見ました。

その人は、手取りが15万円ほどだそうで、

それなのに、

縮毛矯正、ヘッドスパ、トリートメント等々

22000円がさっそう消えましたw

ちょうど一か月前には白髪染め、ヘッドスパ、トリートメントで17000円。

女は金がかかる

髪型はパッツンロングです。超ロング。

そうだなぁ、髪型だけでいうとパヒュームのかしゆかw

体型はいとうあさこかなww


と、書いてありました。 

かしゆか、って、このひと、ですよね。

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僕も、

  特別定額給付金と初めての美容室

という記事で、生まれて初めて美容院なるものに行ったときのことを書きましたが、

僕の友人で、タクシードライバーのMさんも美容院派。

一回の代金が8000円だと言っていました。

僕の一年間の床屋代以上の金額を、一回の代金で越えているので、びっくりした次第。

もっと安い床屋にしたらどうですか、と水を向けたら、美容院にはこだわりがあるとの見解でした。

Mさんの場合は、それ以外にも、腰が悪いために軽自動車には乗れないとのことで、ワゴン車に乗っています。

そのため、ガソリン代などの車にかかる維持費も、僕よりはかなり多いとのこと。

さらに、ワンコが、4匹いるので、そちら関係の出費は、特別会計のようです。


で、先ほどの女性の話に戻ると、女は金がかかると言っていましたが、確かに身だしなみは、男よりもお金がかかりそうです。

僕のような、今は完全リタイアで、外で働くこともなくなれば、身だしなみなどは、ほぼゼロ円。

まあ、他人様が見て不快にならない程度の清潔感は保っていますが、あとは、坂本龍馬スタイル。

人が何に価値を感じ、何にお金を使うかは、人それぞれ。

疲れちょると思案がどうしても滅入る。よう寝足ると猛然と自信がわくと、坂本龍馬も言っているように、

僕はこれからも、たっぷりと寝て、ほどほどに食べて、ストレスなく、お金を使わない生活を、志向していきたいと、思っています。



このところ、夏の雷鳴を夕方になって聞くことがありますね。


組織や肩書を背負わない自由


僕は、このブログでは、自分のことを、僕、と、して書いています。

別に、私、と、しても良いのですが、私、などと言うと、少し、硬い文章になる気がするのですよ。

俺、でもいいのですが、これだと、ちょっと粗雑な文章が誘発されそうだったので、僕、と、しているまで。

拙者、でも、わて、でも良いのですが、やっぱり、一人称に引っ張られますからねえ。

で、会社勤めの頃、営業をしていた時もあり、そのときは、弊社、などという言葉も、使っていましたねえ。

 
まあ、よほどの資産家でもない限りは、生きるために人は働かねばならず、

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とにもかくにも、自分の足で立たねばならないわけ、です。

そういう僕もご多分に漏れず、転職が多かったとはいえ、それなりに働いて、糊口をしのいできたのですよ。

で、会社という組織や、肩書という重荷を背負わされて、そのリターンとして生きるためのお金を得るというね、大半の人間が通る道を、僕も通ってきたわけです。

そして、今、晴れて自由の身となって生きて見ると、組織や肩書を背負わない自由の快適さをしみじみと感じています。

ついでに言いますと、モノを多く所有するほど気苦労が絶えないのではないか、とも、感じています。

僕は、甲斐性がなくて、結婚もできず、出世もできず、資産も残せなかったわけですが、幸せなのですよ。 

それはどうしてかと考えたのですが、僕は、自然と、人間観察をしてきて、金持ちが必ずしも幸せそうに生きていないことに気づいてしまったのですよ。

お金があって、奥さんのほかに愛人のいる人を知っていましたが、何か、気苦労ばかり多そうで、落ち着きのない人でしたね。

愛人を持つということ自体、奥さんへの裏切りだと僕は思うのですが、その人は、愛人への独占欲が強くて、愛人を束縛していました。

だから、その愛人が他の男に気を許そうものなら、烈火のごとく怒ったわけです、自分のことは棚に上げてね。

で、奥さんにもそれなりに気を使ったりして、あとは、事業をやっていて、金策のことでの苦労も絶えないようでした。

まあ、僕から見たら、少しも平安がないというか、幸せには見えないのですが、向こうから見たら僕は、金もなく、女にも恵まれず、何が楽しくて生きてんだあいつは、みたいなことなのだろうとは思います。

すいませんねえ、話がグダグダしていて。

で、何が言いたいのかというと、気楽が一番、背負わないのが一番、ということ。

女房一人でも大変なのに、愛人まで持ったら、それは大変ではないかと、思うのですよ。




うーん、中野サンプラザにも、しばらく行っていません。



国民健康保険税の支払いで最後の給料全額が消えちまった


世におそろしきは税金だと、言った人がいます。

サラリーマン時代、大した高給取りではありませんでしたが、それでも、ずいぶん天引きされてるなあ、とは、思ったものです。

その後、介護離職し、長らく、税金的にはお気楽な生活ではありました。

親の死後、アルバイトを始め、2年ほど働き、この5 月にそれも辞めたのですが、去年は、アルバイトとは言え、丸一年間働いたので、130万円近くの年収があったのですよ。

これが、65歳過ぎてて、年金額が同じくらいの額であれば、おそらく非課税なのでしょうが、日本の税制は勤労者には過酷にできていて、このなけなしの130万円弱の年収からも、いろいろと差っ引いていきます。

で、一番きついのが、国民健康保険税。


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うーん、93400円の徴収。

これでも、2割減免です。

まあ、来年は、7割減免になる予定ですが、ね。

で、最後にもらった給料が、これ。


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うーん、切ない。

最後の給料全額を投入しても、足りないではないか。

こんなときは、ロックでも、聴くしかない。




うーん、やっぱエアロスミスは速攻でロック小僧時代に連れ戻してくれます。

当時は税金もなく、良かったにゃあ。



とある女性の場合の感染経過


ここ数日、少し体が熱っぽく、鼻水も出たりしていたので、夏風邪とコロナの症状の違いなどを検索してみました。

まあ、風邪などは、普通にかかる人もいるわけで、コロナのことがあると、少し、神経を使いますよねえ。

基本、スーパーマーケットに行くか、外を散歩するか、図書館に行くか、そのくらいの接触しかないのですが、風邪は定期的に、まあ、年に一度くらいは、軽い症状のものですが、引きますね。

自己判断ですが、コロナではなさそうです。

で、皆さんにも参考になるかもしれない記事を見つけたので、紹介します。

登場するのは、関東地方に住む女性。
 

「風邪とは違う体のだるさがあり、突然高熱が出るようなインフルエンザに似た症状だった」と語った。女性は軽症のまま回復したが「誰でもなり得る。自分が発症した時に職場や家庭の対応はどうするのか。自分事として考えてほしい」と訴える。

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 仕事で滞在した欧州から帰国し、一週間ほどたった三月中旬。腰が痛く、だるさを感じていたところ、三八度の高熱が出た。「寒けがして熱が徐々に上がる風邪とは違い、いきなりだるさを感じ、熱が出た
 いつもとは違う体の不調。「もしかしたら」と感染を疑い、発熱の翌日に「帰国者・接触者相談センター」に電話したが、つながらない。地元の保健所に電話すると、担当者からPCR検査の基準に該当しないと説明された。それでも不安に思い、近所の内科医院に電話した。他の患者と接触しないように受診すると、コンピューター断層撮影(CT)で肺に影がみつかり、大学病院を紹介された。
 この時期には、夜に三八度台に熱が上がることもあったが、日中はそこまで高熱ではなく、自力で歩けた。せきはなく、息苦しいなどの症状もなかった。ただ、味やにおいは全く感じなくなっていた
 大学病院では一度断られ検査できたのは三日後。翌日「陽性」と判明した。家族の運転する車で保健所の指定する病院に入院。発熱から一週間たっていた。
 女性は要請に応じて濃厚接触者を保健所に伝えたが、症状が出ていないという理由で、誰も検査されなかった。「濃厚接触者の人たちには精神的な負担をかけ、二週間待機してもらうことになり、心苦しかった」
 入院は隔離病棟。毎日、体温と血圧を測るだけ。治療はなく、薬も飲まなかった。入院初期こそ熱はあったが、その後は下がった。十日間の入院中は、読書をしたり仕事をしたりしていたが、部屋からは出られず、面会も禁止だった。
 PCR検査は入院期間に何度かあり、厚生労働省の基準に沿って二回連続で「陰性」が確認された日に退院した。病院からは、四週間は健康状態を確認するよう書いた紙を渡された。
 女性は今回の経験で疑問に感じた点がいくつもあった。検査で大学病院を訪れた時、一般の患者や見舞いの人が行き来する外来の正面玄関を使うよう言われた。入院の際は、保健所の担当者に公共交通機関は使わないよう言われた。「自家用車や手助けしてくれる人がない場合はどうするのか」
 増え続ける感染者。女性は「一人暮らしの人が感染したら、どんなサポートができるのか。幼い子ども、介護が必要な家族がいる人は、誰にケアを代わってもらうのか。個人も社会も、今でき得る最善の対応をシミュレーションして備えておくべきだ」

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うーん、一人暮らしの人の感染は、確かに大変です。

そういう僕も、一人暮らしなのですが、ね。



未開人、のような強さを持たないと、生き残ってはいけないのかもしれません。


一か月の食費が2万円なのに高級メロンが食べられる理由


スーパーマーケットでの買い物の際に支払うのはクレジットカード。

まあ、楽天カードをメインに使っているのですが、当然、ポイントがたまっていきます。

そうしたポイント以外にも、ライフやヤオコー、ベルクだと、わずかながらでも、その店独自のポイントもたまっていきます。

まあ、こうした、ダブルのポイント取りは、多くの人が普通にしていることだとは思うのですが、スーパーマーケットのポイントは、その店での買い物に使うし、楽天ポイントのほうは、以前は、旅行の際のホテル代などで使っていました。

最近は旅行にもあまり行かなくなり、そうなると使い道は、食材、ということになります。


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このらいでんメロン、4個入り5980円も、そうしたポイントでゲット。 

なかなか、このらいでんメロンは、僕の近所のスーパーマーケットでは売っていないのですよ。

一度食べて見たかったので、ネットで購入した次第。

で、もう、二つほど食べましたが、噂に違わず美味しかったです。

僕は、月の食費はだいたい20000円前後なのですが、実は、こうしたポイントでの食材ゲットは、その20000円の中には、入れていません。

また、株主優待での外食も、食費から除外しているので、現金支出は確かに20000円前後なのですが、額面以上の内容なのだと思っています。

昨日は、急に暑くなったので、今年5つ目のスイカを購入。

通常はまるごと一個買うのですが、昨日は半分切りのものを買いました。




うーん、メロンを食べると、思いだす曲です。


年収200万円で40年働いて貰える年金


もう僕も、あと2年ほど、で、63歳になると、年金の半分くらいがもらえるので、どうしても、年金に関する記事が多くなってしまうのはご容赦ください。

で、今日の話は、かなり自分の年金額に近いので、記事にしてみました。

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それは、年収200万円の人が、40年間の長きに渡って、一度も滞納せずに給料から天引きされて、それでもらえる年金というのが、年122万円ほどだそうなのですよ。

僕の、年118万円よりもわずかに上回っていますが、ちょっと気の毒な感じがしました。

僕が年金受給予想額が少ないのは、自業自得。

何しろ、まともに働いたのは35歳からで、それまでは、虫食いだらけ。

まあ、世の中を舐め腐って生きてきた報い、なのですよ。

まあ、宗教バカ、でしたからねえ。

今、あの頃の自分にあったら、フルボッコ、ですよ。


まあ、それは良いとして、あの愚かな自分がいたから、今、やっと、人並みの常識が持てるようになったわけで、何ともレベルが低い話です。

で、年収200万円て、かなりの人が該当するような気がするのは僕だけでしょうか。

家賃がなくて、健康であれば、月9万円の年金で十分やっていけると思いますが、何かあったら苦しい生活になってしまうので、貯金だけは若い頃からコツコツと、しておいたほうが良いと思います。

僕は、カルト宗教に散財して、マネーリテラシーを身に付けたのは、50歳からだったので、老婆心ながらのアドバイスです。

 
今、70年代に戻って、当時の自分に説教しても、聴く耳は持たないだろうなあ、とは思いますけどね。



 
 
Bad company, ROCKED!!! So did 70s fashion!

うーん、過去の愚かさは、教訓にするしかありません。


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