介護離職からのおひとり様ローコスト生活

定年まで数年を残して、介護離職したのち、父を自宅で看取り、その後、母も末期がんで亡くしました。両親の介護のために建て替えた家の住宅ローンを払いながら、ローコスト生活で生き抜く日々の暮らしと心象風景を綴っています。

2020年06月

ここではないどこか、という病


 自分探し、という言葉がありますが、若い頃は、僕もその言葉にまどわされて、本当の自分、なるものを探そうと、していた時期があります。

自分探しという思考、あるいは感情の、背後にあるものは、自分の本来いるべき場所はここではないのではないか、という思い。

つまり、ここではないどこか、に行きたくて、そして、今の自分ではない本当の自分、に出会いたい、なりたい、ということなのではないでしょうか。

ここではないどこか、を、求めたくなる気持ちの根底にあるのは、疎外感、かもしれません。

この疎外感こそが人間存在の普遍的なジレンマであるとして小説を書いたのが、フランツ・カフカやジェームズ・ジョイス、アルベール・カミュ、などの作家ですね。

しかし、ここではないどこかを求め、今の自分ではない本当の自分なるものを探せば探すほど、本質からは遠ざかっていきます。


昨日は、僕の故郷でもある入間市を少し歩いてきました。

入間川の川原に車を止めて、街のほうへと歩いたのですが、今までは、いなげやの駐車場に車を止めていたのですよ。

でも、それだと、返報性の原理で、何かを買っていたりしたのですが、川原に車を止めるという方法があることに、昨日、気づいたわけです。

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入間市駅への緩く登っていく道を歩きながら、坂のある街はいいなあ、と、改めて思いました。

街歩きと言えば、多摩モノレールの一日乗車券を買って、沿線の街歩きをする際に、狭山市中央図書館に車を止めて、いく、という方法があるのですが、これだと、図書館の開館時間に行動を左右されるわけですよ。

でも、川原に止めれば、時間制限はなくなるわけで、狭山市から行こうが入間市から行こうが、玉川上水駅までの電車賃もたぶん同じくらいだと思うのですよ。

僕の家から、電車オンリーで、川越周りで行くと、電車賃がかさむし、やっぱ西武線の沿線まで車で行ったほうが、効率がいいわけです。

福生や八王子の街歩きをするときは、日高図書館に車を止めるとか、だいたいパターン化しているのですが、川原という手があることに気づいたのは、僥倖でした。

まあ、僥倖というのは少し大げさ過ぎるので、ラッキーと言い直しましょう。


自分の寿命と引き換えにお金を得ることの虚しさ


社畜労働の虚しさは、何度も書いていますが、今、内省をしていて、改めて思ったのは、僕の二十代の頃の息苦しさ。

まるで、砂漠の前に立つ無力な人。

とにかく、会社と言いうものになじめず、労働というものに慣れず、お金お稼ぐことの苦しさばかりに気を取られ、この先俺は、この渇き切った世界で、どうやって生きて行けばいいのだと、途方にくれた日々。

 しかし、友人たちを見渡すと、そんな悩みがあるようにも見えず、順調に仕事をし、順調に結婚し、順調に子供を育てながら、仕事もちゃんとやっているという、僕から見たら、ずいぶん立派にも見えましたよ。

当時は、インターネットもなく、情報も限られ、自分だけが欠陥人間ではないか、との思いにもなり、焦るも、解決策はなく、職を転々とし、宗教にも救いを求め、さらには、拭いようのない虚しさから、死を考えたことも一再ならず、ありました。

まあ、だいたい35くらいまでは、そんな感じ。

人並みに恋などもしましたが、何しろ自分に自信がなく、まあ、あの状態で自信を持てたら別の意味でやばいのですが、結婚などは、考えることさえできませんでした。

自分の口も養えないのに、伴侶を持つなどもってのほか。

二十代の頃は、結構友人たちの結婚式にも呼ばれて、スピーチなども頼まれました。

落研にいたので、人前で話すのは苦にならないどころか、快感でもあったので、で、必ず、笑いを取りますから、場が和むのですよ。

こういう時は、うお座ですから、持ち前のサービス精神が発揮されて、自分の不幸は棚に上げて、良いスピーチをするように頑張りました。

だから、友人たちからは明るい奴だ、とは、思われていたと思います。

ただ、底流部分に、満たされない思いが常にあり、孤独、でもありました。

就職しても、すぐに辞めるというのを繰り返し、いつしかもう自分はだめなのではないか、と思い、恋をしても、先の見通しはなく、切ないばかりの日々でした。

   

生まれてこないほうが良かったのではないか、と、何度思ったでしょうか。

今のような時代であれば、他の人のブログなどを読むことで、自分と同じような人間もいるのだと知り、安心することもできたのでしょうが。

仕事もダメ、恋もダメ、金を稼ぐ能力が決定的に欠けている、まあ、資本主義社会においては、ダメダメの人間でした。

まあ、だめだからこそ、見えていた世界もあり、自分の寿命と引き換えに金を得ることの虚しさに、突き動かされながら放浪を重ねていたわけですね。


ストレスがなければお金を使わなくなる


どうして自分は、ローコストでの生活が可能なのだろうと、改めて考える機会を与えてもらい、今は時間もたっぷりあるので、内省したのですが、結局、今まで中心的にお金を使っていた先が、しょうもないもんであったことに気づいたことが大きいように思います。

具体的に言うと、カルト宗教。

お金のかかる団体だったので、これに年間数十万円は使っていたと思います。

これがなくなっただけで、一気に生活が楽になり、その分、貯金に回せました。

だけど、気づかないうちは、特別会計扱いで、お金を支出していましたから、これが、まずはお金の貯まらない元凶であったわけです。

それともう一つ、大きいのは、消費とストレスの関係。

仕事をしているときは、それなりの収入があり、働いていた場所も新宿で、消費活動のメッカのような場所。

で、僕は、当時は、グルーポンチケットのヘビーユーザーでした。

ちょうど、50肩を患ったりして、整体院を渡り歩きましたが、必ず使ったのが、グルーポンチケット。

いちばん使った先は、飲食店ですが、都内で働いていると、世界中の料理がいとも簡単に食べられますからね。

まず、いろいろなものを食べる、あるいは飲む、ことに使い、都内だけでなく、横浜にもよく行っていました。

そして、先ほど言ったように、整体やマッサージにも、ずいぶん行きましたが、グルーポンチケットのお得感のとりこにもなっていたのだと思います。

まあ、今考えれば、そのお得感に誘導されて、ヘビーユーザーにされていたわけで、まんまと、消費社会の罠にはまっていたわけです。

つまり、ここで整理すると、僕の主なお金の出先は、まずはカルト宗教、これが最大の支出先であったわけです。

そしてもう一つが、職場でのストレス解消のために、グルーポンチケットを使っての消費活動。

主にこの二つが、金喰い虫であったわけで、それがなくなっただけで、格段に生活が楽になりました。

そして今は、カルト宗教も辞めているし、新宿で働いているわけでもなく、グルーポンチケットを使える場所も、近所にはありません。

なので、自然に、低消費の生活への導かれていった感はあります。

ただ、やはり人間は、気づき、というものがないと、生活を改めるきっかけが、なかなかないと思うのですよ。

この気づきは、人それぞれで、たとえば、パチンコに狂っていた人が、ある日その虚しさに襲われて、正気に返る、とか、これは、千差万別だと思いますね。

僕は、僕の経験しか、書くことができませんが、僕なりの結論を言うとすると、ストレスがなければお金はだんだん使わなくなるのではないか、ということ。

僕は、今の環境に満足しているので、ストレスは、ほぼないと言っていい状態。

これが、ローコスト生活を維持していくには、大きいように思います。

たとえば、ですが、僕は他人の生活音に敏感なので、遮音性の低いアパート暮らしであれば、たぶん音によるストレスを受けて、今のような静かな生活はできないかもしれません。

そういう意味では、僕の今の幸福も、この環境から与えられている要素も多いように思います。

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適度な田舎で、山もあり、川もあり、まあ、海なし県なので、海がないのだけがあれですが、海を見たくなれば、千葉か茨城、神奈川県に行けばいいわけで、まあ、恵まれた環境ではないでしょうかねえ。

で、何の話でしたっけ、ああ、そうそう、ストレスがなければお金は必然的に使わなくなるし、ローコスト生活も、無理なくできるよ、ということでした。

 

自分にとっての必要額と幸福度を見極める


お金や、経済というものを考えることは、とても大切だと、思っています。

何と言っても、生活を根底で支えるものがお金をはじめとした経済であり、幸福というものも、その経済基盤を無視しては成り立たないと、考えるからです。

そこで大切になってくるのが、自分にとっての必要額、を見定めること、だと思うのです。

老後に2000万円必要との試算は、参考意見の一つにはなりますが、それ以上のものではありません。

で、どこまで行っても大切なのは自分の人生、自分の幸せ、なのですよ。

自分の人生や自分の幸せに責任を持てる人だけが、他人様の幸せににも、多少はアドバイスができるのだと、思っています。それもおせっかいにならない程度の、ね。

僕の場合は、経済規模が小さいこともあり、住宅ローンを除く平均的な生活費は、6万円。

今後さらに年を取っていくことを考えて、その分の上乗せをしたとしても、月8万円ほどで、ほぼほぼ普通の生活ができると思っています。

まあ、これは、僕にとっての普通であって、他人様から見たら全然普通ではないのかもしれませんが、僕の人生に責任を持つべきは僕であるので、僕は、月6万円乃至8万円ほどの生活が、普通だと、考えています。

それで、十分、安定的な幸福を得られるので、あとはストレスなく、のんびりアルバイトをしたり、辞めて休養期間を置いたりしていけばいいんじゃね、と、思っているのですね。

今はアルバイトを辞めたばかりで、予定のない自由な生活を満喫していますが、来年の春あたりに、週1日程度のアルバイトはしてみようかな、と考えています。

適度に働くことは、社会とつながりを持つ意味でもプラスになるので、自分にとっても益になると、思っています。

幸福度が担保される金額というのは、十人十色なので、月3万円で暮らせる達人もいれば、月30万円ないと寂しい、と感じる人もいるでしょうね。 

で、これは、他人がとやかく言うことではないし、自分で決めること。

各自が、それぞれの状況に合わせて幸福な生活に必要な額を最適化していけばいいだけ。

つまり、自分が幸福に暮らせるための必要最低額を見極めて、それが維持される生活であれば、あとはあくせくしない、ということでしょうか。

実は、僕にとって価値があるのは、この、あくせくしない、ということ。そして、自分の時間が、たっぷりあること。

つまり、お金で得られる価値よりも、時間で得られる価値のほうを重視しているのですよ。

で、この調子で書いていると長くなるので、簡潔なコストカット法を言うと、エンタメはタダのものを利用しまくる、ものを買うときは衝動買いをせずに、最低一週間間を置いてのちも欲しいものであれば買う、くらいでしょうか。

ちなみに、衣類はもう何年も買っていなかったのですが、先月、何年振りかで買ったシャツがあります。

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家具は買わないのですが、インテリアなどを見るのは好きなので、大川家具に行ったときに、隣接する古着屋を覗いたら、色合いの良いシャツを見つけて、上がそれなのですが、薄いグリーンで僕好みだったのですが、お値段が、830円と、お高かったので、また、ラックに戻したのですよ。

そしたら、おばあさんがレジの前で、店員さんに、今日はシニア割で半額になります、と言われているのを聴いて、半額なら、買ってもいいかなと、衝動買い。

先程、衝動買いはいけないと言ったばかりで矛盾しているのですが、まあ、こんなこともあります。

で、415円で、ゲットしました。

実に、数年ぶりに買った衣類なので、嬉しさもあります。

ということで、衣類などは基本、買いません。

ただ、例外は、パンツなどの下着。

これはどうしても擦り切れるので、2年に一度くらいは買いますかねえ。

明日また、この節約というほどではないですが、生活について、また、続きを書いてみたいと思います。


生活レベルは、落とせるときに落としておいたほうがいい


今日は、朝起きた時から外は雨で、これがアルバイト先での外作業であれば、雨に濡れていやだなあ、となるのですが、アルバイトを辞めたリタイア者としては、雨のほうが、家にいても落ち着く、とか、まことに人間なるものは、状況次第で、意見が変わるもの。

さて、今日は、生活レベルの話を。

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お金持ちになるのはそう難しいことではなく、給料が上がっても、生活レベルを上げないこと。

たったこれだけで、時間が味方して必然的にお金持ちになっていきます。

ただ、僕がこれを言っても、ちっとも説得力がないのは、僕が、所謂お金持ちカテゴリーには入っていないから。

まあ、それも無理はなく、少なくとも50歳までは、放電しっぱなしの人生だったのですからね。

これではいかん、と一念発起。

お金を貯めだした頃に、親の介護となり、自分のことよりも、親を優先。

まあ、そこも何とか乗り切って今があるわけですが、つくづく思うのは、お金には貯め時というのがある、ということ。

それともう一つは、生活レベルというものは、落とせるときに落としておくほうが良い、と、いうこと。

人生が二度あれば、と陽水が歌いましたけど、カルト宗教の間違いに気づき、散財しっぱなしの人生からの立て直しをしたのが、50過ぎで、そのときは本当に、そう思いましたねえ。

もう一度、二十代からやり直せないか、と。

でも、そんなことはかないませんから、その気づいたときの手駒で、生きるしかない、と。

でも僕の少ない長所の一つが、気づけば、かなり徹底するところ。

貯めると決めたら、妥協なくお金を貯めたし、生活レベルを落とすと決めたら、可能な限り落としました。

ただ、その期間が、あまりにも短いために、大してお金は、今も、持ってはいません。

でも、低い生活レベルでしのげるスキルは、身につきましたよ。




住民税を払ってきました


昨日は、ハローワークの失業認定日だったのですが、認定の事務手続きの後、飯能を散策し、 最後に立ち寄った博物館で、撮った写真が、これ。

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明治時代のものだと思われますが、当時の、飯能広小路の様子。

この頃、子供だった人も、今はもう、この世にはいないのでしょうねえ。

さて、昨日は、帰りに町役場にも寄り、住民税なるものを支払ってきました。

これは、昨年一年間は、アルバイトとは言え、130万程度の収入がありましたから、逃れることは、できません。

3万円と少しのお金を、一括で支払い。

すでに支払い済みの固定資産税が、7万円台なので、これだけで、給付金の10万円は、行って来い、の感じですねえ。

で、軽自動車とは言え、自動車税もあり、この後は、最大の難関、国民健康保険税がありますから、これがいくらになるか。

そうした、税関系の支払いは、さっさと払わないと、あとが厄介ですからねえ。

そうしたものを支払った後のお金が、真水なわけで、その少ない真水を飲みながら、生きていると、こういうことに、なっております。

しかしまあ、税金さえ払ってしまえば、あとは、細々と、やりくりしていけばいいわけで、おひとり様は気楽な稼業と来たもんだ。

昨日は、ハローワークに行った後に、飯能河原を散策したのですが、歩いていたら、一昨年、同窓会をしていた建物に出くわしました。

 失業認定日に飯能河原を歩く

また、雨の季節になって大雨で、災害が起きなければいいのですがねえ。


仕事を増やすと気苦労も増える


もうアルバイトも辞めて、暢気な身分なので、仕事のことを考えることはないのですが、たとえば、会社ではないにしろ、日々の生活の中で、やるべきことややったほうがいいとされることなども、広い意味で、仕事と、とらえることができます。

たとえば、今日、僕は朝一番の仕事として、スズキ自動車に、アルトを持って行ったのですが、それは、リコール点検のため。

で、先ほどその点検も終えて、今帰ってきたのですが、考えてみれば、このブログも、仕事のように義務的なってくれば、とたんに、僕の中では、喜びはなくなっていきます。

つまり、ねばならない、書かねばならない、とか、そんな風に義務的になってくると、これは、会社勤めでの義務感と変わらなくなります。

だから僕は、書きたくないときには、一切書きません。

それが、ときどき、ブログを書かない日がある理由でもあるのですが、今日は、思ったよりも、点検が早く終わって、この時間に家に帰れたので、まだ夜までには時間もあり、じゃあ、何か、書いてみようかと、思ったまで。

で、今週は、ハローワークにも行かねばならないのですが、これも、まあ、仕事と言えば仕事です。

なんて言うんですかねえ、やんなくちゃならないこと、は、とりあえず、僕の中では、仕事と考えています。

で、そうした仕事というものは、増やさないことが肝要。

仕事を増やすと、その分、気苦労も増えるから、です。

ハローワークは行かないと、失業給付金がもらえなくなるので、これは、まあ、義務を伴う仕事。

で、ただ、ハローワークに行くだけでは面白みもないので、そこに何かしらの楽しみを絡めたりするわけです。 


で、これからの方向性としては、やらねばならないことは、なるべく排除して、やりたいことを、創造的にやっていくようにしていきたいと、思っています。

それが結局、一番幸福度が高いですからね。

で、やらねばならないことは、どうせやるのだから、なるべく遊びに変えよう、と、思っています。


どうしたら、その、やらねばならないことを、遊びにできるかを工夫するのも、知恵の出し処だと思うのですね。


これの天才が、斎藤一人さんだと思うのですよ。

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つまらないことを面白いことに変えちゃう天才、ですね。

まあ、斎藤一人さんからは、実に様々なことを教わりましたが、直接会ったのは一度しかなく、話もできないような大きな会場だったので、握手しかできませんでしたが、彼からは、おもに、本を通して、あるいは、CDを通して、生きるヒントを、ずいぶん、もらいました。

で、僕も、なるべく仕事はしない、しなきゃならないときは、どうしたら楽しくできるかを考える、と、こういう風にやっていきたいと、思っています。


35年フルローンの誤算で週7日働き詰めの50代に思うこと


住宅ローンは、僕自身、60歳を過ぎた今も、払い続けていますが、世間でよく言われているのが、定年退職までには、完済しておきましょうと言う、アドバイス。

まあ、これは、まったくその通りだとは思いますが、僕の場合は、親の介護のバリアフリー化のための建て替えだったし、今現在、僕自身もその住宅の恩恵を受けているので、まったく後悔などはありません。

僕の場合、住宅ローンの返済額も、6万円台と、何とか支払い可能な範囲であるのも、ありがたい点。

久しぶりに読んだSPAで、大変ショッキングな記事を見たので、紹介します。


景気悪化で年収が大幅減。ローン地獄に苦しむ毎日



 収入に見合ったローンを組むのは不動産購入の鉄則。だが、いつまでも期待する年収が得られるとは限らない。製造業界で働く吉田正雄さん(仮名・56歳)は17年前、3人目の子供の誕生を機に川崎市で3LDK新築マンションを4000万円で購入した。

「35年フルローンを組んだら、返済額は月15万円ほどに。『こんなに高いの?』とは思いましたが、当時は年収も800万円はあったし、『家族5人で住むなら、家賃も15万円はかかるはずだし、今後はさらに給料も上がるし』と楽観的な見通しのもと、購入に踏み切ったんです。ただし、当時の金利は約2.9%。固定で借りてしまったことはいくら後悔してもし足りません……」

 その後、そんな吉田さんのライフプランは見事に裏切られる。

「リーマンショック後、給料が激減し、800万円あった年収が600万円ほどになりました。さらに子供たちが私立校に進学し、教育費もかさむことに。築年数を重ねるごとに、マンションの管理費や修繕積立金、駐車場代が値上がりし、毎月の諸費用を合わせた支払いは月20万円に上っています。購入当初はこれら諸経費をまったく考慮してなかったので、今となってはかなりの負担となり、家計を圧迫しています」

 家の売却やローンの借り換えも検討はしたが、打開策は見当たらない。そこで住宅ローンを補填するため、吉田さんは仕事終わりや土日にガテン系の派遣バイトを始めるようになったという。

「現在は週7日で毎日深夜の清掃スタッフやイベント設営などのバイトを入れ、本業以外におよそ年間150万円稼いでいます。生活も徹底的に切り詰め、自分の小遣いはほぼゼロ。外食や趣味もやめて、今はもっぱら住宅ローンの返済に充てています。最近は子供もやっと大きくなってきたので、妻にも事務のパートに出てもらい、月5万円ほど稼いでもらえるようになってます」

ここまでのローン地獄に陥るとは完全に誤算だという吉田さん。彼は己の決断をこう振り返る。

「実は僕がローンを組んだのは、あのスルガ銀行なんです。すごく押しの強い営業マンだったことを覚えています。当時の僕は39歳でローンを組めるギリギリの年齢だったし、頭金もなかったので、『貸してくれるならどこでもいい』という心境でした。また、金利の仕組みも勉強せず、銀行の営業マンに言われる通りに購入した自分の甘さも反省しています」

 ローン返済は現在、折り返し地点。「金利についてはもっと勉強してもよかったとは思いますが、ここまで破綻せずになんとかやってこられたので自分の家選びは100点満点で10点くらいですかね」と自己採点する吉田さん。その肩の荷が軽くなるのはまだまだ先である。



うーん、 今56歳で、あと18年も、今のペースで働き続けるのは、まさに地獄。

今現在、すでに青息吐息状態で、いつ過労死してもおかしくはない状態。

小遣いゼロで、働くマシーンのようになってしまった50代の男性。

そうまでして得たマンションの間取りというのが、以下のもの。

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こんなもののために、と言っては語弊がありますが、人生そのものが棄損されたら、何のために生きているのか、わからなくなるというもの。

56歳と言えば、僕が体力の急激な衰えを痛感したのが、その年齢でした。

その後、僕は減速し、ちょうど親の介護も始まったので、定年前に退職。


今回の話は、まさに、住宅ローンは一つ間違えると、取り返しのつかないことになる典型的な例、だと思います。

これから、家を買うことを検討している人は、参考になるのではないでしょうか。



フロー依存の脆弱さと生活防衛資金


生活防衛資金とは、失業や病気など、万一に備えたお金のことだと思うのですが、今回のコロナ騒動で、フローの危うさを痛感した人は多いのではないでしょうか。

そのため、これからは、ますますストックが見直されると、僕は思っています。

改めて言うまでもないことですが、フローとは、お給料や副業などのお金が入ってくる流れ、のこと。

一方、ストックとは、預貯金や株などの、主に金融資産のこと。

今回のコロナ騒動で露わになったのは、フロー依存の脆弱さ。 

一見羽振りがよさそうな人でも、フローが大きく、それに対する依存度が高いと、たちまち窮するという事実。

入るお金が大きい人は、出るお金も大きかったりしますからね。

以下は、4月下旬ごろの銀座の様子。



この、ななえママは、テレビのドキュメンタリー番組で知ったのですが、経営者としては超優秀。

今でも、持ちこたえているようですが、夜の接待の現場は、今後も厳しい状況は、続くのではないでしょうか。

こうした状況下でも、ほぼ無風状態なのは、コロナ騒動の中でもフローが減らない人たち。

たとえば、公務員や年金生活者など。

あるいは、金融資産をたっぷり持っている、謂わば、潤沢なストックがある人たち。

そうした人たちは、コロナ禍の中にあっても困らないので、慌てることなく状況を眺めながら、投資的にはチャンスととらえて、むしろ資産を増やす人もいたりします。


今後の傾向としては、企業はさらに内部留保を蓄えるでしょうし、個人は生活防衛のためにお金を使わずにとっておこうとするのではないでしょうか。

まだ、2020年が終わったわけではないのですが、2020年は、歴史的に、大きな転換点として記憶される年になるかもしれません。



自分を肯定すればストレスは消えていく


僕が二十代の頃の2年間、洗脳されていた統一教会では、すべての人類はサタンの子という考えですから、暗黒思想であり、そんな考えを植え付けられたら、元気が出ないのは当然。

また、戦後日本の自虐史観による教育も、日本に誇りを持てないたくさんの子供を量産。

で、今日は宗教の話でも政治の話でもなく、他者の垂れ流す黒いモノを蹴散らそうぜ、という話。
 
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たとえば、老後に必要だとされる2000万円問題。

あれを真に受けて、悲観する人は、自分、という軸がないから。

だって、自分の人生を生きているんですから、自分の普段の生活必要額がわかれば、自分だったらいくらあれば足りるかくらい算数計算でわかるのですよ。

で、自分が吟味して、確かに不安だ、と思ったら、その時点で、対策を立てればいいだけの話。

いたずらに不安がっているだけで何もしないのは、ただ躍らされているだけだし、その不安がまた不安を呼び込んで苦しくなるだけ。

このように、この世には、意味のないと言うか、害にしかならないものが多いのですよ。

まあ、害と言えば、このブログでも何度か言及しているように、最悪なものの一つがカルト宗教。

で、カルト宗教の話をしだすとまた長くなるので、今日は割愛しますが、カルト宗教ほどではないにせよ、マスコミ報道初め、有害なものがたくさんあります。

で、そうした有害な情報をいちいち真に受けていたら、健康な人でも体調を崩します。

たとえば、コロナ騒動。

コロナが大変なのは、理解するとしても、連日あればかり報道して、ああしたものを見続ける人がいたら、それは影響を受けるでしょう。

むしろ、テレビもなく、NHKに受診料を払う必要もなく、ネット環境だけでマイペースに生きている人なら、コロナ報道の影響も少なく、健やかに暮らせるでしょうね。

コロナ報道がダメというのではなく、何でも、情報として、ほどほどに受け取り、判断をする軸を自分の中で持っていることが大切だと思うのですよ。

僕は、いろいろな人のブログを読んでいますが、自己肯定感の強い人は、やはりそれなりに幸せに生きているなあ、と感じます。

また、その反面、愚痴ばかり言うブログがダメだとも、思いません。

愚痴を言うことで楽になるのならば、言ったほうがいいと思います。ブログであれば、不特定多数に言う感じなので、場合によっては、共感するコメントももらえるかもしれませんしね。

ただ、リアルな場で、愚痴ばかり言っていると、一度や二度ならともかく、毎回となると、おそらく、聴かされるほうは、ああまたか、という感じになって、だんだん離れていくかもしれません。

 で、僕の場合は、35くらいまでは、相当自分を否定して、生きてきたので、つらい、苦しい日々でした。

だって、職を転々として金もなく、将来の見通しもなく、どうしてこれで自己肯定感を持てるんだよ、という感じでしたからね。


見すぼらしい、ボロボロの自分、というのが、当時の僕の自己像でした。

なんか、重たいものをたくさん、背負わされていた感じ、でしたね。


35というと、今から26年前。

今日も、これから内省に入り、当時なぜ、あんなに暗かったのかを、見つめ直してみようと思います。



どうすれば楽に生きられるのかを求め続けてきて


昨日は、友人のIさんと、三峯神社に行ってきました。

Iさんが、川越から車で来てくれて、彼の車に乗せてもらい、話をしながら2時間ほどで、到着。

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前回、三峯神社に来たのはいつだったろうと記憶をたどっても、すぐには出てこないくらい前のこと。

記憶をたどると言えば、内省においてはこの記憶をたどるということが不可欠で、アルバイトを辞めた理由の一つが夏の暑さから逃げるためであり、もう一つの理由が、内省への思いが強くなってきているからであることは、依然述べた通り。

で、実は、どちらの理由も、深く関わり合っているのですよ。 

まず、自分の体力の衰えがあり、腰痛やめまいなど、体調の不良もときおりあり、このような状態でこの夏を乗り切るのは、危険であると判断。

空調の効いた快適な環境であれば、また、違うのでしょうが、高温多湿の無風状態の中での作業は熱中症の危険大。

加齢とともに、そうした温度調節機能も衰えており、天涯孤独の一人暮らしである事情もかんがみて、アルバイトを辞めたわけですが、同時に、内省への思いが強くなっていたのも事実。

で、ここで問題になるのが、仕事を辞めて生きていけるのか、というお金に関すること。

で、僕は、いろいろな人のブログを読んでいて、家賃込みで10万円、あるいは8万円、あるいは6万円、あるいは5万円、あるいは、それ以下のお金で、暮らしている人を見て、僕よりも食欲も旺盛な若い人たちでも、そのような、ローコスト生活が可能なのだから、齢61の僕であれば、なお可能であろうと。

まあ、僕の場合は、だいたい無理をしない範囲で、6万円での生活が最適と判断。

残る問題は、住宅ローン。

こちらの残債も計算し、今の持ち金と株の価値を計算し、さらに、2年後から貰える、報酬比例部分の年金額を見て、何とかギリギリ、辞めても、生きられると、判断。

で、この選択が間違ってなかったと思うのは、僕の今の気持ち。

この、無限大の解放感。

目覚まし時計に起こされない暮らし。

毎日、自由に過ごせる日常。

で、この幸福の根底を支える条件が、健康の維持。

しかし、健康や寿命は、かなり不可抗力的なものもあるのも事実。

そこで、決めた覚悟は、自分の才覚の中でできる限りのことをして、あとは天に任せる、というもの。

つまり、食事と睡眠と運動に配慮したうえで、可能な限りのストレスフリーな生活を送ること。

僕の、大してできの良くない頭では、それ以上のことは思いつきませんでした。

でも、そこまでの自助努力をしたら、たとえ不治の病に侵されても、それを、天命だと受け止めることもできます。

そうした、潔い気持ちでいると、小さなことにはこだわらなくなりますしね。

シンプルイズベスト、だと、思っています。




土井たか子が糞である理由


今日は、これから、三峯神社に行くので、自分の意見はあまり述べずに、百田尚樹さんの話をのせて問題を提起したいと思っています。

横田滋さんが、お亡くなりになりましたが、忘れてならないのは、かつては、拉致問題などない、と、されていた時代があったこと。

以下は、百田さんの意見。

 北朝鮮による日本人拉致疑惑が言われだしていた1980年代後半、土井氏は「北朝鮮の拉致などない」と何度も発言していたし、党の公式ホームページにおいても「(北朝鮮の)拉致は創作された事件」と主張する論文を書いていた。つまり彼女は拉致された日本人を救おうとはせず、それどころか党を挙げて北朝鮮を擁護し続けていたのだ。それだけでも売国奴と呼ぶにふさわしいが、土井氏にはもうひとつ重大な疑惑がある。

 ヨーロッパで拉致された石岡亨さんが、決死の思いで家族に当てた手紙が、1988年9月、ポーランド経由で日本に届いた。これは奇跡のような出来事である。もし手紙を書いたことが当局に漏れれば命は危ない。その手紙を日本まで届けた人物たちも同様である。しかし手紙は彼のために命を懸けた者たちの手によって、日本にわたってきた。

 手紙は同じく北朝鮮に拉致された有本恵子さんのご両親のもとに届けられた。実は有本恵子さんは北朝鮮で石岡さんと結婚してこどももいた。

 外務省に無視された有本さんご夫婦は藁をもすがる思いで、当時、北朝鮮にパイプがあると言われていた社会党にお願いしようと、同じ九月に国会のエレベーターの前で土井氏をつかまえ、彼女に手紙の存在を伝え、娘が北朝鮮に拉致されていることを訴えた。しかし土井氏はまったく相手にしなかった。「拉致などない!」と断言していた彼女のことだから、これは当然の対応ではあるが、驚くべきことが後に明らかになる。

 14年後の2002年、小泉首相と安倍官房副長官が北朝鮮にわたり、金正日主席に拉致を認めさせた。このとき拉致被害者たちの多くの消息が知らされたが、そこには意外な事実があった。なんと、石岡亨さんと有本恵子さんは1988年11月にガス中毒でこどもと一緒にすでに死亡していたというのだ。1988年11月と言えば、有本さんが土井氏に手紙のことを伝えたわずか2カ月後である。こんな偶然があるだろうか。しかも北朝鮮は「遺体は洪水で流失した」と報告した。当然、本当の死因もわからない。

 土井氏が手紙の存在を北朝鮮に漏らしたことで、石岡さんと有本さんは粛清された可能性がある。もちろん確証はない。だからツイートでは「疑惑」という言葉を使った。

 土井氏が石岡さんの手紙を北朝鮮に漏らしたかどうかについての証拠はない。しかし、実は彼女はそれ以外にも売国奴と呼ばれても仕方がないことをやっている。それは、韓国政府に捕まっていた拉致の実行犯・辛光洙の釈放を求める要望書を韓国政府に提出していることだ。

 拉致された日本人被害者を救おうとはせずに、日本人を拉致した北朝鮮の工作員を救おうとする――これを「売国奴」と言って何が悪い! ちなみにこのとき同じ要望書に名前を連ねたのが民主党の菅直人氏である(後に首相になっている)。


うーん、土井たか子、出てこいや~! 

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と言っても、もう死んでいて、地獄のほうにいるらしいのですが、攻撃性が強く我見我欲の塊のような人なので、成仏までには時間がかかるでしょうね。


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